2014年7月21日月曜日

タコうみうしイカ変化

この前「タコいか変化」のところでアロステリック効果のモデルの一例として Hilser-Thompson モデルをご紹介しました。その総説のような形で下記の記事が出ていました。

Hilser, V.J., Wrabl, J.O., and Motlagh, H.N. (2012) Structural and energetic basis of allostery. Annu. Rev. Biophys. 41, 585-609.

ほとんどの内容はこの前の「タコいか変化」でご紹介した PNAS と同じなのですが、後半に3つのドメイン(サブユニット)が関連した例が挙げられていました。さすがに3つが相互作用するとなると複雑でして、数式の上ではボルツマンの式に当て嵌めるだけなので簡単なのですが、これを直感的に理解するのは大変です。この3つのサブユニットはそれぞれ I, II, II と名付けられ、I にはリガンド A が II にはリガンド B が III にはリガンド C が相互作用します。

リガンド A を入れると LigA が I と相互作用し、その結果 III に LigC が付き易くなります。これは agonist 的現象です。ところが興味深いことに、LigB を最初に入れておくと、上記と逆の antagonist 的な結果になることがあるのです。つまり、その後で LigA を入れて、その LigA が I と相互作用すると、なんと III に LigC が付きにくくなるのです。

もちろんこれをシミュレートするためには、I, II, III それぞれの安定性や、お互いの相互作用について、それらの各エネルギー値をうまく設定してやる必要があります(しかし、筆者曰く、それほど特異な値ではなく、生理的によくあり得る値であるとのことです)。では、Fig. 7 での例を見てみることにしましょう。なお、T は unfold してリガンドが付かず、R は fold していてリガンドが付くものとします。しかし、この unfold/fold の制限を必ずしも T/R にむりやり当て嵌める必要はなく、いわゆる MWC モデルで出てくる T, R 状態(両者ともに unfold しているわけではない)を連想しても同じ結果となります。

最初は TTT が 97% を占め多く存在します。ここに LigA がサブユニット I に付くと RRR が 51% に増えます。この RRR の サブユニット III は LigC を好んで付けるため、LigA は LigC の相互作用に関して agonist 的に働いたことになります。

一方、同じようなサブユニット構成において、LigB がサブユニット II にすでに付いているような状況を考えてみます。すると、TRR が 90% を占めるような状況が初期状態となってしまいます。LigB が無い上記の条件では TRR はたったの 2% であったのに対して、LigB の結合によりサブユニット II の R 状態が安定化して TTT よりもはるかに多くなってしまったのです。すると、ここに上と同じように LigA が来ると、何と変な事が起こるのです。LigA により RRT が 42% まで増えますが、これに LigC は付くことができません。残りの 58% が LigC の付くことができる RRR です。しがたって、LigC の付くことができる分子種が TRR の 90% から RRR の 58% に減ってしまったのです。これより、LigA は LigC の相互作用に関して antagonist 的に働いたことになります。

何だか複雑ですが、実は agonist 的条件、antagonist 的条件のいずれにおいても終わりの状態はほとんど同じなのです。つまり、RRR と RRT が 6:4 ぐらいに比率で終わります。違いはむしろ最初の状態にあるのです。Agonist 的条件では TTT が優勢です。これに LigC は付きませんので、TTT → RRR の変化が見掛け上めだち agonist 的に見えます。もう一方の条件では最初は TRR が優勢です。これは LigB の結合により起こるのです。そして、これには LigC が付きますので、TRR → RRT の変化が見掛け上めだつのです。

このように LigB があるかないかの違いだけによって、LigA が LigC に対してまるで全く逆の作用を起こしているかのように見掛け上みえるのは何とも興味深い現象です。このような現象を KNF モデルで説明できなくもないのですが、それを構造の面から証明するのは大変かもしれません。しかし、HT モデルですと、同じ熱力学的平衡状態の式を使ってこの現象をむしろ簡単に?説明できるのです。

この例ではサブユニット1と2の間の親和性Δg12 は吸着、Δg23 も吸着、Δg31 だけが反発という設定になっています。しかし、もしいずれもが吸着だとすると、antagonist 的条件での TRR は 90% よりも低くなり、かつ RRT も減り、その分 RRR が増えるので antagonist 的な現象は見られなかったことでしょう。このようにサブユニット間の相互作用が吸着側か反発側かで agonist/antagonist, positive/negative cooperativity が起こる可能性が出てきました。

Δg については吸着・反発と表現しましたが、そのように限定する必要はありません。この HT モデルでは、intrinsically disordered proteins を想定し、fold した R 状態どうしで相互作用をし、どちらか一方が unfold した T 状態では相互作用しないと仮定しているために、少し極端な表現になってしまうのです。むしろ、あるサブユニットにリガンドが付いて R 状態になった場合、隣のサブユニットも同じ R 状態にシフトさせるように働くのが上記でいう「吸着」positive-coupling、逆にリガンドの付いた R 状態が隣のサブユニットを T 状態にシフトさせるのを上記でいう「反発」negative-coupling と置き換えれば、もう少し一般性をもたすことができ問題ありません。

すると、agonist 的な現象は I(R) → II(R) → III(R) を通した間接的な伝播で起こり、antagonist 的な現象は I(R) → III(T) という直接的な伝播で起こると見ることができます。このような agonist/antagonist のスィッチイングはΔg12, Δg23, Δg31 の3つともが negative-coupling の時にも起こります。つまり、agonist 的な現象は I(R) → II(T) → III(R) を通した間接的な伝播で起こり、antagonist 的な現象は I(R) → III(T) という直接的な伝播で起こるためです。

2014年7月18日金曜日

見掛けと本質の親和性は違う

アロステリックモデルの MWC モデルを NMR で鮮やかに示した論文として、やはり下記の Kay さんの論文がお見事に一言に尽きます。この数年間に何度も何度も読み、他の人にいろいろと紹介していながら、同時に理解と忘却をこうも繰り返した論文も珍しいかもしれません。

Velyvis, A., Yang, Y.R., Schachman, H.K., and Kay, L.E. (2007) A solution NMR study showing that active site ligands and nucleotides directly perturb the allosteric equilibrium in aspartate transcarbamoylase. Proc Natl Acad Sci USA 104 (21), 8815-8820.

題材はかの有名な Aspartate transcarbamoylase です。この ATCase は Stryer をはじめいろいろな生化学の教科書に紹介されていますので、詳細は是非そちらをご覧ください。反応機構は下記のようになります。


ATCase は触媒サブユニットと制御サブユニットそれぞれ6個ずつから成っています。総分子量は 306 kDa 程にもなりますので、普通の 2D 1H-15N HSQC では歯が立ちません。しかし、メチル基(ここでは Ile の δ1)を 13C-1H3 に、その他の箇所を全て 12C, 2H にて標識します。そして、メチル基の 13C-1H dipole-dipole 相互作用どうしの打ち消し合いを狙うと、このような高分子でもきっちりと二次元スペクトルが見えてくるのです。この手法を交差相関緩和を利用した Methyl-TROSY と呼びますが、その原理はかなり複雑ですのでまた今度に。

もし、リガンドと蛋白質との相互作用が fast-exchange で R と T 型構造の間の交換が slow-exchange ならば、リガンドの滴定に沿って R と T 由来の二つのピークが別々に移動していきます。この ATCase の二次元 1H-13C TROSY-HMQC NMR スペクトルはまさにそのようでした。この場合、それぞれの titration curve は双曲線型となりますので、T, R それぞれでのミクロな Kd 値を得ることができます。この Kd (micro, T) と Kd (micro, R) に加えて、リガンドが全く付いていない時の R と T のモル比(L0=T0/R0)、あるいは、リガンドで満たされた時の R と T のモル比(L6=T6/R6)が分かると、全ての過程におけるモル比(Ln=c^n * L0, c=Kd (micro, R) / Kd (micro, T))を計算することができます。一方、他の分光法では T と R がごちゃ混ぜで検出されてしまいますので、二つの R 型と T 型での双曲線をミックスしたシグモイド型の曲線を解析しないといけません。双曲線(hyperbolic)型ですと、ごく普通の Michaelis-Menten 式の chemical shift perturbation に従いますので、解析は極めて簡単です。したがって、R と T 状態が NMR で別々のピークとして現れるということは、非常に嬉しい事なのです。

Kd (micro...) は Kd (macro) とは異なります。前者はよく intrinsic な(固有の)解離定数(Kd)とも書かれますが、リガンド結合部位とリガンドとの間の解離定数です。一方、Kd (macro) は蛋白質全体とリガンドとの間の解離定数です。例えば、ATCase は6個の基質結合部位を持っています。今そこにすでに2つのリガンドが付いているとしましょう(P.L2)。ここに3つめのリガンド(L)が付く場合の解離定数は次のようになります。

Kd (macro) = [P.L2] * [L] / [P.L3]

これが macro な(apparent な、みかけの)解離定数となります。しかし、リガンド結合部位の個数を数えると少し違ってきます。[P.L2] で空いているリガンド結合部位の個数は4個です。ですので、[空席のリガンド結合部位] = 4* [P.L2] となります。さらに [P.L3] で占められたリガンド結合部位の個数は3個です。ですので、[着席のリガンド結合部位] = 3* [P.L3] となります。したがって、

Kd (micro) = [空席のリガンド結合部位] * [遊離のリガンド] / [着席のリガンド結合部位] = 4 * [P.L2] * [L] / (3 * [P.L3]) = 4/3 * Kd (macro)

これがよく教科書に出てくる

Kd (apparent) = j / (n-j+1) Kd (micro)

の式の意味です(上の例では、n=6, j=3)。

この Methyl-TROSY の実験から、ATCase は間違いなく MWC モデルであると分かりました。もちろん MWC と KNF は果たして言われている程に差のあるものなのか?両者ともに極端な条件での例であって、両者の間の折衷モデルもあり得るのではないか?という事を今後は議論していくことにしましょう。

最後にこの論文に興味深いことが書かれていました。ATP は制御サブユニットの方にくっ付きます。そして、ATCase 全体の平衡を R 状態へと傾けていきます。これは良いのですが、ATP が次の ATP の親和性に与える影響は、どうも KNF モデルのように見えるらしいのです。Mg-ATP の滴定曲線の結果がわずかな positive cooperativity を示しています。確かに制御サブユニットはホモ二量体の形を作っています。そのため、相互作用した方の制御サブユニットがまだ相互作用していない方の(隣の)制御サブユニットに何らかの影響を与え、Kd (micro) そのものを変えてしまった可能性が考えられます。

2014年5月25日日曜日

サブヘルツのジェー

固体 NMR での磁化移動は双極子双極子相互作用で、溶液 NMR の磁化移動は J-カップリングでというのが普通です。一般的には固体 NMR のパルス系列では前者を交差分極(CP, cross-polarization)にて、溶液 NMR のパルス系列では後者を INEPT にて実装します。溶液でも TOCSY と呼ばれるまるで CP そっくりな方法が使われますが、これでも実際の磁化移動の物理原理は J-カップリングに因っており、双極子相互作用ではありません。以上より、溶液 NMR では磁化移動というより、どちらかと言うとコヒーレンス移動と称する方が実情に合っているのでしょうか?

ところが、下記の論文

Schanda P, Huber M, Verel R, Ernst M, and Meier B.H. (2009) Direct detection of 3h-J(NC') hydrogen-bond scalar couplings in proteins by solid-state NMR spectroscopy. Angew. Chem. 121, 9486-9489.

溶液 NMR で普通に使う HNCO がそのまま固体 NMR に使われています。そう言われてみれば、先日の RRR-workshop でも Schanda さんは「溶液 NMR のパルスプログラムをそのまま使った」などと言っていましたっけ?Schanda さんは、もとは SOFAST-HMQC を発表した論文の第一著者でした。その後、固体 NMR に転向してしまったようです。しかし、上記のような論文を見ると、もはや「転向」などと言っている方が時代遅れなのかもしれません。溶液の技術を固体に「応用」した、否、そのまま「適用」したと言うべきなのでしょうか?

残余双極子相互作用(residual dipolar coupling, RDC)でもそうですが、溶液だ固体だとあまり区別をせずに、お互い使えるアイデアは積極的にマージさせるという考え方に頭を切り替えていかねばと痛感する日々です。そう言われてみれば、あの cross-correlated relaxation を蛋白質の主鎖の二面角を決めるのに使えるということを発表した Reif さんですが、彼は大学院生の時に固体 NMR のセッションに迷い込んでしまい、そこで聞いた講演がヒントになったそうです(Griesinger 研所属なので、溶液 NMR を研究していました)。

Reif B, Hennig M, and Griesinger C. (1997) Direct measurement of angles between bond vectors in high-resolution NMR. Science 276, 1230-1233.

さて、Schanda さんの論文の内容に戻ります。

[2H, 13C, 15N]-ユビキチンの微結晶(microcrystalline)を使います。ただし、1HN(溶媒と交換してしまう水素)については 20% だけ 1H を入れています。溶液 NMR ではもちろん結晶は使いませんが、大きな蛋白質はしばしば [2H, 13C, 15N] で標識されます。これは TROSY 効果を高めるためです。そして、1HN はできれば 100% 1H に近い形にしています。この固体 NMR ではアミド基の水素でさえ 100% 1HN だと双極子相互作用による(見かけの)緩和が響いてしまうのでしょう。そこで、結晶化の際に 80% D2O を使って、アミド水素をも 1/5 に減らしてしまいます。

15N から 13Co への INEPT の時間(1/(2J))は 66.6 ms です。帰りの磁化移動にも同じ時間が必要です。この 66.6 ms はちょうど 1/15 に相当します。この 15Hz は 1J(15N-13Co) ですので、普通の HNCO ピークはこの時間設定でかなり消えてしまいます(sin(pi * 15Hz * 66.6ms) = sin(pi) = 0)。溶液 NMR では少しでも水素結合由来の小さい J-coupling(-0.5 Hz 程度)からの寄与を高めるため、片道だけでこの 66.6 ms の倍にすることが多いです。2/15 sec ではなく、1/15 sec に設定するのは、やはり固体 NMR の方が(見かけの)横緩和が速いことを考慮しているためです。

1H のデカップリングは 3.1 kHz(90° パルス幅に換算して 81 us)(@850MHz)を WALTZ-16 でたたいています。これはぎりぎりの弱さですね。溶液の場合は TROSY を利用していますので、この 1H-decoupling はありません。

15N の FID 中のデカップリングは 3.5 kHz(90° パルス幅に換算して 71 us)(@850MHz)を WALTZ-16 でたたいています。これは 1J-coupling だけを消すことが目的の溶液の場合に比べてかなり強いですね。FID の長さはどのぐらいなのでしょう?と気になりましたが、この論文の数値からは割り出せませんでした。溶液の場合は TROSY を利用していますので、この 15N-decoupling もありません。

90°, 180° ハードパルスは両者ともに 100 kHz。溶液では見たこともないパワーです。計算すると 90° パルス幅に換算して 2.5 us!一方で 13C は選択的になってしまうので、80 us(90°)100 us(180°)の sinc パルスに。

測定時間は 112 hr .... えーとこれは5日弱に相当します。溶液でもちょっと大きめの蛋白質になってくると、水素結合を観るには一週間近く測定しないと駄目でした。ユビキチンの場合は「観えないピークは無い」と言われるぐらいですので(これは本当に蛋白質なのでしょうか?)、あまり他の蛋白質の測定パラメータの参考にはなりません。

リサイクル時間(D1)は 1.0~1.5 sec ... 溶液と同じぐらいです。試料の温度は 27℃で、これも溶液 NMR と同じです。

試料は結晶化させる時に 20% H2O / 80% D2O の溶媒を使っています。同時に沈殿剤兼抗凍結剤として [2H]-2-methyl-2,4-pentanediol (MPD) を使っているようです。ロータは 1.3 mm で、超遠心を使って詰めているようです。4 mg 分です。お楽しみの MAS ですが、57 kHz です。うーん速いです。

やはり、感度はあまり良くなかったようです。特に観えなかったのは、ループや二次構造の端など flexible な所でした。7個しか水素結合が観得なかったようでして、なぜ観えなかったのか、感度を上げるにはどうすればよいかなどが後半の文章を占めています。一案は、1.3 mm ロータではなく 3.2 mm を使って試料の量を5倍に増やす事ですが、そうすると MAS のスピードも落ちてしまいますので、現状では quite challenging だと著者は締めくくっています。また、隣の分子との水素結合も観えてしまったそうです。結晶ですねえ。

Supplement の1ページ目の T=... δ=... は間違えていますね。2T=..., 2δ=... にしないと。CPMG の π パルスの幅など、NMR パルスの論文ではこのような誤植がしょっちゅうです。信じてパルスプログラムを作ると、信号が見事に0になってくれます。

書いているうちにすごい砂嵐がやってきました。キーボードも論文も細かい砂でじゃりじゃりです。マウスをドラッグする度にじゃりじゃりと音が。。。まずい、明日の授業の準備が全く進んでいなかった。。。

2014年5月20日火曜日

アロステリックのチューニング

また、Hilser さんの論文に行きたいと思います。つい数週間前の Nature に載った総説です。

Motlagh HN, Wrabl JO, Li J, and Hilser VJ. (2014) The ensemble nature of allostery. Nature 508, 331-339.

これまでの MWC, KNF モデルによると、とにかく高分解能の立体構造をよく見てその構造変化を突き止めることができれば、アロステリック効果は説明できるとされていました。つまり、これらの古典的モデルでは、リガンドが付く部位と活性部位との間には、まるで将棋倒しのような相互作用のネットワークの仕組みが存在しており、リガンドが付くとその変化がエネルギー的に順々に活性部位にまで「伝播」されていくとしています。そのため、リガンド有る無しでの X 線結晶構造解析を比べることが必須でした。

上記の古典的モデルでは、R/S 状態を問わず立体構造は安定であり、二つの部位を繋ぐ「将棋倒しの経路」はこの安定構造という前提条件の下で伝播の機能を果たします。しかし、必ずしも構造が安定でなければならないとは言い切れないような例が続出しています。それどころか、実際には intrinsically disordered proteins がアロステリック効果の主役にもなっています。最近の彼らの論文によると、アロステリーは古典モデルのようにそう単純ではなく、もっと多くの微視的状態が関与していて、お互いの population が変動することによって生じるとしています。我々は、いろいろな状態の集合(アンサンブル)を結果として観ているのです。その場合、どうしても優勢の分子種に観測結果が引っ張られますので、その状態が 100% の比率で存在すると仮定して極限まで引き延ばしてしまうと MWC モデルのようになってしまうのかもしれません。

このいろいろな微視的状態はそれぞれ多かったり少なかったり、いわゆる人口(population)をもちます。リガンドが付くということは、この各種の状態の population を変えることを意味します。この population のシフトを見るには、もちろん前提として高分解能の結晶構造も必要なのですが、NMR によるダイナミクスを含んだ構造情報が必要になってきます。この Hilser さんは最近の NMR によるデータを絶賛しており、読んでいると何だか気分が良くなる総説なのです。Favorable な論文ばかりを好んで読むあたり、relax 状態に favorable なリガンドが付いてどんどん R 状態へとシフトしていくのとよく似ています(苦しい)。

ただ、その総説の中でよく理解できない箇所(Box 1)があり、数日間考え込んでしまいましたが、やっと朧げに見えてきました。分かってしまうと当たり前の事なのですが、1H-NMR の感度はチューニングできるという内容ではなく「アロステリック効果の感度はチューニングできる」という内容です(ますます苦しい)。

ある酵素が不活性状態 I と活性状態 A にあるとします。両者は交換しながら平衡状態にあり、その平衡時の自由エネルギーはΔGpre (= G[I] - G[A]) で表されます。ここにある effector 分子が付くと、これは活性状態 A を安定化させます(複合体を A' とします)。その結果、平衡が A, A' の方に傾き、自由エネルギーがΔGpost (= G[I] - G[A']) になるとします。この例では、ΔGpost - ΔGpre (= G[A] - G[A']) が +3 kcal/mol と設定されています。この effector 分子はこの酵素の別の場所にある活性部位の活性を引き上げるので、これはまさにアロステリック効果と言えます。

さて、興味深いことは、この時のアロステリック効果の感度は、effector 分子が付く前の平衡状態に依存してしまうという事です。結論だけを先に書きますと、I と A が 50/50 の状態を通った時にもっとも効果が高いということです。初めて読んだ時は「うん、そうなの?」と大変不思議でした。

例えば(よくあるパターンですが)不活性状態 I が圧倒的に優勢(大量)の時、effector 分子がくっ付いても実は allosteric 効果はそれ程は高くはありません。ΔGpre = -6 kcal/mol である A が effector 分子により ΔGpost = -3 kcal/mol に安定化したところで、A' の数はそれ程は増えないのです。ここでΔGpost - ΔGpre = +3 kcal/mol という前提に注意してください。I がなにより安定過ぎて effector 分子といえども力及ばずといったところでしょうか?

では、次に逆のパターンを見てみましょう。A が圧倒的に優勢の時、effector 分子がくっ付いても、これもまた allosteric 効果はそれ程は高くはないのです。例えば、ΔGpre = +3 kcal/mol である A が effector 分子により ΔGpost = +6 kcal/mol に安定化したところで、A' の数はそれ程は増えないのです。effector 分子の力を借りるまでもないといったところでしょうか?

ちょうどシーソーに子供と相撲取りが座っていて、子供に鉄アレイを渡したり、逆に相撲取りに鉄アレイを渡してもシーソーは大して動かないのと同じ?なのでしょうか。この例え、ちょっと自信ない .... 。

そして、活性状態へのシフトがもっとも多くなるのは、つまり、アロステリック効果がもっとも高くなるのは、effector 分子が付いた時に I と A が同数ある 50/50 状態を通過する時なのです(シーソーの高さが逆転する瞬間を含むような場合)。

一応その総説にはグラフが載っているのですが、本当?との思いで、また Octave を使って計算してみました。久しぶりでしたので、コーディングをすっかり忘れてしまっていました。まず、probability の曲線ですが、これは単なる Boltzmann 分布の曲線です。exp(-ΔG/(kt)) を計算して、そこから割合を出すだけ(図の赤線)。ここでは ΔG = G[I] - G[A] と定義していますので、A の存在確率を計算するために実際には exp の中のマイナスは取ってあります。


アロステリック効果の感度を見るために、この微分式を見てみました。数値で直接計算しても良いのですが、高校数学の商の微分を思い出す意味もあって一応は数式で計算してみます。-βexp(-βΔG)/ [1 + exp(-βΔG)]^2 で宜しいでしょうか?βは 1/kT の事です。すると、50/50 の時に微分値が極大となりました。そうです、計算するまでもなく probability の変化率がもっとも大きくなるのは、この 50/50 の時であると、probability のグラフを見た時点ですぐに分かるのです。最初も最後の方もそれぞれ 0% と 100% の存在確率に漸近線のようにゆっくりと近づいて行きますので、effector 分子によって同じように A が安定化するだけならば、アロステリックの感度としてはそれほど高くはならないのです。

ついでにエントロピー(conformational entropy = Sconf)も見てみました。Sconf = -k * (p*ln(p) + (1-p)*ln(1-p)) です。これも 50/50 で極大を迎えます。

表示した probability の変化のグラフ(緑色)は少し左にずれており、ΔGpre = -1.5 kcal/mol で頂点を示しています。これは、effector 分子が付くことによってΔGpost - ΔGpre (= G[A] - G[A']) が +3 kcal/mol 安定化するためです。つまり、ΔGpre = -1.5 kcal/mol から ΔGpost = +1.5 kcal/mol に変化する時に 50/50 の箇所を通過します。微分式は、effector 分子による安定化が無限に小さい時を示すことになります(dy/dx の dx は無限に小)。

同じような理由でエントロピーの変化のグラフ(青色)が ΔGpre = -3.0 kcal/mol で頂点を示しています。これも effector 分子の付く前と後との差をとっているためです。50/50 の前後でエントロピーは変化しないのですね。

実は、このシミュレーションはすでに Hilser さんの前の論文に出ていまいた。「タコいか変化」の所で紹介しています(PNAS 104 (2007), 8311 論文の Fig. 4)。その論文には unfold した domain-I に ligand-A がくっ付いて fold する場合、もし ligand-A の親和性が小さければ domain-I が最初 fold/unfold = 50/50 の状態になっている時だけ何とか allostery が生じると書かれています。親和性が小さいということは、上記の例ではΔGpost - ΔGpre が小さいことに相当します。したがって当然のことながら、allostery が生じるためには effector 分子の相互作用によるエネルギー安定化(親和性)はある程度大きくなくてはなりません。

ちなみに、-1.5 kcal/mol とは I が 8% に、そして、-3.0 kcal/mol とは I が 0.7% に相当します。もちろん、この場合のエントロピーは宇宙のエントロピーを示しています(熱力学では大げさな語を使うものですが、ここでは蛋白質、effector 分子、溶媒の全エントロピーと考えてもよいでしょう)。したがって単純に蛋白質だけの構造エントロピーがどの程度この変化に寄与しているのかはここでは考えてはいませんが、もしかすると、effector 分子が付いた時に増えた宇宙のエントロピーのかなりの部分が、側鎖が flexible になることへ使われた(つまり、蛋白質と effector 分子のエンタルピー変化にではなく、構造エントロピーの増加に使われた)可能性もあり得ます。そうすると、I が最初 2~3 % ぐらいでも良いことになります。この割合、ちょうど NMR の relaxation dispersion で検出するのに向いている数値なのです。あるいは、そうなるようにこの例でエネルギー値を人為的に操作した?

こうして見ると、自然は何ともうまく作られているものだと感心してしまいます。

2014年4月23日水曜日

くっ付いてから変身しよう

もう幾分も前の話になってしまいますが「皆で一斉に移ろう」の箇所で協奏的 MWC(Monod-Wyman-Changeux)モデルをご紹介しました。この MWC モデルとセットで必ず教科書に出て来るモデルに KNF モデルがあります。

まずは、MWC モデルを復習してみましょう。あるプロトマーにリガンドが付いて構造が変わると、他の全てのプロトマーの構造も一斉に変わります。あるいは、プロトマーの三次構造はそれほどは変わらずに、相対配置(四次構造)だけが変わる場合も多いです。この場合、全てのプロトマーは全体として対称的に配置されていなければなりません(極端ですね)。この「対称 symmetry」が重要な点です。さらに、T と R の二状態だけを仮定すると、リガンド(effector 分子)が付く前からすでにプロトマーの構造は T と R 状態の間を行き来しています(交換しながら平衡に達しています)。そして、リガンドが安定な方(R 状態)を選びます。そのため、このメカニズムは population selection (shift) などとも呼ばれているのでした。

それでは、逐次 sequential モデル(Koshland-Nemethy-Filmer)に行きましょう。KNF モデルでは、あるプロトマーにリガンドが付くと induced-fit を通してそのプロトマーの構造が T から R 状態に変わります。そして、その構造変化が隣のプロトマーに何らかの影響を与えます。つまり、リガンドが付いた時に採るであろう R 構造に変わり易い状況を作ります。


しかし、ここで注意しないといけない点は、リガンドが付いていない段階では T 構造が維持され続けるという事です。リガンドが無くとも一瞬だけ R 状態にトライするなどという MWC モデルで見られる現象は起こりません(極端ですね)。したがって、リガンドが何個か付いてはいるが、まだ満たされていない時には、一つの複合体の中に R と T が共存することになり、協奏的 MWC モデルのように、全体として対称形になる必要はありません。図では、リガンドが付いていないのにプロトマーの形が変わったかのように描かれていますが、そうではなくて、そのリガンド無しの T 状態のプロトマーが、リガンドが付いた R 状態の隣のプロトマーからサブユニット間の相互作用を通して何らかの影響を受けていることを示しています。

また、逐次 KNF モデルでは、induced-fit の名の通り、リガンドが付いて初めて構造が変わります。したがって、リガンドの付いた R 状態のプロトマーが存在した場合、その隣のプロトマーが上とは逆の影響を受けて induced-fit が起こり難いようになれば(T 状態になるべくいさせるような、R 状態に移りにくくさせるようなサブユニット間相互作用が作られれば)、むしろ次の同種のリガンドが付きにくくなるわけです。これは、R と T が共存できるという仮定があるので成り立つのです。

実は、協奏的 MWC モデルだけでは、negative な(負の)homotropic effect が説明できません。Homotropic negative cooperativity とは、あるリガンドが結合すると、同じ種類の次のリガンドの親和性が落ちる現象です。

協奏的モデルにおいて、リガンドが R 状態の方に付き易いとします。これはつまり、R 状態での親和性が大で、R 状態での複合体が安定だということです。T 状態にリガンドは付き難いので、どんどんリガンドの付いた R 状態の数が増えていきます。そして、全てのプロトマーが一斉に R 状態に変わるので、2個目、3個目のリガンドは、どんどん増えていく R 状態にますますくっ付いていくことになります。そのため、必然的に homotropic な positive cooperativity(正の協同性)が起こり、homotropic な negative cooperativity(負の協同性)が起こる条件が有りません。この話は同種のリガンドの場合に限ります。

また「タコいか変化」でご紹介した HT モデル(HT: Hilser-Thompson)では、各プロトマーの構造変化のきっかけを、逐次モデルのような induced-fit に限定していません。つまり、R と T 状態の間の交換は、リガンドが付く前からすでに平衡状態の中に存在します(R 状態 : fold, T 状態 : unfold)。したがって、population-selection のような事が起こっています。そして、もし、リガンドが親和性の高い R 状態に結合した場合に、そのプロトマーの構造変化が隣のプロトマーを、親和性の低い T 状態に抑え込むこともできます。そのため HT モデルでも homotropic negative cooperativity が説明できます。

2014年4月18日金曜日

陽子は霞や雲のように薄く

最近は固体 NMR でも蛋白質の 1H 核スピンを FID として直接観測するようになってきました。ただし、微結晶のように、立体構造がかなり均一な状態で固まっている場合に限ります。凍結乾燥後の粉末などでは、少しずつ違った構造が入り交じってしまっているので駄目です。

1H はやはり感度が高い、これに尽きます。しかし、1H どうしの双極子相互作用が邪魔をしてしまい、やはり蛋白質の全ての水素を 1H の状態で計るのはまだちょっと難しい(報告は出ているようですが)。そこで重水素化の登場です。

Sinnige T, Daniëls M, Baldus M, and Weingarth M. (2014) Proton clouds to measure long-range contacts between nonexchangeable side chain protons in solid-state NMR. J. Am. Chem. Soc. 136 (12), 4452-4455.

過去 25 年間に溶液 NMR による立体構造決定で対象となる蛋白質がどんどん大きくなってきたのですが、今回のような論文を読んでいると、つくづくこれはその溶液 NMR の方法論の発展の過程と同じだなあと思ってしまいます。

今回紹介された方法(1H-cloud, 陽子雲?法)では、D2O の M9 最少培地に 2g/L の [2H]-glucose を入れておきます。そして、[13C, 15N] で標識された目的のアミノ酸(例えば、Leu, Val)を 200 mg/L ずつ加えて大腸菌に蛋白質を発現させます。あれ?これは溶液 NMR では選択的標識の際に普通に使ってきた方法ではなかったでしょうか?

一方、1H の数を減らすのに RAP 法と呼ばれる方法も発表されています(Asami, et al. (2010) J. Am. Chem. Soc. 132, 15133 )。この RAP 法では、[2H, 13C]-glucose を培地に入れますが、培地は例えば 10% H2O / 90% D2O のような組成にしておきます(あれ?これも 20 年前によくなされた方法では?)。この方法の方が RAP 法の名前(Reduced Adjoining Protonation)が示す通り、隣り合った水素が 1H どうしとなる確率を減らすことができます。それに対して、陽子雲法では Leu, Val のアミノ酸内で 1H が隣り合ってしまいますし、疎水性コア領域でも Leu, Val がひしめき合っています。そのため、RAP 法の方が 1H の線幅を狭くすることができます。もっとも、陽子雲法でも 1GHz 以上の静磁場で MAS を 90 kHz 以上に回すと大丈夫だそうですので興味のある方はちょっと試してみてください(今回の論文では 60 kHz(@700MHz)程度で回しています。速いですね)。

このように 1H-cloud 法では、1H が特定の希望したアミノ酸のみに偏ってはいるものの、磁化移動は 1H-1H spin-diffusion(溶液 NMR での NOE に相当)などで可能なようです。

一応、代謝過程におけるアミノ酸のスクランブルには注意しないといけません。例えば、Ser, Cys, Gly などは、どれか一つの [1H, 13C, 15N] 標識アミノ酸を入れたつもりでも、3つ同時に混ざってしまうでしょう。どのようなアミノ酸がスクランブルを起こし易いかは Fig. S4 にまとめられています。

ところで、固体 NMR で 1H を FID 検出するとなると水消しはどうするのだろう?と思ってしまいます。溶液 NMR ですと WATERGATE が有名ですが、固体では何と MISSISSIPI という方法があるようです。また、パワーの弱い decoupling には PISSARRO という方法を使うそうです。なんとも面白い命名に笑ってしまいます。

2014年4月16日水曜日

少量の活性化状態をつぶす

2012 年 1 月の RRR-workshop にお呼びした Kalodimos さんですが、今回も非常に面白い論文を出しています。ちなみにギリシャ人とのことです。

Tzeng, S.R., and Kalodimos, C.G. (2013) Allosteric inhibition through suppression of transient conformational states. Nat. Chem. Biol. 9, 462-465.

対象となる蛋白質は教科書の lac-operon に必ず出てくる CAP 蛋白質です。大腸菌内で glucose の量が少なくなってくると、cAMP が増えてきます。すると、これが CAP 蛋白質に結合し、この複合体は lac-operon DNA の制御部位を認識して結合します。すると、RNA polymerase が引き寄せられて lac-operon の転写が on になり、lactose を栄養として利用できるようになるという仕組みです。

野生体 WT の CAP は cAMP 存在下でのみ DNA に付くことができます。一方、CAP*(T127L, S128I) 変異体は、このような effector-分子が無い状態では WT-CAP と同じように DNA に結合できない形を採っているように見えます。ところが、DNA を混ぜてやると cAMP が無いのにもかかわらず DNA に結合します。この謎を明らかにしたのがこの論文です。

実は、CAP*(T127L, S128I) 変異体は、effector-分子が無い状態では DNA に結合できない形(93%)と結合できる形(7%)の間を行き来していることが NMR R2 relaxation displersion の実験から分かりました。この 7% という比率が小さいために、普通に NMR を測定すると、前者の結合できない形ばかりが目立って観えてしまいます。これが上で「WT-CAP と同じように DNA に結合できない形を採っているように見える」と書いた故です。また、この緩和分散法から算出された CAP* の化学シフト値の差は、WT-CAP でのフリー状態と cAMP 結合状態での化学シフト値の差とよく似ています。つまり、CAP* の 7% の構造は、(DNA と結合できる)WT-CAP-cAMP2 の構造と似ていることになります。

この 7% の active 構造が DNA と特異的に相互作用します。DNA をどんどん加えると、平衡により active な構造が常に 7% になるように inactive な構造から補給されますので、cAMP が無い状態でも CAP* 変異体と DNA はどんどん複合体を形成していきます。

しかし、cGMP がつくと DNA に結合できない形だけに固定されてしまうようです。実際、R2 relaxation dispersion が消えてしまいます。すると、DNA を加えても何も起こりません。この仕組みが構造の面から説明されています。

変異により疎水性残基(Leu127, Ile128)が増え、これが他の近くの疎水性残基とともに疎水性クラスターを形成して C-ヘリックスが一巻き長くなるようです。もちろん、長くなった C-ヘリックスをもつ構造は全体の 7% に過ぎません。しかし、これが DNA と結合できる active 構造なのです。

ここに cGMP を入れると、これはこの疎水性クラスターを壊してしまうため、ヘリックスが WT-CAP と同じ長さに戻ってしまいます。そのため、もはや DNA に結合できなくなってしまうのです。

cAMP (cGMP) が付く場所と DNA が付く場所は立体構造の上では離れており、cGMP による DNA への結合の阻害は(付く場所が同じ時の競合阻害ではなく、付く場所が異なる)アロステリック阻害(allosteric inihibition)です。そして、基底状態の構造は何も変えずに(相互作用するという)反応の途中にある一瞬だけ存在するほんの少量の活性状態を不安定化させて無くしてしまうことにより、反応そのものを阻害することができます。

今までの構造生物学的手法では、基底状態の構造がどのように変化するかをおもに観てきました。しかし、ほんの少しの遷移構造をターゲットとすることにより、このようなアロステリック阻害が可能となってくるという事実はたいへん衝撃的です。