2018年12月12日水曜日

冷やせば安全とは限らない

蛋白質の凝集やアミロイド化は、神経変性疾患をはじめとして様々な病気に関連しています。この凝集などの出発点はしばしば、その蛋白質がしっかりと折り畳まれていない、部分的に緩んだような構造(折り畳み中間体)になってしまうことにあります。この折り畳み中間体の構造を原子レベルで検出するのはかなり難しいことです。寿命が長くなく、ほんの一瞬であり「ずっと捉える trap」することが難しいためです。そのため、よくストップトフローなどを使います。そこで長時間その折り畳み中間体を維持するようにアミノ酸変異を加えたり、ちょっとだけ変性剤を加えて故意に不安定にさせたりなどの工夫がなされてきました。もちろん結晶にはほぼなりませんので NMR で観るのが良いのですが、さまざまな構造の間をμs-ms の時間領域で交換し合っていると、NMR 信号が広幅化してしまい、あまりきれいには観測できません。

蛋白質を熱すると変性してしまいます。これは熱によって各原子の動きがより活発になり、折り畳みを維持することができなくなるためです。一方、低温(-20℃ 以下など)にもって行っても蛋白質が変性してしまうことがあります。実際には変性する前に溶液が凍ってしまうため、蛋白質を冷凍庫に入れたからといって必ずしも変性してしまうわけではありません(変性したとすると、液体窒素で瞬間冷凍しなかったためでしょう)。この低温変性という現象は、周りの溶媒である水の疎水性が上がるためと言われています(すると、蛋白質の内部に向いていた疎水性残基が表面に出て来て水と相互作用しようとします)。高温変性は一気に(協同的に)起こるのですが、低温変性はもう少しゆっくりと起こるので、下記の論文のように、変性の途中の構造をトラップして観ることができるかもしれません。

Jaremko M., Jaremko L., Kim H.Y., Cho M.K., Schwieters C.D., Giller K., Becker S., and Zweckstetter M. (2013) Cold denaturation of a protein dimer monitored at atomic resolution. Nat. Chem. Biol. 9(4), 264-270. doi: 10.1038/nchembio.1181.

著者らは(よく存じていますが、彼らは本当にアクティブですねえ)日和見(院内)感染で有名な腸球菌の CylR2 という蛋白質を調べました。これは溶解温度 Tm が 77.5℃ と大変安定な蛋白質です。25 ~ -16℃ までの温度で 1H/15N HSQC を測定した結果、低温になるほどピークがぼやけてきました。蛋白質分子全体の回転が止まってきたことも原因と思いますが、著者らは低温では複数の構造の間で交換が起こっているため(つまり Rex の上昇)と解釈しています。実際、温度変化に対するピークの移動は見た目で直線に乗っていない場合もありました。これは交換している構造が2つ以上ある(つまり、単純な二状態転移ではない)ことを示しています。

次に {1H}-15N 異種核 NOE を測りました。25℃ では平均値 0.81 という頑丈さを示しています。-3℃ まで落とすと、2残基が 0.4 も下がりましたが、まだ全体的には構造が維持されているようです。この2残基は後で分かるのですが、二量体の接触面の残基なのです。しかし、-11℃ になると、全体の平均値が 0.27 となりました。この値はモルテン・グロビュール構造に匹敵するか、それを上回る柔らかさです。低温では観たい分子の回転拡散がゆっくりとなることから、必然的に NMR の感度が悪くなってきます。さらに、著者らは低温では直径 1mm のキャピラリーガラスに試料を入れていることから、試料の絶対量も少なくなって感度を落としています。そのため、低温で(距離情報を示す)NOE ピークが少なくなっているのは、単なる NMR 感度の低下のためではないかとも疑えました。しかし、この {1H}-15N NOE の結果は、上記の μs-ms 程度の運動だけでなく ps-ns 程度の速い運動も低温で活発になっていることを示しており、やはり複数の柔らかい構造の間で交換が起こっているようです。

拡散係数を測ることにより、流体力学半径も見積もりました。ちなみにこの蛋白質はホモ二量体です。それによると、-3℃ では二量体が 93% ぐらいあるのに対して、温度が下がるにつれてどんどん二量体が解離し、-11℃ では 1% ぐらいになってしまいました。この実験のすごい所は、25℃ 以外に 0℃ 以下の5つの温度において立体構造を NOE で決めていることです。低温になるにつれ、やはりサブユニット間 NOE が消え始め、二量体が単量体に解離したことを示していました。さらに、低温ではサブユニット内 NOE ピークそのものも少なくなってきますので、単量体構造自身もちょっとフラフラしているようです。

-7℃ では二量体と単量体が半々ぐらい存在します。しかし、ピークが2つに分かれていないことから、両者が速く交換していることが分かります(fast-exchange)。サブユニット間の NOE を解析すると、-7℃ では2つのサブユニットがちょっと離れかけており、25℃ におけるきっちりとくっ付いた二量体とは異なることが分かります。各サブユニットの構造は単量体での構造と似ていることから、今まさに離れんとしている瞬間なのでしょう(よって二量体と単量体が速く交換する)。

-11℃ ではほとんど単量体となりますが、この構造は 25℃ におけるサブユニット単位だけを見た時の構造と似ています。このことから(いくつか水素結合は無くなりますが)サブユニットとしての構造はそれほど変わらずに、しかし、ふわっと緩んだダイナミックな状態(フォールド中間体)で、さらにサブユニット間の相互作用が低温では弱くなっていくようです(-11℃ ではサブユニットはほぼ完全に離れてしまう)。スピンラベルを付けて常磁性緩和を見た実験でも、このフォールド中間体の方がブロードになった範囲が広かったそうで、これは構造がダイナミックに揺らいだために、蛋白質のより広い範囲がスピンラベルに晒されたことを意味しています。

-11℃ における単量体は、全体構造としては 25℃ でのサブユニット構造と似てはいます。しかし、部分的に動きが逆に固くなった箇所があります。それは二量体でサブユニット間の相互作用に寄与していた疎水性残基の側鎖が、単量体では内側に向かったためだそうです。むしろ、この残基が隣のサブユニットとの協力関係を打ち切って、同じ内輪の方に寝返ってしまったために、二量体が解離してしまったのでしょう。この残基が関与する相互作用は、25℃ の native 構造では見られなかったもので、フォールド中間体で初めて生じた相互作用です。代わりに溶媒の方に向いた側鎖もあるようで、主鎖の全体構造に目立った変化はないものの、やはり二量体から単量体に激変したとなると、側鎖の向きに再調整が起こるようです。どんどん低温にもって行った時に最後に残るのは疎水性コアの部分で、この部分とすぐ隣にある(ヘリックス・ターン・ヘリックス)部分との間の中長距離 NOE は低温になるほど観えなくなると書かれています。この疎水性コアを維持しているメチル・メチル相互作用がかなり強いので、その周りの領域がちょっとぐらいフラフラしても、このフォールド中間体は何とか全体構造を保っているのでしょう。

面白いことに相互作用相手である DNA と複合体を作らせると、低温でも構造が崩れなかった、つまり二量体のままであったとのことです(ちなみに、この蛋白質はリプレッサです。IPTG と作用する Lac リプレッサもそうですが、DNA に付く蛋白質は二量体で機能することが多いです)。安定性が増して、低温変性が始まる温度が下がったのでしょう。

この論文の蛋白質では、二量体が単量体に分かれ、その二量体のインターフェースに関与していた疎水性の側鎖が単量体では内側に向いて疎水性コアを形成しました。結果として、その単量体のフォールド中間体は幾分安定化しました。しかし、ホモ多量体蛋白質の中には、サブユニットどうしが解離し、それが引き金となって疎水性の側鎖が余計に露出してしまい、さらに単量体の構造が全体的に不安定になる場合が多いです。そのような単量体はアミロイド形成に走る場合も多いでしょう。この論文では、低温変性の性質を利用して蛋白質を人工的に不安定にしました。「こんな低温に腸球菌が晒されることはないから、このような人工的、非自然的な条件にするのは生物学的意義がない」などとは言わないでください。低温にするという操作以外でも、酸化 oxidation、修飾 modification、変異 mutation、他蛋白質との非特異的相互作用 non-specific interaction、高圧 high-pressure、外力 rheo などによって、蛋白質は容易に不安定な状況に置かれます。不安定にする手段はいろいろ異なっていても、見られる現象は同じである可能性が高いです。特にこの論文の実験においては、室温に戻すと元の二量体に戻ることから可逆的です。すると「フォールド中間体は実際に自然の中でも起こっているが、そのモル比があまりに少な過ぎて観測できない、しかし、低温に晒すことによって、その割合を増やして観測できるようにしている」とも解釈できます。

Marginal-stability と呼ばれるように、生体内の蛋白質はかろうじて安定性を保っており、上記のようなちょっとした環境の変化により不安定化し、病気の原因となるアミロイドに急速に変貌することがあります(最近は逆に、あえてアミロイドという固体にすることにより、病原性を封じ込めているという説が有力ですが)。ちょうどシーソーのバランスが崩れて雪崩が起きるようなものです。物理的には過冷却の現象にそっくりです。

2018年12月3日月曜日

酸欠になった時

癌細胞は非常に活発に細胞分裂しているため、しばしば酸素が足りていない状態になります。すると、それに対応しようとして血管を新たにどんどん作ろうとします。癌細胞に限らず、新たに作られようとしている組織では酸素が不足してくるので、早く血管を作りより多くの酸素を組織に送り込む必要があります。このように酸素が不足した時には、転写因子である HIF-1 (hypoxia-inducible factor 1, 低酸素誘導因子‐1) の細胞内濃度が高まり、例えば血管の伸長を促すのに関与する蛋白質などの転写活性を高めます。この HIF-1α は、CBP/p300 と相互作用することが知られています。

CREB-binding protein (CBP) は転写コアクチベータ(活性化補助因子)であり、そのパラログ(同じ種内のホモログ)として p300 が知られています。この CBP/p300 はちゃんと fold したドメインを7個含んでいますが、それ以外の繋ぎのリンカー領域は天然変性領域(IDP)です。IDP の領域の合計は 1,400 アミノ酸にものぼり全体の 60% を占めます。そして、CBP/p300 は 400 個以上の転写調節因子と相互作用し、16,000 個ものヒト遺伝子のプロモータ領域に見つかるそうです。この CBP/p300 の N-末端に近い領域に TAZ1 (transcriptional adapter zinc binding motifs) があり、それは4本の α ヘリックスと3つの亜鉛イオンから成り、きっちりとした構造をとっています。この TAZ1 ドメインが HIF-1αと相互作用します。

Berlow, R.B., Dyson, H.J., and Wright, P.E. (2017) Hypersensitive termination of the hypoxic response by a disordered protein switch. Nature 543 (7645), 447-451. doi: 10.1038/nature21705. 

酸素が足りない時、HIF-1α(HIF-1 のトランス活性化領域)は TAZ1 と安定に相互作用し、酸欠に適応するための遺伝子(血管伸長など)の転写を一気に活性化させます。一方、酸素がたくさんある時には、HIF-1α は不要ですので、ヒドロキシル化され(プロリンに -OH 基が付加される)、それが目印となってプロテアソームにより分解されます。

しかし、いくら酸欠状態であっても HIF-1α が元気過ぎると、それはそれでまた問題です。そこで、非常に巧みな仕組みが備わっています。HIF-1α が転写活性を上げると、それにより CITED2 と呼ばれる蛋白質も発現してきます。これのトランス活性化領域が HIF-1α と TAZ1 との相互作用を邪魔します。これにより HIF-1α の転写因子としての活性が抑えられます。上流が下流を促進させると、その下流が上流を抑制するので、これを負のフィードバック調節と呼びます。

面白いことに、TAZ1 と相互作用する相手には幾つかの蛋白質が知られていますが、いずれも天然変性です。そしてこれら天然変性の間にアミノ酸配列の相同性はあまり見られず、また TAZ1 と複合体を形成すると、一部でヘリックスのような構造をとるものの、そのヘリカル構造に共通性はあまり見られません。逆向きに付く蛋白質もあるぐらいです。そのように単量体では決まった構造を取らない HIF-1α と CITED2 がどのようにして同じ椅子を取り合うのか(競合し合うのか)?詳細はよく分かっていませんでした。

結論から先に書きますと、TAZ1, HIF-1α, CITED2 は一瞬ですが3者複合体を作ります。HIF-1α と CITED2 には LPE(Q)L モチーフと呼ばれる似た配列があるのですが、CITED2 の LPEL モチーフが最初に乗っ取りをしかけます。そして、TAZ1 の構造を変え、それにより HIF-1α の LPQL モチーフを引き剥がします。まるで崖(TAZ1)にしがみついている人(HIF-1α)の手(LPQL)を、後から登ってきた人(CITED2)の手(LPEL)が引き剥がして、前の人(HIF-1α)を奈落の底へ突き落としているかのようです(もっと良い例えを思いつけないのか?)。

HIF-1α と CITED2 がそれぞれ TAZ1 と相互作用する時の親和性を比べた時、CITED2 の方が極端に親和性が高ければ、乗っ取りが成功することは容易に想像できます。しかし、両者の解離定数はほぼ同じ値の 10 nM なのです。それでも、[15N]-TAZ1, HIF-1α, CITED2 を 1:1:1 で混ぜると、[15N]-TAZ1/CITED2 複合体のピークのみが観測されます。これは、非常に効率よく HIF-1α が [15N]-TAZ1 から引き剥がされることを示しています。さらに蛍光異方性を使った相互作用解析においても、TAZ1 と HIF-1α の複合体に CITED2 を追加滴定していった際に見られた解離定数(つまり、HIF-1α 存在下における CITED2 と TAZ1 の間の見かけの Kd)は 50 倍の 0.2 nM に匹敵するとのことです(TAZ1 と CITED2 の2者だけの状態ならば、もちろん 10 nM)。また、ストップトフローでは CITED2 の濃度が高いほど乗っ取りが速く進むのに対して、HIF-1α にはそのような濃度依存性がないという結果が出ています。もし、結合した HIF-1α が偶然にも TAZ1 から離れたすきを狙って CITED2 が結合するのであれば、速度定数の濃度依存性は両者で同じになるはずでしょう。

ここで HIF-1α と CITED2 の複合体におけるダイナミクスが重要になってきます。それぞれには LPQL と LPEL という似たモチーフがあります。しかし、TAZ1 との複合体において、HIF-1α の LPQL モチーフはちょっと動いているのに対して、CITED2 の LPEL モチーフはかなり固定しています。先ほどの崖で例えると、前の人(HIF-1α)は手(LPQL)の力が弱く、あちこちの岩を掴んだり離したりして迷っているのに対して、後から来た人(CITED2)は腕力(LPEL)が強く、崖(TAZ1)のとある岩をしっかりと捉えて離しません。これでは前の人(HIF-1α)が自らすぐに落ちていきそうにも見えますが、この人は脚力(C-末端側の二つのヘリックス)がひ弱な手を補っていて、手足を総合的にみると後の人(CITED2)と同じ程度の力量は持ってはいるのです。しかし、まあ後の人(CITED2)が攻撃を仕掛けてくるこの状況では、いくら足に自信があっても手を離した方(HIF-1α)が負けでしょう。バランスを崩して落ちていきます。このダイナミクスの詳細は {1H}-15N 異種核 NOE という NMR 測定により非常に簡単に観ることができます。

著者らは、N-末端だけの CITED2 を作りました。これは LPEL モチーフを持っていません。これをすでに出来ている複合体 TAZ1/HIF-1α に加えても、HIF-1α は退きませんでした。豪腕(LPEL)という武器がないと HIF-1α には勝てないのです。では逆に LPQL モチーフを除いた HIF-1α を TAZ1/CITED2 に立ち向かわせるとどうなったかです。この結果はわざわざ書くまでもありません。チワワが土佐犬に立ち向かうようなものです。このような競合の詳細は結晶構造解析ではなかなか分からないものですが、NMR ですと何割の分子においてどの原子とどの原子が近くにあるかまで分かってしまいます。今回の試料は分子量が小さいですので、NMR の感度については全く問題がありません。

以上のような仕組みが無かったとしたら。。。HIF-1α を退かすためにはもっと多量の CITED2 が必要になるでしょう。その大量の CITED2 が出てくる間に酸欠対策が行き過ぎ、血管ができ過ぎてしまうかもしれません。しかし、CITED2 はほどほどの濃度で HIF-1α をうまく追い遣る方法を進化の上で獲得しました。転写のスィッチは、必要な時にすぐに ON にならないといけませんが、ON のままでは駄目で不要になった時にはすぐに OFF にしないといけません。生物はこの急速 ON/OFF をいろいろな仕組みで達成しています(アロステリック効果、フィードバック制御、協同性など)。うまい点は、土台となる TAZ1 が CITED2 を気にいって迎えるようにもっていく、つまり、CITED2 が自分自身が入りやすいように TAZ1 の形を変えている点です。このように、まず3者がくっつく → HIF-1α の手を払い除けて CITED2 が手を置く → TAZ1の構造を CITED2 向きに変える、という連続した流れが見られます。この流れはこれまでの硬い鍵と鍵穴だけのストーリーとはかなり違っています。鍵と鍵穴の仕組みであれば、HIF-1α と CITED2 は同じ鍵の形をしていて、同じ様式で鍵穴である TAZ1 に入り込むことでしょう。しかし、実際の HIF-1α と CITED2 は(手の部分を除いて)違う形で TAZ1 と相互作用しています。この乗っ取りは、フラフラとして一見すると鍵になり得ないような HIF-1α と CITED2 だからこそ出来るダイナミクスです。

このようなアロステリック効果が生物のありとあらゆる所で生命機能の調整に関わっているとすると、役者となる蛋白質とそれらが相互作用する時の解離定数を単にたくさん集めただけのデータベースでは、実際の生命現象をうまくシミュレートできないかもしれません。上記の例でいうと、TAZ1 が形を変えていくことも含めた「見かけの(全体としての)解離定数」が必要になってきます。

ここで個人的な疑問です。単に CITED2 の TAZ1 への親和性を高くするだけでは駄目なのでしょうか?もし、そうだとすると、CBP/p300 から CITED2 を外すのが大変になるでしょう。一旦 CITED2 が付いてしまった CBP/p300 は使いものにならず、次に酸素が減ってきた時にその生物は死んでしまうでしょう。もしかすると CITED2 をまた上手く外す仕組みがあるのかもしれません。そのためには、TAZ1 と CITED2 の間の親和性が高過ぎてもいけないのではないかと思います。