2023年6月23日金曜日

NMR 誘導型指向性進化

S. Bhattacharya, E.G. Margheritis, K. Takahashi, A. Kulesha, A. D’Souza, I. Kim, J.H. Yoon, J.R.H. Tame, A.N. Volkov, O.V. Makhlynets & I.V. Korendovych (2022) NMR-guided directed evolution. Nature 610, 389–393.

蛋白質のどこかのアミノ酸を入れ替えて、より高い活性をもつ変異体を作りたい。この場合、換えるべきアミノ酸の場所をどうやって見つけるか?そこが問題です。活性を上げるには、酵素と基質の複合体が活性化エネルギーをまさに越えんとする時の構造(遷移状態)を安定化させる必要があります。これは言い換えると、この活性化エネルギーの山を下げて、そのモル比を高めるということになります。

蛋白質は常に動いており、あるモル比でそのような遷移状態の構造を一瞬なりとも採ることがあります(例えば 0.5% など)。ある変異によってそのモル比を上げることができれば、遷移状態になりやすい酵素を作れたことを意味します。結果として活性を上げることができます。そのためには、まずこの遷移状態を調べる必要があります。それには遷移状態アナログと結合させてあげるのがよいのですが、これは往々にして競争的阻害剤であることが多いです。強力な阻害剤は、遷移状態を模倣していることが多いのです。ここで基質を加えてしまうと反応が進んで終わってしまうので、遷移状態で構造をストップさせることができません。

さて、ここで蛋白質に阻害剤を加えることにより、その阻害剤が活性部位に結合し構造が遷移状態になったとします。これは induced-fit 的な表現ですが、population-shift 的に表現すると次のようになります。遷移状態をとった数少ない酵素に阻害剤が結合する。すると、残りの酵素から遷移状態をもつ構造がさらに汲み出される*。そしてそこにも阻害剤が結合して遷移構造をもつ複合体のモル比が増える。これが連鎖的に起こり、結果として複合体が大勢を占める。ここで * がより頻繁に起こるためには、もともと阻害剤がない状態でも、酵素が遷移状態をとりやすいような性質をもつ必要があります。そのような酵素を変異によって作ろうというわけです。

その時に NMR の化学シフトが大きく変化した残基は、遷移状態に強く関連している残基であることがわかります。そこで、その残基を変異すれば、遷移状態に移りやすい酵素を作ることができるわけです(この induced-fit と population-shift の本質は同じなのですが、我々はつい前者で考え勝ちです。しかし、論文では後者で議論していることが多く、そこが読んでいて理解しにくい要因になっているのかもしれません。

上記の方法を使って、著者らはもともと酵素活性を持たないヘム蛋白質(ミオグロビン)から Kemp 脱離反応を触媒する酵素を作り上げることに成功しました。ミオグロビンの変異体 H64V は少しだけ活性をもつことが知られていますので、それをスタートとしました。これに遷移状態アナログである阻害剤 6-NBT を加えたところ、ヘムの近くのみならず遠くも含む 15 残基において化学シフトが大きく変化しました。この変化を摂動とよび、一般的にこの chemical shift perturbation を CSP と呼んでいます。この 15 残基あるいは、その隣の残基のうち一つを、別の任意の種類のアミノ酸に変異させました。飽和変異法を使っていますので、ランダムな種類のアミノ酸に置換されます。

化学シフト変化は(NMR 分野ではよくやるように)まず 1H と 15N の化学シフト変化を組み合わせて定量します。複雑な式が書かれていますが、要は次のように処理します。スペクトル上で斜めにピークが移動したとすると、それは 1H も 15N も両方とも CS が変化したことを意味します。そして、その距離を定規で測定した場合の長さを摂動量(変化量)とします(単なる三角形のピタゴラスの三平方の定理です)。そして、その変化量が大きい残基を選び出してきます。基準は日本の受験でよく使われる偏差値の 60 以上、つまり上位 15% です。変異の結果 2-71 倍(平均 21 倍)も活性が上がったとのことです。そして、19 個のうち 9 個の変異は活性部位から離れたところにあったとのこと。化学シフトは、たとえ構造が変化していなくても、単に阻害剤などの化学物質がついただけでも変化します。よって、活性部位の近くの残基については、変化がそのような直接的影響による CSP なのか、それとも構造変化による CSP なのかはよく分かりません。両方の影響によるのかもしれません。それに対して遠くの残基の場合は、後者の(構造変化による CSP)だと言えるでしょう。著者らは、さらに遺伝子シャッフリングによって、Mb (L29I/H64G/V68A) が相乗的に高い活性を示すことを見つけました。ちょっと信じ難いですが、単なる H64V に比べて触媒効率(kcat/Km: ミカエリス・メンテンのプロットにおける原点での接線の傾き)が 6 万倍も上がっています。

従来法では、これほどまでに活性を上げることができませんでした。しかし、NMR を活用すると、飛躍的に活性を上げることができます。従来の方法では Km が下がる、つまり、酵素と阻害剤との結合親和性(正確ではないが Km は解離定数に相当)が強くなることによって活性が上がるのに対して、NMR を利用すると、さらに代謝回転数(kcat)まで上がります。この二つの効果が組み合わされて(kcat/Km)、驚くような活性上昇につながるようです。つまり、基質と酵素の親和性(1/Km)が上がるだけでなく、両者の複合体である遷移状態から反応が元方向にあまり逆行せず、それに打ち勝って生成物が速く遊離(kcat)してくるということです。親和性が上がった原因は、どうも結合ポケットが深くなって、基質がヘム鉄の近くにまで行けるようになったことによるようです。それ以外の部位では、構造はほとんど変わっていなかったとのことです。

このミオグロビン以外にもカルモジュリンを使って同じように Kemp 脱離反応の活性を上げています。1-round 目の変異で CSP が大きかった残基を置換しました。そして、2-round 目で再び阻害剤を入れると、また新たな残基に大きな CSP が出てくるようです。こうして何回かラウンドを繰り返しますが、NMR でホットスポットを見つけて変異させる方が、ランダムに変異させるより圧倒的に効率が高いようです。

この実験では 1H-15N HSQC が使われていますが、これを 1H-13C HSQC (or HMQC) にするとどうでしょうか?個人的には、あまりうまく行かないかもしれないと思います。1H/15N の化学シフトは構造変化に非常に敏感です。特に水素結合の強さや長さによって、1HN の化学シフト値は大きく変わります。活性は、目に見えないほどの小さな構造の変化で上下しますので、それを感知するには 1H-15N HSQC の方がずっと良いでしょう。逆にいうと、阻害剤(リガンド一般)が付くことによって、タンパク質内に張り巡らされた水素結合や疎水的相互作用のネットワークがほんの少しだけ変わります。非常に微妙な変化ですが、これによって、活性部位が遷移状態に変わります。このような接触のネットワークは 1H/15N 化学シフト値と直結しているため、この二次元スペクトルの変化がまさにホットスポットになるのだろうと考えています。

酵素は本来でしたら活性部位だけが大事で、そこだけを持っていたらよいように思います。ちょうど化学実験で使う触媒と同じです。しかし、実際には大き過ぎるほどの構造を持っています。この余計に見える部位に張り巡らされた原子どうしの相互作用のネットワークが実は重要で、これにより活性部位の変化を微妙に、かつ巧妙に制御しているのでしょう。このようなネットワークがどのような原理でなりたっているのかは、AlphaFold2 をもってしても予測できません(今は)。

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