2014年9月22日月曜日

同種核のデカップル

同種核の間にある J-coupling を decouple するのはなかなか難しいです(しかも直接測定軸 FID の上では)。ただ方法がないわけではなく、最近も幾つか紹介されてはいます(1H homo-decoupling の方法については近々ご紹介いたします)。今回は蛋白質の 13Co の FID を検出している最中に 13Ca をデカップルするというお話しです。そのような事できるのかな?と思っていたら、なんと 13Co の FID の最中に大胆にも 13Ca-選択的パルスを打つという驚きの方法でした。

Ying J., Li F., Lee J.H., and Bax A. (2014) 13Cα decoupling during direct observation of carbonyl resonances in solution NMR of isotopically enriched proteins. J. Biomol. NMR 60, 15-21.

そういえば昔もう 20 年ほど前に、1HN の FID 検出の最中に 1Ha を decouple するという方法がありました(つい最近も発表されているようです)。3J (HN-Ha) が decouple されるため、確かに 1HN のピークがシャープになるのです(蛋白質を重水素化した場合には、この 3J カップリング 3J (HN-Da) が小さくなって線形がシャープになるという効果もあります)。しかし、Bloch-Siegert 効果やノイズなどの問題があり、今は頻繁に使われているようには思いません。今 13C 直接測定でもっともよく使われている(仮想的な)デカップリング法は IPAP 法でしょうか?In-phase と anti-phase の二つのスペクトルをとっておいて、足したり引いたりして doublet の一方をキャンセルさせるのです。Sofast-HMQC でも 15N-decoupling パルスを使わない方法として、この IPAP 法が使われていますね。デカップリングパルスによる熱は発生しないし、機械にも優しいので、個人的にはこの IPAP 法を採用しています。

この論文では 13Co の FID 5 ms ごとに 13Ca 選択的パルスを打っています。ということは、pi-パルスを打つ直前ではどうしても 1J(Co-Ca)=53 Hz のカップリングのために信号強度が 91% に減じています(cos(pi*53*0.0025) = 0.91)。pi-パルスが打たれた後はこれが回復していき、また 2.5 ms 経ったところで峠を超えて強度が減っていくことになります。5 ms ごとに pi-パルスを打っていますので、200Hz ごとにサイドバンドが生じることになります。このようにある種の周期性は FT の後にサイドバンドという形で偽ピークを生み出します。800MHz NMR ですと、各信号の両横にだいたい 1ppm ごとに出るのでしょうか?しかし、図を見る限り、それほど大したサイドバンドではなさそうです。

選択的 180° パルスについてですが、これは sinc パルスを使っています。13Co(177 ppm)に carrier を置いていますので、13Ca を off-resonance で叩きます。しかし、13Co には影響ができるだけ小さくなるように設計します。一つは sinc パルスが影響を与えない点 null-point が 13Co の周波数の位置になるように(113 us @800MHz NMR)、もう一つは off-resonance(118 ppm)を周波数変調ではなく、cos 強度変調にすることです。これにより 13Ca 領域(59 ppm)だけにではなく、295 ppm(177+118)にも対称的にパルスが打たれてしまうことになりますが、両側から対称的に Bloch-Siegert 効果がやってくるので、それら二つでお互いに打ち消し合うことになります。13Co はスペクトル幅が狭い(蛋白質で 16 ppm 程度)ので、このような手が使えるのですね。スペクトル幅が広いと、中点の周波数位置(177 ppm)から離れるにしたがって(二種の)Bloch-Siegert 効果(の一次の項)のキャンセルがうまくいかなくなります。そして、このような pi-パルスを MLEV16 で位相回しをしてアーティファクトをさらに小さくしています。また、295 ppm 付近になりますと、13C のチューニングもずれてきます。したがって、295 と 59 ppm の両方に平等に打っているというわけではなくなってしまいます。しかし、上記のような要因による 13Co ピークのずれは、せいぜい数 Hz 程度とのことですので、心配する必要はなさそうです。

ちなみに、3D HNCA などで 13Ca の展開時間に 13Co に Seduce 連続デカップリングパルスを打つ場合などには十分に気を付けてください。かなり 13Ca のピークがずれます。もう一つの 3D HN(CO)CA のパルスプログラムを全く同じ形式で作り、全く同じパラメータを使っていれば、3D HNCA と HN(CO)CA では同じようにピークがずれますが(したがって、連鎖帰属を繋げる分には問題ない)、異なるパラメータを使うと悲惨です。いくら両者を見比べても 13Co のピークは一致しませんので、主鎖の連鎖帰属が失敗するのです(昔はこのような些細なことで数ヶ月を棒に振ったものです)。この失敗がよく起こるのは、3D HNCACB と 3D CBCA(CO)NH をセットでとった時です。両者は磁化移動の向きが異なりますので、ついうっかり 13Co デカップリングのパルスプログラムも別々に書いてしまうのです。このようなミスを防ぐために最近の Br 社の標準パルスプログラムでは、13Co に shaped の単発パルスが使われています。これなら、Bloch-Siegert 効果は 13Ca のピークの位相を少し変える程度で済みます(ピークの位置を大きくずらしたりはしません)。

Supplement に Br 社のパルスプログラムが載っていました。なるほど、FID の最中にパルスやグラジエントを打つ際にはこのように書けばよいのですね。このループカウンターにはちゃんと整数値が入ってくれるのかな?間違えて浮動小数点が入力されてしまい、それが誤って integer で読まれてすごい数のループになってしまい、実質的な FID の長さが数秒に。。。。無用な心配はやめておきましょう。