2013年3月27日水曜日

Fast-exchange でも油断はできない

NMR で観測対象となっている分子が交換状態にあるとします。この時の交換とは、立体構造 conformation が揺れている、化学結合が繋がったり切れたりしているなど、およそ化学シフトが変わるような現象なら何でも考えられます。その場合、一般的に kex (1/sec) = Δw (rad/s) / √2 の条件に近づく程、融合したピークが広幅化します。しかし、これよりもずっと速い交換状態の時、果たしてピークの広幅化は起こるのでしょうか?

まず、このような fast-exchange の系では、ピークが融合されて一本になります。例えば、A ⇔ B と二つの状態で化学シフトが両者の間を速く行き来している時、A にある状態の割合が Pa としますと、B にある状態の割合は Pb = 1-Pa となります。そして、融合したピークは、化学シフト δ = Paδa + Pbδb の位置に現れます。これを加重平均(weighted average)と呼ぶらしいです。

さて、それでは、線幅(横緩和)はどのようになるのでしょうか?横緩和についても R2 = PaR2a + PbR2b と加重平均になってくれると大変うれしいのですが(*)、そう簡単ではなく、これにさらに、PaPb(Δω)^2 / kex なる項がくっ付いて来るのです。この PaPb が何処で最大になるかというと、Pa = Pb = 0.5 の時です。つまり、A と B のモル比がちょうど同じになった時に、fast-exchange と言えども、線幅が最大になってしまうのです。

(*)厳密には、化学シフトの場合でも、理想的に速い交換の場合しか完全な加重平均にはなりません。

次に、例えば A という分子に何か相互作用する相手方分子 X を滴定して行くことを考えます。そして、複合体を B とします。この場合は、A + X ⇔ B のような交換状態となります。このように X という第三者が入ってくる場合は少し式が複雑となり、A 分子のうちの 1/3 が複合体である B 分子になった時、つまり Pb = 1/3 の時に、ピークがもっとも広幅化してしまうのです。したがって、滴定を始めると、少し進んだ辺りでピークがどんどんブロード化して観えなくなってしまうこともあるわけです。実は、Pa = Pb = 0.5 の条件では、この時に加えている相互作用の相手方分子 X のうち、複合体になっていない依然 free の分子の量が解離定数(Kd)の値に一致します。したがって、Pa = 1/2~2/3 の領域は、解離定数を調べるのに非常に重要な滴定領域だと言えます。このよりによって大変重要な所で、下手をすると、ピークが観えなくなってしまうなんて。。。。



まだ寒い状態だと言うのに、外の桜はもう7分咲き程度です。「7分咲き」とは、どのような状態を指すのでしょう?

「生命と物質 -生物物理学入門- 永山國昭著」

に依りますと、次のように説明されています。桜の一つの花をよく観ると、花びらが(完全に閉じている) ⇔ (完全に開いている) という2状態転移にあります。これは、あくまで一つの花についてです。7分咲きとは、桜の木の中で花びらがまだ閉じている花が3割(例えば、3,000 花)、そして残りの7割(例えば、7,000 花)の花びらが完全に開いている状態を云うのだそうです。決して、「花びらが法線から 90° × 0.7 程度の角度で開いている」という意味ではないのだそうです。

そうか!確かに蛋白質の unfold ⇔ fold もそうだと、目から鱗でした。

1999 年にこの本を買って以来、これを超える本は存在しないと聖書のように祭ってきたのですが、今日、桜の木の下でじっと観てみると、いろいろな角度で開いている花びらがあるではないですか!桜の花は、もしかして8状態転移ではないでしょうか?

2013年3月13日水曜日

Intermediate-exchange とは何処の事?2

またまた前回のブログでは、図を出さずに文章ばかりで埋めてしまいました。そこで、同じような内容を今回は図付きで。




この一次元のスペクトルは、A ←→ B という二つの状態の間で交換が起こっている様子を示しています。A, B は、具体的に立体構造が換わって化学シフトが変化している状態と考えてもよいですし、あるいは、化学結合が生成消滅したりしている状態と考えても構いません。要は、化学シフト値が変化することが重要です。この化学シフト値をそれぞれ 70, 30 Hz とします。普通は ω(rad/s) で表しますが、ここではあえて ν(Hz) で表すことにします。当然、これを ppm 値に変換すると、NMR の静磁場 B0 の大きさによってその ppm 値は変わります。

さて、左右ともに真ん中の図が kex (1/sec) = Dw (rad/s) / root(2) の条件の時のスペクトルです。たいへんブロードになっており、これぞ intermediate-exchange と言えるでしょう。さて、左上の図は、√2 を消した時の条件です。そのため、少しだけ fast-exchange に寄りますので、ピークがシャープになっていることが分かります。一方、左下の図は rad/s ではなく、Hz をそのまま使った時のスペクトルです。先ほどの図よりも 2*pi = 6 倍ほど slow-exchange の方に偏りますので、すでにピークが二つに分かれています。

右の上と下の図は、もっとも intermediate-exchange の条件から kex を 10% だけそれぞれ fast-, slow- に偏らせた時のスペクトルです。よく見ると、右下のスペクトルがもっともブロードです。しかし、これはダブレットが繋がったものですので(勝手に)除くことにしましょう。

これらのシミュレーションでは、A と B がそれぞれ 50:50 にある時の状態を想定しています。もし、fa (fb) が 50% から離れた状態では少し様子が変わって来るでしょう。いずれにしても、kex は /sec 単位であるが、比較の対象となる化学シフト値は rad/s 単位であること、その化学シフト値の差 (rad/s) を√2 で割った値と kex とを比べることが重要だと言えそうです。

なお、同じ試料を大きな NMR に持っていくと、全体的に slow-exchange の方向にずれることに注意しましょう(ppm 値では同じでも、rad/s, Hz で表した化学シフト値の差は増えるから)。ですので、もともとが少しだけ fast-exchange の場合に、超高磁場 NMR で測定すると、運悪く intermediate-exchange に被ってしまうこともあり得ます。「400MHz では確かに観えたピークが 800MHz では消えた!」などという一見?な現象もこれで説明がつきます。次回は、「Kd 値を求めるために滴定をすると、なぜ、滴定たけなわの肝心なところだけでピークが消えるの?」について触れたいと思います。

2013年3月11日月曜日

Intermediate-exchange とは何処の事?1

NMR 試料が構造交換や化学交換をしていると、NMR ピークがブロードになってしまうことは広く知られているところです。その条件をよく、intermediate-exchange の条件だと呼んでいます。それでは、さて、その条件はどのような時なのでしょうか?という問題が浮かび上がりました。 よく本を見ると、

kex > Dw (fast exchange)
kex = Dw (intermediate exchange)
kex < Dw (slow exchange)

と書かれています。ここで、kex の単位は(1/sec)であることに異存はないのですが、問題は Dw の単位です。私は(rad/s)が正解だと思っています。ところが、多くの人から「それは間違っている、正しくは(Hz)である」と指摘、撃墜され続けてしまい、おまけに、「kex と比べる場合の化学シフトの差の単位は Hz だから、気を付けるように」と書かれた教科書まで出現する始末です。

確かに、kex(1/s)と Dw(rad/s)を比べるのは変に見え、いかにも kex(1/s)と Dw/(2pi)(Hz)を比べるのが当然のようにも見えます。しかし、そんなはずはないと思い、シュミレーションしてみると、むしろ、ちょっと変な結果になってしまいました。 どうも、

kex (1/sec) = Dw (rad/s) / root(2)

あたりで、もっともブロードになってしまうのです。

また、別の本を見てみると、次の式が出ていました。

Kr = pai*(va-vb)/root(2) = pai*Dv/root(2) = 2.22Dv(Hz)

これにおいて、Kr の意味を kab だけだと解釈すると、上記の式と一致して来ます。 しかし、Kr が何故大文字で書かれているのか?とうとう、その正体が分からず断念しました。どうも、いろいろな本を見れば見る程、少しずつ違った式が表れ、ますます混乱して来ました。他にもいろいろと探していると、やっと

Sudmeier, J.L., Evelhoch, J.L., and Jonsson, N.B.H. (1980) Dependence of NMR lineshape analysis upon chemical rates and mechanisms: implications for enzyme histidine titrations. J. Magn. Reson. 40, 377-390.

に上式を支持する式が載っていました。やはり、kex (1/sec) = Dw (rad/s) / root(2) で良いのかもしれません。

ところで、上記での kex は kex = kab + kba なのです。だんだん心配になって来たことは、上記は全て pa = pb = 0.5 の場合ですが、実際には pa = 0.95, pb = 0.05 のような場合もあることです。すると、kab << kba となります。このように skewed された平衡状態においては、a 側のピークは kab に支配されて、どちらかというと slow-exchange に近くなり、他方、b 側のピークは kba に支配されて、どちらかというと fast-exchange に近くなるのではないかと思い始めました。

もしかして、試料の温度を上げたり、磁場強度を下げたりすると(つまり、fast-exchange の条件にさらに近付ける)、小さな b 側のピークは、どんどん a 側に近付いていくのに対して、 a 側のピークは強度のみが小さくなるだけで、それ程移動しないといった挙動が見られるのかもしれません。

せっかくシミュレーションプログラムを作ったのだから、試せば良いのですよね。ついでに 2D ZZ-exchange のシミュレーションプログラムも作ってみました。何を血迷ったかエクセルで作り始めてしまい、慣れない行と列の扱いで混乱。しかし、等高線プロットの色彩感覚が悪く、もう数日は練る必要がありそうです。それはそうと、転移交差飽和法の項を書きかけたままでした。早く戻らないと、どんどん脇道に逸れてしまいそうです。

2013年3月8日金曜日

ZZ-交換 2

前回のスライド図に数式を(書いたではなく)描いたのですが、分解能が悪く、I_AA などの添え字が見にくくなってしまいました。拡大すると何とか見えるのですが。

さて、この4つのピークをどのように解析していけばよいのでしょうか?まず、数式をじっと眺めると、面白いことに気付きます。ここで、p_A + p_B = 1 であることを使ってください。

まず、上2つのピークを足してみましょう。すると、

I_AA (tau) + I_BA (tau) = I_AA (0) exp(-tau/T1)

のようになります。つまり、k_ex が消えてしまいました。同じように、下二つのピークを足すと、次式のように、今度も k_ex が消えます。

I_BB (tau) + I_AB (tau) = I_BB (0) exp(-tau/T1)

もともと A の状態にあったスピンが tau の間に A のままいるか、あるいは、B に移るかするわけですから、両者を足すと交換の速さ kex には無関係になってしまいます。

4つのピークを全て足すと、{I_AA (0) + I_BB (0)} exp(-tau/T1) となりますので、この式を実際のピーク強度の合計値に当て嵌めることで、T1 をかなり正確に決めることができるでしょう。ただし、この場合、A 状態と B 状態とで T1 が同じであるという前提がありました。つまり、A と B とで分子量やその部分のダイナミクスがほぼ同じ程度でないといけません。極端に分子量が違う場合は、もっと複雑な式を使わないといけません。

上記の3つの式から、うまくすると、I_AA (0) と I_BB (0) も求まるかもしれません。これらの値は、理想的には p_A と p_B に比例するはずなのですが、実験条件などによっては、きっちりと比例しない場合も出て来ます。逆に p_A と p_B は普通の HSQC で見積もることができます。ただし、繰り返し delay を例えば7秒のように、充分に長くとってあげてください。この時間の間に縦緩和が完全に起こって、p_A と p_B に比例した磁化の強度になるのです。

このように、I_AA(0), I_BB(0), p_A, p_B, T1 をできるだけ正確に事前に決めておくと、後で楽になります。

次に交差ピークのみを足し算してみましょう。

I_AB (tau) + I_BA (tau) = {I_AA(0)*p_B + I_BB(0)*p_A} {1-exp(-k_ex*tau)} exp(-tau/T1)

ここに先ほどの値を具体的に代入すると、最適化すべき変数は k_ex だけとなり、楽です。もちろん、4つのピークそれぞれに別々のモデル式を同時に当て嵌め最適化させるという方法もあります。それでも似たような値が得られると思いますが、そのような fitting のプログラミングが大変そうですね。

2013年3月2日土曜日

ZZ-交換 1

状態 A と B の間の交換現象を NMR で観る面白い方法に ZZ-exchange 実験があります。一応、A と B の二つのピークがちゃんと別れて出るような slow-exchange の系で使うのですが、この ZZ-exchange 実験を行うと、下図のように4つのピークが現れます。



例えば、15N 化学シフトの展開期 t1 の間に A 状態だった 15N-スピンが、その後の混合期 tau の間に B 状態に移ったとします。すると、普通はそのまま B 状態での 1H の化学シフトとして FID (t2) が検出されます。このような場合、図では左上のピークが生じます。このピークをここでは I_BA (tau) と表すことにしましょう。

ここで、「A から B に移ったのだから、I_AB (tau) と書くべきだ」と叱られそうです。これごもっともなご意見なのですが、これには深〜い訳があります。あまり深入りはしたくはないのですが、この ZZ-exchange の様子も先日挙げました McConnell の(微分が入った行列の)式で表されます。この行列の添え字が BA だった場合(つまり、B 行 A 列)、それは A から B の方向に流れ込んで来る速度定数 k_AB を表すのです。なんてややこしいのでしょう。このような細かい事は飛ばしても構わないのですが、どうしても、ここが解決しないと痒くて仕方がないという方は、Protein NMR Spectroscopy (2nd eds.) p. 393 [5.159] 式をご覧ください。ほら、逆になっていますね(ちなみに、小豆本 1st eds. の次の版です。ちまたで水色本と呼ばれており、蛋白 NMR のバイブルです。オレンジ本を持っていると、これはめずらしい)。

さて、
Wang H, He Y, Kroenke CD, Kodukula S, Storch J, Palmer AG, and Stark RE. (2002) Titration and exchange studies of liver fatty acid-binding protein with 13C-labeled long-chain fatty acids. Biochemistry 41 (17), 5453-5461.

を参考にしますと、4つそれぞれのピーク強度は、図中の式のようになるそうです。ただし、本当はもっと複雑な式でして、その式は、

Farrow NA, Zhang O, Forman-Kay JD, and Kay LE. (1994) A heteronuclear correlation experiment for simultaneous determination of 15N longitudinal decay and chemical exchange rates of systems in slow equilibrium. J. Biomol. NMR. 4 (5), 727-734.

に載っております。しかし、この複雑な式ですと、目が回りそうですので、最初の式に戻りましょう。これでも充分にややこしいのですが、上図の式は、論文の式から少しだけ表現を変えてあります。このようにすると、その式の意味が簡単に?掴めるのです。

まず、項 (1) です。これは、混合時間が 0 の時のピーク強度になります。実際には、15N から 1H (FID) に磁化を戻す reverse-INEPT の間にも A と B の間でスピンの交換が起こりますので、混合時間 tau は、それら全体の時間をまとめて示すことが多いようです。すると、項 (1) は 15N の化学シフトの展開期が終わった直後(混合時間に入る直前)のピーク強度を表すものと考えても差し支えないでしょう。ですので、15N の化学シフトが A である場合は I_AA (0) に、逆に 15N の化学シフトが B である場合は I_BB (0) になります。

さて、混合時間 tau の間に、時定数 k_ex の指数関数で表される量にしたがって A スピンと B スピンが交換します(項 (5) )。例えば、 I_BA (tau) について考えると、これはスタートがすでに A スピンですので、スピンが B にある確率は 0 です。この 0 が項 (3) で表されます。そして tau が増えるにしたがって、時定数 k_ex の指数関数で交換が起こりますが、もし、tau が無限に長い場合は、最終的には p_B に落ち着くはずです。この落ち着く先が項 (2) と項 (4) で表されます。こうして、 I_BA (tau) のグラフを「スピンが最初 A にあった際に、時間 tau とともに B スピンに移っていく様子」として描くと、図の左上のようになります。一方、 I_BB (tau) については、右下のグラフのようになりますが、これは「スピンが最初 B にあった際に、時間 tau とともに B スピンに留まる様子」を表します。このように、スタートのスピンに留まる場合は、項 (3) が 1 に、逆に、スタートのスピンから別のスピンに交換が起こる場合は、項 (3) が 0 になります。前者が対角ピークで、後者が交差ピークに対応しますね。

もし、縦緩和が全く無ければ、対角ピークと交差ピークは、上図に描いたそれぞれのグラフのように強度が変化していきますが、実際には、ここに T1 緩和(項 (6) )がかかってきます。したがって、交差ピークはある所まで上っていくが、T1 緩和に押されて今度は下がっていきます。

2013年3月1日金曜日

転移交差飽和法 2

今日も前回からの続きの「転移交差飽和法」です。前回の文章ばかりで全く図が無いのは幾ら何でも酷すぎると思い、図を探してみました。



右図では donor と acceptor という表記が使われていますが、以下では donor は超高分子量の受容体(receptor)など、一方、acceptor は例えば分子量1万程度の ligand 蛋白質などを想定しています。

赤く塗られている部分が、電磁波の連続照射により 1H スピンが飽和状態になっている領域です。この飽和現象は 1H スピンどうしの間で伝播します。しかも、分子量が大きいほど速く伝わります。そのため、1H で満たされ、しかも分子量の大きい receptor は文字通り「あっ」という間(1秒以内?)に飽和が分子内全体に浸透していくわけです。むしろ、効率は高分子量ほど高いわけです。立体構造の決定に使う NOE も同じですね。

一方、リガンド蛋白質側は、例えば 2D 1H-15N (TROSY-) HSQC などで観ますので、いわゆるこの測定ができる範囲内の分子量でないといけません。また、2H で標識されている必要があります。もし、リガンド蛋白質が重水素で標識されていないとどうなるのか?まず、receptor だけを照射するつもりの電磁波が、リガンド側をも飽和してしまいます。これでは実験が台無し。しかし、1H が全く無いと receptor 側からの飽和を受け取ることができませんので、アミド基水素だけは 1H にしておきます(なお、飽和を作るための電磁波は、0~2 ppm 付近に照射し、水 4.7ppm やアミド基 1HN 6-10ppm には当たらないように注意します。その結果、リガンドのアミド基は 1H であっても、それらは電磁波から直接的な影響を受けないように工夫されています)。その方法は簡単です。水溶液に溶かせば、それだけで自然に水の 1H がアミド基水素と交換して入ってくれます。

ところが、アミド基の水素全てが 1H になっていると、それでも 1H の密度が高過ぎて、飽和があまりに速く伝播してしまうのだそうです。この辺りはオリジナルの論文

Takahashi H, Nakanishi T, Kami K, Arata Y, and Shimada I. (2000) A novel NMR method for determining the interfaces of large protein-protein complexes. Nat. Struct. Biol. 7 (3), 220-223.

に詳しく書かれています。ついでに同じ号の p. 188 に Wüthrich K. 先生の Protein recognition by NMR. という総説(紹介文)もありますので、そちらを読んでから高橋先生の本論文を読まれると分かり易いでしょう。

それで 10% H2O (90% D2O) という組成の溶媒に溶かします。すると、アミド基の水素も 10% の比率で 1H になります。このぐらいに 1H 密度をまばらにしておかないと、飽和を接触面だけに留めるのが難しくなるのですね(図における赤い領域が acceptor 側全体をも満たしてしまい失敗する)。

それで、やっと松本先生の生化学 80, 959. に戻ります。ここでシミュレーションの結果が載っておりまして、H2O の比率を 10〜30% ぐらいにすると良いそうです。もし、10% H2O に調製したとすると、アミド基の 1H も 10% 密度になります(残り 90% は 15N-2H です)。すると、2D 1H-15N (TROSY-) HSQC の感度も 1/10 になってしまうのです。「確か 1mM の蛋白質濃度にしたはずなのに、どうしてこんなに感度が悪いの?」ということになってしまいますので、濃度が 1/10 に減ってしまったかのように想定して積算回数を決めましょう。

このブログのエディターには 15N の 15 を上付きにするような機能が無いですね。何気無く格好悪いのですが、仕方がありません。しかし、このペースで書いていくと、このテーマだけで何日かかるのだろうか?早くも次のテーマが思い浮かんだので、テーマが日替わり飛び飛びになるかもしれません。