2019年6月19日水曜日

やはり ATCase

書きかけの文章が山積みになっていますので、少しずつチェックしていこうと思います。下記もそうですが、これは 2014 7 18 日「見掛けと本質の親和性は違う」と関連しています。

Aspartate transcarbamoylase は、教科書に必ずと言って良い程出てくる allosteric-蛋白質の代表格です。教科書によると、ATP はこの蛋白質の平衡を T から R 状態に移動させ、逆に、CTP R から T 状態に平衡を移動させます。T R 状態では構成しているサブユニットの配置が異なるだけで、それぞれのサブユニットの構造が大きく変化しているわけではないようです。そして、基質であるアスパラギン酸は R 状態により強い親和性を持つ為、結果として ATP は促進材として、逆に CTP は阻害剤として働きます。これを({ATP, CTP} Asp という異なるリガンドでの相関であるので heterotropic な)MWC 協奏的モデルと呼びます。

しかし、過去の論文はよく調べるべきで、何とこの MWC モデルに反するデータも多く出ているようです。それによると、ATP CTP は活性サブユニットの立体構造そのものを変化させて、アスパラギン酸がより強く相互作用するようにしているのではないかという考えで、実際に証拠を示す実験のデータも出ていたようです(direct effect model)。そして、平衡が T から R 状態に移ったように見えるのは、Asp を加えた二次的結果であるとしています。なるほど、その可能性もあり得ます。また、これは一種の induced-fit モデルとしての KNF 逐次モデルに繋がります(ただし heterotropic な条件の下で)。MWC モデルとこの KNF モデルは、本来は連続的なモデルであってもよい中で、お互いに両極端の位置にあります。よって、これらの混合モデルがあっても不思議ではありません。R-T 平衡状態がずれることに加えて、更に R -> R' T -> T' のような構造変化も起きているのかどうかです。

Velyvis A., Yang, Y.R., Schachman, H.K., Kay L.E. (2007) A solution NMR study showing that active site ligands and nucleotides directly perturb the allosteric equilibrium in aspartate transcarbamoylase. PNAS 104, 8815-8820. https://doi.org/10.1073/pnas.0703347104

Velyvis A., Schachman H.K., Kay L.E. (2009) Application of methyl-TROSY NMR to test allosteric models describing effects of nucleotide binding to aspartate transcarbamoylase. J Mol. Biol. 387, 540-547. doi: 10.1016/j.jmb.2009.01.066

さて、彼らは 2007 年度にこの蛋白質を NMR で調べ(基質ではない)ATP CTP の添加によって、確かに R T 状態の間の平衡が移動することを発表しました。しかし、「この結果は MWC 協奏的モデルに従う」とは言えるが、この時点のデータだけでは、上記の direct effect model での構造変化が実際に起こっていないのかどうかの証明にはなっていませんでした。例えば、R -> R', T -> T' R' が基質である Asp のくっつきやすい構造)のような構造変化も考えられます。そこで、彼らは、今度は活性サブユニットのメチル基だけを標識し、確かに R -> R' のような構造変化は起こっていないことを証明しました。つまり、完璧に MWC 協奏的モデルに合致することを最終確認しました。同時にこれまでの「ATP, CTP の結合によって TR 間の平衡は変化しない」とするいかなるモデルをも却下することになりました。

構造変化が起こっていないことを証明するために、さらに RDC を測定しました(配向剤は PEG)。ATCase はきれいな3回回転対称の構造をとりますので、その回転中心がそのまま配向テンソルの主軸となります。さらに、活性サブユニットと制御サブユニットは別々に精製できるため、上記の化学シフト摂動実験の場合でも、活性サブユニットのみを 13C-1H メチル基選択標識し、制御サブユニットは非標識のままです。煮ても焼いても潰れないほど頑丈な蛋白質のようです。

また、この ATCase 300 kDa と特大ですが、サブユニットは対称的に配置されているため、測定試料の濃度は単量体換算で 0.3-1.0 mM 程度に相当します。メチル基の帰属が必要な気がしますが、実はこの蛋白質は、活性サブユニットと制御サブユニットを別々に調製し、後から混ぜ合わせて再構成させることができます。そのため、各ピークがどちらのサブユニットにあるかというサブユニット帰属ができるのです。さらに ATP, CTP などが存在している時と存在していない時とを比較するだけなので、残基ごとの細かい帰属はなくてもよいのです。

2009 年の論文によると、ATP, CTP が調節サブユニットに付いても活性サブユニットの立体構造は変わらなかった(ピークが動かなかった)ので、協奏的 MWC モデル以外は不可であるという結論になっています。しかし、たとえ三次構造は動かなくても、四次構造が変わればピークは動くはずです。そこで著者らは、平衡がずっと R 状態に固定されるような変異体を用いました。これならば ATP, CTP を加えても R-T の平衡はずれない(ずっと R 状態のまま)なので、四次構造に変化は起こらないはずです。単純に活性サブユニットの三次構造が変化するかしないかに集中できます。そして、この R 状態にある制御サブユニットに ATP が付くことによって初めて、さらなる R' 状態への構造変化が起こるのかどうかを調べました。その結果、R' に変化しませんでした(KNF モデルではリガンドが付いて初めて構造変化が起こる induced-fit の概念がもとになっています)。変異があるために R' に変化しなかっただけでは?とも勘ぐってしまいますが、きっと WT ATP をつけた時と同じ化学シフトであることを確認しているのでしょう。

なお、この構造変化は KNF モデルのことを言っているように聞こえるのですが(isotropic な)KNF モデルとは、同じリガンド同士の親和性についての話であり、ここでは ATP, CTP が付いた時の「基質」の親和性を論じているので、KNF モデルではなく direct-effect モデルと表しているのかもしれません。

2019年5月26日日曜日

メチル基の帰属に良い方法はあるのか?

扱う蛋白質の分子量が < 30 kDa ぐらいであれば、主鎖の 1H/15N を中心に帰属と解析を進めていくことができますが、もっと大きくなると、そもそも主鎖の帰属が困難になり、高分子量でも感度の高いメチル基に頼らざるを得なくなります。今回は、そのメチル基帰属に関する総説を読んでみました。

Gorman, S.D., Sahu, D., O'Rourke, K.F., and Boehr, D.D. (2018) Assigning methyl resonances for protein solution-state NMR studies. Methods 148, 88-99. doi: 10.1016/j.ymeth.2018.06.010.

(1)もし主鎖がすでに帰属されているのであれば

これはあまり大きくない蛋白質でのみ可能です。メチル基から同残基の主鎖の 1HN, 15N へ磁化を移動させる3次元あるいは4次元スペクトルをとってメチル基を帰属します。2H, 15, 13C で標識すると、より感度が上がります。筆者らは 30 kDa の蛋白質をこれで解析しました。大腸菌発現系では 15N, 13C, 2H の培地に、Ile, Leu, Val の前駆体(メチル基は 13C/1H, それ以外の側鎖部分は 13C/2H)を入れています。磁化は側鎖の 13C に沿って TOCSY で片道移動させています。つまり 3D CCONH, 3D HCCONH のメチル基版です。それぞれを3次元で別々にとっていますが、もし感度が高ければ4次元に拡張してしまって、メチル基の 1H, 13C とアミド基の 1H, 15N を同時に相関させてしまってもよいかもしれません。その方が Val, Leu のように2つのメチル基が見える場合に、1H 13C の化学シフトの組み合わせを間違えてしまうことを防げるでしょう。

一方、Tugarinov さんの論文(J.Am.Chem.Soc. 125, 13868 (2013))に紹介されているように、メチル基の磁化から 13Ca, 13Cb, 13Co などを経由して、またメチル基に戻ってくるパルス系列もあります。TOCSY ではなく COSY を使いますので Val Leu とでパルス系列がちょっと違ってきますが、とにかく長いパルス系列です。本当にこれで観えるのかな?とちょっと疑ってしまいますが、723 残基の MSG で観えていますので、そうなのでしょう。この蛋白質には 1H がメチル基にしかありません(アミド水素も 2H)。したがって 13C の横緩和が遅いことは確かです。

(2)主鎖の帰属がない時

分子量が 50 kDa を超えると主鎖の帰属が難しくなってきますので、上記の方法が使えません。この段落に何が書かれているのかに期待して今から読んでみます。NOE を使った methyl-walk point-mutation の方法しか書かれていないのであれば、やはり駄目か。。。と失望の色を隠せませんが。

(3)まずは NOE

メチル基を含むアミノ酸(I, L, V, M, A, T)のうちの何種類かを組み合わせて試料を調製します。著者らは IT-, VL-(ラセミ体), VL-(ジェミナル両方とも), V-, MILVT- 標識など5種類を調製しました。それぞれの前駆体が Table-1 にまとめられています(これは良い)。アミノ酸のスクランブルにはちょっと注意が必要です。特に Ala Ileγ2)などに流れていきますので、それを防ぐ方法が Table-1 に書かれています。Thr Ile などに流れやすいので、それを防ぐ方法が載っています。α-keto-isovalerate を入れると Leu Val の両方が観えますが、両者を区別するには 10% [2H]-Bioexpress Isogro などを入れて Leu ピークを薄めてしまう方法はよく知られています。Leu, Val にはジェミナルな2個のメチル基があります。その状態で NOE をとると(mixing time 40 ms と短く)、両者の間の交差ピークを見ることができます。しかし、残基間の NOE は小さくなってしまいますので、今度はラセミ体(どちらかだけが 13C/1H)か、あるいは立体特異的に pro-R pro-S のどちらかが 13C/1H12C/2H)で標識された前駆体を使います。2-aceto-lactate を入れる方法も有名です。しかし、それぞれを重水培養しないといけないので高くつきますし、分子量によっては果たして何年かかることやら。

ちょっと興味深かったことは、最初にメチル基の線幅を測っておくべきとのことです。13C (100 ms), 1H (400 ms) ぐらいに設定して二次元 HMQC をとります。もちろん、これは最高分解能を得るための acquisition time ですので、実際の 3D 4D での時間はこれより短いです。そして、線幅を測り、そこからそれぞれの適切な acquisition time を計算した方がよいとのこと。著者の蛋白質 60 kDa30 degC)では 13C T2 11 ms 程度であったので、 3D, 4D 測定における acquisition time 11 ms に設定したとのことです(線幅 1/(πT2) = 28 Hz)(ちなみに間接測定 1H acquisition time 20 ms)。この acquisition time=T2 LP をかける時には良いと思います。NUS の場合は、これの 1.5 倍ぐらいとっても良いのではないかと思います。

3D NOESY をとるか、それとも 4D をとるかの議論は、帰属での測定法での議論と同じです。3次元ですと、1H 13C の組み合わせを間違える可能性があります。最近は NUS がありますので、分解能を落とさずに 4D をとることが可能となりました。しかし、よく間違えられることは、NUS でとると感度が上がるという考え方ではないかと思います。実際に感度が上がって見えることが多いのですが、それは FT とは違った非線形的なプロセスの仕方が寄与しています(感度を上げる分だけ、いろいろな仮定を置いています。例えばベースラインはできるだけ滑らかにしようなど)。試しに普通のサンプリングでとったデータを zero-fill NUS でプロセスして感度を比べてみるとよく理解できます。感度は単純にマシンタイムで決まります。厳密には、感度は減衰していく時間データの中でどの部分をサンプリングするかにも依存してきますので、普通のサンプリングで zero-fill NUS でプロセスするのがもっとも高感度になることが多いです(分解能はだめですが)。

著者らは NUS データのプロセスに SMILE を使っているようです。サンプリングはランダムか exp-weighted が良いらしく、Poisson-gap S/N は良いがアーティファクトが多いとのことです。

本文では今後の対応として NUS, SOFAST, methyl-TROSY が勧められています。NUS はともかくとして、SOFAST methyl-TROSY は、お互いに相反する条件になってしまうのではないかと思います。Methyl-TROSY の効果を発揮するには 2H 化(メチル基以外)が必要です。そうでないと、メチル基の 1H のスピン状態 α, β が簡単に入れ替わってしまい、せっかくの methyl-TROSY 効果が台無しです。一方 SOFAST はメチル基の周りに 1H が多数あることによって作用します。周りが重水素化されていれば効果なしです。これらの中間の条件として、軽水に溶かしアミド水素を 1H に交換すれば良いのかもしれませんが、メチル基どうしで NOE をとる場合は重水に溶かした方がかなり感度が上がります(重水素化 70% などでは methyl-walk が混乱しますし)。そのような訳で、いろいろな論文に SOFAST methyl-TROSY の併用が書かれていますが、どうもよく分かりません。

Mixing-time の調整も必要です。蛋白質の大きさや温度、1H 密度によって変わってきます。そのため、3D, 4D 13C increment を止め、2D 1H/1H を測定し、もっとも交差ピークが多くなる mixing time を選ぶように勧められています。もちろん、残基内 NOE をとりたいか、残基間 NOE をとりたいかによっても変わってきますが。あまり長くし過ぎると、spin-diffusion を通して次の次の NOE が観えてしまうこともありますので、注意が必要でしょう。

(4)ソフトの活用

いよいよソフトによる帰属が出てきました。MAGIC MAGMA のうち、後者が紹介されています。他にも FLAMEnGO, Cyana(Methyl-FLYA), MAP-XSII などがありますが、どれが有効なのでしょう?まあ全て使ってみて最大公約数的に結果を採用するのが良いのかもしれませんが。ただし、それでも対象が大きくなってくるとソフトも苦しいようで、できるかぎり、アミノ酸の種類、Val, Leu のジェミナルなメチル基の組み合わせ(できれば、pro-R pro-S の特定)、変異によって決定した帰属などがあると良いようです。

著者らは二量体で 60 kDa という大きさの蛋白質を扱っていますが、濃度が単量体換算で 1.8 mM という濃さです。これで 3D 測定は 2-3 日、4D 測定は 5-7 日という長さで測定しています。しかし実際には多量体で 100 kDa、最高濃度も単量体換算で 0.1 mM程度といった状況も多く、困難は大きいでしょう。結局、そこで何年もかかるのであれば、Ile, Leu, Val, Metを一つずつ変異していく方が確実で速いのかもしれません。

2019年5月7日火曜日

外部参照ロックの方がよい?

蛋白 NMR の水溶液試料にはロック用に D2O 10% ほど入れますが、これが(CPMG を含む)T2 緩和実験の結果に系統誤差を生み出してきたという論文です。びっくりしましたが、確かに言われてみると、さもありなんです。15N-1H 15N-2H とでは 15N の化学シフト値が異なります。正確には化学シフトテンソルが異なるためですが、この違いは同位体シフトという形で蛋白質の 1H/15N スペクトルによく現れてきます。

Kumari, P., Frey, L., Sobol, A., Lakomek, N.A., and Riek, R. (2018) 15N transverse relaxation measurements for the characterization of µs-ms dynamics are deteriorated by the deuterium isotope effect on 15N resulting from solvent exchange. J. Biomol. NMR 72, 125-137. doi: 10.1007/s10858-018-0211-4.

例えば、普通の(echo-antiecho ではない)2D 1H-15N HSQC を測ると、スペクトルの右上の方に双子のピークが見えます。これらは Asn, Gln の側鎖の -NH2 由来のピークです。この双子ピークをよく見ると、それぞれのピークが雪だるまのように、胴体とその上の小さな頭から成り立っていることが分かります。よって、ペアピークを横線でつなぐと、双子の雪だるまが長い手をつないでいるように見えます。この上にちょこっと載った小さなピークは、隣の水素(ジェミナル水素)が 2H の時に 15N の化学シフトを検出したためです。もし、ロック用に D2O 10% 加えているならば、そのようなチャンスは 10% しかありませんので、小さな 1/10 強度のピークになります。この 2H-15N-1H 15N 化学シフトは高磁場の方に同位体シフトしますので、上にちょこっと乗っかったように見えます。この文献には 0.687 ppm ぐらいと書かれています。この値は 600 MHz NMR では 40Hz ぐらいに相当します。ちょうど 25 , pH 7.4 ぐらいで H/D exchange の速度(10-100 /sec)も近い値となり intermediate exchange の条件に入ってしまうのだそうです。CPMG 実験でも νcpmg < 100 Hz で顕著なアーティファクト(10% D2O 8 Hz!)が出るようです。これはまずいです。




H/D-交換速度は pH によって変わります。アミド水素の場合は pH3 で最低(10 分間に 1 回)pH6では 1 分間に 100 回と pH が1上がるごとに交換速度はおよそ 10 倍ずつ増えます(25 度において)。重水の分量によって「見かけの」R2 緩和速度が変わる現象は、ある程度 H/D 交換が速い領域と条件で見られるようです。つまり、水素結合を組んでいないアミド、高い pH、高い測定温度です。

パルス系列で CPMG が始まる直前での 15N-1H 量を 100 とします。直前までは 1H から 15N INEPT, refocused INEPT を通して磁化が移動されてくるので、これは当然です。15N-2H の磁化は INEPT と位相回しで除かれます。もしロック用に重水を 10% 入れていたとすると、この 100 15N-1H CPMG の間にどんどん減衰していって、最終的には 90 に達します。ここで平衡状態になり、これ以下には下がりません。この減衰の様子は(単純な交換ですので)指数関数で表すことができ exp(-kex.t) となります。kex H/D exchange の速度定数です。これは見方を変えれば、ある1つの 15N-1H スピンに着目した時に、それが CPMG 期間の間に 15N-1H として生き残る確率を表すことにもなります。この減衰も上記の同位体シフトによる Rex に加算されることになります。

論文には第二種のスカラー緩和も Rex を速めると書かれています。15N 2H が付いていると 15N の横緩和は速まります。これは 2H の縦緩和が速く J カップリングによる 15N J 分裂が乱されるためです。重水素化蛋白質の 13C-2H スピン系において 2H decoupling しないとかえって 13C の感度を落としてしまうのはそのためです。さらに、デカップルされた 15N-1H J coupling を持っている 15N-2H との間の交換も問題です。そもそも anti-phase になってしまった 15N-2H 15N-1H に交換したとしても、この時点でコヒーレンスは失われてしまいます。さらに、ここで J-coupling の値が変わりますので、CPMG でも 2H による J splitting refocus しなくなります。よって、第一種のスカラー緩和も問題になるはずですが。。。

それではロック用重水なしで測定すればよいことになりますが、それですと積算がめちゃくちゃになります。4% D2O でも pH > 7.4 ぐらいになると駄目なようです。1% D2O も勧められていますが、ロックの精度はそれだけ落ちてしまわないでしょうか?特に Gly の入ったループ部分では H/D-exchange が速いので、Rex が大きく出てしまいます。論文では Wilmad Stem coaxial inserts WGS-5BL (外径 5mm)かな?が勧められていました。いわゆるロックの外部参照用サンプル管です。内管に D2O 60 μL 入り、外観にはサンプル(D2O 無し)が 530 μL 入るようです。Shigemi でも売っていないのかなと思い調べてみると、おそらく「5mm 同軸チューブセット」SP-402(内管径が 2.0mm)がそれに当たるのでは?しかし、最近の NMR は重水の量が 5% ぐらいでも大丈夫ですので、内管径が 1.7mm SP-401 でも問題ないように思います。SPT-401 という薄いガラスを使った製品もありますが(その分だけサンプルがたくさん入る)プローブの中で?割れやすいかもしれません。

2019年2月10日日曜日

AS の意味

論文を見ていると、しばしば "Solution structure of xxxx as determined by NMR spectroscopy" といった題名を見つけます。GoogleScholor で "as determined by NMR" をサーチしてみると、なんと 14,300 件もヒットしました。"as determined by X-ray" で試すと 24,100 件、"as determined by cryo EM" では、もうすでに 140 件、まあ、それはどうでも良いのですが。

問題はこの "as determined ..." の as は何者?一応 Google 翻訳と Bing 翻訳に投げると "Solution structure of xxxx as determined by NMR spectroscopy" は「核磁気共鳴分光法で決定された xxxx の溶液構造」と和訳されました。as は「.... のような」という意味をもつような気もするのですが、どうなっているのでしょう?

まず、この as の品詞がよく分かりません。そこで、ちょっと調べてみました。
「and と as の底力」(佐藤ヒロシ著)

(1)This technology as we know it has been developed within a few years. : 私達が知っているこの技術は数年のうちに開発されたものである。

どうして "as we know it" のように it が付くのか不思議でしたが、ここが重要らしいです。つまり、この as は関係代名詞として使われているのではなく、"as we know it" 「私達が知っているような」と全体で直前の technology を修飾するらしいのです。As には関係詞のように使われる用法もありますが、もし上記の例文がそうだとすると、it が入るのは変です。

(2)real English as it is actually used:実際に使われている生の英語

これも上記の(1)と同じ接続詞としての用法です。ところが、受け身の it is が時々省略されます。これがちょうど "as determined by NMR" に相当します。つまり、 "Solution structure of xxxx as it is determined by NMR spectroscopy" が本来の表現で、ここから "it is (was)" が省略されたという事情のようです。(1)と(2)は同じ様式ですので、ここでの as は疑似関係詞ではありません。したがって、"as is (was) determined by NMR" という表現は(時々見かけますが)間違いのようです。実際 GoogleScholor で検索すると、36 件しかヒットしませんでした。

(1,2)ですが、これは、ある一つの事を別の角度から見た場合などに使うのだそうです。よって「同じ蛋白質の立体構造ではあるが(X-線でもクライオ電顕でもない)NMR という手段でもって眺めた時の構造」という名詞限定の仕方になるのでしょう。

では、ここを関係代名詞の that で限定してはいけないのでしょうか? "Solution structure of xxxx that was determined by NMR spectroscopy" ここは私の勘ですが、that による限定が強過ぎて「X-線、クライオ電顕、NMR で解いた構造はそれぞれ異なる」という強い前提が入り過ぎるのではないかと思います。つまり「これは NMR 構造ですよ、結晶構造とは全く異なるのでそこのところをよく心に留めて私の論文を読んでね」というニュアンスが入るのではないかと推測します。例えば、溶液内では2つのドメインがお互い相手に対して開いているが、結晶構造ではクリスタルパッキングのために2つのドメインが小さく閉じこもっているような構造の違いがある場合などでしょうか?

では、関係代名詞 which を使ったら?これは高校受験の参考書によく載っています。なお「, which」とコンマを付けないといけません。 "Solution structure of xxxx, which was determined by NMR spectroscopy" の場合「xxxx の構造ですよ。おっと言い忘れていましたが、ちなみにこれは NMR で解きました」という付加的な意味になります。

ちょっと極端な和訳ですが、"that" と ", which" の違いは以下のようになるでしょうか?

(3)I discarded the crystals that seemed broken. : 私は壊れているように見える結晶だけをちゃんと選んで除きました。壊れていない結晶は、もちろん言うまでもなく、そのまま育てていますよ。

(4)I discarded the crystals, which seemed broken. : 私は失望して一切合切それら結晶をまとめてゴミ箱に捨てました。だって、それらは全て壊れているように見えたためです。

この(3,4)には大きな違いがあります。院生が先生に(3)を言ったら褒められますが、(4)を言ったら。。。"the" が付いていますので、院生と先生の両方が会話の場で想定できる結晶全てということになります。もし、日本では法令で定められている計画停電の翌日に、実験室内の結晶全てについて二人で話していたとしたら、その実験室内の結晶すべてを流しに捨て去ったことになり。。。あとは想像にお任せいたします。

ちなみに as が but, then などの同じように擬似関係詞として使われることもあり、これは受験参考書に詳しく書かれています。以下の例文は全て、現代英文法講義(安藤貞雄著、開拓社)より抜粋しました。

(5)such as
Such girls as he knew were teachers.:彼が知っているような女の子は先生だった。

(6)the same as
I have the same difficulty as you have.:私も君と同じような困難を抱えている。

(7)as many as
There is as much money as is needed.:必要なだけの金はある。

(8), as you know.
As was expected, he did not turn up.:予想通り、彼は姿を見せなかった。

as は文全体を受けています。文の前方にも置ける点が特徴的で、やはり接続詞であるという理論も強いようです。上記の例文で as の後に what が省略されていると考えることもでき、その場合は、接続詞として使われていることになります。

2018年12月12日水曜日

冷やせば安全とは限らない

蛋白質の凝集やアミロイド化は、神経変性疾患をはじめとして様々な病気に関連しています。この凝集などの出発点はしばしば、その蛋白質がしっかりと折り畳まれていない、部分的に緩んだような構造(折り畳み中間体)になってしまうことにあります。この折り畳み中間体の構造を原子レベルで検出するのはかなり難しいことです。寿命が長くなく、ほんの一瞬であり「ずっと捉える trap」することが難しいためです。そのため、よくストップトフローなどを使います。そこで長時間その折り畳み中間体を維持するようにアミノ酸変異を加えたり、ちょっとだけ変性剤を加えて故意に不安定にさせたりなどの工夫がなされてきました。もちろん結晶にはほぼなりませんので NMR で観るのが良いのですが、さまざまな構造の間をμs-ms の時間領域で交換し合っていると、NMR 信号が広幅化してしまい、あまりきれいには観測できません。

蛋白質を熱すると変性してしまいます。これは熱によって各原子の動きがより活発になり、折り畳みを維持することができなくなるためです。一方、低温(-20℃ 以下など)にもって行っても蛋白質が変性してしまうことがあります。実際には変性する前に溶液が凍ってしまうため、蛋白質を冷凍庫に入れたからといって必ずしも変性してしまうわけではありません(変性したとすると、液体窒素で瞬間冷凍しなかったためでしょう)。この低温変性という現象は、周りの溶媒である水の疎水性が上がるためと言われています(すると、蛋白質の内部に向いていた疎水性残基が表面に出て来て水と相互作用しようとします)。高温変性は一気に(協同的に)起こるのですが、低温変性はもう少しゆっくりと起こるので、下記の論文のように、変性の途中の構造をトラップして観ることができるかもしれません。

Jaremko M., Jaremko L., Kim H.Y., Cho M.K., Schwieters C.D., Giller K., Becker S., and Zweckstetter M. (2013) Cold denaturation of a protein dimer monitored at atomic resolution. Nat. Chem. Biol. 9(4), 264-270. doi: 10.1038/nchembio.1181.

著者らは(よく存じていますが、彼らは本当にアクティブですねえ)日和見(院内)感染で有名な腸球菌の CylR2 という蛋白質を調べました。これは溶解温度 Tm が 77.5℃ と大変安定な蛋白質です。25 ~ -16℃ までの温度で 1H/15N HSQC を測定した結果、低温になるほどピークがぼやけてきました。蛋白質分子全体の回転が止まってきたことも原因と思いますが、著者らは低温では複数の構造の間で交換が起こっているため(つまり Rex の上昇)と解釈しています。実際、温度変化に対するピークの移動は見た目で直線に乗っていない場合もありました。これは交換している構造が2つ以上ある(つまり、単純な二状態転移ではない)ことを示しています。

次に {1H}-15N 異種核 NOE を測りました。25℃ では平均値 0.81 という頑丈さを示しています。-3℃ まで落とすと、2残基が 0.4 も下がりましたが、まだ全体的には構造が維持されているようです。この2残基は後で分かるのですが、二量体の接触面の残基なのです。しかし、-11℃ になると、全体の平均値が 0.27 となりました。この値はモルテン・グロビュール構造に匹敵するか、それを上回る柔らかさです。低温では観たい分子の回転拡散がゆっくりとなることから、必然的に NMR の感度が悪くなってきます。さらに、著者らは低温では直径 1mm のキャピラリーガラスに試料を入れていることから、試料の絶対量も少なくなって感度を落としています。そのため、低温で(距離情報を示す)NOE ピークが少なくなっているのは、単なる NMR 感度の低下のためではないかとも疑えました。しかし、この {1H}-15N NOE の結果は、上記の μs-ms 程度の運動だけでなく ps-ns 程度の速い運動も低温で活発になっていることを示しており、やはり複数の柔らかい構造の間で交換が起こっているようです。

拡散係数を測ることにより、流体力学半径も見積もりました。ちなみにこの蛋白質はホモ二量体です。それによると、-3℃ では二量体が 93% ぐらいあるのに対して、温度が下がるにつれてどんどん二量体が解離し、-11℃ では 1% ぐらいになってしまいました。この実験のすごい所は、25℃ 以外に 0℃ 以下の5つの温度において立体構造を NOE で決めていることです。低温になるにつれ、やはりサブユニット間 NOE が消え始め、二量体が単量体に解離したことを示していました。さらに、低温ではサブユニット内 NOE ピークそのものも少なくなってきますので、単量体構造自身もちょっとフラフラしているようです。

-7℃ では二量体と単量体が半々ぐらい存在します。しかし、ピークが2つに分かれていないことから、両者が速く交換していることが分かります(fast-exchange)。サブユニット間の NOE を解析すると、-7℃ では2つのサブユニットがちょっと離れかけており、25℃ におけるきっちりとくっ付いた二量体とは異なることが分かります。各サブユニットの構造は単量体での構造と似ていることから、今まさに離れんとしている瞬間なのでしょう(よって二量体と単量体が速く交換する)。

-11℃ ではほとんど単量体となりますが、この構造は 25℃ におけるサブユニット単位だけを見た時の構造と似ています。このことから(いくつか水素結合は無くなりますが)サブユニットとしての構造はそれほど変わらずに、しかし、ふわっと緩んだダイナミックな状態(フォールド中間体)で、さらにサブユニット間の相互作用が低温では弱くなっていくようです(-11℃ ではサブユニットはほぼ完全に離れてしまう)。スピンラベルを付けて常磁性緩和を見た実験でも、このフォールド中間体の方がブロードになった範囲が広かったそうで、これは構造がダイナミックに揺らいだために、蛋白質のより広い範囲がスピンラベルに晒されたことを意味しています。

-11℃ における単量体は、全体構造としては 25℃ でのサブユニット構造と似てはいます。しかし、部分的に動きが逆に固くなった箇所があります。それは二量体でサブユニット間の相互作用に寄与していた疎水性残基の側鎖が、単量体では内側に向かったためだそうです。むしろ、この残基が隣のサブユニットとの協力関係を打ち切って、同じ内輪の方に寝返ってしまったために、二量体が解離してしまったのでしょう。この残基が関与する相互作用は、25℃ の native 構造では見られなかったもので、フォールド中間体で初めて生じた相互作用です。代わりに溶媒の方に向いた側鎖もあるようで、主鎖の全体構造に目立った変化はないものの、やはり二量体から単量体に激変したとなると、側鎖の向きに再調整が起こるようです。どんどん低温にもって行った時に最後に残るのは疎水性コアの部分で、この部分とすぐ隣にある(ヘリックス・ターン・ヘリックス)部分との間の中長距離 NOE は低温になるほど観えなくなると書かれています。この疎水性コアを維持しているメチル・メチル相互作用がかなり強いので、その周りの領域がちょっとぐらいフラフラしても、このフォールド中間体は何とか全体構造を保っているのでしょう。

面白いことに相互作用相手である DNA と複合体を作らせると、低温でも構造が崩れなかった、つまり二量体のままであったとのことです(ちなみに、この蛋白質はリプレッサです。IPTG と作用する Lac リプレッサもそうですが、DNA に付く蛋白質は二量体で機能することが多いです)。安定性が増して、低温変性が始まる温度が下がったのでしょう。

この論文の蛋白質では、二量体が単量体に分かれ、その二量体のインターフェースに関与していた疎水性の側鎖が単量体では内側に向いて疎水性コアを形成しました。結果として、その単量体のフォールド中間体は幾分安定化しました。しかし、ホモ多量体蛋白質の中には、サブユニットどうしが解離し、それが引き金となって疎水性の側鎖が余計に露出してしまい、さらに単量体の構造が全体的に不安定になる場合が多いです。そのような単量体はアミロイド形成に走る場合も多いでしょう。この論文では、低温変性の性質を利用して蛋白質を人工的に不安定にしました。「こんな低温に腸球菌が晒されることはないから、このような人工的、非自然的な条件にするのは生物学的意義がない」などとは言わないでください。低温にするという操作以外でも、酸化 oxidation、修飾 modification、変異 mutation、他蛋白質との非特異的相互作用 non-specific interaction、高圧 high-pressure、外力 rheo などによって、蛋白質は容易に不安定な状況に置かれます。不安定にする手段はいろいろ異なっていても、見られる現象は同じである可能性が高いです。特にこの論文の実験においては、室温に戻すと元の二量体に戻ることから可逆的です。すると「フォールド中間体は実際に自然の中でも起こっているが、そのモル比があまりに少な過ぎて観測できない、しかし、低温に晒すことによって、その割合を増やして観測できるようにしている」とも解釈できます。

Marginal-stability と呼ばれるように、生体内の蛋白質はかろうじて安定性を保っており、上記のようなちょっとした環境の変化により不安定化し、病気の原因となるアミロイドに急速に変貌することがあります(最近は逆に、あえてアミロイドという固体にすることにより、病原性を封じ込めているという説が有力ですが)。ちょうどシーソーのバランスが崩れて雪崩が起きるようなものです。物理的には過冷却の現象にそっくりです。

2018年12月3日月曜日

酸欠になった時

癌細胞は非常に活発に細胞分裂しているため、しばしば酸素が足りていない状態になります。すると、それに対応しようとして血管を新たにどんどん作ろうとします。癌細胞に限らず、新たに作られようとしている組織では酸素が不足してくるので、早く血管を作りより多くの酸素を組織に送り込む必要があります。このように酸素が不足した時には、転写因子である HIF-1 (hypoxia-inducible factor 1, 低酸素誘導因子‐1) の細胞内濃度が高まり、例えば血管の伸長を促すのに関与する蛋白質などの転写活性を高めます。この HIF-1α は、CBP/p300 と相互作用することが知られています。

CREB-binding protein (CBP) は転写コアクチベータ(活性化補助因子)であり、そのパラログ(同じ種内のホモログ)として p300 が知られています。この CBP/p300 はちゃんと fold したドメインを7個含んでいますが、それ以外の繋ぎのリンカー領域は天然変性領域(IDP)です。IDP の領域の合計は 1,400 アミノ酸にものぼり全体の 60% を占めます。そして、CBP/p300 は 400 個以上の転写調節因子と相互作用し、16,000 個ものヒト遺伝子のプロモータ領域に見つかるそうです。この CBP/p300 の N-末端に近い領域に TAZ1 (transcriptional adapter zinc binding motifs) があり、それは4本の α ヘリックスと3つの亜鉛イオンから成り、きっちりとした構造をとっています。この TAZ1 ドメインが HIF-1αと相互作用します。

Berlow, R.B., Dyson, H.J., and Wright, P.E. (2017) Hypersensitive termination of the hypoxic response by a disordered protein switch. Nature 543 (7645), 447-451. doi: 10.1038/nature21705. 

酸素が足りない時、HIF-1α(HIF-1 のトランス活性化領域)は TAZ1 と安定に相互作用し、酸欠に適応するための遺伝子(血管伸長など)の転写を一気に活性化させます。一方、酸素がたくさんある時には、HIF-1α は不要ですので、ヒドロキシル化され(プロリンに -OH 基が付加される)、それが目印となってプロテアソームにより分解されます。

しかし、いくら酸欠状態であっても HIF-1α が元気過ぎると、それはそれでまた問題です。そこで、非常に巧みな仕組みが備わっています。HIF-1α が転写活性を上げると、それにより CITED2 と呼ばれる蛋白質も発現してきます。これのトランス活性化領域が HIF-1α と TAZ1 との相互作用を邪魔します。これにより HIF-1α の転写因子としての活性が抑えられます。上流が下流を促進させると、その下流が上流を抑制するので、これを負のフィードバック調節と呼びます。

面白いことに、TAZ1 と相互作用する相手には幾つかの蛋白質が知られていますが、いずれも天然変性です。そしてこれら天然変性の間にアミノ酸配列の相同性はあまり見られず、また TAZ1 と複合体を形成すると、一部でヘリックスのような構造をとるものの、そのヘリカル構造に共通性はあまり見られません。逆向きに付く蛋白質もあるぐらいです。そのように単量体では決まった構造を取らない HIF-1α と CITED2 がどのようにして同じ椅子を取り合うのか(競合し合うのか)?詳細はよく分かっていませんでした。

結論から先に書きますと、TAZ1, HIF-1α, CITED2 は一瞬ですが3者複合体を作ります。HIF-1α と CITED2 には LPE(Q)L モチーフと呼ばれる似た配列があるのですが、CITED2 の LPEL モチーフが最初に乗っ取りをしかけます。そして、TAZ1 の構造を変え、それにより HIF-1α の LPQL モチーフを引き剥がします。まるで崖(TAZ1)にしがみついている人(HIF-1α)の手(LPQL)を、後から登ってきた人(CITED2)の手(LPEL)が引き剥がして、前の人(HIF-1α)を奈落の底へ突き落としているかのようです(もっと良い例えを思いつけないのか?)。

HIF-1α と CITED2 がそれぞれ TAZ1 と相互作用する時の親和性を比べた時、CITED2 の方が極端に親和性が高ければ、乗っ取りが成功することは容易に想像できます。しかし、両者の解離定数はほぼ同じ値の 10 nM なのです。それでも、[15N]-TAZ1, HIF-1α, CITED2 を 1:1:1 で混ぜると、[15N]-TAZ1/CITED2 複合体のピークのみが観測されます。これは、非常に効率よく HIF-1α が [15N]-TAZ1 から引き剥がされることを示しています。さらに蛍光異方性を使った相互作用解析においても、TAZ1 と HIF-1α の複合体に CITED2 を追加滴定していった際に見られた解離定数(つまり、HIF-1α 存在下における CITED2 と TAZ1 の間の見かけの Kd)は 50 倍の 0.2 nM に匹敵するとのことです(TAZ1 と CITED2 の2者だけの状態ならば、もちろん 10 nM)。また、ストップトフローでは CITED2 の濃度が高いほど乗っ取りが速く進むのに対して、HIF-1α にはそのような濃度依存性がないという結果が出ています。もし、結合した HIF-1α が偶然にも TAZ1 から離れたすきを狙って CITED2 が結合するのであれば、速度定数の濃度依存性は両者で同じになるはずでしょう。

ここで HIF-1α と CITED2 の複合体におけるダイナミクスが重要になってきます。それぞれには LPQL と LPEL という似たモチーフがあります。しかし、TAZ1 との複合体において、HIF-1α の LPQL モチーフはちょっと動いているのに対して、CITED2 の LPEL モチーフはかなり固定しています。先ほどの崖で例えると、前の人(HIF-1α)は手(LPQL)の力が弱く、あちこちの岩を掴んだり離したりして迷っているのに対して、後から来た人(CITED2)は腕力(LPEL)が強く、崖(TAZ1)のとある岩をしっかりと捉えて離しません。これでは前の人(HIF-1α)が自らすぐに落ちていきそうにも見えますが、この人は脚力(C-末端側の二つのヘリックス)がひ弱な手を補っていて、手足を総合的にみると後の人(CITED2)と同じ程度の力量は持ってはいるのです。しかし、まあ後の人(CITED2)が攻撃を仕掛けてくるこの状況では、いくら足に自信があっても手を離した方(HIF-1α)が負けでしょう。バランスを崩して落ちていきます。このダイナミクスの詳細は {1H}-15N 異種核 NOE という NMR 測定により非常に簡単に観ることができます。

著者らは、N-末端だけの CITED2 を作りました。これは LPEL モチーフを持っていません。これをすでに出来ている複合体 TAZ1/HIF-1α に加えても、HIF-1α は退きませんでした。豪腕(LPEL)という武器がないと HIF-1α には勝てないのです。では逆に LPQL モチーフを除いた HIF-1α を TAZ1/CITED2 に立ち向かわせるとどうなったかです。この結果はわざわざ書くまでもありません。チワワが土佐犬に立ち向かうようなものです。このような競合の詳細は結晶構造解析ではなかなか分からないものですが、NMR ですと何割の分子においてどの原子とどの原子が近くにあるかまで分かってしまいます。今回の試料は分子量が小さいですので、NMR の感度については全く問題がありません。

以上のような仕組みが無かったとしたら。。。HIF-1α を退かすためにはもっと多量の CITED2 が必要になるでしょう。その大量の CITED2 が出てくる間に酸欠対策が行き過ぎ、血管ができ過ぎてしまうかもしれません。しかし、CITED2 はほどほどの濃度で HIF-1α をうまく追い遣る方法を進化の上で獲得しました。転写のスィッチは、必要な時にすぐに ON にならないといけませんが、ON のままでは駄目で不要になった時にはすぐに OFF にしないといけません。生物はこの急速 ON/OFF をいろいろな仕組みで達成しています(アロステリック効果、フィードバック制御、協同性など)。うまい点は、土台となる TAZ1 が CITED2 を気にいって迎えるようにもっていく、つまり、CITED2 が自分自身が入りやすいように TAZ1 の形を変えている点です。このように、まず3者がくっつく → HIF-1α の手を払い除けて CITED2 が手を置く → TAZ1の構造を CITED2 向きに変える、という連続した流れが見られます。この流れはこれまでの硬い鍵と鍵穴だけのストーリーとはかなり違っています。鍵と鍵穴の仕組みであれば、HIF-1α と CITED2 は同じ鍵の形をしていて、同じ様式で鍵穴である TAZ1 に入り込むことでしょう。しかし、実際の HIF-1α と CITED2 は(手の部分を除いて)違う形で TAZ1 と相互作用しています。この乗っ取りは、フラフラとして一見すると鍵になり得ないような HIF-1α と CITED2 だからこそ出来るダイナミクスです。

このようなアロステリック効果が生物のありとあらゆる所で生命機能の調整に関わっているとすると、役者となる蛋白質とそれらが相互作用する時の解離定数を単にたくさん集めただけのデータベースでは、実際の生命現象をうまくシミュレートできないかもしれません。上記の例でいうと、TAZ1 が形を変えていくことも含めた「見かけの(全体としての)解離定数」が必要になってきます。

ここで個人的な疑問です。単に CITED2 の TAZ1 への親和性を高くするだけでは駄目なのでしょうか?もし、そうだとすると、CBP/p300 から CITED2 を外すのが大変になるでしょう。一旦 CITED2 が付いてしまった CBP/p300 は使いものにならず、次に酸素が減ってきた時にその生物は死んでしまうでしょう。もしかすると CITED2 をまた上手く外す仕組みがあるのかもしれません。そのためには、TAZ1 と CITED2 の間の親和性が高過ぎてもいけないのではないかと思います。