2013年9月2日月曜日

閉じて開いて

前回の投稿から 1.5ヶ月も経ってしまい、続きを書こうと思っても書いた本人ですら内容を忘れてしまっているという始末です。前回の内容を思い出すのに少し時間がかかりそうですので、今日は題材を替えて下記の論文を読んでみることにしました。

Whittier, S.K., Hengge, A.C., and Loria, J.P. (2013) Conformational motions regulate phosphoryl transfer in related protein tyrosine phosphatases. Science 341 (6148), 899-903.

このように蛋白 NMR 分野の論文が Nature や Science に出るのは嬉しい限りです。しかし、それにしてもこの5年間ほど R2-dispersion(緩和分散法)の論文が多いです。つまり、どちらかと言うと、蛋白質の物性的な側面を NMR で明らかにしたという基礎的研究の傾向が強いということでしょうか。しかし、今回の論文は同じ R2-dispersion でも少し?毛色が違います。今までは、例えば「酵素 A の open ←→ closed の動きが、基質が入り生産物が出ていくという代謝回転(turnover)と呼応しているよ(特に product の release が)」 という内容が多かったのです。ところが今回の論文は「Tyr-脱リン酸化酵素の open ←→ closed の動きが、リン酸基の切断反応と呼応しているよ」という結果を示しています。つまり、単なる「出入り」ではなく「化学反応」が、酵素の動きと呼応しているということです。

この論文では二つの phosphatase (PTP1B, YopH) が出てきます。二つとも立体構造や配列など色々な点で似ているのですが、どうも触媒反応速度が大きく異なり、YopH の方が 20 倍ほど速いらしいです。その理由がこの研究で分かりました。どうも反応に関与している活性ループ部分(10 残基)の動きが、YopH の方が速いらしいのです。このループは WPD-ループと呼ばれており、その中のアスパラギン酸が基質であるリン酸化チロシンにプロトンを与えます。すると、リン酸基がチロシンから外れて酵素の別の部分に付きます。チロシンを含んだペプチド部分は酵素から離れて行きます(以上が cleavage 反応)。そして、次にこのリン酸基が加水分解され、無機リン酸が酵素から離れることによって(これが hydrolysis 反応)一連の酵素反応が終わります。

したがって、この WPD-ループがゆっくりと close する PTP1B では、前半のプロトンを付加する反応も遅くなってしまい、結果として全体の酵素反応が遅くなるのです。この WPD-ループは、基質が無い状態では 10Å ほど離れた所にあり(open 状態)、数% の割合で活性部位にまで(closed 状態)揺れて来ます。いわゆる open ←→ closed の動きですが、open 状態が major (97.5%) です。この closed 状態に行く速度定数(k-close)が上記の切断反応の速度定数(k-cleavage)とほぼ同じでした。しかし、PTP1B では k-close = 22, k-cleavage = 25~80 /sec であるのに対して、YopH では k-close = 1,240, k-cleavage = 1,400 /sec と両者ともに速いのです。

次に、分解されないような模擬基質を入れて、複合体の状態で R2-dispersion を測ってみました。すると、k-close はあまり変わらなかったものの、k-open が極端に遅くなりました。これにより、今度は closed 状態が major となったのです。このように k-close がそれぞれの酵素で異なるものの k-cleavage と同じような値に維持されるというのは非常に興味深い結果です。まさに WPD-ループが閉じてきて、基質にプロトンを与えることにより切断反応が進むことを反映しています。

最後に、模擬生産物であるタングステンを入れてみました。すると、どちらの酵素も同じような速度定数でタングステンを放しました。したがって、一旦 cleavage と hydrolysis が終わると、生産物の放出は両者の酵素で同じように起こる(WPD-ループが同じような速度で open する)ということです。ここまで来ると、なかなか神秘的な感じもします。

なぜ、PTP1B の WPD-ループがゆっくりと閉まるのかについてはよく分かっていないようです。論文には中に Pro があるためではないかと書かれています。切断反応自身は、もっと速く(fs ぐらい?)起こっているので、まさにこの閉じる運動が律速になっています。きっと進化の過程でこのような差が意味をもって生じてきたのでしょう。

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