2014年10月29日水曜日

ZZ-交換3

転写因子が DNA 上の特異的な認識配列をどのようにして探すのかについて調べた論文です。

Ryu KS, Tugarinov V & Clore GM. (2014) Probing the rate-limiting step for intramolecular transfer of a transcription factor between specific sites on the same DNA molecule by 15Nz-exchange NMR spectroscopy. J. Am. Chem. Soc. 136, 14369-14372.

NMR の 15Nz-exchange 法を使うと、転写因子が DNA 上の認識配列である A-サイトから B-サイトへどの程度の速度定数で動いたか、あるいはその逆(B-サイトから A-サイトへ)も調べることができます。この論文で著者らが工夫した点は、少なくとも以下の3点です。

1)A-サイトと B-サイトの DNA 配列を微妙に違わせた。両者ともに認識配列であり、異なる箇所は 5' 側の数塩基対だけである。したがって、親和性に差はほとんどない。すると、蛋白質がそれぞれのサイトに相互作用した時の蛋白質側の 1H/15N ピークも微妙に異なってくるので、この転写因子がどちらに付いたかがすぐに分かる。

2)A-サイトと B-サイトの両方をいっしょに組み込んだ DNA 分子と、どちらか片一方だけを組み込んだ DNA 分子の両方を作った。

3)上記の2を作る時に、B-サイトを逆さまに配置した DNA 分子も作った。あるいは、A-サイトと B-サイトの位置関係を入れ替えた DNA 分子も作った。

この(2)の工夫が非常に面白いのです。A-サイトから B-サイトへ移ったことは 15Nz-exchange スペクトルで、A-サイト結合時のピークと B-サイト結合時のピークの間に交差ピークが出ることで簡単に分かります。しかし、同じ DNA 分子内の B-サイトに移ったのか、それとも別の DNA 分子の B-サイトに移ったのかが分かりません。

そこで、著者らは一つの DNA 分子内に A-サイトあるいは B-サイトのどちらか一方しか含んでいない状況で、この DNA 分子の濃度を変えながら交換速度を測りました。そして、この DNA 分子の濃度が0になる地点までグラフを外挿すると、何と交換速度が0だったのです。これが意味することは、DNA 分子から転写因子 HoxD9 が離れてしまって、どこにも付かずに溶媒に漂うことはないということです。確かに、この HoxD9 の親和性は解離定数にして 1nM 以下と非常に強く、HoxD9 がどこにも付かずに単独で泳いでいるような状況は想定外としてよいのでしょう(koff が極めて小さい)。よって、ある程度の量の DNA を入れてあげた状況では、HoxD9 と DNA の複合体に別の DNA 分子がやって来てぶつかった時に HoxD9 がそのぶつかって来た DNA 分子に「乗り移る」と考えることができます。そして、この乗り移りの交換速度 k-inter は、このグラフの傾きから求めることができます。

では、一つの DNA 分子内に A-サイトと B-サイトの両方を含んだ状況で、この DNA 分子の濃度を変えながら交換速度を測るとどのような結果になったのでしょう。この DNA 分子の濃度が0になる地点までグラフを外挿すると、交換速度が 1 /sec 程度の値をとりました。つまり、分子内での A-サイトから B-サイトへの交換速度 k-intra がこれに当たります(なぜならば、上記の結果で HoxD9 が DNA から離れる交換速度 koff は0であることが分かっているので)。 B-サイトから A-サイトへの交換速度も同じ程度でした。

一つ面白いことは B-サイトを逆向きに入れた DNA も作ってあったことです。ところが、B-サイトを A-サイトと同じ向きに入れた DNA を使った場合と交換速度はあまり変わらなかったのです。これは、HoxD9 が A-サイトと B-サイトの間にある時(つまり、非特異的に DNA に付いている時)、それこそ DNA の上で「くるん!」と HoxD9 が瞬間に向きを逆転させたためでしょう(HoxD9 が一度 DNA から離れて遥か彼方に去ってしまってから今度は向きを逆転させた状態で衝突してくるのではない)。

ただし、塩濃度をどんどん減らしていくと、様子が異なってきます。この場合も塩濃度を振りながら k-intra を測定し、そのグラフを塩濃度が0になる地点まで外挿します。すると、HoxD9 が逆転しないといけないような状況では、速度定数が6割ぐらいに小さくなりました。これは DNA にくっ付き過ぎて、うまく「くるん!」ができなかったためでしょう。

分子内の転移(k-intra)の値を比べた結果、HoxD9 が特異的配列から3プライム方向へ1塩基対だけ移動した時にそこで引っ掛かってしまい、律速になっているのではないかという事が分かりました。逆に特異的配列から5プライム方向に1塩基対だけ移動する時は引っ掛かりが少なく、k-intra も 1.6 倍大きいそうです(1.6 ×という値は小さ過ぎてそれほど意味がないかもしれませんが)。

また、分子間でHoxD9 が A-サイトから B-サイトに移る際、どうも DNA 分子の5プライム側の末端から入っていくのではないかと示唆しています。それは B-サイトの5プライム側の境界と DNA 分子の末端との間の距離が短いほど k-inter(A→B) が大きいためです。しかし、これも上記と同じように推測の域を出ません。

実はこの実験法 ZZ-exchange は 2013/4 頃に紹介したことがありました(もうそれから1年半も経ってしまいました)。その時の式では I_AB(tau) と書くと、それは B → A の変化を示すと書きました。しかし、今回の論文では素直に前から後ろの添字の向きに変化すると読んでください。Supplement にこの ZZ-exchange の McConnell の式が書かれています。最近は数値計算ソフトを使えば、この程度の対数行列は瞬時に計算してくれますので、フィッティングには前回の書き下し式を使うよりかは、この McConnell 式を直接つかった方が楽かもしれません。CPMG 法や DEST, CEST 法のフィッティングでもそのようです。しかし、データの S/N 比があまりよくないような場合には、前回紹介しましたように、あるピークとあるピークを足した強度に簡略化した理論式をフィッティングさせ、まずは簡単な変数から fix していく方が信頼性が高くなるでしょう。