この学生は私のグループ員ではないが、目的の蛋白質を大腸菌で発現させているという点ではみな共通しているので、こちらにとっても他人事ではない。このような「出来事 or 事件」は数十年前からしょっちゅう起こっている。特にまだ経験が1年未満の、研究室に配属されたばかりの学生には頻繁に起こることである。そして、いつの間にやら、理由が分からず解決してしまう。この学生もまだ B3 であるので、まあ、いつもの想定内ということになる。
このような場合、どのような原因が考えられるか?
IPTG を入れるのが遅すぎた。OD (600 nm) が 1.0 を超える頃に慌てて IPTG を入れた。
IPTG と思っていた試薬瓶(Nacalai のプラスチック製)は、実は DTT の試薬瓶であった。
アンピシリン耐性とカナマイシン耐性を勘違いした。
異なる蛋白質のプラスミドで形質転換してしまった。
IPTG と思っていた試薬瓶(Nacalai のプラスチック製)は、実は DTT の試薬瓶であった。
アンピシリン耐性とカナマイシン耐性を勘違いした。
異なる蛋白質のプラスミドで形質転換してしまった。
などなど
このようなミスは、人によっても異なるが、1-2年経つと自然となくなり、正常に戻るものである。「当該学生はまだ経験不足で、どこに注意すればよいかを今後勉強していく必要がある」と、スタッフも周りの先輩も思い、「もう一度気をつけて培養するように」ということでその場は終わった。
ところが、次の培養でも発現しない、そして、その次も。。。まあ、それほどおっちょこちょいの学生でもないので、熟練した先輩がちょっと心配して面倒を見ることになった。
そして、その結果は。。。。
カナマイシン耐性のプラスミドであれば全く問題ないが、アンピシリン耐性の場合にだけ、発現しないという現象が起こる。前培養(5 mL 程度の LB rich 培地)でも成長が遅いが、そこに直接 IPTG を入れると、ちゃんと発現する。大量培養では発現しないだけでなく成長も遅く、なかなか OD600 が上がらない。数時間が経過してからやっと急に OD600 が上がり始める。
このような場合、プラスミドを持っていない大腸菌が成長してしまっていることが考えられる。しばしば、形質転換をせずに、冷凍庫で保存してあったグリセロールストックをそのまま LB 培地 5 mL に入れて培養すると、このような事が起きる。グリセロールストックは、必ず事前にプレートに蒔き、健康そうなコロニーを選びましょう。しかし、当学生と先輩は、ちゃんと CaCl2 の入った(製品の)コンピテントセルで形質転換し、中ぐらいの大きさのコロニーを選択したとのことであった。
ここで、なにげなく、アンピシリンが臭いよねという話になった。もしアンピシリンが劣化しており、効き目がもうあまり無かったとする。すると、そこから作るプレートも見せかけのものとなる。プレートに生えてきたコロニーは、プラスミドを持っている場合もあるが、もっていない場合もあり得る。また、サテライトコロニーが生じるのとよく似た原因により、コロニーの中心部分は形質転換菌であっても、そこから漏れ出たアンピシリン分解酵素が寒天培地の Amp を分解してしまい、外周には形質転換されていない菌が育ってくることがある。そのような混在菌を培養したとすると、最初のうちは、形質転換菌が優勢であるので、蛋白質の発現が確認できる。これがスモールスケールで発現が確認できる理由ではないかと思う。
しかし、大量培養へと時間が経つにつれて、だんだんと形質転換されていない菌が優勢となる。アンピシリンを培地に入れているので、プラスミドを持たない菌は全滅してしまっているように思い勝ちであるが、もしアンピシリンの効力が落ちていれば、そうとも限らない。アンピシリンは細胞壁の合成を阻害するので、プラスミドを持たない菌は細胞壁の構造が弱い状態になる。細胞壁がかなり薄いと破裂して(溶菌して)死んでしまうが、Amp の効き目が悪い場合には、溶菌せずに生き残ることもあるだろう。
そして、プラスミドをもった菌は、せっせとアンピシリンを分解する酵素(β ラクタマーゼ)を作るが、それが培地中に少し漏れたりすると、培地内のアンピシリンもどんどん効力を失っていき、結果として選択圧が弱くなっていく。それに、培養の温度 37 ℃という条件も、アンピシリンが自然分解していってしまう原因となりえる。すると、上記のプラスミドを持たない身軽な菌が急に元気を取り戻し始める。プラスミドをもつという負担がないため、分裂速度も速く、むしろちゃんと形質転換された菌よりも速く成長していくことになる。そして、1 L 培養で IPTG を入れた時には、もはや形質転換菌は絶滅危惧状態となっており、結果として発現が見られないというシナリオになる。
もし、形質転換されていない菌のコロニーをプレートから拾った場合は、スモールスケールからきわめて成長の遅い培養となるだろう。しかし、そのうち、Amp が上記の理由で分解されてしまい、そのような菌が元気を盛り返すのかもしれない。形質転換された菌のコロニーをめでたく拾ったとしても、その後の培地での Amp の効き目が悪いと選択圧がかからない。そのため、分裂のたびに生じたプラスミドの少ない(あるいは0の)方の娘細胞菌が少しずつ優勢になっていく。
そのようなわけで、冷蔵保存している Amp ストック試薬を調査することになった。すると、なんとプレート作りに使っている Amp ストック試薬は2年前に作ったことが判明した。週に一度は解凍して、使用後にはまた冷凍している。これで解決です!。これはだめです。もう2年も経っていたら、Amp そのものが分解されており、相当怪しいだろう。
そこで、ベテラン中のベテラン Y.M. さんが、新しい Amp でプレートを作り直し、発現確認を行うことになりました。その結果、ばっちり、太いバンドが SDS-PAGE に確認されました。めでたし、めでたし、これで2カ月に及ぶペニシリン事件は解決を見たかのように思われたのでした。そこで、また皆 Amp 耐性プラスミドを使って実験を再開することになりました。ところが、また上手くいかないのです。
なお、まずいことにアンピシリンをカルベニシリンに換えてもだめ。常にカナマイシン耐性の時だけうまく行くのです(カナマイシンは菌のリボソーム小サブユニットに結合して、蛋白質合成を阻害します。そのため、菌の内部で効力を発揮するので強力です)。そこで、魔術を持っていると恐れられている Y.M. さんが再び実験することに。すると、今度は全く発現なし!前回うまく行ったのは、たまたま偶然的に悪魔が寝ていたということになります。これは完全に呪われています。急いで、NaCl を実験室の入口に盛り、ヌサを作って振り、お祓いをしました。しかし、この悪魔はまだ居ついており、いっこうに立ち去る気配はありません。
また、LB 培地が悪いのでは?ということで、購入している製品のメーカーも替えました。LB の pH が低いのではと思い測ってみましたが、ちゃんと中性でした。M9 最少培地にはリン酸バッファが入っていますので、pH が安定しています。しかし、この M9 でも発現しませんでした。
また、プレートを作る時に、寒天がかなり冷えてからアンピシリンを入れています(熱いままの寒天培地に入れて、Amp が分解してしまうという失敗はよくありますよね)。アンピシリン耐性のプラスミドは 4-5 種類ありますが、いずれもダメです。よって、プラスミド構成は関係なさそうです。対象となる蛋白質も何種類も試しています。毒性もなく、以前は普通に大量に発現していました。コンピテントセルも、BL21(DE3) のいろいろな製品を試しましたが全てダメです(メーカーも替えました)。ファージが発生したのか?と思いましたが、培地内で溶菌が起こっている気配はありません。なお、この事件が起こる前まで 10 年間、同じプラスミドでこのような現象は一度も起きていません。
早、4カ月目に入ろうとしている中、なぜか C41(DE3), C43(DE3) コンピテントセルを使っている人は、Amp 耐性のプラスミドで形質転換しているのに、どこ吹く風?であることが分かりました。なぜ、Amp 事件の被害者ではなく、いつも笑顔なのか?ただし、形質転換菌はコロニー出現が非常に遅く、二日ほどかかるらしいです。この現象を考慮すると、やはり、アンピシリンの劣化(というより、10 本もまとめて同じロットを購入してしまった Amp 試薬のもともとからの劣化)が疑われます。
早、4カ月目に入ろうとしている中、なぜか C41(DE3), C43(DE3) コンピテントセルを使っている人は、Amp 耐性のプラスミドで形質転換しているのに、どこ吹く風?であることが分かりました。なぜ、Amp 事件の被害者ではなく、いつも笑顔なのか?ただし、形質転換菌はコロニー出現が非常に遅く、二日ほどかかるらしいです。この現象を考慮すると、やはり、アンピシリンの劣化(というより、10 本もまとめて同じロットを購入してしまった Amp 試薬のもともとからの劣化)が疑われます。
C41(DE3), C43(DE3) では、サテライトコロニーが発生しにくいのではないかと推測されます。いつも使っている BL21(DE3) は増殖が非常に速く、分泌される β-ラクタマーゼ(アンピシリン分解酵素)によって寒天培地上の周辺のアンピシリンを急速に分解するため、目的のプラスミドを持たないサテライトコロニーが形成されやすいという特徴があります。これに対し、C41(DE3) は増殖が控えめで T7 RNA ポリメラーゼの基礎発現量も抑えられているため、サテライトが出にくい(つまり、セレクションがきれいにかかる)傾向があります。この「セレクションの厳格さ」が、相対的な Amp への感受性の高さとして感じられる可能性があります。C41(DE3) は、セレクション圧が弱まったとしても、プラスミドを持っていることによるデメリットが少ないため、プラスミドを捨てた細胞が急激に増殖して全体を占拠してしまうことが起こりにくいのかもしれません。
一方、BL21(DE3) では、アンピシリンが分解されて無くなると、この負荷から解放された「プラスミドを捨てた細胞」が、プラスミドを保持している細胞よりも圧倒的に速く増殖します。その結果、いざ IPTG を加えて発現を誘導しようとした頃には、フラスコ内の細胞のほとんどがプラスミドを持たない細胞に置き換わっており、結果として「タンパク質が全く(あるいは少量しか)作られない」という失敗につながります。
アンピシリンが存在するという過酷な条件下では、基礎発現の低さ=宿主への優しさが、そのままプラスミドの安定保持という形で有利に働くのかもしれません。したがって、BL21(DE3) ではプラスミドが脱落して発現が失敗し、C41(DE3) では成功するという現象が起こり得ます。BL21(DE3) は、アンピシリンが少しでも薄くなると、(毒性のある)タンパク質を作らされているストレスから逃れるために、プラスミドを速攻で捨てて身軽になろうとします(実際には、たまたま分裂時にプラスミドが少なかった細胞が死なずにむしろ有利になる)。一方で C41/C43 は、そもそもストレスをあまり感じていないので、アンピシリンが少なくなっても「まあプラスミド持っていてもいいか」と維持し続けてくれるのです。
というわけで、まだ完全解決したわけではないのですが、犯人はだいぶ追い詰められてきたような気がします。しかし、これまで時々「今回は発現量が悪いなあ」といった現象が起きていました。実は菌が悪いのではなく、抗生物質の劣化が原因で起こっていたのかもしれません。