2022年6月30日木曜日

液液相分離を原子レベルで観るには....

もう1年近くも更新していなかったので、サイトを消されてしまったのではないかと恐る恐る見てみましたが、何とかまだ残っていました。

雑務に忙殺されながら、なかなかじっくりと論文を楽しむ?時間もなく、しかし、せめて Kay さんの論文だけはと奮起してはみたものの、あまりもの長さに途中で何度も中断しながら数ヶ月もかかってやっと読み終わりました。その度にちょっとずつメモしていたのですが、読み終わって振り返ってみると、また下記のように長文が。。。

今後はもうちょっと要約だけ(役立ちそうな事だけに絞って)メモすべきかと思います。まあ、しかし、この論文をセミナー紹介しようと思い立ったが途中で四苦八苦しているかもしれない国内の学生さんにとって、せめてもの一助にでもなればと期待しています。

T.-H. Kim, B. J. Payliss, M. L. Nosella, I. T. W. Lee, Y. Toyama, J. D. Forman-Kay, L. E. Kay (2021) Interaction hot spots for phase separation revealed by NMR studies of a CAPRIN1 condensed phase. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A 118(23), e2104897118. DOI: 10.1073/pnas.2104897118

液液相分離ではタンパク質のどことどこ同士が相互作用しているの?という謎を解明したいと思っている若い方、下記の方法に従えば可能です。ただし、あまりに対象が大きいと帰属が大変ですので、この例のように 100 残基ぐらいにまで絞れればよいかなと思います。

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X 線、cryo-EM, NMR ともに、液液相分離の構造を解析するのには苦手なツールである。NMR にとっても、高い粘性、高分子量はなかなか難しい壁である。その中でも、1H/1H NOE が重要な情報を与える。

CAPRIN1 は細胞質内の液相にある RNA 結合蛋白質である。mRNA の翻訳制御や安定性に関連しており、記憶や学習につながる。変異は自閉スペクトラム症を発症する。607-709 の領域が液液相分離を起こす low-complexity IDR である。これの Arg, 芳香環が FMRP と共に液液相分離を引き起こす。

液液相分離の阻害には CAPRIN1 の O-linked-N-acetylglucosaminylation (O-GlcNAcylation) が重要であった。pI = 11.5 で、塩や RNA を入れて Arg+ の電荷を遮蔽すると、液液相分離が始まる。さらに、ほどほどの濃度の ATP が Arg-rich な N-, C-末端領域に結合し、液液相分離を促進した。一方、高濃度の ATP は、CAPRIN1 の至るところにくっつき、逆に液液相分離を阻害することを見つけた(ATP は hydrotrope と呼ばれており、普通は凝集体を解く方に作用する)。ATP-Mg の代わりに 1% だけ ATP-Mn を加え、常磁性緩和により ATP 結合サイトを検出した(こういう点うまい!)。

Mg-ATP の追加により、分子間 NOE が増えたり強くなった。Arg, Gly, Gln のアミド基と aromatic 側鎖との間に分子間 NOE が見られた。(Gly を除く)Hα と HN の間や、Arg 側鎖と aromatic 主鎖の間にも。特に aromatic と Hα の間の NOE は強かったことから、液液相分離には主鎖の相互作用が重要であることが分かった。Phe よりも Tyr の方が分子間 NOE が強かった。逆に分子内 NOE はほとんどが局所的であった(芳香環と Gly について、残基内 i, sequential i-1 の強い NOE ばかり)。(NOE の解析はひたすら根性のみです。一応、測定条件を書いておきます。250-ms mixing time, 25 度, 0.5 mM 13C-labeled + 0.5 mM 12C-labeled CAPRIN1 に 0.8 mM Mg-ATP を入れた)。

液滴の中の蛋白質の拡散係数は二桁ほど大きい。さらに Rex も加わって、線形はかなりブロードになる。著者らは温度を 40 度にまで上げた。NaCl を 400 mM まで上げると、それでも 22.4 mM の液滴が維持されるらしい。12C, 15N, 2H(重水素化しないと、分子内 NOE が見えてしまう)と 13C, 14N, 1H の試料を混ぜ、分子間 2D 13C-edited/filtered, 15N-edited NOESY をとった(この方法、本当にお勧めです!)。13C-edited では、aromatic 側鎖を edit した。また、13C 標識と非標識を 0.5 mM ずつ混ぜ、3D 13C-filtered/edited NOE も測っている。側鎖から主鎖アミド基への NOE ピークの強度を見てみると、ホットスポットが見つかった。

分子内 NOE をとるために、[13C, 15N]-CAPRIN1 に5倍等量の非標識体を混ぜて、NOE を測定した(この方法、ちょっと覚えておくといいですね)。このモル比により、分子間 NOE はかなり薄められる。Long-range の分子内 NOE は観測されなかった。分子内としては、芳香環(あるいは Gly)と残基内アミド基、あるいは一つ後ろのアミド基との NOE が目立った。メチル基からアミド基への NOE を比べてみると、分子内 NOE は残基内か隣の残基に限定されていたのに対して、分子間 NOE は分子全体に散らばっていた。領域によって相互作用の強弱はあるものの、分子全体にわたって鎖どうしが相互作用し合っている。

液液相分離していない mixed-状態と液液相状態の condensed-状態での R2 を比べてみると、両者の間には相関がある。液液相状態になりにくい変異を見てみると、mixed-状態でも R2 緩和が下がっている。よって、前者の分子内相互作用と後者の分子間相互作用は相関していると言える。

NMR 観測から S644 がグリコシル化 (O-GlcNAcylation) されることが分かった。この部位は、液液相分離での分子間相互作用部位のすぐ近くであり、グリコシル化により液液相分離が抑制されることと一致する。また、ATP-Mg も Arg, 芳香環 rich な領域に相互作用し、液液相分離を抑制する。

LLPS を理解するには、分子間の相互作用を同定することが重要である。そのための最初のステップは変異体の作成である。そして、Ddx4 や FUS において芳香環 Phe, Tyr の変異が LLPS 形成能を下げたことから、これらの残基が関与していることが分かった(でも、この変異法だと、あっという間に歳とるよね。10 個/週ぐらいのペースで進めないと)。さらに Arg、電荷をもった残基が重要である。このような sticker の間の遷移的な相互作用が LLPS を促進し、それらの間の親水的な spacer が相互作用を和らげて凝集を防いでいる。しかし、Phe, Tyr, Arg, 荷電残基以外が寄与している例もあり、例えば、poly-Gln, Gly, Ser などが挙げられる。それらの相互作用解析に NMR は使えるが、まあまあ難しい面もある。特に NOE の帰属や緩和解析はなかなか難しい。

CAPRIN1 は 103 a.a. で 1H/15N HSQC もきれいにとれる(ここが味噌)。一方を 2H/15N で、他方を 1H/13C で標識した試料を混ぜることにより、分子間 NOE を間違わずに同定することができた(真似しましょう)。他のサンプルと同様に芳香環の重要性が確認できたが、さらに 1HN-1Hα コンタクトも顕著に観測された。一方、分子内 NOE のほとんどは、残基内、あるいは連続した残基間に限られていた。

分子間 NOE のあった箇所は、同時に 15N-R2 も上がった。よって、遷移的な接触によりダイナミクスが抑えられたことを意味する(くっつくと、ともに泳ぎが止まるということ)。この接触領域を変異すると、液液相分離の傾向が落ち、R2 の上昇も落ちた。

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いかがでしたでしょうか?NMR アプローチの仕方で特に目新しいことはないように思いますが、しかし、このようなオーソドックスな方法を全てちゃんと実行して結果としてまとめてしまうところはすごいなあと思います。

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