2015年12月30日水曜日

水とアミド基水素の交換3

最近の 2D 1H-15N HSQC には、water-flip-back 機能や watergate 機能などが付いていて、いわゆる pre-saturation などによる水消しはめっきり見かけなくなってしまいました。そのため、pre-saturation パルスを入れるとどのぐらいアミド基 1HN の感度が落ちてしまうのかの感覚が鈍ってしまっていましたが、先日「pH 3 の溶液であれば大したことはなかろう」と思いながら、ちょっと測定をかけてみたところ、意外にも信号のダウンが大きく驚いてしまいました。

水と蛋白質のアミド基水素との交換は(pH 3 ぐらいならば)それほど速くはないにしても、蛋白質の Ser や Thr などの側鎖の交換性 1H-O が水と高速に交換してしまっているとなかなか考えものです。この高速の交換を調べるには CEST 法が向いているようですので、これは後日また紹介することにしまして、まずは水とアミド基水素との交換から調べ始めました。すると、昔かいた Cleanex-PM が出てきて「こんな記事を書いていたんだ ... 。」と驚き!しかし、自分で書いていたという事実すらも忘れるなんて。

とりあえずは測定法を探ってみました。いろいろと出てきてしまい、頭が混乱しそうですが、基本はほぼ同じようです。

まずは、水 → アミド水素(1H-15N)の向きに交換の情報を伝える実験法だけを挙げてみます。この場合、水の磁化だけを選択的に +z か -z 向きにもっていくか、あるいは saturate させます。

Cleanex-PM の実験では、水に選択的 180 度パルスを、その両側に同じグラジエントをかけることによって、水以外の磁化をできるだけ消してしまいます(水だけが gradient-echo を受けて refocus する)。したがって、もし交換が起こらなければ、その後の 2D 1H-15N HSQC ではアミド基の信号は観えないことになります。さらに、位相回しの中で、水磁化が +y と -y になるように両方を測定し、その FID の差をとることによっても蛋白質側の磁化を打ち消しています。そして、mixing-time では高分子である蛋白質分子内の NOE と ROE をお互いに打ち消し合わせます(Hwang, T.L., et al. (1998) J. Biomol. NMR 11, 221)。ただし、mixing-time の間に蛋白質側の 1HN も横磁化を経ますので、高分子の場合は感度が悪いという問題がでてきます。

Grzesiek, S., et al. (1993) J. Biomol. NMR 3, 627 の方法では水の磁化だけを選択的に -z に反転(あるいは、+z そのままに)させ、それ以外の磁化はできるだけそのままにしています。しかし、水の磁化が +z の場合と -z の場合の両方を測定した後で両者の差をとるので、Cleanex-PM のように、もし交換が起こらなければ、かつ、水との NOE も起こらなければ、その後の 1H-15N HSQC でアミド基の信号は観えないことになります(ただし、位相回しの中で実現させないで、後で両者の和で差を規格化し、NOE の値を得ている)。Cleanex-PM とは異なり、mixing-time の間、蛋白質側の 1HN は縦磁化ですので、高分子の場合でも測定できそうです。ただし、蛋白質分子内での spin-diffusion による exchange-relayed NOE は防ぐことができません。せいぜい、重水素化によって小さくする?あるいは、pH を変えて測定してみることぐらいでしょうか?

もっとも親しみ深い測定法は、いわゆる water-pre-saturation になります。これも上記の水磁化を +z, -z にもっていく方法と本質的に同じ、つまり、ともに双極子双極子相互作用の交差緩和(NOE or ROE)あるいは、化学交換で水から観測対象である交換性の水素に磁化が伝わります(酸性 pH の溶液では、水から Ser, Thr などの側鎖の交換性 1H に化学交換で saturation が伝わり、そのまま spin-diffusion で近くのアミド基 1HN に伝わってしまう exchange-relayed NOE の寄与分が大きい )。

以上の例では、水に選択的な反転、あるいは選択的な saturation の後に mixing-time そして 2D 1H-15N HSQC が続きます。

一方、WaterLOGSY の検出は低分子側ですので、原則的に 1H 1次元となります。もし、この低分子リガンドが高分子の蛋白質と相互作用していると、その瞬間だけ複合体は高分子になりますので、接触面の間に挟まれ動きの止まった水分子から低分子リガンドへ高分子で観られるような NOE 現象が起きます(負の NOE)。もし、低分子リガンドが蛋白質と相互作用せずフリー状態のままですと、水からの NOE は低分子-like になります(正の NOE)。

PO-WaterLOGSY という方法では、Watergate の両端に正負逆向きのグラジエントを置きます。(Gossert, et al. (2009) J. Biomol. NMR 43, 211)。その結果、水以外の磁化は試料管の中で gradient によりランダムな方向に向き saturate された状態になります。さらに、水磁化が +z と -z の両方の向きにむけた場合を測定し、その結果の差をとることによって水以外のもともとの磁化(この場合は、観測対象の低分子リガンドの磁化)をお互いに打ち消し合わせます。

上記にいくつかの例を挙げましたが、磁化移動の向きが逆、つまり、何か交換性の水素 → 水の向きに交換の情報を伝える方法もあります。例えば CEST 法ですが、今のところプロトン1次元での応用に限られているようです。

文章ばかりで内容が複雑になり過ぎましたので、次回に図を載せたいと思います。

2015年12月8日火曜日

採取するなら南極より温泉がいい

大腸菌発現系において目的の蛋白質を in vivo でうまく fold させる方法としては、低温培養がよく知られています。しかし、低温では大腸菌の成長は遅くなってしまいます。その遅くなる原因は、大腸菌の代謝を触媒している酵素の反応速度が単純に低温では遅くなるためだと思っていたのですが、実は他にも理由がある(どころか、否ちがう)と主張する論文がありました。

Manuel Ferrer, Tatyana N Chernikova, Michail M Yakimov, Peter N Golyshin & Kenneth N Timmis (2003) Chaperonins govern growth of Escherichia coli at low temperatures. Nature Biotechnology 21, 1266 - 1267. doi:10.1038/nbt1103-1266

この論文によると、大腸菌のシャペロニン蛋白質 GroEL, GroES の活性が低温では落ちてしまい、大腸菌で翻訳される細胞内蛋白質の多く(30% 程度)がうまく fold しないためだというのです。本当かな?

そこで著者たちは、南極海に泳いでいる好冷菌からとってきたシャペロニンの遺伝子(cpn60, cpn10)で普通の大腸菌を形質転換しました。すると、低温 15 ℃での生育速度が(形質転換なしの時に比べて)3倍も上がったそうです。では試しに大腸菌に普通の GroES-GroEL を大量発現させてみました。しかし、低温での成長速度は低いままで変わらなかったそうです。これは、南極海のシャペロニンが低温でよく働き、大腸菌の蛋白質をよく fold させ成長速度を上げたことを示しています。

本文には次のように書かれています。

"This, in turn, demonstrates that the chaperones of E. coli are the rate-limiting cellular determinant of growth at lower temperatures."

ここで the が使われていることから「大腸菌のこの2つのシャペロニン GroES-GroEL が低温でうまく働かない(15 ℃以下では活性が急に落ちる)ことが、大腸菌が低温で速く成長できない「唯一の!」要因である」と言い切っているようにも読めます。「a ... determinant」ですと、数ある律速要因のうちの一つであるというニュアンスになるのですが。the にしていいのかな?

まあ、このような論文を思わず引いてしまったということは、何を隠そう今まさにそれで悩んでいるということでして。。。しかし、これなら低温での目的蛋白質の大量発現もうまくいくだろうと思った時点で初めて思い出しました。そうだ以前に使ったことがあったっけ? ArcticExpress です。宣伝するつもりはなかったのですが、ここでブログを削除するのも変ですので、このまま submit することにしましょう。

しかし、この菌を採取するには南極に行かないといけないということですね。トロピカルな無人島の温泉へ好熱菌を採取しに行くのと、ペンギンが見守っている中で凍えながら南極海の水を採取するのとではどちらいいでしょう?