2015年8月10日月曜日

クマムシも絶賛

ヒョンな事から高校生に NMR を教えることになりました。ここに限らず数年前よりこのような公開行事が年に何回か行われるようになってきています。昔は何処でも応募が少なかったのですが、だんだんとこのような行事が知れ渡るようになりました。今回は定員 40 名のところにすでに応募数が 60 名を超えてしまい、急いで締め切らないといけないような人気です。

いちおう半年ほど前からいろいろと対策は組んではいたものの、だんだんと期日が近づくにつれて具体的な分刻みのスケジュールを検討しはじめました。最初は「見かけは同じ「コカ・コーラ」と「コカ・コーラ ゼロ」を NMR で区別してみよう!」などというテーマを考えていました(これで実習全体の 1/9 量に相当)。前者には蔗糖(いわゆるお砂糖)が大量に入っているのに対して、後者では人工甘味料「アルパルテーム」が入っているはずだと考えたのです。アスパルテームは、Asp-Phe-methyl という構造ですので、いわゆるお得意のペプチドです。一方、蔗糖は糖類ですので、両者の NMR スペクトルは大きく違うはずで「見かけは似ていても NMR スペクトルではこんなにも違う!」というところを自慢したかったわけです。

ところが、「コカ・コーラ ゼロ」の HP を見てみますと、アスパルテームは入っておらず、代わりに「スクラロース」という物質が入っています(スクロースに「ラ」が入っただけ?)。これは蔗糖のある -OH 基3つを -Cl に換えただけなのです。しかし、砂糖の 600 倍も甘く、体内に吸収されない(なので、カロリー0)なのだとか。また機会と機械があれば測ってみたいところなのですが、とりあえず「これでは区別があまり付かないだろう」とのことで、せっかく土日を潰してまで立てた計画は却下に。

コーヒーでも飲みながら、これは困ったものだといろいろ考えていたところ、ふと「コーヒーに入れる牛乳と「コーヒーフレッシュ」は同じなのだろうか?それともかなり違うのだろうか?見かけは同じだけど」という事になりました。

さっそく、それぞれにロック用の D2O を少し加え、1次元スペクトルを測定。結果「ん?パッとスペクトルを見た感じでは、さほど変わらない?これでは高校生対象の実習に使えないではないか」と焦りが出始めました。他の3人はもう3週間も前から仕事そっちのけで実習の予行を夜中まで試しており、光る大腸菌まで出来上がってもうカリキュラムもかなり充実してきています。それに比べて私の方はまだ試料選定の段階でもたついている ... 。仕方がないので、1H-13C 二次元 HSQC スペクトルを測ってみました。濃度が濃いだけあって 13C natural abundance であっても結構みえます。

1次元スペクトルではあまり区別がつかなかったのですが、さすがに2次元に展開すると、ちょっと差が見えてきました。「これなら使えるかも」とちょっと胸をなでおろす ... 。嬉しいことに BMRB にはさまざまな糖の化学シフト値も登録されています(蛋白質だけかと思っていました。スペクトルまで載っていてまことに感謝)。これと見比べていくと、牛乳には当然のことながら「乳糖(ラクトース)」が含まれていることが分かりました(下痢の原因ですね)。ラクトースは「ガラクトース」と「グルコース」がくっついた2糖ですので、2次元スペクトルにピークがたくさん(2種類の糖分)出てきます。一方、職場内のコンビニで急いで買ってきた「コーヒーフレッシュ」のスペクトルではピークの数がちょっと少なめです。BMRB で調べていくと、これは「トレハロース」のピークとぴったり一致しました。ためしに某社の HP をみてみると、確かにトレハロースが載っていました。トレハロースって、もしかしてあの「クマムシ」も持っている糖?浄水場でも大活躍しているのだとか。このトレハロースを体内に蓄えて、乾いた地でも(いつか水がやってくるまで)睡眠するのだそうです。



トレハロースはグルコース2つが対称的にくっついて出来ていますので、NMR ではピークがぴったりと重なり単純になります(1種類の糖分)。この後で1次元スペクトルに戻ってよく見てみると、1次元でもある程度は区別がつくことが分かりました。しかし、2次元は文句なしに強力です。

一方、乳脂肪のピークを見てみますと、ここはほとんど同じでした。非常に乱暴な言い方をしますと「コーヒーフレッシュ」は牛乳から作られているわけではなく、サラダ油に洗剤を加えて攪拌した製品なのです。ですので、冷蔵庫に入れなくてもすぐには腐りません(先週、コーヒーに牛乳を入れようと、1L パックを傾けると、中からヨーグルトがドサッと出てきて、コーヒーがバシャッと全部こぼれてしまいました。もちろん、悪玉菌が作成したヨーグルトです)。しかし、その割にはよく似たスペクトルだと感心してしまいました。また、面白いことに「コーヒーフレッシュ」のスペクトルの敷居値を下げていくと、乳糖のピークが少し見えてくるのです(ここの図ではあまり見えませんが)。つまり、ほんの微量ですが乳糖が含まれています。工場でちょっとだけ牛乳成分を加えた時に、いっしょに混入してしまったのでしょうか?もちろん、超微量ですので、これで下痢をすることはあり得ません。

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