2016年2月18日木曜日

なぜわざわざ鈍らせるのか_その2

長らく、その2を上げるのを忘れてしまっていました。

生物内で代謝過程を制御することは非常に重要です。これを工場の流れ作業ラインに例えますと、どこかで部品や最終製品が余り過ぎたり、逆に足りなさ過ぎたりするのを防ぐことに相当します。代謝過程がどのように制御されているのかという問題点を数十年前に論じると、それは一連の代謝経路のうち、律速段階にある酵素について個々に論じることであり、代謝に関連する「酵素群」という系全体で制御を考えるということはまだあまりありませんでした。

つい最近になってようやく代謝過程の系全体で調節方法を考えるという傾向が出てくるようになりました。その調節で重要な働きを担う「正の協同性 positive cooperativity」については生理学的にどのような意義をもつかはよく理解されています。それに対して、「負の協同性 negative cooperativity」の生理学的意義はまだよく分かっていません。

前回「その1」で紹介しましたが、もう一つの考え方が次の文献に書かれています(大家ですね)。

Cornish-Bowden A. (2013) The physiological significance of negative cooperativity revisited. J Theor Biol. 319, 144-147.

この正の協同性を見てみると、そのほとんどは基質の酵素への結合ではなく、阻害剤か活性剤の酵素との相互作用(あるいはその結合の後の酵素活性の応答について)です。それは何故でしょうか?

ほとんどの代謝過程で重要なことは最終生産物の量を望みの量に調整することです。そのため、たとえ途中ではたらく酵素への基質の結合が正の協同性を帯びていたとしても、それは最終生産物の量の調整には必ずしも結びつかないのです(基質は酵素への入力要素ですが、最終生産物はかなり遠方の出力要素です)。一方、負の協同性に目を移すと、これは正の場合とは異なり、基質の酵素への相互作用の例が多いです。これもまた何故でしょう?

さて、Hill の式は次のように表されます。

v = V*Y = V*a^h / (a50^h + a^h)

Y: 基質が酵素についている飽和度
a: 基質の濃度
v: 酵素の反応速度
V: 酵素の最大反応速度
a50: 反応速度が V/2 となる時の基質の濃度
h: ヒル係数

この式を二次元のグラフ(横軸が基質の濃度 a、縦軸が酵素の反応速度 v)にプロットした図が、よく教科書に載っています。Hill 係数 h が1を超えると、曲線がシグモイドとなり勾配が急になります。このとき、ほんの少し a が変わるだけで v が何倍にも変わるのです。一方、Hill 係数が1未満の負の協同性では、この曲線が横に寝たようになります。この状況では a を少しぐらい変えても v はあまり変化しません。なにしろ、同種多量体(homomultimer)の蛋白質では、1個目の基質があるサブユニットにつくと、2個目の基質は他のサブユニットにつきにくくなり、3個目はもっとつきにくくなるのですから、基質濃度 a を増やしても反応速度 v が容易に上がらないことは想像できます。このような負の協同性はいったい何の役に立つのでしょう?

ここで発想をがらりと転換させてみます。先ほどのグラフの横軸と縦軸をひっくり返してしまうのです。するとどうでしょう?負の協同性では、少しでも反応速度 v が変わると、入ってくる基質濃度 a が激変してしまうのです(ただし、速度が V/2 ぐらいの時)。確かに、先ほどの「いつもの」グラフでは傾きはなだらかでした。それの横軸と縦軸を交換すると、当然のように今度は傾きが急になってしまいます。しかし、ここでまた疑問点が出てきます。それで何の役に立つのかと?

これの利点を見るには、この酵素ひとつだけを考えていてはだめなのです。最初の段落で書いたように、この酵素は代謝経路の中のひとつであり、この系全体のネットワークを考えないといけないのです。

もし、この酵素の直前で A が出来上がってくる速度が上がった場合を想定してみましょう。もし、問題となるこの酵素が正の協同性を持っていたとすると、どんどんこの酵素に吸着していき、そして A は直前で出来上がってくるのと同じ速度で処理されていきます。よって、余っている基質 A の濃度 a はかなり一定のままそれほど変化しません。ところが問題の酵素が負の協同性を持っているとどうなるでしょう?直前の反応で A がどんどん出来上がってきても、問題の酵素には A はそれほど吸着しません。すると、この酵素の反応速度はもちろん上がろうとはしますが、その前にむしろ余っている A が急に増えていってしまうのです。

そして、この基質 A が前の方の他の反応を触媒する酵素に対してはフィードバック阻害剤として働き、かつ、この阻害剤 A が正の協同性をもってその酵素に相互作用していく場合を考えると非常に面白いのです。先ほどの A が出来上がってくる速度が少しでも上がると a が急上昇し、それらが勢いよく前の別の反応をフィードバック阻害するという結果になります。このように A が負の協同性をもったある酵素の基質として働き、同時に正の協同性をもった別の酵素の阻害剤として働くとき、この系は非常に効率の高い制御を見せるのです。実際、負の協同性は基質との結合において、正の協同性は阻害剤との結合においてよく見られます。

流れ作業の途中にある人 E がいて、その人は仕事 A がどんどん入ってくるとますます元気になってその仕事を処理していくとします。処理のスピード v が増していくのです。これが正の「共同性」。逆に仕事を与えるほど「ますます」嫌気がさして、処理スピード v が落ちてしまう人 E を負の「共同性」としましょう。このような人 E の前でベルトコンベアーの速度 v が急に増してしまうと、この人の前には部品 A がいっきに山積みされてしまうことになります。この部品 A がどんどん溜まっていく状況を、流れ作業の前の方の人がみると「ますます」ヤル気をなくして、その仕事が阻害されてしまうことでしょう。しかし、このおかげで、流れ作業全体が落ち着く?のかもしれません。逆にもし、E が正の「共同性」をもった人であったならば、その人 E の前には部品 A は溜まることなく、流れ作業の前の方の人はつい仕事が順調に進んでいるものと思い込んで 、結果的には最終製品を作り過ぎて在庫過多に、そして赤字になることでしょう。書いていて、はたしてこの例えが良いのかどうかが分からなくなってしまいました。。。