2013年9月4日水曜日

広幅化した所に交換あり

一昨日の論文 Science に Rex を決めたと書かれていましたので、その論文を引いてみました。

Wang, C., Rance, M., Palmer, III, A.G. (2003) Mapping chemical exchange in proteins with MW > 50 kD. J. Am. Chem. Soc., 125 (30), 8968–8969.

詳細は論文を参照して頂くこととして、この測定法の要点だけを簡単に?書いてみることにしましょう。

交換速度 Rex は、線幅の増幅という形で観ることができます。R2 を見かけの(apparent な)横緩和速度、R2o を本当の横緩和速度とすると、R2 = R2o + Rex となります。半値幅(ピークの高さが半分の所での線幅)は、R2/π となりますので、Rex が載れば載る程、線幅が拡がってしまうわけです。蛋白質の HSQC スペクトルなどで、「この蛋白質には構造あるいは化学交換があるので、ピークがブロードになっていますね」などとよく表現します。

さて問題は、どのようにして R2 と R2o を見分けるかです。これが分かれば自動的に Rex が求まってきます。簡単な方法としては「異様に R2 が大きい箇所には Rex があると思え」という方法です。これは原始的ながら的を得ていまして、HSQC でピークがブロードになったり、もはや観えなくなっている箇所には、かなりの確率で構造(化学)交換があります。

さて、上記の論文では、この原始的な方法を基にしながら、もう少しこれを格好良く裁いています。一つは R2 の代わりに R2α を使っています。ここで R2α とは TROSY ピークの横緩和速度の事です。したがって、高分子でも観えるという戦法です。15N のピークは、1HN が上向きスピン(α としましょう)にあるか、下向きスピン(β としましょう)にあるかによって、横緩和速度が異なってきます。この二重分裂線 doublet の横緩和速度の差が交差相関横緩和速度(の2倍 = 2*ηxy)です。要は doublet それぞれの半値幅を測り(R2α /π と R2β /π)それら同士を引き算すればよいわけです(R2β - R2α = 2*ηxy ここでは /π を両辺から省きました)。

この交差相関(横)緩和速度 ηxy についてですが、これには Rex が含まれていません。Doublet それぞれに同じ Rex 値が載っていますので、それら同士を引き算して求めた ηxy には、もはや Rex が入って来ないのです。

さて、一連のアミノ酸残基の R2α を見比べる際に、これを自分の残基の ηxy で割って規格化すると、たいへん都合が良くなります。しばしば、R2/R1 から分子の回転拡散の相関時間 τm を求める方法が使われますが、これと良く似た考え方です。他にも、ηxy/ηz を使う方法もあります。割り算をすることによって、さまざまな項を打ち消させるのです。では、R2α/ηxy の計算では何が打ち消されるのでしょう?

R2α = (d^2+c^2) { 4J(0) + 3J(ωN) } /2 + d^2 { J(ωH-ωN) + 6J(ωH) + 6J(ωH+ωN) } /2 + Rex - η

η = dc { 4J(0) + 3J(ωN) } (3 cos^2(θ)-1) /2

ここで、d は双極子双極子相互作用に関する定数、c は化学シフト異方性に関する定数です。このような複雑な式どうしを割り算しても何も面白そうな項が出て来そうにないように思えますが、実は高分子では R2α はもっと簡単に下記のように近似されます。

R2α = (d^2+c^2) { 4J(0) + 3J(ωN) } /2 + Rex - η

それは、高分子になるほど分子はゆっくりと回転し、J(0) や J(ωN) などの低周波数成分が多くなり、J(ωH) 周辺の高周波数成分が少なくなります。低分子ですと、分子は高速回転しますので、J(ωH±ωN) 成分もまずまずの大きさを持ってしまいます。しかし、この方法は論文の題名にもある通り、50 kDa を超える蛋白質が相手です。すると、

R2α/ηxy = (d^2+c^2) / { dc (3 cos^2(θ)-1) } + Rex/ηxy - 1

となります。角度 θ は化学シフトテンソルの主軸と 1H-15N ベクトルとがなす角ですが、これは残基間であまり大差は無いと仮定すれば、R2α/ηxy は、Rex が混ざって来ない限り、単なる定数に近くなるのです。もし、上式のように Rex が混じっていると、Rex/ηxy の分だけ大きめの値をとります。このようにして、どの残基に Rex が含まれているかを判定しようとしたのが今回の論文です。

ただし、もう少し定量的に解析しています。R2α を求めるために 15N を横磁化にしてある期間だけ待っているのですが、この横磁化はその間に 1J-coupling により次のように変化して行きます。

2NyHz → -Nx → -2NyHz → Nx → 2NyHz

これで 2/J 時間だけ待ったことになります。すると、同位相である Nx の横緩和速度を計りたいのに、反位相である 2NyHz の緩和速度も半分だけ混じってきます。そこで、純粋な Nx の横緩和速度を測るために、どのようにして 2NyHz の緩和速度を見積もるかです。これには少し近似を使います。2NyHz の緩和速度は、Nxy の横緩和速度と Hz の縦緩和速度の足し算だと仮定するのです。本来は、両者が極端に違う大きさの場合にしかこれは成り立ちません。そして、Hz の縦緩和速度を測る代わりに、2NzHz の縦緩和速度を測ります。これも、Nz の縦緩和速度と Hz の縦緩和速度の足し算だと仮定できますが、高分子では Nz の縦緩和速度は非常に小さいので、これを無視します。このようにして、2NzHz の縦緩和速度を Hz の縦緩和速度とみなします。そこで、R2α* - R1(2NzHz)/2 を計算すると、同位相としての R2α 横緩和速度を求めることができます。まとめると

(R2α* - R1(2NzHz)/2) / ηxy + 1

R2α* は、同位相 Nx の横緩和速度と反位相 2NyHz の緩和速度の平均

を計算し、それが大きな残基は Rex/ηxy を含んでいるということです。いろいろと複雑な計算をしていますが、突き詰めていくと、やはり「異様に R2 が大きい箇所には Rex があると思え」に戻りそうです。

最後ですが、緩和速度どうしの引き算を計算するには、必ずしも半値幅どうしを引き算する必要はありません。ピーク強度どうしを割り算すれば良いのです。ピーク強度は例えば Io*exp(-Rt) と表されます。そこで、ピーク強度どうしを割り算すれば、exp の中は引き算になるのです。

長らく更新していなかったので、全部消されてしまいはしないかと心配でした。ここで更新しておけば、少しは安心です。

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