2014年4月16日水曜日

少量の活性化状態をつぶす

2012 年 1 月の RRR-workshop にお呼びした Kalodimos さんですが、今回も非常に面白い論文を出しています。ちなみにギリシャ人とのことです。

Tzeng, S.R., and Kalodimos, C.G. (2013) Allosteric inhibition through suppression of transient conformational states. Nat. Chem. Biol. 9, 462-465.

対象となる蛋白質は教科書の lac-operon に必ず出てくる CAP 蛋白質です。大腸菌内で glucose の量が少なくなってくると、cAMP が増えてきます。すると、これが CAP 蛋白質に結合し、この複合体は lac-operon DNA の制御部位を認識して結合します。すると、RNA polymerase が引き寄せられて lac-operon の転写が on になり、lactose を栄養として利用できるようになるという仕組みです。

野生体 WT の CAP は cAMP 存在下でのみ DNA に付くことができます。一方、CAP*(T127L, S128I) 変異体は、このような effector-分子が無い状態では WT-CAP と同じように DNA に結合できない形を採っているように見えます。ところが、DNA を混ぜてやると cAMP が無いのにもかかわらず DNA に結合します。この謎を明らかにしたのがこの論文です。

実は、CAP*(T127L, S128I) 変異体は、effector-分子が無い状態では DNA に結合できない形(93%)と結合できる形(7%)の間を行き来していることが NMR R2 relaxation displersion の実験から分かりました。この 7% という比率が小さいために、普通に NMR を測定すると、前者の結合できない形ばかりが目立って観えてしまいます。これが上で「WT-CAP と同じように DNA に結合できない形を採っているように見える」と書いた故です。また、この緩和分散法から算出された CAP* の化学シフト値の差は、WT-CAP でのフリー状態と cAMP 結合状態での化学シフト値の差とよく似ています。つまり、CAP* の 7% の構造は、(DNA と結合できる)WT-CAP-cAMP2 の構造と似ていることになります。

この 7% の active 構造が DNA と特異的に相互作用します。DNA をどんどん加えると、平衡により active な構造が常に 7% になるように inactive な構造から補給されますので、cAMP が無い状態でも CAP* 変異体と DNA はどんどん複合体を形成していきます。

しかし、cGMP がつくと DNA に結合できない形だけに固定されてしまうようです。実際、R2 relaxation dispersion が消えてしまいます。すると、DNA を加えても何も起こりません。この仕組みが構造の面から説明されています。

変異により疎水性残基(Leu127, Ile128)が増え、これが他の近くの疎水性残基とともに疎水性クラスターを形成して C-ヘリックスが一巻き長くなるようです。もちろん、長くなった C-ヘリックスをもつ構造は全体の 7% に過ぎません。しかし、これが DNA と結合できる active 構造なのです。

ここに cGMP を入れると、これはこの疎水性クラスターを壊してしまうため、ヘリックスが WT-CAP と同じ長さに戻ってしまいます。そのため、もはや DNA に結合できなくなってしまうのです。

cAMP (cGMP) が付く場所と DNA が付く場所は立体構造の上では離れており、cGMP による DNA への結合の阻害は(付く場所が同じ時の競合阻害ではなく、付く場所が異なる)アロステリック阻害(allosteric inihibition)です。そして、基底状態の構造は何も変えずに(相互作用するという)反応の途中にある一瞬だけ存在するほんの少量の活性状態を不安定化させて無くしてしまうことにより、反応そのものを阻害することができます。

今までの構造生物学的手法では、基底状態の構造がどのように変化するかをおもに観てきました。しかし、ほんの少しの遷移構造をターゲットとすることにより、このようなアロステリック阻害が可能となってくるという事実はたいへん衝撃的です。

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