2014年4月7日月曜日

上下に揃えて待たせておく

メチル基だけを 13C/1H で標識すると、Methyl-TROSY を使うことができ、高分子でも NMR でそのメチル基の信号を観ることができるようになります。問題は、どのようにしてメチル基を帰属するかです。もちろん、ピークが観えるだけでも、リガンドが付いたかどうか、構造が変わったかどうかなどは分かるのですが。

一つの案は、一つ一つのメチル基を別のアミノ酸に置換していき、2D 1H-13C HSQC での信号の変化を観る方法です。しかし、大きな蛋白質になると、変異体を何十個も作らないといけないことになり、それなりに大変でしょう。

もう一つの方法は、メチル基と 13Ca, 13Cb あるいは、メチル基と 13Co との相関スペクトルをとる方法です。今回の下記の論文は後者の方法を少し改良した内容です。

Tugarinov V, Venditti V, Marius Clore G.A (2014) NMR experiment for simultaneous correlations of valine and leucine/isoleucine methyls with carbonyl chemical shifts in proteins. J Biomol NMR Jan; 58(1), 1-8.

今までは、Val 用のパルス系列と Ile/Leu 用のパルス系列は別々でした。それは、Val は γ の位置がメチル基であるのに対して、Ile/Leu では δ の位置がメチル基だからです。つまり、後者の方が主鎖から対象となるメチル基に至るまでの側鎖の炭素の数が一つ多いのです。

すると、13C から 13C へと同種核の間で磁化(コヒーレンス)移動させていった場合に、もし、Ile/Leu 用パルス系列を Val に適用すると、磁化移動が一結合分だけ行き過ぎてしまうことになります。今回の論文はこの問題を解決しています。

そのためにこのパルス系列(SIM-HMCM(CGCBCA)CO)では、選択的パルスを至るところに使っています。例えば、ある 90度パルスは Val の 13Cα には届かないように工夫がなされています。幸い Val の 13Ca の化学シフトは少し離れているためにこの方法が使えます。これによって、Val の磁化をパルス系列の途中で少し一時停止させておき、Ile/Leu の磁化移動を一段階進めさせるのです。すると、ゴール地点である 13Co にはほぼ同時に辿り着きます。

待たせている間に磁化が緩和するともったいないですので、待機の間は磁化を z 方向に揃えておきます。T2 よりも T1 緩和の方が一般的に遅いですので、これで磁気緩和による損失をかなり抑えられるのです。

そのようなパルス系列ですので、この選択的パルスの長さや強さを間違えてしまうと、うまくスペクトルが出ないことになります。やはり、Tugarinov さんならではのパルス系列なのかもしれません。

なお、メチル基と 13Ca, 13Cb の間の相関スペクトルだけでもかなり帰属が進みますが、やはり高分子になってくると、13Ca と 13Cb の化学シフトが両方とも重なってしまうことがあります。この時に 13Co も手掛かりにできると良いことは、主鎖の連鎖帰属の場合と同じです。

また、13Ca, 13Cb はメチル基の3つの水素(さらに、その他の側鎖の水素)が重水素化されているかどうかによって化学シフト値が微妙に違ってきます。いわゆる同位体シフトです(メチル基には水素が3つありますので、同位体シフトの大きさは3倍になります)。もちろん 13Co も同位体シフトの影響を受けるのですが、 メチル基からは遠いですので、メチル基の水素が 1H か 2H かの影響はほとんどありません。ただし、溶媒が軽水か重水かによって、アミド基の水素が 1H か 2H かの違いが生まれ、これが3結合以内の核(したがって 13Co も入る)の化学シフト値をずらせてしまいますので、溶媒による若干の影響は出てきます。

ところで、各アミノ酸の化学構造および各原子の呼び名はややこしいでしょう。NMR の論文では、下記の命名法に従おうということになっていますので、是非この PDF を PC の中に常駐させておいてください。

Markley JL, Bax A, Arata Y, Hilbers CW, Kaptein R, Sykes BD, Wright PE, Wüthrich K. (1998) Recommendations for the presentation of NMR structures of proteins and nucleic acids. IUPAC-IUBMB-IUPAB Inter-Union Task Group on the Standardization of Data Bases of Protein and Nucleic Acid Structures Determined by NMR Spectroscopy. J Biomol NMR Jul;12(1), 1-23. あるいは Eur J Biochem Aug 15; 256(1), 1-15.

書いたまま途中で放っておいたブログ原稿がいっぱいあります。数ヶ月経つと書いた本人ですらその内容を忘れてしまう有様ですので、なんとか早く日の目を見られるように急いでいるところです。ますます図から遠のいてしまいますが。

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