2017年1月9日月曜日

ミルヴァット法

1 MDa に近い大きさの蛋白質を NMR で解析しようとすると、もはや 1H-15N の TROSY では歯が立たなくなります。たとえ、それ以外の水素を全て重水素化していてもです。そこで最近はやり出した方法が 1H-13C メチル基です。もちろん、それ以外の水素は 2H 化されています。1H-13C TROSY の方が、その感度はいろいろな原因で 1H-15N TROSY を凌ぎますので、今後はメチル基が高分子での観測対象となっていくことは間違いないでしょう。

しかし、ここでの問題点はどのようにして帰属するかです。もはや 1H-15N TROSY が使えないような高分子量では、そもそも主鎖の連鎖帰属されていません。仮に主鎖が帰属できたような幸せな状況であっても、メチル基とアミド基の間の相関をとるのはもっと大変です。すでに提案されている 13C-13C TOCSY は超大きな蛋白質では 13C の速い横緩和のため難しいでしょう。13C の遅い縦緩和を考えると、まだ 13C-13C NOESY を使った方がましかもしれません。そこで使われる手段は、一個一個メチル基を含むアミノ酸を別のアミノ酸に変異させていく方法です。一個のアミノ酸を変異させると空間的な周りにも大きな影響を及ぼして多数のピークが同時に動いてしまう場合もありますが、まあ大体はうまく行くことでしょう。問題点は、大量の変異体を作っては測らないといけないことです。

もう一つの手段は、すでに X 線結晶構造解析で立体構造が分かっている場合に限られるのですが、メチル基どうしの NOE と立体構造を見比べながら帰属する方法です。NOE は 1H と 1H がだいたい 5A 以内にある時に観えます。もし、メチル基以外を重水素化すると、もうちょっと限界値が伸びて 7A ぐらいまで NOE が届きます。これまでは Ile, Leu, Val の3種類の残基のメチル基だけしか 1H/13C で標識されていないことが多く、その場合、メチル基からメチル基へ NOE で連鎖的に飛んでいくには、ちょっと密度が薄かったようです。(川を渡るのに、 Ile, Leu, Val だけでは飛び石の間隔がちょっと広くて、途中で渡れなくなるような感じ)。しかし、Met, Ile, Leu, Val, Ala, Thr の6種類の残基のメチル基を 1H/13C で同時に標識すれば、7A の範囲内に別のメチル基が全くいないという「ひとりぼっち」の状況にはなりにくいのでしょう(見渡せば次に飛び移れる石が必ずどこかに見つかり、いわゆる川ポチャ現象は防げる)。そして、帰属には4次元の 13C-HMQC-NOESY-HMQC を使います。

Proudfoot, A., Frank, A.O., Ruggiu, F., Mamo, M., and Lingel, A. (2016) Facilitating unambiguous NMR assignments and enabling higher probe density through selective labeling of all methyl containing amino acids. J. Biomol. NMR. 65 (1), 15-27. doi: 10.1007/s10858-016-0032-2.

20 年以上前までよく4次元を使っていたのですが、「当時は」測定は途中でしばしばフリーズするし、フーリエ変換に overnight かかるし、ハードディスクが満杯になるしで、悪戦苦闘状態でした。それでだんだんと3次元だけに頼るようになっていました。しかし、最近はやりの NUS が出てから再び4次元に光が当たってきたように思います。私の好きな方法は、普通の uniform-sampiling でとったスペクトルをあたかも NUS でとったかのように騙して NMRPipe の IST 法でプロセスする方法です。騙されているのは私の方かもしれませんが、見違えるほどきれいなスペクトルに変身するのです。これの良い点は、non-uniform-sampling でとったわけではないので、普通の linear-prediction(LP)法も使えて、両方のスペクトルを比べることができる点です。これですと、非線形的なプロセスで変なアーティファクトが出たとしても、元の LP 版に戻れば OK で、測定時間を無駄に捨ててしまったという事態にはなりません。Delaglio さんにはこれまで一杯お世話になりましたので、お礼を兼ねてまた詳細をご紹介したいと思います。4次元は「~あなたの知らない4次元の世界~」などと恐れる人も多いですが「二次元 × 二次元」or「N × 三次元」という概念さえ納得してしまいさえすれば、これほど解析しやすいスペクトルはありません。それに修論発表などで「4次元スペクトルを解析しました。」などと言う方が格好良くありませんか?

話を元に戻しましょう。著者らは、ホモ6量体、115 kDa の蛋白質においてメチル基だけを 13C/1H で標識しています(メチル基を含むアミノ酸は全体の 44% を占めたそうです)。これの帰属がこれまでの大きな問題だったのですが、彼らは Met, Ile, Leu, Val, Ala, Thr のメチル基を標識し、すでにある結晶構造をもとに帰属をつけました(Ile-Cγ2 は除く)。

発現用の大腸菌は 15NH4Cl (1 g/L), 非標識の Glucose (4 g/L) を入れた M9 培地で培養し、少しずつ D2O に適応させています。OD600nm が 0.7 になった時点で温度を 18 度にまで下げ、同時に選択的標識の前駆体やアミノ酸を入れています。そのまま 1hr 培養した後、IPTG で誘導をかけて 18 度のまま 18hr 培養し、蛋白質を発現させています。どのような前駆体を入れるかは Table にまとめられているのですが、これまで発表されている方法を集めたような感じになっており、特に目新しい点はないようです。しかし、個々の前駆体を別々に入れて、アミノ酸を1~2種類ずつ標識するか、あるいは、6種類分すべてを同時に入れるかで、scramble の結果が少し違ってくるかもしれません。

一般的に 2-keto-3-methyl-d3-3-d1-4-13C-butyrate(2-オキソイソ吉草酸)だけを培地に入れると、Leu と Val の両方のアミノ酸のメチル基が標識されてしまいますが、ここに BioExpress を入れると Val だけが標識されます。

しばしば Ala-13Cβ 前駆体が Ile-13Cγ2 に scramble するのですが、MILVAT 法では、700 mg/L まで Ala 前駆体を増やしても scramble が観られなかったそうです。また、Ala-Cβ 自身が 13C で標識される率についても、100 g/L と 700 g/L とで差がほとんど見られなかったそうです。流れる先のアミノ酸の前駆体をすでに入れているためでしょうか?ここの理由はよく理解できませんでした。

Thr-Cγ の標識のために d5-Gly を入れています。これの詳細については、またいつかご紹介することにします。

ところで [2H]-glucose を入れなくて良いのでしょうか?著者らも [2H]-glucose を入れた方が良いだろうとは書いていますが、質量分析の結果、たとえ 非標識の glucose であっても、アミノ酸1個につき平均1個の 1H しか混入しなかったことが分かったそうです。確かに 2D 1H-13C HMQC の全体像を見ると、1H の混入はあまり無さそうですが、個人的には気になるところです。

また、上で「2-keto-3-methyl-d3-3-d1-4-13C-butyrate」と書きましたが、この2-オキソイソ吉草酸では2個のメチル基のうち一方は 13C/1H3 に、もう一方は 12C/D3 になっています。なお、Pro-R, Pro-S のどちらかに決まっているわけではありません(つまり、立体特異的には区別されていない)。しかし、両方ともに 13C/1H3 があるわけではありませんので、2D スペクトルには両方のピークが観えるものの、1H どうしの双極子間相互作用による T2 緩和は免れます。しかし、この論文で書かれている試薬番号をサーチしてみると、どうも2つのメチル基が両方とも 13C/1H3 になっているようなのです。すると、1個の分子内でこの双子のメチル基の間で NOE が観測されるのと同時に、T2 緩和も速くなってしまいます(Geminal なメチル基の間に NOE が出るためには、ある分子を一個拾い上げた際に、その中のメチル基が二つとも 13C/1H3 になっている必要があります。しかし、ただ単に 2D 1H-13C HMQC の上に両方のピークを見たいだけであるならば、半分の分子では Pro-R 側に、残りの分子では Pro-S 側に 13C/1H3 が入っていればよく、両方とも同時に 13C/1H3 にする必要はありません。将来いつか、たった1個の蛋白質分子だけで NMR の構造解析が可能となる日が来ると思いますが?その時にはこの議論が重要性を帯びてきます)。

この MILVAT の試料と、M, I, L, V, A, T それぞれで標識した試料とを使って、6割のメチル基が帰属できたとのことです(もっと効率が高いと思っていたので、この時点で少しがっかり)。しかし、論文の NOESY の図を見ると、標識されたメチル基が多過ぎて却って複雑に見え「メチル歩き」が本当にできるのかな?と疑ってしまいます。しかし、著者らは観測できるメチル基のピークが多く冗長な(redundant)な方が、かえって信頼性が上がるとも書いています。MILVAT 試料以外に、M, I, L, V, A, T 別々の標識試料、合計7種類の試料が少なくとも必要になってきますので、そう簡単というわけではなさそうですが。前回の OD600nm=10 法と組み合わせると良いのでしょうか?

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