2018年3月24日土曜日

ほどけたままくっ付くらしい

正電荷をたくさん持ったある蛋白質と負電荷をたくさん持ったある蛋白質とが、いずれも決まった構造をもたずに、お互いに相互作用していたというお話です。

Borgia, A., Borgia, M.B., Bugge, K., Kissling, V.M., Heidarsson, P.O., Fernandes, C.B., Sottini, A., Soranno, A., Buholzer, K.J., Nettels, D., Kragelund, B.B., Best, R.B., and Schuler, B. (2018) Extreme disorder in an ultrahigh-affinity protein complex. Nature 555(7694), 61-66. doi: 10.1038/nature25762.

細胞(核)内の雑多な環境内にあるにもかかわらず、その二つは相手を見つけて?遠くからどうしでも相互作用します。両者ともに intrinsically disordered proteins(IDP)です。普通は相互作用した途端に induced fit 等が起こって決まった特定の立体構造に固まり、いわゆる鍵と鍵穴のような相補的な関係によって噛み合うものと期待します。しかし、今回の例では相互作用してもお互いに特定のアミノ酸どうしで組み合うわけでもなく、両者がフレキシブルに動いたダイナミックな状態で相互作用していたということです。特定の鍵と鍵穴の間の立体構造の関係によらない、このような相互作用でしたので、Nature に採り上げられたようです。

正電荷の蛋白質:linker histone H1.0 (H1) +53
負電荷の蛋白質:prothymosin-α (Pro-Tα) -44

しかし、それでもあの雑多な中で相手を間違えないというのは驚きです。普通は鍵と鍵穴の相補的な関係を通して「特異的に」相互作用します。もし、両者の立体構造が噛み合わなければすぐに離れてしまい、複合体は相互作用と呼べるほどの滞在時間を保てません(koff が大きい)。もちろん、この二つの蛋白質の電荷の絶対値は両者ともにかなり大きいですので、強い静電的相互作用によりお互いに離れないのでしょう(pM の解離定数をもつ)。また、静電的相互作用は疎水的相互作用よりも遠くまで及ぶので、この2つの蛋白質が少しぐらい離れていてもお互いに引き合うのでしょう。

ただし、本文には次のように書かれています。このように決まった構造をとらずに相互作用する目的は、非常に強い親和性を持ちながら、それでもなお速く付いたり離れたりする必要があるためと。たしかに Pro-Tα はリンカーヒストン H1 のシャペロンですので、H1 がクロマチンと相互作用する時の親和性に競合するほどの親和性を H1 に対して持っていなければなりません。しかし、Pro-Tα がずっと H1 に付いたままですと、H1 をクロマチンから離して次の場所に再配置するといった「交換」を行えません。遠くからでも効く高い親和性をもちつつ、高速に付いたり離れたりするには、このような静電的相互作用と同時に disorder が必要なのだと書かれています。この考察は個人的にはちょっとよく分かりません。それよりかは、クロマチンも含めた3者複合体を作った時に初めて induced-fit が起こるのではないだろうか?第三者とはクロマチン、修飾酵素などが考えられます。例えば Pro-Tα:H1 には複数の複合体の形があり、次にやって来る第三者の(鍵)構造に応じて、そのうちのどれかの(鍵穴)構造が選ばれる(population selection)。しかし、NMR も含め現在の物理的計測法では、この複数の、しかも速く入れ替わっている構造を区別してとらえることは難しく、全ての構造の相加平均として計測されてしまっているのではないだろうか?と想像してしまったりもします(CD の値や 13Ca の chemical shift deviation が複合体の形成の前後であまり変わっていないので、やはり disorder したままなのか?あるいは、大半は disorder していても、実は第三者が来た時にピタッと当てはまる鍵穴構造がいくつか含まれているのかもしれません。そのモル比が小さいので、相加平均をとると disorder に見えてしまう?)。

細胞内には他にも電荷をたくさんもった蛋白質や核酸成分があり、それらが無差別に(非特異的に)くっ付いて来て離れなくなってしまっても良さそうです。もちろん、教科書にも載っているように、核内で局所的に存在したり、ある時期にだけ特別に発現したりしているのかもしれません。これについては、同じ号の

Tight complexes from disordered proteins (NEWS AND VIEWS) Berlow, R.B. and Wright, P.E.

に次のようにコメントされています。

"Pro-Tα and H1 form an archetypal fuzzy complex that involves a large ensemble of possible bound protein conformations, many of which are adopted by only a small number of individual complexes and occur with approximately equal probability."

相補的に噛み合った立体構造の箇所(とまでは明記されてはいませんが)が存在するのだが、ある瞬間をみると、そのフィットし合った領域はたいへん狭く、その領域は時間が経つと共にあちこちに移ります。H1 のある一つの狭い領域が Pro-Tα のある一つの狭い領域といつも1:1で相互作用しているのではなく、 H1 の複数の狭い領域と Pro-Tα の複数の狭い領域とが、いろいろな組み合わせでお互い交代しあいながら相互作用しているのかもしれません。しかもその小さな領域どうしが結び付いている時間は全てが同じぐらい短いのでしょう。すると、それらの複合体の構造がお互いに素早く交換していくので、観察者にはフレキシブルに動きながら非特異的に相互作用しているように観えるのかもしれません。そして、常に余った正電荷が H1 にあるために(Pro-Tα の負電荷によって H1 全ての正電荷が同時に相殺されるわけではない)、H1 がクロマチン(負電荷)とも相互作用できるのかもしれないと書かれています。

核内にある仁(核小体)は、何か膜のようなもので囲まれているわけではなく、蛋白質と核酸が相互作用し合いながら寄り集まっています。これは液-液相分離と呼ばれていますが、このような相互作用も上記のような仕組みで起こっているのかもしれません。ただし、今回の H1:Pro-Tα の系では濃縮しても液-液相分離は起こっていません。著者らは、ちょうど長さの点でも電荷の点でも2者間の相互作用でお互いに打ち消し合うような関係にあるためではないかと推察しています。また、もし疎水的な残基や芳香環がもっとあれば、これにさらに疎水的相互作用やカチオンパイ相互作用などが加わり、液-液相分離に進んでいくのかもしれないと書いています。

そもそも2つの蛋白質はお互い遊離状態であっても複合体状態であっても CD スペクトルがほとんど変わりませんでした。ということは、二次構造(特に α ヘリックス)の量は、複合体になったからといって増えているわけではありません。これ以上の構造情報を得ようとすると(結晶は当然のように出来ませんので)NMR しかありません。しかも二次元 1H-15N HSQC だけでかなりの情報が得られます。大腸菌発現系であれば、15N 標識蛋白質の発現が比較的容易にできます。IDP の二次元 1H-15N HSQC スペクトルは特徴的でして、横軸(1H)の 8.6 ppm より左にピークが現れません。これは「ハムの壁」と呼ばれています(この語呂は日本語だけで成り立ちます)。H1 には一部 fold した領域がありますので、そこのアミノ酸のアミド 1HN からのピークのみ 6-12 ppm 範囲に散らばります。一般的に水素結合が強いほど大きな 1H 化学シフト値(スペクトルでは左側, 低磁場側)をとる傾向があります(NMR では、軸の向きが常識とは逆になっていることに注意)。

ここで、2つの蛋白質を混ぜ合わせると、両者ともにピークが移動しました。一般的に電荷や芳香環をもった相手方リガンドが近づいてくると、化学シフト値が大きく変わります。しかし、この混合で移動したピークが一面に散らばる方向に動けば、複合体を形成した際にはっきりとした立体構造が誘導された(induced-fit)と分かりますが、移動したピークも依然せまい領域に固まっていました。つまり、二次構造の量が増えたわけでもないのです。また、13C の化学シフト値は二面角の大きさに強く影響を受けますので、二次構造の判定にしばしば使われます。しかし、その 13Ca の化学シフト値を見ても、α ヘリックスや β シートが誘起されたようではありませんでした。

このように帰属をしなくてもかなり詳しい構造情報が NMR から得られます。もし、15N, 13C で二重標識できれば、それぞれのピークがどのアミノ酸由来であるかを帰属できますので、もっと細かく調べることができます。実は、IDP の帰属は技を使えば可能な場合が多いのです。なぜならば、主鎖、側鎖が揺れ動いているために見かけの分子量が小さくなったような効果が生じ、感度が著しく上がるためです。複合体のスペクトルで、H1 の globular-domain からのピークが消えたのは、まさに溶液内での回転運動が遅くなったためです。しかし、それでもフレキシブルな、構造をとっていない領域は観測が可能でした。もちろんピークは全体的に強度が下がったそうです。さすがに複合体の状態では、単量体でいる時よりも回転運動が遅くなったのでしょう。また、反対の電荷どうしの相互作用が速く入れ替わったので、Rex も大きくなったのでしょう。

「技」というのは高次元化や高分解能化です。つまり、多くのピークがスペクトルの狭い領域にひしめき合うので、分解能を上げた測定をしてあげる必要があります(普通の蛋白質と同じパラメータで測定すると失敗します。それこそ non-uniform sampling, NUS が有効でしょう。さらに帰属の作業には少しばかりの根気が必要)。しかし、感度さえあれば、この高分解能化を達成する方法はいろいろと紹介されており、むしろ NMR の超複雑な最新パルス技術とプロセス技術を存分に発揮できますので、オタクにとっては実は嬉しい系であったりもします。

2018年3月22日木曜日

渡り鳥

渡り鳥がどうして道を間違えずに地球を半周ほども回れるのか?という話についてです。当然のように方位磁石(コンパス)*1 の代わりになる何かを持っているのでしょうが、それが何でどのような物理的原理によるのか、よく分かっていません。個人的に興味を持っていて、このような記事をたびたび拾い読みします。もっともよく登場するのは、網膜にある cryptochrome(クリプトクローム)と呼ばれる蛋白質です。

*1) ある種の細菌は磁鉄鉱をもっており、実際にそれが方位磁石のような働きをするそうです。鳥類にも磁鉄鉱が見つかるのですが、コンパスの働きはないとされています。

今回は驚いた事に、DNA 修復酵素の一種である光回復酵素が、このコンパスの働きをしているかもしれないという記事が出ました。

Zwang, T. J., Tse, E. C. N., Zhong, D. P., and Barton, J. K. (2018) A compass at weak magnetic fields using thymine dimer repair. ACS Cent. Sci. 2018, DOI: 10.1021/acscentsci.8b00008

この記事は下記にも紹介されています。

P. J. Hore (2018) Sensitivity of DNA repair enzymes to weak magnetic fields may have relevance to the mechanism by which birds sense the Earth’s magnetic field. ACS Cent. Sci., DOI: 10.1021/acscentsci.8b00091

Hore さんといえば、NMR でも有名な先生ですが、ついでに下記も紹介しておきます。

NMR入門: 必須ツール 基礎の基礎 (Chemistry Primer Series) 
P.J. Hore (著),‎ 岩下 孝 (翻訳),‎ 大井 高 (翻訳),‎ 楠見 武徳 (翻訳)

DNA は紫外線を受けるとしばしば損傷します。その中でもよく知られている損傷がチミンダイマーです。隣り合うチミンどうしが結合して二量体になってしまうのです。チミンはピリミジン環をもつので、ピリミジンダイマーとも呼びます。

そこで、これを修復する酵素 photolyase(光回復酵素)が登場します。この photolyase は内部に FAD を持っています。これが完全に還元された形が FADH-(FADH-**)です。これに青色の光が当たると励起されて、チミンダイマーに電子を1個与え、その二量体を壊します。その際に (FADH*)側と、チミンダイマー(TT-*)側のそれぞれにラジカルができます。このラジカルペアですが、これが一重項状態(αβ-βα)になると緩和時間が伸び、さらに周りの磁場の向きによって DNA 修復の速度が変わるらしいのです。しかも、その磁場は地磁気ほど小さくても良いのだそうです。

詳しいことはよく分かりませんが、このラジカルペアは、内部では核スピンと hyperfine 相互作用を持ち、外部とは磁場との Zeeman 相互作用を持つため、singlet(αβ-βα)と triplet(αβ+βα, αα, ββ)の間で交換します。その最終的な割合が外部磁場との相対角度に依存するらしいのです。これが効率よく起こるためには、緩和時間が長くないといけませんし、また磁場も非常に強くないといけません。そこがまだあまり解明されていない問題点のようです。

実は cryptochrome は photolyase の先祖とされていますので、あながち急に photolyase が飛び出してきたわけではありません。Cryptochrome も FAD を持っていて磁場の向きに応じてラジカルペアを生成します。そこで、これが磁気コンパスではないかと言われています。

しかし、普通はこのような酵素は細胞内(核内)でブラウン運動により回転するため、磁場に対する向きもランダムに動いてしまいます。したがって、まだまだ解明されたとは言えない状態のようです。

渡り鳥だけでなく、鯨, Kujira、鮭, sake、鰻, MagRO、海老蟹 ロブスター、蝶々など、いろいろな生き物が長い距離を旅します。これらがどのようなコンパスを持っているのか、まだよく分かっていないようです。磁気、海水の香りなどさまざまな説があります。そして、もしかして人間も?と思ってしまいます。

ちょっと前までそれはまずあり得ないと思っていました。ところが、先日、とある遮蔽されていない超高磁場 NMR の下に潜って頭を動かすと、まるで車酔いしたような気分になりました。磁石の下から這い出すと、同じ姿勢でも全く問題ありません。他の数人もいっしょに何度試しても皆そのようになるので、もしかして何かある!と感じました。また、NMR 室に見学者を招待すると 100 人に1人ぐらいの割合で気分が悪くなる人が出てきます。毎年そのような事態になるので、いつも「閉所恐怖症ですか?」と尋ねるのですが、そうでもなく、その人達もたいへん不思議だと答えます。そういえば、目隠ししていても方角が分かる人がテレビで紹介されていました。どうなっているのでしょう?一応、血液の中にはヘモグロビンがあり、そのヘム鉄により強い磁場の中ではヘモグロビンは磁場に対して配向します。しかし、血流が乱す力の方が配向よりも圧倒的に大きいので、このまるで residual dipolar coupling, RDC を測る時の現象が、方向感知に効いているとは考えにくいでしょう。

ところで、上記のラジカルペアについてですが、これができる前は、この2つの電子はもともとは同じ核に所属しています。そのため、一方の電子スピンが上向き(α 状態)にあれば、他方の電子スピンは下向き(β 状態)にあります。ちょっとややこしいことに、一方が必ず α 状態にあるという意味ではなく、本当は α 状態と β 状態の両方の状態に同時にあります(α or β ではなく α and β)。これを量子力学の重ね合わせ状態と呼びます。そして、どちらの状態にあるのかを知るために観測すると、そのとたんにどちらかに収縮します。そして、もし β 状態に収縮して観測されたならば、相棒の電子スピンは即座に α 状態に収縮します。

興味深いことに、一つの電子が核を離れて別の核に移動し、ラジカルペアに変身しても、まだこの関係が保たれる場合があります。奇妙な量子もつれと呼ばれるそうです。もちろんそのようなコヒーレンスが保たれる時間が問題ですが、仮にそのようなもつれ状態がずっと続くとすると、なお不思議なことに、原理上は2つの電子がどれだけ離れていても(宇宙の両端に離して置いても)この関係が保たれるのだそうです。その場合、一方の電子スピンを観測して α 状態に収縮すると、遠く離れた電子スピンにも遠隔作用が及んで β 状態に収縮します。

しかし、ラジカルペアの一重項状態に三重項状態がある比率で混ざってくると、αβ 状態だけでなく αα や ββ 状態も混ざってきます。それらの比率がラジカルペアの向きと磁場の向きとの間の相対角度で決まるのだそうです。そして、渡り鳥がそれぞれの電子スピンの状態を観測(認識)することにより、一重項と三重項状態の間の比率が分かり、しいては磁場の向きが分かるという仕組みなのだそうです(ちょっと理解に自信がありませんが)。

どうも物理の話が濃すぎて、何が何だかよく分かりません。さらに最近は多世界解釈という思想?も入ってきました。これによると、αβ 状態と βα 状態という2つの世界があり、どちらかを観測したに過ぎないのだそうです。つまり、一方を観測した際にたまたま α 状態に収縮したので、その瞬間に他方は β 状態に収縮したという解釈ではなく、たまたま αβ 状態の世界の方を観測したに過ぎないという解釈です(あるいは観測した途端に世界が αβ と βα に分離した?)。どちらも嘘みたいな話ですが、個人的にはどちらかというと、この多世界解釈の方がしっくり来ます。

しかし、渡り鳥の目の中で本当にそのような事が起こっているのでしょうか?実は cryptochrome は植物も含めさまざまな生物が共通して持っており、実際に体内時計に関与することはよく知られています。よって、渡り鳥のような高等生物に進化する過程で生み出されてきたのではなく、はるか何億年も昔、生物の初期段階にすでにあったのではないかと言われています。

2018年1月10日水曜日

原始スープ

今の高校の生物の教科書をちらちらと見てみますと、最新情報が簡単ながらも載っており、これをしっかりと勉強しておけば、少なくとも大学の教養課程(いつの時代の話?)ぐらいは問題ないように思われます。そこで、ミラーの実験として有名な原始スープの箇所を見てみました。DNA の立体構造が解明された年 1953 年の有名な実験ですので、やはり今でも載っていました。また、生命は熱水噴出孔(数百度の!)で生まれたのではないかとも書かれています。

ところが、下記の本が上記をばっさりと否定しています。近ごろ読んだ中でかなり衝撃的だった本です。

ニック・レーン著、斉藤隆央 訳「生命、エネルギー、進化」(みすず書房)

一瞬「これは SF か?」と思ってしまうのですが、いろいろな科学的証拠も列挙されており、かなり尤もらしく思えます。教科書はその立場上かなり確実となった事しか書けないので仕方がないのですが、これまで試験必修と謳われていた箇所をびしばしと否定していく点はたいへんダイナミックです。教科書がどんどん書き換えられていくということは、その分野がどんどん進展しているという証拠でもあり、むしろ喜ばしいことです。

原始の地球では RNA が最初に生み出され、この RNA が遺伝子として複製されていったとする RNA ワールド説が一般的に有力です。RNA は触媒活性も持ちます。さらに遺伝情報をもコードし、後になってから現代のような DNA と蛋白質に、それぞれ遺伝と触媒機能という役割を分け与えていったとされています。この RNA が最初であるという点については、この本も賛成しているのですが、果たして原始の海が RNA やアミノ酸のスープになっていたのかどうか?このストーリにはエネルギーの流れが欠けているらしいです。ユーリー・ミラーの実験ではフラスコの中に太古の海をまねた原始スープがあり、その蒸気に稲妻をまねた放電が与えられました。しかし、計算によると、もっと超大量の稲妻が必要となるらしいのです。そこで、紫外線照射によりシアン化物などの有機分子ができたとする説も有力ですが、それでも生命を生み出すには薄過ぎるとのことです。

著者のニック・レーンは、全く別の環境で生命ができたと書いています。そこはアルカリ熱水噴出孔で、絶えず海水側から水素イオンが流れ込むような環境になっています。なぜならば、当時の海は弱酸性で、逆にアルカリ熱水噴出孔の中はアルカリ性だからです。酸性ということは、水素イオンが多いということです。この水素イオンの流れは、今のミトコンドリアでの呼吸や葉緑体での光合成(いずれもミッチェルの化学浸透共役が基本原理)と同じで、エネルギーを絶えず生み出し続けます。アルカリ熱水噴出孔では、止まることなく水素イオン、つまり化学浸透共役としてのエネルギー源が流入し続け、さらに原料となる物質も流れ込んで、逆に老廃物となる物質が流れ去っていきます。熱水噴出孔とは異なり、アルカリ熱水噴出孔の中はスポンジのような構造になっており、これがフィルターのような働きをして、ちょっと大きめの核酸やアミノ酸などが濃縮され、逆に小さめの低分子が流れ去ってしまうのでしょうか?

このような流入流出の環境ができて始めて物質が自己組織化し(一種の散逸構造)そこに細胞の原型が生まれて来るらしいです。原始スープには、このようなエネルギーの流れはおろか、基質の流入と老廃物の流出がなく、ほとんど平衡状態となっています。ここに生命体が自然発生してくることはないと説いています。なお、触媒として働いた物質は、鉄やニッケルの硫化物と推測されています。アルカリ熱水噴出孔は蛇紋岩と呼ばれる岩石でできており、鉄やマグネシウムなどの鉱物をたくさん含んでいるそうです。鉄硫黄(FeS)は、今でもフェレドキシンなど多くの蛋白質では活性中心を担っています。これら散逸構造と触媒などの条件全てが満たされる場所が、アルカリ熱水噴出孔であると主張されています。

日経サイエンス 2010 年 3 月号「深海底のロストシティーが語る生命の起源 Alexander S. Bradley」

アルカリ熱水噴出孔について書かれています。熱水噴出孔は数百度と熱過ぎるので、Google 画像検索すると、ハオリムシなどの生き物はちょっと離れたところにたむろしているのが分かります。しかし、アルカリ熱水噴出孔は内部でも 100 度未満と、生物が焼け死んでしまうような温度ではない点も重要です。

2017年12月21日木曜日

細胞核の作り方


Chaikeeratisak V, Nguyen K, Khanna K, Brilot AF, Erb ML, Coker JK, Vavilina A, Newton GL, Buschauer R, Pogliano K, Villa E, Agard DA, and Pogliano J. (2017) Assembly of a nucleus-like structure during viral replication in bacteria. Science 355(6321), 194-197. doi: 10.1126/science.aal2130.

バクテリオファージが細菌に感染し、その中でまるで核のような構造物を作ったそうです。そのファージは、感染するとその「核もどき」の中に自身の DNA を閉じ込めました。さらに、チューブリンのような蛋白質も作って、核もどきを宿主細菌の中央付近に移動させます。核もどきは「蛋白質」で出来ており今の核膜とは成分が違いますが、その中で DNA 複製、組み換え、転写を行うそうです。そして、キャプシド蛋白質などの翻訳は核もどきの外側、つまり宿主の細胞質内で行います。この様子は今の真核生物の細胞核にそっくりです。この論文の題名で YouTube に動画も出ています。

今の核膜は小胞体から出来ているとされていますが、そもそも核膜がないと、たいへんなことになってしまいます。真核生物の mRNA はスプライシングを受けてイントロン部分が除かれる仕組みになっています。スプライソソームによるスプライシングは大変時間のかかる過程だそうで、翻訳がだいたい1分以内で終わるのに対して、スプライシングは数分も時間がかかるそうです。これを核膜で囲まれた領域で行わないと、リボソームがすぐに(premature 状態の mRNA のまま)翻訳を開始してしまい、そのためイントロン部分までをも翻訳しようとしてしまいます。

細胞内共生説

古細菌(or それに似た細菌)に好気性の α プロテオバクテリアが入り後にミトコンドリアに、さらに後でシアノバクテリアが入り後に葉緑体になったとされています。

真核生物のスプライシングは、ミトコンドリアに見られる自己スプライシング型イントロンと原理的なところで似ています。古細菌が今のミトコンドリアを内部に共生させた時に、ミトコンドリアから、あるいはそれが古細菌の中で死んだ時に、ゲノム断片がたくさん細胞内に溢れました。そこで、それらの中の可動性イントロンが宿主の DNA に水平伝播しました。「生命, エネルギー, 進化(ニック・レーン 著,‎ 斉藤隆央 訳)」では、宿主のゲノムが大量の可動性イントロンに襲われたと表現されています。また、ヒトの DNA の 40% は、過去に感染した RNA ウィルスのレトロトランスポゾンだとも言われています。

そこで、それらのイントロンを除くためのスプライシングが確実に終わってから翻訳が始まるように、核膜で自身のゲノムを囲むようになったのですが、問題はどのようにして核膜ができていったかです。「生命, エネルギー, 進化」では、小胞体膜が自然にゲノムを囲んでいったと推測しています。一方「生物はウイルスが進化させた -巨大ウイルスが語る新たな生命像-(武村政春 先生著)」では「細胞核ウイルス起源説」を押しています。

細胞核の起源として、ウィルスを挙げています。ある種のウィルスは宿主細胞内にウィルス工場を作りますが、それが真核細胞の核と様子がそっくりなためです。たまたまウィルスに襲われてウィルス工場の中に自分自身の DNA が入ってしまった細菌のみが、スプライシングと翻訳を分けることができ、生き延びていったと推測しています。特にポックスウィルスの場合は、ウィルス工場の敷居が宿主の小胞体由来だそうで、ますます細胞核にそっくりです。

また「生物はウイルスが進化させた」には非常に面白いことが書かれていました。ウィルスを配偶子に見立てている点です。ウィルスは宿主に感染し、その DNA or RNA を宿主のゲノムに紛れ込ませてしまいます。同じように精子も卵に入り、その両者の DNA を融合させます。ウィルス感染した宿主細胞はせっせと蛋白質を作って新たなウィルスを作り、それらが拡散していきます。同じように、生物も成長してからまた新たな配偶子を作って子孫を増やしていきます。この相似ははじめは偶然あるいは無理やりのように見えます。しかし、最近 tRNA やアミノアシル tRNA 合成酵素の遺伝子まで(不完全ですが)持った巨大ウィルスが発見され、これらのウィルスは(翻訳はしないという)これまでのウィルスの定義を覆しかねません。ウィルスとは何か?を考えた時に、もしかすると、配偶子の祖先であったり、細胞核の祖先である可能性は高いのではないかと思わせる一冊でした。その証拠を本から抜粋していくと大変な量になってしまいますので「何を寝ぼけたことを言っているのか?」と思われる方は是非ご一読お勧めいたします。

2017年12月11日月曜日

メチル基をあえてくっ付ける

大きな蛋白質を NMR で解析する際の問題点は、R2 横緩和が大きくなり過ぎて信号がすぐに減衰してしまう、つまり、フーリエ変換後のピークがブロードになってしまうことです。しかし、13C メチル基を Methyl-TROSY 法で検出すると、数百 kDa の大きさでも十分に観えてしまいます。すると、次の問題点はどうやってそのメチル基を帰属するかにかかってきます。もし、蛋白質が 50 kDa ぐらいの大きさで、HNCACB-TROSY などで主鎖や 13Cb ぐらいまでを帰属できていれば、メチル基と 13Cb の化学シフト値の相関をとることにより何とか帰属が可能でしょう。しかし、主鎖の帰属が難しい程の大きさになってくると、今のところ次のような方法が採られています。

1)メチル基どうしの NOE ネットワークを利用する。ソフトが幾つか出ています(FLAMEnGO)。
2)金属などをつけて常磁性緩和促進 PRE、pseudo-contact-shift を利用する。
3)ドメインに分割していく。
4)頑張って変異体を作る。

(1,2)は X 線結晶構造を利用することになります。(3)はドメインにばらばらにしても unfold しないような蛋白質に巡り合う幸運が必要でしょう。4)がこれまた大変です。

Religa, T.L., Ruschak, A.M., Rosenzweig, R., and Kay, L.E. (2011) Site-directed methyl group labeling as an NMR probe of structure and dynamics in supramolecular protein systems: applications to the proteasome and to the ClpP protease. J. Am. Chem. Soc. 133(23), 9063-9068. doi: 10.1021/ja202259a.

この論文では「I, L, V, M, A, T などの検出部位をたくさん作ることももちろん有効ではあるが、たった1個、重要な箇所を検出するだけでも問題が解決する場合がある」と書かれています。その1つの方法として、メチル基を目的の場所にくっ付ける方法を提案しています。他にも、ちょうど Histon-tail の化学修飾のように、13C メチル基を Lys 側鎖に付ける方法もあります(服部さん、大木さんの論文)。

この論文では、メタンチオスルフォン酸-S-メチル(MMTS)を蛋白質に加え、Cys の側鎖にくっつける方法が提案されました。昔からいろいろな生化学の実験(14C 標識体)で使われてきた方法ですが、今回は MMTS を 13C で標識して大きな蛋白質にピンポイントで付けて、その箇所(MTC, S-MethylThioCysteine)を観測することを目的としています。MMTS が Cys にくっ付いた後は Met とよく似た化学式になります。違いは、Cg が Sg になる、S-S が入るので動きが少し硬くなる、MTC の 13C-1H3 のピークは Met の 13C-1H3 ピークよりも左下に来る(1H/13C ともに低磁場側に移動)とのことです。

Met は他の I, L, V などと比べ、もともとフレキシブルです。そのため、ピークの線形がシャープで、構造交換や相互作用交換によるピークのブロード化を受けにくいという特徴があります。Met を 13C で標識する方法もかなり有効でよく見かけますが、試薬である [13C]-Met は重水素化されていない場合が多く、1Hb, 1Hg などにプロトンが残ってしまい感度を下げてしまうという欠点があります。メチル基の 1H スピンと 1Hb, 1Hg スピンとが spin-diffusion を通して flip-flop してしまうため、methyl-TROSY 効果がなくなるためです。具体的には M9 重水培地 1L に 100 mg の [13C]-Met を IPTG によるインダクションの1時間前に入れます。したがって Met の側鎖には 1H が残ってしまいます。

著者らは、この方法を 180 kDa のプロテアソーム(α7-ring のみ)に適用しました(温度 25 度)。蛋白質の母体を重水素化すべきかどうかについてですが、もし重水素化しない場合には、メチル基の TROSY 効果が落ちます。彼らの分析によると、溶媒露出度 30% のメチル基ではピーク強度が 1/2 に、溶媒露出度 4% のメチル基ではピーク強度が 1/4 に落ちたそうです。後者では周りにたくさんの 1H があるため、メチル基の 1H スピンが周りの 1H スピンとフリップフロップを起こしてしまい、methyl-TROSY 効果が落ちるのです。また、いわゆる 1H-1H 双極子相互作用による緩和も増してしまいます。さらに埋もれているということは、フレキシビリティーも落ちます。とは言うものの、もう一つの下記に紹介した論文のように、重水素化蛋白質の大量調製が難しい場合には、仕方なく 1H 化蛋白質を使っても観測がなんとか可能であれば、これはすごいと思います。

昔、常磁性金属を蛋白質に付けて静磁場中で配向させるため、メタンチオスルフォン酸-EDTA を蛋白質のシステインによく反応させました(懐かしい、何十年前?のことやら)。反応効率はかなり高かったです。この論文でも、アミコンなどの限外濾過を使って、まずは蛋白質の溶媒から DTT などの還元剤を抜き、それから 1.5 倍等量の試薬を加えただけです。ちゃんと露出した Cys にだけ反応したようです(内部に埋もれた Cys はそのままだった)。ここでは 4度で一晩も反応させていますが、どうも露出した Cys どうしがジスルフィド結合を形成して凝集してしまうことを避けるためのようです。確かに Cys への変異体でもっとも注意しないといけないことは、分子間(サブユニット間)の非特異的なジスルフィド結合です。精製途中では大量の DTT を入れ続けることによって、これを防げるかもしれません。しかし、いざ MMTS と反応させる際には、DTT を除かないといけません。そこで、さらに EDTA も加え(反応の触媒となる金属をキレートする)、脱気して酸素をできるだけ除いています。

それでも 40 度で一晩測定すると、1割ほどの MMTS が外れ、代わりにサブユニット間でジスルフィド結合を組んだ二量体が外れてきてしまったようです。このような反応は、S-H と S-S の間の交換で起きますので、ここのプロテアソームのゲート部分のようにフレキシブルで S-S が7個もお互いに寄り集まり合っている場合には起きやすい、普通の蛋白質のように MTC の濃度が局所的には高くないケースではそれほど問題にはならないだろうと書かれています。ちょっと立体障害が問題となりそうですが、[13C]-N-ethylmaleimide を使えば、簡単には外れないそうです。

ちなみに下記のもう一つの論文は、まだ出来立てのほやほやですが、重水素化されていない蛋白質で [13C]-MTC を検出しています。ナノディスクに入れての分子量が 240 kDa とのことです。もちろんドメイン同士のフレキシビリティーも考慮に入れないといけませんが、かなりの高分子量でも観測が可能になってきました。

Galiakhmetov, A.R., Kovrigina, E.A., Xia, C., Kim, J.P., and Kovrigin, E.L. (2017) Application of methyl-TROSY to a large paramagnetic membrane protein without perdeuteration: 13C-MMTS-labeled NADPH-cytochrome P450 oxidoreductase. J. Biomol. NMR doi: 10.1007/s10858-017-0152-3.

ちなみに「(日本生化学会編)新生化学実験講座 タンパク質 IV(東京化学同人)」には、MMTS 試薬を蛋白質の 0.5〜4.0 倍モル等量いれて、4度で 30 分間反応させると載っています。その後、ゲル濾過、限外濾過へと続いています。DTT や 2-メルカプトエタノールを作用させると外れたとのことです。

2017年12月3日日曜日

金より鉄が重要

いつもドーキンスさんの本は難しいなあと思いながら読みますが、この「盲目の時計職人(早川書房)」は他の著書に比べると読み易いのではないかと思います。ただし、理論を展開していくのに、やはりさまざまな仮定や検証などが入り混じってきますので「これまでの数十ページは、結局はこの一つの結論を引き出すための前提に過ぎなかったのか」といった状況があちこちに出てきます。

1986 年に出版された本ですので、もしかすると今では間違えている箇所もあるかもしれません。現代生物学をもっとしっかりと勉強していたら「この箇所は今は否定されている」などと分かるのですが。一応、ちゃんとした教科書である Molecular Biology of the Cell やニック・レーンの最新本などとも読み比べてみました。ざっと読んでみた限りでは大丈夫そうに見えました。

ダーウィン主義とは

目のような精巧な器官は、一瞬に完成品として出来上がらないと何の意味もないと大昔から主張されてきました。例えば、レンズはあるけれども網膜のないような目では何の働きもしないので、そもそも自然淘汰が起こらないとする説です。しかし、このような物が偶然に急に出来上がることは不可能で、その確率はまるで、猿がでたらめにタイプライターを打っていたらたまたまシェークスピアの文章が出来上がってしまった、あるいは、ガラクタ部品を無造作に投げていたら、たまたま空飛ぶジェット機になってしまったようなものです。したがって、眼を含めて生物は神様が作ったと。

しかし、それは間違いで、目のような精巧な器官でも、太古の昔から遺伝子がランダムに少しずつ突然変異し、たまたま親よりもほんの少しだけ生存に有利な子ができ、それが繁殖に有利になるといった淘汰を何世代も非常に長い間くり返した結果、徐々に出来上がったとしています。今の目のような精巧な器官ではなく、単に光をちょっとでも感知できる程度の光受容細胞から出発したのかもしれません。突然変異で親よりもほんの少しだけ光を感知できる子が生まれれば(ちゃんとした像は結んでいなくても)、その子が敵にほんの少しだけ襲われにくくなり、その変異遺伝子が進化遺伝子として更なる子孫に伝わっていきます。伊庭斉志先生著の「進化計算と深層学習―創発する知能」という本に、この目の進化をシミュレーションした話が載っていましたが、たったの 50 万年で今の目にまで進化してしまうという結果になったそうです。50 万年は生物の数十億年という歴史を1年に例えれば、たったの 1, 2 時間程度の短さでしょう。昆虫のナナフシでも、少しでも周りの木の模様や形に似た個体が鳥に食べられないで生き残り(その有利になる確率が1億分の1程度であったとしても)、子孫にその変異が進化として伝わっていったとしています。つまり「累積的淘汰」であって「一段階淘汰」ではない。

ただし、最初からこのような精巧な物を作ろうという目的があって、進化を進めている「時計職人」がいたわけではない。進化はどの方向に進んでいるのかは、進化を生み出している時計職人にすら分からない。むしろ目指す目標が見えていない状態(つまり、盲目の状態)で進化が進んだとしています。

コウモリは(超)音波を使って周りの物体を視ていますが、それも急に出来上がったわけではありません。また、コウモリ以外でも鳥類、鯨などにもエコーロケーション(ヤマビコを使って位置を認識する)が見られ、これらが独立に進化した結果、お互い似た状態に収斂進化しました。同じような収斂進化の例として、エイのように平べったく海底にへばりつくサメ系魚類とカレイのように横になって海底に寝る魚類が挙げられます。よって、時計職人は盲目ではあるが、後で蓋を開いて見てみると、お互いによく似た精巧な時計を幾つか仕上げてしまっていました。これは弱肉強食という自然の厳しい淘汰を考えると、当然のような気もします。やはり「一段階淘汰」ではなくて「累積的淘汰」が正しい。

とはいえ、ニック・レーンの本を読むと、ナトリウムポンプ、フェレドキシンなどの蛋白質が突如として出てきます。それまでの「アルカリ熱水排出孔にプロトン勾配ができて」云々の箇所はかなり納得できるのですが、その後、これらの蛋白質を作るには当然のようにあの巨大で複雑なリボソームも必要であったに違いありません。これらも全て累積的淘汰を通して出来上がってきたはずなのですが、さらに DNA/RNA 複製に関する酵素も必要でしょう。一体どのようにして、アミノ酸レベルから始まり徐々にではあるが、あのような複雑で精密な立体構造をもつ蛋白質に辿り着いたのか、それもアルカリ熱水噴出孔の細胞の原型ができるかできないかの時期に。これらの途中経過も含め想像するのが難しいです。もし最初にリボソームが既に存在していれば、そこからどんどん蛋白質が生まれていくのでまだ理解しやすいのですが、あのリボソームはどのようにして最初に出来上がったのだろう?と思っていたら、6章にその問題が載っていました。

Molecular Biology of the Cell によると、まだ自分自身を複製することができる RNA 配列は見つかっていないようです。しかし、RNA はリボソームにもたくさん含まれており、それらが触媒反応の中心を司るなど、遺伝子としての働きと酵素としての働きの両方を持っています。それゆえに何種類かのリボザイムも実際に見つかっています。したがって、もし、RNA が生命の起源であっても不思議ではありません。しかし、ドーキンスの6章には、最初に自己複製子として働いたのは粘土のような無機結晶ではないかと書かれています(原始スープは、この本でも起源としては否定されています。しかし、原始スープもその後の材料となる有機物を作るために寄与したように思います)。その後に、無機結晶による自己複製が RNA による自己複製に乗っ取られたとしています。

無機結晶が果たして自己複製するのか、また、少しずつ変異して、それが有利に働く場合には複製先にもコピーされるのか(つまり進化するのか)と思ってしまいますが、6章ではそれがあり得ると説明されています。まあ、RNA のような有機物質は OK で、無機物質は駄目と決めつけてしまうのも変なのですが、どうもこの辺りはなかなか理解しがたいところでした。有機物質と無機物質の違いは、前者が炭素を含んでいるが、後者は含んでいない点です。ところが、周期律表では珪素 Si は炭素 C のすぐ下にあり、炭素の代わりに珪素が中心の生物がいても良かったのではと言われています。珪素といえばすぐに思いつくのが岩石などの結晶であり、またコンピュータのチップでもあります。とすると、コンピュータには遺伝子的要素があることから、無機結晶にも遺伝子的性質があってもよいのでしょう。有機物質だけが遺伝子的要素をもっていると決めつけてしまうのもまた先入観なのかもしれません。

実はその後ニック・レーンの「生命、エネルギー、進化」を読んでいくと、ここでもアルカリ熱水排出孔の岩の壁に、鉄硫黄(Fe-S)の今で言うところの半導体ができ、それが酵素反応を司ったのではないかと書かれている箇所に来ました。Ni も含め Fe-S のクラスターは、光合成や呼吸系の蛋白質(フェレドキシンなど)に今でも見られ、かなり太古の昔に作られたことが分かります。ニック・レーン本では、この Fe-S そのものが遺伝子的な役割を果たしたとは書かれてはいませんが、生命のスタートとして無機物質が大きな役割を果たしたことは確かなようです(また別の所でご紹介します)。

2017年11月11日土曜日

すぐにナノディスクへ

先日はナノディスクについてご紹介しました。もし、無細胞でのタンパク質合成系(cell-free protein synthesis system)が使えれば、リボソームでペプチド新生鎖が翻訳されて出てくると同時にナノディスクに入れて同時にフォールドさせるという方法も採れます。前回も含めこれまでの方法では、対象とする膜蛋白質はナノディスクに入れる前に一旦は界面活性剤(detergent)にまぶしておく必要があります。しかし、もしその膜蛋白質が detergent に弱ければ、その時点でアウトになってしまいます。今回の方法では、detergent でまぶす過程を無くしています。生体内では膜蛋白質が膜に組み込まれる際には translocon のような複合体の助けがあります。しかし、この実験では translocon を使っておらず、どのようにして膜に組み込まれるのかについては、まだよく分かっていないのだそうです。

O. Peetz, E. Henrich, A. Laguerre, F. Löhr, C. Hein, V. Dötsch, F. Bernhard, and N. Morgner (2017) Insights into cotranslational membrane protein insertion by combined LILBID-mass spectrometry and NMR spectroscopy. Anal. Chem., DOI: 10.1021/acs.analchem.7b03309.

これも出来立てのホヤホヤで、まだページ数が割り当てられていません。

結果として、これはホモ多量体の膜蛋白質の場合ですが、最初の単量体サブユニットが膜内に入った後それがフォールドして、あるいはフォールドしながら2個目のサブユニットを引き寄せるといった協同性(cooperativity)が見られたそうです。つまり、まずは膜の外で複数のサブユニットが寄り集まって、事前に多量体としてちゃんとフォールドしてから一斉に膜に入っていくのでは*ない*ということです(日本語は結論である not が文末に来るのでややこしい)。また、それぞれのサブユニットが独立に同じ確率で膜に入っていくのでもない。むしろ二個目、三個目と進むほど、すでに入ったサブユニットに引き寄せられるかのように、次のサブユニットが膜に入っていくということだそうです。

ナノディスクは、下記の Wagner さんの論文を参考にしています。足場蛋白質の長さをいろいろと変えて、ナノディスクの直径を変えられます。

Franz H., et al. (2013) J. Am. Chem. Soc. 135 (5), 1919–1925. DOI: 10.1021/ja310901f

まず、5,6量体であるプロテオロドプシンを解析しています。ナノディスクのモル比を下げるほど(例えば 1/6 モル比)、一つのナノディスクに含まれるサブユニットの数が増えたそうです。このことから、プロテオロドプシンは事前に5,6量体を形成してからナノディスクに一緒に入るのではないだろうと推測しています。もし一緒に入るのならば、いつでも条件に関わらず5,6量体となるはずです。さらに、ナノディスクのモル比の方が 1.2 倍ほど多くなるように混ぜても、結果として二量体の形で組み込まれており、多くのナノディスクが空として残るという偏りが観られたそうです。もし、均等に同じ確率で入るのであれば、むしろ単量体が入ったナノディスクがもっと増え、空のナノディスクはもっと少ないでしょう。これは、最初にナノディスクに入ったサブユニットが二個目を誘き寄せるという協同性があることを示しています。

Polysome と呼ばれるように mRNA にはリボソームが数珠つなぎに並んで、ちょっとした渋滞?を引き起こしています。例えば Essential Cell Biology 4th ed. の Fig. 7-39 にその様子が載っています。mRNA の 3' 末端に行く程リボソームが古く、そこには長いポリペプチド新生鎖が繋がっていて、それはすでにナノディスクの中に入り込んで fold を終えるところかもしれません。そのリボソームのすぐ後ろには次のリボソームがほとんど追いついていて、そこから伸びたポリペプチド鎖は、今やナノディスクの中に引き込まれようとしています。それは、最初のサブユニットが次のサブユニットに対して相互作用部位をチラつかせるためでしょう。もし、二個目のサブユニットが逆さまにナノディスクに入ってしまったら、中で 180 度回転して正しい向きに直っているかもしれません。また、次のリボソームが遠く引き離されてしまっていれば、そこから伸びたポリペプチド鎖は独立に新しいナノディスクに入ってしまうかもしれません。もし、ナノディスクがモル比でいっぱい有り過ぎると、どうしても独立に単量体としてナノディスクに配置してしまう確率が増えてしまうでしょう。

Scaffold 蛋白質を 13C で標識しておき、13C-NMR を測るとナノディスクの濃度が得られます(13Co で測定)。さらに 31P-NMR を測ると脂質の濃度が得られます。後者を前者で割り算すると、一つのナノディスクに入っている脂質の個数が分かります。その結果によると、蛋白質がナノディスクに組み込まれる際に、その体積(面積?)分の脂質は跳ね除けられて飛んで行ってしまうようです。まあ、満杯の風呂桶に浸かると、水が溢れてしまうようなものです。

ところで、LILBID-MS という質量分析法が出てきて困ってしまいました。フランクフルト大学(別名:ゲーテ大学)(Morgner 研)で猛威を奮っているのですが、国内では関連する HP が見つからないのです。どうも、今回のような膜蛋白質などを壊さないでイオン化して TOF-MS などで測る一種の native-MS 法のようです。そのような意味では、MALDI と似ているのかもしれません。

混乱した原因の一つに訳語があります。Laser-Induced Liquid Bead Ionization Desorption mass spectrometry と載っていることが多いのですが、bead が beam になっている説明も時々出てきます。最初は beam だったそうです。つまり、蛋白質試料を HPLC ポンプなどを使って溶液ビームの形で真空中に細く噴出させ(径 10 μm)、そこに水の O-H 振動周波数の赤外レーザーを当てると水滴が爆発膨張して?(事前に作られている?or その時に作られる?)イオンを脱離させる。溶媒のかなりがこの時に蒸発するのでしょうか?イオンは、ちょっとだけ水和した状態で溶媒から脱離するようです。溶液ビームでサーチすると、X 線自由電子レーザーでの試料の噴射の説明などが出てきますので、そのようなイメージなのでしょうか?ビームという言葉がレーザに関するものと勘違いしてしまい、かなり混乱してしまいました。実は水鉄砲のことでした。

ところが、今は droplet(水滴)にしてレーザ光線に当てるそうで、そのために bead という単語に置き換えられつつあるのだとか。。。水滴にした方が量が少なくて済むのでしょう。イオンはあまり荷電されていないそうです。それにアニオン(負電荷)が多そうです。弱いレーザを使うと非共有結合が保たれたまま飛んでいきます。もちろん、レーザのパワーを強くすると、対象分子の疎水的相互作用、水素結合、静電的相互作用などは壊されてバラバラになってしまいます。それはそれで、構成サブユニットが分かって良いのですが。例えば、今回のようにナノディスクの中に何量体が組まれているのか?などを探るのに向いています。また、塩や界面活性剤に対しても強いそうです。とは言え、今回の実験では、50mM 酢酸アンモニウム pH 6.8 を使い、脱塩スピンカラムで溶媒交換したようです。Blue-native PAGE と組み合わせると面白いとも書かれていました。ゲルのバンドから切り出して LILBID-MS にかける場合、1 MDa の蛋白質でも 30 pmol = 30 μg ほどで検出できるそうで、これは NMR の必要量の 1/100~1/1,000 ぐらいに相当します。話があやふやで、どうもすみませんでした。