2014年1月15日水曜日

皆で一斉に移ろう

前回 10/21 から長らく経ってしまいました。毎日目が回るほど忙しく、ここに何かを書くための勉強が全く疎かになってしまいました。しかし、このままではまずいと思い、時間の合間を縫って再開です。これからはあまり文章を長くなり過ぎないようにしないといけません。何より安心したのは、このサイトがまだアカウントを残していてくれていた事です。もしかして「長期間アクセス無しにつき削除」されたのでは?と心配でした。

今読んでいる論文が結構面白く、それの背景を少し書いてみることにします。同じ形をした蛋白質が寄り集まって複合体を作っている時、これをホモ多量体と呼びます。このホモ多量体に基質が相互作用すると、ちょっと面白い事が起こることがあります。

もし、ホモ四量体であれば、リガンド(以後では基質も含めてリガンドという語を使います)がそれぞれの単位に付きますので、複合体合計で4個のリガンドが付くことになります。この時、この単量体の単位をプロトマー(サブユニット)と呼びます。

面白い現象というのは、協同性(cooperativity)です。正の協同性を持つ場合、複合体にリガンドが付けば付くほど、より付き易くなります。逆に付いているリガンドが減れば減るほど、どんどん離れ易くなります。このように極端な変化を急に起こすように出来ているわけですが、この協同性があるお陰で、ある種のスイッチ的な働きを持つようになります。

さて、どのような仕組みでこのような協同性を生み出しているかですが、それには、プロトマー同士の寄り集まり方(四次構造)が大きく関係しています。その四次構造の変化を表す代表的なモデルとして協奏的モデルがあります。


協奏的モデルでは、あるプロトマーにリガンドが付いて構造が変わると、他の全てのプロトマーの構造も一斉に変わります。あるいは、プロトマー自身の構造はあまり変わらずに、相対配置(四次構造)だけが大きく変わる場合も多いです。この場合、全てのプロトマーは全体として対称的に配置されていなければなりません。

また、リガンドが付く前からすでに T と R 状態の間を行き来しています(交換しながら平衡に達しています)。そして、リガンドが安定な方を選びます。そのため、このメカニズムは population selection などとも呼ばれています。

協奏的モデルにおいて、リガンドが R 状態の方に付き易いとします。これはつまり、R 状態での親和性が大で、 R 状態での複合体が安定だということです。T 状態にリガンドは付き難いので、どんどんリガンドの付いた R 状態の数が増えていきます。そして、全てのプロトマーが一斉に R 状態に変わるので、2個目、3個目のリガンドは、どんどん増えていく R 状態にますますくっ付いていくことになります。

そのため、必然的にホモ(同種)の正の協同性が起こり、同種の負の協同性(homotropic な negative cooperativity)(リガンドが付くと、次は同種のリガンドが付き難くなる)が起こる条件がありません。

今日は短くこのぐらいにしましょう。さて、画像もアップするのはどうすれば良かったのでしょう?

2013年10月21日月曜日

回すほど得をするらしい

固体 NMR でも、とうとう蛋白質の立体構造がきっちりと解けるようになってきたようです。固体 NMR と聞くと、すぐにあの超 broad なピークを連想してしまい勝ちですが、もし、蛋白質の微結晶を固体 NMR で測ると「これは溶液 NMR のスペクトルか?」と見まがう程の sharp なピークが出てきます。この微結晶は、X-線結晶構造解析で使うような大きな結晶である必要はなく、ちょっと出来損なえの結晶のミニかけらを集めても良いようです。しかし、いずれにしても、結晶はそう簡単に生えてくるものでもないですし、仮に結晶をある朝見つけてしまったら、思わずそのまま SPring-8 へ走って行ってしまう衝動を抑えることは難しいでしょう。

微結晶以外ですと、例えば、サルモネラ菌や赤痢菌のニードルも、きれいな固体 NMR のスペクトルを出します。このニードルの中では、蛋白質のプロトマーが規則正しく、まるで結晶の中のように並んでいます。最近の Nature にも出ていますので、またの機会にご紹介いたします。

先日、某 Br 社のミーティングに参加したところ、超遠心で沈殿(堆積?)させた蛋白質も固体 NMR できれいなスペクトルを出すということを聞きました。「まさか?」と思ったのですが、そう言えば、まだフィレンツェの Bertini 先生がお元気だった数年前に「超遠心 NMR」という論文を出されたような記憶があります。その時は固体 NMR の MAS (magic angle spinning) を利用して蛋白質の水溶液からロータの内壁周りに蛋白質を沈殿させる... といった内容だったように思います。

もちろんそのようにしても良いのですが、その場合、蛋白質はロータの内側の壁にへばり付いてしまい、中心付近はただの水になってしまいます。そこで、超遠心は NMR の外で別に行い、遠心管の底にピーナッツバターよろしく溜まった蛋白質の沈殿をスプーンですくい取ってロータに詰めれば良いよという論文がありました。それですとロータに中空の隙間ができません。

Fragai, M., Luchinat, C., Parigi, G., and Ravera, E. (2013) Practical considerations over spectral quality in solid state NMRspectroscopy of soluble proteins. J. Biomol. NMR 57(2):155-166.

固体 NMR はちょっと専門外ですので、正しく論文を読み取れたかどうか?あるいは、この論文の主張する内容が本当に正しいのかどうかが分かりませんが、とりあえず要約してみることにします。

単に蛋白質溶液を凍らせただけでは、線幅は広がってしまうようです。それは、蛋白質表面と直接相互作用している水和水も凍ってしまい、凍ったままいろいろな(ヘテロな)構造を採ってしまうためだそうです。

それではということで凍結乾燥品(powder)も使われるのですが、凍結蛋白質よりもさらに線幅が広がってしまいます。それは、表面水和相(層?)が完全に無くなってしまうためでしょう。この水和水は、側鎖をその中でほんの少し泳がせて、いわば averaging の役割をしているのかもしれません。

大きい蛋白質(例えば 32kDa)を MAS の超遠心で回している時は、凍らせても、あるいは溶液のままでもそれ程スペクトルの質は変わらないようです。それは、回転拡散がもう充分に遅いためです。しかし、ユビキチンのような小さな蛋白質の場合は、MAS 状態での(つまり、沈殿の中での)蛋白質分子の回転拡散相関時間はせいぜい 1.8 μs 程であり、これは 20 kHz の MAS で回しているロータの一回転に要する時間である 50 μs よりかはかなり短い(速い)ということになります。ですので、もっと蛋白質の回転拡散を抑える何らかの工夫が必要です。さらに、蛋白質の密度の点ではナノ結晶の密度(734 mg/mL)と同じ程度なのだそうですが、パッキング(充填度)の程度が弱く、Cross Polarization の効率が悪いようです。しかし、MAS 状態(14 kHz)で凍らせると(269 K)、CP 効率は上がったそうです。冷やした方が、小さな蛋白質の固定度合いが高くなるのでしょう。

微結晶では蓋をしないと乾燥してきて脱水和が起こるのに対して、凍らせた沈殿(frozen sediment)では、この脱水和が起こりにくいようです。さらに、パッキングがきついため、氷との直接接触が防がれているようです。それで、普通の水溶液を凍らせた場合とは逆の効果になるのでしょう。

蛋白質に電荷があると、その同電荷どうしの反発により超遠心状態でもあまり濃縮できないそうです(15% 程度?)。その場合は、微結晶(例えば、56.5%)の方が密度が高くなります。微結晶は詰める時に結晶と結晶の間に隙間ができてしまいますが、沈殿はそうはならないので、結果的に密度が高くなるようです。

この論文の Fig. 10 がよく描かれています。これを是非一目見てみてください。

2013年10月19日土曜日

重たい卵スープの作り方

長らく図を付けていませんでしたので、図のアップロードの仕方をすっかり忘れてしまいました。

下図は 13C, 15N で標識したある蛋白質の 1H-13C HSQC のスペクトルです。左側は普通の軽水溶媒(1H2O)に溶かした試料の、右側が重水溶媒(D2O=2H2O)に溶かした試料のスペクトルです。


この右側のスペクトル、実は閾値(しきいち)を底辺にまで下げても水のピークは全く見えません(すごい!)。もちろん、この測定法では gradient-echo を使って 1H-13C スピンのペア以外からの信号を積極的に消してはいるのですが、左側のスペクトルのように、軽水 90% の試料では、いくら頑張ってもこのように水ピークが依然残ってしまいます(presaturation はしていません)。13C 軸の幅が異なるので、両者を正確に比べることはできないのですが、どちらがきれいかと問われれば、圧倒的に重水溶媒試料の方でしょう。

もちろん、1H 1D スペクトルで見る限りでは、軽水は 1~2% は残っていたかもしれません。しかし、この程度でしたら、この図のように gradient-echo を使えば、ほぼ完全に水ピークを消し去ることができます。水のピークが思ったように消えない理由は、もちろん 55 mol/L(水1分子に2個の 1H があることを考慮すると 110 M に相当する)という異常に高い 1H 濃度にあるわけですが、必ずしもそれだけではありません。

別の大きな理由は radiation damping です。翻訳しても「放射減衰」となってしまい、何のことやら?この説明はまた別のところに書くとして、要は水の磁化ベクトルはひたすら +z に一人でに戻りたがるという現象の事です。たったの数ミリ秒程度で戻ることもありますので(感度の高い検出器ほどその傾向が強い)、product-operator での予想とは違った向きに水の磁化ベクトルが行ってしまうのです。したがって、 NMR の機種に応じて、水を消すためのパルス系列を変えてやらないといけないという困った事態にもなり得ます。

この軽水の残量が数パーセントにまで減ると、この radiation damping がほとんど * 無くなります。それでパルスの設計通りに水の磁化ベクトルを操ることができるようになり、この右側のスペクトルのようにすっかりとピークを無くすことができるようになるわけです(1H 1D では、蛋白質の何千倍も大きなピークでしたが)。(* 軽水が数パーセントにまで減ったとしても radiation damping は少しは残るのではないかと思っていますが、その現象についてはまた今度に。)

さて、どのようにして軽水溶媒に溶かした蛋白質を重水溶媒に換えるか?についてですが、よく使われる方法は凍結乾燥です。数百 μL の軽水溶液を凍結乾燥し、その後に同じ量の重水を加えます。塩や緩衝液成分のかなりは残っている(凍結乾燥の間に真空ポンプの中に吸い込まれていない)ことを祈りつつ、純粋な重水だけを加えます。しかし、先日それをしたのですが、DTT は完全に真空ポンプに飛んで行ってしまっていたのか、重水を加えて少し経つと(分子間での非特異的ジスルフィド結合の形成による)沈殿の嵐に見舞われてしまいました。

そこで、もっと安全な策として、限外濾過を使う方法があります。例えば、セントリコン(すみません、これ最高の製品でしたが、まことに残念なことに、アミコンになってしまいました。なぜアミコンだと蛋白 NMR にとって機能不足なのかもまた今度に)のフィルター部分を一晩 1L の水に浸けます。この時、時間を惜しんで、数時間だけ浸けたり、プロトコールに載っているように 4~5 回濯いだ程度では駄目です。フィルターに付いているグリセロールのピークが蛋白質の側鎖のピークを蹴散らしてしまいます。科学のデータはとれればそれで良いというものではなく、美しくないといけません。今、気付きましたが、右側のスペクトルは折り返しのピークが正のままでした。パルスプログラムを書き直すのをうっかり忘れてしまっていました。なんて見難い、かつ、醜いスペクトルでしょう。

このアミコンを使って、重水溶媒をどんどん加えていきます。仮に一回の濃縮で 1/5 まで容量を減らせたとします。これを4回繰り返すと、軽水の残量は 0.2% 以下になります。つまり、99.8% の重水溶媒に置き換わることになるのです。蛋白質分子がフィルターに吸い付いてしまうという難点を除けば、かなり安全な方法でしょう。今回の右側のスペクトルは、そのようにして調製した試料を測定したものでした。

さて、重水溶媒に溶かすと、少しですが、化学シフトがずれてしまいます。もちろん、pH (pD) も。したがいまして、構造計算に使う NOE の解析が厄介になりかねません。おそらく、これが軽水溶媒のままで全てのスペクトルをとってしまいたい大きな理由でしょう。

しかし、次のようにしてはどうでしょうか?側鎖については、軽水溶媒試料の H(CCO)NH, C(CO)NH であらましを帰属し、次いで、重水溶媒試料の HCCH-TOCSY, HCCH-COSY で詳細に帰属します。そして、15N-edited NOESY では前者の帰属を重視し、逆に 13C-edited NOESY では後者の帰属結果を重視します。帰属のエクセルのカラムが二重になってしまいますが、この方法は有効でしょう。

まだまだ書きたい事が一杯あり、このまま止まらないような気もしますので、今晩はこの辺りにて。

(数日後)やっと 13C-edited NOESY が取り終わりました。左が軽水溶媒の、右が重水溶媒の試料で取ったスペクトルです。重水溶媒試料はアミコンにかけた分、濃度が落ちているはずですが、クロスピークはそれほど劣化していません。おそらく NOE は重水溶媒の方がよく出るのかもしれません。また、ついでに 13C 軸で折り返ったピークが負になるように設定した 1H-13C HSQC も取りました。これだと帰属も楽です。それに美しい。



2013年9月26日木曜日

蛋白質にも引っ掛かりが

蛋白質と摩擦 .... 何とも聞き慣れない用語の組み合わせが、下の論文に載っていました。

Sekhar, A., Vallurupalli, P., and Kay, L.E. (2012) Folding of the four-helix bundle FF domain from a compact on-pathway intermediate state is governed predominantly by water motion. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A 109 (47), 19268-19273.

この論文のキーワードは friction です。これ「摩擦」と訳して良いのかな?もしかして「抵抗」だったら、どうも申し訳ないです。この「摩擦」の原因は大きく二つに分けられています。一つは、周りの溶媒である水のブラウン運動(溶媒摩擦)、もう一つは、蛋白質の原子自身の動き fluctuation(分子内摩擦)です。両者ともに蛋白質が解けた状態からちゃんと折り畳まれた状態に移る時に folding を邪魔します(ですので、摩擦 or 抵抗なのですね)。しかし、同時に unfold と fold の間を遮るエネルギーの障壁を越えるのにも働いてきます。「摩擦が折り畳みの駆動力にもなる?」何だかピンと来ないですね。

まず前者の溶媒摩擦についてですが、これはまさに粘性(η)と考えてよいようです。一方、分子内摩擦(σ)は、主鎖や側鎖の二面角が動く時の一種の抵抗(障壁?)などに起因するそうです。これら溶媒分子や蛋白質原子のランダムな運動がそれぞれ溶媒摩擦と分子内摩擦を生み出し、蛋白質の構造交換のスピードを落とすわけですが、同時にこのランダム運動が unfold と fold 状態の間の活性化エネルギーの壁を飛び越える原動力にもなるそうです。確かに各原子がその場にじっと止まったままでは、unfold は unfold のまま、fold は fold のままですね。原子がいろいろな方向にでたらめに動いている内に unfold と fold の間の壁を偶然に乗り越えてしまうということも起こるのでしょう。では、溶媒分子と蛋白質原子のどちらのランダム揺れの影響が強いのか?この論文に載っている結果では、溶媒摩擦が 1 cP(センチポアズ)程度であるのに対して、分子内摩擦は 0.3 cP ぐらいであり、分子内摩擦が予想に反して小さいとの事でした(ちなみにマヨネーズは 8,000 cP なので、原材料の生卵のリゾチームの主鎖・側鎖の原子は超ゆっくりと動いてているのでしょうか?)。

しかし、摩擦は抵抗ですので、大局的に見ると、溶媒摩擦である粘度(η)と分子内摩擦(σ)は、unfold と fold の間を行き来する交換の速度を遅くしてしまいます。この論文では unfold というより folding への中間状態の構造(intermediate)と完全に fold した構造(native)の間の交換速度を測っています。この交換速度定数を k(IN) と k(NI) と表すことにしましょう。それぞれ、I 状態から N 状態への交換速度定数、N 状態から I 状態への交換速度定数を示します。そして、この速度定数 k は、溶媒摩擦(粘度)と分子内摩擦の和(η+σ)に反比例します。また k の逆数は寿命時間ですので、寿命時間は(η+σ)に比例すると考えてもよいようです。

ここで、I 状態の数(p(I))は全体の数% 以下しかない場合が多いですので、I 状態の HSQC などは直接観ることができません。しかし、NMR の CPMG 法を使うと、k(IN) , k(NI), p(I), p(N) などを決めることができます。さらに、CPMG 実験では、I と N 状態の間の化学シフトの差(残念ながら、絶対値なのですが)が求まりますので、頑張れば I 状態の HSQC を「計算で予測する」こともできるわけです(すごいです!)。

著者らは、いろいろな粘度(0.9 ~ 2.2 cP)でこの CPMG 実験を行いました。粘度を上げるためにグリセロールや BSA を溶液に加えていますが、それらが I, N いずれの立体構造をも変えていないことを化学シフトが同じであることから証明しています。さらに粘度が変わっても p(I) は変わりませんでした。これらが結果を導くための前提条件となります。つまり、グリセロールなどの viscogen(粘性分子?何と訳しましょう?)は、単純に溶媒の粘度だけを変えるのです(ただし、I と N の間にある遷移状態 TS の構造に影響を与えるかどうかについては後ほど)。

では、溶媒摩擦が I から N への構造交換にどのように関わって来るのでしょうか?ここでの I 構造は完全に解けた構造ではなく、そこそこ fold しています。しかし、もちろん Native 構造とは少し異なります。そこで、この I から N へ移行するためには、一旦 I での分子内相互作用が壊れ、かなり伸びた遷移状態 TS 構造を経て、最終的に N 構造に移る必要があります。TS の伸びたポリペプチド鎖が溶媒の中を進まないといけませんので、粘度が高いとそのスピードがゆっくりとなってしまうわけです。さらに、I や N では、かなりの数の水素結合は(もちろん I と N とで、組み合わせペアが異なるのですが)分子内で組まれています。ところが、TS ではそれらの基が溶媒に露出するため、溶媒と水素結合を組みます。このような水素結合の組み換えが起こる時、溶媒の粘性が影響してきます。

なお、グリセロールや BSA などの viscogen は I, N, TS 構造のいずれとも相互作用していません(単純に溶媒の粘性だけを上げている)。もし、I, N にくっ付いてその構造を変えてしまうと、それら 1H-15N の化学シフト値も変わってしまうはずです。さらに p(I), p(N) も変わりますが、そのようになってしまったデータはこの論文ではちゃんと捨てられています。また、著者らの実験では TS 構造にもくっついていないとされています。

Viscogen が TS 構造を不安定化させ、活性化エネルギーを上げたと仮定しても、k(IN), k(NI) は同じように遅くなります。そして、その比である p(I), p(N) は変化しません(p(I)*k(IN) = p(N)*k(NI), この遷移構造を逆に安定化して活性化エネルギーを下げるのが一般的な触媒の働きです。触媒は両方向の反応速度を速めますが、基質と生成物の平衡状態でのモル比を変えるものではありません)。著者らはグリセロールと BSA という異なる種類の viscogen を使った時の結果を比べ、両者の分子内摩擦(σ)がほとんど同じだったことから、これら viscogen は TS 構造を不安定化させていないと判断しました。もし、不安定化せさているのであれば、グリセロールと BSA ではその程度が異なり、ひいては分子内摩擦の値(σ)も違ってくるためです(I → TS → N と移るので、TS に viscogen がくっ付いて不安定になると(活性化エネルギーが上がると)、I → TS が進みにくくなり、分子内摩擦が上がったように見える)。

水和水を含め、昔から水が蛋白質の構造形成に重要であることは知られていました。例えば、分子内や分子間の疎水的相互作用の内、エントロピー項として効いてくるのは溶媒分子によるものです。ちなみに、エンタルピー項は van-der-Waals 力です。しかし、細かい数値的にはなかなか一致した結果が出ていないような気がします。今回の研究結果についても FF-domain だけでなく、もっと多くの蛋白質で調べないとはっきりとした事は言えないでしょう。しかし、R2-dispersion 法(緩和分散法)がこのような物性をも調べる方法の一つになるとは驚きでした。ちょっと専門外の内容でしたので、正しく読めているかどうかの自信はありませんが、実際に論文を読まれる際の理解の一助になるとうれしいです。またまた図が皆無ですが、原著論文の figure を是非参考にしてください(特に Fig. 4B)。

2013年9月20日金曜日

にぬきはできるだけ避けたい その2

なんと前回の内容にコメントが2件も寄せられました(ご覧になられているのが "Blogger" 側の設定でしたら、コメントと書かれた箇所をクリックしないと、このコメントの内容が見られないようになっている場合がありますので、ご注意ください)。このコメント内容に全く賛成です(おかげさまで、今日書くべき内容が無くなってしまいました ..... )。どうもありがとうございました。

確かに DTT の酸化(劣化)は、温度が高いと速いように思います。そこで、NMR 試料に加える重水素化 DTT などは、1 M ストックを 10 uL ずつぐらいに分注して冷凍しておきます。目的の蛋白質試料が 300 uL あるとすると、そこに重水素化 DTT を 3 uL 入れると、DTT の濃度が 10 mM の濃度になりますね。

同じ方から、TCEP の方が酸化しにくいという情報も頂きました。なるほど、Wikipedia には DTT や β-メルカプトエタノールより良さそうと書かれています。今度使ってみましょう。重水素化 TCEP はあるのかな?

それにしても、100 アミノ酸程度の DNA の合成の費用が 25,000 円とは驚きです。2,000 年頃でしたか、.... 知り合いの人から 200 アミノ酸ぐらいの DNA の合成で百万円以上かかったと聞いたことがあります。確か human からサブクローニングした cDNA でしたので、発現が悪く悪戦苦闘していたようです。レアコドンの tRNA を供給するようなタイプの大腸菌を用いても、あまり効果が上がらなかったそうな。そこで、思い切って DNA の全合成をしました。その時に、もちろん大腸菌のコドン使用頻度(codon-usage)に最適化して合成しました。すると、今度は発現し過ぎて困るという事態に。。。培養の時に温度を下げたり、誘導物質の IPTG をちょっとにしたりして、なんとか発現し過ぎを抑えたそうです。あまり慌てて発現させると、folding が追い付かないのか、せっかく発現した蛋白質が封入体(inclusion-body)に行ってしまうのですね。

その時に Cys を Ser に替えて DNA を合成しておけば良かったのですが、すでに出ていた結晶構造を見る限り Cys は中に埋もれているので大丈夫だろうとの憶測で、Cys のまま DNA を合成しました。すると、調製した直後は NMR ピークがなんとか観えているのですが、1日経ち、2日経ち、... とどんどんピークが消えて行くのです。結局、主鎖の帰属用の3次元スペクトルをとると、全体の半分ぐらいしかピークが現れず、5年間かけても帰属が半分強までしか達成できませんでした。当時としては世界最高記録の 1H 感度の機械で測定したのですが。。。

結局、その試料は当分の間忘れ去られることになったのですが、ある時、蛋白質試料の安定化を研究している人からテスト用に使いたいという申し出があり、お渡しすることになりました。真っ先に行ったことは Cys から Ser への置換だそうです。すると、どうした事でしょう。それまで観えなかったピークがわさわさと、土筆(雨後の筍?)のように生えてきたではないですか!しかも、1年放っておいても同じ!結局8年目にしてほぼ 100% の帰属が達成されましたが、もっと早く Ser への置換体を作っておけば創薬 NMR 関連でちょっとした成果が出せたかもしれず、悔やまれます。

この結果は Cys が構造の中の方に埋まっていても油断はできないということを示しています。蛋白質は時々ガバッと開いては閉じるといった breathing-motion(呼吸運度?)を伴っていると言われています。その時に一瞬ですが Cys が露出してしまうのかもしれません。もし、運悪くすぐ隣に同じように開いた蛋白質分子がいると、それと disulfide-bond を作ってしまうのでしょう。こうして出来た二量体では、その disulfide-bond が中に埋もれてしまい、なかなか DTT などの還元剤が近付くことができません。そのため、disulfide-bond が還元されて切れるよりかは、新たに形成されていく方が優勢になってしまい、さらに下手をすると、どんどん凝集が進んで多量体へと変貌してしまうのかもしれません。

このような酸化還元反応は本来は可逆のはずですので、原理的には新鮮な DTT を大量に入れておけば大丈夫のはずです。ところが「にぬき」はどんなに頑張っても「生卵」に戻せないのと同じように、disulfide-bond そのものが中に埋もれて、そこに還元剤が辿り着けないような状況になってしまうと、事実上「不可逆」になってしまいます。

それにしても、コメント2のコメント「また、最初から蛋白質内のシステインを無くしておけば、のちのち DOTA やら CPP やらを導入しては楽しむ、のが簡単になります」→ このような実験を「楽しめる!」人となると、誰?思い付く人数が限られてきてしまう ... 。

DOTA:1,4,7,10-テトラアザシクロドデカン-N,N',N'',N'''-四酢酸
CPP:膜透過性ペプチド(cell-penetrating peptide)

N2 ガスを満たした袋に NMR 試料管を入れて冷蔵庫に入れておく。→ これ名案ですね!

2013年9月14日土曜日

にぬきはできるだけ避けたい その1

このブログの来場者数を眺めてみると、どうも NMR のスピン系について書いたページは訪問者が悲しいまでに少なく、試料に関する事を書いたページは多いようです。なるほど確かにこれだけ図も少なく、しかもテキストモードの数式では読むのもしんどいことでしょう。まだ前々回のグラジエントの続きを書かないと駄目なのですが、ここで少し NMR の試料調製について幾つか連載したいと思います。

ただし、蛋白質試料を基にした試料調製であり、多くが単なる筆者達?の経験に基づいて頑なに?信じている内容ですので、「本当は違うことが証明されている!」なんて事も多々含まれてしまっているかもしれません。

まず最初は、「蛋白質にシステイン(Cys)が含まれていたら?」についてです。蛋白質が折り畳まれる(folding)時には、疎水性相互作用、静電的相互作用、水素結合、水和などが主な駆動力になっているわけですが、これらはきっちりとした化学結合ではありません(水素結合については、J-coupling が存在しますので、半ば結合とも言えますが)。ところが、システインどうしのジスルフィド結合(disulfild-bond)については、完全な化学結合と言えます。Cys の側鎖を Ca-Cb-Sg-Hg で表しますと、二つのシステインの頭どうしが結合して Ca-Cb-Sg-Sg-Cb-Ca となるのです。これが分子内の二つの Cys どうしで掛かっている場合にはさほどの問題ではありません。むしろ、実際にそのように結合があり、folding の大きな助けになっているのでしょう。

ところが、このジスルフィド結合が、ある分子と別の分子の間(つまり、分子内ではなく分子間)で意図せずに掛かると厄介です。単量体どうしの間に赤い糸ができて二量体となってしまいます。もし、分子の中にたくさんの Cys があると、別の Cys がまた別の分子の Cys と結ばれてといった状況で、まるで数珠繋ぎにほとんど無限に連結されてしまいます。これはまさに「にぬき」の状態です(おいしいですね。海の塩を振り掛けたにぬきは大好物です)。

このいわば非特異的な希望しないジスルフィド結合の形成を防ぐには、試料の中に還元剤を入れておきます。例えばジチオスレイトール(DTT)などです(th の発音をタ行で書けば、ディティオトゥレイトール)。しかし、たとえ 10 mM 程度入れておいても、これどのぐらい保つのでしょう?この DTT は酸素と触れると自らが酸化されてしまい、もう還元力は無くなってしまいます。したがって、NMR 試料管にできるだけ空気を入れないようにしないといけません。しかし、キャップを閉めようが、パラフィルムを巻こうが大して効果はありません。その証拠に NMR 試料管の中にクロロホルムを入れ、自分で納得の行くまでキャップやパラフィルムで閉管し、ドラフトの中に置いておいてください。翌朝どれだけ蒸発して減っていることか?密閉は火で封管しない限り無理ということです(注意:クロロホルム溶液は火で封管しようとすると、有毒ガスのホスゲンが出ますので駄目ですよ)。

おそらくですが、10 mM の効き目は数日以内かもしれません。もし、試料溶液をシゲミ製造のすばらしいガラス管の底に注ぎ入れ、ピストンを差し込むのに数分間もたついた場合には、もはや DTT の効果は0と考えてもよいでしょう。また、DTT の臭い匂いが残っていても、これは還元力とは関係ありません(安心しないで)。それに DTT には 1H が一杯付いていますので、10 mM も入れると蛋白質試料 0.1 mM の 100 倍以上の強度のピークが出てしまいます。その状態で NOE をとってもアーティファクトにただただ悩まされるだけです(このような場合、普通は高価な重水素化 DTT を入れます)。

DTT (dithiothreitol) = HS-CH2-CH(OH)-CH(OH)-CH2-SH

このアーティファクトのピークについては、また別の機会に触れることにしましょう。

また、蛋白質を凍結乾燥すると、このような小さな分子は飛んで行ってしまっているかもしれません。ですので、それに水を加えて再生させる場合には、DTT を新たに加えてあげましょう。よくこの追加を忘れて(あるいは、第三者に凍結乾燥品を渡した際に「DTT 入りの水で溶かすのだよ!」という注意点を伝え忘れて)金粉より高価な白粉をエッペンドルフの底に見る羽目になってしまうのです。

このような Cys を一個でも含む蛋白質は、精製の初期段階から 1 mM DTT を精製用 buffer 全てに入れておくのが良いでしょう。しかし、最近は His-tag Ni キレートカラムがよく使われ、これに DTT 溶液を注ぐと、おいしいメロンソーダが、これもまた美味しそうなチョコレートパフェに一瞬で変身してしまいます。これは新人(新入生)に体験してもらうのが良いですので、あまり教えないでおきましょう(ただし、捨てる寸前のカラムを渡しておく)。

あれ?書きたい本命に行く前にすでに1頁を超えてしまいました。以上は前置きです。いずれにしても、例えば 2H, 15N, 13C で標識した、たった 300 uL で数十万円もかかったような試料では、たとえちゃんと DTT を入れていても何ヶ月も同じ再現性あるスペクトルを期待するのは難しいといえるでしょう。NMR のプローブ内の温度調整は窒素ガスでなされている場合が多いので、あとは窒素ガスで満たした冷蔵庫があると良いのかも。

2013年9月4日水曜日

広幅化した所に交換あり

一昨日の論文 Science に Rex を決めたと書かれていましたので、その論文を引いてみました。

Wang, C., Rance, M., Palmer, III, A.G. (2003) Mapping chemical exchange in proteins with MW > 50 kD. J. Am. Chem. Soc., 125 (30), 8968–8969.

詳細は論文を参照して頂くこととして、この測定法の要点だけを簡単に?書いてみることにしましょう。

交換速度 Rex は、線幅の増幅という形で観ることができます。R2 を見かけの(apparent な)横緩和速度、R2o を本当の横緩和速度とすると、R2 = R2o + Rex となります。半値幅(ピークの高さが半分の所での線幅)は、R2/π となりますので、Rex が載れば載る程、線幅が拡がってしまうわけです。蛋白質の HSQC スペクトルなどで、「この蛋白質には構造あるいは化学交換があるので、ピークがブロードになっていますね」などとよく表現します。

さて問題は、どのようにして R2 と R2o を見分けるかです。これが分かれば自動的に Rex が求まってきます。簡単な方法としては「異様に R2 が大きい箇所には Rex があると思え」という方法です。これは原始的ながら的を得ていまして、HSQC でピークがブロードになったり、もはや観えなくなっている箇所には、かなりの確率で構造(化学)交換があります。

さて、上記の論文では、この原始的な方法を基にしながら、もう少しこれを格好良く裁いています。一つは R2 の代わりに R2α を使っています。ここで R2α とは TROSY ピークの横緩和速度の事です。したがって、高分子でも観えるという戦法です。15N のピークは、1HN が上向きスピン(α としましょう)にあるか、下向きスピン(β としましょう)にあるかによって、横緩和速度が異なってきます。この二重分裂線 doublet の横緩和速度の差が交差相関横緩和速度(の2倍 = 2*ηxy)です。要は doublet それぞれの半値幅を測り(R2α /π と R2β /π)それら同士を引き算すればよいわけです(R2β - R2α = 2*ηxy ここでは /π を両辺から省きました)。

この交差相関(横)緩和速度 ηxy についてですが、これには Rex が含まれていません。Doublet それぞれに同じ Rex 値が載っていますので、それら同士を引き算して求めた ηxy には、もはや Rex が入って来ないのです。

さて、一連のアミノ酸残基の R2α を見比べる際に、これを自分の残基の ηxy で割って規格化すると、たいへん都合が良くなります。しばしば、R2/R1 から分子の回転拡散の相関時間 τm を求める方法が使われますが、これと良く似た考え方です。他にも、ηxy/ηz を使う方法もあります。割り算をすることによって、さまざまな項を打ち消させるのです。では、R2α/ηxy の計算では何が打ち消されるのでしょう?

R2α = (d^2+c^2) { 4J(0) + 3J(ωN) } /2 + d^2 { J(ωH-ωN) + 6J(ωH) + 6J(ωH+ωN) } /2 + Rex - η

η = dc { 4J(0) + 3J(ωN) } (3 cos^2(θ)-1) /2

ここで、d は双極子双極子相互作用に関する定数、c は化学シフト異方性に関する定数です。このような複雑な式どうしを割り算しても何も面白そうな項が出て来そうにないように思えますが、実は高分子では R2α はもっと簡単に下記のように近似されます。

R2α = (d^2+c^2) { 4J(0) + 3J(ωN) } /2 + Rex - η

それは、高分子になるほど分子はゆっくりと回転し、J(0) や J(ωN) などの低周波数成分が多くなり、J(ωH) 周辺の高周波数成分が少なくなります。低分子ですと、分子は高速回転しますので、J(ωH±ωN) 成分もまずまずの大きさを持ってしまいます。しかし、この方法は論文の題名にもある通り、50 kDa を超える蛋白質が相手です。すると、

R2α/ηxy = (d^2+c^2) / { dc (3 cos^2(θ)-1) } + Rex/ηxy - 1

となります。角度 θ は化学シフトテンソルの主軸と 1H-15N ベクトルとがなす角ですが、これは残基間であまり大差は無いと仮定すれば、R2α/ηxy は、Rex が混ざって来ない限り、単なる定数に近くなるのです。もし、上式のように Rex が混じっていると、Rex/ηxy の分だけ大きめの値をとります。このようにして、どの残基に Rex が含まれているかを判定しようとしたのが今回の論文です。

ただし、もう少し定量的に解析しています。R2α を求めるために 15N を横磁化にしてある期間だけ待っているのですが、この横磁化はその間に 1J-coupling により次のように変化して行きます。

2NyHz → -Nx → -2NyHz → Nx → 2NyHz

これで 2/J 時間だけ待ったことになります。すると、同位相である Nx の横緩和速度を計りたいのに、反位相である 2NyHz の緩和速度も半分だけ混じってきます。そこで、純粋な Nx の横緩和速度を測るために、どのようにして 2NyHz の緩和速度を見積もるかです。これには少し近似を使います。2NyHz の緩和速度は、Nxy の横緩和速度と Hz の縦緩和速度の足し算だと仮定するのです。本来は、両者が極端に違う大きさの場合にしかこれは成り立ちません。そして、Hz の縦緩和速度を測る代わりに、2NzHz の縦緩和速度を測ります。これも、Nz の縦緩和速度と Hz の縦緩和速度の足し算だと仮定できますが、高分子では Nz の縦緩和速度は非常に小さいので、これを無視します。このようにして、2NzHz の縦緩和速度を Hz の縦緩和速度とみなします。そこで、R2α* - R1(2NzHz)/2 を計算すると、同位相としての R2α 横緩和速度を求めることができます。まとめると

(R2α* - R1(2NzHz)/2) / ηxy + 1

R2α* は、同位相 Nx の横緩和速度と反位相 2NyHz の緩和速度の平均

を計算し、それが大きな残基は Rex/ηxy を含んでいるということです。いろいろと複雑な計算をしていますが、突き詰めていくと、やはり「異様に R2 が大きい箇所には Rex があると思え」に戻りそうです。

最後ですが、緩和速度どうしの引き算を計算するには、必ずしも半値幅どうしを引き算する必要はありません。ピーク強度どうしを割り算すれば良いのです。ピーク強度は例えば Io*exp(-Rt) と表されます。そこで、ピーク強度どうしを割り算すれば、exp の中は引き算になるのです。

長らく更新していなかったので、全部消されてしまいはしないかと心配でした。ここで更新しておけば、少しは安心です。