2013年9月26日木曜日

蛋白質にも引っ掛かりが

蛋白質と摩擦 .... 何とも聞き慣れない用語の組み合わせが、下の論文に載っていました。

Sekhar, A., Vallurupalli, P., and Kay, L.E. (2012) Folding of the four-helix bundle FF domain from a compact on-pathway intermediate state is governed predominantly by water motion. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A 109 (47), 19268-19273.

この論文のキーワードは friction です。これ「摩擦」と訳して良いのかな?もしかして「抵抗」だったら、どうも申し訳ないです。この「摩擦」の原因は大きく二つに分けられています。一つは、周りの溶媒である水のブラウン運動(溶媒摩擦)、もう一つは、蛋白質の原子自身の動き fluctuation(分子内摩擦)です。両者ともに蛋白質が解けた状態からちゃんと折り畳まれた状態に移る時に folding を邪魔します(ですので、摩擦 or 抵抗なのですね)。しかし、同時に unfold と fold の間を遮るエネルギーの障壁を越えるのにも働いてきます。「摩擦が折り畳みの駆動力にもなる?」何だかピンと来ないですね。

まず前者の溶媒摩擦についてですが、これはまさに粘性(η)と考えてよいようです。一方、分子内摩擦(σ)は、主鎖や側鎖の二面角が動く時の一種の抵抗(障壁?)などに起因するそうです。これら溶媒分子や蛋白質原子のランダムな運動がそれぞれ溶媒摩擦と分子内摩擦を生み出し、蛋白質の構造交換のスピードを落とすわけですが、同時にこのランダム運動が unfold と fold 状態の間の活性化エネルギーの壁を飛び越える原動力にもなるそうです。確かに各原子がその場にじっと止まったままでは、unfold は unfold のまま、fold は fold のままですね。原子がいろいろな方向にでたらめに動いている内に unfold と fold の間の壁を偶然に乗り越えてしまうということも起こるのでしょう。では、溶媒分子と蛋白質原子のどちらのランダム揺れの影響が強いのか?この論文に載っている結果では、溶媒摩擦が 1 cP(センチポアズ)程度であるのに対して、分子内摩擦は 0.3 cP ぐらいであり、分子内摩擦が予想に反して小さいとの事でした(ちなみにマヨネーズは 8,000 cP なので、原材料の生卵のリゾチームの主鎖・側鎖の原子は超ゆっくりと動いてているのでしょうか?)。

しかし、摩擦は抵抗ですので、大局的に見ると、溶媒摩擦である粘度(η)と分子内摩擦(σ)は、unfold と fold の間を行き来する交換の速度を遅くしてしまいます。この論文では unfold というより folding への中間状態の構造(intermediate)と完全に fold した構造(native)の間の交換速度を測っています。この交換速度定数を k(IN) と k(NI) と表すことにしましょう。それぞれ、I 状態から N 状態への交換速度定数、N 状態から I 状態への交換速度定数を示します。そして、この速度定数 k は、溶媒摩擦(粘度)と分子内摩擦の和(η+σ)に反比例します。また k の逆数は寿命時間ですので、寿命時間は(η+σ)に比例すると考えてもよいようです。

ここで、I 状態の数(p(I))は全体の数% 以下しかない場合が多いですので、I 状態の HSQC などは直接観ることができません。しかし、NMR の CPMG 法を使うと、k(IN) , k(NI), p(I), p(N) などを決めることができます。さらに、CPMG 実験では、I と N 状態の間の化学シフトの差(残念ながら、絶対値なのですが)が求まりますので、頑張れば I 状態の HSQC を「計算で予測する」こともできるわけです(すごいです!)。

著者らは、いろいろな粘度(0.9 ~ 2.2 cP)でこの CPMG 実験を行いました。粘度を上げるためにグリセロールや BSA を溶液に加えていますが、それらが I, N いずれの立体構造をも変えていないことを化学シフトが同じであることから証明しています。さらに粘度が変わっても p(I) は変わりませんでした。これらが結果を導くための前提条件となります。つまり、グリセロールなどの viscogen(粘性分子?何と訳しましょう?)は、単純に溶媒の粘度だけを変えるのです(ただし、I と N の間にある遷移状態 TS の構造に影響を与えるかどうかについては後ほど)。

では、溶媒摩擦が I から N への構造交換にどのように関わって来るのでしょうか?ここでの I 構造は完全に解けた構造ではなく、そこそこ fold しています。しかし、もちろん Native 構造とは少し異なります。そこで、この I から N へ移行するためには、一旦 I での分子内相互作用が壊れ、かなり伸びた遷移状態 TS 構造を経て、最終的に N 構造に移る必要があります。TS の伸びたポリペプチド鎖が溶媒の中を進まないといけませんので、粘度が高いとそのスピードがゆっくりとなってしまうわけです。さらに、I や N では、かなりの数の水素結合は(もちろん I と N とで、組み合わせペアが異なるのですが)分子内で組まれています。ところが、TS ではそれらの基が溶媒に露出するため、溶媒と水素結合を組みます。このような水素結合の組み換えが起こる時、溶媒の粘性が影響してきます。

なお、グリセロールや BSA などの viscogen は I, N, TS 構造のいずれとも相互作用していません(単純に溶媒の粘性だけを上げている)。もし、I, N にくっ付いてその構造を変えてしまうと、それら 1H-15N の化学シフト値も変わってしまうはずです。さらに p(I), p(N) も変わりますが、そのようになってしまったデータはこの論文ではちゃんと捨てられています。また、著者らの実験では TS 構造にもくっついていないとされています。

Viscogen が TS 構造を不安定化させ、活性化エネルギーを上げたと仮定しても、k(IN), k(NI) は同じように遅くなります。そして、その比である p(I), p(N) は変化しません(p(I)*k(IN) = p(N)*k(NI), この遷移構造を逆に安定化して活性化エネルギーを下げるのが一般的な触媒の働きです。触媒は両方向の反応速度を速めますが、基質と生成物の平衡状態でのモル比を変えるものではありません)。著者らはグリセロールと BSA という異なる種類の viscogen を使った時の結果を比べ、両者の分子内摩擦(σ)がほとんど同じだったことから、これら viscogen は TS 構造を不安定化させていないと判断しました。もし、不安定化せさているのであれば、グリセロールと BSA ではその程度が異なり、ひいては分子内摩擦の値(σ)も違ってくるためです(I → TS → N と移るので、TS に viscogen がくっ付いて不安定になると(活性化エネルギーが上がると)、I → TS が進みにくくなり、分子内摩擦が上がったように見える)。

水和水を含め、昔から水が蛋白質の構造形成に重要であることは知られていました。例えば、分子内や分子間の疎水的相互作用の内、エントロピー項として効いてくるのは溶媒分子によるものです。ちなみに、エンタルピー項は van-der-Waals 力です。しかし、細かい数値的にはなかなか一致した結果が出ていないような気がします。今回の研究結果についても FF-domain だけでなく、もっと多くの蛋白質で調べないとはっきりとした事は言えないでしょう。しかし、R2-dispersion 法(緩和分散法)がこのような物性をも調べる方法の一つになるとは驚きでした。ちょっと専門外の内容でしたので、正しく読めているかどうかの自信はありませんが、実際に論文を読まれる際の理解の一助になるとうれしいです。またまた図が皆無ですが、原著論文の figure を是非参考にしてください(特に Fig. 4B)。

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