2017年12月21日木曜日

細胞核の作り方


Chaikeeratisak V, Nguyen K, Khanna K, Brilot AF, Erb ML, Coker JK, Vavilina A, Newton GL, Buschauer R, Pogliano K, Villa E, Agard DA, and Pogliano J. (2017) Assembly of a nucleus-like structure during viral replication in bacteria. Science 355(6321), 194-197. doi: 10.1126/science.aal2130.

バクテリオファージが細菌に感染し、その中でまるで核のような構造物を作ったそうです。そのファージは、感染するとその「核もどき」の中に自身の DNA を閉じ込めました。さらに、チューブリンのような蛋白質も作って、核もどきを宿主細菌の中央付近に移動させます。核もどきは「蛋白質」で出来ており今の核膜とは成分が違いますが、その中で DNA 複製、組み換え、転写を行うそうです。そして、キャプシド蛋白質などの翻訳は核もどきの外側、つまり宿主の細胞質内で行います。この様子は今の真核生物の細胞核にそっくりです。この論文の題名で YouTube に動画も出ています。

今の核膜は小胞体から出来ているとされていますが、そもそも核膜がないと、たいへんなことになってしまいます。真核生物の mRNA はスプライシングを受けてイントロン部分が除かれる仕組みになっています。スプライソソームによるスプライシングは大変時間のかかる過程だそうで、翻訳がだいたい1分以内で終わるのに対して、スプライシングは数分も時間がかかるそうです。これを核膜で囲まれた領域で行わないと、リボソームがすぐに(premature 状態の mRNA のまま)翻訳を開始してしまい、そのためイントロン部分までをも翻訳しようとしてしまいます。

細胞内共生説

古細菌(or それに似た細菌)に好気性の α プロテオバクテリアが入り後にミトコンドリアに、さらに後でシアノバクテリアが入り後に葉緑体になったとされています。

真核生物のスプライシングは、ミトコンドリアに見られる自己スプライシング型イントロンと原理的なところで似ています。古細菌が今のミトコンドリアを内部に共生させた時に、ミトコンドリアから、あるいはそれが古細菌の中で死んだ時に、ゲノム断片がたくさん細胞内に溢れました。そこで、それらの中の可動性イントロンが宿主の DNA に水平伝播しました。「生命, エネルギー, 進化(ニック・レーン 著,‎ 斉藤隆央 訳)」では、宿主のゲノムが大量の可動性イントロンに襲われたと表現されています。また、ヒトの DNA の 40% は、過去に感染した RNA ウィルスのレトロトランスポゾンだとも言われています。

そこで、それらのイントロンを除くためのスプライシングが確実に終わってから翻訳が始まるように、核膜で自身のゲノムを囲むようになったのですが、問題はどのようにして核膜ができていったかです。「生命, エネルギー, 進化」では、小胞体膜が自然にゲノムを囲んでいったと推測しています。一方「生物はウイルスが進化させた -巨大ウイルスが語る新たな生命像-(武村政春 先生著)」では「細胞核ウイルス起源説」を押しています。

細胞核の起源として、ウィルスを挙げています。ある種のウィルスは宿主細胞内にウィルス工場を作りますが、それが真核細胞の核と様子がそっくりなためです。たまたまウィルスに襲われてウィルス工場の中に自分自身の DNA が入ってしまった細菌のみが、スプライシングと翻訳を分けることができ、生き延びていったと推測しています。特にポックスウィルスの場合は、ウィルス工場の敷居が宿主の小胞体由来だそうで、ますます細胞核にそっくりです。

また「生物はウイルスが進化させた」には非常に面白いことが書かれていました。ウィルスを配偶子に見立てている点です。ウィルスは宿主に感染し、その DNA or RNA を宿主のゲノムに紛れ込ませてしまいます。同じように精子も卵に入り、その両者の DNA を融合させます。ウィルス感染した宿主細胞はせっせと蛋白質を作って新たなウィルスを作り、それらが拡散していきます。同じように、生物も成長してからまた新たな配偶子を作って子孫を増やしていきます。この相似ははじめは偶然あるいは無理やりのように見えます。しかし、最近 tRNA やアミノアシル tRNA 合成酵素の遺伝子まで(不完全ですが)持った巨大ウィルスが発見され、これらのウィルスは(翻訳はしないという)これまでのウィルスの定義を覆しかねません。ウィルスとは何か?を考えた時に、もしかすると、配偶子の祖先であったり、細胞核の祖先である可能性は高いのではないかと思わせる一冊でした。その証拠を本から抜粋していくと大変な量になってしまいますので「何を寝ぼけたことを言っているのか?」と思われる方は是非ご一読お勧めいたします。

2017年12月11日月曜日

メチル基をあえてくっ付ける

大きな蛋白質を NMR で解析する際の問題点は、R2 横緩和が大きくなり過ぎて信号がすぐに減衰してしまう、つまり、フーリエ変換後のピークがブロードになってしまうことです。しかし、13C メチル基を Methyl-TROSY 法で検出すると、数百 kDa の大きさでも十分に観えてしまいます。すると、次の問題点はどうやってそのメチル基を帰属するかにかかってきます。もし、蛋白質が 50 kDa ぐらいの大きさで、HNCACB-TROSY などで主鎖や 13Cb ぐらいまでを帰属できていれば、メチル基と 13Cb の化学シフト値の相関をとることにより何とか帰属が可能でしょう。しかし、主鎖の帰属が難しい程の大きさになってくると、今のところ次のような方法が採られています。

1)メチル基どうしの NOE ネットワークを利用する。ソフトが幾つか出ています(FLAMEnGO)。
2)金属などをつけて常磁性緩和促進 PRE、pseudo-contact-shift を利用する。
3)ドメインに分割していく。
4)頑張って変異体を作る。

(1,2)は X 線結晶構造を利用することになります。(3)はドメインにばらばらにしても unfold しないような蛋白質に巡り合う幸運が必要でしょう。4)がこれまた大変です。

Religa, T.L., Ruschak, A.M., Rosenzweig, R., and Kay, L.E. (2011) Site-directed methyl group labeling as an NMR probe of structure and dynamics in supramolecular protein systems: applications to the proteasome and to the ClpP protease. J. Am. Chem. Soc. 133(23), 9063-9068. doi: 10.1021/ja202259a.

この論文では「I, L, V, M, A, T などの検出部位をたくさん作ることももちろん有効ではあるが、たった1個、重要な箇所を検出するだけでも問題が解決する場合がある」と書かれています。その1つの方法として、メチル基を目的の場所にくっ付ける方法を提案しています。他にも、ちょうど Histon-tail の化学修飾のように、13C メチル基を Lys 側鎖に付ける方法もあります(服部さん、大木さんの論文)。

この論文では、メタンチオスルフォン酸-S-メチル(MMTS)を蛋白質に加え、Cys の側鎖にくっつける方法が提案されました。昔からいろいろな生化学の実験(14C 標識体)で使われてきた方法ですが、今回は MMTS を 13C で標識して大きな蛋白質にピンポイントで付けて、その箇所(MTC, S-MethylThioCysteine)を観測することを目的としています。MMTS が Cys にくっ付いた後は Met とよく似た化学式になります。違いは、Cg が Sg になる、S-S が入るので動きが少し硬くなる、MTC の 13C-1H3 のピークは Met の 13C-1H3 ピークよりも左下に来る(1H/13C ともに低磁場側に移動)とのことです。

Met は他の I, L, V などと比べ、もともとフレキシブルです。そのため、ピークの線形がシャープで、構造交換や相互作用交換によるピークのブロード化を受けにくいという特徴があります。Met を 13C で標識する方法もかなり有効でよく見かけますが、試薬である [13C]-Met は重水素化されていない場合が多く、1Hb, 1Hg などにプロトンが残ってしまい感度を下げてしまうという欠点があります。メチル基の 1H スピンと 1Hb, 1Hg スピンとが spin-diffusion を通して flip-flop してしまうため、methyl-TROSY 効果がなくなるためです。具体的には M9 重水培地 1L に 100 mg の [13C]-Met を IPTG によるインダクションの1時間前に入れます。したがって Met の側鎖には 1H が残ってしまいます。

著者らは、この方法を 180 kDa のプロテアソーム(α7-ring のみ)に適用しました(温度 25 度)。蛋白質の母体を重水素化すべきかどうかについてですが、もし重水素化しない場合には、メチル基の TROSY 効果が落ちます。彼らの分析によると、溶媒露出度 30% のメチル基ではピーク強度が 1/2 に、溶媒露出度 4% のメチル基ではピーク強度が 1/4 に落ちたそうです。後者では周りにたくさんの 1H があるため、メチル基の 1H スピンが周りの 1H スピンとフリップフロップを起こしてしまい、methyl-TROSY 効果が落ちるのです。また、いわゆる 1H-1H 双極子相互作用による緩和も増してしまいます。さらに埋もれているということは、フレキシビリティーも落ちます。とは言うものの、もう一つの下記に紹介した論文のように、重水素化蛋白質の大量調製が難しい場合には、仕方なく 1H 化蛋白質を使っても観測がなんとか可能であれば、これはすごいと思います。

昔、常磁性金属を蛋白質に付けて静磁場中で配向させるため、メタンチオスルフォン酸-EDTA を蛋白質のシステインによく反応させました(懐かしい、何十年前?のことやら)。反応効率はかなり高かったです。この論文でも、アミコンなどの限外濾過を使って、まずは蛋白質の溶媒から DTT などの還元剤を抜き、それから 1.5 倍等量の試薬を加えただけです。ちゃんと露出した Cys にだけ反応したようです(内部に埋もれた Cys はそのままだった)。ここでは 4度で一晩も反応させていますが、どうも露出した Cys どうしがジスルフィド結合を形成して凝集してしまうことを避けるためのようです。確かに Cys への変異体でもっとも注意しないといけないことは、分子間(サブユニット間)の非特異的なジスルフィド結合です。精製途中では大量の DTT を入れ続けることによって、これを防げるかもしれません。しかし、いざ MMTS と反応させる際には、DTT を除かないといけません。そこで、さらに EDTA も加え(反応の触媒となる金属をキレートする)、脱気して酸素をできるだけ除いています。

それでも 40 度で一晩測定すると、1割ほどの MMTS が外れ、代わりにサブユニット間でジスルフィド結合を組んだ二量体が外れてきてしまったようです。このような反応は、S-H と S-S の間の交換で起きますので、ここのプロテアソームのゲート部分のようにフレキシブルで S-S が7個もお互いに寄り集まり合っている場合には起きやすい、普通の蛋白質のように MTC の濃度が局所的には高くないケースではそれほど問題にはならないだろうと書かれています。ちょっと立体障害が問題となりそうですが、[13C]-N-ethylmaleimide を使えば、簡単には外れないそうです。

ちなみに下記のもう一つの論文は、まだ出来立てのほやほやですが、重水素化されていない蛋白質で [13C]-MTC を検出しています。ナノディスクに入れての分子量が 240 kDa とのことです。もちろんドメイン同士のフレキシビリティーも考慮に入れないといけませんが、かなりの高分子量でも観測が可能になってきました。

Galiakhmetov, A.R., Kovrigina, E.A., Xia, C., Kim, J.P., and Kovrigin, E.L. (2017) Application of methyl-TROSY to a large paramagnetic membrane protein without perdeuteration: 13C-MMTS-labeled NADPH-cytochrome P450 oxidoreductase. J. Biomol. NMR doi: 10.1007/s10858-017-0152-3.

ちなみに「(日本生化学会編)新生化学実験講座 タンパク質 IV(東京化学同人)」には、MMTS 試薬を蛋白質の 0.5〜4.0 倍モル等量いれて、4度で 30 分間反応させると載っています。その後、ゲル濾過、限外濾過へと続いています。DTT や 2-メルカプトエタノールを作用させると外れたとのことです。

2017年12月3日日曜日

金より鉄が重要

いつもドーキンスさんの本は難しいなあと思いながら読みますが、この「盲目の時計職人(早川書房)」は他の著書に比べると読み易いのではないかと思います。ただし、理論を展開していくのに、やはりさまざまな仮定や検証などが入り混じってきますので「これまでの数十ページは、結局はこの一つの結論を引き出すための前提に過ぎなかったのか」といった状況があちこちに出てきます。

1986 年に出版された本ですので、もしかすると今では間違えている箇所もあるかもしれません。現代生物学をもっとしっかりと勉強していたら「この箇所は今は否定されている」などと分かるのですが。一応、ちゃんとした教科書である Molecular Biology of the Cell やニック・レーンの最新本などとも読み比べてみました。ざっと読んでみた限りでは大丈夫そうに見えました。

ダーウィン主義とは

目のような精巧な器官は、一瞬に完成品として出来上がらないと何の意味もないと大昔から主張されてきました。例えば、レンズはあるけれども網膜のないような目では何の働きもしないので、そもそも自然淘汰が起こらないとする説です。しかし、このような物が偶然に急に出来上がることは不可能で、その確率はまるで、猿がでたらめにタイプライターを打っていたらたまたまシェークスピアの文章が出来上がってしまった、あるいは、ガラクタ部品を無造作に投げていたら、たまたま空飛ぶジェット機になってしまったようなものです。したがって、眼を含めて生物は神様が作ったと。

しかし、それは間違いで、目のような精巧な器官でも、太古の昔から遺伝子がランダムに少しずつ突然変異し、たまたま親よりもほんの少しだけ生存に有利な子ができ、それが繁殖に有利になるといった淘汰を何世代も非常に長い間くり返した結果、徐々に出来上がったとしています。今の目のような精巧な器官ではなく、単に光をちょっとでも感知できる程度の光受容細胞から出発したのかもしれません。突然変異で親よりもほんの少しだけ光を感知できる子が生まれれば(ちゃんとした像は結んでいなくても)、その子が敵にほんの少しだけ襲われにくくなり、その変異遺伝子が進化遺伝子として更なる子孫に伝わっていきます。伊庭斉志先生著の「進化計算と深層学習―創発する知能」という本に、この目の進化をシミュレーションした話が載っていましたが、たったの 50 万年で今の目にまで進化してしまうという結果になったそうです。50 万年は生物の数十億年という歴史を1年に例えれば、たったの 1, 2 時間程度の短さでしょう。昆虫のナナフシでも、少しでも周りの木の模様や形に似た個体が鳥に食べられないで生き残り(その有利になる確率が1億分の1程度であったとしても)、子孫にその変異が進化として伝わっていったとしています。つまり「累積的淘汰」であって「一段階淘汰」ではない。

ただし、最初からこのような精巧な物を作ろうという目的があって、進化を進めている「時計職人」がいたわけではない。進化はどの方向に進んでいるのかは、進化を生み出している時計職人にすら分からない。むしろ目指す目標が見えていない状態(つまり、盲目の状態)で進化が進んだとしています。

コウモリは(超)音波を使って周りの物体を視ていますが、それも急に出来上がったわけではありません。また、コウモリ以外でも鳥類、鯨などにもエコーロケーション(ヤマビコを使って位置を認識する)が見られ、これらが独立に進化した結果、お互い似た状態に収斂進化しました。同じような収斂進化の例として、エイのように平べったく海底にへばりつくサメ系魚類とカレイのように横になって海底に寝る魚類が挙げられます。よって、時計職人は盲目ではあるが、後で蓋を開いて見てみると、お互いによく似た精巧な時計を幾つか仕上げてしまっていました。これは弱肉強食という自然の厳しい淘汰を考えると、当然のような気もします。やはり「一段階淘汰」ではなくて「累積的淘汰」が正しい。

とはいえ、ニック・レーンの本を読むと、ナトリウムポンプ、フェレドキシンなどの蛋白質が突如として出てきます。それまでの「アルカリ熱水排出孔にプロトン勾配ができて」云々の箇所はかなり納得できるのですが、その後、これらの蛋白質を作るには当然のようにあの巨大で複雑なリボソームも必要であったに違いありません。これらも全て累積的淘汰を通して出来上がってきたはずなのですが、さらに DNA/RNA 複製に関する酵素も必要でしょう。一体どのようにして、アミノ酸レベルから始まり徐々にではあるが、あのような複雑で精密な立体構造をもつ蛋白質に辿り着いたのか、それもアルカリ熱水噴出孔の細胞の原型ができるかできないかの時期に。これらの途中経過も含め想像するのが難しいです。もし最初にリボソームが既に存在していれば、そこからどんどん蛋白質が生まれていくのでまだ理解しやすいのですが、あのリボソームはどのようにして最初に出来上がったのだろう?と思っていたら、6章にその問題が載っていました。

Molecular Biology of the Cell によると、まだ自分自身を複製することができる RNA 配列は見つかっていないようです。しかし、RNA はリボソームにもたくさん含まれており、それらが触媒反応の中心を司るなど、遺伝子としての働きと酵素としての働きの両方を持っています。それゆえに何種類かのリボザイムも実際に見つかっています。したがって、もし、RNA が生命の起源であっても不思議ではありません。しかし、ドーキンスの6章には、最初に自己複製子として働いたのは粘土のような無機結晶ではないかと書かれています(原始スープは、この本でも起源としては否定されています。しかし、原始スープもその後の材料となる有機物を作るために寄与したように思います)。その後に、無機結晶による自己複製が RNA による自己複製に乗っ取られたとしています。

無機結晶が果たして自己複製するのか、また、少しずつ変異して、それが有利に働く場合には複製先にもコピーされるのか(つまり進化するのか)と思ってしまいますが、6章ではそれがあり得ると説明されています。まあ、RNA のような有機物質は OK で、無機物質は駄目と決めつけてしまうのも変なのですが、どうもこの辺りはなかなか理解しがたいところでした。有機物質と無機物質の違いは、前者が炭素を含んでいるが、後者は含んでいない点です。ところが、周期律表では珪素 Si は炭素 C のすぐ下にあり、炭素の代わりに珪素が中心の生物がいても良かったのではと言われています。珪素といえばすぐに思いつくのが岩石などの結晶であり、またコンピュータのチップでもあります。とすると、コンピュータには遺伝子的要素があることから、無機結晶にも遺伝子的性質があってもよいのでしょう。有機物質だけが遺伝子的要素をもっていると決めつけてしまうのもまた先入観なのかもしれません。

実はその後ニック・レーンの「生命、エネルギー、進化」を読んでいくと、ここでもアルカリ熱水排出孔の岩の壁に、鉄硫黄(Fe-S)の今で言うところの半導体ができ、それが酵素反応を司ったのではないかと書かれている箇所に来ました。Ni も含め Fe-S のクラスターは、光合成や呼吸系の蛋白質(フェレドキシンなど)に今でも見られ、かなり太古の昔に作られたことが分かります。ニック・レーン本では、この Fe-S そのものが遺伝子的な役割を果たしたとは書かれてはいませんが、生命のスタートとして無機物質が大きな役割を果たしたことは確かなようです(また別の所でご紹介します)。

2017年11月11日土曜日

すぐにナノディスクへ

先日はナノディスクについてご紹介しました。もし、無細胞でのタンパク質合成系(cell-free protein synthesis system)が使えれば、リボソームでペプチド新生鎖が翻訳されて出てくると同時にナノディスクに入れて同時にフォールドさせるという方法も採れます。前回も含めこれまでの方法では、対象とする膜蛋白質はナノディスクに入れる前に一旦は界面活性剤(detergent)にまぶしておく必要があります。しかし、もしその膜蛋白質が detergent に弱ければ、その時点でアウトになってしまいます。今回の方法では、detergent でまぶす過程を無くしています。生体内では膜蛋白質が膜に組み込まれる際には translocon のような複合体の助けがあります。しかし、この実験では translocon を使っておらず、どのようにして膜に組み込まれるのかについては、まだよく分かっていないのだそうです。

O. Peetz, E. Henrich, A. Laguerre, F. Löhr, C. Hein, V. Dötsch, F. Bernhard, and N. Morgner (2017) Insights into cotranslational membrane protein insertion by combined LILBID-mass spectrometry and NMR spectroscopy. Anal. Chem., DOI: 10.1021/acs.analchem.7b03309.

これも出来立てのホヤホヤで、まだページ数が割り当てられていません。

結果として、これはホモ多量体の膜蛋白質の場合ですが、最初の単量体サブユニットが膜内に入った後それがフォールドして、あるいはフォールドしながら2個目のサブユニットを引き寄せるといった協同性(cooperativity)が見られたそうです。つまり、まずは膜の外で複数のサブユニットが寄り集まって、事前に多量体としてちゃんとフォールドしてから一斉に膜に入っていくのでは*ない*ということです(日本語は結論である not が文末に来るのでややこしい)。また、それぞれのサブユニットが独立に同じ確率で膜に入っていくのでもない。むしろ二個目、三個目と進むほど、すでに入ったサブユニットに引き寄せられるかのように、次のサブユニットが膜に入っていくということだそうです。

ナノディスクは、下記の Wagner さんの論文を参考にしています。足場蛋白質の長さをいろいろと変えて、ナノディスクの直径を変えられます。

Franz H., et al. (2013) J. Am. Chem. Soc. 135 (5), 1919–1925. DOI: 10.1021/ja310901f

まず、5,6量体であるプロテオロドプシンを解析しています。ナノディスクのモル比を下げるほど(例えば 1/6 モル比)、一つのナノディスクに含まれるサブユニットの数が増えたそうです。このことから、プロテオロドプシンは事前に5,6量体を形成してからナノディスクに一緒に入るのではないだろうと推測しています。もし一緒に入るのならば、いつでも条件に関わらず5,6量体となるはずです。さらに、ナノディスクのモル比の方が 1.2 倍ほど多くなるように混ぜても、結果として二量体の形で組み込まれており、多くのナノディスクが空として残るという偏りが観られたそうです。もし、均等に同じ確率で入るのであれば、むしろ単量体が入ったナノディスクがもっと増え、空のナノディスクはもっと少ないでしょう。これは、最初にナノディスクに入ったサブユニットが二個目を誘き寄せるという協同性があることを示しています。

Polysome と呼ばれるように mRNA にはリボソームが数珠つなぎに並んで、ちょっとした渋滞?を引き起こしています。例えば Essential Cell Biology 4th ed. の Fig. 7-39 にその様子が載っています。mRNA の 3' 末端に行く程リボソームが古く、そこには長いポリペプチド新生鎖が繋がっていて、それはすでにナノディスクの中に入り込んで fold を終えるところかもしれません。そのリボソームのすぐ後ろには次のリボソームがほとんど追いついていて、そこから伸びたポリペプチド鎖は、今やナノディスクの中に引き込まれようとしています。それは、最初のサブユニットが次のサブユニットに対して相互作用部位をチラつかせるためでしょう。もし、二個目のサブユニットが逆さまにナノディスクに入ってしまったら、中で 180 度回転して正しい向きに直っているかもしれません。また、次のリボソームが遠く引き離されてしまっていれば、そこから伸びたポリペプチド鎖は独立に新しいナノディスクに入ってしまうかもしれません。もし、ナノディスクがモル比でいっぱい有り過ぎると、どうしても独立に単量体としてナノディスクに配置してしまう確率が増えてしまうでしょう。

Scaffold 蛋白質を 13C で標識しておき、13C-NMR を測るとナノディスクの濃度が得られます(13Co で測定)。さらに 31P-NMR を測ると脂質の濃度が得られます。後者を前者で割り算すると、一つのナノディスクに入っている脂質の個数が分かります。その結果によると、蛋白質がナノディスクに組み込まれる際に、その体積(面積?)分の脂質は跳ね除けられて飛んで行ってしまうようです。まあ、満杯の風呂桶に浸かると、水が溢れてしまうようなものです。

ところで、LILBID-MS という質量分析法が出てきて困ってしまいました。フランクフルト大学(別名:ゲーテ大学)(Morgner 研)で猛威を奮っているのですが、国内では関連する HP が見つからないのです。どうも、今回のような膜蛋白質などを壊さないでイオン化して TOF-MS などで測る一種の native-MS 法のようです。そのような意味では、MALDI と似ているのかもしれません。

混乱した原因の一つに訳語があります。Laser-Induced Liquid Bead Ionization Desorption mass spectrometry と載っていることが多いのですが、bead が beam になっている説明も時々出てきます。最初は beam だったそうです。つまり、蛋白質試料を HPLC ポンプなどを使って溶液ビームの形で真空中に細く噴出させ(径 10 μm)、そこに水の O-H 振動周波数の赤外レーザーを当てると水滴が爆発膨張して?(事前に作られている?or その時に作られる?)イオンを脱離させる。溶媒のかなりがこの時に蒸発するのでしょうか?イオンは、ちょっとだけ水和した状態で溶媒から脱離するようです。溶液ビームでサーチすると、X 線自由電子レーザーでの試料の噴射の説明などが出てきますので、そのようなイメージなのでしょうか?ビームという言葉がレーザに関するものと勘違いしてしまい、かなり混乱してしまいました。実は水鉄砲のことでした。

ところが、今は droplet(水滴)にしてレーザ光線に当てるそうで、そのために bead という単語に置き換えられつつあるのだとか。。。水滴にした方が量が少なくて済むのでしょう。イオンはあまり荷電されていないそうです。それにアニオン(負電荷)が多そうです。弱いレーザを使うと非共有結合が保たれたまま飛んでいきます。もちろん、レーザのパワーを強くすると、対象分子の疎水的相互作用、水素結合、静電的相互作用などは壊されてバラバラになってしまいます。それはそれで、構成サブユニットが分かって良いのですが。例えば、今回のようにナノディスクの中に何量体が組まれているのか?などを探るのに向いています。また、塩や界面活性剤に対しても強いそうです。とは言え、今回の実験では、50mM 酢酸アンモニウム pH 6.8 を使い、脱塩スピンカラムで溶媒交換したようです。Blue-native PAGE と組み合わせると面白いとも書かれていました。ゲルのバンドから切り出して LILBID-MS にかける場合、1 MDa の蛋白質でも 30 pmol = 30 μg ほどで検出できるそうで、これは NMR の必要量の 1/100~1/1,000 ぐらいに相当します。話があやふやで、どうもすみませんでした。

足場?ベルト?

膜蛋白質は脂質二重膜に埋め込まれています。脂質(アルキル鎖)部分と接している蛋白質の表面は疎水的であるため、蛋白質を(脂質の成分を混ぜずに)水溶液のままで解析しようとすると、その疎水性部分どうしで引っ付いて凝集、沈殿してしまいます。この現象は、餃子油が酢醤油の中でひとりでに集まるのと同じ物理原理によります。そこでよく使われる試薬が界面活性剤(detergent)です。界面活性剤が蛋白質の疎水性の表面にうぶ毛のように生えて?疎水性の部分を覆ってしまいます。そして界面活性剤の頭の親水性の部分が表面に露出するような形となり、全体として水に溶けます。

界面活性剤はアルキル鎖の尻尾の部分が短く、しかも一本だけですので、リン脂質二重膜の成分と比べると低分子量です。そして、界面活性剤だけですと、くるんと湾曲して球状ミセルになってしまいます。逆に尻尾が長く2本あると、これは界面活性剤とは呼びませんが、湾曲せずに二重膜の形をとりつつ広く拡がっていきます。このようにミセルは脂質二重膜の環境とはちょっと違ってしまうのですが、その低分子量さゆえに NMR や X 線結晶構造解析を含む構造解析でよく使われます。ちなみに電気泳動でよく使う SDS(Sodium Dodecyl Sulfate)も界面活性剤です。洗剤もです。今回の論文に出てくる、DPC(Dodecyl Phospho Choline), DDM(Dodecyl-D-Maltoside)も界面活性剤に入ります。SDS は蛋白質を変性させてしまう傾向が強く、しかも負電荷を持っているので、SDS-PAGE 電気泳動に使われます(変性して長く伸びたポリペプチド鎖に SDS が万遍なくまぶされ、プラス電極の方に引っ張られていきます。この均等にまぶされているということが重要です。もしある蛋白質だけ特別に SDS がたくさんくっ付いていると、高分子であるにもかかわらず SDS-PAGE で他よりもよく流れるといった現象が起きてしまいます)。一方、DDM は電荷をもっておらず、蛋白質に対してちょっと温和です。

しかし、別の問題も生じてきます。界面活性剤がリガンドをも覆ってしまい、観たい受容体との相互作用が消えてしまうかもしれません。また、相手方蛋白質が水溶性であれば、界面活性剤はこれを unfold してしまうかもしれません。そのようなわけで、もう少し脂質二重膜の環境に近い状況を作ろうというわけでミニバイセル(small bicelle)が使われます。しかし、大きさが小さい場合は NMR できれいなスペクトルを見せますが、縁の界面活性剤成分と両面のリン脂質成分が速く交換してしまい、純粋な脂質二重膜を模倣しているとも言い切れないそうです。

Chih-Ta Henry Chien, Lukas R. Helfinger, Mark J. Bostock, Andras Solt, Yi Lei Tan, and Daniel Nietlispach (2017) An adaptable phospholipid membrane mimetic system for solution NMR studies of membrane proteins. J. Am. Chem. Soc. 139 (42), 14829–14832. DOI: 10.1021/jacs.7b06730

そこで注目を浴びているのがナノディスク(nano-disc)です。成分はリン脂質でできており、円盤の周りにベルトの働きをする蛋白質が紐のように取り巻いています(apolipoprotein A1 など)。そのため、円盤の淵を囲むための界面活性剤が要りません。この周りの蛋白質は論文ではよく scaffold 蛋白質と書かれています。しかし、この scaffold という単語は、どちらかといえば「工事現場のビルの周りに建てられている足場(よく台風で飛んでいってしまってニュースに出る板と金属パイプ)」です。この単語がナノディスクにおける足場をうまく表していないこともないのですが、むしろ「ベルト」と表現した方がニュアンスに合っているような気がします。

早速、次のキーワードをグーグル画像検索に入れてみましょう。それぞれの構成がよく分かります。

画像検索「nanodisc bicelle micelle membrane protein nmr」
画像検索「scaffold」

ナノディスクでも問題となるのは、やはりその大きさです。NMR での観測のためには、できるだけ小さな分子量にしたいので、短めの scaffold 蛋白質を選びます。しかし、短くし過ぎて膜蛋白質がちゃんとディスクの脂質二重層部分に埋め込まれていないという事態も起こり得ます。いずれにしても、1つの系を成功させるためには、さまざまな条件をスクリーニングして、その蛋白質にもっとも向いたナノディスクを探すことになります。

今回のこの論文では、saposin-A(スフィンゴ脂質活性化蛋白質)を使っていろいろな大きさにできるナノディスクを紹介しています。Saposin-A はこれまでにもいろいろな論文に登場してはいるのですが、ちょっと勉強不足のため、今回の論文との差異をよく理解しておりません。何個かの saposin-A 蛋白質が、それぞれの頭と尻尾でつながってベルトを形作ります。個数を多くすると長くなり、大きな円周のナノディスクを作ることができます。このようにサイズを自由自在に?変えられる点がアピールポイントとなっているようです。

画像検索「saposin-A LDAO」

Saposin-A 蛋白質ですが、pH 4.8 ですと不安定で水に溶けません。しかし、逆にリン脂質である DMPC とはかえって相性がよく、そのままでナノディスクを作ってしまいます。一方、中性付近の pH ですと、saposin-A 蛋白質は閉じた状態で安定化してしまうため、そのままでは DMPC と相互作用しません。そこで界面活性剤である DDM を先に混ぜておきます。DMPC も DDM と混じることにより溶けやすくなります。DDM は saposin-A 蛋白質を開いた状態に、つまり、DMPC を囲みやすい状態にします。そして、界面活性剤をトラップするビーズに通して DDM だけを取り除いてやると、DMPC の周りに saposin-A 蛋白質がベルトのように巻きついたナノディスクが出来上がるのだそうです。2種類できあがり、小さい方のディスクは Sap-A : DMPC = 3 : 42、大きい方のディスクは Sap-A : DMPC = 4 : 180 のモル比だったそうで、なにげなく論文の図のような円盤を想像することができます。

実際の膜蛋白質との複合体についてですが、DPC-ミセルで可溶化させた膜蛋白質 OmpX といっしょに混ぜてナノディスクを作ると、上記の小さい方のナノディスクに OmpX が埋まった形になったそうです。ロドプシン(26.4 kDa)で調べたところでは、ミセルの方がきれいに観えています。しかし、実はミセル型は単量体で、今回の salipro 型は二量体になっているそうです(saposin-A 4本から成るナノディスク1個にロドプシンが2量体で埋まっている)。そのため、後者の分子量は 200 kDa に及び、さすがにこの高分子量で重水素化していないのであれば、それほどきれいには観えないでしょう。

また、GPCR であるアドレナリン β1 受容体も試しています。そして、アゴニストであるイソプレナリンとの相互作用を観ています。受容体はメチオニンのメチル基のみを 13C で標識しています([13Ce]-Met を Sf9 細胞の培養培地に入れている)。一般的にメチル基は NMR で非常に感度が高いですので、高分子量の蛋白質でしばしば観測の対象とされます。中でも Met はいろいろな意味で観測しやすいです。

ナノディスクに埋め込みたい蛋白質は、事前に界面活性剤(0.5-1.0% DPC や DDM)でまぶして可溶化しておきます。そして、ナノディスクを作っていく過程でいっしょに混ぜておくと、80% 以上の蛋白質が出来上がりつつあるナノディスクに埋め込まれていくように読めます。次回は、界面活性剤で事前に蛋白質をまぶさないで、ナノディスクに埋め込む技法を紹介したいと思います。

2017年9月17日日曜日

永遠に鎖のように

生体内の蛋白質には「対称性をもった同種多量体 homo-multimer の蛋白質」がたくさんあります。例えば、ある軸周りに 180 度回した時に(見かけ上)元と同じ形になれば、2回回転対称と呼びます *。そのような多量体はしばしば更に重合していって巨大な超分子重合体 supramolecular assembly を作りやすいとのことです。これには遺伝子を節約できるという利点があるのかもしれませんが、実際に進化の過程でこの対称性のある多量体が超分子重合体のユニットとして優先的に選ばれてきたのかどうかについては不明のようです。

* 例えば同種二量体(homo-dimer)では、ある軸の周りに 180 度回転させると、基本的には元と同じ形になります。そのようにならないパターンも考えられなくもないですが、その場合は鎖のように永遠に伸びていくパターンになります(....BBBBBB....)。なお、鏡像関係とは異なりますので、ご注意ください。もし、左のサブユニットが L-体アミノ酸からなり、右のサブユニットが D-体アミノ酸からなると、鏡像関係にある二量体となりますが。

ここに、同種多量体として働いている酵素蛋白質があったとします。ひとたびその多量体の表面に変な変異が起こると大変なことになります。その対称性ゆえに変異の位置も対称的に配置されます。たとえば変異により同種二量体 homodimer の表面に Cys が生じたとします。すると、その Cys はちょうど両端に1こずつ存在して、まるで手をつなぐように次々と二量体が連結していくことになるかもしれません。

鎌状赤血球は、たった一箇所のグルタミン酸(Glu-6)がバリンに換わるだけの変異(E6V)によるものですが、そのためにヘモグロビンが重合してしまいます。ヘモグロビンは、完全ではないのですが四量体です。四量体になっている大きな理由は、4つのサブユニットに酸素が次々とより強く吸着するようにするためです(1つ目の酸素より2つめ、2つ目より3つ目というように、だんだんと親和性が高くなります。これを正の協同性とよび、そのお陰でヘモグロビンが肺で一気に酸素を掴めるのです。逆に毛細血管では一気に酸素を放出できるのです)。鎌状赤血球をもった人はマラリアに罹りにくいので、この変異が人の進化の歴史の中で長く保存される結果となりました。しかし、たった一箇所の変異により、このような超分子重合体ができてしまうのは、ヘモグロビンにたまたま限ったことなのでしょうか?それとも対称性をもった同種多量体ひろく全般にも言えることなのでしょうか?

H. Garcia-Seisdedos, C. Empereur-Mot, N. Elad, and E. D. Levy (2017) Proteins evolve on the edge of supramolecular self-assembly. Nature 548, 244–247.

最初に同種多量体について少し触れておこうと思います。よく C5, D5 という書き方をします。前者は環状対称 cyclic 5, 後者は二面体対称 dihedral 5 という意味です。論文の図を見て頂くと分かりやすいのですが、まずはヒトデを連想するとよいかもしれません。ヒトデは手を5本もっています。星のど真ん中を縦軸として 360/5 度ずつ回しても常に同じ形に見える C5 です。しかし、裏返すとヒトデのお腹が見えてしまい、元の背中が見えた状態とは違ってしまいます。放っておくと、足をくねらせて再び背中が上になるように戻ってしまいますが。しかし、ヒトデ二匹を捕まえてきて、お腹どうしをぴたりと合わせたとします。ヒトデのサンドウィッチです(実は硬くて食べられない)。すると、裏返したとしても、もう一匹の背中が出てきて元と(見かけ上)同じ形になります。これが D5 です。この論文では、dihedral の方を扱っています。もし、すべてのヒトデのお腹にアロンアルファを付け、二匹ずつお腹どうしをくっつけたとします。100 匹が最初にいたとすると、これで 50 組の D5 ヒトデが出来上がります。次にこの D5 ヒトデの背中にアロンアルファをつけると、おそらくこれら 50 匹はつながっていって、ヒトデの 50 層の塔が出来上がってしまうでしょう。そうはならないように、ヒトデの背中は仲間の背中とくっつきにくいように進化しているのかもしれません?また、同種多量体の構造にはその他にウィルスのキャプシド正二十面体のような立方対称 cyclic があります。さらに具体的に何個という数値では表せない、つまり永久に伸び続ける細胞骨格チューブリンなどもあります。

表面の電荷をもった残基(Arg+, Lys+, Glu-, Asp- など)を Leu, Tyr に換えると、たとえ普通の細胞内の濃度であっても(濃くなくても)次々に重合して線維になってしまったとのことです。さて、ここでの疑問は、個々の同種多量体の立体構造は変わってしまったのか?それともブロックの形は変わらずに繋がっていってしまったのかどうかです。例えば、脳内でアミロイドを作るような蛋白質は、全くもととは異なる立体構造に変身して重合していきます。また、一般的に凝集、沈殿と呼ばれる現象では、その蛋白質の立体構造が解けてしまって、毛玉のようにランダムに絡みあっていることも多いです。このようなアミロイドや毛玉状の凝集は、それ自体がかなり安定であるため、なかなか元の個々の姿に戻ることがありません。今回の実験では、ひとたび超分子重合体になってしまうと、なかなかその構造を詳しく調べることができないため(ただし、電子顕微鏡による観測は除く)、CD で二次構造の量を調べる時には、界面活性剤 DDM やアルギニンを入れて重合を抑えたようです(アルギニン Arg+ とグルタミン酸 Glu- の混合物はしばしば重合や凝集を防ぐことが昔から知られています。NMR のスペクトルがきれいになることも多いです)。その結果、個々の立体構造そのものは全く変わっておらず、それらがそのままの形で重合していることが分かりました。

ここで見つかったことは、その超分子重合体での接着面になりそうな箇所は、あまり疎水的ではない(つまり親水的である)ということです。もっと詳しく調べてみると、蛋白-蛋白相互作用にはあまり使われていないような残基になっていたそうです。まあ考えてみれば全くその通りで、もし Leu, Tyr のような残基がひとつの同種多量体の表面に対称的に配置していれば、瞬く間にそこを糊代としてベチャベチャと重合していってしまいます。これが起こらないように進化の過程でそれらは「ベチャベチャ "sticky" ではない残基」に留め置いているのでしょう。つまり、重合してしまうことをぎりぎり必死で?防いでいるので、たった1個を置換しただけで重合に負けてしまったと言えます。なお、このことが言えるのは dihedral 同種多量体であって、cyclic の方には当てはまらなかったとのことです。どんどん長くなっていくのは dihedral であって、cyclic の方は、ヒトデに例えるならば、お腹どうしがくっついてサンドウィッチ二量体になって終わりです。そのため、わざわざ sticky でない残基に置き換えるほど進化の圧力がかからなかったのでしょう。

本文の中に「疎水性残基が溶媒に露出していれば、水のエントロピーに利得がある」といったちょっと難しい表現が使われていますが、これは要は(餃子の油がお酢の中ではひとりでに集まってくるように)疎水的な相互作用が起こるよという意味です。実際にはその後にファンデルワールス相互作用も効いてきますので、水のエントロピーだけが疎水的相互作用の全てではありませんが、少なくとも二つの分子が近づいてきてファンデルワールス 力が効き始めるまでは、水のエントロピーが疎水的相互作用を生み出しています。

ここで重要な点は、たとえ重合していっても同種多量体の個々の単位は、UNFOLD していないということです。しばしば重合・凝集というと、蛋白質が毛玉のようなぐちゃぐちゃになった状態を連想し勝ちです。しかし、実際にはこのように規則正しく重合していくことも多く、両者はきっちりと区別して考える必要があります。規則正しく重合した究極の現象は「結晶化」だと書かれています。それにアミロイドなどもですね。また、大腸菌の中の封入体(inclusion body)、硫安沈殿、等電点沈殿などはどちらに入るのでしょう?ケースバイケースかもしれませんが。後者ふたつについては、立体構造は壊れていないことが多いです(水を加えたり、pH をかえると再び溶ける)。ただし、いつも同じ面で対称的に連なっているのかどうか?そして、細胞内やオルガネラ内の条件、たとえば pH が変わることにより、単量体と重合体の間を行き来して制御がなされているような例も知られています。

NMR で蛋白質を観測すると、二次元 1H/15N HSQC のピークがぐしゃっとしていることが多いのですが、その場合にこの蛋白質は unfold して凝集していると即断するのは必ずしも正しくありません。実は構造を保ったまま規則正しく並んでいるだけというケースの方がこれまでに多かったようです。CD の結果では二次構造がちゃんと保たれているのに、ゲル濾過では早めに溶出してくるというような場合がそれに相当します。しかも、ゲル濾過の溶出位置から分子量を換算すると 1.2 量体ぐらいなのです(ほんの少しだけ早めに溶出してくる)。つまり、8割は OK なのだが、2割ぐらいが二量体を組んでいるといった状態です。もちろん単量体の8割を再びリクロマトすると、また 8:2 に平衡状態が戻ります。このような蛋白質はむしろ結晶になりやすい場合があり、これが NMR で最もきれいなスペクトルを出す蛋白質が、必ずしも結晶に最もなりやすい蛋白質と一致するわけではない理由です。この微かな凝集を防いできれいな NMR スペクトルを出す方法については(この単分散性を高めることが難題なのですが)紙面が足りませんので、またの機会にしたいと思います。

2017年9月16日土曜日

大腸菌培養の最少培地 M9 その3

このブログではアクセス回数を見ることができるのですが(誰がアクセスしたかまでは不明)、もっとも多いのがこの「大腸菌培養の最少培地 M9」のようです。ところが、前回からかなりの時間が経ってしまいました。慌ててもう少し進めたいと思います。

「その1」では「10☓ 塩溶液 A」を作りました。「その2」では少し話題が変わり、培地の量を減らす代わりに入れるグルコースの量を増やして、結果として発現量を増やすという方法でした。ですので、今回は「その1」の続きのようになります。

(2) ビタミンと核酸溶液 B (重水でなければ、オートクレーブにて滅菌処理)
核酸
 チミジン(T) 20 mg
 アデノシン(A) 20 mg
 グアノシン(G) 20 mg
 シチジン(C) 20 mg
ビタミン
 チアミン(ビタミン B1)20 mg
 ビオチン(ビタミン H) 20 mg
ミネラル
 10 mM FeCl3 1 mL(10 倍まで可)
 1M MgSO4 2 mL
 50 mM MnCl2 1.0 mL

上記を水道水 880 mL ぐらいに溶かしてオートクレーブ処理する。イオン交換水は使わない。

鉄、マグネシウム、マンガンなどのミネラルが含まれています。なお「その4」に書くように、さまざまなミネラルを含んだストック溶液を作るのであれば、そこにまとめて入れておくこともできます。ミネラルストック溶液などはオートクレーブをできるだけしない方がよいのですが、上記の少なくとも3種類は核酸成分といっしょにオートクレーブしても問題ないようです。

ここでの注意点です。試薬棚に MgCl2 はあるが MgSO4 が無いという時があります。この時、同じマグネシウムだからといって MgCl2 を使ってしまうと、ちょっと厄介なことになります。培地の中に「硫黄源 S」がほとんどなくなってしまうのです。すると、OD-600nm が 0.6 ぐらいまでは大腸菌は何とか育ちます(水道水の中の不純物によるのか?)。しかし、それ以上には育たず悩むことになります。むしろ全く育たないのであれば、それなりに理由を追求するのですが、まずまずの濁度まで育つと「今回はエアレーションが足りなかったのかな?」などと別の原因を考えてしまうものです。

上記の核酸成分は、アデノシンなどリン酸の付いていないヌクレオシドで構いません。ATP, CTP など高級品を入れる必要はありません。またすぐに加水分解されてしまうでしょう。それぞれ 20 mg ずつなどと書いていますが、あくまで目安です。およそ耳かき1杯ぐらいをポイッと入れるだけで OK です。心配な方は2杯ほど。後で書きますが、重水培養の場合はオートクレーブをしないことが多いです(1H の水蒸気が入ってしまうため)。そこでフィルターで滅菌処理をするのですが、核酸やビタミン類がうまく溶けておらず、フィルターで濾し取られてしまいます。そこで、滅菌という観点ではあまりよくないのですが、フィルター処理した後の培地溶液に(できればビタミンだけでも)を追加で耳かき一杯いれましょう。これがなかなか効きます。スパチュラはアルコールで拭いておくとよいでしょう。

また些細な事ですが、かつて念を入れて大きなメスシリンダーで作り、それをリンゴ型フラスコに移してオートクレーブしました。生えが悪いのです。何故でしょう?実は同じようにビタミン、核酸がうまく溶けておらず、リンゴ型フラスコに注いだ時に粉がメスシリンダーの壁にくっ付いたままになっていたのです。初心者の場合、このような些細なことが積み重なり、不思議なほどに菌が育ちません(特に重水培養)。数年間なんども経験を重ねると(その間、かなりの額の重水を浪費しますが)、自然にちゃんと生えるようになります。しかし、どの操作が実質的に改善に効いたのかを後で考えてみても思いつかない場合が多いものです。ここに書いた失敗談はもちろん私個人だけのものではなく、黙々と実験する人があまりいなかった当時の環境での 15 hr/day(もちろん、アルコール浸りも含めて)の情報交換(おしゃべり?)によるものです。

鉄 FeCl3 の溶液ですが、昔に比べて入れる量が増えてきています。増やすほどよく生えるので、もっと増やせるかもしれません。ところが本来は鉄をあまり入れ過ぎると良くはないのです。実はその理由が意外にも別のところにあります。鉄試薬の中には微量の変な金属が混じっています。それを trace-metal と呼ぶのですが、どうもそれが効いているらしいのです。そのため、high-grade, high-puritiy Fe などの高級な試薬を選ばずに、いっぱい不純物の入った安い鉄試薬を使いましょう。上記では最終濃度は 10 uM となります。ところが 100 uM 程度までは可能なようです。いろいろな trace-metal の組み合わせ(その4で紹介)を作ってもよいのですが、面倒な場合は代わりに 100 uM 分入れることで対応できるかもしれません。

同じようにイオン交換水や RO 水は時にはダメです。水道水がよいです。特に誰もそのまま飲みたがらないような古い建物の水道水そのままがよいです。さすがに以前の私の建物の水道水のように出てきたはなから明らかに茶色というのはダメかもしれません。その場合は、簡単なフィルターを通せばよいでしょう(イオン交換ではなく、ただの糸巻きフィルター)。これは冗談ではなく本当の話ですが、発現が悪くて何ヶ月も悩んでいたことがあり、ある時、断水の後の汚い水道水をそのまま使ってみると、SDS-PAGE に 5mm はあろうかというバンドが現れたことがありました。嬉しかったのですが、なんてちっぽけな事で何ヶ月も浪費してしまったことかとかなり悲しい気分でした。ちょっと過去のデータを探してみたのですが、差がはっきり出た時のデータが見つかりませんでした。


さて上記の溶液が出来上がれば、オートクレーブです(重水培地ではオートクレーブせず、フィルター処理)。その時にマグネットスタラーを入れておくと良いかもしれません。そして、よーく冷やしてから、先の「10☓ 塩溶液 A」を加えます。したがって、このビタミンと核酸溶液 B の方を、実際に使う予定の培養フラスコに作っておくとよいでしょう。エアレーションをよくするためにできるだけ大きなフラスコ、さらにバッフル付きを選びます。ここでよく混ぜておきましょう。そうでないと、次にカルシウムなどを入れた際に、リン酸カルシウムなどの沈殿が生じてしまいます。混ぜるのは必ず冷やしてからです。急ぎの場合は、マグネットスタラーでかき混ぜると早く冷めます。低温室に静かに置いておいても、表面だけが冷えて中の方はまだ熱いなんてことが起こります。熱いまま混ぜてしまうと、ここ勉強不足で申し訳ないのですが、大腸菌にとっての毒素ができてしまいます。そこで、両者を先に混ぜてオートクレーブしてもいけません。

さて、ここまで読んですでにオートクレーブを始めてしまっていたら、どうもすみません。プレカルチャーのことを忘れていました。上記は培地 1L での仕様です。その場合、プレカルチャーとして 100-200mL ぐらいが適当です。そこで、出来上がった B 溶液のうち 88mL を小さめのリンゴ型フラスコにとっておき、オートクレーブするとよいでしょう。あるいは、小さめの「空の」リンゴ型フラスコの底に水を 100cc ほど入れておいてオートクレーブするとよいでしょう(後でその水は捨てます)。そして「その4」で書くように、A + B 以外のさまざまな試薬を混ぜておいてから 100cc だけをその小さめのリンゴ型フラスコに移すとよいでしょう。どちらか好きな方を選んでください。注意点は pre-culture 培地に [13C]-glucose などを入れても、main-culture 培地にはまだ入れてはいけないということです。ちゃんと pre-culture で大腸菌が育っているのを確かめてから、植え継ぐ直前に [13C]-glucose, [15N]-NH4Cl, 抗生物質などを加えます。

付録:

上記の金属ストック溶液の濃度を間違えてしまうと駄目ですので、ちょっと参考までに学生に計算してもらいました。

FeCl3 を 0.81 g 秤量し、水を加えて 50 mL にすると 100 mM となる。
MgSO4・7H2O を 12.31 g 秤量し、水を加えて 50 mL にすると 1,000 mM となる。
MnCl2・4H2O を 0.49 g 秤量し、水を加えて 50 mL にすると 50 mM となる。
CaCl2・2H2O を 0.37 g 秤量し、水を加えて 50 mL にすると 50 mM となる。
ZnCl2 を 0.14 g 秤量し、水を加えて 50 mL にすると 20 mM となる。

もちろん、水和水の数が異なる試薬しか試薬棚にはないかもしれません。その場合は、モル濃度が同じになるように、ちょっと計算しなおしてください。上記はいずれも最終 50 mL になりますので、フィルター処理して 50 mL ファルコンチューブ(in 冷蔵庫)に入れておくと、何年でも大丈夫でしょう。なお、重水培養の時のために、重水で溶かしたストックもあってもよいかもしれません(水和水から 1H が少し混入してしまいますが)。遮光の意味でアルミホイルに包んでおくとよいでしょう。なお、FeCl3 の濃度が 100 mM と上記の 10 倍濃いですが、これを 1 mL/(L medium) 加えても大丈夫なようです。水が赤茶けて心配になりますが、今のところ大腸菌の育ちはむしろすごく良いです!

2017年9月4日月曜日

6量体といえど大きい

ちょっと書きかけの状態で長らく置いてしまっていた文章を見つけてしまいました。本当はもっと全部をしっかりと読んでからアップロードすべきなのですが、時機を逃してしまいましたので、未完成ですがアップしてみます。ここ4年程の間に連続して出ている巨大蛋白質の NMR 解析についてです。第一著者の女性は、ICMRBS-Kyoto をはじめ、さまざまな学会賞を受けておられます。

Rosenzweig R, Moradi S, Zarrine-Afsar A, Glover JR, and Kay LE. (2013) Unraveling the mechanism of protein disaggregation through a ClpB-DnaK interaction. Science 339, 1080-1083.

Rosenzweig R, Farber P, Velyvis A, Rennella E, Latham MP, and Kay LE. (2015) ClpB N-terminal domain plays a regulatory role in protein disaggregation. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A. 112, E6872-6881.

Rina Rosenzweig and Lewis E. Kay (2016) Solution NMR spectroscopy provides an avenue for the study of functionally dynamic molecular machines: the example of protein disaggregation. J. Am. Chem. Soc. 138, 1466–1477.

Unfold した蛋白質は ClpB の N-末端ドメイン(NTD)に捕まります。その際、構造の壊れている蛋白質のどこが掴まれてしまうのかですが、どうも一連の 3~6 残基からなる疎水性領域のようです。つまり、何かしらの目印となるようなタグが付けられているわけではないということです。この疎水性領域はちゃんと fold した蛋白質の表面にはあってはならないわけですが、ただ一連の疎水性領域というだけで特異性が出ている(ClpB がちゃんと fold した蛋白質については間違えて摂り込まない)のは驚きです。また、いろいろな unfold した蛋白質を加えた場合に観られる ClpB 側の化学シフト値の変化は、加えた蛋白質の種類によらずいずれも同じような傾向を示すそうで、これは両者の複合体がダイナミックに動き続け、化学シフト値の変化が平均化されていることを示しています。そのようなダイナミックな状況でも特異性が出せるのも驚きです。

一方、NTD のどの箇所で unfold した蛋白質を捕まえるのかも NMR で検出できており、それらのうち少なくとも4残基は(Trp6, Leu14, Leu91, Leu111)のようです。いずれも疎水的な残基です。そして、これらを Ala に置換すると、予想された通り unfold した蛋白質との相互作用はなくなり、そのため NTD 側の化学シフト値は滴定で変化しませんでした。また、NTD は通常は ClpB の真ん中の穴を塞いでおり(ClpB は6量体で六角形をとる)、unfold した蛋白質と相互作用した場合に穴の入り口を開けるそうです。すると、unfold した蛋白質の鎖がその穴に引きこまれ、穴の中にある6個の Tyr243 からなる Tyr-pore と相互作用します。すると、ATP の加水分解が促進されるとのことです。このように、まず最初に NTD が unfold した蛋白質を捕まえ、それで蓋が開いて、次に Tyr-pore が捕まえるという流れが ATP の加水分解に必要なようで、もし、NTD をすっかり取り去ってしまうと、中心の穴の入り口を塞いでいた蓋はなくなるので、一応はペプチド鎖は穴の中に入っていくことも条件によってはありますが、その効率は下がり、ひいては ATP 加水分解の速度も落ちてしまうのです(しかし、蓋が閉まったままの NTD の変異体よりかはまし)。

高度好熱菌が由来の蛋白質で 55 ℃で測定しています。NTD ドメインだけでも NMR 測定ができたり、97 kDa の単量体(intact では6量体)にして測定もできています。さらに refolding を通してインテインによる segmental-labeling まで行っています。いつかご紹介する ATCase(Aspartate Trans Carbamoylase) もそうですが、このような激しい処理をしても沈殿や凝集を起こさないような蛋白質は非常に稀ではないかと思います。

確かに 97*6 kDa の分子量でも Ile, Leu, Val のメチル基だけを 13C/1H で、残りを 2H で標識し、methyl-TROSY(パルス系列としては普通の 2D 1H-13C HMQC と同じ)を使えば、なんとか測定できます。このように分子量の限界はかなり大幅に克服されつつありますが、さすがに対象が大きいだけに、今度はメチル基といえどもピークどうしが重なってくるようになってきます。そこで、立体特異的に標識された Leu, Val の前駆体を使う必要が出てきます。これまでの前駆体はラセミ体であり、二つのメチル基の内どちらか一方だけが 1H/13C にはなるものの、どちらになるかは五分五分の確率でした。したがって、大量の(10 の 20 乗レベルの分子数)の信号を足し合わせると、geminal な(双子の)メチル基は両方ともピークとして二次元スペクトル上に現れてしまうのです。大きな分子量に対処するためのもう一つの方法は segmental-labeling でしょう。ここでも NTD だけをメチル基標識し、それ以外の6量体の部分は重水素化しています。これによって、分子量の合計値は 580 kDa と巨大なのですが、観えてくるピークは NTD 由来だけとなります。もちろん、インテインや Sortase を使って部分標識できるような蛋白質に限定されてしまいますが。

つい最近、次のような総説が出ました。

Jiang, Y., and Kalodimos, C.G. (2017) NMR studies of large proteins. J. Mol. Biol. 429(17), 2667-2676. doi: 10.1016/j.jmb.2017.07.007.

もちろん Kalodimos さんの総説ですので、例として齋尾先生の Triger-Factor chaperone のダイナミクス構造解析も紹介されています。今後 MDa 級の大きさの蛋白質を解析していくには、1)メチル TROSY(今は Met, Ile, Leu, Val, Ala, Thr の5種類の標識が可能)が必須であること、2)それで感度の問題が克服されたとしてもピークのオーバーラップや帰属の問題が出てくるので、安定同位体標識のさまざまな手法を駆使して、区分的に標識していくこと、3)構造や相互作用の解析では(重水素化のために)NOE がとりにくくなるので常磁性効果の導入が必要であることなどが書かれています。例えば、上記の segmental labeling、それから Leu, Val の二つのメチル基のどちらかだけを立体特異的に標識すること、LEGO-NMR なども重要です。また、大腸菌の発現系ではうまく fold しない蛋白質も増えてくるので、酵母系や昆虫細胞系でのメチル基の標識技術も発展させる必要があります。

このような高分子量蛋白質の NMR 解析の論文をみると「divide-and-conquer approach をとった」としばしば書かれています。「分割統治法」と訳され、要は大きい対象は小さく分割して、それぞれを解決してから後でそれらを組み立てて元の大きさにまで発展させる一般手法のことです。上記の ClpB のようにドメインやサブユニットに分けても大丈夫な場合には、その小さいセグメントから解析した方が結果的には早いでしょう。しかし、ばらばらにすると崩壊してしまう蛋白質も多いので、いつもこの方法が使えるというわけではないと思います。また、最近の電子顕微鏡のように大きいままで観てしまえるような手法も出てきています。したがって、これらの手法に対抗しようとするのではなく、むしろ複数の手法を組み合わせることによって、構造生物学としての情報量を増やすことがますます重要になってくるのでしょう。いずれにしても、MDa レベルにまで NMR が達したというこの進展は快挙だと思います。

2017年8月18日金曜日

もうすぐ動画「酵素の旅」ができるかも

先日の2つ前の記事では、超高磁場 NMR を使うと、いわゆるスペクトルにおける分解能と感度が上がる(静的な分解能と感度の上昇)だけでなく、CPMG 実験などダイナミクスの観測においても分解能と感度が上がる(動的な分解能と感度の上昇)ことを書きました。静的な方はイメージとして掴みやすいのですが、これだけですと X-ray 結晶構造解析でよいではないかという議論になってしまいます。しかし、超高磁場 NMR における静的な特徴はそのまま動的な特徴にもつながりますので、むしろ NMR で得意とする動的(ダイナミクス)観測においても、分解能と感度が上昇するという点が重要です。

ある方から下記の出来立てほやほやの論文を紹介していただきました。なるほど読んでみると大変面白かったので、是非一読をお勧めいたします。

Oyen D., Fenwick R.B., Aoto P.C., Stanfield R.L., Wilson I.A., Dyson H.J., and Wright P.E. (2017) Defining the structural basis for allosteric product release from E. coli dihydrofolate reductase using NMR relaxation dispersion. J. Am. Chem. Soc. 139 (32), 11233–11240. doi: 10.1021/jacs.7b05958.

DHFR(ジヒドロ葉酸還元酵素)の遷移状態での構造を NMR の CPMG 実験を通して解析しています。遷移状態のモル比は非常に小さい(数パーセント程度)ですので、結晶もなかなか出ませんし、また NMR の二次元スペクトルでも現れてきません。

しかし、基底状態で CPMG 実験を行うと、基底状態と遷移状態の間の交換現象を観ることができ、さらにデータに理論式などをフィティングすることにより「遷移状態での二次元スペクトル」を(もちろん完璧にではないですが)予測することもできます。実際は見ることのできない架空の遷移状態でのスペクトルを CPMG では見積もれる点がたいへん強力です。

さらに、これまではアミド基の 15N の CPMG がよく利用されていたのですが、今回はメチル基の 1H の CPMG が観測されています。これは高分子での感度を上げるためです。特に今回の補酵素 NADP+ や生成物 THF は芳香環を含んでいます。芳香環にはπ電子が回っていますので、その近くにある 1H の化学シフト値がπ電子に強く影響されます(環電流効果)。その結果、NADP+ や THF の向きが変わると、その近くにある 1H の化学シフト値が大きく変わり、しいては CPMG にも大きな変化となって現れてきます。基底状態と遷移状態とでは、NADPH, THF の向きが変わっており、これが最終生成物である THF が効率よく酵素から放出される仕組みであることが、今回の実験から分かりました。

DHFR: THF: NADPH 複合体が不安定であるため、結晶構造解析が成功しなかったようです(NADPH がすぐに酸化してしまうため)。NADPH の代わりに酸化型の NADP+ で、かつ、生成物 THF の代わりに安定化アナログ ddTHF で複合体の結晶は解析されていますが、NMR の化学シフト値を解析してみると、結晶内での ddTHF 部分の構造は歪められてしまっていたことが分かったようです。創薬ではこのようなアーティファクトに気を付けないといけないですね。そこで、実際の遷移状態の構造を解析するために、NMR の CPMG 実験が利用されました。

図1の3つのモデル図に対応しています。

構造1:occluded(閉鎖)型 基底状態 DHFR: THF: NADPH 複合体
構造2:closed 型 遷移状態 DHFR: THF: NADPH 複合体(小さいモル比のため「見えない」はずの構造を「観た」のが今回の実験の成果)
構造3:closed 型 基底状態 DHFR: NADPH 複合体

以前の 1H/15N-CPMG 実験から、構造1と構造2の間で交換が起こっていることまでは分かりました。しかし、メチル基の 1H は近くにある芳香環の環電流効果の影響を受けやすく、構造変化に対して非常に敏感ですので、メチル基の 1H の CPMG が測られました。メチル基の 13C の CPMG を測定してもよいと思いますが、論文によると、試料が不安定なため短時間で測定を終えなければならず、メチル基の 1H だけしか十分な感度に達しなかったと書かれています。

そして(構造1と構造3それぞれの二次元スペクトルの化学シフト値の差)=(メチル基 1H の CPMG 実験から見積もられた構造1と構造2の化学シフト値の差)という結果になりました。

ここで、遷移構造である構造2はモル比も小さいので、NMR で直接二次元スペクトルを観ることができません。また、結晶構造もありません。しかし、CPMG 実験から「もし遷移構造2のスペクトルが観えたとすれば、きっと取るであろう化学シフト値」を見積もることができます。

以上の結果から、構造2と構造3は非常に似ていることが分かりました。つまり、両方とも NADPH のニコチンアミド部分が活性部位の cavity に入り込んでいます。さらに、構造2では、ニコチンアミド部分の瞬間的な侵入により THF のプテリン環が押し出されています。このようなアロステリック効果により、THF が効率よく放出されて酵素反応が終了して回転 turn-over することを見つけました(THF が勝手に離れていく現象もありますが、これはもっと遅い)。

試料調製の項をみると、酸素による酸化を避けるためにアルゴンガスの中で調製しています。同じ溶液内に NADPH を還元状態にできるだけ保つための酵素系も入れてあります。NADP+ のニコチンアミド部分は周りの 1H に環電流効果を及ぼしますが、NADPH のニコチンアミド部分は二重結合はあるものの環電流効果をもちませんので、周りの 1H の化学シフトにはそれほど大きな変化を与えません。そのような違いから、NADPH が酸化していないかどうかを判定したそうです。そのような試料調製の困難さも高い評価に繋がっているように思います。

それにしてもお見事な英文ですね。最近は L. E. Kay さんの文章をお手本にしていますが、今回も流れるようなほれぼれした文章で、ちょっと酔ってしまいました。

2017年8月17日木曜日

NUS んでよかった。

「あーーっ、また地震 .... 。」環太平洋は地震ばかり。

せっかく気合を入れて測定している HNCOCACB-trosy が台無しです。次の測定時間が来るまで帰属作業もおあずけ。と落胆していたのですが「待てよ、これは NUS(non-uniform sampling)で測定していたんだ!」ということを思い出しました。そこで測定をそのまま続け、先ほど測定が無事に?終わりました。下が3日分の FID 信号を左から右に並べた図です。


変な FID が一つ混じっています。これを拡大すると、振幅が他のに比べて異常に大きいことが分かります。フーリエ変換すると、やはり水のピークでした。


地震でシムがむちゃくちゃになり、水 1H の周波数がブロードになり、水選択パルスの効率が落ちて FID に水の信号が乗ってしまったのです。しかし、NUS ならば、この FID と周辺だけを除くと問題ないはずです。今からそれを試してみようと思います。

まず問題の FID の番号が 2519 であることが分かりました。#2518 と #2520 は問題ないようです。ところが、15N と 13Cab の両方を real と imaginary で測定していますので(厳密には TROSY ですので、15N 軸はそうではありませんが)、#2519 を含む4つの FID をいっしょにセットで除かないといけません。すると、#2517 から #2520 の一連の FID がそれに相当することになります。また、NUS の番号では 2520/4=630 になりますので、NUS-list の 630 行目を消さないといけません。というわけで早速 Perl で4つの FID を除くプログラムを書きます。もう Perl を使っている人なんていませんね。皆 Python 一色です(駱駝の化石です。でも生きている蛇は苦手。若手の人には意味不明かも)。念のため最初は4つの FID 部分に zero を入れて、本当に目当ての箇所のデータを書き直しているかをチェック。結果、バグっていました。歳をとるとこれしきのプログラムですら間違えてしまいます。情けない。書き直して再挑戦。今度は大丈夫でした。後は fid.com の NUS の数値を誤魔化して go です。ついでに Smile も。


HNCACB-trosy と HNCOCACB-trosy を並べてみました。前回は、重水素デカップリングがうまくいかず何度も試しているうちに試料に凝集が起きたりして、HNCOCACB では1割以下の数しかピークが出ませんでした(しかも N-, C-末端部分のみ)。今回は期待できそうです。

HNCACB のとあるピークと HNCOCACB のとあるピークが同じ化学シフトにあるように見えます。これは HNCACB では 1H(i), 15N(i), 13Cab(i-1) の共鳴もついでに見えるためです。しかし、よく見ると、ほんの少しですがずれている場合があります。これは、13Cab(i-1) と13Cab(i) の共鳴値がほとんど同じであるために起こります。図の縦線が引かれている箇所の 13Ca ピークをご覧ください。この蛋白質にはこのようなケースがたくさん見られ、これをさっと見分けるには数年の経験を要するかもしれません。しかし、この程度でもずれていたらそれは重なっているピークなのだということさえ認識できれば、問題ないと思います。若手のみなさん、AI に負けないように頑張りましょう。

重水素デカップリングの問題も NUS の導入からは全く出ていません(この前の記事をご参照ください)。NMRPipe による NUS-IST もお見事です。Smile は線形はよいのですが、それゆえスペクトルは時間データに忠実な感度になるようです(NOESY 向きか?)。一方、IST は魔法がかかって騙されたかのようにシャープな感度のよいピークをプレゼントしてきます(その分、線形が崩れることもありますが、今は質より量が大事)。よって、とにかく帰属ができるかできないかのぎりぎり路線で戦っている(塵であってもピークかもしれないという可能性に賭けて拾っている)今の状況では、とても有難い存在です。

ところで、今更なのですが(real time で書いていたため)。
上記のように、地震が起きた時の FID データをせっせと除いたのですが、除かないでプロセスしたデータと試しに見比べてみた結果、ほとんど違いはありませんでした。お笑いです。時間軸データにおいてある点だけが局所的に変になったとしても、それをフーリエ変換などで周波数軸スペクトルに転換すると、被害が散らばってしまいます(局所的←→全体的)。ほんの少しだけスペクトルのノイズが多くなったのかもしれませんが、と思い込んでおきましょう。

2017年8月16日水曜日

1,200,000,000 Hz 磁石

論文ではないのですが、下記のニュースが先日伝えられました。

Schwalbe, H. (2017) New 1.2 GHz NMR spectrometers- new horizons? Angew. Chem. Int. Ed. Engl. doi: 10.1002/anie.201705936.

超高磁場 1.2 GHz NMR の磁石は、地磁気の 50 万倍(28.2 テスラ)のお大きさとなります。まずこの静磁場の大きさに驚きですが、単に大きいだけではダメでして、試料が入るサイコロほどの空間のどこを測っても静磁場強度が同じでないといけません。この均一性の誤差は 99.999....% 以内(書き間違えますので、"9" が 10 個も並ぶ精度だと覚えておくことにしましょう)。

超電導技術もこれまでとはちょっと違うそうです。これまではコイルの材質にニオブスズ (Nb3Sn) を使っていました。しかし、超電導は自分で作った磁場に弱いという悲しい性質がありまして、1.2 GHz レベルになると自滅してしまいます。そこで、イットリウム・バリウム・銅酸化物のようなレアメタルの合金も同時に(ハイブリッドとして)使うそうです。しかし、上記のような均一な磁場を作るのは技術的にたいへん難しいとのことです。

それで数年前までちょっと無理とも言われていたのですが、どうもこの記事によると、2017 年中に 1.1 GHz を、そして来年 2018 年には 1.2 GHz を納めると書いています。文章をそのまま載せますと、Bruker plans to deliver the first 1.2 GHz magnets next year. 「magnets」と複数形になっています。すでにフィレンツェ、フランクフルト、ゲッティンゲン、ユーリッヒ、リール、ミュンヘン、ユトレヒトが発注済みとのことです。それぞれのラボの先生の顔が浮かんできます。それにしても、何故ヨーロッパだけこれほど進んでいるのでしょう?

なぜ大きな磁石の方がよいのかという点を説明するのは大変です。もちろん最大の理由は感度が上がるため、そして、分解能も上がるためです。すると、薄い濃度の試料でも、ピークが全て解れて観えるということになるのですが、これは静的な状態での話です。

NMR はそこで終わるともったいなく、実際には動的な状態での「分解能」と「感度」もアップすることにも注目しないといけません。「動的な」とはまさに「ダイナミクス」を観ようとしている場合のことです。昔は蛋白質は固定されたある一つの形を保っているものと仮定して、その一つの形を解いてきました。しかし、この考え方だけでは「ただ単にある安定な構造を決めただけ」となり、その後が続きません。構造はいつも動いていて、酵素などが機能を発揮するときには遷移構造に移ります。しかし、この遷移構造にははかなくも一瞬の寿命しかなく、この構造をじっくり「静的に」解こうというわけにはいきません(遷移状態を模倣したアナログ基質を入れた実験、NMR-CPMG 動的実験、自由電子レーザ実験などにより可能)。ということは複数の構造が高速で入れ替わっているような混ぜ混ぜ回転状態を観察しないと、生命機能や最先端創薬に迫ることが難しい時代になってきたのです。

これを交換状態と呼びますが、NMR で交換状態を観測した時、静磁場が大きい程より分かれた形での情報を得ることができます(ダイナミクスの分解能が上がる)。もし NMR の教科書をお持ちであれば、slow-exchange などの項目を読んでみてください。小さい磁場では一本に観えるピークでも、高磁場で測ると2本に観えると、よく説明されています。NMR のダイナミクスの実験は CPMG などなかなか理解するのが難しいのですが、基本的にはこの2本と1本のピークの話に集約させることができます。たとえ slow-exchange とみなせないほど速い fast-exchange の系であっても、その検出感度は静磁場の2乗に比例してアップします。このような fast-, intermediate-, slow-exchange の関係があるので高磁場の方がよいのですよと NMR の専門外の方に説明するのは、私のプレゼン技量ではちょっと無理かもしれません。まとめると「静的状態ばかりでなく動的状態においても感度と分解能が上がる」と言えます。

さらに、細胞内の蛋白質をそのまま観たりなど、観測したい蛋白質の周りの環境も、これまでのちゃんと精製されたきれいな緩衝液ではなく、実際の細胞、血液のような何が入っているのか分からないような混ぜ混ぜ状態になってきました。このようなヘテロな系を観るには「分解能」と「感度」が、成功するか失敗するかの境界線を決める要素になってくるのです。

では「分解能」の次に「感度」の話に移りましょう。ここで測定時間について考えると面白いことが分かります。よく「感度が2倍に上がった」などと言いますが、この場合、測定時間は 1/4 でよいことを意味します。感度は静磁場強度の 3/2 乗に比例しますので、これを測定時間に換算すると、静磁場強度が上がるごとに極端に短い測定時間で済ませられることになります。日頃このような事をあまり意識しないので(というより、大きな NMR にはさらに難しい試料をこれでもかと突っ込んでしまうので)これを証明するようなデータをとっていませんでした。しかし、あらためて考えなおすと 600 MHz を 1.2 GHz に変えた(買えた、替えた?)場合、8時間かかる実験が1時間でよいことになります。本当は昔のようにもっとのんびりと測りたいものです。しかし、それは世界中皆が同じスピードの時にはよいものの、8倍はやくデータを出してくるようなグループが地球の裏側に一杯いるような状況になると、やはり焦ってしまうものです(悲しいかな2番手には何も残りませんので)。

いまフーリエ変換待ちのデータが山ほどあることに気づきました。フーリエ変換そのものではなく、NUS プロセスなのでちょっとややこしいのです。明朝にはまた次のデータが入ってくるので、今年もお盆なしです。

2017年7月24日月曜日

重水素デカップリング

重水素デカップリング?「何を今さら」という感じでしょうが、つい数週間まで重水素デカップリング deuterate-decoupling がうまく行かずに悩んでいました。重水素デカップリングは、2H, 13C, 15N などで標識した蛋白質で、HNCACB などの3次元4次元スペクトルを測定する時に使います。この重水素デカップリングをしないと、13Ca, 13Cb などの横磁化が「第二種のスカラー緩和 scalar relaxation of the 2nd kind」という変な名前の機構で速く緩和してしまうのです。非常に簡単に書きますと、13C に結合している 2H の縦緩和がそこそこ速く、この T1 緩和によって 2H のスピン状態が変化してしまいます(スピン量子数 1/2 のスピンならば、スピンの上向き(α)と下向き(β)が速く入れ替わると表現できるのですが)。一方 13C は 2H と 1J(CD)-coupling しているものですから、その(J-coupling で split した)3重線が速く入れ替わってしまいブロード化してしまうのです。解決法は、そのなまじっか速めの交換をもっと速くしてやることです。つまり、2H に 180° パルスを連続的に当てて(Waltz なでも OK)、2H のスピン状態をもっと高速に入れ替えてやります。すると、13C の三重線も高速に入れ替わるので、真ん中の共鳴位置にうまく平均化されシャープになります。ちょうど多重線の間の intermediate-exchange を fast-exchange にあえて変えてやるのに似ています。

もう 25 年も前にごく普通に毎日のように測定していたのに、何故いま頃?と思われるかもしれません。実は、この問題に気付いたのは、もうかれこれ8年ほど前です。磁石が 800, 950 MHz と大きくなってくると、1日に蒸発するヘリウムの量も多くなってきます。すると、その中にある超電導コイルの位置もほんの少し(ミクロン単位?)ずれてきてしまうそうです。液体ヘリウムや液体窒素が蒸発することによって、磁石そのものがほんの少し傾くのか、それとも浮力の大きさなどが変わってきて超電導コイルが傾くのかはよく知りません(小さめの磁石では超電導コイルが(水面ではなく)He 面より上に出てしまうことはよくあります。しかし、pumping-magnet では常に浸っているはずなのですが)。とにかく、そのような何かしらの理由により、z1 あたりのシム値が1日でかなりずれてしまいます。500, 600 MHz 級ですと、この問題はほとんど起きません。さらに、地球の自転によってもシム値が少しずれるのです。12 時間後にちょっとシムが落ちているなあと思っていても、24 時間経つと回復していたりもします。そこで、このような測定中のシムの悪化を防ぐために、3日間ぐらいの測定の最中ずっと自動シム autoshim をかけっ放しにしています。これがうまく働くと、シム値はほとんど下がらずに3日後に無事に測定が終わります。今どきクライオプローブで三次元に3日間も時間をかけていては笑われてしまいそうですが、実際 10 μM ぐらいで分子量が 100k を超え、さらに構造交換が起こっていたりすると、3日間かけても期待の半分ぐらいの数のピークしか観えず、HNCOCACB-TROSY at 293K なんてどんなに頑張っても(頑張るのは機械の方ですが)何も観えないのです(厳密にはこれは嘘。Asn, Gln の側鎖だけ 13Ca と13Cb が逆さになって観えます)。

その autoshim 機能なのですが、しばしば初日はちゃんと機能しているのに、2日目のある時点でシムを良くさせるどころか、逆にこれほど悪いシムは見たことがないだろうという程にまで逆に機能してしまうことがあるのです。「もう本当にどうしてしまったの?とうとう壊れたの?」と首をかしげ、直後にうなだれてしまいます。ロック画面には常に重水信号のピークトップが示されているのですが、それが画面の底辺をうにょうにょと這っている状態にしばしば遭遇します。もうそうなると測定は最初からやり直しです。ただし、これまでただ指をくわえて眺めていたわけではなく、いろいろと対策を試みてきました。たとえば、autoshim を何秒に一回作動させるかの interval をいろいろ(1-8 sec)と変えてみる、標準パルスプログラムの重水素デカップリングの on/off 切り替え時間 4usを 30us に延ばしてみる、lock-hold on/off の時間を変えてみる、あるいはその命令の場所を変えてみる、元旦であろうが年中無休で監視に行き、測定の最中に数時間かけて手でシムを少しずつ上げる etc. 結果はというと、少しだけ良くなったりしました。しかし、依然、測定が最後までちゃんと行くかどうかは画面の前で両掌を合わせて拝むしか無かったのです。ただし、8年もこのような事と戦っていると、そのうち先方の癖に気づき始めました。まったく同じ測定をやり直すと、およそ同じ個所まで進んだ時点で落ちるのです。これは何を意味しているのかといいますと、パルスプログラムの中の重水素デカップリングの長さと、autoshim の on/off とが、あるタイミングで変な干渉をし、それがある一定時間継続した時に autoshim は豹変して裏切りを始めるということです。確かに、もし autoshim がいつも 2H-decoupling の真最中に作動してしまうようなタイミングにぶつかれば、シムを良い方向に動かすことは不可能になってしまうでしょう。もし、autoshim の on/off がパルスプログラムの中の命令で制御できれば、この問題はすぐに解決です。しかし、両者は別々の系統で制御されているのでしょう。パルスプログラムでは、t1, t2 などが increment されていきますので、2H-decoupling の長さについてもある周期性をもっています。一方 autoshim の方もこれは一定の周期性をもっています。これがあるタイミングで変なぶつかり合いをした時に暴走が始まるようなのです。

そこで思ったのは、パルスプログラムの周期性をめちゃめちゃにしてしまえば?ということでした。これは実は nonuniform-sampling, NUS を使えば簡単にできてしまいます。今まで NUS をあまり使わなかったのですが、最近 NMRPipe-IST や Smile(両者は別物です)があまりにうまく働くので重宝しています。そして、2H-decoupling の測定に NUS を使うと、これが何とこけないのです。今のところ成功率 100%!(autoshim の interval 7 sec, z1 +-2)。おそらく変なタイミングで干渉が起こっても、それが規則的に継続するわけではないので、すぐに autoshim が良い方向に向けられるのでしょう。このような理由で NUS を使うというのも変な話なのですが。まあ、なんとも長い闘いでした。2H-decoupling で悩まれている方は是非お試しください。

2017年6月28日水曜日

T1 noise の消し方

二次元 NOESY などのスペクトルをとると、どんなに注意していても縦方向に筋が走り、スペクトルが汚くなってしまいます。これを t1 ノイズと呼びますが、それが起こる原因にはいろいろあります。下に紹介する論文は、これも一因だろうなと長らく思っていたことをずばりと証明してくれています。

Mo, H., Harwood, J.S., Yang, D., and Post, C.B. (2017) A simple method for NMR t1 noise suppression. J. Magn. Reson. 276, 43-250. doi: 10.1016/j.jmr.2016.12.014.

t1 ノイズはメチル基などもともと大きな対角 diagonal ピークに対して縦 w1 方向に(縦筋のように)出ます。ということは、何かしらの原因によって長い測定の間にメチル基などのピーク強度が変動し、それを t1 方向に沿ってフーリエ変換すると t1 noise になったことが分かります。そして、対角ピークを中心として上下に対称的にでる傾向があります。そのため、対角ピークに対して平行に(斜めに)筋が走っているように見えることもしばしばです。これは t1 increment が進む際に、強度がちょっと周期的に揺れたことを示しています。

積算回数を 64 にする代わりに 8 に減らして、同じスペクトルを 8 回とります。そして、それらを後で足し合わせます。合計時間は同じです。すると、面白いことに t1 ノイズが激減するそうです。なお、当然のように random-noise の大きさは両者で同じです。位相回しが許すのであれば、これは良い方法でしょう。この結果から t1 noise は完全にランダムに起こるとは言い切れなくなります。8個のスペクトルの間になんらかの相関があり、足し合わせた時にお互いにキャンセルし合うような効果があるのでしょう(もし完全にランダムであれば、ns=64 も ns=8 で 8 枚を足し合わせるのも同じ S/N 比になるはずです)。また、一つのスペクトルをとるのに必要な時間が短い方が t1 noise が小さくなります。w1 軸に沿って見た時に、対角ピークや交差ピークの分解能は同じであるが、t1 ノイズの分解能は(測定時間が短い分)劣化しているということです(w1 軸に沿って t1 noise にのみ broadening が起きている)。したがって、ns=8 の個々のスペクトルはすでに t1 noise が小さいのでしょう。

t1 noise の主な原因として測定中の温度が微かにずれることが挙げられています。ただし、分光器の温度表示を見る限りでは、これを見破ることは簡単ではありません。実際にサンプルの中の 0.02 度程度の温度の変化が、対角ピークに対して 1% もの大きさの t1 noise を引き起こすのです。この温度の変化によって、t1 noise も8個のスペクトルで異なった出方をします(足し合わせても累積しない)。また、一つのスペクトルを測定するのに要する時間が短いと、例えば昼夜の温度変化といった周期性が出にくくなり、それゆえに t1 noise も小さくなるのかと思われます。ns=64 の測定では 20 hr かかっていますので、温度変化にもそれなりの周期性が出てきてしまいますが、ns=8 の場合はたったの 2.5 hr ですので、そのような短い時間でみれば測定温度は一定で安定していると考えてよいのでしょう(途中で誰かがドアを開けて木枯らしを入れたりしなければですが)。

論文によると、ずっと軽水のピークを監視し続けても、その共鳴位置はあまり動かなかったが、DSS のピークはランダムに動いたそうです。これは監視している最中に温度が変化したためです。何故それでも軽水のピークが動かなかったかというと、重水にロックがかけられていたためでしょう。温度が変わると軽水の共鳴値は激変するのですが、重水もまったく同じ ppm 値で変わります。したがって、重水と軽水の共鳴値は平行して(同期して)変動するため、D2O ロックによって常に補正されているスペクトルでは軽水のピークはまるで止まっているかのように観えるのです。逆に動いていないはずの DSS のピークは動いてみえます。ガタガタ揺れる自動車に乗っていると、外の景色がたががた揺れているように見えますが、車内のハンドルは止まって見えるのと似ています。

この原因解明の論文はこれが初めてというわけでもなく、確か Wuethrich さんの論文にも載っていました。そこには昼と夜とで周期的に温度が上がったり下がったりすると、いわゆる 24hr 周期の変動(cos(w*t1) において w = 1/24 /hr)が載ると書かれています。これを t1 方向でフーリエ変換すると、w1 軸に沿って上下対称に(計算通りの位置に)ノイズが出ます(cos をフーリエ変換すると、同符号のピークが両脇に出ます)。実際にやってみると、きれいな筋が2本対角ピークに沿って斜めに走ります。Wuethrich さんが「ほら、俺の言った通りになったろう。NMR を入れるときには、部屋の設計からちゃんとしないといけないんだ!」と叱られたことが昨日のことのようです。しかし、空調を厳密に調整すると、冷暖房費が恐ろしく上がるんですよねえ。何しろ、冷房と暖房を同時に入れて温度を微調整するものですから。磁石の下に扇風機を置くと、かなり緩和されます。でも、くれぐれも吸いつかれないように。

短いスペクトルをたくさん取ると効率が良いことは確かですが、位相回しを完結できなくなることは残念です。三次元測定などの場合は、それでなくてもすでに必要な位相回しの数が実現できる ns をはるかに上回っている状態です。グラジエントを入れることによって、かなりの位相回しを省くことはできますが、それでも三次元スペクトルには、訳の分からないアーティファクトが出てきます。しかし、ns=128, 256 などを入れるのであれば、複数回おなじスペクトルを測って、足し算する方がよいでしょう。ロックを掛けなおしたり、チューニングを触らなければ、FID の位相もきっと同じですので、時間データで足し合わせることができるでしょう。運悪く位相がずれてしまった場合でも、それは0次だけだと思いますので、時間軸データの上で位相を0次補正してから足し合わせるとよいでしょう(sin データと cos データの分配比率を変えることを意味します)。なお、S/N 比の極端に異なる二つのスペクトルをそのまま足し合わせてはいけません。試してみると気づきますが(ということは、すでに苦い経験あり)、足し合わされたスペクトルは逆に劣化します。この場合は、ノイズの大きさが同じになるように規格化してから足すとよいかもしれません。

2017年5月19日金曜日

エリスロース?エリトロース?

蛋白質の芳香環のダイナミクスが解析できると、その蛋白質の大きめの運動、例えば breathing motion 等なかなか面白い現象につなげることができます。ところが、芳香環の中の 13C-13C 結合にある 1J-coupling が強く、これがしばしば 13C-spin の R2 緩和解析を邪魔してしまいます(横緩和測定のための CPMG 時間の間に cos[πJt] が2重にかかってきます)。そこで、13C を代わる代わる(つまり、1個飛ばしに alternating label)導入することができれば、この 1J-coupling の問題をかなり和らげることができるでしょう。横緩和速度の測定だけではなく、普通の NOESY-13C-HSQC などの測定でも、13C-13C 1J-coupling を無くすことができれば、ピークが多分裂しないのでシャープでかなりきれいになるはずです(二次元スペクトルを 13C constant time で測ったり、今だに natural-abundance 13C で測るのは、この 13C-13C 1J-coupling による split を避けるためです)。

これまでに発表されてきた中でもっとも良い方法は、もちろん SAIL を使うことです。まだ δ1 だけを標識して δ2 は標識しないといった左右非対称の芳香環を作るという究極にまでは至ってはいませんが、δ と ε のどちらかを選択的に標識できる点では最高級です。さらに、13C/1H と 12C/2H など水素核の標識の位置についてもきっちりと区別できます。

次の代替案は [1-13C]-glucose, [2-13C]-glucose を培地に入れることでしょうか?これは、13Ca, 13Cb, 13Co を別々に標識するのにも使われています。しかし、ブドウ糖は解糖系で炭素3つずつに分断されてしまいますので、1 or 2 位の 13C を含んだ方の3炭素骨格は標識された前駆体として有効に使われるものの、残り半分の3炭素骨格は非標識として使われてしまいます。したがって、標識率は 50% を超えることができません。

その他には、4-13C erythrose と重水素化ピルビン酸を使う方法もあるようです。まだ詳細は見ていないのですが、確かにエリトロースはシキミ酸合成経路に入っていくようです。シキミ酸は芳香環の前駆体でして、シキミ酸を使って芳香環だけを標識するという方法も伊藤先生から発表されていました(Rajesh, S. et al. (2003) J. Biomol. NMR 27, 81.)。

Weininger, U. (2017) Site-selective 13C labeling of proteins using erythrose. J. Biomol. NMR 67, 191-200 (doi: 10.1007/s10858-017-0096-7).

さて、この論文では、[13C]-エリトロース(1-2 g/L)と非標識のブドウ糖(2 g/L)を混ぜて芳香環を選択的標識する方法を紹介しています。4つの炭素がそれぞれ 13C で一つずつ標識されているエリトロースを使うのですが、その 13C 標識の位置によって価格がかなり異なるようです。Materials & Methods に単価まで書かれた論文は珍しいですね。もっとも高い [3-13C]-erythrose は 3,400 euro と書かれています。Google に「3400ユーロは何円?」と話し掛けると「42.4... 万円」となんの躊躇もなく冷たい声で返ってきました。これを培地 1L に 1~2g 入れ、他にもさまざまなバリエーションの [1-13C]-, [2-13C]-erythrose, [1-13C]-glucose, [2-13C]-glucose などで培養するとなると、なかなかの経費(云百万円?)になります。もっとも [3-13C]-erythrose を入れると Tyr と Phe の ε の位置に 13C が入るのですが、これは [1-13C]-erythrose(450 ユーロと、先ほどのと比べると安い)でも代用できます。[1-13C]-erythrose と [2-13C]-erythrose は([3-13C]-, [4-13C]-erythrose とは違って)スクランブルも無かったとのことです。[2-13C]-erythrose を使うと ζ の位置が 13C で標識されますので、これは貴重です。ζ の位置は北極星のようなもので、χ2 軸まわりで芳香環が回転しても 13Cζ-1Hζ 軸が動きません(回転軸そのものですので)。よって、ζ と ε 位置の 13C の緩和を比べると、χ1 軸か χ2 軸周りのどちらの回転が関連しているのかを区別できます。なお、このような標識試薬の前駆体は IPTG を入れる直前(1時間程前)に加えることが多いようですが、エリトロースの場合は最初から入れておいてもスクランブルはあまり無かったようです。

[1-13C]-glucose と [2-13C]-erythrose を同じ培地に同時に入れる方法も紹介されています。すると、だいたいの標識箇所は両者の合算となります。[2-13C]-erythrose からは Phe, Tyr の ζ が標識されますが、δ は駄目です。しかし、[1-13C]-glucose が入っているので、そこから δ は標識されます。中には Trp ε3 のように標識の効率が下がってしまう箇所も出てきます。ここは [1-13C]-glucose から erythrose-4-phosphate を経由して標識されるはずなのですが、そこに [2-13C]-erythrose が入り込んできてしまうので、ε3 の 13C が薄まってしまうのでしょう。

[1-13C]-glucose だけを使うと Tyr, Phe の二つの δ はどのように 13C-標識されるのでしょう?1つの芳香環の中の二つの δ は、別々の原料からやってきますので、13C/13C, 13C/12C, 12C/12C が 1:2:1 の比率になるのでしょうか?ところが [4-13C]-erythrose を使うと δ のどちらか一方だけが標識されるように見えます。しかし、実際には [4-13C]-erythrose はスクランブルが起こると書かれています。販売はされてはいないのですが、将来 [1, 4-13C]-erythrose ができてそれを使うとすると、Tyr, Phe の(離れた位置の)δ と ε が標識されて良さそうです。しかし、3, 4 の位置については少しスクランブルが起こるそうで、このような使い方をすると、13Cδ-13Cε が隣り合ってしまう危険性が出て来るそうです。 この辺りは残念ですね。

価格などを総合的に考慮すると、[1-13C]-erythrose を使って片側の ε だけを 13C 標識する、かつ [2-13C]-erythrose(1,250 ユーロと高いが)を使って ζ を標識するのが良いのかな?と思いました。両者を混ぜても 13Cε-13Cζ と隣り合うことは恐らくないのですが、標識率が薄まるでしょう。

また、ε の片側だけを標識するのが良いのか、それとも両方ともを標識するのが良いのか?どちらでしょう?論文には、どっちみち回転により平均化されるのだから同じことと書かれていますが、何かの講演 CPMG? で大きな違いがあると聞いたような気もしており、気になっています。

ところで、ウェブでいろいろと調べていると、「エリスロース」と「エリトロース」の2種類が出てきます。Thr も「スレオニン」と「トレオニン」の2種類があります。他に数え上げればきりがなく、例えば実験でよく使う thrombin 酵素なども。日本人には「ス」に聞こえますが、舌の位置は「タ行」に近いようです。Youtube を見ると、詳しい解説がたくさん見つかりました。

2017年5月4日木曜日

双子で代わり番こに

(まだ完成していないのですが、まったく別の目的で一時的に公開します。)

細菌の蛋白質では、単量体は 1/5 程しかなく、それに対して同じサブユニット二つから成る同種二量体はその2倍の4割近くを占めています。

下記の論文は、最初なちょっと意味が取りにくかったのですが、なにげなく分かってくると、すごい事が書かれているなあという感じです。読みながらメモっているうちに、随分と長くなってしまいました。

Kim, T.H., Mehrabi, P., Ren, Z., Sljoka, A., Ing, C., Bezginov, A., Ye, L., Pomes, R., Prosser, R.S., and Pai, E.F. (2017) The role of dimer asymmetry and protomer dynamics in enzyme catalysis. Science 355(6322). pii: eaag2355. doi: 10.1126/science.aag2355.

フルオロ酢酸の脱フッ素反応を触媒する脱ハロゲン酵素(FAcD)の apo 体の結晶構造によると、二つのサブユニットの構造はほんの少しだけ違ったそうです。その違いは二量体の相互作用面と活性部位にあり、一方は open 型で基質を受け入れられる構造をとり、もう一方は closed 型です。そして、実際に基質が open 型に付くことが、滴定実験での NMR の化学シフト値の摂動から分かります。そして、反応経路を模倣したいろいろな変異体の結晶構造が作られましたが、これらには基質が片方にしか付いていません。これらの結果から、この酵素は half-of-the-sites 反応、つまり、一つ目の求核置換反応が起こるまでは、二個目の基質はもう一方のサブユニットに結合できないような仕組みになっていることが分かりました。

紅色非硫黄細菌の FAcD の酵素反応は極めて遅く、1分間に2個程度しか(turn-over)反応を進めません(また不思議なことに、どんなにたくさん基質を入れても1個ずつしか生成物ができないのです。二量体ですので、同時に二つの生成物が偶然にでも出来てきても良さそうなものですが。そのため、なぜ二量体になっている必要があるのだろう?と不思議に思われていました)。Freeze-trapping x 線結晶構造解析法(FTX)を使えば、時分割のデータが取れます。酵素反応を開始させてから(結晶を基質の溶液に漬けてから3分以内での)いろいろな時点で結晶を凍結させて、その時点での反応状態に留めてしまうのです。ちょうど漫画本の各ページを作り、後でそれらのページをパラパラと連続してめくると、「反応」という名の動画ができ上がるのと似ています。すると、二つのサブユニットが非対称的に、しかしお互いに相関し合いながら動いていく(左側のサブユニットがある構造をとると、右側はそれに対応して異なる構造ではあるが特定の構造をとる)ことが分かりました。ただし、時系列に並べることは難しいと読めるような記述があります(リガンドが結晶構造に浸透していく過程は確率的であり、必ずしも時系列に並ぶとは限らないためでしょうか?この辺りはあまり詳しくなく、どうもすみません)。

興味深いことは、これの二次元 1H-15N HSQC を測るとスペクトルがどのように観えるかです。基質を滴定していくと確かに化学シフトが変化していくのですが、apo でも holo でもピークは一重に観える、つまり、二つのサブユニットは常に対称形をとっているように観えたそうです。これは NMR にとってはちょっと悲しい結果ですが、二つの違った構造(A, B)が速く交換していると、NMR ではその平均としての一つの構造だけが観えるのです(二つの化学シフト値が平均化されてしまい、ピークが二つに分かれない)。非常にゆっくりと交換している、あるいは A, B 構造それぞれに固まってしまっていると、2種類のピーク(結果として2種類の構造)が観えたのでしょう。一応、A-B 構造と B-A 構造の間の交換速度を 400 /sec と見積もっています。もう少し遅くないと、二つのピークに別れないですね。

A 構造と B 構造での化学シフト値の差が大きければ、同じ交換速度でも見かけ上 slow-exchange の現象に近づきます。そこで、化学シフトの範囲が 1H/15N よりも広い [19F]-Trp が導入されました。しかし、それでも2本のピークに分かれるまでには至らず、その代わり 19F-CPMG での dispersion がはっきりと現れました(15N-CPMG では、数残基の例外を除いて、あまり大きな dispersion が観られなかった)。つまり、ピークが分かれてくれる程の遅さではないが、二つの 19F 化学シフト値の間をピークが速めに行き来したので、融合したピークがブロード化したことを意味します(そのブロードさ Rex を 19F-CPMG 法で検出しました)。このグラフから基質が入った時の二つのサブユニットの構造の間の交換速度は 750(基質なし)から 4,300 /sec に跳ね上がることが分かりました。

時分割 X-線結晶構造解析で得られた構造変化から、もしこれを NMR で測れば得られるであろう化学シフトの変化を SPARTA+ というソフトで計算しています。この化学シフト摂動は、活性部位と二つのサブユニットが相互作用している部位の2領域に予測されました。そして実際に滴定実験をおこない化学シフトの変化を見てみると、SPARTA で予測された位置と一致していました(1H/15N の予測はそこまで高精度ではないと思うのですが、値そのものではなく、差を見ているので大丈夫なのでしょうか?)。このことから、片方のサブユニットに基質がつくと、その情報がサブユニット間の相互作用部位を通してもう一方のサブユニットの活性部位に伝わっていくのであろうと提案されています。同時に論文には書かれてはいないですが、この一致により、実際に観られた化学シフト値の変化は構造変化によるものであり、単に基質が結合したことによって起こる、スピン周りの電磁的環境の変化によるものではない(あるいは、あっても小さい)ことをも示しています。たとえ構造変化が起こっていなくとも、リガンドが付くだけで化学シフトは変わるものです。このピークの変化を構造の変化によるものと間違えてしまわないように注意しましょう。立体構造の上でリガンドから遠く離れた部位の化学シフトが動いている場合には、その部分の構造が変化した可能性が高いと言えるのですが。

結晶構造からさらに分かったことは、基質が一方のサブユニットに付くと、もう一方の空のサブユニットは運動性が上がり、そして空のサブユニットに付いた水和水が離れるということです。基質が前者のサブユニットに固定されることにより基質のエントロピーは下がるのですが、同時に空のサブユニットのエントロピーと溶媒のエントロピーが上がり、お互いが打ち消し合うような結果となります。

自然界では、あたかも水槽に落としたインクが何も手を加えなくても独りでに広がっていくように、物事はランダムになるような向きに自発的に進んでいきます。これは多数のインク分子を一か所に集める時の配置パターンは一つしかありませんが、それらをばらばらに水槽内に配置するパターンは数え切れない程あるためです。単純に「場合の数」の問題です。これを頭に入れた上で、リガンドの酵素への相互作用を考えてみましょう。自由に泳ぎ回っていたリガンドが二量体のどちらかのサブユニットに結合して固定されてしまうわけですから、これは水に広がっていたインクが再び集まって元の滴に戻ったようなものです。つまり、エントロピーが下がります。さらに酵素側の鍵穴もそれまでは少し動いていたものが、鍵であるリガンドと結合することによってしっかりと固定されてしまうかもしれません。このような自発的には起こらないはずの「止まる」といった事を起こすには、他の箇所で「動く」という事をしてエントロピーの減少を補填してやらないといけません。しかも、同じ程度ではダメで、何処かでより多く「動く」必要があります。この動かす対象物は、特に酵素やリガンドに限る必要はありません。アンドロメダ星雲も含めた全宇宙のどこかで何かが動けばよいのです。真っ先に思いつくのは、リガンドと酵素との間の水素結合や静電的相互作用によるものです。この相互作用が生じることにより熱が発生しますので、この熱がエッペンドルフの中の水分子に与えられ、水分子がより「動く」ようになります。また、リガンドが結合していない時には相互作用部位に静かに座っていた水分子を解き放してやる方法もあります。ここで、リガンド結合の「止まる」に打ち勝つぐらいに「動く」があちこちで起これば、局所的にエントロピーは下がるものの、別の箇所でエントロピーが上がります。そして、エントロピーの合計が上がるのであれば、この相互作用は自然に進みます。

しかし、これらだけではまだエントロピー競争に負けているかもしれません。そこで、この二量体の酵素はさらなる戦略を進化させました。あろうことか相互作用していない方のサブユニットをあえてフニャフニャにしたのです(イメージが大げさですみません)。これで空のサブユニットの動きが増しました。さらに念を入れてか、なんと空のサブユニットの周りにそれまでくっ付いていた水和水を解き放してやったのです。彼らは喜んで周りに飛び去っていきました。このように空のサブユニットを作っている原子だけでなく、その表面に座っていた水和水をも自由に動き回らせてあげることにより「全体としての自由度が増し」、最初のサブユニットにリガンドが固定されるという「自由度の減少」を補填したのです。このように全宇宙の自由度(いわばエントロピー)を合計した時にそれが増すのであれば、その反応(ここでは最初のサブユニットにリガンドが付くこと)が自然に起こります。どの範囲まで足せばよいのかというのが問題ですが、厳密には宇宙全体です。しかし、この酵素にリガンドが1個つくだけで、アンドロメダ星雲の動きまで考慮しないといけないのは酷です。そこで、ここではエッペンドルフ内だけを考えることにしましょう(ITC で微弱な熱でも検出できてしまう現在では、もっと広く「宇宙」としての範囲を取らないといけません。例えばリガンドと酵素の間に水素結合が形成されることによって放出された熱が、周りの温度に影響を与えなくなる程に広くです。それ程に広い媒体を「格子」と呼びます)。

一方、反応前の基質ではなく反応後の生成物を付けてやると、apo 状態での低い B-factor(つまり、あまり動かない状態)と水和水の状態に戻るのだそうです。つまり、空のサブユニットの自由度を下げて、結合している側のサブユニットの自由度を上げるのです。そのためには、生成物を解き放ってやる必要があります。なんだかちょっとストーリーが出来過ぎのような気もしますが、この空のサブユニットの運動性が変わることによって、構造だけでなく運動性まで非対称になるという現象は CAP 蛋白質にも観られましたので、もしかすると一般的なのでしょうか?必ずしもそうではないと思いますが。

以上より、基質が一方のサブユニットに付くと、そのサブユニットと空のサブユニットとの間で構造が 4,300 /sec の速さで入れ替わる、同時に空のサブユニットが非常にフレキシブルになることが分かりました(基質が二つのサブユニットの間をこの速度で飛ぶ移るわけではない)。この辺りも CAP 蛋白質と全く同じです。次に著者らはコンピュータで RTA アルゴリズムなるものを使って計算しています。リガンドが付くことによってそのサブユニットのリガンド結合部位の構造が変わります。この変化がどのようにして、もう一方の空のサブユニットに伝わるのか、つまり「アロステリーの伝達」を計算するのです。具体的にはリガンドが結合する前後での自由度を算出して比べています。すると、apo の状態では二つのサブユニットともに rigid であったのが、リガンドが一方に付くと、空のサブユニットとの境界領域がフレキシブルになったそうです。なんだかこれもストーリーが出来過ぎに見えますが。

アロステリック効果を説明するのに、少なくとも二つの代表的なモデルがあります。Induced-fit と conformational selection です。著者らは、今回の結晶構造に後者の特徴が観られると書いています。例えば apo 体のサブユニット A では、Tyr141 の芳香環が二つの位置に観られます。一方は major な方で Trp156 から遠く離れています。他方は minor な方で、Trp156 と π スタックしています。この minor の方が基質 FAc と相互作用している時にとる予定の構造です。一方、サブユニット B では、二つの major, minor 構造はほとんど縮重して、Tyr141 と Trp156 が離れています。しかし、たいへんややこしいことに、このサブユニット B での二つの major, minor 構造はほとんど似てはいるのですが少しだけ違っており(それぞれ Bj, Bi 構造と名付けることにします)、著者らは、サブユニット A で minor 構造をとる時には、サブユニット B でも minor, Bi 構造をとる(しかし、この二つの minor 構造は大きく違う)と結論づけています。これは [19F]-Trp156 のスペクトルに二つの小さなピークが観えていることからも分かり、これらは二つのサブユニットのそれぞれの minor 構造に対応しています。これらのピークが分離して観えていることから、基質がない状態では構造交換は数秒とゆっくりです??

さて、ミカエリス複合体になると、基質が付いたサブユニット A では上記の minor 構造(Tyr141 と Trp156 が π スタック)が優勢に転じます。一方、基質の付いていない側のサブユニット B では、Tyr141 は Trp156 から離れたままです(Bj ?)。ここでも、二つのサブユニットが非対称形をとっています。そして、apo 体のサブユニット A で観られた minor 構造は、まさしく基質が付いた時の構造でした。むしろ、conformational selection を通して、そのような minor 構造が基質によって選択されたのでしょう。

また、反応中間体を模倣した構造も解析しています。その場合、サブユニット A では、再び Tyr141 と Trp156 が離れてしまいます。この構造が Bj とそっくりとのこと(この辺りの英文と図が矛盾しているように思えるのだが、誤植ではないだろうか?)。そして(図の方が正しいとすると)この反応中間体においては、サブユニット B は(空の状態で)Bi 構造をとっているようです。ちょっと複雑で何が何だか分からないのです。

すこしまとめてみますと(1)apo → 基質が付いたミカエリス複合体 → 基質が共有結合した反応中間体 → 生産物が付いた状態という過程を順に経る時に、基質が付くサブユニット A でも、空のままのサブユニット B でも構造が刻々と変わっていく(2)そのいずれのステップでも二つのサブユニットは非対称的な形をとっている(3)サブユニット A の構造と B の構造は異なるがペアを組んでおり、お互いに独立に構造が交換している訳ではない(4)基質が全くない apo の状態でも、基質が結合できるような構造がすでに 0.5% ぐらいの割合で存在し、優勢な構造と遅い交換状態にある(5)触媒反応が進むにつれて、非対称性が顕著になり構造交換が高速になる(6)最後の生産物が付いた状態で非対称性も交換速度も小さくなるでしょうか?

どうしてこのような非対称性をとるのかは不思議です。このような芸は、単量体ではできず多量体になって初めて可能な現象ですので、なぜ生体中にこのように多量体が多く観られるのかという問題にも関連しているのでしょう。一つは、空のサブユニットがよりフレキシブルになる、また、周りの水和水を開放してやることによって、もう片方の(基質が結合した)サブユニットでのエントロピーの減少を補填するという仕組みがあるのでしょう。また、早く遷移状態にもっていくことができるという理由もあるでしょう。また、この論文にははっきりとは書かれてはいませんが、このような非対称性は多くの場合、基質の結合に関して負の協同性を生み出します(反応が進まないように工夫してやると、二個目の基質は見かけ上つきにくくなる)。もともと代謝経路の制御には負の協同性が必要で、それを生み出すためにわざわざ多量体が非対称性になるような構造が作り出されたのでしょうか?それとも、酵素が触媒反応の効率を求めて多量体を非対称性になるように進化させた結果として、負の協同性が不随してきたのか、考えるほどに深遠で興味深いところです。

ここで紹介された酵素では apo 体においてすでにミカエリス体を一瞬にとるという現象 conformational selection が起こっています。よく協同性の話が教科書に出てきた時、conformational selction = MWC model, induced-fit = KNF model という構図が描かれています。しかし、MWC model では常に対称形をとることが前提となっているため、今回のように非対称形をとるような half-of-the-sites 活性をもつ系は当然のことながら MWC model には当てはまらないことになり、しいては conformational selection も起こらないのか?と誤解されてしまい勝ちです。ここは注意が必要です。

ラチェット機構?

また、今回の手法には NMR が使われてはいますが、このような時分割 X 線結晶構造解析が見せつけたその威力には脱帽です。ペラペラ漫画の各ページは X-線が描き、それらのページを順番通りに並べ、ページがめくられていくスピードを NMR が割り出したといった感じでしょうか?時分割 time-resolved X-ray 云々をサーチすると、SACLA の自由電子レーザの話がたくさん出てきます。10 億倍もの輝度?1フェムト秒以下のパルス(千兆分の1秒で合ってる?)すさまじい技術ですね。

また余計な話になってしまいますが、Seydoux の preexistent asymmetry モデル(1973, 1974)というモデルがあります。このモデルではヘテロで相互作用が無く、親和性の異なる結合サイトが最初から想定されているので、今回のようなホモ多量体は当てはまらないのかもしれませんが、これを広く解釈すると、ホモ多量体でも異なる親和性をもつ結合部位が apo 状態ですでに複数あるということになります。そのような酵素が見つかった、そして教科書に載っては後で否定されて消えていってしまいましたが、なにげなく実際にたくさん存在するのではなかろうか?と思わせてしまうところがあります。これの検出はすこぶる難しく、サブユニット間で構造が速く交換してしまっていると、NMR では化学シフトが平均化されてしまい、非対称であることが検出の窓にかかってこないのです。つまり、各サブユニットからのピークが重複しているからといって必ずしも apo で対称形であると断言してはいけないことになります。正確には化学シフトの slow-exchange の時間スケールで見る限りにおいて対称形である(fast-exchange で非対称形がお互いに入れ替わっている可能性は否定できない)といった変な結論になります。

Probing dynamic asymmetry and
protomer exchange during catalysis から