2014年5月25日日曜日

サブヘルツのジェー

固体 NMR での磁化移動は双極子双極子相互作用で、溶液 NMR の磁化移動は J-カップリングでというのが普通です。一般的には固体 NMR のパルス系列では前者を交差分極(CP, cross-polarization)にて、溶液 NMR のパルス系列では後者を INEPT にて実装します。溶液でも TOCSY と呼ばれるまるで CP そっくりな方法が使われますが、これでも実際の磁化移動の物理原理は J-カップリングに因っており、双極子相互作用ではありません。以上より、溶液 NMR では磁化移動というより、どちらかと言うとコヒーレンス移動と称する方が実情に合っているのでしょうか?

ところが、下記の論文

Schanda P, Huber M, Verel R, Ernst M, and Meier B.H. (2009) Direct detection of 3h-J(NC') hydrogen-bond scalar couplings in proteins by solid-state NMR spectroscopy. Angew. Chem. 121, 9486-9489.

溶液 NMR で普通に使う HNCO がそのまま固体 NMR に使われています。そう言われてみれば、先日の RRR-workshop でも Schanda さんは「溶液 NMR のパルスプログラムをそのまま使った」などと言っていましたっけ?Schanda さんは、もとは SOFAST-HMQC を発表した論文の第一著者でした。その後、固体 NMR に転向してしまったようです。しかし、上記のような論文を見ると、もはや「転向」などと言っている方が時代遅れなのかもしれません。溶液の技術を固体に「応用」した、否、そのまま「適用」したと言うべきなのでしょうか?

残余双極子相互作用(residual dipolar coupling, RDC)でもそうですが、溶液だ固体だとあまり区別をせずに、お互い使えるアイデアは積極的にマージさせるという考え方に頭を切り替えていかねばと痛感する日々です。そう言われてみれば、あの cross-correlated relaxation を蛋白質の主鎖の二面角を決めるのに使えるということを発表した Reif さんですが、彼は大学院生の時に固体 NMR のセッションに迷い込んでしまい、そこで聞いた講演がヒントになったそうです(Griesinger 研所属なので、溶液 NMR を研究していました)。

Reif B, Hennig M, and Griesinger C. (1997) Direct measurement of angles between bond vectors in high-resolution NMR. Science 276, 1230-1233.

さて、Schanda さんの論文の内容に戻ります。

[2H, 13C, 15N]-ユビキチンの微結晶(microcrystalline)を使います。ただし、1HN(溶媒と交換してしまう水素)については 20% だけ 1H を入れています。溶液 NMR ではもちろん結晶は使いませんが、大きな蛋白質はしばしば [2H, 13C, 15N] で標識されます。これは TROSY 効果を高めるためです。そして、1HN はできれば 100% 1H に近い形にしています。この固体 NMR ではアミド基の水素でさえ 100% 1HN だと双極子相互作用による(見かけの)緩和が響いてしまうのでしょう。そこで、結晶化の際に 80% D2O を使って、アミド水素をも 1/5 に減らしてしまいます。

15N から 13Co への INEPT の時間(1/(2J))は 66.6 ms です。帰りの磁化移動にも同じ時間が必要です。この 66.6 ms はちょうど 1/15 に相当します。この 15Hz は 1J(15N-13Co) ですので、普通の HNCO ピークはこの時間設定でかなり消えてしまいます(sin(pi * 15Hz * 66.6ms) = sin(pi) = 0)。溶液 NMR では少しでも水素結合由来の小さい J-coupling(-0.5 Hz 程度)からの寄与を高めるため、片道だけでこの 66.6 ms の倍にすることが多いです。2/15 sec ではなく、1/15 sec に設定するのは、やはり固体 NMR の方が(見かけの)横緩和が速いことを考慮しているためです。

1H のデカップリングは 3.1 kHz(90° パルス幅に換算して 81 us)(@850MHz)を WALTZ-16 でたたいています。これはぎりぎりの弱さですね。溶液の場合は TROSY を利用していますので、この 1H-decoupling はありません。

15N の FID 中のデカップリングは 3.5 kHz(90° パルス幅に換算して 71 us)(@850MHz)を WALTZ-16 でたたいています。これは 1J-coupling だけを消すことが目的の溶液の場合に比べてかなり強いですね。FID の長さはどのぐらいなのでしょう?と気になりましたが、この論文の数値からは割り出せませんでした。溶液の場合は TROSY を利用していますので、この 15N-decoupling もありません。

90°, 180° ハードパルスは両者ともに 100 kHz。溶液では見たこともないパワーです。計算すると 90° パルス幅に換算して 2.5 us!一方で 13C は選択的になってしまうので、80 us(90°)100 us(180°)の sinc パルスに。

測定時間は 112 hr .... えーとこれは5日弱に相当します。溶液でもちょっと大きめの蛋白質になってくると、水素結合を観るには一週間近く測定しないと駄目でした。ユビキチンの場合は「観えないピークは無い」と言われるぐらいですので(これは本当に蛋白質なのでしょうか?)、あまり他の蛋白質の測定パラメータの参考にはなりません。

リサイクル時間(D1)は 1.0~1.5 sec ... 溶液と同じぐらいです。試料の温度は 27℃で、これも溶液 NMR と同じです。

試料は結晶化させる時に 20% H2O / 80% D2O の溶媒を使っています。同時に沈殿剤兼抗凍結剤として [2H]-2-methyl-2,4-pentanediol (MPD) を使っているようです。ロータは 1.3 mm で、超遠心を使って詰めているようです。4 mg 分です。お楽しみの MAS ですが、57 kHz です。うーん速いです。

やはり、感度はあまり良くなかったようです。特に観えなかったのは、ループや二次構造の端など flexible な所でした。7個しか水素結合が観得なかったようでして、なぜ観えなかったのか、感度を上げるにはどうすればよいかなどが後半の文章を占めています。一案は、1.3 mm ロータではなく 3.2 mm を使って試料の量を5倍に増やす事ですが、そうすると MAS のスピードも落ちてしまいますので、現状では quite challenging だと著者は締めくくっています。また、隣の分子との水素結合も観えてしまったそうです。結晶ですねえ。

Supplement の1ページ目の T=... δ=... は間違えていますね。2T=..., 2δ=... にしないと。CPMG の π パルスの幅など、NMR パルスの論文ではこのような誤植がしょっちゅうです。信じてパルスプログラムを作ると、信号が見事に0になってくれます。

書いているうちにすごい砂嵐がやってきました。キーボードも論文も細かい砂でじゃりじゃりです。マウスをドラッグする度にじゃりじゃりと音が。。。まずい、明日の授業の準備が全く進んでいなかった。。。

2014年5月20日火曜日

アロステリックのチューニング

また、Hilser さんの論文に行きたいと思います。つい数週間前の Nature に載った総説です。

Motlagh HN, Wrabl JO, Li J, and Hilser VJ. (2014) The ensemble nature of allostery. Nature 508, 331-339.

これまでの MWC, KNF モデルによると、とにかく高分解能の立体構造をよく見てその構造変化を突き止めることができれば、アロステリック効果は説明できるとされていました。つまり、これらの古典的モデルでは、リガンドが付く部位と活性部位との間には、まるで将棋倒しのような相互作用のネットワークの仕組みが存在しており、リガンドが付くとその変化がエネルギー的に順々に活性部位にまで「伝播」されていくとしています。そのため、リガンド有る無しでの X 線結晶構造解析を比べることが必須でした。

上記の古典的モデルでは、R/S 状態を問わず立体構造は安定であり、二つの部位を繋ぐ「将棋倒しの経路」はこの安定構造という前提条件の下で伝播の機能を果たします。しかし、必ずしも構造が安定でなければならないとは言い切れないような例が続出しています。それどころか、実際には intrinsically disordered proteins がアロステリック効果の主役にもなっています。最近の彼らの論文によると、アロステリーは古典モデルのようにそう単純ではなく、もっと多くの微視的状態が関与していて、お互いの population が変動することによって生じるとしています。我々は、いろいろな状態の集合(アンサンブル)を結果として観ているのです。その場合、どうしても優勢の分子種に観測結果が引っ張られますので、その状態が 100% の比率で存在すると仮定して極限まで引き延ばしてしまうと MWC モデルのようになってしまうのかもしれません。

このいろいろな微視的状態はそれぞれ多かったり少なかったり、いわゆる人口(population)をもちます。リガンドが付くということは、この各種の状態の population を変えることを意味します。この population のシフトを見るには、もちろん前提として高分解能の結晶構造も必要なのですが、NMR によるダイナミクスを含んだ構造情報が必要になってきます。この Hilser さんは最近の NMR によるデータを絶賛しており、読んでいると何だか気分が良くなる総説なのです。Favorable な論文ばかりを好んで読むあたり、relax 状態に favorable なリガンドが付いてどんどん R 状態へとシフトしていくのとよく似ています(苦しい)。

ただ、その総説の中でよく理解できない箇所(Box 1)があり、数日間考え込んでしまいましたが、やっと朧げに見えてきました。分かってしまうと当たり前の事なのですが、1H-NMR の感度はチューニングできるという内容ではなく「アロステリック効果の感度はチューニングできる」という内容です(ますます苦しい)。

ある酵素が不活性状態 I と活性状態 A にあるとします。両者は交換しながら平衡状態にあり、その平衡時の自由エネルギーはΔGpre (= G[I] - G[A]) で表されます。ここにある effector 分子が付くと、これは活性状態 A を安定化させます(複合体を A' とします)。その結果、平衡が A, A' の方に傾き、自由エネルギーがΔGpost (= G[I] - G[A']) になるとします。この例では、ΔGpost - ΔGpre (= G[A] - G[A']) が +3 kcal/mol と設定されています。この effector 分子はこの酵素の別の場所にある活性部位の活性を引き上げるので、これはまさにアロステリック効果と言えます。

さて、興味深いことは、この時のアロステリック効果の感度は、effector 分子が付く前の平衡状態に依存してしまうという事です。結論だけを先に書きますと、I と A が 50/50 の状態を通った時にもっとも効果が高いということです。初めて読んだ時は「うん、そうなの?」と大変不思議でした。

例えば(よくあるパターンですが)不活性状態 I が圧倒的に優勢(大量)の時、effector 分子がくっ付いても実は allosteric 効果はそれ程は高くはありません。ΔGpre = -6 kcal/mol である A が effector 分子により ΔGpost = -3 kcal/mol に安定化したところで、A' の数はそれ程は増えないのです。ここでΔGpost - ΔGpre = +3 kcal/mol という前提に注意してください。I がなにより安定過ぎて effector 分子といえども力及ばずといったところでしょうか?

では、次に逆のパターンを見てみましょう。A が圧倒的に優勢の時、effector 分子がくっ付いても、これもまた allosteric 効果はそれ程は高くはないのです。例えば、ΔGpre = +3 kcal/mol である A が effector 分子により ΔGpost = +6 kcal/mol に安定化したところで、A' の数はそれ程は増えないのです。effector 分子の力を借りるまでもないといったところでしょうか?

ちょうどシーソーに子供と相撲取りが座っていて、子供に鉄アレイを渡したり、逆に相撲取りに鉄アレイを渡してもシーソーは大して動かないのと同じ?なのでしょうか。この例え、ちょっと自信ない .... 。

そして、活性状態へのシフトがもっとも多くなるのは、つまり、アロステリック効果がもっとも高くなるのは、effector 分子が付いた時に I と A が同数ある 50/50 状態を通過する時なのです(シーソーの高さが逆転する瞬間を含むような場合)。

一応その総説にはグラフが載っているのですが、本当?との思いで、また Octave を使って計算してみました。久しぶりでしたので、コーディングをすっかり忘れてしまっていました。まず、probability の曲線ですが、これは単なる Boltzmann 分布の曲線です。exp(-ΔG/(kt)) を計算して、そこから割合を出すだけ(図の赤線)。ここでは ΔG = G[I] - G[A] と定義していますので、A の存在確率を計算するために実際には exp の中のマイナスは取ってあります。


アロステリック効果の感度を見るために、この微分式を見てみました。数値で直接計算しても良いのですが、高校数学の商の微分を思い出す意味もあって一応は数式で計算してみます。-βexp(-βΔG)/ [1 + exp(-βΔG)]^2 で宜しいでしょうか?βは 1/kT の事です。すると、50/50 の時に微分値が極大となりました。そうです、計算するまでもなく probability の変化率がもっとも大きくなるのは、この 50/50 の時であると、probability のグラフを見た時点ですぐに分かるのです。最初も最後の方もそれぞれ 0% と 100% の存在確率に漸近線のようにゆっくりと近づいて行きますので、effector 分子によって同じように A が安定化するだけならば、アロステリックの感度としてはそれほど高くはならないのです。

ついでにエントロピー(conformational entropy = Sconf)も見てみました。Sconf = -k * (p*ln(p) + (1-p)*ln(1-p)) です。これも 50/50 で極大を迎えます。

表示した probability の変化のグラフ(緑色)は少し左にずれており、ΔGpre = -1.5 kcal/mol で頂点を示しています。これは、effector 分子が付くことによってΔGpost - ΔGpre (= G[A] - G[A']) が +3 kcal/mol 安定化するためです。つまり、ΔGpre = -1.5 kcal/mol から ΔGpost = +1.5 kcal/mol に変化する時に 50/50 の箇所を通過します。微分式は、effector 分子による安定化が無限に小さい時を示すことになります(dy/dx の dx は無限に小)。

同じような理由でエントロピーの変化のグラフ(青色)が ΔGpre = -3.0 kcal/mol で頂点を示しています。これも effector 分子の付く前と後との差をとっているためです。50/50 の前後でエントロピーは変化しないのですね。

実は、このシミュレーションはすでに Hilser さんの前の論文に出ていまいた。「タコいか変化」の所で紹介しています(PNAS 104 (2007), 8311 論文の Fig. 4)。その論文には unfold した domain-I に ligand-A がくっ付いて fold する場合、もし ligand-A の親和性が小さければ domain-I が最初 fold/unfold = 50/50 の状態になっている時だけ何とか allostery が生じると書かれています。親和性が小さいということは、上記の例ではΔGpost - ΔGpre が小さいことに相当します。したがって当然のことながら、allostery が生じるためには effector 分子の相互作用によるエネルギー安定化(親和性)はある程度大きくなくてはなりません。

ちなみに、-1.5 kcal/mol とは I が 8% に、そして、-3.0 kcal/mol とは I が 0.7% に相当します。もちろん、この場合のエントロピーは宇宙のエントロピーを示しています(熱力学では大げさな語を使うものですが、ここでは蛋白質、effector 分子、溶媒の全エントロピーと考えてもよいでしょう)。したがって単純に蛋白質だけの構造エントロピーがどの程度この変化に寄与しているのかはここでは考えてはいませんが、もしかすると、effector 分子が付いた時に増えた宇宙のエントロピーのかなりの部分が、側鎖が flexible になることへ使われた(つまり、蛋白質と effector 分子のエンタルピー変化にではなく、構造エントロピーの増加に使われた)可能性もあり得ます。そうすると、I が最初 2~3 % ぐらいでも良いことになります。この割合、ちょうど NMR の relaxation dispersion で検出するのに向いている数値なのです。あるいは、そうなるようにこの例でエネルギー値を人為的に操作した?

こうして見ると、自然は何ともうまく作られているものだと感心してしまいます。

2014年4月23日水曜日

くっ付いてから変身しよう

もう幾分も前の話になってしまいますが「皆で一斉に移ろう」の箇所で協奏的 MWC(Monod-Wyman-Changeux)モデルをご紹介しました。この MWC モデルとセットで必ず教科書に出て来るモデルに KNF モデルがあります。

まずは、MWC モデルを復習してみましょう。あるプロトマーにリガンドが付いて構造が変わると、他の全てのプロトマーの構造も一斉に変わります。あるいは、プロトマーの三次構造はそれほどは変わらずに、相対配置(四次構造)だけが変わる場合も多いです。この場合、全てのプロトマーは全体として対称的に配置されていなければなりません(極端ですね)。この「対称 symmetry」が重要な点です。さらに、T と R の二状態だけを仮定すると、リガンド(effector 分子)が付く前からすでにプロトマーの構造は T と R 状態の間を行き来しています(交換しながら平衡に達しています)。そして、リガンドが安定な方(R 状態)を選びます。そのため、このメカニズムは population selection (shift) などとも呼ばれているのでした。

それでは、逐次 sequential モデル(Koshland-Nemethy-Filmer)に行きましょう。KNF モデルでは、あるプロトマーにリガンドが付くと induced-fit を通してそのプロトマーの構造が T から R 状態に変わります。そして、その構造変化が隣のプロトマーに何らかの影響を与えます。つまり、リガンドが付いた時に採るであろう R 構造に変わり易い状況を作ります。


しかし、ここで注意しないといけない点は、リガンドが付いていない段階では T 構造が維持され続けるという事です。リガンドが無くとも一瞬だけ R 状態にトライするなどという MWC モデルで見られる現象は起こりません(極端ですね)。したがって、リガンドが何個か付いてはいるが、まだ満たされていない時には、一つの複合体の中に R と T が共存することになり、協奏的 MWC モデルのように、全体として対称形になる必要はありません。図では、リガンドが付いていないのにプロトマーの形が変わったかのように描かれていますが、そうではなくて、そのリガンド無しの T 状態のプロトマーが、リガンドが付いた R 状態の隣のプロトマーからサブユニット間の相互作用を通して何らかの影響を受けていることを示しています。

また、逐次 KNF モデルでは、induced-fit の名の通り、リガンドが付いて初めて構造が変わります。したがって、リガンドの付いた R 状態のプロトマーが存在した場合、その隣のプロトマーが上とは逆の影響を受けて induced-fit が起こり難いようになれば(T 状態になるべくいさせるような、R 状態に移りにくくさせるようなサブユニット間相互作用が作られれば)、むしろ次の同種のリガンドが付きにくくなるわけです。これは、R と T が共存できるという仮定があるので成り立つのです。

実は、協奏的 MWC モデルだけでは、negative な(負の)homotropic effect が説明できません。Homotropic negative cooperativity とは、あるリガンドが結合すると、同じ種類の次のリガンドの親和性が落ちる現象です。

協奏的モデルにおいて、リガンドが R 状態の方に付き易いとします。これはつまり、R 状態での親和性が大で、R 状態での複合体が安定だということです。T 状態にリガンドは付き難いので、どんどんリガンドの付いた R 状態の数が増えていきます。そして、全てのプロトマーが一斉に R 状態に変わるので、2個目、3個目のリガンドは、どんどん増えていく R 状態にますますくっ付いていくことになります。そのため、必然的に homotropic な positive cooperativity(正の協同性)が起こり、homotropic な negative cooperativity(負の協同性)が起こる条件が有りません。この話は同種のリガンドの場合に限ります。

また「タコいか変化」でご紹介した HT モデル(HT: Hilser-Thompson)では、各プロトマーの構造変化のきっかけを、逐次モデルのような induced-fit に限定していません。つまり、R と T 状態の間の交換は、リガンドが付く前からすでに平衡状態の中に存在します(R 状態 : fold, T 状態 : unfold)。したがって、population-selection のような事が起こっています。そして、もし、リガンドが親和性の高い R 状態に結合した場合に、そのプロトマーの構造変化が隣のプロトマーを、親和性の低い T 状態に抑え込むこともできます。そのため HT モデルでも homotropic negative cooperativity が説明できます。

2014年4月18日金曜日

陽子は霞や雲のように薄く

最近は固体 NMR でも蛋白質の 1H 核スピンを FID として直接観測するようになってきました。ただし、微結晶のように、立体構造がかなり均一な状態で固まっている場合に限ります。凍結乾燥後の粉末などでは、少しずつ違った構造が入り交じってしまっているので駄目です。

1H はやはり感度が高い、これに尽きます。しかし、1H どうしの双極子相互作用が邪魔をしてしまい、やはり蛋白質の全ての水素を 1H の状態で計るのはまだちょっと難しい(報告は出ているようですが)。そこで重水素化の登場です。

Sinnige T, Daniëls M, Baldus M, and Weingarth M. (2014) Proton clouds to measure long-range contacts between nonexchangeable side chain protons in solid-state NMR. J. Am. Chem. Soc. 136 (12), 4452-4455.

過去 25 年間に溶液 NMR による立体構造決定で対象となる蛋白質がどんどん大きくなってきたのですが、今回のような論文を読んでいると、つくづくこれはその溶液 NMR の方法論の発展の過程と同じだなあと思ってしまいます。

今回紹介された方法(1H-cloud, 陽子雲?法)では、D2O の M9 最少培地に 2g/L の [2H]-glucose を入れておきます。そして、[13C, 15N] で標識された目的のアミノ酸(例えば、Leu, Val)を 200 mg/L ずつ加えて大腸菌に蛋白質を発現させます。あれ?これは溶液 NMR では選択的標識の際に普通に使ってきた方法ではなかったでしょうか?

一方、1H の数を減らすのに RAP 法と呼ばれる方法も発表されています(Asami, et al. (2010) J. Am. Chem. Soc. 132, 15133 )。この RAP 法では、[2H, 13C]-glucose を培地に入れますが、培地は例えば 10% H2O / 90% D2O のような組成にしておきます(あれ?これも 20 年前によくなされた方法では?)。この方法の方が RAP 法の名前(Reduced Adjoining Protonation)が示す通り、隣り合った水素が 1H どうしとなる確率を減らすことができます。それに対して、陽子雲法では Leu, Val のアミノ酸内で 1H が隣り合ってしまいますし、疎水性コア領域でも Leu, Val がひしめき合っています。そのため、RAP 法の方が 1H の線幅を狭くすることができます。もっとも、陽子雲法でも 1GHz 以上の静磁場で MAS を 90 kHz 以上に回すと大丈夫だそうですので興味のある方はちょっと試してみてください(今回の論文では 60 kHz(@700MHz)程度で回しています。速いですね)。

このように 1H-cloud 法では、1H が特定の希望したアミノ酸のみに偏ってはいるものの、磁化移動は 1H-1H spin-diffusion(溶液 NMR での NOE に相当)などで可能なようです。

一応、代謝過程におけるアミノ酸のスクランブルには注意しないといけません。例えば、Ser, Cys, Gly などは、どれか一つの [1H, 13C, 15N] 標識アミノ酸を入れたつもりでも、3つ同時に混ざってしまうでしょう。どのようなアミノ酸がスクランブルを起こし易いかは Fig. S4 にまとめられています。

ところで、固体 NMR で 1H を FID 検出するとなると水消しはどうするのだろう?と思ってしまいます。溶液 NMR ですと WATERGATE が有名ですが、固体では何と MISSISSIPI という方法があるようです。また、パワーの弱い decoupling には PISSARRO という方法を使うそうです。なんとも面白い命名に笑ってしまいます。

2014年4月16日水曜日

少量の活性化状態をつぶす

2012 年 1 月の RRR-workshop にお呼びした Kalodimos さんですが、今回も非常に面白い論文を出しています。ちなみにギリシャ人とのことです。

Tzeng, S.R., and Kalodimos, C.G. (2013) Allosteric inhibition through suppression of transient conformational states. Nat. Chem. Biol. 9, 462-465.

対象となる蛋白質は教科書の lac-operon に必ず出てくる CAP 蛋白質です。大腸菌内で glucose の量が少なくなってくると、cAMP が増えてきます。すると、これが CAP 蛋白質に結合し、この複合体は lac-operon DNA の制御部位を認識して結合します。すると、RNA polymerase が引き寄せられて lac-operon の転写が on になり、lactose を栄養として利用できるようになるという仕組みです。

野生体 WT の CAP は cAMP 存在下でのみ DNA に付くことができます。一方、CAP*(T127L, S128I) 変異体は、このような effector-分子が無い状態では WT-CAP と同じように DNA に結合できない形を採っているように見えます。ところが、DNA を混ぜてやると cAMP が無いのにもかかわらず DNA に結合します。この謎を明らかにしたのがこの論文です。

実は、CAP*(T127L, S128I) 変異体は、effector-分子が無い状態では DNA に結合できない形(93%)と結合できる形(7%)の間を行き来していることが NMR R2 relaxation displersion の実験から分かりました。この 7% という比率が小さいために、普通に NMR を測定すると、前者の結合できない形ばかりが目立って観えてしまいます。これが上で「WT-CAP と同じように DNA に結合できない形を採っているように見える」と書いた故です。また、この緩和分散法から算出された CAP* の化学シフト値の差は、WT-CAP でのフリー状態と cAMP 結合状態での化学シフト値の差とよく似ています。つまり、CAP* の 7% の構造は、(DNA と結合できる)WT-CAP-cAMP2 の構造と似ていることになります。

この 7% の active 構造が DNA と特異的に相互作用します。DNA をどんどん加えると、平衡により active な構造が常に 7% になるように inactive な構造から補給されますので、cAMP が無い状態でも CAP* 変異体と DNA はどんどん複合体を形成していきます。

しかし、cGMP がつくと DNA に結合できない形だけに固定されてしまうようです。実際、R2 relaxation dispersion が消えてしまいます。すると、DNA を加えても何も起こりません。この仕組みが構造の面から説明されています。

変異により疎水性残基(Leu127, Ile128)が増え、これが他の近くの疎水性残基とともに疎水性クラスターを形成して C-ヘリックスが一巻き長くなるようです。もちろん、長くなった C-ヘリックスをもつ構造は全体の 7% に過ぎません。しかし、これが DNA と結合できる active 構造なのです。

ここに cGMP を入れると、これはこの疎水性クラスターを壊してしまうため、ヘリックスが WT-CAP と同じ長さに戻ってしまいます。そのため、もはや DNA に結合できなくなってしまうのです。

cAMP (cGMP) が付く場所と DNA が付く場所は立体構造の上では離れており、cGMP による DNA への結合の阻害は(付く場所が同じ時の競合阻害ではなく、付く場所が異なる)アロステリック阻害(allosteric inihibition)です。そして、基底状態の構造は何も変えずに(相互作用するという)反応の途中にある一瞬だけ存在するほんの少量の活性状態を不安定化させて無くしてしまうことにより、反応そのものを阻害することができます。

今までの構造生物学的手法では、基底状態の構造がどのように変化するかをおもに観てきました。しかし、ほんの少しの遷移構造をターゲットとすることにより、このようなアロステリック阻害が可能となってくるという事実はたいへん衝撃的です。

2014年4月7日月曜日

上下に揃えて待たせておく

メチル基だけを 13C/1H で標識すると、Methyl-TROSY を使うことができ、高分子でも NMR でそのメチル基の信号を観ることができるようになります。問題は、どのようにしてメチル基を帰属するかです。もちろん、ピークが観えるだけでも、リガンドが付いたかどうか、構造が変わったかどうかなどは分かるのですが。

一つの案は、一つ一つのメチル基を別のアミノ酸に置換していき、2D 1H-13C HSQC での信号の変化を観る方法です。しかし、大きな蛋白質になると、変異体を何十個も作らないといけないことになり、それなりに大変でしょう。

もう一つの方法は、メチル基と 13Ca, 13Cb あるいは、メチル基と 13Co との相関スペクトルをとる方法です。今回の下記の論文は後者の方法を少し改良した内容です。

Tugarinov V, Venditti V, Marius Clore G.A (2014) NMR experiment for simultaneous correlations of valine and leucine/isoleucine methyls with carbonyl chemical shifts in proteins. J Biomol NMR Jan; 58(1), 1-8.

今までは、Val 用のパルス系列と Ile/Leu 用のパルス系列は別々でした。それは、Val は γ の位置がメチル基であるのに対して、Ile/Leu では δ の位置がメチル基だからです。つまり、後者の方が主鎖から対象となるメチル基に至るまでの側鎖の炭素の数が一つ多いのです。

すると、13C から 13C へと同種核の間で磁化(コヒーレンス)移動させていった場合に、もし、Ile/Leu 用パルス系列を Val に適用すると、磁化移動が一結合分だけ行き過ぎてしまうことになります。今回の論文はこの問題を解決しています。

そのためにこのパルス系列(SIM-HMCM(CGCBCA)CO)では、選択的パルスを至るところに使っています。例えば、ある 90度パルスは Val の 13Cα には届かないように工夫がなされています。幸い Val の 13Ca の化学シフトは少し離れているためにこの方法が使えます。これによって、Val の磁化をパルス系列の途中で少し一時停止させておき、Ile/Leu の磁化移動を一段階進めさせるのです。すると、ゴール地点である 13Co にはほぼ同時に辿り着きます。

待たせている間に磁化が緩和するともったいないですので、待機の間は磁化を z 方向に揃えておきます。T2 よりも T1 緩和の方が一般的に遅いですので、これで磁気緩和による損失をかなり抑えられるのです。

そのようなパルス系列ですので、この選択的パルスの長さや強さを間違えてしまうと、うまくスペクトルが出ないことになります。やはり、Tugarinov さんならではのパルス系列なのかもしれません。

なお、メチル基と 13Ca, 13Cb の間の相関スペクトルだけでもかなり帰属が進みますが、やはり高分子になってくると、13Ca と 13Cb の化学シフトが両方とも重なってしまうことがあります。この時に 13Co も手掛かりにできると良いことは、主鎖の連鎖帰属の場合と同じです。

また、13Ca, 13Cb はメチル基の3つの水素(さらに、その他の側鎖の水素)が重水素化されているかどうかによって化学シフト値が微妙に違ってきます。いわゆる同位体シフトです(メチル基には水素が3つありますので、同位体シフトの大きさは3倍になります)。もちろん 13Co も同位体シフトの影響を受けるのですが、 メチル基からは遠いですので、メチル基の水素が 1H か 2H かの影響はほとんどありません。ただし、溶媒が軽水か重水かによって、アミド基の水素が 1H か 2H かの違いが生まれ、これが3結合以内の核(したがって 13Co も入る)の化学シフト値をずらせてしまいますので、溶媒による若干の影響は出てきます。

ところで、各アミノ酸の化学構造および各原子の呼び名はややこしいでしょう。NMR の論文では、下記の命名法に従おうということになっていますので、是非この PDF を PC の中に常駐させておいてください。

Markley JL, Bax A, Arata Y, Hilbers CW, Kaptein R, Sykes BD, Wright PE, Wüthrich K. (1998) Recommendations for the presentation of NMR structures of proteins and nucleic acids. IUPAC-IUBMB-IUPAB Inter-Union Task Group on the Standardization of Data Bases of Protein and Nucleic Acid Structures Determined by NMR Spectroscopy. J Biomol NMR Jul;12(1), 1-23. あるいは Eur J Biochem Aug 15; 256(1), 1-15.

書いたまま途中で放っておいたブログ原稿がいっぱいあります。数ヶ月経つと書いた本人ですらその内容を忘れてしまう有様ですので、なんとか早く日の目を見られるように急いでいるところです。ますます図から遠のいてしまいますが。

2014年4月6日日曜日

毒が溜まってきたら放り出す仕組み

非常にばたばたとした一週間でした。まるで一ヶ月ぐらいがすでに経ったような気分です。気が付くと、もう桜が散りかけており、いつ桜が満開だったのかを覚えていないような状況です。

さて、ダイナミクスが関連したアロステリック効果を解析した論文として、tetracycline repressor(TetR)を採り上げたいと思います。

Reichheld, S.E., Yu, Z., and Davidson, A.R. (2009) The induction of folding cooperativity by ligand binding drives the allosteric response of tetracycline repressor. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. Dec 29, 106(52), 22263-22268.

この同じ号の 22035 ページに、分かり易い解説と図が載っていますので、この図を見ながら論文を読まれると理解し易いでしょう。

リプレッサーは、DNA のオペレータ領域にくっ付く蛋白質で、mRNA への転写を抑えてしまいます。教科書に載っているように、さまざまなリプレッサーがありますが、今回はそのうちの一つです。

リガンド(抗生物質)であるテトラサイクリン(Tc)が無い状態ですと、この TetR の DNA 結合領域はフレキシブルで、DNA にちゃんと相互作用することができます。ここの箇所は感覚的に?と思われるところでしょう。というのは、オペレーターDNA 領域へは特異的に相互作用する必要があります。ところが、TetR のフレキシブルな領域がこの DNA の配列をちゃんと認識するという点が不思議なところです。

生物学的には、テトラサイクリンが菌体内に増えてくると、この TetR が DNA のあるオペレータ領域から外れてしまいます。すると、TetA と呼ばれる蛋白質がたくさん発現してきます。この TetA は膜蛋白質でテトラサイクリンを細胞外へ排出する役目を持っています。

Tc が TetR にくっ付くと、この Tc 結合部位と DNA 結合領域との間に立体構造における協同性が生じ、この DNA 結合領域が rigid(安定状態とも書かれています)になります。その時に DNA を掴む二つの手の幅が major-groove の幅よりも広くなって固定されてしまうため、DNA にもはやくっ付けなくなってしまうのだそうです。ちなみに TetR はホモ二量体で、それぞれに DNA を掴むための手が一本ずつありますが、両手でないとうまく掴めないようです。

Tc が付く場所と DNA 結合領域とはもちろん距離的に離れています。ただし、両者は疎水性残基のコアを通して結ばれています。もし、Tc が無いと、この疎水性コアのパッキングがゆるゆるになってしまい、ちょうど車のクラッチが外れたような状態になります(エンジンを回せど車輪は回らない)。一方、Tc が付くと、緩くなっている原因の隙間が埋まり(オイルサーディンがあの缶かんの中に隙間なくびっしりと詰まった状態に同じ)、クラッチが繋がったような状態となって、遠く離れた DNA 結合領域にまで構造的な(ダイナミクス的な)変化が伝わるのでしょう。缶の中から真ん中辺りに寝ているミニサンマを一匹取り去ってしまうと、もう右端のサンマを突っついても、左端のサンマは動かないのと同じですね。

少し前に MWC-モデルをご紹介しました。そこでは R 状態と T 状態の2状態の間で平衡があり、effector 分子が付くと、その平衡がどちらか(その effector 分子がくっ付きたい方)に偏るのでした。今回の TetR の例はこれとは全く異なるようにも見えますが、実際にはリガンドが無いフレキシブルな状態(多形状態)を T 状態に、リガンドが付いた静止状態を R 状態に置き換えると似た現象を示しているのかもしれません。ただし、リガンドが付いていないアポ状態が disordered(特定の構造を採らない、つまり、多形でフレキシブル)だと、この allosteric 効果が大きくなることは、少し前の HT-モデルで示しましたのでご覧ください。