2013年6月12日水曜日

水とアミド基水素の交換 2

前回の投稿からあっという間に月日が経ち、ずいぶんと暑い日が続くようになってしまいました。この Cleanex-PM 実験もだんだんと有名になり、今では某 Br 社の標準パルスプログラムの中にもちゃんと含まれるようになりました。ただし、2D 1H-15N HSQC を多数枚順番に測定していくような形式になっています。したがって、もし途中で誰かが NMR 室のドアを開け放しにして、その時だけ室温が上がってしまったような場合、例えば、その時に測定していた τm=10ms のデータポイントだけがぽつんと外れてしまうような事が起こり得ます。これを防ぐには、15N 化学シフト値を検出するための Δt1 を増やすより前に、先に τm を振ってしまいます。すると、測定の途中で起こった「アクシデント」は、スペクトル全体にノイズとして散らばり薄まってしまうわけです(フーリエ変換 FT の前に起こった瞬間的な出来事(sec)は、変換後には周波数全体(Hz=1/sec)に散らばる)。もちろん被害が無いわけではありません。途中で地震などが起これば、もちろんノイズが多くなります。しかし、測定データのある箇所だけが全く使えなくなるのではなく、測定データ全体に被害が分散されるのです。このような変数の回し方を interleaved manner(交互測定法?)と呼んでおり、T1, T2 などの磁気緩和の測定でもよく使われています。もしかすると、Δt1 と τm の組み合わせをランダムにセットしても良いですね。広い意味での non-uniform-sampling となります。ただし、FT ではなく MEM(最大エントロピー法)を使うので強度が保証されなくなります。

ところで、Ceanex-PM の式が
I/I0 = kex / (R1A+kex−R1B)×[exp(−R1B tm)−exp{−(R1A+kex) tm}] 

と論文に記載されています。これの最適化(曲線のフィッティング)ツールをエクセル(また!)で作ってみました。ここで、R1A(1HN の横緩和と縦緩和の混合)、R1B(水の緩和)、kex(交換速度定数)などをちょこちょこを触ってみると、何がこの曲線の形を決めているのかの感覚が掴めます。その結果、R1B はもともと小さいので(0.5 /sec 程度)、大して重要ではないことが分かります。重要なのは、R1A と kex の値です。ところが非常に残念な事なのですが、両者の値を共に大きくしても、曲線の形はそれほど変わりません。お互いに変化を打ち消し合ってしまうのです。例えば、(R1A, kex)=(45, 25) と (56, 30) の二つの曲線は、よ〜く見ないと区別が付かないぐらいです。ということは、余程正確に測定点を得ないと、kex の値はあまり信用できないということになってしまいます。


これを防ぐにはどうすれば良いのでしょうか?一つの案として、pH を1だけ変えて同じ実験をしてみるという方法があります。もし、蛋白質に変性などが起こっていなければ、おそらく R1A の値は同じはずです。そして、R1B も。一方、kex の値は pH が1下がるにつれて 1/10 に小さくなります。そこで、例えば、pH 4, 5, 6, 7, 8(極端ですが)でとった5つの曲線を同時に最適化できれば、R1A, kex ともに非常に正しい値に近付くことでしょう。実は、重水素交換実験においても、pH6 と pH7 のように二つの1だけ異なる pH で実験を行い、交換速度がちょうど 10 倍異なる(pH が1高い方が kex が 10 倍大きい)ことを確かめておく必要があります(その理由については、またいつか)。

さて、この曲線の理論式ですが、これも過去にご紹介した McConnell の式から導くことができます。小豆本ならぬ空色本(Protein NMR Spectroscopy, 2nd ed.)で確かめようとしたのですが、どうもこの章の紙面を何処かに落っことしてしまったようです。ほとんど読んでもいないのに、背中の製本箇所からバラバラになってしまい、ページがあちこちへ風で飛んで行ってしまいました。どうして、paper-back にしても米国製の本はよくこうなるのでしょう?

交換の中でも NOE 現象を表した式が Cleanex-PM を表す式にもっとも近いと思います。この行列の中で速度定数 k (水→アミド基) を0に、k (アミド基→水) を kex と置くと、上記の式が出来上がります。何故、このような仮定が成り立つかですが、交換現象が平衡状態にあるということは、左から右へ行く速度と、右から左へ行く速度が釣り合っているということです。

N (1HN) * k (アミド基→水) = N (H2O) * k (水→アミド基)

が成り立ちます。ここで、アミド基の数 N (1HN)(せいぜい数 mM)に対して、水分子の数 N (H2O)(55,000*2 mM)は圧倒的に多いです。つまり、N (1HN) << N (H2O) です。そのため、k (アミド基→水) >> k (水→アミド基) となります。また、左辺と右辺を足すと kex になりますので、k (アミド基→水) ~ kex, k (水→アミド基) ~ 0 と置いてしまった訳です。

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