2014年8月11日月曜日

煮沸磁気共鳴

ひょんな事から、蛋白質の NMR はいったい最高何度で測られたことがあるのだろうという事実を調べることになりました。

Varnay I, Truffault V, Djuranovic S, Ursinus A, Coles M, and Kessler H. (2010) Optimized measurement temperature gives access to the solution structure of a 49 kDa homohexameric β-propeller. J. Am. Chem. Soc. 132, 15692-15698.

超好熱性古細菌(「高熱」ではなく「好熱」)由来の Ph1500 と呼ばれる蛋白質の C-末端ドメインです。この C-末端ドメインは単量体では 71 a.a. ですが、溶液中では6量体を作りますので、合計 49 kDa となります。もちろん6回回転対称性です。

温度を 80℃ にまで上げると、回転相関時間(蛋白質が1ラジアン = 57.3° 回るのに要する時間と、正確ではない定義ですが、考えることができます)が室温での 1/3 程度となり、NMR の線幅が細くなるとのことです。もちろん、高温では蛋白質分子のブラウン運動が速くなることもその一因ですが、水の粘性が下がることもおおいに影響しています。

この蛋白質は 95℃ では凝集してしまったそうです(原著では 268 K と書かれていますが、368 K の間違いでしょう。著者もいつもとは違う異常な温度に接して頭の中が混乱しているのかも)。しかし、85℃ では一週間でも大丈夫だったとのことです。

溶媒条件は以下のとおりです。
 リン酸ナトリウム緩衝液(pH 7.4)意外に高いですね。
 NaCl 250 mM(600 or 750 MHz の室温プローブを使っています。クライオプローブですと、よほどの勇気がない限り難しいでしょう。)

主鎖の帰属には [2H, 13C, 15N]-Ph1500C(単量体換算で 0.6 mM)を使いました。測定法は一連の TROSY-HNCO などです。温度は 45℃ で、帰属率は 99% です。本当は 55℃ の方が良さそうと感じたそうですが、どうもこの三重標識試料は精製が不十分であったため 50℃ で沈殿してしまったそうです。それで仕方なしに 45℃ で測定したそうです。三重標識試料は培地が高価で、さらに大腸菌での発現量が少ないので、どうしてもクロマトグラフィーではケチってサンプリングしてしまいます(溶出ピークの裾野もがばっと取り込んでしまうという意味)。そのため、非特異的に他の蛋白質などがくっ付いてきてしまい、それらが凝集を促す場合がよくあるのです。

一方、側鎖の帰属には [13C, 15N]-Ph1500C(単量体換算で 1.2 mM)を使いました。測定法は HCCH-TOCSY, HCCH-COSY などです。温度は 80℃ で、帰属率は 97% です。このようにアミド 1H が関与しない測定法では高温が効いてきます。この温度で 2D 1H-15N HSQC を測ると、少なくとも Asn, Gln の -NH2 のペアピークは全滅したそうです(溶媒によく露出しているので)。

なお、側鎖を 80℃ で帰属したので、13C-edited NOESY などもその温度で測らないといけません。そうでないと、側鎖 1H の化学シフト値がずれてしまいます。ところが、一般的に NOE の感度は高温にするとよくありません。しかし、著者らは「高温にすることによってメチル基がより完全に観えることの方が構造決定には有利である」と書いています。

一応 Xplor-NIH を使って構造を計算しています。各サブユニットは8本のβストランドからなり、4本ずつ2枚のβシート(2枚の羽根)を形成しています。6量体ですので合計 12 枚の羽根がプロペラのように並んでいます。構造計算でややこしかったのは、8本のβストランドのうち一番端の一つ(β1)だけが次の羽根に属していることです。つまり、6量体の輪のなかで循環的にドメインスワップが起こっているのです。

温度が高ければ何でもよいというわけでもありません。高温がよく効くのは、側鎖の帰属の時です。側鎖のほとんどの 1H は溶媒と交換しないためです。一方、主鎖を帰属する時には 15N-1H の TROSY を多用しますが、このアミド 1H は、高温では水の 1H と簡単に化学交換してしまいます。ここが泣き所です。この交換速度は、溶液の pH や、そのアミド基がどのぐらい溶媒に露出しているか、また隣に電荷をもった残基があるかどうかなどで変わってきますので、その中庸をとると 50℃ ぐらいがよいということになるのでしょうか?また、主鎖と側鎖の帰属用の測定でそれぞれ温度が 50, 80℃ と異なるので、両者の帰属を一致させるためには途中の温度でもいくつか測定をして、ピークの移動をたどってあげる必要もあります。

また、論文にも記載されていましたが、高温で初めて観えてくるアミド基もあります。これは室温ではちょうど intermediate-exchange mode で broad になり過ぎて観えなかったピークが、高温にすると fast-exchange mode に入って観えてきたためでしょう。

大きな蛋白質を NMR で観測するためには側鎖の 1H を 2H に重水素化することが必須の手段になってきます。ところが、そうすると 1H 間の距離情報である NOE がとれなくなります(1H はアミド基と少しの側鎖に残っているのみ)。その意味では高温でも安定でホモロジーの高い蛋白質を好熱性の種からとってきて、それを NMR で構造解析するのが一案なのかもしれません。そういえば「好熱菌まるごと一匹プロジェクト」があったように(明確な理由はいまだ不明なのですが)好熱性生物の蛋白質は安定で立体構造解析に向いている場合が多いのです。哺乳類でも超好熱性マウス(地獄温泉で泳ぐのが好きなマウス)の蛋白質がとれれば良いのですが。

2014年8月9日土曜日

結晶に板をさしこむ

セルラーゼの固体 NMR の論文が出ました。

Ivanir H1, and Goldbourt A. (2014) Solid state NMR chemical shift assignment and conformational analysis of a cellulose binding protein facilitated by optimized glycerol enrichment. J. Biomol. NMR. 59, 185-197.

実はセルロースやキチンといった固体が基質となるような酵素では、その相互作用部位を溶液 NMR で解析するのが非常に難しいのです。なぜならば、基質は固体であり水に溶けないためです。そこで、セルロースやキチンをオリゴ糖(3〜6つ単位)に小さくして何とか溶けるようにした基質を使います。溶液 NMR により酵素のどこの領域がこのオリゴ糖に付くのかを調べるのです。ところが、このようなオリゴ糖には全く見向きもしない酵素もあるのです。どうすればよいのでしょう?

そうか!固体 NMR という手がありましたね。と楽しみにしながらこの論文を読み始めました。

微結晶はふつうの X-線結晶構造解析の時と同じように作り(Hampton 社の Crystal screen kit #48)、できた針状結晶を 4mm ZrO2 ローターに詰めたとのことです。詳細に計算してみますと、約 150 ug の蛋白質が1ドロップにあることになりますので、150 個ほどの井戸から微結晶を集めてきてローターに詰めたことになります(合計 20 mg の蛋白質)。培地 1L あたり 40~50 mg!ほど調製できたと書かれていますので、やはりそのぐらい超大量の収量がないと、この固体 NMR の微結晶の実験は難しいのかもしれません。なお、このセルロース吸着ドメインは 146 a.a. の大きさです。

二次元の 13C-13C DARR (mixing time, 15ms) では、Thr, Ala, Ser の 13Cα-13Cβ 相関ピークが他から孤立していて見つけやすいそうです。これらの残基は 13Cβの化学シフト値が特徴的なので、溶液 NMR の HNCACB-CBCACONH ペアでもアミノ酸配列情報に照らし合わせやすいですね。

また Trp の Cγ も 111 ppm 付近にあるので見つけやすいとのことです。しかし、同じ Trp の Cζ2(114 ppm, ツェータでゼット z のこと)もその辺りにありますので注意したいところです。

主鎖は最初は 3D NCACX と NCOCX を組み合わせて連鎖的に帰属しています。ちょうど前者が溶液 NMR での残基内 CCANH(HNCACB), 後者が残基間 CCONH(CBCACONH)に相当するといったところでしょうか?スピニングは 11~13.5 kHz です。

Pro の 15N は(そこに 1HN が付いていないため)140 ppm ぐらいにピークが出ます。さらに Gly の 15N は100~105 ppm ぐらいに出ます。そのため、15N-13C 間の磁化移動のための cross-polarization ではちょっと強めのパワーで打った方が良いそうです(その代わり selectivity は落ちますが、それほど問題にはならないでしょう)。

また、蛋白質の調製については、著者らがそのセルラーゼで最適化させた結果、次のような培養法がもっとも良かったとのことです。

BL21(DE3) 大腸菌を目的蛋白質のプラスミドで形質転換

OD (600nm) が 0.8 に達するまで LB-rich 培地 1 L で培養

遠心して集菌、洗浄

167 mL のグリセロール最少培地 * に植菌(よって 1,000/167=6倍濃縮)

1時間の培養のあとに IPTG を 1 mM 分いれて発現誘導

翌朝まで培養

40 mg ものセルラーゼを get

(注)グリセロール最少培地 * の組成(培地の量は 167 mL であるため、実際に使った試薬の量は下記の 1/6 ずつ)

8 g/L [2-13C]-glycerol
8 g/L NaH13CO3(いわゆるベーキングパウダー、重曹)
1 g/L 15NH4Cl

このようにして適度に 13C 標識を減らしてやることにより、13C-13C J-coupling や 13C-13C dipolar-coupling を減らすことができ、結果としてスペクトルがきれいになったとのことです。帰属率は主鎖が 80%、側鎖が 43% とのことです(固体ですので、13C, 15N)。

一般的に結晶構造解析で B-factor の値が大きかった箇所のピークが観えにくかったとのことです。 これはその箇所が flexible あるいは構造に多形があるためでしょう。確かに 14 a.a. ほど連続した領域の帰属ができていません。また、グリシンの続いている領域は B-factor が大きいのにもかかわらず、NMR ピークはよく観えていたそうです。Flexible といってもその時間領域もピークの見え方に関連してくるのでしょう。さらに、周りをどれだけ同種核に囲まれているのかも。

13Cαと13Cβの化学シフト値がランダムコイルの化学シフト値からどれだけずれているかをもとに Talos+ にかけたところ、87.5% が結晶構造と一致したそうです。(な〜んだ、結晶構造がすでに分かっていたんだ。もちろんこの固体 NMR 用に微結晶を作っているぐらいですからね。しかし、目的は相互作用解析ですから、これからこれから)。

と読んでいるうちに終わってしまいました。ちょっと待った、まさか、これだけ!?これだと 20~30 年前の溶液 NMR の論文と同じレベルではないですか。

やはり、いったん微結晶を作ってしまうと、相互作用を見るのは難しいのでしょうか?溶液 NMR のように基質を少しずつ滴定していっても微結晶の中にキチンと入っていくかどうかは分かりません。X 線結晶構造解析ではよくリガンド溶液に結晶をソーキングさせて... などと聞きますが。しかし、この場合もリガンド(基質)が水に溶ける低分子でないと駄目ですね。頑丈な板状の大きな固体では、ちょっと .... 。