2013年4月28日日曜日

蛋白質どうしの切り貼りが簡単に

溶け難い蛋白質をどのようにして無理矢理にでも溶かすか?一つの方法として、良く溶けることがすでに分かっている蛋白質と融合させてしまう、つまり、fusion-protein として発現させてしまうという方法があります。例えば、よく使われる GST-tag などは、もちろん affinity-カラムを使って効率良く精製するためが主な目的なのですが、GST そのものが良く溶ける蛋白質であるため、その後ろ(あるいは前)に繋がっている目的の蛋白質もつられて溶けてしまうという性質をもたぶんに活用してもいます。ですので、精製がある程度進んだ段階で、GST と目的の蛋白質をプロテアーゼで切り離すと、途端に目的の蛋白質が沈殿してしまったなどという事は頻繁に起こります。

では、もう切り離すのは止めて、その fusion のままで NMR を測定してみては?ということになります。ところが、大腸菌などで fusion-protein を発現させると、目的の蛋白質だけでなく、タグ側の GST も 15N (13C) で標識されてしまい、NMR スペクトルは両者のピークが混在するという悲惨な状況になってしまいます。

これを防ぐには、GST-カラムのレジンに GST 部分だけをくっ付けたままで NMR を測定するという方法があります。あれ?その論文は何処に行ったのだろう?ちょっと探してみたのですが、見つからなかったので、同じ著者の関連論文を挙げておきます。

Hayashi, K. and Kojima, C. (2010) Efficient protein production method for NMR using soluble protein tags with cold shock expression vector. J. Biomol. NMR 48, 147-155.

レジンにくっ付いた GST は超高分子量になってしまいますので、ピークがブロード化し過ぎて見えなくなってしまいます。一方、その後ろに繋がっている目的の蛋白質は、長いひもで繋がれた子犬のように、あちこちを泳ぎ回るので、ピークが見えるというしくみです。

しかし、もし、GST などのタグ蛋白質部分だけが非標識で、目的の蛋白質部分だけが 15N, 13C で標識されていたら、これほど嬉しい事はないわけですが、それが何と可能となりました。

Kobashigawa, Y., Kumeta, H., Ogura, K., and Inagaki, F. (2009) Attachment of an NMR-invisible solubility enhancement tag using a sortase-mediated protein ligation method. J. Biomol. NMR 43, 145-150.

タグはタグだけで非標識の培地で発現させます。一方、目的の蛋白質は 15N/13C の入った M9 最少培地で発現させます。そして、それらを後で融合させるのです。
蛋白質どうしの融合という方法には何通りかありますが、有名なのが「インテイン」を使った方法です。

Otomo, T. Ito, N., Kyogoku, Y., Yamazaki, T. (1999) NMR observation of selected segments in a larger protein:  central-segment isotope labeling through intein-mediated ligation. Biochemistry 38, 16040–16044.

1999 年の発表ですか。。。時の経つのは速いものですね。

邦文の総説を見つけました。

湊雄一, 上田卓見, 町山麻子, 嶋田一夫, 岩井秀夫.「区分標識法によるマルチドメイン蛋白質の NMR 解析」日本核磁気共鳴学会誌 Vol. 3, pp. 11-18.

ヘルシンキ大学の岩井先生の総説ですね。うれしい事に one-click で本一冊まるごとがダウンロードされてしまいました。。。

しかし、この方法では、蛋白質を一度 unfold させないといけないので、refolding が可能な(いわば頑丈な)蛋白質にしか適用できないという欠点があります。ところが、上の Kobashigawa, Y. et al. の方法は、sortase (ソルターゼ:グラム陽性菌でペプチドグリカンを作るのを触媒するトランスペプチダーゼだそうです)を使って、一種の切り貼りをしてしまおうというわけです。たいへん面白いですね。
著者らは、さらにいろいろな工夫を凝らして効率を上げています。例えば、ソルターゼは酵素ですので、逆反応も触媒してしまうわけです。つまり、「切り」と逆の「貼り」の両方を同時に進めてしまう。これでは、行ったり来たりで前進0です。そこで、tag と目的の蛋白質を融合させる際に出てくる(何と表現すれば良いのでしょう)切り代(しろ)?をせっせと取り除き、逆反応が進まなくなるように工夫しています。切り代は小さいですので、透析で除くのです(つまり、何もせずに放っておくだけで良い)。

その他の詳細は Kobashigawa, Y. et al. に載っておりますので、是非読んでみてください。また近々「生物物理学会誌」にも総説が載るとの噂です。

2013年4月25日木曜日

GPCR の NMR 解析 1

● これまでの GPCR の構造解析 

G 蛋白質共役受容体(GPCR)は、細胞膜に埋まった蛋白質で、細胞の外側に付いたホルモンや神経伝達物質などの情報を細胞内に伝える働きを担っています。このようにシグナル伝達の開始部分のスイッチとして働いているため、全創薬の 30-40% ほどのターゲットになっているらしいです。つい最近まで、ロドプシンを除いて GPCR の立体構造は解かれてはいなかったのですが、2007 年に β2アドレナリン受容体の結晶構造が決定されました。その後、2012/12 までに 13 個もの GPCR の構造が決められました。
● 試料条件 

そして、とうとう NMR でも構造決定が報告されました(Park, S. et al. (2012) Structure of the chemokine receptor CXCR1 in phospholipid bilayers. Nature 491, 779-784.)。GPCR は7本の α-へリックスが細胞膜に埋まったような形をとっています。そのため、もし、これを溶液 NMR で解析しようと思うと、界面活性剤(detergent)でミセルを作り、そこに GPCR を埋めることになります。この界面活性剤が GPCR に付いた姿は、ちょうど「おたまじゃくし」が尻尾の部分で GPCR の膜貫通部分を覆いながら立ち並んでいる(あるいは、GPCR の膜貫通部分にふわふわと産毛が生えている?)ようです。したがって、細胞膜に埋まっているような実際の膜環境とはかなり異なります。また、結晶構造解析の場合でも、抗体がくっついていたり、リゾチームが融合されていたりと、少し人工的な物が加えられています。それに対して、上記の論文では、GPCR はリポソームに埋め込まれたプロテオリポソームと呼ばれる環境で固体 NMR により解析されています。この溶液条件は、自然の生理的条件にかなり近いと言えるでしょう。 

● 固体 NMR の何を利用したのか? 

ここで採られた手法の詳細を理解するのは難しいのですが、次の二点が挙げられています。1)ガラス板に挟まれた脂質二重膜に対象とする蛋白質を埋め込んであげると、その蛋白質は脂質二重膜の法線周りに速く回転します(法線とは、脂質二重膜の地面に突き刺して真っすぐに立てた旗です)。この状況で双極子カップリング(dipolar coupling)を測定すると、例えば 1H-15N, 1H-13Cα ベクトルそれぞれの法線に対する角度を見積もることができます。ところが、15N/13C で均一標識した試料では、13C-13C 間の双極子カップリングがスペクトルを複雑にしてしまい、そのためにいろいろな 1H/15N/13C 三重共鳴測定が出来ないのです。これはもったいないです。実は、2)Magic-angle-spinning (MAS) と呼ばれる方法で、試料管そのものを機械的に高速に回転させると、この双極子カップリングを消すことができ、ピークをシャープにすることができることが昔から知られ、一般的によく使われてきました。そこで、著者らは両者を結び付けるというアイデアを思い付きました。 

まず、MAS で機械的に高速回転させてもよいようなリン脂質の環境として、リポソームを選びました。リポソームに埋め込まれた [15N/13C]-GPCR は、やはり法線周りに速く回転しますので、1H-15N, 1H-13Cα 双極子カップリングから、それぞれのベクトルの法線に対する傾き角を得ることができます。このプロテオリポソームは丸い形をしていますので、(ガラス板に挟まれた脂質二重膜などとは異なり)MAS で高速回転させても平気です。この MAS を使うと、本来はせっかくの 1H-15N, 1H-13Cα の双極子カップリングも消えてしまうのですが、著者らは、これら重要な双極子カップリングは消さないようなパルス系列を開発しました(dipolar recoupling)。これにより、MAS を使いながら、リン脂質膜の法線に対する結合ベクトルの向きを得ることに成功しました。 

上記のような解析方法ですので、今回の論文では、距離情報ではなく方向情報(法線に対する結合ベクトルの角度)が構造の計算に使われています。溶液 NMR でも、試料をアクリルアミドゲルの中に入れてかすかに配向させると、この dipolar coupling を観測でき、結合ベクトルの方向情報を得ることが出来ます(残余双極子相互作用用、RDC)。GPCR の α-へリックスは法線とかなり平行に配置されています。そのため、へリックス内の一連の 1H-15N ベクトルは、法線とある角度を維持して傾いています(1H-15N ベクトルは、α-へリックスの中心軸に対して完全に平行というわけではありません)。もし、へリックスの向きが変わると、その傾き角が dipolar coupling に反映され易く、従来よりも精度の高い構造を決めることができるでしょう。 

もちろん、dipolar coupling だけで構造を決めるのは大変危険なのですが、すでに似た構造が結晶で決定されているので、大きく間違えてしまうということはないと思います。また、最近、化学シフト値そのものをデータベースと照らし合わせて、それから主鎖の二面角を決める MD ソフト(CS-ROSETTA)が開発されてきています。この貢献も多大と言えるでしょう。

2013年4月19日金曜日

In-cell NMR の out-cell 測定

先々週は嵐の週末でした。土日の両方まで雨に降られれてはご免と、土曜日は必死に仕事を片付け、なんとか久しぶりの日曜日という休日を得たのでした。締め切りがすでに超えてしまった書類も無いわけでは無いのですが、そこは何とか。。。久しぶりに休みをとると、どうやって過ごしてよいのか分からなくなってしまい、しかたなく朝から下の論文を読み始めましたが、これがなかなか面白いのです。

Latham MP, Kay LE. (2013) Probing non-specific interactions of Ca(2+)-calmodulin in E. coli lysate. J. Biomol. NMR 55, 239-247.

Latham MP, Kay LE. (2012) Is buffer a good proxy for a crowded cell-like environment? A comparative NMR study of calmodulin side-chain dynamics in buffer and E. coli lysate. PLoS One 7, e48226.

もしかして、L. E. Kay さんまでもが In-Cell NMR を?と初めはびっくりしたのですが、どうもそうではなく、ちゃんと精製した CaM(カルモジュリン)蛋白質に大腸菌の中身(菌溶解物)を振り掛けて測定しているのです。結論を先に書いてしまいますと、菌溶解物の中には CaM と(非特異的に、瞬間的に)相互作用できる蛋白質やペプチド断片が多くあるらしく、それらが CaM と付いたり離れたりを繰り返すのです。したがって、この交換(Rex)による横緩和(R2=1/T2)の促進が 1H-CPMG 実験などで観測されたのでした。ちなみに、この CPMG 実験ではミリ秒程度の動きが Rex という形で観測されます。

面白いのは、この CaM に最初から相互作用の相手であるペプチド(smMLCK(p))をくっ付けておくと、そのような Rex は観測されないとの事です。この相手方ペプチドとの相互作用の解離定数は 1 nM 程度との事ですので、もう一度付いたら二度と離れないというぐらいにたいへん強いのです。一方、大腸菌溶解物の中の蛋白質(ペプチド)との非特異的相互作用では、強くて 200 μM 程度との事ですので、CaM の二次元スペクトルをかなり劣化させてしまうという程度の強さでしょうか。

ところで、上記の CaM とは、すでに Ca++ を配位させた Ca++CaM の事なのです。apo か holo かを区別せずにこの2報を読んでいくと、途中で頭が混乱してしまいました。

CaM に4つの Ca++ を配位させると CaM の構造が大きく変わり、疎水コア内部にあったメチル基が表面に飛び出してきます。そこで、各種のペプチドと相互作用ができるようになるわけです。ですので、Ca++ の付いていない apo 型で測った 1H-CPMG 実験では Rex の大きさは半分程度になってしまいます。そして、それらは Ca++ の脱着に因る Rex なのだそうです。

さて、この実験では、メチル基を観測しています。普通は 15N-1H を観る場合が多いのですが、すごく大きな蛋白質であったり、今回の lysate のようにドロドロとした環境では、たとえ 1H-15N TROSY を使っても観えない場合があります。そのような時は、Ile, Leu, Val, Met のメチル基だけを 13C-HDD に標識し、その他の箇所は 12C, 2H に標識する方法があります。大腸菌発現系において、そのような前駆体を入れるのです。

では、何故 13C-HDD であって、13C-1H3 を使わないのか?後者の方が methyl-TROSY が使えてもっと良いのでは?と思ってしまいます。論文によると、1)13C-HDD の方が 1H-CPMG が解析し易い(13C-1H の2スピン系としてモデルを組めますよね)2)2H の緩和も観られる(2H の緩和は四極子緩和のため非常に速く、Rex にほとんど邪魔されない)3)lysate の中にある大量の 13C-メチル基(もちろん、natural-abundance です)から区別できる。確かに 2H で磁化移動を edit すれば良いですね。なるほど。。。感心です。

2013年4月4日木曜日

9.4 テスラの MRI は?MHz

「化学や生化学の実験で使っている NMR と、病院で使われる MRI は基本的には同じです」とよく見学者に説明することにしています。「しかし、NMR のように上空から穴の中に飛び込むのは流石に怖いですよね。だから、MRI は寝転びながら磁石の中に入れるように横向きになっているのです ... 。」などと言うと、「なるほど!」と強い関心を持って頂ける。そのような訳で、時々 MRI の記事や論文も読むのですが、「人の頭の断層写真を撮るのに 9.4 T(テスラ)の磁石を使っている」などと書かれていても、9.4 T は 1H 周波数に換算すると何 MHz ???? 大きいのか小さいのかピンと来ないのです。

そこで、換算式をググってみると、

1 T = 42.58 MHz
1 T = 42.576 MHz
1 T = 42.577 MHz

などなど、これらの前後の値がいろいろ目立つことに気付きました。どの値がいったい本当なのでしょう?

そこで、理科年表(H15 年版)の定数をもとに計算してみることにしました。このブログではギリシャ文字が使いにくいので、下図を使って、きれいなフォントで示すことにします。




単純に 1H の磁気回転比を使うと、

1 T = 42.5764011 MHz

となりました。もちろん、有効数字が何処までかなどの細かい点は無視していますので、末桁の数値は信用しないでください。ちなみに、磁気回転比の値は、

Park, P.G. and Kim, Y.G. (2003) Magnetic flux density standard based on the proton gyromagnetic ratio. Journal of the Korean Society 42 (6) 751-754.

から採りました。一方、磁気回転比を 1H の磁気モーメントとプランク定数から出してくると、

1 T = 42.5774825 MHz

になってしまうのです。このように、どの定数を使うかによって、小数点3桁目に少し違いが出てきてしまうわけですね。

困ったな。。。と思ったのですが、結局、MHz と T の換算表を作り、小数点1桁までテスラ値を四捨五入してみると、どちらを使っても同じ値になってしまいました。何をそこまで苦労していたのだか。



それにしても、覚え難いですね。43 という数値を覚えていたら、およその計算が頭の中で出来るでしょうか?あるいは、

20 T = 850 MHz

と覚えておいて、ここから概算で暗算すれば良いでしょうか?あるいは、

7 T = 300 MHz

の方が良いでしょうか?(厳密には、7.05 T = 300 MHz であるので、900 MHz では 21.14 T と繰り上がってしまう。)うーん、この最後のが良いかもしれません。7 と 3 を足すと 10 ですし(何というこじつけ)。この装置が新潟大学や岩手医科大学で動いているそうです(もうすぐ阪大でも)。では、やはりこれを基準にすることにしましょう。