まずは、MWC モデルを復習してみましょう。あるプロトマーにリガンドが付いて構造が変わると、他の全てのプロトマーの構造も一斉に変わります。あるいは、プロトマーの三次構造はそれほどは変わらずに、相対配置(四次構造)だけが変わる場合も多いです。この場合、全てのプロトマーは全体として対称的に配置されていなければなりません(極端ですね)。この「対称 symmetry」が重要な点です。さらに、T と R の二状態だけを仮定すると、リガンド(effector 分子)が付く前からすでにプロトマーの構造は T と R 状態の間を行き来しています(交換しながら平衡に達しています)。そして、リガンドが安定な方(R 状態)を選びます。そのため、このメカニズムは population selection (shift) などとも呼ばれているのでした。
それでは、逐次 sequential モデル(Koshland-Nemethy-Filmer)に行きましょう。KNF モデルでは、あるプロトマーにリガンドが付くと induced-fit を通してそのプロトマーの構造が T から R 状態に変わります。そして、その構造変化が隣のプロトマーに何らかの影響を与えます。つまり、リガンドが付いた時に採るであろう R 構造に変わり易い状況を作ります。
しかし、ここで注意しないといけない点は、リガンドが付いていない段階では T 構造が維持され続けるという事です。リガンドが無くとも一瞬だけ R 状態にトライするなどという MWC モデルで見られる現象は起こりません(極端ですね)。したがって、リガンドが何個か付いてはいるが、まだ満たされていない時には、一つの複合体の中に R と T が共存することになり、協奏的 MWC モデルのように、全体として対称形になる必要はありません。図では、リガンドが付いていないのにプロトマーの形が変わったかのように描かれていますが、そうではなくて、そのリガンド無しの T 状態のプロトマーが、リガンドが付いた R 状態の隣のプロトマーからサブユニット間の相互作用を通して何らかの影響を受けていることを示しています。
また、逐次 KNF モデルでは、induced-fit の名の通り、リガンドが付いて初めて構造が変わります。したがって、リガンドの付いた R 状態のプロトマーが存在した場合、その隣のプロトマーが上とは逆の影響を受けて induced-fit が起こり難いようになれば(T 状態になるべくいさせるような、R 状態に移りにくくさせるようなサブユニット間相互作用が作られれば)、むしろ次の同種のリガンドが付きにくくなるわけです。これは、R と T が共存できるという仮定があるので成り立つのです。
実は、協奏的 MWC モデルだけでは、negative な(負の)homotropic effect が説明できません。Homotropic negative cooperativity とは、あるリガンドが結合すると、同じ種類の次のリガンドの親和性が落ちる現象です。
協奏的モデルにおいて、リガンドが R 状態の方に付き易いとします。これはつまり、R 状態での親和性が大で、R 状態での複合体が安定だということです。T 状態にリガンドは付き難いので、どんどんリガンドの付いた R 状態の数が増えていきます。そして、全てのプロトマーが一斉に R 状態に変わるので、2個目、3個目のリガンドは、どんどん増えていく R 状態にますますくっ付いていくことになります。そのため、必然的に homotropic な positive cooperativity(正の協同性)が起こり、homotropic な negative cooperativity(負の協同性)が起こる条件が有りません。この話は同種のリガンドの場合に限ります。
また「タコいか変化」でご紹介した HT モデル(HT: Hilser-Thompson)では、各プロトマーの構造変化のきっかけを、逐次モデルのような induced-fit に限定していません。つまり、R と T 状態の間の交換は、リガンドが付く前からすでに平衡状態の中に存在します(R 状態 : fold, T 状態 : unfold)。したがって、population-selection のような事が起こっています。そして、もし、リガンドが親和性の高い R 状態に結合した場合に、そのプロトマーの構造変化が隣のプロトマーを、親和性の低い T 状態に抑え込むこともできます。そのため HT モデルでも homotropic negative cooperativity が説明できます。
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