2026年3月8日日曜日

大腸菌で蛋白が発現しない!

この事件は、昨年末にある学生の嘆きから始まった。「蛋白質が発現していない!」。

この学生は私のグループ員ではないが、目的の蛋白質を大腸菌で発現させているという点ではみな共通しているので、こちらにとっても他人事ではない。このような「出来事 or 事件」は数十年前からしょっちゅう起こっている。特にまだ経験が1年未満の、研究室に配属されたばかりの学生には頻繁に起こることである。そして、いつの間にやら、理由が分からず解決してしまう。この学生もまだ B3 であるので、まあ、いつもの想定内ということになる。

このような場合、どのような原因が考えられるか?

IPTG を入れるのが遅すぎた。OD (600 nm) が 1.0 を超える頃に慌てて IPTG を入れた。
IPTG と思っていた試薬瓶(Nacalai のプラスチック製)は、実は DTT の試薬瓶であった。
アンピシリン耐性とカナマイシン耐性を勘違いした。
異なる蛋白質のプラスミドで形質転換してしまった。
などなど

このようなミスは、人によっても異なるが、1-2年経つと自然となくなり、正常に戻るものである。「当該学生はまだ経験不足で、どこに注意すればよいかを今後勉強していく必要がある」と、スタッフも周りの先輩も思い、「もう一度気をつけて培養するように」ということでその場は終わった。

ところが、次の培養でも発現しない、そして、その次も。。。まあ、それほどおっちょこちょいの学生でもないので、熟練した先輩がちょっと心配して面倒を見ることになった。

そして、その結果は。。。。

カナマイシン耐性のプラスミドであれば全く問題ないが、アンピシリン耐性の場合にだけ、発現しないという現象が起こる。前培養(5 mL 程度の LB rich 培地)でも成長が遅いが、そこに直接 IPTG を入れると、ちゃんと発現する。大量培養では発現しないだけでなく成長も遅く、なかなか OD600 が上がらない。数時間が経過してからやっと急に OD600 が上がり始める。

このような場合、プラスミドを持っていない大腸菌が成長してしまっていることが考えられる。しばしば、形質転換をせずに、冷凍庫で保存してあったグリセロールストックをそのまま LB 培地 5 mL に入れて培養すると、このような事が起きる。グリセロールストックは、必ず事前にプレートに蒔き、健康そうなコロニーを選びましょう。しかし、当学生と先輩は、ちゃんと CaCl2 の入った(製品の)コンピテントセルで形質転換し、中ぐらいの大きさのコロニーを選択したとのことであった。

ここで、なにげなく、アンピシリンが臭いよねという話になった。もしアンピシリンが劣化しており、効き目がもうあまり無かったとする。すると、そこから作るプレートも見せかけのものとなる。プレートに生えてきたコロニーは、プラスミドを持っている場合もあるが、もっていない場合もあり得る。また、サテライトコロニーが生じるのとよく似た原因により、コロニーの中心部分は形質転換菌であっても、そこから漏れ出たアンピシリン分解酵素が寒天培地の Amp を分解してしまい、外周には形質転換されていない菌が育ってくることがある。そのような混在菌を培養したとすると、最初のうちは、形質転換菌が優勢であるので、蛋白質の発現が確認できる。これがスモールスケールで発現が確認できる理由ではないかと思う。

しかし、大量培養へと時間が経つにつれて、だんだんと形質転換されていない菌が優勢となる。アンピシリンを培地に入れているので、プラスミドを持たない菌は全滅してしまっているように思い勝ちであるが、もしアンピシリンの効力が落ちていれば、そうとも限らない。アンピシリンは細胞壁の合成を阻害するので、プラスミドを持たない菌は細胞壁の構造が弱い状態になる。細胞壁がかなり薄いと破裂して(溶菌して)死んでしまうが、Amp の効き目が悪い場合には、溶菌せずに生き残ることもあるだろう。

そして、プラスミドをもった菌は、せっせとアンピシリンを分解する酵素(β ラクタマーゼ)を作るが、それが培地中に少し漏れたりすると、培地内のアンピシリンもどんどん効力を失っていき、結果として選択圧が弱くなっていく。それに、培養の温度 37 ℃という条件も、アンピシリンが自然分解していってしまう原因となりえる。すると、上記のプラスミドを持たない身軽な菌が急に元気を取り戻し始める。プラスミドをもつという負担がないため、分裂速度も速く、むしろちゃんと形質転換された菌よりも速く成長していくことになる。そして、1 L 培養で IPTG を入れた時には、もはや形質転換菌は絶滅危惧状態となっており、結果として発現が見られないというシナリオになる。

もし、形質転換されていない菌のコロニーをプレートから拾った場合は、スモールスケールからきわめて成長の遅い培養となるだろう。しかし、そのうち、Amp が上記の理由で分解されてしまい、そのような菌が元気を盛り返すのかもしれない。形質転換された菌のコロニーをめでたく拾ったとしても、その後の培地での Amp の効き目が悪いと選択圧がかからない。そのため、分裂のたびに生じたプラスミドの少ない(あるいは0の)方の娘細胞菌が少しずつ優勢になっていく。

そのようなわけで、冷蔵保存している Amp ストック試薬を調査することになった。すると、なんとプレート作りに使っている Amp ストック試薬は2年前に作ったことが判明した。週に一度は解凍して、使用後にはまた冷凍している。これで解決です!。これはだめです。もう2年も経っていたら、Amp そのものが分解されており、相当怪しいだろう。

そこで、ベテラン中のベテラン Y.M. さんが、新しい Amp でプレートを作り直し、発現確認を行うことになりました。その結果、ばっちり、太いバンドが SDS-PAGE に確認されました。めでたし、めでたし、これで2カ月に及ぶペニシリン事件は解決を見たかのように思われたのでした。そこで、また皆 Amp 耐性プラスミドを使って実験を再開することになりました。ところが、また上手くいかないのです。

なお、まずいことにアンピシリンをカルベニシリンに換えてもだめ。常にカナマイシン耐性の時だけうまく行くのです(カナマイシンは菌のリボソーム小サブユニットに結合して、蛋白質合成を阻害します。そのため、菌の内部で効力を発揮するので強力です)。そこで、魔術を持っていると恐れられている Y.M. さんが再び実験することに。すると、今度は全く発現なし!前回うまく行ったのは、たまたま偶然的に悪魔が寝ていたということになります。これは完全に呪われています。急いで、NaCl を実験室の入口に盛り、ヌサを作って振り、お祓いをしました。しかし、この悪魔はまだ居ついており、いっこうに立ち去る気配はありません。

また、LB 培地が悪いのでは?ということで、購入している製品のメーカーも替えました。LB の pH が低いのではと思い測ってみましたが、ちゃんと中性でした。M9 最少培地にはリン酸バッファが入っていますので、pH が安定しています。しかし、この M9 でも発現しませんでした。

また、プレートを作る時に、寒天がかなり冷えてからアンピシリンを入れています(熱いままの寒天培地に入れて、Amp が分解してしまうという失敗はよくありますよね)。アンピシリン耐性のプラスミドは 4-5 種類ありますが、いずれもダメです。よって、プラスミド構成は関係なさそうです。対象となる蛋白質も何種類も試しています。毒性もなく、以前は普通に大量に発現していました。コンピテントセルも、BL21(DE3) のいろいろな製品を試しましたが全てダメです(メーカーも替えました)。ファージが発生したのか?と思いましたが、培地内で溶菌が起こっている気配はありません。なお、この事件が起こる前まで 10 年間、同じプラスミドでこのような現象は一度も起きていません。

早、4カ月目に入ろうとしている中、なぜか C41(DE3), C43(DE3) コンピテントセルを使っている人は、Amp 耐性のプラスミドで形質転換しているのに、どこ吹く風?であることが分かりました。なぜ、Amp 事件の被害者ではなく、いつも笑顔なのか?ただし、形質転換菌はコロニー出現が非常に遅く、二日ほどかかるらしいです。この現象を考慮すると、やはり、アンピシリンの劣化(というより、10 本もまとめて同じロットを購入してしまった Amp 試薬のもともとからの劣化)が疑われます。

C41(DE3), C43(DE3) では、サテライトコロニーが発生しにくいのではないかと推測されます。いつも使っている BL21(DE3) は増殖が非常に速く、分泌される β-ラクタマーゼ(アンピシリン分解酵素)によって寒天培地上の周辺のアンピシリンを急速に分解するため、目的のプラスミドを持たないサテライトコロニーが形成されやすいという特徴があります。これに対し、C41(DE3) は増殖が控えめで T7 RNA ポリメラーゼの基礎発現量も抑えられているため、サテライトが出にくい(つまり、セレクションがきれいにかかる)傾向があります。この「セレクションの厳格さ」が、相対的な Amp への感受性の高さとして感じられる可能性があります。C41(DE3) は、セレクション圧が弱まったとしても、プラスミドを持っていることによるデメリットが少ないため、プラスミドを捨てた細胞が急激に増殖して全体を占拠してしまうことが起こりにくいのかもしれません。

一方、BL21(DE3) では、アンピシリンが分解されて無くなると、この負荷から解放された「プラスミドを捨てた細胞」が、プラスミドを保持している細胞よりも圧倒的に速く増殖します。その結果、いざ IPTG を加えて発現を誘導しようとした頃には、フラスコ内の細胞のほとんどがプラスミドを持たない細胞に置き換わっており、結果として「タンパク質が全く(あるいは少量しか)作られない」という失敗につながります。

アンピシリンが存在するという過酷な条件下では、基礎発現の低さ=宿主への優しさが、そのままプラスミドの安定保持という形で有利に働くのかもしれません。したがって、BL21(DE3) ではプラスミドが脱落して発現が失敗し、C41(DE3) では成功するという現象が起こり得ます。BL21(DE3) は、アンピシリンが少しでも薄くなると、(毒性のある)タンパク質を作らされているストレスから逃れるために、プラスミドを速攻で捨てて身軽になろうとします(実際には、たまたま分裂時にプラスミドが少なかった細胞が死なずにむしろ有利になる)。一方で C41/C43 は、そもそもストレスをあまり感じていないので、アンピシリンが少なくなっても「まあプラスミド持っていてもいいか」と維持し続けてくれるのです。

というわけで、まだ完全解決したわけではないのですが、犯人はだいぶ追い詰められてきたような気がします。しかし、これまで時々「今回は発現量が悪いなあ」といった現象が起きていました。実は菌が悪いのではなく、抗生物質の劣化が原因で起こっていたのかもしれません。

2026年1月3日土曜日

IDP, IDR の帰属

この1月の一桁台の日というのが、1年のうちでもっとも憂鬱な日ですね。もっとも嬉しいのが 12/24 頃なのですが。

申し遅れましたが、本年もどうぞよろしくお願いいたします。昨年もいろいろとありましたが、なんとか持ちこたえました。来年は良くなるのか悪くなるのか、よく分からないのですが、もうあんまり悪い方に行かないのを望むばかりです。

それで、以下は、いつもの徒然ばなしです。。。。目から鱗というほどではないのですが。

ある IDP 蛋白質の帰属を進めていると(というか、トラブっていると)、15N の分解能が悪く、3次元スペクトルでピークトップをうまく拾えていないことが足かせになっている場合が多いことに気づきました。そのため、せっかく HNCACB などのピークを自動で拾っていても、1H/15N-HSQC のピークと結び付けられない、という問題がいっぱいあちこちで生じます。

Mars 自動帰属ソフトウェアを使う場合には、HNCACB などの各ピークを強制的に(つまり、手動で無理やり)1H/15N-HSQC のピークに紐づけてしまうため、この問題は回避できます。一方、Flya 自動帰属では、ソフトウェアが内部で自動的に紐づけようとするため、15N 化学シフトがずれていると、ここが大きな問題点となります。

ピークピッキングの際、15N は z 軸にあたるため、「視覚的」に確認することがあまりありません。しかし実際には、15N 軸もきちんと目で確認し、隣のプレーンのピークトップが誤って拾われていないかどうかをチェックすることが重要であると、今回初めて気づきました(これまで IDP の帰属を行ってこなかった)。Poky/Sparky では ov コマンドを用いることで、この確認が可能です(北大の久米田さんのウェブ説明書)。

さらに 20 年遅れで気づいた点として、せっかく NUS を使っているのだから、15N 軸を高分解能で取得すればよいということが挙げられます。15N は通常 constant-time(ct)で測定していますが、そのために分解能が制限されてしまいます(ふつうの fold した蛋白質では、この ct でも充分すぎるのですが)。私は個人的に semi-constant time があまり好きではなかったのですが、この場合は semi-constant time を使った方がよいだろうと感じました。IDP を日常的に扱っている人にとっては、15N を semi-constant time にするのは当然なのかもしれませんが、私は実際に帰属を進めてみて初めて実感しました。

また、フーリエ変換(NUS データのプロセス)の際もプレーン数を 256 にすればよいのですよね。zero-fill でギザギザが減れば、自動ピークピッキングも上手くいくかもしれません。これまでは杓子定規に 128 にしていましたが、現在の 10 万円以上の PC 環境であれば 256 にしても特に問題はないと思います。昔は 64 プレーンにしていたのですが、それも PC が速くなって(メモリーも 32 MB に増えて(GB ではありません))128 に増やしたのでした。

最後に HN(CA)NNH, HN(COCA)NNH の威力は絶大です(いつから測定名に N を二個重なるようになったのか?)。これの有無は、東京ー大阪間を新幹線で行くか、馬で走るかぐらいの差があると言い切れます?きっと経験者が帰属をすると、HNCACB などの 3D シリーズで7割程度まで経験と技術で進めてしまうため、これの威力を過少評価しがちです。しかし、ここは初心者の印象を聞くべきです。とある B4 生によると(すでに 100 残基の fold 蛋白質の帰属を経験済み)、この二つがない場合、それは「太平洋を浮き輪だけで渡るようなものである」と。しかし、この二つのスペクトルがあると、それは「蒸気船を得たようなものであり」「寝てても帰属できる」と形容したそうです?

私は Poky を使っているのですが、学生たちは CCPN を使っています。NMR 解析ソフト CCPN がこの HN(CA)NNH, HN(COCA)NNH を認識し、帰属の候補を出す際にこれをデフォルトで参考にしてくれるとよいのですが。

ここで一度話は終わったのですが、後になって、もう一つ書くべきことを思い出しました。それが constant-time HNCA (CT-HNCA) です。最近では、これを測定する機会はほとんどなくなってしまいました。

かつては、NMR で解析する対象が 100 a.a. 以下の比較的小さな蛋白質であることが多く、HNCA と併せて CT-HNCA を測定することが一般的でした。しかし、対象の分子量が大きくなるにつれ、CT-HNCA は重水素化蛋白質にのみ許された測定となっていきました。そのため、Bruker の標準パルスプログラムライブラリを見ても、CT-HNCA は 2H-decoupling 付きのものしか用意されていません。

そこで今回は、少し懐かしさもあって、自作して試しに測定してみました。HNCACB や CBCACONH では、13Ca, 13Cb の化学シフト展開時間を、あえて 7 – 10 ms 以内に設定します。これ以上展開すると、隣接する 13C との J カップリングによりピークが分裂してしまうためです。言い換えれば、分裂が見えないギリギリの分解能が 7 – 10 ms ということになります。

もちろん、[1-13C]-glucose や [2-13C]-glucose、あるいは同様の標識を施したピルビン酸を大腸菌発現系に用いて、Ca のみを選択的に標識する方法もありますが、それぞれに一定のデメリットも伴います。

この CT-HNCA を解析してみると、HNCACB では一つのピークに見えていた 13Ca シグナルが、実際には二つに分かれていたという箇所が数多く見つかります。やはり、CT-HNCA は不可欠な測定であると痛感しました。

もう一つ、先ほど触れた HN(CA)NNH / HN(COCA)NNH ですが、意外にも感度低下の主因となるのは、13Cb への磁化の流出です。CT-HNCA と同じ考え方で delay を調整して対処することも可能ですが、こうした場面では 13Ca-selective pulse が非常に有効です。

下記の画像は、IDP の HNCACB スペクトルの projection です。Ser の 13Cb(約 63 ppm)がやや 13Ca に近接しているものの、それ以外では 13Ca(青)と 13Cb(赤)の共鳴は見事に分離しています。したがって、適切に 13Ca-selective パルスを設計すれば、13Cb への磁化流出を防ぐことが可能です。Fold したタンパク質では、ここまでうまく分離することは難しいため、この点は IDP 用パルスプログラムの大きな利点と言えるでしょう。

13C 直接測定。。。。感度が悪すぎてダメでした。しかし、好熱菌由来の IDP などを 70-80℃ で測定する場合には、1HN は水と交換しすぎて観測が難しいので、13C 直接測定しかないでしょう。