2014年4月18日金曜日

陽子は霞や雲のように薄く

最近は固体 NMR でも蛋白質の 1H 核スピンを FID として直接観測するようになってきました。ただし、微結晶のように、立体構造がかなり均一な状態で固まっている場合に限ります。凍結乾燥後の粉末などでは、少しずつ違った構造が入り交じってしまっているので駄目です。

1H はやはり感度が高い、これに尽きます。しかし、1H どうしの双極子相互作用が邪魔をしてしまい、やはり蛋白質の全ての水素を 1H の状態で計るのはまだちょっと難しい(報告は出ているようですが)。そこで重水素化の登場です。

Sinnige T, Daniëls M, Baldus M, and Weingarth M. (2014) Proton clouds to measure long-range contacts between nonexchangeable side chain protons in solid-state NMR. J. Am. Chem. Soc. 136 (12), 4452-4455.

過去 25 年間に溶液 NMR による立体構造決定で対象となる蛋白質がどんどん大きくなってきたのですが、今回のような論文を読んでいると、つくづくこれはその溶液 NMR の方法論の発展の過程と同じだなあと思ってしまいます。

今回紹介された方法(1H-cloud, 陽子雲?法)では、D2O の M9 最少培地に 2g/L の [2H]-glucose を入れておきます。そして、[13C, 15N] で標識された目的のアミノ酸(例えば、Leu, Val)を 200 mg/L ずつ加えて大腸菌に蛋白質を発現させます。あれ?これは溶液 NMR では選択的標識の際に普通に使ってきた方法ではなかったでしょうか?

一方、1H の数を減らすのに RAP 法と呼ばれる方法も発表されています(Asami, et al. (2010) J. Am. Chem. Soc. 132, 15133 )。この RAP 法では、[2H, 13C]-glucose を培地に入れますが、培地は例えば 10% H2O / 90% D2O のような組成にしておきます(あれ?これも 20 年前によくなされた方法では?)。この方法の方が RAP 法の名前(Reduced Adjoining Protonation)が示す通り、隣り合った水素が 1H どうしとなる確率を減らすことができます。それに対して、陽子雲法では Leu, Val のアミノ酸内で 1H が隣り合ってしまいますし、疎水性コア領域でも Leu, Val がひしめき合っています。そのため、RAP 法の方が 1H の線幅を狭くすることができます。もっとも、陽子雲法でも 1GHz 以上の静磁場で MAS を 90 kHz 以上に回すと大丈夫だそうですので興味のある方はちょっと試してみてください(今回の論文では 60 kHz(@700MHz)程度で回しています。速いですね)。

このように 1H-cloud 法では、1H が特定の希望したアミノ酸のみに偏ってはいるものの、磁化移動は 1H-1H spin-diffusion(溶液 NMR での NOE に相当)などで可能なようです。

一応、代謝過程におけるアミノ酸のスクランブルには注意しないといけません。例えば、Ser, Cys, Gly などは、どれか一つの [1H, 13C, 15N] 標識アミノ酸を入れたつもりでも、3つ同時に混ざってしまうでしょう。どのようなアミノ酸がスクランブルを起こし易いかは Fig. S4 にまとめられています。

ところで、固体 NMR で 1H を FID 検出するとなると水消しはどうするのだろう?と思ってしまいます。溶液 NMR ですと WATERGATE が有名ですが、固体では何と MISSISSIPI という方法があるようです。また、パワーの弱い decoupling には PISSARRO という方法を使うそうです。なんとも面白い命名に笑ってしまいます。

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