2013年3月1日金曜日

転移交差飽和法 2

今日も前回からの続きの「転移交差飽和法」です。前回の文章ばかりで全く図が無いのは幾ら何でも酷すぎると思い、図を探してみました。



右図では donor と acceptor という表記が使われていますが、以下では donor は超高分子量の受容体(receptor)など、一方、acceptor は例えば分子量1万程度の ligand 蛋白質などを想定しています。

赤く塗られている部分が、電磁波の連続照射により 1H スピンが飽和状態になっている領域です。この飽和現象は 1H スピンどうしの間で伝播します。しかも、分子量が大きいほど速く伝わります。そのため、1H で満たされ、しかも分子量の大きい receptor は文字通り「あっ」という間(1秒以内?)に飽和が分子内全体に浸透していくわけです。むしろ、効率は高分子量ほど高いわけです。立体構造の決定に使う NOE も同じですね。

一方、リガンド蛋白質側は、例えば 2D 1H-15N (TROSY-) HSQC などで観ますので、いわゆるこの測定ができる範囲内の分子量でないといけません。また、2H で標識されている必要があります。もし、リガンド蛋白質が重水素で標識されていないとどうなるのか?まず、receptor だけを照射するつもりの電磁波が、リガンド側をも飽和してしまいます。これでは実験が台無し。しかし、1H が全く無いと receptor 側からの飽和を受け取ることができませんので、アミド基水素だけは 1H にしておきます(なお、飽和を作るための電磁波は、0~2 ppm 付近に照射し、水 4.7ppm やアミド基 1HN 6-10ppm には当たらないように注意します。その結果、リガンドのアミド基は 1H であっても、それらは電磁波から直接的な影響を受けないように工夫されています)。その方法は簡単です。水溶液に溶かせば、それだけで自然に水の 1H がアミド基水素と交換して入ってくれます。

ところが、アミド基の水素全てが 1H になっていると、それでも 1H の密度が高過ぎて、飽和があまりに速く伝播してしまうのだそうです。この辺りはオリジナルの論文

Takahashi H, Nakanishi T, Kami K, Arata Y, and Shimada I. (2000) A novel NMR method for determining the interfaces of large protein-protein complexes. Nat. Struct. Biol. 7 (3), 220-223.

に詳しく書かれています。ついでに同じ号の p. 188 に Wüthrich K. 先生の Protein recognition by NMR. という総説(紹介文)もありますので、そちらを読んでから高橋先生の本論文を読まれると分かり易いでしょう。

それで 10% H2O (90% D2O) という組成の溶媒に溶かします。すると、アミド基の水素も 10% の比率で 1H になります。このぐらいに 1H 密度をまばらにしておかないと、飽和を接触面だけに留めるのが難しくなるのですね(図における赤い領域が acceptor 側全体をも満たしてしまい失敗する)。

それで、やっと松本先生の生化学 80, 959. に戻ります。ここでシミュレーションの結果が載っておりまして、H2O の比率を 10〜30% ぐらいにすると良いそうです。もし、10% H2O に調製したとすると、アミド基の 1H も 10% 密度になります(残り 90% は 15N-2H です)。すると、2D 1H-15N (TROSY-) HSQC の感度も 1/10 になってしまうのです。「確か 1mM の蛋白質濃度にしたはずなのに、どうしてこんなに感度が悪いの?」ということになってしまいますので、濃度が 1/10 に減ってしまったかのように想定して積算回数を決めましょう。

このブログのエディターには 15N の 15 を上付きにするような機能が無いですね。何気無く格好悪いのですが、仕方がありません。しかし、このペースで書いていくと、このテーマだけで何日かかるのだろうか?早くも次のテーマが思い浮かんだので、テーマが日替わり飛び飛びになるかもしれません。

0 件のコメント: