2023年1月1日日曜日

リン酸ナトリウムとリン酸カリウム

これは知らなかった。

生化学実験でよく使う「リン酸緩衝液 phosphate buffer」には大きく分けて二種類ある。リン酸ナトリウムとリン酸カリウムである。「どちらを使えばよいか?」と尋ねられたことがあったが、「どっちでも構わないよ」と答えてきた。実際、タンパク NMR の溶媒として使ってみて、差が見られたことは一度もなかった。もっとも血液にはナトリウムが多いので、血漿にもともとある蛋白質の場合にはリン酸ナトリウムバッファが良いのかな?ぐらいには思ったこともあったが、さして大きな理由があったわけでもなかった。

ところが下記の論文には(私にとって)驚くべきことが書かれていた。

K A Pikal-Cleland, N Rodríguez-Hornedo, G L Amidon, and J F Carpenter (2000) Protein denaturation during freezing and thawing in phosphate buffer systems: monomeric and tetrameric beta-galactosidase. Arch. Biochem. Biophys. 384(2), 398-406. doi: 10.1006/abbi.2000.2088

よく蛋白質溶液を冷凍保存し、使う直前に冷凍庫から取り出して解凍して使うが、その場合は、リン酸カリウムの方がよいとのことである。では、リン酸ナトリウム緩衝液を使った場合にはどうなるのか?これは 100 mM という比較的濃い緩衝液の場合であるが、もともとの pH 7.0 が、冷凍の際に 3.8 になることがあるというのである。pH 3.8 では、かなりの蛋白質が変性してしまい、解凍した時に沈殿を見るはめになる。10 mM であっても pH は 5.5 まで下がるらしいので、等電点沈殿を起こしてしまう蛋白質もあるだろう。ただし、液体窒素などを使って瞬間冷凍した場合には、そのような大きな pH 変化は起きない。

理由も書かれていて(ゆっくり)冷凍庫で凍らせると、不安定な Na2HPO4 が結晶化して沈殿してしまうためだそうだ。中性付近の pH は NaH2PO4 と Na2HPO4 との間のバランスで決まる。両者を等モルずつ混ぜると pH 6.8 付近になる。また、pH 7.5 にしたければ、それぞれを何対何で混ぜればよいかという表もネット上にある。凍らせる時に Na2HPO4 が優先的に無効になってしまうと、残る NaH2PO4 は(H が2個もあるので)溶液を酸性にもっていってしまう。ところが KH2PO4-K2HPO4 buffer の場合は、そのような事が起こらないのだそうだ(むしろ、ほんの少しだけ pH が上がる)。ただし、リン酸カリウムの場合でも、ゆっくり冷凍したり、ゆっくり解凍するとダメです。局所的に塩が集まってしまうので、蛋白質が沈殿になってしまいます。また、低温変性の影響も出てきます。

実際、溶液をエッペンドルフチューブに入れてゆっくり凍らせると、純水部分が周りから凍っていく。南極(北極?)の氷が海水ではなく純水であるのと同じである。すると、まだ凍っていない内部には、蛋白質や NaCl などの塩が濃縮されていき、さらに pH も下がって、蛋白質は沈殿してしまう。沈殿に気づくのは解凍してから後のことである。また、解凍の操作の時は上記とは逆に、蛋白質や塩の集まっているところから先に溶け出していく。そのような理由により、冷凍・解凍(freezing and thawing)をする際には、瞬間冷凍・瞬間解凍を目指さないといけない。前者には liquid-N2 を使えばよいが、後者はなかなか難しい。うっかり電子レンジでチンしてしまうと、逆に温度が上がり過ぎて卵焼きができてしまう。これも蛋白質の沈殿の一種ではあるが。

肉や魚の冷凍・解凍でも同じことが言え、できれば瞬間がよい。冷凍時間は電力を上げれば上げるほど短くできるが、解凍はそうもいかないので、なかなか難しい。電子レンジに解凍モードがあるが、もともと氷は電子レンジの電磁波を吸収しないので、氷を解かすのは苦手である。しかし、一旦少しでも溶けると、水は電磁波を吸収して一気に高温の水蒸気になってしまうため、今度は温め過ぎとなってしまう。

トリス(Tris-HCl)緩衝液の pH は温度に敏感である。冬に調製したバッファを春先に使うと、pH が 0.5 ぐらい下がっている。そのため、タンパク質が沈殿してしまったり、His-tag(Ni-NTA)カラムに蛋白質が吸着しなくなったりといった「怪事件」が起きてしまう。コロナの頃は、実験室のドアは開け放しだったので、冬はオーバーコートを着て、夏は汗だくで実験したが、すると上記のような事が起こり「はてな?」状態となった。等電点が 7.0 の蛋白質に対して、pH 7.5 の Tris-HCl buffer を使っていたためである。そこで pH 8.0 の Tris-HCl buffer に変えると、余裕ができて沈殿は一切でず、ゲル濾過でもきれいな溶出ピークが見られた。

今、除夜の鐘が鳴ってしまいました。それでは佳いお年を。

2022年12月11日日曜日

HyperW DNP 法

NMR はすばらしい装置だと思うのですが、唯一の?欠点は感度(S/N)が低いことです。蛍光の感度ほどではなくても、これさえ高ければ、もっと普及することでしょう。この問題の救世主かもしれないツールが、何種類かある超偏極法の中の DNP: dynamic nuclear polarization です。下記論文は、特にこれを蛋白質や核酸などの生体高分子に、しかも溶液の状態で活用する方法についてです(溶解 dissolution DNP)。要は上向きの α スピンの数を下向きの β スピンの数に比べて圧倒的に増やすことができるかどうかです。室温では α と β の数の差は数万分の1ぐらいなので、サンプルを濃縮したとしても、その数万分の1ぐらいの核しか観測に貢献していないことになります。もったいない。ここでは(1)の紹介が主ですが、(2)と絡めながら要点を書いていきたいと思います。

(1)Epasto, L.M., et al. (2022) Toward protein NMR at physiological concentrations by hyperpolarized water—Finding and mapping uncharted conformational spaces. Science Advances 8(31):eabq5179.
DOI: 10.1126/sciadv.abq5179
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abq5179

(2)Hilty, C., et al. (2022) Hyperpolarized water as universal sensitivity booster in biomolecular NMR. Nature Protocols 17, 1621–1657.
DOI: 10.1038/s41596-022-00693-8
https://www.nature.com/articles/s41596-022-00693-8

DNP 装置(1H に換算すると 285 MHz の磁石)を 1.3 K に冷やし、そこにラジカルである TEMPOL 15 mM を入れる。具体的には 150 μL(50% 重水素化グリセロール, 40% D2O, 10% H2O)とのこと。グリセロールは一種の凍結防止剤で、これを入れるのは、水が凍る時に一様にするためである。そこに電子の共鳴周波数に相当するマイクロ波 50 mW を 1~2 hr 当てると、オーバーハウザー効果が生じて超偏極した水を作ることができる(1H/1H の距離を測るための NOE, 13C の感度を上げるための 1H/13C NOE, アミド基のフレキシビリティーを測るための 1H/15N NOE なども、磁化移動としての基本は同じ。ただし、超偏極を移す方法は何種類かあるので、筆者のここの理解は間違えているかもしれない)。

数時間たって、この超偏極が 90% 程に蓄積したら、5 mL の室温 D2O(二番目の参照文献では 180℃ に熱した D2O)を 15 気圧で加えて、この溶液を一気に溶かし、500 MHz の溶液 NMR 装置に 7 気圧の He ガス圧で送る。この「溶かす」という操作から “dissolved DNP” と呼ばれる。溶かす時は軽水ではなく重水を使う。軽水を入れると、超偏極されていない 1H が増えてしまうし、せっかく超偏極された 1H の磁化が、されていない 1H に交差緩和で分散してしまう。一方 NMR 装置側ではサンプル管の中で 300 μM の蛋白質 MAX が 25℃ で待っている。これを超偏極水で 1/300 に一気に薄めるので、最終的な濃度は 1 μM となる。この溶解から混合までのプロセスを 2 秒で終わらせる。計算してみると、最終的な測定サンプルの中はほとんどが D2O で占められ、超偏極水はたったの 0.3% である(1H 濃度に換算すると 330 μM であり、これは蛋白質の 1 μM より圧倒的に多いからいいのかな?)。この論文では 1 μM にまで薄めるのが一種の目的となっているが、実際には超偏極水で数倍に薄めるのでよい。

超偏極した水の 1H は、蛋白質の -OH, -NH, -SH, -NH2 などと化学交換する。特に Gln, Asn の側鎖の NH2 との交換が速い。15N のパルスが届けば、Lys, Arg など速く交換している基も観測できるだろう。そして、そこから他の 1H へ NOE を通して磁化移動が起こる。これら交換によって、蛋白質の他の 1H の一部もちょっと超偏極になり感度が上がる。著者らは SOFAST-HMQC の一次元版(15N の t1 をほぼ 0 のままに固定しておく)を測定した。スキャン回数 ns は原則 1 回である(しかし、後述のように 2~4 回は可能)。10 秒ぐらいで感度向上の効果はなくなってしまうので、早く観測を始めないといけない。感度上昇率はおそらく 120 倍ぐらいではないかと著者らは見ている。二番目の参照文献には 50 秒ほど保てられると書かれており、それならば、超偏極された水の 1H は、生体高分子の交換性 1H と次々と入れ替わるので、ns > 1 の積算が可能になってくる。もちろん、水にパルスがかからないようにしないといけない。しいては 2, 3 次元の測定も可能だろう。そして、感度は 1,000 倍ぐらいに達するので、それの二乗つまり 100 万回の積算に相当するとのこと(10 日分?この推定はちょっと行き過ぎているような気もしますが。)

超偏極の準備に 2 hr かかったので、もし、超偏極をせずに普通に測定したらどうなるのであろうか?熱平衡状態では偏極率は数万分の1程度である。2 hr あれば、14,400 回スキャンはできる(ns)。よって感度 S/N はその平方根であるので 120 となる。今回の超偏極では 120 倍の感度上昇が得られたとのことなので、偶然の一致かどうかは分からないが、今回の論文では超偏極有無の勝負は引き分けということになった。

超偏極は低温で維持されやすい。よって、むしろ固体 NMR に向いている。一方、これを溶液 NMR に適用するには、室温にまで温度を上げないといけない。すると、90% あった超偏極は T1 緩和によってどんどん消えていき、室温での分極率(数万分の 1)にまで戻ってしまう。ここが難しいところ。

MAX は 25 度ではちゃんと fold して二量体をとっている。37 度に温度を上げると unfold してサブユニットは分離してしまう。ここまでが論文に載っている内容であるが、いずれも 300 μM ぐらいという構造生物学に必要な濃度での解析結果である。しかし、薄めるとサブユニットが解離して単量体になるらしい。実際の生理的条件に近い 1 μM ぐらいに薄めると、上記2つの濃い時とは全く異なるスペクトルが現れた。

と言っても、この一次元スペクトルの比較図では、なかなか判断が難しい。Fig. S3 の拡大図を見た方がよいだろう。ここでも差は微妙なのであるが、0.1 mM・25℃ で見えている 8.3 ppm 辺りのピークが、1 μM, DDNP では消えているのが特徴か?きっと単量体に分離した時、MAX は少し unfold するのではないだろうか?MD では単量体はコンパクトに fold することになってはいるが、クライオプローブで測定された 1 μM のスペクトル(Fig. S4 c)を見ると、側鎖 Asn, Gln のピークもまずまずブロード化しており、コンパクトに fold しているようには見えない。0.1~0.3 mM で 37度にした時と様子が似ているような気もするのだが。このような α-helix ばかりの構造は、アミドの 1HN 化学シフトだけでは判断が難しい。知り合いからも、Sparta でそこまで精密に予測できるかな?と疑問が出た。何とか BEST-HNCA, BEST-HNCO などをとって、TALOS のようなソフトで二次構造を予測したいところである。

DNP 装置の中でラジカルと蛋白質をすでに混ぜておき、電子の超偏極を蛋白質に移してから、観測用の NMR 装置に移すという方法もとられる。しかし、移している最中は磁場がないために T1 緩和が速くなり、せっかくの分極が失われてしまう。そこで、今回の DNP 装置では水を超偏極させ、それを素速く溶かして NMR 装置に送りこみ、そこにある蛋白質や核酸と速攻で混ぜる。そして、これら生体高分子には交換性の水素があるので、それと超偏極した 1H とを交換させるという方法が有効である。この方法 HyperW では、超偏極水を DNP 装置から NMR 装置に転送している間の損失が少ない。

溶液のままで、蛋白質の表面につけたスピンラベルから近くの核へ Overhauser 効果で偏極を移す方法もあるらしい。低磁場に向いているとか(Overhauser effect DNP, ODNP)。しかし、常磁性緩和促進(PRE)の場合と同じく、あちこちに一つずつスピンラベルを付けて実験を繰り返さないといけないので面倒という欠点がある。

DNP 装置は 7(+- 2)千万円ぐらいと載っていた。日本での今の障壁は He 代だろうか?すでに 1 万円 /L に達してしまった。再凝縮装置も可能だけれども、今度は電気代を勘定に入れないといけない .... 。

理論的には 5,000-10,000 倍の感度上昇が見込まれるはずであるが、実際にはその 1/100 程度に留まっている。その理由として次のような事情が挙げられている。(1)低温で固体状態の超偏極剤を溶かすために D2O などで薄めないといけない (2)NMR 側でサンプルと混ぜる時にも薄まってしまう (3)DNP 装置から NMR 装置に転送する時に超偏極が緩和してしまう (4)NMR 側でも超偏極が緩和してしまう(5) 対象とする生体高分子の 1H と超偏極した 1H とが速く交換するに越したことはないが、一方でマージした化学シフト値は圧倒的に大量の水の共鳴値に同化してしまう(濃度比が極端に偏っている時の fast-exchange)。また、水の 1H の T1 緩和を延ばすことができれば、超偏極をそれだけ長く保つことができるわけであるが、これを >10 秒にするには、重水溶媒に溶かす、ラジカルを除く、温度を上げるなどの方法が考えられる。すると、数回はスキャン ns を繰り返すことができるので、位相回しも少なくとも 2 回は可能になるだろう。

HyperW のもう一つの欠点は、蛋白質の表面、あるいは核酸で水素結合を組んでいないようなイミノ基しか高い感度の観測ができないことである。いわゆる Protection factor の高い、疎水性コア領域は観れない、あるいは感度が低い場合が多い。天然変性蛋白質 IDP, IDR の場合は、あまり問題にならないだろう。

最近は、偏極させたラジカルを凍らせたまま溶液 NMR に持ってきて、そこで溶解させたり、導管にも磁場をかけて、超偏極を長持ちさせたり、1H に超偏極を伝えた後 CP で 13C に移すことによって蛋白質のコアにまで偏極を伝えたりなど、さまざまな工夫がなされているらしい。先日の NMR 討論会(高知)では、DNP の話題が一杯あり、今ホットなんだと痛感した。そう、NMR はあと感度の問題させ克服できれば、泣く子も黙る超スーパー分光器なのです。感度を数千倍に上げることができれば、固体 NMR で蛋白質の多次元スペクトルがとれ、大腸菌培養 1L から 100 回分のサンプルがとれ、海の底のナマコ1匹から構造決定に十分量の創薬候補物質がとれ、ほうれん草一束から光合成膜蛋白質がとれ、そして、測定も1分で終わる。磁場が低くても結構いけるかもしれない。クライオプローブも要らない。400 MHz 室温プローブだと、維持費も 1/100 以下だろうか?それから量子コンピュータにして、数十桁の素因数分解もできるかもしれない。そのような情景を思い浮かべながら、DNP のポスター会場に佇んだ。

2022年11月23日水曜日

多量体酵素の中立進化

https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.adc9440

Liu, A.K. et al. (2022) Structural plasticity enables evolution and innovation of RuBisCO assemblies. Sci. Adv. 8(34): eadc9440.

doi: 10.1126/sciadv.adc9440. Epub 2022 Aug 26.

ルビスコ(RuBisCO: Ribulose-1,5-bisphosphate carboxylase-oxygenase)と呼ばれる、まるで何処かのビスケット会社の名前のような酵素は、光合成の過程で活躍し、空気中の二酸化炭素 CO2 を 3- ホスホグリセリン酸に固定する反応を触媒する。世の中でもっとも豊富にある蛋白質であるらしい。二酸化炭素は小さく空中に分散しているため、動物達には特に役立たない。これをデンプンや砂糖といった栄養分(そして、その何億年か後の石炭や石油)に固定するためには、このルビスコに活躍してもらわないといけない。CO2 は小さく空中を飛び回っていることから、エントロピーが高い状態といえる。一方、その炭素が固定されたデンプンは高分子で、お芋やお米の中に固まって秩序正しく静かに存在していることからエントロピーが低い状態といえる。というわけで、我々はその低いエントロピーを食べて、細胞や体など秩序だった(つまりエントロピーの低い)構造物を維持し、代わりにエントロピーの高くなってしまった二酸化炭素を肺から放出していることになる。

ルビスコには3種類ほど型(form)がある。Form I は一般的な植物にあり、form II は光合成細菌にある。バクテリアは原核生物(細胞核がない)のに光合成をするのか?とよく講義で驚かれるが、27 億年前に自然発生したシアノバクテリアのおかげで、地球に酸素がもたらされた。Form II は最初に解かれた構造が 2 量体であったため、その他の form II に属するルビスコもすべて四次構造は 2 量体であると信じられていた。しかし、それは先入観であって、著者らが実際にいろいろな種類の光合成バクテリアのルビスコを SEC, SAXS, MALS という方法で解析してみると、なんと6量体が多かった。

ちなみに植物の form I は、小サブユニットも導入した 8 量体一色である。つまり 8 量体に固定されていて、他の 4 量体や 6 量体がない。これは、進化の途中で偶然にも大サブユニット8個に小サブユニット8個が合わさることによって初めて十分な活性が生じ、もう後には引けない状態になったためであろう。つまり、活性の有無が選択圧となっている。

ところが、form II では、バクテリアの種類によって 2, 4, 6 量体といろいろ存在している。ある種の菌から見つかった RuBisCO は 4 量体であったが、これはめずらしいとのこと。その 4 量体は、どの 2, 6 量体ともサブユニットの接触の仕方が異なっていた。さらに、この 4 量体から form I の 8 量体を組み立てることもできなかった。つまり、最初に 2 量体が二つ寄ってたまたま 4 量体となったが、これは進化の袋小路であり、この 4 量体を部品として 次の 6, 8 量体が生まれることはなかったということになる。おそらく原始的な 2 量体にまた別の変異が起き、そこを界面として(4 量体を飛ばして)6 量体となったのだろう。

Form II には 6 量体に固定している系統もあるが、一方で、2 量体と 6 量体が混ざったような系統もあった。この dimer-hexamer 系統群では、進化の途中で 2 量体と 6 量体の間を容易に行き来したようである。たとえば、ある菌の 2 量体に突然変異が生じて 6 量体になった。しかし、数百万年後に進化した菌では、もうその 6 量体をやめて、もとの 2 量体に戻ってしまった。そのような行ったり来たりが進化の途中で繰り返されたということは「6 量体でなければ生きていけない」といった切羽詰まった選択圧が無かったということになる。「別に 2 量体でもいいやん。十分やっていけてるよ。いや、むしろ CO2 への特異性もちょっとだけ上がったし快適やん。なんで先祖様は 6 量体になんかしたんかな?訳分かんない」みたいな、選択圧がない状態であったと予想される。いわゆる中立進化が蛋白質の構造にも起こっていたということらしい。

RuBisCO のサブユニット接触面は、めずらしくも親水性残基で構成されており、界面にあたる Arg131 は、hexamer 系統群では保存されているが、dimer-hexamer 系統群ではあまり保存されていない(つまり、激しく変異している)。著者らは R98A と R131A それぞれの変異を作ってみたところ、どちらも 6 量体から 2 量体になった。たった1残基の変異だけで簡単に。疎水性残基が接触面にある多量体では、進化の途中で単量体の方向に戻ることはないと考えられている。確かに疎水性残基が表面に露出していると、あちこち別物質の疎水性表面にべたべたとくっつき、下手をすると凝集体やアミロイドのような危険な巨大固体になりかねない。疎水性残基が露出しているのは危険であるので、同じサブユニットどうしでくっつきあって疎水性表面を内側に押し込めて隠し、結果として多量体へと進化していく。多量体から単量体への方向へ進化していくのはむしろ自殺行為であり滅びてしまう。しかし、接触面が親水性残基の場合は、プラス・マイナスの電荷を通してサブユニットどうしで引っつき合ってもよし(多量体)、あるいは離縁して水と仲良しになってもよし(単量体)、要はその親水性残基にとってはどっちでも構わないのである。特に今回のように、酵素活性がそれほど落ちない、構造も不安定にならない場合には、6 量体から 2 量体へと戻る進化もあり得る(それを退化だと思ってしまうのは、むしろ主観的なのかも)。どっちでも生きていけるとなると、中立的な進化となる。キリンのように、首が短いと高い所の葉っぱが取れず生きていけないといったような場合には、首が長くなる方に選択圧がかかる。

Dimer-dimer 界面は活性部位からは遠いが、それを変異させると、酵素活性がちょっと変わったらしい。影響は小さいながらも、6 量体が 2 量体になると、サブユニット構造がほんの少し変わり(見た目は分からないが)、それが活性に影響するのだろう。ルビスコは CO2 を基質とするが、実は間違えて O2 も吸着してしまう。よって、もし、植物を品種改良するとすれば、O2 には見向きもせず、ひたすら CO2 だけを選んで取り込むようなルビスコに変身して欲しいと農家は願っている。なんとそれが(ほんの少しではあるが)できたらしい。6量体を 2 量体に分割するために変異を入れると、カルボキシラーゼとしての活性はちょっと落ちたが、O2 との吸着力が下がった(つまり、CO2 への特異性は上がった)とのことである。また、著者らは 2 量体から6量体への変身も試みた。7 箇所に変異をいれたところ、完全に 6 量体には至らなかったが、2 量体 : 6量体 = 3 : 1 の平衡状態になったそうである(試験管の中で、個々の分子が 2 量体と6量体の間を行き来しているという意味)。なお、先祖の配列をコンピュータで予測し、実際に作ってみたところ、2 量体と 4 量体の平衡状態もできたそうである。このような平衡状態はちょうど四次構造が変わる進化の途中の模様を再現しているのかもしれない。

ちょっと英文の言い回しが難しく、詰まりながら読んだが、たいへん面白い内容だった。うちでこれまでに扱ってきた蛋白質も、2残基ほど変異を入れると四次構造が変わったり、種によっては異なる多量体になっているケースがちょこちょこあった。いつも同じ酵素でありながら、何故 A 種だと 4 量体で、B 種だと 2 量体なのか?と真剣に考えて悩んだりもしたが、もしかすると、このルビスコのケースと同じく、A/B 種にとってみれば「どっちでもほとんど同じだから、たまたま 2 量体に戻した。大した理由なんてないよ。また気が向いたら 4 量体になるかも」というのが答で、ルビスコと似たケースなのかもしれない。

これを書いている最中に、数年前 morpheein モデルがブームになったことを思い出した。これはサブユニット自体の構造も変わるので、今回の話とは別話題となるのではあるが。ちょっとググってみると、今も発展しているようである。

https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.bioconjchem.0c00621

2022年6月30日木曜日

液液相分離を原子レベルで観るには....

もう1年近くも更新していなかったので、サイトを消されてしまったのではないかと恐る恐る見てみましたが、何とかまだ残っていました。

雑務に忙殺されながら、なかなかじっくりと論文を楽しむ?時間もなく、しかし、せめて Kay さんの論文だけはと奮起してはみたものの、あまりもの長さに途中で何度も中断しながら数ヶ月もかかってやっと読み終わりました。その度にちょっとずつメモしていたのですが、読み終わって振り返ってみると、また下記のように長文が。。。

今後はもうちょっと要約だけ(役立ちそうな事だけに絞って)メモすべきかと思います。まあ、しかし、この論文をセミナー紹介しようと思い立ったが途中で四苦八苦しているかもしれない国内の学生さんにとって、せめてもの一助にでもなればと期待しています。

T.-H. Kim, B. J. Payliss, M. L. Nosella, I. T. W. Lee, Y. Toyama, J. D. Forman-Kay, L. E. Kay (2021) Interaction hot spots for phase separation revealed by NMR studies of a CAPRIN1 condensed phase. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A 118(23), e2104897118. DOI: 10.1073/pnas.2104897118

液液相分離ではタンパク質のどことどこ同士が相互作用しているの?という謎を解明したいと思っている若い方、下記の方法に従えば可能です。ただし、あまりに対象が大きいと帰属が大変ですので、この例のように 100 残基ぐらいにまで絞れればよいかなと思います。

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X 線、cryo-EM, NMR ともに、液液相分離の構造を解析するのには苦手なツールである。NMR にとっても、高い粘性、高分子量はなかなか難しい壁である。その中でも、1H/1H NOE が重要な情報を与える。

CAPRIN1 は細胞質内の液相にある RNA 結合蛋白質である。mRNA の翻訳制御や安定性に関連しており、記憶や学習につながる。変異は自閉スペクトラム症を発症する。607-709 の領域が液液相分離を起こす low-complexity IDR である。これの Arg, 芳香環が FMRP と共に液液相分離を引き起こす。

液液相分離の阻害には CAPRIN1 の O-linked-N-acetylglucosaminylation (O-GlcNAcylation) が重要であった。pI = 11.5 で、塩や RNA を入れて Arg+ の電荷を遮蔽すると、液液相分離が始まる。さらに、ほどほどの濃度の ATP が Arg-rich な N-, C-末端領域に結合し、液液相分離を促進した。一方、高濃度の ATP は、CAPRIN1 の至るところにくっつき、逆に液液相分離を阻害することを見つけた(ATP は hydrotrope と呼ばれており、普通は凝集体を解く方に作用する)。ATP-Mg の代わりに 1% だけ ATP-Mn を加え、常磁性緩和により ATP 結合サイトを検出した(こういう点うまい!)。

Mg-ATP の追加により、分子間 NOE が増えたり強くなった。Arg, Gly, Gln のアミド基と aromatic 側鎖との間に分子間 NOE が見られた。(Gly を除く)Hα と HN の間や、Arg 側鎖と aromatic 主鎖の間にも。特に aromatic と Hα の間の NOE は強かったことから、液液相分離には主鎖の相互作用が重要であることが分かった。Phe よりも Tyr の方が分子間 NOE が強かった。逆に分子内 NOE はほとんどが局所的であった(芳香環と Gly について、残基内 i, sequential i-1 の強い NOE ばかり)。(NOE の解析はひたすら根性のみです。一応、測定条件を書いておきます。250-ms mixing time, 25 度, 0.5 mM 13C-labeled + 0.5 mM 12C-labeled CAPRIN1 に 0.8 mM Mg-ATP を入れた)。

液滴の中の蛋白質の拡散係数は二桁ほど大きい。さらに Rex も加わって、線形はかなりブロードになる。著者らは温度を 40 度にまで上げた。NaCl を 400 mM まで上げると、それでも 22.4 mM の液滴が維持されるらしい。12C, 15N, 2H(重水素化しないと、分子内 NOE が見えてしまう)と 13C, 14N, 1H の試料を混ぜ、分子間 2D 13C-edited/filtered, 15N-edited NOESY をとった(この方法、本当にお勧めです!)。13C-edited では、aromatic 側鎖を edit した。また、13C 標識と非標識を 0.5 mM ずつ混ぜ、3D 13C-filtered/edited NOE も測っている。側鎖から主鎖アミド基への NOE ピークの強度を見てみると、ホットスポットが見つかった。

分子内 NOE をとるために、[13C, 15N]-CAPRIN1 に5倍等量の非標識体を混ぜて、NOE を測定した(この方法、ちょっと覚えておくといいですね)。このモル比により、分子間 NOE はかなり薄められる。Long-range の分子内 NOE は観測されなかった。分子内としては、芳香環(あるいは Gly)と残基内アミド基、あるいは一つ後ろのアミド基との NOE が目立った。メチル基からアミド基への NOE を比べてみると、分子内 NOE は残基内か隣の残基に限定されていたのに対して、分子間 NOE は分子全体に散らばっていた。領域によって相互作用の強弱はあるものの、分子全体にわたって鎖どうしが相互作用し合っている。

液液相分離していない mixed-状態と液液相状態の condensed-状態での R2 を比べてみると、両者の間には相関がある。液液相状態になりにくい変異を見てみると、mixed-状態でも R2 緩和が下がっている。よって、前者の分子内相互作用と後者の分子間相互作用は相関していると言える。

NMR 観測から S644 がグリコシル化 (O-GlcNAcylation) されることが分かった。この部位は、液液相分離での分子間相互作用部位のすぐ近くであり、グリコシル化により液液相分離が抑制されることと一致する。また、ATP-Mg も Arg, 芳香環 rich な領域に相互作用し、液液相分離を抑制する。

LLPS を理解するには、分子間の相互作用を同定することが重要である。そのための最初のステップは変異体の作成である。そして、Ddx4 や FUS において芳香環 Phe, Tyr の変異が LLPS 形成能を下げたことから、これらの残基が関与していることが分かった(でも、この変異法だと、あっという間に歳とるよね。10 個/週ぐらいのペースで進めないと)。さらに Arg、電荷をもった残基が重要である。このような sticker の間の遷移的な相互作用が LLPS を促進し、それらの間の親水的な spacer が相互作用を和らげて凝集を防いでいる。しかし、Phe, Tyr, Arg, 荷電残基以外が寄与している例もあり、例えば、poly-Gln, Gly, Ser などが挙げられる。それらの相互作用解析に NMR は使えるが、まあまあ難しい面もある。特に NOE の帰属や緩和解析はなかなか難しい。

CAPRIN1 は 103 a.a. で 1H/15N HSQC もきれいにとれる(ここが味噌)。一方を 2H/15N で、他方を 1H/13C で標識した試料を混ぜることにより、分子間 NOE を間違わずに同定することができた(真似しましょう)。他のサンプルと同様に芳香環の重要性が確認できたが、さらに 1HN-1Hα コンタクトも顕著に観測された。一方、分子内 NOE のほとんどは、残基内、あるいは連続した残基間に限られていた。

分子間 NOE のあった箇所は、同時に 15N-R2 も上がった。よって、遷移的な接触によりダイナミクスが抑えられたことを意味する(くっつくと、ともに泳ぎが止まるということ)。この接触領域を変異すると、液液相分離の傾向が落ち、R2 の上昇も落ちた。

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いかがでしたでしょうか?NMR アプローチの仕方で特に目新しいことはないように思いますが、しかし、このようなオーソドックスな方法を全てちゃんと実行して結果としてまとめてしまうところはすごいなあと思います。

2021年7月15日木曜日

ニッケルカラム

先ほど、学生から Ni カラムがチョコレートになってしまったとの報告が。。。この現象は本当に久しぶりでした。見たのはもう 25 年ぶりでしょうか?

Immobilized-metal affinity chromatography (IMAC) 用の樹脂(レジン)には、nitrilotriacetic acid (NTA) と iminodiacetic acid (IDA) の主に2種類があります。どこかで画像検索していただくと分かりますが、両者は金属を配位する部位の化学構造が微妙に異なります。

IDA の方が安価ですが、蛋白質の精製度は少し落ちます。また、金属のキレート度合いも少し低めですので、DTT, EDTA などの溶液に弱いという欠点があります(金属を配位している結合の数が、IDA が3本に対して、NTA は4本)。しかし、金属を付けたり外したりの操作が楽ですので、頻繁に NaOH でカラムを洗っては再生することもできます。そのため、大量のサンプルをまずは粗精製したいという場合には、IDA の方が向いているでしょう。

今回は、大腸菌を超音波破砕した後に、遠心の上清を 400 mM NaCl 存在下で DEAE にパスさせました。これでかなりの核酸成分が除かれ、それ以降の精製が楽になります。核酸がたくさん残っていると、その後のカラムに蛋白質がくっつきにくかったり(その結果、パスしてしまったり)、溶出ピーク(Abs 280 nm)が変な形になりやすいです。そして、最終的には、核酸のコンタミにより結晶になりにくいという特徴もあります。

一回目の精製では、核酸を除いたサンプルを DTT なしで Ni-chelating カラムに通したのですが、蛋白質の溶出と同時に大量の沈殿が出てしまいました。これは、Ni-IDA オープンカラムを作ったばかりであったためです。その新しいレジン(Chelating sepharose fast flow)には、最初は金属が何も付いておらず、自分で好きな金属(コバルトイオン、ニッケルイオンなど)を付ける仕様になっています。そこで、NiSO4 溶液をレジンに通して Ni をキレートさせました。その時、400 mM イミダゾールで洗って余剰の(キレートされていない)Ni イオンを洗い流しておくべきだったのですが、それを怠ったために、蛋白質の溶出時に大量の Ni がはずれてしまったようです。その結果、溶出液ではその Ni に His-tag 蛋白質が群がってしまい、沈殿になってしまいました。これを防ぐには溶出液を受け取る容器に、最初から 数十 mM ぐらいの EDTA を入れておくとよいです(そして、酸化しやすい蛋白質には DTT も)。

もう少し高価な Ni-NTA packed カラムの説明には、DTT は 5 mM まで耐えられると書かれていました。そこで、今回の Ni-IDA でも同じだろうと勘違いし 1 mM DTT を入れたのですが、なんと Ni-IDA ではすぐにレジンがチョコレート色になってしまいました。これは Ni2+ が DTT で還元されて、金属のニッケルになってしまったためです。金属ニッケルは当然水には溶けませんので、ここに EDTA を加えようが何を加えようが元には戻りません。しかし、ネットを探すと過酸化水素でまた酸化すればよいと書かれていました。そこで 1% H2O2 を加えてみたところ、まるで魔法のようにレジンが真っ白に!その後は EDTA で古い Ni イオンを洗い流し、続けて 200 mM NiSO4 でエメラルドグリーンのレジンに回復させました。

一応 Ni-NTA HisTrap FF カラムでも、このような回復はできるとは思うのですが。Ni-NTA が 1 mM DTT に耐えられるとはいえ、それでも DTT が溶液に入っていると、カラムを抜けてきた溶液は少し黄色がかって見えます。これは、きっと還元された金属 Ni ではないかと思います。よって、時々、新鮮な NiSO4 を加えて上げると、長持ちするのかもしれません。

気がついたら、半年前にも Ni-カラムの記事を書いていました。よほど取り憑かれているようです。

2021年2月7日日曜日

Ni2+ ion の impurity

ヒスタグの話です。

Glover, S.D., Tommos, C. (2019) A quick and colorful method to measure low-level contaminations of paramagnetic Ni2+ in protein samples purified by immobilized metal ion affinity chromatography. Methods Enzymol. 614, 87-106. doi.org/10.1016/bs.mie.2018.08.037

polyhistidine affinity tag (His-tag) と immobilized metal ion affinity chromatography (IMAC)、つまり His-tag を融合させた蛋白質を Ni-NTA(nitrilotriacetate)カラムで精製する方法は、簡単なため広く使われています。しかし、ニッケルイオンは常磁性であるため、もしこれが最終サンプルに残っていると、スペクトルを劣化させてしまいます。実際に、ピークが消えてしまっている例が載っていました。また、水のピークもブロードになるため、水ピークによるベースラインの歪みも示されています。

筆者らの例では、最後に逆相クロマトグラフィーをかけたにもかかわらず、分子量 7.5 kDa の蛋白質 950 uM に対して、ニッケルイオンが 12 uM もコンタミしていました(つまり、蛋白質 80 分子に対して 1 個の Ni2+)。すると、上記のようなスペクトルの劣化が見られたそうです。おそらく蛋白質表面に露出した Glu/Asp などにイオンがトラップされてしまい、局所的にピークがブロードしたのでしょう。しかし、同時にピーク全体の平均強度が 2/3 ぐらいに落ちていますので、付いたり離れたりの交換は速いようです。

筆者らは、[Ni(PAR)n]2+ (PAR=4-(2-pyridylazo)resorcinol, n=1, 2) を使って、Ni2+ イオンの濃度を測定しました。まるで pH 試験紙のように、濃度によって色が変わるようです。上記の 12 uM では、色が黄色からオレンジ色に変わります。

レジンの製品によって、剥がれ落ちてくる Ni2+ の量は異なるらしいのですが、wash や elution の段階で 1 mM ぐらいの Ni イオンが落ちてくることもあるそうです。私のところでも、Ni-NTA カラムからの溶出液をそのまま放置しておくと、翌日には蛋白質が沈殿になってしまうことが多いです。これは、剥がれ落ちてきたイオンに、His-tag 蛋白質が絡み付いてしまうためではないかと思っています。また、そのような状態で His-tag を切ろうとして thrombin などを入れても切れないことが多いです。したがって、Ni-NTA から溶出してきた溶液には、すぐに EDTA を 5 mM ほど入れることにしています。また、その後のゲル濾過 buffer にも EDTA を 1 mM ほど入れています。その後、Amicon などの限外濾過で EDTA を除いてもよいのですが、0.5 mM EDTA ぐらいですと、1H-15N HSQC にはほとんど弊害を及ぼしません。

また以前にも書いたかもしれませんが、His-tag 融合蛋白質は、どうも大腸菌発現系で inclusion body に行ってしまう率が高いように思います。同じ種類の蛋白質で違いが出ます。His-tag が N 末端に付いていると、リボゾームから出てきたペプチド鎖が fold していく際に His-tag 部分が巻き込まれるのかもしれません。そのため、(His)6-tag ではなく、長めの (His)10-tag を使う人もいるそうです。長い方が巻き込まれた時の被害が余計に大きそうにも思うのですが。

2020年7月19日日曜日

液相分離の理解にも物理化学が必要とは

液液相分離 LLPS の論文ですが、最初はよく理解できず、ちょっと難しい内容でした。

J.A. Riback, L. Zhu, M.C. Ferrolino, M. Tolbert, D.M. Mitrea, D.W. Sanders, M.-T. Wei, R.W. Kriwacki, and C.P. Brangwynne (2020) Composition-dependent thermodynamics of intracellular phase separation. Nature 581 (7807), 209-214. doi: 10.1038/s41586-020-2256-2.

細胞核内の仁(核小体)は膜をもたない液滴ですが、これを相分離させる鍵となっている蛋白質に nucleophosmin (NPM1) があるらしいです。この NPM1 は、DNA 修復、ガン、アポトーシスなどいろいろな箇所に重要分子として登場してくるのですが、統一的な機能がよく分かっていないようです。ホモ5量体を形成しているので、それぞれのサブユニットで rRNA と付くことができ、これが今回の内容のキーとなっています。NPM1 は核内では 4 μM ぐらいの濃度ですが、これを過剰発現させると大きな仁が出来上がります。問題は、仁ができた時に仁の中の NPM1 の濃度 Cden と(核内ではあるが)仁の外の NPM1 の濃度 Cdil との比についてです。一般的に、特殊な分子の濃度がある閾値を越えると相分離が起きて何かしらの液滴ができますが、Cdil の濃度はある程度は一定に保たれます。つまり、しきい値濃度 Csat を超えた分すべてが液滴に集められ、その外側の濃度は常に Cdil ぎりぎりに保たれるような感じです。その蛋白質がさらに供給された場合、Cden も一定のまま液滴だけが大きくなっていくはずです。ところが、この NPM1 では Cden も Cdil もともにどんどん上がっていきます(ただし、相分離比 Cden/Cdil は濃度が高まるにつれて下がっていく)。これは、ちょうど Csat が上がっていくことを意味します。何故そうなるのでしょう?界面活性剤を濃くしていくと、ちょうど臨界ミセル濃度でミセルができますが、その臨界ミセル濃度がどんどん上がっていくようなイメージでしょうか?

これまでは、一種類の天然変性蛋白質(IDP)などが相分離して液滴を作る様子が解析されてきました。その場合には、しきい値濃度 Csat は一定で、それを超えた分が液滴となって、その周りの Cdil もある程度は一定に保たれます。しかし、細胞内や核内にはもっと多種類の蛋白質や核酸があり、それらの間の相互作用も多種多様です。あるタンパク質一つをとってみても、相互作用部位は複数あるかもしれません。また、ある IDP でもさまざまな箇所で異なる RNA と異なる強さで相互作用するかもしれません。このようなヘテロな状態ですと、しきい値濃度 Csat も、その内容物やそれらの濃度、そして相互作用の強さによって変わってきます。当然のように Cden, Cdil も変わります。

ある分子の立場に立ってみましょう。その分子は、液滴の中に入った方がよいか、それとも外にいた方がよいかを選ぶことになります。もし圧倒的に液滴の中に入った方がよければ、おそらく他の同じ種類の分子もこぞって液滴の中に飛び込みます。そして、多いに安心します。この安心(安定)を自由エネルギーが低くなるといいます。落ち着いている状態です。なぜ落ち着くのかですが、きっと周りのいろいろな分子と友好的な付き合いができるためでしょう。液滴の世界では例えばプラスマイナスの静電的相互作用などが効いているのかもしれません。

逆に、この分子は液滴の外にいるとそわそわします(不安定)。これは自由エネルギーが高いのです。要は、液滴の中(Gin が低い)と液滴の外(Gout が高い)があって、この差 Gin - Gout を(液滴への転移における)自由エネルギーといい ΔG と表します。当然ですが、どちらからどちらを引くかで正負が逆転します。ところが、ここが統一されていないので、本や論文によって正負がしばしば逆転します。それではこの ΔG を決めるにはどうすれば良いのでしょうか?まさか、各分子に液滴の中と外のそれぞれでの居心地具合を尋ねるわけにもいきません。ところが、このような分子が超たくさんあると、液滴の中と外にいる分子の数をそれぞれ数えるだけで ΔG に置き換えることができるのです。要は濃度比 Cden/Cdil です。液滴の内外を境に分子を分配するので、分配比といってもよいでしょう。この法則を発見した人の名にちなんで、これをボルツマン分布と呼びます(ΔG = -RT ln K = -RT ln (Cden/Cdil))。転移の自由エネルギーなんて数の比にすぎないんだと思ってください。

話を著者らの実験に戻します。NPM1 の濃度を上げるにつれて、NPM1 は液滴の方に入りにくくなりました(入るのですが、相分離比 Cden/Cdil が下がる)。これは液滴の中の相互作用がヘテロで、かつ、そのヘテロな相互作用が強いことを示しています。この辺りの数式が複雑でちょっと分かりにくいのですが、おそらく rRNA が NPM1 とたいへん好ましく相互作用するため、rRNA が NPM1 を液滴の中に(積極的にではないのですが、結果として)呼び込むものと考えられます。そして、仁の中に多くの NPM1 が入れば入るほど、rRNA はどんどん NPM1 でまぶされ、もはや外にいる NPM1 を呼び込む余裕を失い始めます。

NPM1 と同じように SURF6 を濃くしても、SURF6 は液滴の中に入りにくくなりました。核小体の中では SURF6 と rRNA との相互作用が好ましいので、有り余るほど SURF6 を加えるとだんだんと rRNA が SURF6 でまぶされてしまいます。すると rRNA にはもはや NPM1 が付く場所もなくなってきますので、SURF6 を増やした場合でも NPM1 は液滴の中に入りにくくなります。逆も同じです。NPM1 を増やすと NPM1 がますます rRNA を独占してしまうため、SURF6 が液滴の中に引き込まれなくなってしまうのです。

NPM1, SURF6 と rRNA との相互作用についてですが、weak で promiscuous と書かれています。後者の単語はランダムなという意味らしいです(昔、九大の神田先生がこの語について語られていた場面を思い出します)。rRNA はまだ新生鎖ですので、形も決まっておらず動き回っています。そのような rRNA 新生鎖と NPM1, SURF6 がお互いに絡み合ったような状況なのでしょうか?NPM1 も5量体でそれぞれの箇所が rRNA とくっつけるため、個々の相互作用は弱くても全体としてはかなりの寄与になってくるのでしょう。

rRNA は、まだ新生鎖の時は NPM1 などと頻繁に相互作用するため、液滴の中を好み仁の中にいます。rRNA にとっても液滴の中で NPM1 とくっついていた方がよいのです。ところが、rRNA は、他のリボゾーム形成蛋白質といっしょになり、完全なリボゾームへと成長していくにつれて NPM1 と相互作用できる箇所は減り、今度は液滴の外の方がエネルギー的に低くなり、結果として仁から外へと追い出されてしまいます。まあ、NPM1 と相互作用しないものには用はないから出ていけということでしょうか?著者らは他の液滴でも同じようなことが起きているのではないかと推測しています。つまり、なにか基質に相当するものが増えてきた時に、それらを集めて集団を作る液滴形成タンパク質があり、基質と(個々としては)弱いが多くのランダムでヘテロな相互作用を通して液滴を保ちます。皆が集まっているので、非常に効率よく反応を進めることができます。そして、目的の生成物ができあがると、それらは液滴タンパク質ともはや相互作用しなくなるので、液滴から外へと追い出されます。このようにしてできたオンデマンドの液滴も、基質がなくなれば用無しとなって解散します。

しかし、なぜ相分離のようなものが物理的に起きるのだろう?と考えてみると、たいへん不思議です。水槽にインクを一滴垂らすとインクは水槽の中に広がっていきます。逆にインクが集まってきて、固まるようなことは起きません。これはエントロピー増大の法則と呼ばれており、粒子はとにかく乱雑に均一に広まっていく方向に進んでいくことを示しています。しかし、一方でお酢の中の餃子油のように、放おっておくだけで集まってくるような場合もあります。これは乱雑になるどころか逆にお酢と油の相というようにきれいに分かれて整理整頓がなされる方向に進んでいます。この仕組みについては、まだ決着がついてはいないそうですが、油が集まることより余計に周りの水が乱雑になった、つまり、水が乱雑になる方(水のエントロピー増大)が勝ったというように説明されることが多いです。他に排除体積効果という言葉で説明されることもありますが、どちらも感覚的には掴みにくい概念です。ペンギン(餃子油)どうしが寒さを防ぐためにお互いにくっつき合うと、体表面積が減り、北極(いや南極か?)の冷風に当たる面積も減らせます。散らばった餃子油の表面には水が規則正しく並んでいたのですが、餃子油が集まってその塊としての表面積が減るほど、それらの水分子も開放されて喜んで散っていきます。これが水のエントロピー増大に当たります。確かに餃子油は固まって秩序を形成しますが(自然が嫌いなエントロピー減少)、それ以上に水分子は自由を得て散っていくのです(自然が好むエントロピー増大が勝った)。実は寒風の中で集まったペンギンどうしは手を結び合っています(に違いない)。同じく餃子油も集まって初めて手を結びます。これをファンデルワールス力と呼びます。これも餃子油が集まる方に(今度はエンタルピーの形で)寄与しています。

では核小体のような液滴はどのような仕組みで起きるのだろうとちょっと調べてみると、なにやら Flory-Huggins 理論とか何とかにぶつかってしまい、こんな言葉、なまもの学科出身の私は一度も聞いたことすらありませんでした。でも、化学系の人に聞くと、院試で必ず出題される基本事項なのだそうです。その説明(ウェブで見ただけですが)なんだか難しい。とにかく最初はビー玉のようなものを使ったエントロピー論が出てきます。結論としては、タンパク質や RNA は集まるよりかはランダムに散らばっている方がエントロピーが高くなっていいよね(つまりランダムに散乱してしまう)ということです。これでは逆じゃないですか、液滴形成に進む原理を知りたいのに、混合のエントロピー ΔS をひたすら計算すると、液滴を形成しない方がよいことになってしまうのです。はてはて?この辺りは先述の水槽に垂らしたインクと同じです。

ところが、そこにエンタルピー項が入ってきます。そのエンタルピーとはいわゆる相互作用です。私の解釈が思い切り間違えているかもしれませんが、タンパク質と RNA どうしの相互作用(エンタルピー項 ΔH:発熱するので負です)が、先程の乱雑な均一混合の方がよいというエントロピー項(-TΔS:正です)に勝ると、これを足し合わせた自由エネルギーが負になって液滴形成に傾くというわけです。ΔG = ΔH -TΔS ですので、当然、温度を上げるとエントロピー項が勝ちます(-TΔS がどんどん大きな正の数になって ΔG がついに正になってしまう。つまり、液滴は消える方がよい)。すると、タンパク質や RNA は「自然は散らかる」の法則にしたがって、本当はまんべんなく均一に混ざっていたいのだけれど、その分子間に相互作用があると、くっついて液滴になってしまうということでしょう(注:この節での ΔS の議論では、水和水の排除体積効果を無視しています)。

タンパク質, RNA という役者だけを登場させて自由エネルギーの議論ができますが(その系における ΔG = ΔH -TΔS)、これを細胞全体で考えるとエントロピーだけの議論ができます(宇宙全体の ΔS)。このような振り替えができるのは、定圧条件下(ΔH = 熱量)だけでして、まあ生物は基本的には一定の圧力の中で生きているので、この条件に合うのです。すると、先程の相互作用の(系内の)エンタルピーは何か(系外の)エントロピーに変えることができるはずです(「系内だけの自由エネルギー」と「系外も含めた宇宙のエントロピー」の関係として教科書に載っています)。おそらく、タンパク質, RNA 間の静電的相互作用によって生じた熱 ΔH が周りの水分子を活発に動かし、仁、核、細胞質の水分子の運動(エントロピー)を上げているのではないかと思います。もちろん、タンパク質や RNA 自身の動きも増加させているかもしれません。もちろん、IDP 蛋白質の周りに揃って並んでいた(水和していた)水分子が、液滴形成によって仁の外に追い出され自由を得たことによって、水和エントロピーもあがります。そして、それらのエントロピー上昇が、先程の Flory-Huggins 理論で得られる液滴形成のエントロピー降下に打ち勝つと液滴が形成されると考えることができるのではないでしょうか?(ただし、ATP 加水分解などによる能動的なエネルギー追加が液滴形成にまったく寄与していなければの話です)。液滴が形成されることによる秩序よりも、周りの水分子が自由に動くことによる開放(排除体積効果 & 静電的相互作用による発熱)が勝ったというわけです。