2017年1月20日金曜日

ぬすでも悪くなさそう。

同じ NMR 測定時間をもらった時、積算回数を増やすべきか、それとも、サンプリングの点数を増やすべきかは迷うところです。もちろん間接測定軸についての話です。まだ2次元の場合は、このような迷いで済むのですが、話が4次元になってくると「積算回数を増やしたいけれど増やせない」さらに悪いことに「サンプリング数を増やしたいけれど増やせない」といった事態になります。例えば積算回数2をちょっと8にでも上げようものなら、測定時間3日間が一気に 12 日間に跳ね上がります。そこで、使いたい方法が non-uniform-sampling です。この NUS の説明は超長くなるので今回は止めておきます。もちろん、そのプロセスの話も読むだけで何日もかかりそうですので止めておきます。

今まで NUS については面倒でほとんど試さなかったのですが、Delaglio さんから勧められて一度つかってみることにしました。使った理由の一つとして「NUS ではなくて普通の uniform-sampiling で測定したデータでもプロセスできるよ」と言われたことも大きいです。

最初は半信半疑で 2D HSQC で試しに使ってみたのですが、これが悪くないのです。そこで、感度の悪い 3D HN(CA)CO に使ってみました。NUS ではなくて US です。したがって、いつも通り NMRPipe の Linear Prediction を 15N, 13C の両軸にかけました。ご覧の通り、二つのピークがマージしてしまっている箇所があります。蛋白質は 2H, 15N, 13C 標識されていますが、分子量は5万ぐらいで濃度は 50μM です。温度は 25度、塩が 100mM 入っていますので、それほど良い条件ではありません。


ところが、同じデータに対して NMRPipe の NUS zero-fill(IST 法)をかけてみると、その二つのピークが分離しました。


そこで、今度は本当に NUS で測定してみました。4D HCCONH です(測定法の名前に何個の C を入れるかは、あまりよく決まっていないのでは?)。まだ半信半疑でしたので、3D (H)C(CO)NH と 3D H(CCO)NH も、これらは US でとりました(何しろ良し悪しを判断するための基準となりますから)。Windows がもはや走らなくなった old-PC をもらってきて Cent-OS-6 と NMRPipe を入れスタート!すると、何やらよく分からないエラーの嵐が。。。これで何日も悩むことに。結局よく分からず Delaglio さんに尋ねました。すると「32-bit で計算しているためですよ」と言われ、たいへん恥ずかしい思いをしました。そうです、ファイルサイズが大きくなると 64-bit モードに変えないとダメなのです。やはり4次元の世界ですねえ。そこで、NMRPipe を 64-bit でインストールし直して計算しなおしました。しかし、帰宅する頃になっても終わらず、翌朝に来て見てみてもまだ計算しています。翌日の晩にも終わらずで、とうとう3日目のお昼を迎えました。終わった!恐る恐る(あまり期待しないで)スペクトルを見てみたところ、これが意外にもなかなかきれいなのです。


ここまで上手く行くようになると、NUS の欠点は、おそらくファイルサイズと計算時間だけとなるでしょう。Zero-fill をだいぶん減らして何とか 2.6 GB に抑えました。しかし、プロセスの最中に何度もデータを読み書きしているので、ハードディスクにはちょっと可哀想です。まあしかし、久しぶりにコンピュータをメール、オフィス、ウェブ以外に使うことができたので、計算機もさぞかし喜んでいることでしょう。

ここで 4D HCCONH を選んだ理由は、側鎖の帰属において 1H と 13C の間の相関を正しくとりたかったためです。3D (H)C(CO)NH と 3D H(CCO)NH の二つの組み合わせだけでは、例えば、1Hg と 13Cd の化学シフトを組み合わせてしまうような間違いが起こってしまうのです。

最後に NUS の名誉にかけて。3D-LP と 4D-NUS を見比べると、前者の方がピークがたくさんあり感度が高いように見えます。しかし、表示されている 2D plane にピークがたくさんある時には、喜ぶ前にあることを疑わないといけません。「もしかして、ひしゃげた葡萄の入った食パン一斤をスライスしてしまったのでは?」と。そうです、糖密度の高い貴腐干し葡萄が入った食パンをスライスした時には、その二次元スライスに含まれる葡萄の数はむしろ少なく見えるのです。

2017年1月9日月曜日

ミルヴァット法

1 MDa に近い大きさの蛋白質を NMR で解析しようとすると、もはや 1H-15N の TROSY では歯が立たなくなります。たとえ、それ以外の水素を全て重水素化していてもです。そこで最近はやり出した方法が 1H-13C メチル基です。もちろん、それ以外の水素は 2H 化されています。1H-13C TROSY の方が、その感度はいろいろな原因で 1H-15N TROSY を凌ぎますので、今後はメチル基が高分子での観測対象となっていくことは間違いないでしょう。

しかし、ここでの問題点はどのようにして帰属するかです。もはや 1H-15N TROSY が使えないような高分子量では、そもそも主鎖の連鎖帰属されていません。仮に主鎖が帰属できたような幸せな状況であっても、メチル基とアミド基の間の相関をとるのはもっと大変です。すでに提案されている 13C-13C TOCSY は超大きな蛋白質では 13C の速い横緩和のため難しいでしょう。13C の遅い縦緩和を考えると、まだ 13C-13C NOESY を使った方がましかもしれません。そこで使われる手段は、一個一個メチル基を含むアミノ酸を別のアミノ酸に変異させていく方法です。一個のアミノ酸を変異させると空間的な周りにも大きな影響を及ぼして多数のピークが同時に動いてしまう場合もありますが、まあ大体はうまく行くことでしょう。問題点は、大量の変異体を作っては測らないといけないことです。

もう一つの手段は、すでに X 線結晶構造解析で立体構造が分かっている場合に限られるのですが、メチル基どうしの NOE と立体構造を見比べながら帰属する方法です。NOE は 1H と 1H がだいたい 5A 以内にある時に観えます。もし、メチル基以外を重水素化すると、もうちょっと限界値が伸びて 7A ぐらいまで NOE が届きます。これまでは Ile, Leu, Val の3種類の残基のメチル基だけしか 1H/13C で標識されていないことが多く、その場合、メチル基からメチル基へ NOE で連鎖的に飛んでいくには、ちょっと密度が薄かったようです。(川を渡るのに、 Ile, Leu, Val だけでは飛び石の間隔がちょっと広くて、途中で渡れなくなるような感じ)。しかし、Met, Ile, Leu, Val, Ala, Thr の6種類の残基のメチル基を 1H/13C で同時に標識すれば、7A の範囲内に別のメチル基が全くいないという「ひとりぼっち」の状況にはなりにくいのでしょう(見渡せば次に飛び移れる石が必ずどこかに見つかり、いわゆる川ポチャ現象は防げる)。そして、帰属には4次元の 13C-HMQC-NOESY-HMQC を使います。

Proudfoot, A., Frank, A.O., Ruggiu, F., Mamo, M., and Lingel, A. (2016) Facilitating unambiguous NMR assignments and enabling higher probe density through selective labeling of all methyl containing amino acids. J. Biomol. NMR. 65 (1), 15-27. doi: 10.1007/s10858-016-0032-2.

20 年以上前までよく4次元を使っていたのですが、「当時は」測定は途中でしばしばフリーズするし、フーリエ変換に overnight かかるし、ハードディスクが満杯になるしで、悪戦苦闘状態でした。それでだんだんと3次元だけに頼るようになっていました。しかし、最近はやりの NUS が出てから再び4次元に光が当たってきたように思います。私の好きな方法は、普通の uniform-sampiling でとったスペクトルをあたかも NUS でとったかのように騙して NMRPipe の IST 法でプロセスする方法です。騙されているのは私の方かもしれませんが、見違えるほどきれいなスペクトルに変身するのです。これの良い点は、non-uniform-sampling でとったわけではないので、普通の linear-prediction(LP)法も使えて、両方のスペクトルを比べることができる点です。これですと、非線形的なプロセスで変なアーティファクトが出たとしても、元の LP 版に戻れば OK で、測定時間を無駄に捨ててしまったという事態にはなりません。Delaglio さんにはこれまで一杯お世話になりましたので、お礼を兼ねてまた詳細をご紹介したいと思います。4次元は「~あなたの知らない4次元の世界~」などと恐れる人も多いですが「二次元 × 二次元」or「N × 三次元」という概念さえ納得してしまいさえすれば、これほど解析しやすいスペクトルはありません。それに修論発表などで「4次元スペクトルを解析しました。」などと言う方が格好良くありませんか?

話を元に戻しましょう。著者らは、ホモ6量体、115 kDa の蛋白質においてメチル基だけを 13C/1H で標識しています(メチル基を含むアミノ酸は全体の 44% を占めたそうです)。これの帰属がこれまでの大きな問題だったのですが、彼らは Met, Ile, Leu, Val, Ala, Thr のメチル基を標識し、すでにある結晶構造をもとに帰属をつけました(Ile-Cγ2 は除く)。

発現用の大腸菌は 15NH4Cl (1 g/L), 非標識の Glucose (4 g/L) を入れた M9 培地で培養し、少しずつ D2O に適応させています。OD600nm が 0.7 になった時点で温度を 18 度にまで下げ、同時に選択的標識の前駆体やアミノ酸を入れています。そのまま 1hr 培養した後、IPTG で誘導をかけて 18 度のまま 18hr 培養し、蛋白質を発現させています。どのような前駆体を入れるかは Table にまとめられているのですが、これまで発表されている方法を集めたような感じになっており、特に目新しい点はないようです。しかし、個々の前駆体を別々に入れて、アミノ酸を1~2種類ずつ標識するか、あるいは、6種類分すべてを同時に入れるかで、scramble の結果が少し違ってくるかもしれません。

一般的に 2-keto-3-methyl-d3-3-d1-4-13C-butyrate(2-オキソイソ吉草酸)だけを培地に入れると、Leu と Val の両方のアミノ酸のメチル基が標識されてしまいますが、ここに BioExpress を入れると Val だけが標識されます。

しばしば Ala-13Cβ 前駆体が Ile-13Cγ2 に scramble するのですが、MILVAT 法では、700 mg/L まで Ala 前駆体を増やしても scramble が観られなかったそうです。また、Ala-Cβ 自身が 13C で標識される率についても、100 g/L と 700 g/L とで差がほとんど見られなかったそうです。流れる先のアミノ酸の前駆体をすでに入れているためでしょうか?ここの理由はよく理解できませんでした。

Thr-Cγ の標識のために d5-Gly を入れています。これの詳細については、またいつかご紹介することにします。

ところで [2H]-glucose を入れなくて良いのでしょうか?著者らも [2H]-glucose を入れた方が良いだろうとは書いていますが、質量分析の結果、たとえ 非標識の glucose であっても、アミノ酸1個につき平均1個の 1H しか混入しなかったことが分かったそうです。確かに 2D 1H-13C HMQC の全体像を見ると、1H の混入はあまり無さそうですが、個人的には気になるところです。

また、上で「2-keto-3-methyl-d3-3-d1-4-13C-butyrate」と書きましたが、この2-オキソイソ吉草酸では2個のメチル基のうち一方は 13C/1H3 に、もう一方は 12C/D3 になっています。なお、Pro-R, Pro-S のどちらかに決まっているわけではありません(つまり、立体特異的には区別されていない)。しかし、両方ともに 13C/1H3 があるわけではありませんので、2D スペクトルには両方のピークが観えるものの、1H どうしの双極子間相互作用による T2 緩和は免れます。しかし、この論文で書かれている試薬番号をサーチしてみると、どうも2つのメチル基が両方とも 13C/1H3 になっているようなのです。すると、1個の分子内でこの双子のメチル基の間で NOE が観測されるのと同時に、T2 緩和も速くなってしまいます(Geminal なメチル基の間に NOE が出るためには、ある分子を一個拾い上げた際に、その中のメチル基が二つとも 13C/1H3 になっている必要があります。しかし、ただ単に 2D 1H-13C HMQC の上に両方のピークを見たいだけであるならば、半分の分子では Pro-R 側に、残りの分子では Pro-S 側に 13C/1H3 が入っていればよく、両方とも同時に 13C/1H3 にする必要はありません。将来いつか、たった1個の蛋白質分子だけで NMR の構造解析が可能となる日が来ると思いますが?その時にはこの議論が重要性を帯びてきます)。

この MILVAT の試料と、M, I, L, V, A, T それぞれで標識した試料とを使って、6割のメチル基が帰属できたとのことです(もっと効率が高いと思っていたので、この時点で少しがっかり)。しかし、論文の NOESY の図を見ると、標識されたメチル基が多過ぎて却って複雑に見え「メチル歩き」が本当にできるのかな?と疑ってしまいます。しかし、著者らは観測できるメチル基のピークが多く冗長な(redundant)な方が、かえって信頼性が上がるとも書いています。MILVAT 試料以外に、M, I, L, V, A, T 別々の標識試料、合計7種類の試料が少なくとも必要になってきますので、そう簡単というわけではなさそうですが。前回の OD600nm=10 法と組み合わせると良いのでしょうか?

2017年1月2日月曜日

大腸菌培養の最少培地 M9 その2

NMR で蛋白質の立体構造やダイナミクスを解析する際には、その蛋白質が 15N, 13C などの安定同位体で(均一に、あるいは選択的に)標識されていることが今ではほぼ必須です。分子量が 20k を超える場合には、さらに 2H でも標識されていた方がよいでしょう。15N/13C の価格は 20 年前に比べて落ち着いてきてはいるものの、2H 化グルコース、重水の価格は今も高く、これがラベル化蛋白質を作る際の大きな壁になっています。

Cai, M., Huang, Y., Yang, R., Craigie, R., and Clore, G.M. (2016) A simple and robust protocol for high-yield expression of perdeuterated proteins in Escherichia coli grown in shaker flasks. J Biomol NMR 66(2), 85-91.

この論文では、培地の量を 1/10 に減らして、同じ量の蛋白質を得ることができることを示しています。これは嬉しいことです。なにしろ培地の溶媒である重水の量を 1/10 に減らすことができるわけですから。ただし、[2H, 13C]-glucose の量は 18 g/L、[15N]-NH4Cl が 5 g/L と濃度で見るとすこぶる多いです。しかし、1L の培地に今まで通り 2g/L の [2H, 13C]-glucose を入れるのと比べると、トータル量はあまり変わらない、否むしろ少ないぐらいですので驚きです。

このグルコース豊富な培地で菌体を OD600nm が 10 か、それ以上になるように育てます。個人的な経験では重水培地(1-2 g/L のグルコース入り)では OD600nm はせいぜい1ぐらいまでしか上がりません。グルコースの量を増やすほど大腸菌がよく育ち、また発現量も多いことから、この頭打ちはグルコース量の枯渇によるものなのでしょう。確かにこの論文通りに事が運ぶと、1/10 量の培地で同じ量の蛋白質がとれるはずです。

一般的に企業ではよくファーメンターを使います。すると(リン酸緩衝液いりの)LB 培地で OD600nm が 20~30 ぐらいまで上がると聞いたことがあります。これはファーメンターでは空気を金魚の水槽のようにぶくぶくと与え、さらに電極がいつも培地の pH を監視していて、もし pH が下がると上から水酸化ナトリウムが垂らされるようにできているためです。

しかし、フラスコを左右に振っている状況では、そう上手くはいきません。そこで、この論文ではバッフル付きのフラスコに培地をほんの少しだけ入れ(だいたいフラスコ容量の 1/10 ぐらい)、よく酸素を培地に溶け込ませて酸欠を防いでいます。確かにうちでは 3L のフラスコに 1L ぐらいの M9 培地を入れていました。これでは培地が深過ぎて十分な量の空気が培地に行き渡らないのでしょう。

さらに pH が下がらないように注意しています。確かに大腸菌が育つにつれて培地の pH が下がってきます。極端な例は乳酸菌で発酵させたヨーグルトで、ここには大腸菌は住めません。実は M9 培地には pH があまり下がらないようにリン酸緩衝液の成分が入っており、これは前回に記した通りです。しかし、この論文では「改良型 M9」と称して、このリン酸バッファの成分を少し工夫しているのです。そこで、うちの成分とちょっと比べてみました。

いつも我々が使っている M9 プロトコール
 Na2HPO4  7 g(Na:2.27 g, PO4:4.68 g)
 KH2PO4  3 g(K:0.86 g, PO4:2.10 g)
 NaCl  0.5 g(Na:0.20 g, Cl:0.30 g)

面倒だったのですが、元素ごとに量もそれぞれ計算してみました。
 Na:2.47 g
 K:0.86 g
 PO4:6.78 g
 SO4:M9 salt の中には含まれてはいないが MgSO4 から 0.19 g 補われる。
 Cl:0.30 g

この論文に記載されている改良型 M9 プロトコール
 Na2HPO4  9 g(Na:2.92 g, PO4:6.02 g)
 KH2PO4  5 g(K:1.43 g, PO4:3.49 g)
 K2HPO4  19 g(K:8.52 g, PO4:10.37 g)
 K2SO4  2.4 g(K:1.08 g, SO4:1.32 g)

これについても元素ごとに量を計算してみました。
 Na:2.92 g
 K:11.03 g
 PO4:19.88 g
 SO4:1.32 g
 Cl:M9 salt の中には含まれてはいないが、NH4Cl, MgCl2 などから補われる。

Na, Cl の量はそれほど変わらないとしても、我々の方法では K, P, S の量が圧倒的に少ないです。pH や浸透圧を調整できれば、これらの量は多い方が良いのでしょうか?塩分控えめ、にがり多し?我々のレシピで Na, K の濃度を合算すると 129 mM と、生理的食塩水の 140 mM に近くなります。さらに Cl 濃度なども足すと、おそらく生理的食塩水濃度 140 mM となるでしょう。一方、論文のレシピでは 410 mM となり、これはかなり高い塩濃度のようです。これで浸透圧は問題にならないのでしょうか?

集めた大腸菌をソニケーション(超音波)で潰す時に、よく 400mM の塩の入ったバッファを入れます。これはその後の(遠心後の)上清を DEAE カラムにパスさせる時に、蛋白質と核酸を離しておいて後者だけをレジンにくっ付けさせて除去するためです(蛋白質はパスさせる)。その時、400mM の塩を大腸菌に注いでも大腸菌が浸透圧で破裂している様子はなさそうですので、おそらく大丈夫なのでしょう。まあ大腸菌に尋ねてみれば、喉が渇いたと言っているはずですが。

なお、硫黄の成分が多いのは効いているかもしれません。昔 MgSO4 の代わりに MgCl2 を入れたために OD600nm が 0.6 までしか上がらず、それがもとで半年近くを棒に振ったことは前述の通りです。

第一リン酸 Na(K)H2PO4 と第二リン酸 Na(K)2HPO4 の比率を考えてみましょう。(第二リン酸)/(第一リン酸)を比べてみると、我々の方法では 2.23 倍(pH 7.1~7.2)なのに対して、論文では 4.70 倍(pH 7.4~7.5)と、第二リン酸の割合が多いです。これは M9 を作った時点で pH がすでに高めに調整されていることを意味します。このように 410mM の濃い緩衝液を作るということと、初期 pH を >7.4 と高めに調整することにより、大腸菌が溢れて pH が少し下がってきても、それが大腸菌にとって致命傷にまでは至らないのでしょう。

以上がこの論文レシピのコツだと思うのですが、著者らはまだ工夫を凝らしているようです。

どうも成長期が終わる頃に IPTG を入れる方が、結果として蛋白質が多く発現されるらしいのです。当然のように、LB/H2O では急成長しますが、それだけ早く頂点に達してしまいます。逆に M9/D2O の低温培養では成長はゆっくりで、長い時間をかけて登っていきます。普通の M9/D2O に [2H]-glucose を 2g/L 入れた場合には、OD=2.0 で早くも成長曲線が鈍り、OD=2.4 までしか登りません(これだけ登れば良いと思いますが)。一方、改良した M9 では pH がより調整されており、OD がもっと上がります。そして、誘導は OD=10 ぐらいでかけた方がよいとのことです。また、温度を 25℃ ぐらいに下げて誘導した方が、大腸菌が順調に育ち最終的な蛋白質の量が多かったそうです。よく IPTG による誘導は、大腸菌の対数増殖期のど真ん中(だいたい OD=0.5 ぐらい)でかけるべきだと教わっていましたので、これはこれで驚きです。しかし、これらの内容は発現させる蛋白質によって変わる可能性も高いですので、各自の蛋白質で少し試してみた方がよいでしょう。

さらに、適応 adaptation が必要とも書かれています。個人的にはこれはあまり寄与していないような気もするのですが。ただし、うちでも大腸菌を植え継いでいく時には、あまり急激に大腸菌密度が薄まり過ぎないように注意しています。LB から M9 へ、また H2O から D2O への適応については、昔はこまめにやっていましたが、だんだん BL21(DE3) が思っていた以上に強いことに気づき、今ではほとんど止めてしまいました。しかし、一応、著者らのプロトコールを記しておきます。

寒天プレート
 ↓ コロニー
LB 軽水 1.0 mL 37 度、3 hr
 ↓ そのうち 200 μL を
LB 重水 2.5 mL 37 度、5 hr
 ↓ 全部を(OD が 0.5~1.0 に達しているはず)
90% M9/10% LB 重水 25 mL 37 度、overnight
 ↓ 全部を(OD が 10 に達しているはず)
M9 重水 250 mL 37 度、8~10 hr
 ↓ 温度を 25 度に下げる(OD が 10 に達しているはず)
0.5 mM IPTG を加えて 25 度、20 hr
 ↓(OD が 20 に達しているはず)
集菌

この植え継ぎ法を見てみますと、軽水のコンタミ率は 200uL/250mL=0.1% 程度、LB 培地成分のコンタミ率は (2.5mL*2)/250mL=2% 程度あることが分かります。おそらく高分子量を TROSY を使って測定していくのが目的であれば、この程度のコンタミは問題とはならないでしょう。しかし、transfer-cross-saturation(TCS)や filter-NOE などを測りたい場合にはできるだけ 1H のコンタミは抑えたいところですので、この植え継ぎ法は改良した方がよいように思います。

最後に心配なことは、大腸菌はよく育ったけれども、それに反比例して大腸菌一匹あたりの発現量は落ちるという現象です。もし、グルコースの量が限られているのであれば、大腸菌は自分の兄弟を複製するのにエネルギーを使うか、あるいは遺伝子組み換えに騙されてたくさんの蛋白質を転写・翻訳してあげるのにエネルギーを使うかのどちらかを選ばざるを得なくなり、このようになることも頷けます。しかし、彼らの結果によると、そうはならなかったそうです。これも培地に 18g/L という十分な量のグルコースが入っているためでしょう。

まあ、いちど試してみることにしましょう。うまく行くのであれば、メチル基特異的標識などにも応用できそうですし。

2016年9月19日月曜日

1Ha と 1HN とのカップリング

Ad. Bax さんが Aβ や α-synuclein などの蛋白質も解析していたと知って驚きました。先日とある所で聴いた講演では、線幅のすごく細い二次元 1H-15N HSQC がでてきました。もちろん、あまり構造のとっていないフレキシブルな蛋白質で、さらに TROSY だったですが、直接測定軸にそって doublet になっており、その間隔として 3J(HNHa)-coupling を測っていました。非常にきれいに Karplus の曲線にのっており、これも驚きでした。その内容が下記の論文に書かれています。

Roche J, Ying J, and Bax A (2016) Accurate measurement of 3J(HNHα) couplings in small or disordered proteins from WATERGATE-optimized TROSY spectra. J. Biomol. NMR 64 (1), 1-7.

TROSY を使わないと FID 検出の時間 400ms の間に 15N のデカップリングパルスによってサンプルが熱をもってしまうのでしょう。この論文に紹介されている TROSY 法は重水素化していない Intrisically Disordered Proteins (IDP) などを対象としているようですが、そうでなくても 10 kDa ぐらいの蛋白質で重水素化していない時につかってもよいのではと思います。

さっそく今つかっているパルスプログラムを書き換えてみようと思いますが、しかし、測るたびに 1H の選択的パルスのパワーも精密に測らないといけなくなりますので、ちょっと面倒かもしれません。それぞれのマシンで、1H のハードパルスの長さがこれこれになった時には、shaped-pulse のパワーはこれになると表にしてまとめておけば速いのかもしれません。ちなみに自動でパワーを決めるツールがありますが(prosol などと呼ばれています)これはパルス幅とパワーとの関係がきっちりと補正されている場合にのみ有効です。しかし、使っているうちにアンプがへたってきてどんどん数年前に作った表の値からずれてきてしまいますので、定量的な実験の場合には面倒でも個々のパルスはキャリブレーションしてやるべきでしょう(あるいは、cortab をもう一度おこなう)。実際に L. E. Kay さんのグループの人が測りにきた時、すべてのパルス(グラジエントも含めて)を自分で決め直していました。後でこの機械はグラジエントのプラスとマイナスの値(オフセット)が 0.5% もずれているといって叱られましたが、このように世界的な NMR のプロはあまり自動には頼らないのかもしれません。そのため、2次元 HSQC を測るだけでパラメータ設定に3時間ぐらいを要していました。その代わり、彼らの論文に見られるように、みごとに理論式のカーブにのった測定点が得られています。今回の Bax さんの論文もそのような一つであると言えるでしょう。

この論文の Introduction には、過去にわたって種々の方法で 3J(HNHa)-coupling が測られてきたが、Karplus の式に当てはめると RMSD が 0.8 Hz を下回ることがなかったという事実が書かれています。当時は 3J(HNHa)-coupling を正確に測ることがむつかしく、これは NMR 測定の精度が悪いためであろうと信じられていました。ところが、NMR の RDC で 1HN の位置を決めてやると、0.5 Hz を下回ったそうです。ということは、これまで使っていた結晶構造における 1HN の位置があまり正しくなかったことになります。たしかに結晶構造解析では電子密度の小さい水素はあまりよく観えないため、アミド基の水素については、これが理想的にはペプチド平面上にあるものと仮定して座標を置きます。ところが実際にはこの理想的な位置から少しずれた箇所に 1HN があるのでしょう。ついつい「結晶構造解析を上回る精度を NMR で目指してもなあ。」と思ってしまい勝ちですが、そう思ってしまった時点ですでに負けてしまっているわけで、それを達成してしまう Bax さんは本当にすごいです。

当方の 1H-15N TROSY の測定でも、この論文のように Pervushin さんの ST2-PT 方式を使っています。そこには Watergate が入っているのですが、水の信号があまりうまく消えていない時があります。ここに 15N:1H の gradient-echo も追加できればよいのですが、その gradient パルスを入れる隙間がなく困ってしまいます。しかし、この論文では gradient パルスを入れるために、Watergate の中の 1H, 15N πパルスの位置関係を少しずらして工夫しています。たしかに Watergate と gradient-echo の両方を使うと、水がよく消えることでしょう。さらに water-flip-back になるように設計されていますので、高い pH でも感度はそれほど落ちません。

この Watergate では 1HN に対して 90x---180-x---90x を選択的に打っています。ここで 90° パルスは 0.6 ms@800 MHz の sine-bell shaped-pulse です。いつもより少し長めの shaped-pulse にすることによって、水だけでなく 1Ha 全体に影響が及ぶようにしています。これにより 3J(HNHa) を refocus することができます(これら3つの複合パルスの結果、1Ha は反転しないが 1HN は反転するから)。もちろん、このような面倒なことなどせずに、1HN に Reburp 選択的パルスをひとつ打てばよいと思うところですが、どうも水消しの効率が悪かったそうです。何故なのでしょう?

この測定では FID の間におこる 3J(HNHa)-coupling によって信号を doublet に分け、そしてその間隔を測っています。このような場合、FID の検出(t2)が始まる時に cos(pi*J*t2) もスタートさせる必要があります。FID スタートのさらなる以前から、つまり Watergate の時からすでに 3J(HNHa)-coupling が始まっていると、sin(+-pi*J*d)(ただし d は Watergate の全期間)が混じってきてしまいます。この位相変調は doublet の左右でそれぞれ逆符号になりますので、二つのピークが実際より狭まってか、あるいは広がって観えてしまいます(この 3J(HNHa) では、広がって見えるそうです)。したがって、カップリング係数の見積もりを過大評価してしまうことになります。よって、Watergate の 1H のパルスでは、1Ha を 90x---180-x---90x の結果として反転させないように注意することが必要です。

また、15N の化学シフトの展開の時には、1H に対して Iburp2 と 90x-210y-90x パルスを打っています。前者は 1HN に選択的に、後者は 1H 全体に広く影響を与えますので、結果として 1HN はそのまま(TROSY ですので反転させてはいけません)、aliphatic 1H は反転することになります。今回の 3J(HNHa)-coupling を決めるという目的だけでしたら BEST 法でもよいのですが、この BEST 法では aliphatic 1H はそのままにしておきます(SOFAST とほとんど同じです)。つまり、15N と aliphatic 1H はカップルしたまま 15N の化学シフトが展開することになります。しかし、アミロイド系の蛋白質をふくめ IDP の測定など、15N に対してもできるだけ細い線幅を得たいときには、今回のように aliphatic 1H もデカップルした方がよいだろうと思います。ふつうの TROSY 法を重水素化していない試料につかうと、2J(HaN), 3J(HaN), 3J(HbN) などにより、15N 次元の線幅が少し太くなってしまいます。これを IDP に使ってしまうと、スペクトルの真ん中あたりにピークが重なってしまうわけですが、今回のパルスを使うと非常に高い分解能が得られます。

大きい(重水素化していない)蛋白質で、このパルス系列により 3J(HNHa)-coupling を測ることは難しいでしょう。そもそも直接測定軸で doublet に分かれるほどに線幅は細くならないでしょうし、FID の検出の最中に 1Ha が spin-diffusion により反転してしまい、3J(HNHa)-coupling が self-decoupling したような状態になってしまいます。しかし、10-20 kDa ぐらいまででしたら、ふつうの HSQC よりもきれいなスペクトルが得られることでしょう。

なお、3J(HNHa)-coupling を測るのでなければ、FID の最中にも 3J(HNHa)-coupling を refocus できればよいのですが、それも同著者から発表されています(BASH 法)。Ying, J. et al. (2014) J. Magn. Reson. 241, 97. このようなホモ核デカップリングの手法はいろいろと出ていますが、FID の最中にπパルスもどきを打つという直接的な方法は、もう 20 年ぐらい前になされていたのを覚えています。しかし、検出した FID にノイズが走ってしまい、これは使えないなあと思ってしまいました。今のマシンですと、大丈夫なのでしょうか?

2016年8月12日金曜日

大腸菌培養の最少培地 M9 その1

前の更新からあまりに長く経ってしまいましたので、以前のが広告で隠されてしまいました。すこし更新しなければ。

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NMR で蛋白質を解析したい時には大抵の場合 15N, (13C, 2H) などの安定同位体 stable isotope で標識 label します。このように標識するには、蛋白質を大腸菌か酵母で発現 express させる必要が出てきます。もちろん、昆虫細胞や哺乳類細胞での発現でも標識はできるのですが、標識された培地の価格が高いのでなかなか手を出せません(一説によると、それほど高価でもないとも言われるのですが .... )。

ただし、大腸菌培養でも最少培地では発現量はがくんと減りますので、できるだけ高発現の培地組成を工夫したいものです。いろいろと改良を重ねてはあちこちにメモっておくのですが、今そのようなメモファイルが一杯できてしまい、いったいどれが最新版なのかが分からなくなってしまいました(別に M9 仕様に限ったことではないのですが)。そこで、更新した都度、ここに書いていくことにします。

M9 の作り方にはちょっとしたコツが要るのですが、そのほとんどは「蛋白質科学会アーカイブ」に書かれています。ここではこの内容とあまり重複しないようにしたいと思いますので、ここの文章と「蛋白質科学会アーカイブ」の文章を合わせて1つと考えてください(どちらか片方だけでは足りない?)。本当は「蛋白質科学会アーカイブ」が簡単に更新できるようになっていればよいのですが、あれは査読を経て掲載される仕組みになっていますので、更新がかなり面倒なのです。もし M9 のコツだけをしゃべったとしても、それだけで数日間は要するかもしれませんので、ここにちょっとずつ書いていこうと思います。それではお料理番組の開始です。

以下の「塩溶液 A」と「ビタミン・ミネラル溶液 B」を別々にオートクレーブにかけて滅菌します。ついつい一緒にして作りたいと思われるかもしれませんが駄目です。

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10☓ 塩溶液 A

Na2HPO4・12H2O 17.66 g
KH2PO4  3g
塩  0.5g
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ここで Na2HPO4 を探してみたけれど見つからず、ふと試薬棚の横にあった K2HPO4 を使いましたが宜しいでしょうか?駄目です。そのようなことをするとナトリウムの量が減ってカリウムの量が増えてしまいます。

それでは、KH2PO4 が見つからず、ふと上にあった K2HPO4 を使いましたが宜しいでしょうか?これも駄目です。そのようなことをすると溶液の pH がずれてしまいます。

では、Na2HPO4・12H2O が無かったので、ふと下にあった Na2HPO4 を使いましたが宜しいでしょうか?これは OK です。しかし、その時の秤量値は 17.66 g ではありません。Na2HPO4 の分子量は 141.96 g/mol、それに対して Na2HPO4・12H2O の分子量は 358.14 g/mol です。したがって、Na2HPO4 を使う時には 17.66*141.96/358.14 = 7 g 測りとらないといけないことになります。たいへん大きな違いですね。

同じように KH2PO4(136.086 g/mol)が見つからず代わりに水和水型があったとしましょう。何 g 測り取ればよいかは良い練習問題となりますので、間違えないように頑張りましょう。当然 3g よりかは多くなります。要は同じモル数になるように比例の計算をすることになります。

水和水型を使う方がよいかどうかについてです。これらの塩は吸湿性がありますので、試薬瓶の蓋を開けるとどんどん外気中の水分を吸い取って重くなってきます。そのため、もともとの水和水型を使う方がモル数はむしろ正しくなるでしょう。しかし、できるだけ培地に軽水(1H2O)を入れたくない時(perdeuteration)、この水和水の軽水も気になるところです。そこで、Na2HPO4・12H2O を 17.66 g/L 入れると、いったいどの程度の 1H2O が 1L 培地に混じってしまうのか計算してみましょう。12*17.66/358.14 = 0.59 ですので、水分子は約 0.6 M に相当します。一方、水の濃度は 1,000/18 = 55.6 M です。したがって、約 1% の軽水のコンタミになります。TROSY を使うのが目的であれば、あまり問題にはなりませんが、Transfer-cross-saturation(TCS)を使う場合にはこれは大きな障害となります。その試料で何を測定するかによって、水和水型の塩を使うかどうかに気を付けましょう。

2*17.66/358.14 + 3/136.086 + 0.5/58.44 = 129 mM これは何を計算したかといいますと、Na+, K+, Cl- などの合計濃度です。生理的食塩水が 140 mM ですので、これに近い浸透圧になるようになっています。そうでないと、大腸菌が破裂してしまいます。

また第一リン酸と第二リン酸の比率から、pH が 7.15 ぐらいになるのでしょうか?(pH の調整は不要です。)大腸菌は育てていると乳酸などを外に出しますので、培地が少し酸性に傾きます。しかし、M9 培地にはこのリン酸緩衝液が入っていますので、かなり pH が保たれます。それに少しだけアルカリ性からスタートしますので、落ちたとしても7を極端に下回ることはないでしょう。一方、普通の LB 培地ですと、酸性雨の影響などにより pH 5 ぐらいになることがあります。この場合、菌の成長はすごく悪いです。

ここまで来るのに非常に長かったですね。最後にこれを水道水 100mL に溶かしてオートクレーブします。溶けにくいかもしれませんが、オートクレーブすると溶けますので気にしないでください。なお重水素化する場合、重水で溶かした溶液をオートクレーブしてしまうと大量の軽水が蒸し器の中で混じってしまいます。したがって、フィルターで濾すことになります。その場合はしっかりと溶かしておかないといけません。コツは軽水(重水)をスタラーで回しながら少しずつ塩を加えていくことです。大量の塩の上に水をドサッと入れると塩が底で固まってしまい、溶かすのに一苦労です(重水を温めて溶かしたこともある)。

なお、軽水に限った話ですが「水道水」でなければなりません。ここでわざわざイオン交換水などを使うと、後ほど述べる微量金属 trace metal をあえて入れた場合を除いて、非常に大腸菌の成長が遅くなります。特に古〜い建物の錆びた水道管の水が良いです(笑)。もし、ミリ Q 水などを入れて菌の生えが悪かった場合には、皮肉にもそのイオン交換水製造装置が健全だということ示しています。RO 水などが飲料水としても売られていますが、本当の RO 水は無味のため美味しくないのだそうです。そこで、あえてそこに何らかの添加物(イオン?)を加えて売るのだそうです。大腸菌にとってもイオン交換水はまずくて飲めないのでしょう。

しかし、重水で溶かす場合には水道管の錆などが入りませんので、問題が生じてきます。よく重水で培養すると菌の生えが悪いと聞きます。もちろん、pH (pD), 粘性などさまざまな違いが原因なのですが、ひとつ見落としやすいミスがこの trace metal を入れ忘れることなのです。これはまた次回に述べることにしましょう。

ところで、最終的には 1L の培地にこれらの塩が入ることになりますので、100mL に溶かした時点では 10 倍濃い(10×塩溶液)ということになります。かなりしょっぱいです。

次回は「ビタミン・ミネラル溶液 B」の作成法です。

2016年6月19日日曜日

ヒスチジンタグの怪

蛋白質を早く調製するために、よく蛋白質の N-末端か C-末端に { His-His-His-His-His-His } のタグをつなげます。すると、精製がすごく楽になるのです。一般的には Immobilized metal ion affinity chromatography (IMAC) と呼ばれています。Ni-NTA カラムと呼ばれる Ni2+ イオンがキレートされたレジン(Ni2+ charged chelating resin)が売られており、これに蛋白質を流し込むと (His)6 の部分が Ni2+ にくっつくのです。「Ni-NTA」で画像検索すると、その仕組みが描かれたサイトがたくさん出てきます。後でイミダゾールを流すと、蛋白質が Ni2+ から外れて溶出してきます。イミダゾールはヒスチジンの側鎖部分のような物質ですので、Ni2+ が蛋白質の (His)6 との相互作用をやめて、大量に流し込まれたイミダゾールに鞍替えすると考えればよいでしょうか?あるいは、大量のイミダゾールが Ni2+ に付くので、(His)6 は競合的に負けて流れ落ちてしまうと考えてもよいでしょう。

しかし、先週この「His-タグ」が信じられないような悪さをしてしまったのです。まずは、それ程たいしたことのない経験から。

ある蛋白質を Ni-NTA カラムクロマトグラフィーにかけ、それを溶出した後に His-tag を切ろうと thrombin を加えましたが、何日たっても一向にタグが切れませんでした。溶液は透明なままで沈殿が起こっていたわけではありません。しかし、もしやと思い、そこに EDTA を入れてみると途端に 30 分以内にタグがきれいに切れてしまいました。おそらく、複数の蛋白質の His-tag が少しの金属イオン(おそらく Ni-NTA から漏れ出たニッケルイオン)を奪い合って凝集していたのでしょう。ちょうど繁華街に百万円の札束を何十束とばらまいたような状況になりました。一束に何人もが群がり集まるような有様です(例え悪すぎ?)。それが沈殿になればすぐに分かったのでしょうが、たまたま親水面を外側表面に向けてニッケルイオンを覆い包み、まるでミセルのような凝集体構造をとっていたため、溶液が透明のままだったのではないかと思います。

似たような話が次の論文にも載っていました。

Hom, L.G. et al. (1998) Nickel-induced oligomerization of proteins containing 10-histidine tags. BioTechniques 25, 20-22.

His-tag がどうも可逆的な凝集を引き起こしているらしいことは、上記の論文にも載っています。著者らは普通の (His)6-tag の親和性があまり高くないので、(His)10-tag に換えました。すると、溶出した溶液に EDTA を入れた場合には蛋白質が単量体になり、10 mM の Ni2+ を入れた場合には凝集したのだそうです。1% SDS, 6 M urea, 10 mM DTT などをそれぞれ入れても、また1分ほど熱しても凝集をほどくことができなかったようです(目的蛋白質は unfold した状態なので、その蛋白質の配列そのものが凝集を引き起こしているわけではない)。著者らは、Ni-NTA カラムを使うと、少しはニッケルイオンが外れて試料といっしょに漏れ出てきてしまい、それがクロスリンク的な凝集を引き起こす可能性があると書いています。

したがって、Ni-NTA カラムから溶出してきた試料にはすぐに EDTA を入れることが重要です。その EDTA-金属錯体は、その後にゲル濾過、限外濾過、透析などで取り除くことができるでしょう。

蛋白質分解酵素(protease)の中には Ca2+, Zn2+ のような金属イオンが必須のものがあります。EDTA は金属イオンを奪い取りますので、しばしば不純物のプロテアーゼを失活させる目的で EDTA を常に入れておく場合があります。また、Ni2+ などの金属イオンはある条件下でペプチド結合を切ってしまいますので、それを防ぐためにも EDTA は入れておいた方がよいでしょう。しかし、His-tag を切るためのプロテアーゼにそのような金属プロテアーゼを選ばないようにしないといけません。少なくとも thrombin や PreScission pretease (HRV3C) は EDTA 存在下でも大丈夫です。

ここまではよくある話なのですが、先日 His-tag なしの遺伝子構成で発現させると凝集がなくなるということが起こりました。この蛋白質は His-tag ありなしに関わらずよく溶けました。沈殿も起こりません。ところが、His-tag ありの方ではゲル濾過で理想よりも高分子量側に広い範囲で溶出し、NMR で測定するといかにも凝集していそうなスペクトルなのです。また、いくら EDTA を入れても回復しませんでした。当然、His-tag を切断するためのプロテアーゼも換えました。そして、ちゃんと His-tag は切断除去されますので、His-tag 部分が蛋白質の fold に巻き込まれていたわけでもなさそうです。しかし、それでも凝集は防げませんでした。1年以上あれやこれやとさまざまな方法を試したのですが(それでもう万策尽きて、最後にまさかと思いながら遺伝子上で His-tag 除去に踏み切ったという次第)、それらの結果をまとめると、どうも大腸菌での翻訳過程で N-末端につけた His-tag がその folding に悪さをしており、出来損なえの(しかし、一応はちゃんと溶ける)蛋白質を作り出したとしか思えないような状況なのです。そういえば、C-末端側に His-tag を付け替えることをしませんでした。これを試せばもっとよく分かったかもしれません。

実はこの蛋白質は同種多量体(homo-multimer)なのです。すると、個々のサブユニットがちゃんと fold してから多量体として集まるのか、それとも、unfold した状態のサブユニットが集まって来て、個々のサブユニットの3次構造と多量体としての4次構造が同時に作られていくのかがよく分かりません。もしかすると、人工的な His-tag が金属を奪い合った結果、個々のサブユニットがちゃんと fold する前に複数のサブユニットが集まってしまったのかもしれません。すると、ドメインスワップのような状況が起こり得ます。つまり、隣どうしのサブユニットで自と他の区別がつかなくなり、間違えて他のサブユニットを自の方に巻き込んで fold してしまうのです。

そういえば数年前にすでに痛い目にあっていたことを思い出しました。それはカルシウム結合蛋白質だったのです。ヒスタグを切断するのが面倒で、そのまま NMR で測定しました。すると、すごく変なスペクトルなのです。溶液の中に EDTA を入れると、もちろん Ca2+ が蛋白質から外れてしまいますので、入れるわけにはいきません。これも、His-tag を通して凝集が起こっていたのでしょう。そして、His-tag をちゃんとプロテアーゼで切断してやると、きれいなスペクトルに大変身しました。

ヒスチジンタグ法は、あまり精製度はよくありませんが、簡単でたんへん効率も高く、また小さいのでいざとなれば切り取らずに付けたままでいろいろな生化学的実験もできる場合があります。さらに、塩酸グアニジンや尿素で変性させた状態でもカラムにつけることができます。しかし、少なくとも金属の混入には気をつけて、EDTA を 0.5~1.0 mM ほど入れておくようにしましょう(もちろん、カラムからの溶出の後です)。また、N-末端と C-末端のそれぞれに付けてみて、同じ挙動を示すかどうかを見ておくとよいかもしれません。これらは昔から言われ続けてきたことなのですが、最近の便利さについ甘えてしまい怠ってしまいました。現代科学をもってしても、これらを前もって正しくシミュレーション計算することは難しいのでしょう。

2016年6月1日水曜日

欲張らない方がかえって敏感に

同種多量体(homo-multimer)の蛋白質には同じ種類のリガンド(あるいは基質)が負の協同性(negative cooperativity)を示しながら相互作用していくことがあります。これについて、「いったいそれが生物にとって何の意味をもっているのか?」がよく議論され問われます。今のところ数説ほどがよく知られていますが、もう一つ発表されましたのでご紹介します。

Ha SH, Ferrell JE Jr. (2016) Thresholds and ultrasensitivity from negative cooperativity. Science 352 (6288), 990-993.

ここで同種2量体(dimer)を考えてみます。それぞれのサブユニットに同じリガンドが一つずつ付いていきます。もし、2個目のリガンドが1個目のリガンドよりも強くつくのであれば、その2量体は「正の協同性」をもっていることになります。逆の場合は「負の協同性」です。しかし、ここで触れた協同性とは「リガンドがどのぐらい強くサブユニットに引っ付くか(affinity)」についてであり、「そのリガンドがついたサブユニットが活性をもつかどうか(activity)」については一言も触れてはいません。リガンドが付いていても活性がないというパターンもありえます。そこで、次のように考えることもできます。

(モデル1)片方のサブユニットにリガンドがつけば、そのサブユニットは活性をもつが、もう一方の空のサブユニットは不活性のままでいる。

(モデル2)片方のサブユニットにリガンドがついた状態では両方ともまだ不活性のままである。2個目のサブユニットにもリガンドがついて初めて両方が活性をもつ。

MWC モデルや KNF モデルは、T 構造(リガンドがつきにくい構造)と R 構造(リガンドがつきやすい構造)との間の交換について仮定されています。しかし、この R 構造にも2種類あって活性型 R 構造(R*a)と不活性型 R 構造(Ri, R*i)(* はリガンド)を想定すればよいのでしょうか?モデル2では R*i の存在を認め、かつ R*a は必ず全てのサブユニットで対称形でなければならないと規定してしまえばよいことになるのでしょうか?

ここで Hill 係数を求めてみましょう。ここでの Hill 係数はリガンドの親和性ではなく、あくまで活性がリガンドの濃度に対してどのように変わるかにもとづいて計算されていますので、モデル2では「R*a は対称形でなければならない」という制限が効いてきます。これは構造交換でいうところの MWC モデルの制限(R, T 構造は分子内で対称性をもたないといけない)とそっくりです。そのため、モデル2の Hill 係数はたとえ負の協同性であっても1を下回りません。

よく解離定数 Kd を計算する際に Kd = [protein]f * [ligand]f / [complex] のような比をとりますが、この添え字の f は free の f でして、この点によく注意しないといけません。この場合、[ligand]total = [ligand]f + [complex] となります。大抵の場合、リガンドの数は蛋白質の数を大きく上回っているので、[ligand]f のところに間違えて [ligand]total を使ってしまったとしてもあまり問題はありません。実際の実験では蛋白質に対して大過剰のリガンド(基質)を加えることにより、[ligand]total を使って解析したりもします。しかし、リガンドの数が非常に少なく、蛋白質の数と同じか、あるいはそれよりも少なめであればどうなるのでしょうか?

この [ligand]total を故意にもちい、さらに [ligand]total と [complex] を同じぐらいの数値に設定すれば、驚くべき事が見えてくることに全く気づきませんでした。目からウロコです(何度もプログラミングしているのに、なぜ一度でも計算してみようと思わなかったのか?)。もし、これが本当に起こっていることだとすると、生物の代謝や信号伝達の制御は(あの解糖系でさえ)思っている以上に精巧で複雑なのかもしれません。

もし、リガンドのモル数が(蛋白質 × サブユニット数)のモル数より少なく、親和性が非常に高い場合を考えてみます。ここにリガンドを少しずつ加えていきます。リガンドの親和性について正の協同性がある場合、片方のサブユニットだけにリガンドが付いていくよりも早く2個目のサブユニットにもリガンドが付き始めます。つまり、片方だけにリガンドが付いたような二量体が非常に少なく、2つともリガンドがついた2量体が滴定するにしたがって増えていきます。一方、負の協同性がある場合には、ほとんど全ての二量体で片方のサブユニットにリガンドが付き終わって初めて2個目のサブユニットにもリガンドが付き始めることでしょう。ここで(モデル1)のような2量体であれば、とにかくリガンドが付いたサブユニットは隣のサブユニットにリガンドが付いているか(R*a-R*a)あるいは、いないか(R*a-Ri, R*a-T)に関わらず活性をもちますので、協同性が正であっても負であっても活性は同じように上がっていくのです。リガンドが少ない時には正負の協同性の区別が消えてしまうとも言えます。

一方(モデル2)においては同じような状況でも結果はかなり違ってきます。まず、負の協同性です。ほとんど全ての2量体で片方のサブユニットにリガンドが付き終わるまでは活性がありません(R*i-Ri, R*i-T)。この時のリガンドの総モル数は、結合サイトの総モル数の半分です。この量がしきい値となり、この閾値にリガンドの濃度が達するまでは活性が出てこないといった緩衝効果が出てきます。ところが、さらにリガンドが入り始めると急に2つのサブユニットがともに満たされた2量体(R*a-R*a)が生まれ活性が出てくるのです。逆に正の協同性では二つともリガンドで満たされた2量体(R*a-R*a)が滴定のはじめの段階ですでに生じはじめます。親和性が高い場合には、片方だけリガンドが付いたような蛋白質(R*i-Ri, R*i-T)はほとんど存在せず、あるのは二つともリガンドがついた活性体(R*a-R*a)ということになります。よって、急に活性が上がるというよりかは最初からじわじわと、加えたリガンドの量に比例して活性が上がり続けることになります。活性のスィッチイングの on/off が急に切り替わるのは正の協同性の方だと思い込んでいましたが、それはリガンドがあり余るほど多量にある時の話でした。リガンドの総モル数が結合サイトの総モル数よりも少ない場合には、逆に負の協同性の方がスィッチイングの切り替えが急激になるのです。以上は親和性が極めて高い場合を考えましたが、親和性が低くなると結果はリガンドが多量にある状況と似てきます。

また、逆にリガンドではなくて、蛋白質の方を滴定していっても興味深い結果となります。モデル2で正の協同性の場合、蛋白質を増やすにつれてそれに比例するように2つのリガンドで満たされた二量体が生じてきます。そして、蛋白質が過剰になり始めても依然としてそれら二量体が存在し続けます。あまりに蛋白質があり過ぎると、リガンドが一つしか付いていない二量体も生まれ始めますので、活性は少しずつ下がってきます。一方、モデル2で負の協同性の場合、すべての二量体がリガンド2つずつで満たされるまでは、先ほどの正の協同性の場合と同じです。ところが蛋白質が過剰になり始めると、2個目の相互作用は弱いのですからどんどんリガンドが1個しか付いていない2量体が生じてきます。ちょうどリガンドがまったく付いていないような2量体を無くそうとします。この1リガンドの2量体には活性がありませんので、結果として2量体のモル数がリガンドのモル数と同じになる頃には(R*i-Ri, R*i-T)ばかりになってしまい、早くも活性がほとんど無くなってしまうのです。

このようにリガンドの総モル数が多量体上の結合サイトの総数に比べて少ない時には、負の協同性の方がスィッチングの役割を果たすという結果になりました。実際に DNA をつかって結果がこの通りになることが示されています。

まとめます。次のような条件の時、蛋白質(たとえば受容体)はリガンド(または基質など)の濃度の変化に対して極端に応答し、まるでスィッチを on/off したかのように振る舞います。リガンドがある濃度に達するまではほとんど活性がないような off の状態にあり、リガンドがその閾値の濃度を超えた途端に活性がいきなり on になります。

1)蛋白質は homo-multimer であり、各サブユニットに一つずつの同じ種類のリガンドがつく。

2)その同種多量体の蛋白質は、リガンドの親和性に対して負の協同性をもっている。

3)最初のリガンドに対してはかなり強い親和性をもっている。

4)多量体の中のサブユニットすべてがリガンドで満たされて初めて活性がでる(厳密には全てである必要はないが、少なくとも2つのサブユニットにリガンドが付いている必要はあるでしょう)。

5)リガンドの総モル数が(多量体分子 × サブユニット数)の総モル数(つまり、リガンド結合サイトの総モル数)に比べて少ない。

(Supplement の p.4, Eq. 10 の最後の項はおそらくミスで、正しくは +2 R2 tot でしょう。)