2020年2月29日土曜日

液相分離の駆動力

2月7日、Martin, et al., (2020) Science 367, 694 に液-液相分離のちょっと物性的な論文が出ました。卒論、修論、両者の発表会が続いてしまい、なかなか一気に読めませんでしたが、やっと週末に時間をとることができました。なかなか面白い論文です。

生体内で起きている液-液相分離が、さまざまな生理作用に関与していることが分かってきました。それでは、そのような相転移を起こすのに必要な、鍵となる配列が蛋白質の中にあるのでしょうか?よく見かけるのは、天然変性プリオン様ドメイン(PLD)です。これの配列は、極性のあるアミノ酸の塊が芳香環アミノ酸で分断されたような特徴をもっています。相転移したゲル状物の中には β シートのような構造ができているという説もあれば、そのような規則正しい構造はまったく無いという報告もあります。

このような会合性は、高分子の領域では「接着性とスペーサー」モデルでよく説明されます。つまり、接着性の(芳香性)アミノ酸が分子内あるいは分子間で非共有結合により引っ付き、それらの間にあるスペーサー(極性)アミノ酸がその非共有結合を、時には促進したり、あるいは逆に邪魔したりするという考え方です。分子の濃度がある値を超えると、接着性アミノ酸どうしが引っ付き合い始めます。この相互作用は協同的に次々と連鎖していき、そして液-液相分離に達します。著者らは、ヘテロ核リボ蛋白質 A1(hnRNPA1)を題材に、配列と相転移との関係を調べました。

確かに hnRNPA1 の配列を見てみると、7個ぐらいの間隔で Phe, Tyr が挟まっています。FUS では Tyr や Arg が集まった low-complexity-domain (LC 領域)があり、ここがカチオン π 相互作用により接着性を有していると見られています。ところが著者らが統計的に調べた限りでは、LC 領域はむしろ荷電性アミノ酸(Arg+, Lys+, Asp-, Glu-)に乏しく、これらの天然変性領域は正負の静電的相互作用やカチオン π 相互作用によって凝集しているのではないとのことです。また、逆に疎水性残基が多過ぎたり少な過ぎたりしているわけでもなさそうです。

一応、構造を見るために、著者らは L1-LCD の 1H/15N HSQC を測定しました。8.6 ppm(ハムの壁)より左側(= 低磁場側 = 高周波数側)にピークが無いことから、特定の構造(二次構造も)をとっていないことは明らかです。13Ca, 13Cb, 13Co から二次構造の傾向を調べましたが結果は同じでした。この HSQC を見るとちょっと面白いです。やたらに Gly, Ser がいっぱいです(後述するように Ser は -OH をもつので水和しやすく、spacer に適している)。これほどミニ残基がたくさんあれば、主鎖はぐにゃぐにゃになってしまうだろうなと思います。とは言え、X 線小角散乱 SAXS で調べると、慣性半径 Rg はまったくのランダム状態と予想される値よりかは小さく、つまりコンパクトになっているとのことです。

さらに 15N の横緩和速度 R2 を測ってみると、芳香環の辺りで高い値をとっています。これは、その箇所で動きが少し止められているためです。ただし、この R2 は濃度に依存しなかったので、分子内で芳香環どうしがちょっとくっ付いているだけで、分子間での相互作用ではなさそうです(分子間だとすると、濃度を濃くするほど分子どうしでくっつき、極端に R2 が大きくなるはず)。NOESY を解析すると、芳香環どうし(Phe & Tyr)の距離が近いことが分かります。このような NOE 交差ピークは完全にフレキシブルな天然変性領域では見られず、やはり芳香環どうしが瞬間的に(長時間ずっとではなく)ペタッと付いては離れるといったダイナミクスを繰り返しているのでしょう。全原子シミュレーションで得られた構造の集合(アンサンブル)を解析しても、α ヘリックスや β シートをずっととり続けている傾向は弱そうでした。そして、分子内でくっつき合っている残基は芳香環であり、芳香環の間に散らばっている荷電性、極性残基は単に芳香環の間を埋めるスペーサーに過ぎなかったとのことです。

芳香環どうし(Phe & Tyr)の間に観られた NOE 交差ピークの強度は、温度を下げるほど強くなりました。さらに、芳香環における R2 緩和は、温度を下げるほど顕著に増加しました。これは、温度が下がるほど芳香環どうしが強く接触して "分子内での" 動きが止まる頻度が高くなることを示しています。また、NMR で計測された並進拡散係数から計算した流体力学半径は、温度が下がるほど小さく、つまり、分子がコンパクトになることを示しています。

上記の考えをさらに確かにするため、著者らは WT に加えて芳香環を増やした Aro+ ペプチド、逆に減らした Aro-, Aro-- ペプチドを調製しました。その結果、全原子シミュレーションと SEC-SAXS の両方において、Aro+ 分子はよりコンパクトに(半径が小さく)、逆に Aro-, Aro-- 分子は広がる(半径が大きくなる)ことが分かりました。1個のアミノ酸を1個の球に見立てて、芳香環どうしの親和性やその他の残基との親和性を適当に数値化して入れてやると、見事に SEC-SAXS で得られた半径と合致しました。このような単純なモデルですが、シミュレーションも実験値も Flory-Huggins の理論式に当てはまり、濃度が薄くなるほど、また芳香環が少なくなるほど、相分離しにくくなります(低温でしか相分離しなくなります)。さらに、シミュレーションと実験との組み合わせから Aro-- の臨界温度は氷点下であることが分かり、これは Aro-- では相分離が観られなかったことと合致します。

著者らは、ちゃんと実際のペプチドでも温度を変えて液滴が生じたり消えたりする可逆的な現象を OD600 や蛍光などで観測しています。液滴の中と外とでは3桁ぐらい蛋白質 A1-LCD の濃度が違いますが、液滴の中で個々の A1-LCD 蛋白質は単量体として自由に動き回っているようです。もっと硬い網目のような状態を構築しているのだと思っていました。

この A1-LCD で決めたパラメータ値を使って、今度はこのシミュレーションが FUS-LCD にも当てはまるかどうかを試しました。入力値は FUS-LCD の芳香環の位置情報だけで、その他の β シートへのなりやすさなどの情報は入っていません。それでも、この stickers-&-spacers モデルと実験値はみごとに一致しました。そもそも Flory-Huggins モデルも、今回の stickers-&-spacers モデルと同じように、非常に単純化したモデルです。これらが実験値と一致するということは、液-液相分離を引き起こす駆動力はそれほど複雑なものではなくて、芳香環がある一定間隔で全体に渡って存在するといった単純なものなのかもしれないということを示しています。

さらに(もう十分だと思うのですが、著者らのここがすごい)、芳香環が一定間隔で存在するような完璧な場合と、ある程度かたまり(パッチ)状に存在する場合とを比べました。シミュレーションによると、前者の場合は液滴になりますが、後者の場合はところどころミセルのようなサブ構造をもったアモルファス状態になったそうです。きっと、芳香環の塊がお互いの相互作用を強め過ぎてしまうのでしょう。このような状態では、凝集が起きて沈殿になってしまいます。芳香環ひとつずつが一定間隔で全体に渡って均一に並ぶと、付き過ぎず離れ過ぎずのよい具合の相互作用に落ち着き、溶けた状態が維持された液滴になるのでしょう。

液相分離を引き起こすことで知られている他の天然変性プリオン様ドメイン PLD を見てみても、それらの配列相同性は低いですが、芳香環が一定間隔で並んでいるという点では共通しているようです。芳香環どうしの相互作用をあまり強め過ぎないようにするには、それらの間にある spacer アミノ酸が十分に水和している必要があります(前述の Ser など)。つまり、疎水性残基などがたくさん spacer にあると凝集してしまいます。この論文では sticker アミノ酸として芳香環だけが強調されていますが、最後の方で著者らは、ちょっとトーンが下がり、代わりに疎水性モチーフ、カチオン π 相互作用残基、プラスマイナスの荷電残基でも可能だろうと書いています。

2020年2月7日金曜日

HMQC 複合パルス


もっともシンプルなパルス系列である HMQC でさえ、たとえグラジエントや位相回しをふんだんに入れてもアーティファクトが出ることがあります。この論文には、そのアーティファクトの起源や除去法について書かれています。

Kay, L.E. (2019) Artifacts can emerge in spectra recorded with even the simplest of pulse schemes: an HMQC case study. J. Biomol. NMR. 73, 423-427. doi: 10.1007/s10858-019-00227-7.

Kayさんの単著論文ですが、若きころの師匠であるDennis Torchia さんとパルスについてあれこれと研究した時の思い出に浸りながら、この論文を書いたようです。そして、Torchia さんの 80 歳記念として、この論文が捧げられています。下記は自動翻訳ですが、その一節を紹介します「ここでは、ジャーナルの「サイエンス」ではなく実践的な「サイエンス」に重きが置かれていた「古き良き時代」へ先祖返りしたいと思います。数々の解決すべき科学問題がありましたが、その一部については私達は単純に「楽しみ」だけで追求していました。そのような楽しい問題のうちの一つをここで紹介します。それは最初は不可解でしたが、数分間考えると些細なことであることが分かりました。この時期に2人の NIH の指導者(Torchia さんと Bax さん)と行った多くの素晴らしい議論を思い出しました。」

「数分考えただけで分かった」という辺りが、そもそもすごい。

HMQC パルス系列には真ん中に 1H の 180 度パルスがあります。これを普通の矩形波で打つと、スペクトルの 13C 次元に沿って、1JCH だけ離れた二重線(+- J/2 のダブレット)のアーティファクトが出ます(2*1JCH だけ離れた二重線のアーティファクトも小さいが計算上は出る)。その π パルスの両側にはグラジエントペアが置かれており、パルスも exorcycle で位相回しされています(πパルスを 0, 1, 2, 3, .. 受信機を 0, 2, 0, 2 で回す)。2D 1H-13C HMQC はメチル TROSY 効果を持つため、最近では高分子量の重水素化蛋白 NMR で大活躍しています。

HMQC では 13Cの化学シフトの展開時間 t1 の間、多量子コヒーレンスが存在しています(例えば 2IxCy)。ここでの Ix はメチル基の3つの 1H のうちの一つであり、残りの2つは α 状態か β 状態のいずれかにあります。よって、αα, αβ, βα, ββの4種類が存在します(αは上向きスピン、βは下向きスピン)。もし、t1 期間の真ん中にある 1H πパルスが完璧であれば、αα と ββ は完全に入れ替わり、そして、αβ と βα も完全に入れ替わります。すると、アーティファクトは出ません。理想的な HMQC です。しかし、この π パルスが off-resonance 効果やパワーのミス設定により完璧でなかった場合、バランスが崩れて t1 期間の終わりの時点でうまく J カップリングが再結像しないような事態となります。つまり、2IxCyαα の大半は一応ちゃんと 2IxCyββ になってくれるかもしれませんが、一部は 2IxCyαα で残ったり、2IxCyαβ や 2IxCyβα が新たに生み出されてしまいます。他の3つについても同様です。これがアーティファクトになります。

πパルスの両側にグラジエントパルスのペアを入れても、アーティファクトを防ぐことはできません。なぜなら、α 状態も β 状態もこれは z 磁化に関するものだからです(Iα-Iβ = 2Iz, Iα+Iβ = E)。この z 磁化はコヒーレンスが0であり、基本的にはグラジエントや exorcycle 位相回しからは何の影響も受けません。グラジエントも exorcycle 位相回しもコヒーレンスを +1 と -1 の間で交換させる際に有効です。したがって、2IxCyαα のうち active-spin である Ix が完璧に反転しないことで生じるアーティファクトを消す機能をもつことになります。それに対して passive-spin の α, β 状態が完全に反転しないことから生じるアーティファクトには効き目を示しません。どうすればこのようなアーティファクトを消せるのかについては、composite pulse を使うことが勧められています。つまり、90y-180x-90y や 90y-240x-90y などです。これらを HMQC の 1H 横磁化 2IxCy に適用してもよいことに驚いたのですが(てっきり Iz or -Iz に対してしか使えないと思い込んでいました)、とにかくアーティファクトが消えるようです。これら composite pulse は少しぐらい off-resonance であっても、また、パルスパワーをミス設定していても、スピンを反転させることができます。

1H のパワーは個々のサンプルごとにキャリブレーションする場合が多く、そんなにパルスの不完全性が出るものか?と思い勝ちです。しかし、私もこれが意外にもアーティファクトを生み出すことを HSQC で経験しました。原因の一つは off-resonance 効果です。どうしても carrier 周波数(例えば H2O の 4.7 ppm)から遠くで共鳴するスピンには起こってしまいます。また、論文にも書かれている通り、サンプル管での溶液部分が長過ぎると、その上下で B1-inhomogeneity が起こります。つまり、パルスの届きが不十分なのです。もしかすると、ちゃんと 90 度パルス幅をキャリブレートしたつもりでも、サンプルの中心部分では強めのパルスが、上下両側では逆に弱めのパルスとなっており、これらの平均として 90 度パルス幅があたかも正確であるかのように見えているだけなのかもしれません。

この B1-inhomogeneity を考えると、ピストン付きのシゲミ管は溶液を 300 μL 程度に抑えることができるため、なかなか良いです。蛋白 NMR の人はほとんどシゲミ管を使っているのですが、有機 NMR ではそれほど popular ではないようです。一本あたりの価格が高いので、多種類、多数の試料には使えないなどの理由もあるでしょう。また、シム合わせも少し難しい(実際にはグラジエントシムはまずまず上手く動いてくれる)。シゲミ管はストックがなくなってきたら、もちろん必至で洗います。

ちなみに、つい最近 Scientific Reports に CinBB という名の composite pulse の応用例が出ました。国産です。Bando, et al. (2020) Concatenated composite pulses applied to liquid-state nuclear magnetic resonance spectroscopy. Sci. Rep. 10, 2126.

2020年2月1日土曜日

Word での一斉置換


半角文字しか使わない西洋では問題にならないものと思いますが、半角と全角を混ぜこぜにする日本語では、少し見栄えが文章で問題になることがあります。MS-Word では、半角と全角文字の間に少しだけ間隔を入れてくれる機能があります。

「段落」→「体裁」→「日本語と英字(数字)の間隔を自動調整する」

今ちょうど卒論と修論のチェックの真っ最中ですが、上記の機能をオンにしていても、次のようなことが起こります。下記の文章を Times New Roman などで表示させると、半角のカッコの前後が本当に窮屈なのです。

A-buffer(20mM Tris-HCl, pH6.8, NaCl 30mM)5000mlNMRチューブに入れた。」

そこで一斉に検索&置換することにしました。要は、次のように書きたいわけです。

A-buffer (20 mM Tris-HCl, pH 6.8, NaCl 30 mM) 5,000 mL NMR チューブに入れた。」

NMR 管の中に buffer をどうやって 5L も入れるんだというツッコミは置いておいて。

ところが文章の中には、すでに両端にスペースを付けている箇所もあって、つまり、場所によってポリシーがばらばら。。。本来は文章の論理を修正しないといけないのに、なぜかこのような枝葉末節の修正に時間をとられてしまうのは馬鹿らしいものです。

あまりワードの検索&置換をしたことがなかったのですが、Word にもワイルドカードというものがあるのを初めて知りました。いつもは Perl などを使って PDB の側鎖の表記を修正したりするのに使っています(これ自動化が進んでいる結晶構造解析の人にはピンと来ないかも)。ちょっとややこしいかったのですが、何とか次のようにすることで一斉に修正ができました。

「検索と置換」で「オプション」をクリックします。すると、詳細な検索と置換が可能となります。また、「ワイルドカードを使用する」にチェックを入れます。

まずは、5000 のような数値に 5,000 のようにコンマを加えます。


[1-9] の箇所は、1 から 9 までの数値のいずれかを表します。[0-9] にしておいた方が良かったかもしれません。

次は後ろカッコ(半角)の後にスペースを入れています。


半角スペースに気を付けてください。大げさに書くと次のようになります。
\)([!    ])
これで、後ろカッコの後にスペース以外の文字が来たら、という意味になります。
)    \1
これで、後ろカッコの後にスペースを置き、さらに次の1文字を置いてくださいという意味になります。

前カッコ(半角)の前にもスペースを入れます。


好き好きかもしれませんが、pH と数値の間にも半角スペースを入れましょう。


数値と単位の間にもスペースを入れた方が見易いです。


と、ここまで書いてみましたが、単純に(ワイルドカードを使わずに)「(」を「(   」に一斉置換した方が分かり易いかもしれません。その場合は余計にスペースが入る箇所も出てきてしまいますので、今度はスペース2個が連続している箇所をサーチしてスペース1個に自動置換すればよいでしょう(これを連続スペースがなくなるまで何度か繰り返す)。

最後に注意点です。一斉置換すると、しばしば予期しない置換が起こります。そのため、複製したファイルに対してこのような操作を行い、いつでも元に戻せるようにオリジナルのファイルは残しておきましょう。あるいは、「保存」ボタンを押してから操作を行い、失敗したら保存せずに終了させる。