G 蛋白質共役受容体(GPCR)は、細胞膜に埋まった蛋白質で、細胞の外側に付いたホルモンや神経伝達物質などの情報を細胞内に伝える働きを担っています。このようにシグナル伝達の開始部分のスイッチとして働いているため、全創薬の 30-40% ほどのターゲットになっているらしいです。つい最近まで、ロドプシンを除いて GPCR の立体構造は解かれてはいなかったのですが、2007 年に β2アドレナリン受容体の結晶構造が決定されました。その後、2012/12 までに 13 個もの GPCR の構造が決められました。
● 試料条件
そして、とうとう NMR でも構造決定が報告されました(Park, S. et al. (2012) Structure of the chemokine receptor CXCR1 in phospholipid bilayers. Nature 491, 779-784.)。GPCR は7本の α-へリックスが細胞膜に埋まったような形をとっています。そのため、もし、これを溶液 NMR で解析しようと思うと、界面活性剤(detergent)でミセルを作り、そこに GPCR を埋めることになります。この界面活性剤が GPCR に付いた姿は、ちょうど「おたまじゃくし」が尻尾の部分で GPCR の膜貫通部分を覆いながら立ち並んでいる(あるいは、GPCR の膜貫通部分にふわふわと産毛が生えている?)ようです。したがって、細胞膜に埋まっているような実際の膜環境とはかなり異なります。また、結晶構造解析の場合でも、抗体がくっついていたり、リゾチームが融合されていたりと、少し人工的な物が加えられています。それに対して、上記の論文では、GPCR はリポソームに埋め込まれたプロテオリポソームと呼ばれる環境で固体 NMR により解析されています。この溶液条件は、自然の生理的条件にかなり近いと言えるでしょう。
● 固体 NMR の何を利用したのか?
ここで採られた手法の詳細を理解するのは難しいのですが、次の二点が挙げられています。1)ガラス板に挟まれた脂質二重膜に対象とする蛋白質を埋め込んであげると、その蛋白質は脂質二重膜の法線周りに速く回転します(法線とは、脂質二重膜の地面に突き刺して真っすぐに立てた旗です)。この状況で双極子カップリング(dipolar coupling)を測定すると、例えば 1H-15N, 1H-13Cα ベクトルそれぞれの法線に対する角度を見積もることができます。ところが、15N/13C で均一標識した試料では、13C-13C 間の双極子カップリングがスペクトルを複雑にしてしまい、そのためにいろいろな 1H/15N/13C 三重共鳴測定が出来ないのです。これはもったいないです。実は、2)Magic-angle-spinning (MAS) と呼ばれる方法で、試料管そのものを機械的に高速に回転させると、この双極子カップリングを消すことができ、ピークをシャープにすることができることが昔から知られ、一般的によく使われてきました。そこで、著者らは両者を結び付けるというアイデアを思い付きました。
まず、MAS で機械的に高速回転させてもよいようなリン脂質の環境として、リポソームを選びました。リポソームに埋め込まれた [15N/13C]-GPCR は、やはり法線周りに速く回転しますので、1H-15N, 1H-13Cα 双極子カップリングから、それぞれのベクトルの法線に対する傾き角を得ることができます。このプロテオリポソームは丸い形をしていますので、(ガラス板に挟まれた脂質二重膜などとは異なり)MAS で高速回転させても平気です。この MAS を使うと、本来はせっかくの 1H-15N, 1H-13Cα の双極子カップリングも消えてしまうのですが、著者らは、これら重要な双極子カップリングは消さないようなパルス系列を開発しました(dipolar recoupling)。これにより、MAS を使いながら、リン脂質膜の法線に対する結合ベクトルの向きを得ることに成功しました。
上記のような解析方法ですので、今回の論文では、距離情報ではなく方向情報(法線に対する結合ベクトルの角度)が構造の計算に使われています。溶液 NMR でも、試料をアクリルアミドゲルの中に入れてかすかに配向させると、この dipolar coupling を観測でき、結合ベクトルの方向情報を得ることが出来ます(残余双極子相互作用用、RDC)。GPCR の α-へリックスは法線とかなり平行に配置されています。そのため、へリックス内の一連の 1H-15N ベクトルは、法線とある角度を維持して傾いています(1H-15N ベクトルは、α-へリックスの中心軸に対して完全に平行というわけではありません)。もし、へリックスの向きが変わると、その傾き角が dipolar coupling に反映され易く、従来よりも精度の高い構造を決めることができるでしょう。
もちろん、dipolar coupling だけで構造を決めるのは大変危険なのですが、すでに似た構造が結晶で決定されているので、大きく間違えてしまうということはないと思います。また、最近、化学シフト値そのものをデータベースと照らし合わせて、それから主鎖の二面角を決める MD ソフト(CS-ROSETTA)が開発されてきています。この貢献も多大と言えるでしょう。
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