2014年3月11日火曜日

タコいか変化

前回は MWC (Monod-Wyman-Changeux) のモデルを紹介しました。その次に KNF (Koshland-Nemethy-Filmer) モデルに行く予定でしたが、忙しさで予定が混乱してしまいました。先に少し変わった最近の説をご紹介したいと思います。

Hilser, V.J. and Thompson, E.B. (2007) Intrinsic disorder as a mechanism to optimize allosteric coupling in proteins. Proc.Natl. Acad. Sci. USA. 104 (20), 8311-8315.

これは、HT (Hilser-Thompson) モデルと呼ばれるものです。個々のプロトマー(ドメイン)の fold/unfold 交換現象が allosteric 効果を生み出す原因になり得ることを示した、どちらかと言うと難しめの理論的な論文です。

一般的にアロステリック効果を連想する時、次のようになるでしょうか?まず、あるサイト I にリガンド A がくっ付く。そして、それにより水素結合やイオン結合などが連鎖的に形成されていき、いわゆる「将棋倒し」のように別の遠くのサイト II までその「構造の変化」が伝播していく。すると、行き着いたサイト II の構造が変わり、リガンド B がくっ付き易くなる。しかし、今回の HT-モデルでは unfold/fold を考えていますので、もしプロトマーが大きければ、非常に遠くまでアロステリック効果が伝わることになるのです。

どのように fold/unfold がアロステリック効果に結び付くのかを見て行きましょう。(例1)最初はドメイン I と II が両方とも unfold している状態が優勢とします(もちろん、fold と unfold の間に平衡があるのですが、unfold している状態が圧倒的に多いとします)。この I にリガンド A がくっ付きます。すると、ドメイン I が fold し、A と複合体を形成して安定化します。つまり、 I(A) 複合体の数がどんどん増えていきます。ここで、fold した I と fold した II との間の相互作用が安定で好ましいとすると、ドメイン II も fold する方向に引きずられます。そして、I(A)-II 複合体が出来上がります。その結果、リガンド B が II にくっ付き易くなり、I(A)-II(B) 複合体がどんどん増えて行くのです。

これと逆の効果も考えられます。(例2)つまり、fold した I と fold した II との間の相互作用がむしろ不安定さを導く場合です(fold したもの同士では相互作用したくないと思っている)。最初にドメイン I が unfold し、II が fold している場合を考えます(両方とも fold した状態は不安定なので)。上記と同様に I に A がくっ付くと I が fold し、I(A) 複合体が安定化します。ところが、この状態は fold した II にとっては嫌でたまりません。なぜならば、fold した I と fold した II との間の相互作用は好ましくないためです(厳密には、fold した II は fold した I(A) と相互作用するぐらいなら周りの水と相互作用した方がましだと思っている)。そこで、ドメイン II は自滅して unfold した状態をむしろ好む結果となります。よって、リガンド B はドメイン II にくっ付き難くなるわけです。

このような HT モデルが実現するためには、I と II の間にある程度の好ましい、あるいは、好ましくない強さの相互作用が必要です。そうでないと、情報が A の結合サイトから B の結合サイトに伝達されません。また、上記2例ともにドメイン I は最初は unfold しています。したがって、ある程度 I と A の間に強い相互作用がないと、I は fold してまで A とはくっ付きません。この2つのパラメータの大きさが重要であることが著者らのシミュレーション実験で分かりました。

この HT モデルでは MWC モデルとは異なり多量体は対称形をとる必要はありません。つまり、一斉に全てのプロトマーが R 状態か T 状態のどちらかに変わる必要はありません。さらに KNF 逐次モデルとも異なり、各プロトマーの構造変化のきっかけを induced-fit に限定しなくともよいのです。KNF モデルでは、リガンドが付いて初めて構造が変わります。しかし、HT モデルでは R と T 状態の間の交換は、リガンドが付く前からすでに平衡状態として起こっています。この論文では、リガンドが付く状態はちゃんと fold した構造をとっており、リガンドが付けない状態は unfold 状態としています。そして、unfold と fold 状態の間でお互いに行ったり来たりの平衡交換をしています。したがって、population-selection のような事が起こっているという点では MWC モデルに、一方、対称形でなくともよいという点では KNF モデルに似ているのでしょう。

図は原著論文を参考にしてください。Fig.1 B がよく描かれていますが、これは(例1)を示しています。これの縦軸はエネルギーを表していますが、同時に個数にも変換できます。下の状態ほど安定で数が多いと考えれば簡単です。