2016年6月19日日曜日

ヒスチジンタグの怪

蛋白質を早く調製するために、よく蛋白質の N-末端か C-末端に { His-His-His-His-His-His } のタグをつなげます。すると、精製がすごく楽になるのです。一般的には Immobilized metal ion affinity chromatography (IMAC) と呼ばれています。Ni-NTA カラムと呼ばれる Ni2+ イオンがキレートされたレジン(Ni2+ charged chelating resin)が売られており、これに蛋白質を流し込むと (His)6 の部分が Ni2+ にくっつくのです。「Ni-NTA」で画像検索すると、その仕組みが描かれたサイトがたくさん出てきます。後でイミダゾールを流すと、蛋白質が Ni2+ から外れて溶出してきます。イミダゾールはヒスチジンの側鎖部分のような物質ですので、Ni2+ が蛋白質の (His)6 との相互作用をやめて、大量に流し込まれたイミダゾールに鞍替えすると考えればよいでしょうか?あるいは、大量のイミダゾールが Ni2+ に付くので、(His)6 は競合的に負けて流れ落ちてしまうと考えてもよいでしょう。

しかし、先週この「His-タグ」が信じられないような悪さをしてしまったのです。まずは、それ程たいしたことのない経験から。

ある蛋白質を Ni-NTA カラムクロマトグラフィーにかけ、それを溶出した後に His-tag を切ろうと thrombin を加えましたが、何日たっても一向にタグが切れませんでした。溶液は透明なままで沈殿が起こっていたわけではありません。しかし、もしやと思い、そこに EDTA を入れてみると途端に 30 分以内にタグがきれいに切れてしまいました。おそらく、複数の蛋白質の His-tag が少しの金属イオン(おそらく Ni-NTA から漏れ出たニッケルイオン)を奪い合って凝集していたのでしょう。ちょうど繁華街に百万円の札束を何十束とばらまいたような状況になりました。一束に何人もが群がり集まるような有様です(例え悪すぎ?)。それが沈殿になればすぐに分かったのでしょうが、たまたま親水面を外側表面に向けてニッケルイオンを覆い包み、まるでミセルのような凝集体構造をとっていたため、溶液が透明のままだったのではないかと思います。

似たような話が次の論文にも載っていました。

Hom, L.G. et al. (1998) Nickel-induced oligomerization of proteins containing 10-histidine tags. BioTechniques 25, 20-22.

His-tag がどうも可逆的な凝集を引き起こしているらしいことは、上記の論文にも載っています。著者らは普通の (His)6-tag の親和性があまり高くないので、(His)10-tag に換えました。すると、溶出した溶液に EDTA を入れた場合には蛋白質が単量体になり、10 mM の Ni2+ を入れた場合には凝集したのだそうです。1% SDS, 6 M urea, 10 mM DTT などをそれぞれ入れても、また1分ほど熱しても凝集をほどくことができなかったようです(目的蛋白質は unfold した状態なので、その蛋白質の配列そのものが凝集を引き起こしているわけではない)。著者らは、Ni-NTA カラムを使うと、少しはニッケルイオンが外れて試料といっしょに漏れ出てきてしまい、それがクロスリンク的な凝集を引き起こす可能性があると書いています。

したがって、Ni-NTA カラムから溶出してきた試料にはすぐに EDTA を入れることが重要です。その EDTA-金属錯体は、その後にゲル濾過、限外濾過、透析などで取り除くことができるでしょう。

蛋白質分解酵素(protease)の中には Ca2+, Zn2+ のような金属イオンが必須のものがあります。EDTA は金属イオンを奪い取りますので、しばしば不純物のプロテアーゼを失活させる目的で EDTA を常に入れておく場合があります。また、Ni2+ などの金属イオンはある条件下でペプチド結合を切ってしまいますので、それを防ぐためにも EDTA は入れておいた方がよいでしょう。しかし、His-tag を切るためのプロテアーゼにそのような金属プロテアーゼを選ばないようにしないといけません。少なくとも thrombin や PreScission pretease (HRV3C) は EDTA 存在下でも大丈夫です。

ここまではよくある話なのですが、先日 His-tag なしの遺伝子構成で発現させると凝集がなくなるということが起こりました。この蛋白質は His-tag ありなしに関わらずよく溶けました。沈殿も起こりません。ところが、His-tag ありの方ではゲル濾過で理想よりも高分子量側に広い範囲で溶出し、NMR で測定するといかにも凝集していそうなスペクトルなのです。また、いくら EDTA を入れても回復しませんでした。当然、His-tag を切断するためのプロテアーゼも換えました。そして、ちゃんと His-tag は切断除去されますので、His-tag 部分が蛋白質の fold に巻き込まれていたわけでもなさそうです。しかし、それでも凝集は防げませんでした。1年以上あれやこれやとさまざまな方法を試したのですが(それでもう万策尽きて、最後にまさかと思いながら遺伝子上で His-tag 除去に踏み切ったという次第)、それらの結果をまとめると、どうも大腸菌での翻訳過程で N-末端につけた His-tag がその folding に悪さをしており、出来損なえの(しかし、一応はちゃんと溶ける)蛋白質を作り出したとしか思えないような状況なのです。そういえば、C-末端側に His-tag を付け替えることをしませんでした。これを試せばもっとよく分かったかもしれません。

実はこの蛋白質は同種多量体(homo-multimer)なのです。すると、個々のサブユニットがちゃんと fold してから多量体として集まるのか、それとも、unfold した状態のサブユニットが集まって来て、個々のサブユニットの3次構造と多量体としての4次構造が同時に作られていくのかがよく分かりません。もしかすると、人工的な His-tag が金属を奪い合った結果、個々のサブユニットがちゃんと fold する前に複数のサブユニットが集まってしまったのかもしれません。すると、ドメインスワップのような状況が起こり得ます。つまり、隣どうしのサブユニットで自と他の区別がつかなくなり、間違えて他のサブユニットを自の方に巻き込んで fold してしまうのです。

そういえば数年前にすでに痛い目にあっていたことを思い出しました。それはカルシウム結合蛋白質だったのです。ヒスタグを切断するのが面倒で、そのまま NMR で測定しました。すると、すごく変なスペクトルなのです。溶液の中に EDTA を入れると、もちろん Ca2+ が蛋白質から外れてしまいますので、入れるわけにはいきません。これも、His-tag を通して凝集が起こっていたのでしょう。そして、His-tag をちゃんとプロテアーゼで切断してやると、きれいなスペクトルに大変身しました。

ヒスチジンタグ法は、あまり精製度はよくありませんが、簡単でたんへん効率も高く、また小さいのでいざとなれば切り取らずに付けたままでいろいろな生化学的実験もできる場合があります。さらに、塩酸グアニジンや尿素で変性させた状態でもカラムにつけることができます。しかし、少なくとも金属の混入には気をつけて、EDTA を 0.5~1.0 mM ほど入れておくようにしましょう(もちろん、カラムからの溶出の後です)。また、N-末端と C-末端のそれぞれに付けてみて、同じ挙動を示すかどうかを見ておくとよいかもしれません。これらは昔から言われ続けてきたことなのですが、最近の便利さについ甘えてしまい怠ってしまいました。現代科学をもってしても、これらを前もって正しくシミュレーション計算することは難しいのでしょう。

2016年6月1日水曜日

欲張らない方がかえって敏感に

同種多量体(homo-multimer)の蛋白質には同じ種類のリガンド(あるいは基質)が負の協同性(negative cooperativity)を示しながら相互作用していくことがあります。これについて、「いったいそれが生物にとって何の意味をもっているのか?」がよく議論され問われます。今のところ数説ほどがよく知られていますが、もう一つ発表されましたのでご紹介します。

Ha SH, Ferrell JE Jr. (2016) Thresholds and ultrasensitivity from negative cooperativity. Science 352 (6288), 990-993.

ここで同種2量体(dimer)を考えてみます。それぞれのサブユニットに同じリガンドが一つずつ付いていきます。もし、2個目のリガンドが1個目のリガンドよりも強くつくのであれば、その2量体は「正の協同性」をもっていることになります。逆の場合は「負の協同性」です。しかし、ここで触れた協同性とは「リガンドがどのぐらい強くサブユニットに引っ付くか(affinity)」についてであり、「そのリガンドがついたサブユニットが活性をもつかどうか(activity)」については一言も触れてはいません。リガンドが付いていても活性がないというパターンもありえます。そこで、次のように考えることもできます。

(モデル1)片方のサブユニットにリガンドがつけば、そのサブユニットは活性をもつが、もう一方の空のサブユニットは不活性のままでいる。

(モデル2)片方のサブユニットにリガンドがついた状態では両方ともまだ不活性のままである。2個目のサブユニットにもリガンドがついて初めて両方が活性をもつ。

MWC モデルや KNF モデルは、T 構造(リガンドがつきにくい構造)と R 構造(リガンドがつきやすい構造)との間の交換について仮定されています。しかし、この R 構造にも2種類あって活性型 R 構造(R*a)と不活性型 R 構造(Ri, R*i)(* はリガンド)を想定すればよいのでしょうか?モデル2では R*i の存在を認め、かつ R*a は必ず全てのサブユニットで対称形でなければならないと規定してしまえばよいことになるのでしょうか?

ここで Hill 係数を求めてみましょう。ここでの Hill 係数はリガンドの親和性ではなく、あくまで活性がリガンドの濃度に対してどのように変わるかにもとづいて計算されていますので、モデル2では「R*a は対称形でなければならない」という制限が効いてきます。これは構造交換でいうところの MWC モデルの制限(R, T 構造は分子内で対称性をもたないといけない)とそっくりです。そのため、モデル2の Hill 係数はたとえ負の協同性であっても1を下回りません。

よく解離定数 Kd を計算する際に Kd = [protein]f * [ligand]f / [complex] のような比をとりますが、この添え字の f は free の f でして、この点によく注意しないといけません。この場合、[ligand]total = [ligand]f + [complex] となります。大抵の場合、リガンドの数は蛋白質の数を大きく上回っているので、[ligand]f のところに間違えて [ligand]total を使ってしまったとしてもあまり問題はありません。実際の実験では蛋白質に対して大過剰のリガンド(基質)を加えることにより、[ligand]total を使って解析したりもします。しかし、リガンドの数が非常に少なく、蛋白質の数と同じか、あるいはそれよりも少なめであればどうなるのでしょうか?

この [ligand]total を故意にもちい、さらに [ligand]total と [complex] を同じぐらいの数値に設定すれば、驚くべき事が見えてくることに全く気づきませんでした。目からウロコです(何度もプログラミングしているのに、なぜ一度でも計算してみようと思わなかったのか?)。もし、これが本当に起こっていることだとすると、生物の代謝や信号伝達の制御は(あの解糖系でさえ)思っている以上に精巧で複雑なのかもしれません。

もし、リガンドのモル数が(蛋白質 × サブユニット数)のモル数より少なく、親和性が非常に高い場合を考えてみます。ここにリガンドを少しずつ加えていきます。リガンドの親和性について正の協同性がある場合、片方のサブユニットだけにリガンドが付いていくよりも早く2個目のサブユニットにもリガンドが付き始めます。つまり、片方だけにリガンドが付いたような二量体が非常に少なく、2つともリガンドがついた2量体が滴定するにしたがって増えていきます。一方、負の協同性がある場合には、ほとんど全ての二量体で片方のサブユニットにリガンドが付き終わって初めて2個目のサブユニットにもリガンドが付き始めることでしょう。ここで(モデル1)のような2量体であれば、とにかくリガンドが付いたサブユニットは隣のサブユニットにリガンドが付いているか(R*a-R*a)あるいは、いないか(R*a-Ri, R*a-T)に関わらず活性をもちますので、協同性が正であっても負であっても活性は同じように上がっていくのです。リガンドが少ない時には正負の協同性の区別が消えてしまうとも言えます。

一方(モデル2)においては同じような状況でも結果はかなり違ってきます。まず、負の協同性です。ほとんど全ての2量体で片方のサブユニットにリガンドが付き終わるまでは活性がありません(R*i-Ri, R*i-T)。この時のリガンドの総モル数は、結合サイトの総モル数の半分です。この量がしきい値となり、この閾値にリガンドの濃度が達するまでは活性が出てこないといった緩衝効果が出てきます。ところが、さらにリガンドが入り始めると急に2つのサブユニットがともに満たされた2量体(R*a-R*a)が生まれ活性が出てくるのです。逆に正の協同性では二つともリガンドで満たされた2量体(R*a-R*a)が滴定のはじめの段階ですでに生じはじめます。親和性が高い場合には、片方だけリガンドが付いたような蛋白質(R*i-Ri, R*i-T)はほとんど存在せず、あるのは二つともリガンドがついた活性体(R*a-R*a)ということになります。よって、急に活性が上がるというよりかは最初からじわじわと、加えたリガンドの量に比例して活性が上がり続けることになります。活性のスィッチイングの on/off が急に切り替わるのは正の協同性の方だと思い込んでいましたが、それはリガンドがあり余るほど多量にある時の話でした。リガンドの総モル数が結合サイトの総モル数よりも少ない場合には、逆に負の協同性の方がスィッチイングの切り替えが急激になるのです。以上は親和性が極めて高い場合を考えましたが、親和性が低くなると結果はリガンドが多量にある状況と似てきます。

また、逆にリガンドではなくて、蛋白質の方を滴定していっても興味深い結果となります。モデル2で正の協同性の場合、蛋白質を増やすにつれてそれに比例するように2つのリガンドで満たされた二量体が生じてきます。そして、蛋白質が過剰になり始めても依然としてそれら二量体が存在し続けます。あまりに蛋白質があり過ぎると、リガンドが一つしか付いていない二量体も生まれ始めますので、活性は少しずつ下がってきます。一方、モデル2で負の協同性の場合、すべての二量体がリガンド2つずつで満たされるまでは、先ほどの正の協同性の場合と同じです。ところが蛋白質が過剰になり始めると、2個目の相互作用は弱いのですからどんどんリガンドが1個しか付いていない2量体が生じてきます。ちょうどリガンドがまったく付いていないような2量体を無くそうとします。この1リガンドの2量体には活性がありませんので、結果として2量体のモル数がリガンドのモル数と同じになる頃には(R*i-Ri, R*i-T)ばかりになってしまい、早くも活性がほとんど無くなってしまうのです。

このようにリガンドの総モル数が多量体上の結合サイトの総数に比べて少ない時には、負の協同性の方がスィッチングの役割を果たすという結果になりました。実際に DNA をつかって結果がこの通りになることが示されています。

まとめます。次のような条件の時、蛋白質(たとえば受容体)はリガンド(または基質など)の濃度の変化に対して極端に応答し、まるでスィッチを on/off したかのように振る舞います。リガンドがある濃度に達するまではほとんど活性がないような off の状態にあり、リガンドがその閾値の濃度を超えた途端に活性がいきなり on になります。

1)蛋白質は homo-multimer であり、各サブユニットに一つずつの同じ種類のリガンドがつく。

2)その同種多量体の蛋白質は、リガンドの親和性に対して負の協同性をもっている。

3)最初のリガンドに対してはかなり強い親和性をもっている。

4)多量体の中のサブユニットすべてがリガンドで満たされて初めて活性がでる(厳密には全てである必要はないが、少なくとも2つのサブユニットにリガンドが付いている必要はあるでしょう)。

5)リガンドの総モル数が(多量体分子 × サブユニット数)の総モル数(つまり、リガンド結合サイトの総モル数)に比べて少ない。

(Supplement の p.4, Eq. 10 の最後の項はおそらくミスで、正しくは +2 R2 tot でしょう。)