2013年3月2日土曜日

ZZ-交換 1

状態 A と B の間の交換現象を NMR で観る面白い方法に ZZ-exchange 実験があります。一応、A と B の二つのピークがちゃんと別れて出るような slow-exchange の系で使うのですが、この ZZ-exchange 実験を行うと、下図のように4つのピークが現れます。



例えば、15N 化学シフトの展開期 t1 の間に A 状態だった 15N-スピンが、その後の混合期 tau の間に B 状態に移ったとします。すると、普通はそのまま B 状態での 1H の化学シフトとして FID (t2) が検出されます。このような場合、図では左上のピークが生じます。このピークをここでは I_BA (tau) と表すことにしましょう。

ここで、「A から B に移ったのだから、I_AB (tau) と書くべきだ」と叱られそうです。これごもっともなご意見なのですが、これには深〜い訳があります。あまり深入りはしたくはないのですが、この ZZ-exchange の様子も先日挙げました McConnell の(微分が入った行列の)式で表されます。この行列の添え字が BA だった場合(つまり、B 行 A 列)、それは A から B の方向に流れ込んで来る速度定数 k_AB を表すのです。なんてややこしいのでしょう。このような細かい事は飛ばしても構わないのですが、どうしても、ここが解決しないと痒くて仕方がないという方は、Protein NMR Spectroscopy (2nd eds.) p. 393 [5.159] 式をご覧ください。ほら、逆になっていますね(ちなみに、小豆本 1st eds. の次の版です。ちまたで水色本と呼ばれており、蛋白 NMR のバイブルです。オレンジ本を持っていると、これはめずらしい)。

さて、
Wang H, He Y, Kroenke CD, Kodukula S, Storch J, Palmer AG, and Stark RE. (2002) Titration and exchange studies of liver fatty acid-binding protein with 13C-labeled long-chain fatty acids. Biochemistry 41 (17), 5453-5461.

を参考にしますと、4つそれぞれのピーク強度は、図中の式のようになるそうです。ただし、本当はもっと複雑な式でして、その式は、

Farrow NA, Zhang O, Forman-Kay JD, and Kay LE. (1994) A heteronuclear correlation experiment for simultaneous determination of 15N longitudinal decay and chemical exchange rates of systems in slow equilibrium. J. Biomol. NMR. 4 (5), 727-734.

に載っております。しかし、この複雑な式ですと、目が回りそうですので、最初の式に戻りましょう。これでも充分にややこしいのですが、上図の式は、論文の式から少しだけ表現を変えてあります。このようにすると、その式の意味が簡単に?掴めるのです。

まず、項 (1) です。これは、混合時間が 0 の時のピーク強度になります。実際には、15N から 1H (FID) に磁化を戻す reverse-INEPT の間にも A と B の間でスピンの交換が起こりますので、混合時間 tau は、それら全体の時間をまとめて示すことが多いようです。すると、項 (1) は 15N の化学シフトの展開期が終わった直後(混合時間に入る直前)のピーク強度を表すものと考えても差し支えないでしょう。ですので、15N の化学シフトが A である場合は I_AA (0) に、逆に 15N の化学シフトが B である場合は I_BB (0) になります。

さて、混合時間 tau の間に、時定数 k_ex の指数関数で表される量にしたがって A スピンと B スピンが交換します(項 (5) )。例えば、 I_BA (tau) について考えると、これはスタートがすでに A スピンですので、スピンが B にある確率は 0 です。この 0 が項 (3) で表されます。そして tau が増えるにしたがって、時定数 k_ex の指数関数で交換が起こりますが、もし、tau が無限に長い場合は、最終的には p_B に落ち着くはずです。この落ち着く先が項 (2) と項 (4) で表されます。こうして、 I_BA (tau) のグラフを「スピンが最初 A にあった際に、時間 tau とともに B スピンに移っていく様子」として描くと、図の左上のようになります。一方、 I_BB (tau) については、右下のグラフのようになりますが、これは「スピンが最初 B にあった際に、時間 tau とともに B スピンに留まる様子」を表します。このように、スタートのスピンに留まる場合は、項 (3) が 1 に、逆に、スタートのスピンから別のスピンに交換が起こる場合は、項 (3) が 0 になります。前者が対角ピークで、後者が交差ピークに対応しますね。

もし、縦緩和が全く無ければ、対角ピークと交差ピークは、上図に描いたそれぞれのグラフのように強度が変化していきますが、実際には、ここに T1 緩和(項 (6) )がかかってきます。したがって、交差ピークはある所まで上っていくが、T1 緩和に押されて今度は下がっていきます。

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