2025年7月18日金曜日

好熱菌

北極や南極のような寒い場所で元気に過ごしている菌もいれば、温泉のような熱い場所で、ゆで卵にならずに元気に過ごす菌もいる。それらの蛋白質を(もちろん、同じ種類の酵素どうしで)比較するという研究は、かなり昔から行われてきた。この不思議さを解明したいという動機もあるだろうが、同時に、耐熱性酵素は工業的に利用できたり、低温酵素は洗濯洗剤などに利用できるため、改変酵素が産業への応用も期待できるという理由もあろう。

これらの構造を比べてみると、もちろんよく見ると少しずつ違いはあるものの、全体構造はほとんど同じである場合が多い。時には単量体と二量体といったオリゴマー状態の違いはあるものの、それでもサブユニット構造だけを見ると同じであることが多い。

蛋白質の安定性を数値で表すには、変性温度(Tm)やギブズの自由エネルギー(ΔG)がよく使われる。高温にも耐えられる酵素の ΔG と、そのような高温では変性してしまう(常温性の)酵素の ΔG を比較すると、たった 10 kcal/mol 前後の差であることが多い(大島泰郎先生の章『タンパク質の分子設計』(後藤祐児・谷澤克行 先生著)参照)。この値は、水素結合数個分にしか相当しない。

好熱菌由来の蛋白質には、次のような特徴があることが、これまでの研究で知られている。

1)高密度に詰まった疎水性コアを形成することで、変性の引き金となる水分子の侵入を減らしている(「疎水的」とは油のような性質のことであり、水と油は反発し合う)。

2)水素結合が多い。主鎖における水素結合は、α-ヘリックスや β-シートなどの二次構造の割合を増やすことにつながる。

3)ジスルフィド結合により、高い安定性を確保している。

4)ループ部分が短く剛直である。例えば Pro を入れることにより、ターン構造を安定化している。

5)芳香環がスタッキングを形成している(ちなみに、DNA の塩基部分は芳香環であり、二重螺旋では塩基が積み重ねられた座布団のようにスタックすることで安定化している)。

6)頑丈な蛋白質そのものの性質ではないが、熱ショックタンパク質(HSP)やシャペロンが、ストレス応答機構を強化している。

7)変性状態においても、ある程度の残存構造を保持している。通常のタンパク質は変性すると特定の構造を失い、原子はダイナミックに動き回る。これはエントロピーが増える、つまりタンパク質にとって自由度が増すことに相当するので、不安定な蛋白質にとっては好ましい状態である。構造を維持する仕組みがなければ、蛋白質はすぐにほどけてしまうだろう。しかし、変性状態にも何らかの構造が残っていて、それゆえ変性しても自由度がそれほど高くならないのであれば、変性はそれほど好ましいことではない。思ったほどエントロピーが増大しないのならば、タンパク質はフォールドしたままの状態で「我慢」しようとする。

実は、上に挙げた「ジスルフィド結合があると構造がほどけにくい」という原理も同様に説明できる。ジスルフィド結合はふたつの Cys 残基どうしを共有結合で結んでいるため、構造がほどけにくくなると考えると、直感的に理解できる。しかし、これを熱力学的に見ると、次のようになる。構造がほどけてもそのふたつの Cys 残基が互いに相手から離れられないという制限の下では、エントロピー(自由度)は思ったほど上昇しない。変性してもその程度の小さな自由度しか得られないのであれば、タンパク質としてはフォールドしたままでいた方がましであると「判断」するのである。

なお、熱測定を行うと ΔCp(定圧下での熱容量の変化)が分かる。これが何を意味するかを物理的に理解するのは難しいが、「フォールド状態ではコアに向いていた疎水性残基が、構造がほどけたときに溶媒に露出する。その量が多いほど ΔCp が増える」と覚えておく。つまり、変性状態でもある程度の構造が残存するタンパク質では、変性しても溶媒に露出する残基は少ないわけで、その場合 ΔCp は小さくなる。

8)多量体化によって安定性を高めている。単量体でいるよりも多量体になる方が総表面積は小さくなる。以下でも触れるが、オリゴマー化は水和水のエントロピーの点から見ると、好ましいことになる。

9)電荷を持つ残基(Arg⁺, Lys⁺, Glu⁻)が多く、それらがイオン対を通じて、塩橋(salt bridge)と呼ばれる静電的相互作用のネットワークを形成している。これらの静電的相互作用が、しばしばタンパク質表面に戦略的に配置されている場合がある。ただし、この特徴が顕著に見られるのは 80℃ 以上を好む超好熱菌に限られ、50–70℃ 程度で生育する高度好熱菌にはあまり見られない。

10)原子の詰まり(パッキング密度)を高め、最密充填に近づけている。これにより、変性の原因となるような水分子の通過を防いでいる点も重要だが、もう一点、ファンデルワールス接触も重要である。実は「疎水性相互作用」といっても、その仕組みには2種類ある。ひとつは水和水によるもので、これは後述する。もうひとつはファンデルワールス力である。ふたつの原子が離れているときは、ファンデルワールス力はほとんど働かない(遠方どうしでは正電荷と負電荷の静電的な引力の方がずっと強い)。ところが原子同士が近づくと、非常に強い力で急に引き合う。なぜ引き合うかの説明は難しいが、電子の位置の偏りによって一時的な偏極が生じ、ロンドンの分散力と呼ばれる引力が生じる。しかし、原子どうしが近づき過ぎて重なり始めると、今度は反発力が増す。世の中にはフェルミ粒子とボース粒子の2種類があり、ふたつのフェルミ粒子は同じ位置にあることが許されない。そして、蛋白質の原子はフェルミ粒子であるので(原子核と電子の間はスカスカの隙間だらけであるのに)、原子どうしが食い込むことはない。このように、ファンデルワールス力は、ふたつの原子間距離がわずかに異なるだけで、引力になったり反発力になったりする。


さて、結晶構造が分かればこのファンデルワールス力を計算することができるかどうかが問題である。近似値を出すことは可能でも、以下の理由により正確な値を出すのは難しいのではないだろうか。1)結晶構造解析の分解能では原子間距離が精密には求まらない(それでも NMR の溶液構造と比べると超精密に見えるが、結晶構造であってもちょっとした距離の誤差でファンデルワールス力が大きく異なって見積もられてしまう)、2)蛋白質の原子は常に動いているが、結晶構造での座標がその動いている座標の平均値になっている保証はない、3)水分子の座標は正確にはつかめない、4)水素原子は見えない、5)計算には近似式(Lennard-Jones ポテンシャル)を用いる、6)ロンドンの分散力を明示的に計算するには量子化学に基づく方法が必要であり、これを動いている何千もの原子に同時に適用するには量子コンピュータが必要であろう。以上のような理由が考えられるため、蛋白質と複数の異なるリガンドとの間のファンデルワールス力を比較するといった目的であれば計算可能であろうが、全原子を対象とした絶対値の計算ではかなりの誤差が生じるのではないかと思う。タンパク質の安定性は、ΔG がほんの少し変わるだけでも影響を受ける(marginal stability)ため、パッキング密度をわずかに異なって見積もるだけでもファンデルワールス力に大きな誤差が生じる可能性がある。そのため、ファンデルワールス力がどれほどタンパク質の安定性に寄与しているのかは、まだあまり正確には分かっていないのではないかと思っている。

11)疎水性相互作用は、温度が上がるにつれて強くなる。

好熱性細菌の蛋白質の熱変性温度(Tm)は高く、それは高温に耐えられることを意味している(Tm とは蛋白質のうち半分が変性する温度である)。では、低温変性温度(Tc)はどうであろうか。実は、これも多くの場合で低くなっているそうである。つまり、好熱性細菌の酵素は、より幅広い温度範囲で安定性を維持できるようになっているということになる。逆にそうでなかったとしたら、好熱性細菌を冷水に入れると細胞内のタンパク質の多くが低温変性して死んでしまうはずだが、そんなことは起きていない。

では、常温性生物の蛋白質には何のメリットがあるのだろうか。高温にするとゆで卵のように変性してしまうタンパク質しか持っていないのでは、「ひ弱」でしかない。ここで機能が関係してくる。タンパク質の原子は、たとえ基質がなくても常に動いているが、この動きが基質がある時の酵素活性(回転、turn-over)と呼応、連動していることが多い。常温性生物の酵素は、通常の温度でちょうど最適な酵素活性を発揮するような動きをしている(ただし、非常時に備えて max ではない)。一方、好熱性生物の酵素は、高温でちょうどよい活性になるような動きを持っているのかもしれない。つまり、好熱性の蛋白質は、室温では頑丈で動きにくいが、高温になるとちょうど良い具合に動く。低温では壊れることはないが、動きが鈍くなり、死にはしないが「冬眠状態」になる。また、あまり安定化しすぎると、タンパク質の分解・生成のサイクルが長くなりすぎてしまう。生物は環境が急変したときに素早く適応しないと全滅してしまうかもしれない。環境が変化しても古い酵素が生き残り続け、新しい酵素の生成を邪魔してしまっては適応に乗り遅れてしまう。したがって、「ひ弱」な酵素にも、すぐに分解できるという利点があるのである。

これを証明するには、酵素の動きを測定するのが一番である。ところが、結晶構造解析では、蛋白質が結晶の中に閉じ込められているため、温度因子を参考にしても溶液内の真の動きを実測したことにはならない。そこで登場するのが NMR である。この一文に行き着くために、ここまで延々と説明してきた? NMR で原子の動きを観測するといえば、15N 核スピンの緩和時間(T1, T2, NOE)の測定が有名である。ただし、この測定で観察される動きは ps~ns 程度の超高速な動きであり、酵素活性とはあまり連動しない場合が多い。酵素活性に伴う動きは μs~ms 程度であり、1,000 倍以上遅い。しかし、この遅い動きを測定できる「緩和分散法(relaxation dispersion)」という手法がある。実際には核スピンの緩和そのものを測定しているわけではないが、あたかも T2 横緩和を測定しているかのような印象を与えるため、このような名称になっている。この緩和分散法を使って常温菌と好熱菌の蛋白質の動きを比較した論文がある。それによると、やはり、それぞれの生育温度でちょうどよい動きになっていたとのことである。そうでなければ、好熱菌は常温菌の何百倍も代謝が速くなってしまい、温泉が一瞬で好熱菌に支配されてしまうことになるだろう。しかし、まだまだ測定例が少なく、この数例をもって蛋白質が皆そうであると結論づけるのは危険である。

12)世の中の物質はみな、より自由になりたいと望んでいる。これを熱力学では「エントロピー増大の法則」と呼んでいる。それでは、なぜ蛋白質はそれに逆らってフォールドし、秩序だった構造をとるのだろうか?上記の静電的相互作用や疎水的相互作用が原子どうしを引き寄せるから、というのが直観的な説明であるが、これをエントロピーの法則で説明することはできないだろうか?

実は、蛋白質の原子だけを考えていては不十分で、その周囲の水分子も考慮しなければならない。つまり、蛋白質がフォールドするとき、蛋白質を構成する原子は秩序を持つようになるが、それを上回る無秩序性(自由度)が水分子にもたらされるのである。両者は互いにかなりキャンセルし合うが、最終的な結果として、水分子の自由度の増大が勝れば、蛋白質はフォールドすることになる。つまり、蛋白質原子という一部の領域だけに限ればエントロピーが下がっていても、その他の周りの環境で、それを上回るエントロピーの増大があればよい。そして、差し引きは増大となり、ちゃんと「エントロピー増大の法則」に従っているので、そちら(フォールディング)に平衡が傾いていくという意味である。

蛋白質の周囲には「水和水」と呼ばれる水分子がトラップされている。そして、表面積が広いほど、トラップされる水和水の数も多い。ほどけた紐のような蛋白質とフォールドした蛋白質の表面積を比べると、実は前者(アンフォールド状態)の方が表面は広い。したがって、蛋白質がフォールドすると、多くの水和水がようやく蛋白質表面での束縛から解放され、喜んで周囲に散っていくのである。


それでは、複合体と単量体の表面積を比べるとどうであろうか?これも単量体の方が広い(単量体の表面積 × 2 > ホモ二量体の表面積)。よって、単量体よりも二量体、三量体の方が、より多くの水分子が自由になれるため、蛋白質は放っておくと多量体を形成する傾向がある。しかし、これが行き過ぎるとアミロイド形成につながってしまうため、進化の過程では、アミロイドにならないように、接触部分になりそうな残基がさまざまに試行錯誤されてきた。ただし、それでも完全ではなく、アルツハイマー病やパーキンソン病のような疾患が時に発症してしまう。

それでは、静電的相互作用はどのようにエントロピーの法則で説明できるのだろうか?鍵は「熱」である。正電荷と負電荷がくっつくと熱が発生して散らばる。そして、「熱」に代表されるように、それらは発散してしまい、逆に自然に集まってくることはない。その熱によって周囲の水がわずかに加熱され、水分子の動きが活発になる。よって、エントロピーが増大する。

これは最近の地球温暖化現象にも似ている。たとえば、ある部屋に冷房を入れて冷やすと、その部屋では秩序ある冷えた状態が形成されるが、ベランダに置いてある室外機からは熱気が排出されて周囲の空気を温めてしまう。冷房によるエントロピーの低下と、室外への熱放出によるエントロピーの増加のどちらが勝つかというと、両者はある程度打ち消し合うが、最終的には必ず後者が勝つ。もしこの差し引きがゼロであれば、冷房を利用して周囲の空気を冷やすという「永久機関」が実現することになってしまうが、これがもし可能ならば、100 年分くらいのノーベル賞を一人占めできるだろう。熱という形ではなく、二酸化炭素のような低分子が放出される場合もある。この場合も周囲に発散してしまい、逆に自然に集まってくることはない。このように、大きなものを秩序だてて集めると(エントロピー低下)、代わりに熱や低分子の「拡散」(エントロピー増加)が起こり、低下分と増加分を足し合わせると必ず後者の方が勝つ。熱や低分子はいちど散らばると、(時間を逆に回さない限り)自発的に集まってくることは確率的にないためであり、エントロピー増大の法則の裏には、このような概念が潜んでいる。なお、NMR では spin-echo という現象を通して時間を逆行できる。見たい人は、NMR の研究室のドアをたたくべし。

このように、蛋白質の原子だけでなく、その周囲の水分子も考慮することで、蛋白質がフォールドするか否か、多量体になるか否かといった平衡状態のシフトを、エントロピーという観点のみから説明することができる(厳密には「定圧」という条件も必要であるが)。しかし、蛋白質がフォールドする時に周囲に散らばった熱で水が過熱されて... という概念は分かりにくい。そこで、静電的相互作用やファンデルワールス相互作用、水素結合などはエンタルピー H にまとめる。一方、蛋白質の主鎖や側鎖(つまり全原子)の自由度や水和水の自由度はエントロピー S にまとめる。そして、これらを繋げて、ギブスの自由エネルギーという値を作ることにより議論することが多い(ΔG = ΔH - TΔS)。

ここで注意すべき点は、ΔG, ΔH, ΔS は、蛋白質原子と水和水の原子についての物理量であるという点である。この「蛋白質 + 水和水」を系(system)と称する。そして、その周りにさらに大量の水分子があるが、これらは系の外に区別され、ここでは環境(environment)としておこう。そして、系と環境の合計を宇宙とする。よって、universe = system + environment ということになる。なにをまた「宇宙」などと大げさな思われるかもしれない。しかし、例えば、太陽が大量の熱を宇宙に放射した時、これはエントロピーの増加を意味する。そして、その日光が植物に当たり、光合成を通してグルコースができるが、これは原料である水や二酸化炭素よりもずっとエントロピーが低い。なぜ、葉緑体の中で、そのような秩序が成り立つ(エントロピーが下がる)かというと、それは太陽からの熱放射によるエントロピーの増加があるためである。よって、蛋白質がフォールドする時に、もしかしたら、銀河系のエントロピーを少しだけ上げており、100 万光年かなたの星が少しだけぶるぶる震えていたかもしれない。光合成の話で少し付け足すと、光合成はグルコースを作ることによって、エントロピーを下げていることになる。これはシアノバクテリアが地球に誕生した何十億年も前から続いており、このグルコースなどは石油や石炭という形で地中に埋蔵されてきた。そして、今、我々はそれを掘り起こし、再び火力発電所で電気に変え、スマホからの発熱、自動車からの二酸化炭素という形に変えて、地上に発散させている。これは太古の昔に光合成によって引き下げたエントロピーを、電気、ガスという形で再び上げていることに相当する。差し引きは後者の方が必ず大きくなる。言い換えると、現在、我々は何十億年も前の日光と今の日光を同時に消費していることになる。そう考えると、温暖化するのも当然であろう。こう考えると、たとえガソリン自動車を電気自動車に換えたとしても、その電気は石油から作っているので、やはりエントロピーは上がってしまう。エントロピーの効率がもっとも高いのは生物であるので、車やエレベータの代わりに筋肉を使えば、エントロピー上昇は最小限に抑えられることが分かる。スマホの代わりに糸電話を使えば、地球を救えるかも?なお、もう一つ地球のエントロピーを下げる方法がある。地球の熱を宇宙に放出してしまうのである。宇宙は無限に広いので、これによって地球のエントロピーを下げることができる。しかし、それを邪魔しているのが、上空に溜まっている二酸化炭素やメタンガスなどの温暖化ガスで、これを減らすことにより、地上の熱を宇宙に放出する(つまり、地球のエントロピーを下げる)ことができる。スケールの大きい話になってしまったが、エントロピーという物理量を考えると、この温暖化の話は、そっくりそのまま蛋白質のフォールディング、細胞内部の秩序化、細胞骨格の重合、脱重合、アルツハイマー病などの神経変性疾患の発病などの話と同じ原理であることが分かる。

話を元に戻して、この式の両辺を -T で割り算すると、(-ΔG/T = -ΔH/T + ΔS)となる。もし、定圧という条件があれば、-ΔH/T は静電的相互作用などで発生した熱が、周りの水を温めて自由度を上げることによるエントロピーの上昇を意味する。すると、蛋白質(+ 水和水)という閉じた系で ΔG が下がることと、周りの水を含めた宇宙の系でエントロピーが上がることが同じ意味になる。

 -ΔH/T:   周りの水におけるエントロピーの変化
 ΔS:     蛋白質と水和水の系におけるエントロピーの変化
 両者の和:  宇宙のエントロピーの変化(これがプラスの場合、ΔG は負である)

なぜ ΔH の前にマイナスが付いているかを議論するとややこしくなるが、簡単に書くと、次のようになる。静電的相互作用などが起こると、その原子からは熱が奪われるので ΔH はマイナスの値となる。しかし、その熱は周りの水を温めることになるので、その水の立場にたつと、-ΔH(正の数)の熱をもらったことになる。また、もし定圧という条件でない場合は、この熱が周りの水を物理的に押したりなど、何かしらの PV 仕事(圧力×体積)をしてしまったりするので、-ΔH/T がエントロピーと一致しなくなる。よって、定圧という条件が必要になってくるのだが、変圧させながら folding 実験をする人は少ないですよね(高圧 NMR を除く)。

さて、「フォールドするか、アンフォールドするか」は、1つの蛋白質に限った議論であるが、これを複数の蛋白質に拡張すると、「相互作用するか、しないか」という問題に置き換えることができる。いずれの場合も、前者(フォールド / 会合)では表面積が減って水和水が減少し、後者(アンフォールド / 解離)では表面積が増えて水和水が増加する。上記では Iceberg 仮説をもとに水和水の変化を説明してきたが、「排除体積効果」を通して説明されることも多い。排除体積効果の理論では、蛋白質の周囲に水分子の中心が入り込めないような空間を考慮する。あるいは、蛋白質の周囲に別の蛋白質の中心が入り込めないような空間を考える。すると、大きな蛋白質が増えれば増えるほど、水分子が動けるような自由な空間は少なくなってきて、必要以上にエントロピーが下がってしまう。下の図において、四角形(蛋白質など)の周りの水色の領域には、水(青丸)の中心が入れない。また、蛋白質の内部にも水分子が入れない。これらが排除された体積となる。蛋白質どうしがくっつくと、この青色の領域の面積が小さくなる(この図では 6/8 に減った)。


この排除体積効果は、蛋白質が密集してくるほど顕著になる。細胞内の高分子が満員電車のように混み合ってくると、実際に使える隙間空間が減り、高分子も水分子も動きにくくなる。隙間空間が少なくなるということは、蛋白質のみかけの濃度は、計算上の濃度をどんどん超えた値になる(理想的な濃度では、理想気体と同じように、分子の大きさを0と仮定している)。そこで、少しでも自由度を得ようとして、高分子どうしが会合し、それまでトラップされていた水和水を解放したりして、利用可能な隙間空間を増やそうとする。これが排除体積効果におけるエントロピーの増大である。

この仕組みにより、細胞内のような夾雑環境下では、蛋白質どうしが会合する傾向が高くなる。会合が一つの蛋白質内で起こると、これはフォールドと呼ぶことになる。しかしながら、このような会合の増加は、見方を変えると蛋白質どうしの「衝突」とも捉えられる。この衝突により、構造が破壊されることもあり、最終的にどちらが優勢となるかは一概には言えない。In-cell NMR の測定によると、どうも衝突によって構造が壊れる傾向の方が強く、細胞内では蛋白質が不安定になるようである。一方で、in vitro では相互作用しなかった蛋白質どうしが、細胞内では相互作用を示すという事例も報告されており、どちらが勝つかは条件によって異なるようである。

考察


さて、話をもとに戻すことにする。好熱性細菌の蛋白質、常温性(あるいは低温性)細菌の蛋白質は何が異なるのかという問題である。上記のファクターがそれぞれ少しずつ寄与しあい、全体として好熱性細菌の蛋白質が高い Tm をもつのだろう。しかし、できれば優先的に効く寄与があることを望みたい。個人的には、それはファンデルワールス力かな?と思っている。そして、複雑なことに、そこに夾雑環境における水和水のエントロピーも絡んでくる。実は、この二つを合わせて疎水的相互作用と呼ぶ。

餃子を食べる時にラー油をお酢の中に垂らすと、ラー油は初めは水のエントロピーの作用によって、集まり始める。そして集まってきたラー油分子がお互いに近づいてくると、ファンデルワールス力が効き始める。その結果、いくら箸でかき混ぜても、いざ餃子を漬けようとする頃には、お酢の中でラー油がより集まっているという状態になる。この現象こそが蛋白質のフォールディング、会合、凝集、アミロイド化を模倣しているような気がする。


なお、なぜ水素結合を無視してしまったのかと問われるかもしれない。実はフォールド状態で水素結合を組んでいた蛋白質のアミド基などは、アンフォールド状態では水と水素結合を組む。つまり、水素結合する相手がカルボニル基からたまたま水に替わっただけで、本質はあまり大差がないのである(授業では、整然と並んだ机に落ち着いて座り隣同士で手を結んでいたのに、水が周りで踊り始めると浮気してそちらと手を結んで散らばって去ってしまったと形容している、けしからん例えだが)。

DNA の二重らせん構造では塩基どうしの水素結合が重要だと教科書に書かれている。しかし、二重らせんがほどけた時、水素結合の相手が水に換わるだけで、エンタルピー的には大差がないはずである。これをどう解釈すればよいのか?自信はないが、服についているジッパーと似た効果が効いているような気がする。つまり、ある箇所が水素結合を組むと、その隣も、そして、またその隣もというように連鎖的に水素結合が組まれていく。つまり、隣の「真似」をするのである。ヘモグロビンでも4つのサブユニットに酸素が一斉についたり離れたりするとき、隣のサブユニットの真似をすることで、正の協同性を生み出している。もし、この神秘性が進化の過程で構造に組み込まれなかったら、酸素を体の隅々に送り届ける効率はたいへん低く、高度な知能をもつ生物は出現しなかっただろう。もしかすると、ファンデルワールス力についても、疎水性コアの部分では、この「正の協同性」というものが構造に潜んでおり、これを考慮しないといけないのかもしれない。上記の安定性のエネルギーは、「協同性」という概念を無視しており、単に個々の独立した寄与(水素結合やファンデルワールス力など)の足し算の形で説明している。しかし、実際には、隣どうしにはたらく協同性の項(Hill 係数のような値)を入れてあげないと正しく議論できないのかもしれない。正確な構造がある場合には、立体障害(steric hindrance)やペプチド結合の二面角などが気づかぬうちに協同性を発揮してしまっているのかもしれない。

もうすでにそのような論文が出ているが、今後は、細胞内を模した夾雑環境下で(排除体積効果を大きくした状態で)、しかも実際にその生育温度で、蛋白質の fold/unfold に直結する交換速度を計測しないといけないのかもしれない。すると、NMR の CPMG 緩和分散法しかないか。。。その時間領域を広げるためには、できるだけ小さい NMR と大きい NMR を併用しないといけないことになるか(すみません、何かを意図してこう書いたわけではありません)。


雛たちは天気が良い時には一羽ずつ独りで遊んでいる(有機溶媒の中で疎水性残基を露出させてアンフォールドした状態の蛋白質)。しかし、ブリザードに見舞われると、その寒風から雛たちは「あっちへ行け」とあちこちへ追いやられる(水分子が疎水性残基を嫌ってランダムな方向に追い払う、しかし、まだファンデルワールス力は働いていない)。寒風は勢いが強く、できる限り広い大地を暴れまくる(水分子のエントロピーが上がる)。気が付いたら、雛たちは一か所により集まっている(疎水性残基が寄り集まってきた状態)。近づいてみると、雛たちは、羽ではなく手があることに気づき、手をとり合う(ファンデルワールス力が機能した状態の蛋白質)。さらに顔を隣の雛の羽毛の中に埋める(静電的相互作用や水素結合)。隣の雛がそうすると、その隣も真似をする(正の協同性)。

When the weather is nice, the chicks play separately, one by one (proteins in an unfolded state with hydrophobic residues exposed in an organic solvent). However, when a blizzard hits, the cold wind blows the chicks around, as if telling them to "go away" (water molecules avoid the hydrophobic residues and push them in random directions—van der Waals forces have not yet come into play). The cold wind spreads fiercely across the widest possible area (the entropy of the water molecules increases). Eventually, the chicks find themselves huddled together in one spot (the hydrophobic residues cluster together). As they draw closer, they realize they have hands instead of wings and begin to hold hands (proteins enter a state where van der Waals forces are active). Finally, they bury their faces in the feathers of the chicks next to them (electrostatic interactions and hydrogen bonds also begin to act).

2025年6月26日木曜日

水溶液中での本当の電荷は?

学生による論文紹介で紹介された論文です。

J. Am. Chem. Soc. 2025 Apr 30; 147(17): 14519-14529.

N. Bolik-Coulon, P. Rößler, L. E. Kay
PMID: 40237318 DOI: 10.1021/jacs.5c01567

NMR-Based Measurements of Site-Specific Electrostatic Potentials of Histone Tails in Nucleosome Core Particles.

水溶液中で蛋白質などの分子がどのような静電ポテンシャルを帯びているかは、非常に興味深い問題である。たとえば、DNA 二重らせんに巻き付く「糸巻き」に相当するヒストンには、テール(tail)と呼ばれる柔軟な末端領域が存在し、そのアミノ酸組成からは正に帯電していると予想される。しかし著者らは、以下に示す方法を用いて、このテールが実際には DNA と相互作用しており、負に帯電していることを示した。

著者らは、Gd3+ イオンをキレートした 2 種類の化合物、Gd-DOTAM-BA(正電荷)および Gd-DOTA(負電荷)を準備し、それぞれを別個に試料に添加した。もしヒストンテールが正に帯電している場合には、負に帯電した Gd-DOTA とより強く相互作用するはずである。この場合、Gd3+ の常磁性緩和により、ヒストンテールの NMR 信号は顕著に減衰するだろう。一方、テールが負に帯電していれば、正に帯電した Gd-DOTAM-BA 添加時の方が、より強い信号減衰が観察されるだろう。

このアイデアはもともと岩原先生によって提案されたものであり、後に L.E. Kay や外山先生らが別の蛋白質系に応用し、その有用性を示した。

DNA との相互作用によりテールが負に帯電していることは明らかとなったが、その程度はテールの種類によって異なっていた。たとえば、H4 テールはそれほど強く負に帯電していなかった。これは、H4 テールが Gly 残基を多く含み、DNA と結合しにくいためではないかと推測されている(Gly が多数含まれていると、そのテールはかなりフレキシブルとなる。しかし、DNA が結合するとテールの自由な動きが制限される。自然界では自由度の低下=エントロピーの減少を避ける方に傾く。もちろん、静電的相互作用とのバランスの上でであるが)。

2025年6月23日月曜日

HNCA をもっと高分解能に

学生による論文紹介で紹介された論文です。

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29367739/

Nat Commun. 2018 Jan 24; 9(1): 356.
doi: 10.1038/s41467-017-02767-8.
Mixed pyruvate labeling enables backbone resonance assignment of large proteins using a single experiment

蛋白質の主鎖を帰属する際には、一般的に 3D HNCO, HNCACO, HNCACB, CBCACONH などのスペクトルが用いられます。しかし、分子量が 50 kDa を超えると、これら 3D スペクトルの感度が低下し、せいぜい HNCA だけが頼りになるのが現状です。ところが、この HNCA では、蛋白質中の Cα および Cβ がともに 13C で標識されているため、13Cα ピークに 1J(cαcβ) による分裂が生じてしまいます。そのため、従来の HNCA では、この分裂が目立たない程度の分解能にとどめることで対応してきました。

もし、13Cα の隣接炭素(Cβ)が 12C であるような蛋白質を調製できれば、この分裂の問題は解消されます。これまでに、[1-13C]-グルコースや [2-13C]-グルコースを用いる方法が提案されてきましたが、これらでは調製される蛋白質の半分にしか 13C が導入されないという欠点がありました。この欠点を克服する手法として提案されたのが、[2-13C]-ピルビン酸および [3-13C]-ピルビン酸の利用です。すべてのアミノ酸種で Cα が完全に 13C 標識されるわけではありませんが、両者を併用して大腸菌を培養することで *、この欠点はある程度解消されます。

さらに、これらの試薬を NaOD で処理することで(pH 13)、メチル基の水素を 2H に置換することが可能です。これにより、高い重水素化率を持つ蛋白質の調製が可能になります。

[2-13C]-ピルビン酸および [3-13C]-ピルビン酸が安価に入手できれば、大きな分子量をもつ蛋白質の帰属解析に広く利用されると期待されます。

むか~し、むか~し、4D HNCANH というパルス系列を発表しました。これを使うと、1H/15N から両隣の 1H/15N への帰属が分かるのです。今は Bruker 標準パルスプログラムで HNCANNH という名前で載っています。これの欠点は、13Cα と 13Cβ の 1J カップリングなのです。 [2-13C]-グルコースを使う手もあるのですが、当時はまだ知りませんでした。また、 [2-13C]-グルコースを使ったとしても、実質的な 13C 密度は半分になり、重水素化率も中途半端になります。しかも、価格が高いそうです。一方 [2-13C]-ピルビン酸は、これよりかは良いような気がします。

この [2-13C]-グルコースの瓶を棚に置いておいたのですが、先日みてみると、無くなっていました。誰か [u-13C6]-グルコースと間違えて使っていない?誰か、HNCACB が見えない!とか騒いでいなかったっけ?

(*)アミノ酸の生合成では、解糖系に由来するアミノ酸と TCA サイクル経路途中で作られるアミノ酸に分けられます。 前者のアミノ酸については、単純に [2-13C]−ピルビン酸から 13Cα が導入されます。ところが、後者のアミノ酸については、Cβ にも 13C が導入されてしまいます。これは [2-13C]−グルコースを使った場合でも同様です。その結果、13Cα のピークの形状がやや不均一になります(中途半端なカップリングがあるため)。しかし、著者らはこの特性を逆にアミノ酸種を推定するために利用できると主張しています。

2025年5月18日日曜日

Gln/Asn の側鎖のピーク

これは3次元 HNCA スペクトルを二次元 HN/Ca になるように、15N 軸に沿ってプロジェクション(投影)したものです。HNCA と呼ばれる葡萄パン(日本製のまだスライスしていない1斤の食パン)を上から踏んづけると、床に圧縮された二次元パンができ、そこにつぶれた葡萄がいっぱい詰まったような状態になります。



横軸: 1HN 次元   縦軸: 13Ca 次元




スペクトルの右下の方に小さいピークがちょこちょこと見えます。いつもはあまり気にしないのですが、「もしかして、これは蛋白質が不純物のプロテアーゼなどで切断されてしまった跡か?」と嫌な予感がしてしまいました。二次元 1H/15N HSQC では、C 末端の 1H/15N ピークがスペクトルの右下の方に出てきます。測定途中にプロテアーゼで切られたりすると C 末端の数が増えて、このようなピークが複数個右下に生まれてきます。そこで、ついつい(スペクトルはまったく異なるのに)右下に目が行ってしまうのは悲しい性です。

ここで、これらのピークが横方向に2個でペアになっていることにすぐに気づくべきだったのですが、それに気づかず、「何だこれ?impurity か何かかな?」と不思議に思ってしまいました。

長らく自分の手で帰属をしていないと、このような簡単なことすらも分からなくなってしまうのですが、これは実は Asn, Gln の側鎖 NH2 の箇所のピークなのです。よって、ふたつの HN ピークが横方向にペアになって現れています。

きっと Asn の 13Cβ と Gln の 13Cγ が観えてしまっているのでしょう。もし 13Ca のスペクトル幅を CBCACONH のようにもっと広くとっていれば、判りやすかったのかもしれませんが、HNCA は 13Ca のみを検出しますから、普通は狭くとります。そこで、折り返しを観てしまったのでした。「41 ppm より高磁場の 13Ca なんてあったっけ?」とちょっと不思議に思っていたのですが、BMRB の統計値と比べてみると、まさに Gln(Cg), Asn(Cb) の側鎖ですね。

Cb (Asn) 38.7 ± 1.7 ppm
Cg (Gln) 33.8 ± 1.1 ppm

Asn の側鎖:Ca - Cb - CgO - 15Nd - 1H2
Gln の側鎖:Ca - Cb - Cg - CdO - 15Ne - 1H2

これは主鎖の場合と同じく、2J(NC) で磁化移動したピークを観ているのですね。確かにしばしば帰属の論文に書かれていますが、Asn/Gln 側鎖を帰属するには、CBCACONH が使えます。Asn を例にとると、ちょうど Ca と Cb がひっくり返ったように(Ca が Cb に、Cb が Ca に)見えるはずです。Gln ですと、Ca と思ったところに Cg が、そして Cb と思ったところに Cb が見えることになります。すみません、CBCACONH は Ca も Cb も正のピークですので、このようにはならないですね。例えば、Asn では主鎖でも側鎖でも同じような 13Ca, 13Cb が見えるはずです。しかし、HNCACB ですと、主鎖の Ca が正、Cb が負のようにフーリエ変換できますので、上記が当てはまります(側鎖では Ca が負、Cb が正になる)。

今回は Bruker の標準パルスプログラムそのままで測定しましたので、折り返しのピークも正で出てきてしまいました。しかし、このような事も起こるので、たまには 13Ca 軸を 90, -180 位相でとった方がよいでしょう。あるいは、全てそのようにとらなくても、例えば帰属でペアとなるスペクトル HNCOCA だけでもとるとよいでしょう。

下図は HNCOCA の HN/Ca プロジェクションですが、右下に赤で点々とペアのピークが見えています。この HNCOCA に限っては 13Ca の軸を 90, -180 位相でとったので、これら負のピークは折り返しなのです。



なお、この Asn/Gln のピークは折り返っていて、さらに他の主鎖のピークよりもかなり小さいです。それは、Bruker の標準パルスプログラムでは、パルスプログラムの d21 が 1/(2J) に固定されており、理想的には NH2 基は観えないはずだからです。しかし、なにごとにも少し誤差がありますから、感度の高いスペクトルでは、このように小さいピークとして残渣が見えてしまうのです。そして、13Ca 次元のスペクトル幅は狭いために、側鎖が折り返ってしまう。さらに、90, -180 位相ではとっていないので、正のピークとして出てしまい、他の主鎖ピークと区別がつかなくなってしまうのです。



d21 を 5.5 ms からちょっと短めにすると、主鎖のピーク強度は少し落ちますが、今度は Asn/Gln 側鎖がはっきりと見えてきます。最近は大きめの蛋白質を重水素化して HNCA-TROSY などをとることも多いです。すると、普通の TROSY では NH2 は観えませんので、Asn/Gln のNH2 のことを忘れてしまうのですね。しかし、小さい蛋白質では、これら Asn/Gln の水素結合なども重要になってくるので、帰属をしておいた方がよいでしょう。ここで、水素結合を見ようとして HNCO-TROSY をとったりすると、また見えなくなってしまいますので、注意が必要です。

なお、Asn/Gln 側鎖のピークは、1H/15N HSQC ではペアとなって見えますが、同時に個々のピークは雪だるまのような形に見えることが多いです。胴体の上に小さな頭が載っかっているような形。なぜ、そのような形になるのかは非常に面白いので、学生さんはじめ初めて知った人はちょっと考えてみて欲しいのですが、一応、答を書いておきます。

サンプルには 90% H2O/ 10% D2O などを溶媒として使っていると思います。すると、-15N-1H-(1H) が 90% ぐらい、-15N-1H-(2H) が 10% ぐらい生じます。両者は同じところにピークが出るわけではなく、少しずれてしまうのです。前者の 15N には 1H が付いているのに対して、後者の 15N には 2H が付いているためです。これを同位体シフトと呼んでいます。よって、雪だるまの頭:胴体 = 10 : 90 ぐらいになるはずです。もし、そのようなペアのピークを見つけたら、最初は拾わずに放置しておいた方がよいでしょう。というのは、MARS/Flya などの自動帰属ソフトにかけると、これが主鎖の連鎖帰属を邪魔してしまうためです。しかし、主鎖の帰属が終わったら、ちゃんと拾って、CBCACONH などを使って帰属しておきましょう。論文を書く頃に(帰属ラベルが空白だと恥ずかしいので)そこで慌てて帰属することになります。

また、ついでながら、15N 幅を少しだけ変えて 1H/15N-HSQC をとっておきましょう。ここでずれているピークがあれば、それは Arg の側鎖 ε の可能性が高いです。本来は 85 ppm ぐらいに出るのですが、あたかも主鎖のピークのように平気な顔をして、折り返って現れますので、時々間違えて拾ってしまい、主鎖帰属を混乱させます。

HSQC スペクトルの左下の方に Trp 側鎖も出てきます。昔は、13C/15N 標識体で 1H/15N-HSQC をとると、この Trp の芳香環 13C のデカップリングが不十分で(13Ca, 13Co 選択的パルスを用いるため)、このピークだけ少しブロード化して区別がつきました。しかし、最近は Chirp のような adiabatic pulse で広く 13C をデカップルするものですから、そのような現象も見なくなってしまいました。

たまに 100 残基ぐらいの蛋白質の帰属を始めると、懐かしい現象に再会し、いろいろと楽しくなるのですが、NMR で「これは側鎖かな?」などと試案しているうちに、Cryo-EM で構造が出てしまう(しかも、ドメインではなく intact で、それも複合体で!)時代になってしまいました。さらに構造だけに限って言えば AlphFold でかなり正しい構造が出てしまいますので、NMR で構造を決定するというプロセスは、もうあまり重要ではないのかもしれません。

しかし、こと IDP/IDR (天然変性) や創薬で脚光を浴びている環状ペプチドなどとなると、なかなか Cryo-EM / AlphaFold でというわけにもいかず、NMR に頼ることになります。その際には、側鎖も含め、ほぼ全原子の NMR 帰属が必要になってきますが(特殊なアミノ酸が入った創薬では非標識!)、その経験と技術をもつ人が、もはやお年寄りになってしまいました。

2025年5月17日土曜日

あらいぐまラスカルか?

数日前 21:30 頃、駅に向かって歩いていたら、なにやら「ガリガリ」と道端で音が。「いつもの野良猫か?」と思ってよく見ると、ラスカルでした。野良猫に餌をあげている人が何人かいて、そのキャットフードの残りを漁っているようでした。写真には1匹しか写っていないのですが、隣に少なくとももう2匹いました。




実は1年前ぐらい前にも遭遇したことがあり、その時は草むらに隠れていたラスカルのしっぽを踏んでしまったようで、ラスカルが牙を向いて襲い掛かったきました。あのかわいく見えたラスカルが、あんなに狂暴な猛獣になるとは。。。

写真の質があまりよくなく、これではラスカルか狸か分からないということになり、ChatGPT に「写真のフォーカスを上げて」とお願いして出力されてきたのが下図です。あれ?ラスカルの角度も変わってしまっているので、これは単純にフォーカスを合わせたというよりかは、写真をモデルにして一から描き直したような気がしないでもない。それに食べていたキャットフードが何やらトーストみたいな物に変わっている。




ChatGPT の水彩画風というのが好きで、これもお願いしたら、下図が出てきました。上図がラスカルに見えていたのに、水彩画の方では、ちょっとおどおどした狸に化けてしまったような気もしないでもない。



ますます、「ラスカル or 狸」が分からなくなってしまったのですが、SaKKRa 先生から助言がありました。下の写真は、アメリカ在住の時に撮ったラスカルの写真だそうです。可愛く見えたらラスカルだそうです。さらに手が器用で指で物をつかめるようになっているのに対して、狸では犬のような手なのだそうです。黒いラスカルもいるのですね。汚れているだけだと思っていました。




そして、下の写真が実際に撮られた「狸」の写真。やはり可愛さでは負けていますね。



こちらに見分け方が載っていると紹介されました。
https://psnews.jp/small/p/57214/#3

それによると、目と目の間に黒い筋があるとラスカルだそうです。ピントの合っていない写真でしたが、よく見るとこの筋がありました。ということで、どうもラスカルの可能性大ですね。

テレビアニメ「あらいぐまラスカル」が放映されたのは 1977 年だそうです。50 歳以上の人でこれを知らない日本人はいないのでは?

もともとはアメリカの小説だったのですね。
https://en.wikipedia.org/wiki/Rascal_(book)