2020年1月5日日曜日

19F 標識蛋白質の化学シフト摂動実験


19F 標識蛋白質の総説が出ていたので、ちょっとまとめてみました。

Divakaran A., Kirberger S.E., and Pomerantz W.C.K. (2019) SAR by (protein-observed) 19F NMR. Acc. Chem. Res. 52(12), 3407-3418. doi: 10.1021/acs.accounts.9b00377.

PET 診断の 98% において、フルオロデオキシグルコースの 18F を利用している。フルオロケミカルは麻酔薬としても非常に普及している。米国食品医薬品の 47% の薬剤にはフッ素が含まれている。このように医薬, 製薬で 19F が使われる理由として、強い C-F 結合のおかげで代謝過程でも安定であることが挙げられる。

人体には 65 万種類の蛋白-蛋白相互作用(PPI)があり、特定の PPI を阻害できれば創薬にはうってつけである。しかし、転写因子と他の蛋白質との PPI では、探すべき蛋白質表面が広く、かつ接触部位がフレキシブルな場合も多く、相互作用も遷移的であるため、創薬はかなり難しいと見られている。

一般的には蛋白質を 15N で標識して、リガンドを加えた時の蛋白質側の 1H/15N 化学シフト摂動を観る。しかし、蛋白質がさらなる高分子量であると、1H/15N-HSQC のピークはかなりブロードになってしまう(これは 19F も同様であるが)。また、15N 標識のための大腸菌発現系を立ち上げる必要がある。そこで、もうひとつの方法として、側鎖に 19F を入れる方法を著者らは開発した。これまでの多くは、リガンドの中の 19F を検出していた。しかし、著者らは蛋白質に導入した 19F を観測の対象とした。そのような部分的な標識だけで創薬につなげることができるのかどうかは心配であったとのこと(19F で標識できる部位の数が限られているのも理由であろう)。実は、キモトリプシンに結合した N-アセチル-フルオロフェニルアラニンが 1967 ! にすでに 19F NMR で検出されている。

3FY3-フルオロ Tyr, 2つの εH のうち片方が 19F に置換)や 4FF4-フルオロ Phe, ζH 19F に置換)の標識には要求性株 DL39(DE3) が必要である。一応、glyphosate を入れると、シキミ酸経路を阻害できるのではあるが。例外的に Trp についてだけは、収量を上げるため要求性株は特に使っておらず、普通の BL21(DE3) 細胞に 5-fluoroindole を培地に加えているだけ。前培養からの持ち込み分をできるだけ減らすようにすると、90% の標識率を達成できる。下記の論文にその詳細が記されている。

Crowley, P.B., et al. (2012) Simple and inexpensive incorporation of 19F-tryptophan for protein NMR spectroscopy. Chem. Commun. 48, 10681-10683.

Gee, C.T., et al. (2016) Protein-observed 19F-NMR for fragment screening, affinity quantification and druggability assessment. Nat. Protoc. 11, 1414-1427.

4FF, 3FY は蛋白質の中で 12-15 ppm の散らばりが観られた。5FW 蛋白質のリガンド結合では、インドール 1HN 6-20 倍の化学シフト変化が見られた。大きな化学シフト異方性(CSA)により静磁場の2乗でブロードになるが、探索したい残基がフレキシブルで蛋白質表面にあれば、86 kDa でも観える。19F の導入により蛋白質構造が不安定になる場合は、fractional labeling するしかない(19F が入る確率を下げることにより、19F が入ると致命的な残基は標識されないままとなるのだろう)。

19F の感度は 1H 83% 1H に次いで高いです。生体高分子や buffer 成分には一般的に 19F は存在しませんので、background のピークを抑える必要がありません。これが 1H 測定ですと、いつも軽水のピークを消す(suppress する)のに悩まされます。最近の NMR はダイナミックレンジが大きいので、少しぐらい軽水のピークが FID に載っていても receiver-gain を超えることは少なくなりました。しかし、FID の上に乗った水の信号をできるだけ小さくし、その分 RG を上げることができれば、ごく小さいピークをも検出することができます。しかし、今だに水の信号に悩まされることがしばしばです「たかが水、されど水」。その点、19F は、13C 直接測定の時と同じように、その心配が要りません。さらに、19F はとり得る化学シフト範囲が広いです。これが広いということはすなわち、周りの環境が少しでも変わると(例えば、相手蛋白質やリガンドがくっ付いて来たなどで)ピークが大きく動くことを意味します。

19F の欠点としては、CSA 緩和が激しいということでしょうか(要は、分子の向きによって 19F のピーク位置が大きく異なるので、分子の回転によってそれらがうまく平均化されにくくなるということ)。よって、大きな静磁場が必ずしも良い結果につながるとは限りません(静磁場が大きくなるほど、Hz 単位で表した化学シフト差が広がるため)。

また、周りの 1H との J-coupling がかなりきついです。よって 19F を一次元 FID で測定すると、何重線になっているのか分からないほどブロード化してしまうことがあります。これの 19F-FID 検出中に 1H にデカップリングパルスを当てると、ピークが1重線になり、観測が可能になることがよくあります。しかし、プローブが高価すぎて泣く泣く 1H デカップリング不可のクライオプローブにせざるを得ないことが多いようです(あるいは、1H デカップリング可の室温プローブで妥協する)。ここは業者さんに頑張っていただくしか方法がないのかも。。。

1 件のコメント:

小籠包博士 さんのコメント...

いささか古い論文で恐縮ですが、以下のもよろしくお願いいたします。
https://doi.org/10.1021/jp212631q