ところが、下記の本が上記をばっさりと否定しています。近ごろ読んだ中でかなり衝撃的だった本です。
ニック・レーン著、斉藤隆央 訳「生命、エネルギー、進化」(みすず書房)
一瞬「これは SF か?」と思ってしまうのですが、いろいろな科学的証拠も列挙されており、かなり尤もらしく思えます。教科書はその立場上かなり確実となった事しか書けないので仕方がないのですが、これまで試験必修と謳われていた箇所をびしばしと否定していく点はたいへんダイナミックです。教科書がどんどん書き換えられていくということは、その分野がどんどん進展しているという証拠でもあり、むしろ喜ばしいことです。
原始の地球では RNA が最初に生み出され、この RNA が遺伝子として複製されていったとする RNA ワールド説が一般的に有力です。RNA は触媒活性も持ちます。さらに遺伝情報をもコードし、後になってから現代のような DNA と蛋白質に、それぞれ遺伝と触媒機能という役割を分け与えていったとされています。この RNA が最初であるという点については、この本も賛成しているのですが、果たして原始の海が RNA やアミノ酸のスープになっていたのかどうか?このストーリにはエネルギーの流れが欠けているらしいです。ユーリー・ミラーの実験ではフラスコの中に太古の海をまねた原始スープがあり、その蒸気に稲妻をまねた放電が与えられました。しかし、計算によると、もっと超大量の稲妻が必要となるらしいのです。そこで、紫外線照射によりシアン化物などの有機分子ができたとする説も有力ですが、それでも生命を生み出すには薄過ぎるとのことです。
著者のニック・レーンは、全く別の環境で生命ができたと書いています。そこはアルカリ熱水噴出孔で、絶えず海水側から水素イオンが流れ込むような環境になっています。なぜならば、当時の海は弱酸性で、逆にアルカリ熱水噴出孔の中はアルカリ性だからです。酸性ということは、水素イオンが多いということです。この水素イオンの流れは、今のミトコンドリアでの呼吸や葉緑体での光合成(いずれもミッチェルの化学浸透共役が基本原理)と同じで、エネルギーを絶えず生み出し続けます。アルカリ熱水噴出孔では、止まることなく水素イオン、つまり化学浸透共役としてのエネルギー源が流入し続け、さらに原料となる物質も流れ込んで、逆に老廃物となる物質が流れ去っていきます。熱水噴出孔とは異なり、アルカリ熱水噴出孔の中はスポンジのような構造になっており、これがフィルターのような働きをして、ちょっと大きめの核酸やアミノ酸などが濃縮され、逆に小さめの低分子が流れ去ってしまうのでしょうか?
このような流入流出の環境ができて始めて物質が自己組織化し(一種の散逸構造)そこに細胞の原型が生まれて来るらしいです。原始スープには、このようなエネルギーの流れはおろか、基質の流入と老廃物の流出がなく、ほとんど平衡状態となっています。ここに生命体が自然発生してくることはないと説いています。なお、触媒として働いた物質は、鉄やニッケルの硫化物と推測されています。アルカリ熱水噴出孔は蛇紋岩と呼ばれる岩石でできており、鉄やマグネシウムなどの鉱物をたくさん含んでいるそうです。鉄硫黄(FeS)は、今でもフェレドキシンなど多くの蛋白質では活性中心を担っています。これら散逸構造と触媒などの条件全てが満たされる場所が、アルカリ熱水噴出孔であると主張されています。
日経サイエンス 2010 年 3 月号「深海底のロストシティーが語る生命の起源 Alexander S. Bradley」
アルカリ熱水噴出孔について書かれています。熱水噴出孔は数百度と熱過ぎるので、Google 画像検索すると、ハオリムシなどの生き物はちょっと離れたところにたむろしているのが分かります。しかし、アルカリ熱水噴出孔は内部でも 100 度未満と、生物が焼け死んでしまうような温度ではない点も重要です。
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