2019年5月7日火曜日

外部参照ロックの方がよい?

蛋白 NMR の水溶液試料にはロック用に D2O 10% ほど入れますが、これが(CPMG を含む)T2 緩和実験の結果に系統誤差を生み出してきたという論文です。びっくりしましたが、確かに言われてみると、さもありなんです。15N-1H 15N-2H とでは 15N の化学シフト値が異なります。正確には化学シフトテンソルが異なるためですが、この違いは同位体シフトという形で蛋白質の 1H/15N スペクトルによく現れてきます。

Kumari, P., Frey, L., Sobol, A., Lakomek, N.A., and Riek, R. (2018) 15N transverse relaxation measurements for the characterization of µs-ms dynamics are deteriorated by the deuterium isotope effect on 15N resulting from solvent exchange. J. Biomol. NMR 72, 125-137. doi: 10.1007/s10858-018-0211-4.

例えば、普通の(echo-antiecho ではない)2D 1H-15N HSQC を測ると、スペクトルの右上の方に双子のピークが見えます。これらは Asn, Gln の側鎖の -NH2 由来のピークです。この双子ピークをよく見ると、それぞれのピークが雪だるまのように、胴体とその上の小さな頭から成り立っていることが分かります。よって、ペアピークを横線でつなぐと、双子の雪だるまが長い手をつないでいるように見えます。この上にちょこっと載った小さなピークは、隣の水素(ジェミナル水素)が 2H の時に 15N の化学シフトを検出したためです。もし、ロック用に D2O 10% 加えているならば、そのようなチャンスは 10% しかありませんので、小さな 1/10 強度のピークになります。この 2H-15N-1H 15N 化学シフトは高磁場の方に同位体シフトしますので、上にちょこっと乗っかったように見えます。この文献には 0.687 ppm ぐらいと書かれています。この値は 600 MHz NMR では 40Hz ぐらいに相当します。ちょうど 25 , pH 7.4 ぐらいで H/D exchange の速度(10-100 /sec)も近い値となり intermediate exchange の条件に入ってしまうのだそうです。CPMG 実験でも νcpmg < 100 Hz で顕著なアーティファクト(10% D2O 8 Hz!)が出るようです。これはまずいです。




H/D-交換速度は pH によって変わります。アミド水素の場合は pH3 で最低(10 分間に 1 回)pH6では 1 分間に 100 回と pH が1上がるごとに交換速度はおよそ 10 倍ずつ増えます(25 度において)。重水の分量によって「見かけの」R2 緩和速度が変わる現象は、ある程度 H/D 交換が速い領域と条件で見られるようです。つまり、水素結合を組んでいないアミド、高い pH、高い測定温度です。

パルス系列で CPMG が始まる直前での 15N-1H 量を 100 とします。直前までは 1H から 15N INEPT, refocused INEPT を通して磁化が移動されてくるので、これは当然です。15N-2H の磁化は INEPT と位相回しで除かれます。もしロック用に重水を 10% 入れていたとすると、この 100 15N-1H CPMG の間にどんどん減衰していって、最終的には 90 に達します。ここで平衡状態になり、これ以下には下がりません。この減衰の様子は(単純な交換ですので)指数関数で表すことができ exp(-kex.t) となります。kex H/D exchange の速度定数です。これは見方を変えれば、ある1つの 15N-1H スピンに着目した時に、それが CPMG 期間の間に 15N-1H として生き残る確率を表すことにもなります。この減衰も上記の同位体シフトによる Rex に加算されることになります。

論文には第二種のスカラー緩和も Rex を速めると書かれています。15N 2H が付いていると 15N の横緩和は速まります。これは 2H の縦緩和が速く J カップリングによる 15N J 分裂が乱されるためです。重水素化蛋白質の 13C-2H スピン系において 2H decoupling しないとかえって 13C の感度を落としてしまうのはそのためです。さらに、デカップルされた 15N-1H J coupling を持っている 15N-2H との間の交換も問題です。そもそも anti-phase になってしまった 15N-2H 15N-1H に交換したとしても、この時点でコヒーレンスは失われてしまいます。さらに、ここで J-coupling の値が変わりますので、CPMG でも 2H による J splitting refocus しなくなります。よって、第一種のスカラー緩和も問題になるはずですが。。。

それではロック用重水なしで測定すればよいことになりますが、それですと積算がめちゃくちゃになります。4% D2O でも pH > 7.4 ぐらいになると駄目なようです。1% D2O も勧められていますが、ロックの精度はそれだけ落ちてしまわないでしょうか?特に Gly の入ったループ部分では H/D-exchange が速いので、Rex が大きく出てしまいます。論文では Wilmad Stem coaxial inserts WGS-5BL (外径 5mm)かな?が勧められていました。いわゆるロックの外部参照用サンプル管です。内管に D2O 60 μL 入り、外観にはサンプル(D2O 無し)が 530 μL 入るようです。Shigemi でも売っていないのかなと思い調べてみると、おそらく「5mm 同軸チューブセット」SP-402(内管径が 2.0mm)がそれに当たるのでは?しかし、最近の NMR は重水の量が 5% ぐらいでも大丈夫ですので、内管径が 1.7mm SP-401 でも問題ないように思います。SPT-401 という薄いガラスを使った製品もありますが(その分だけサンプルがたくさん入る)プローブの中で?割れやすいかもしれません。

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