2017年7月24日月曜日

重水素デカップリング

重水素デカップリング?「何を今さら」という感じでしょうが、つい数週間まで重水素デカップリング deuterate-decoupling がうまく行かずに悩んでいました。重水素デカップリングは、2H, 13C, 15N などで標識した蛋白質で、HNCACB などの3次元4次元スペクトルを測定する時に使います。この重水素デカップリングをしないと、13Ca, 13Cb などの横磁化が「第二種のスカラー緩和 scalar relaxation of the 2nd kind」という変な名前の機構で速く緩和してしまうのです。非常に簡単に書きますと、13C に結合している 2H の縦緩和がそこそこ速く、この T1 緩和によって 2H のスピン状態が変化してしまいます(スピン量子数 1/2 のスピンならば、スピンの上向き(α)と下向き(β)が速く入れ替わると表現できるのですが)。一方 13C は 2H と 1J(CD)-coupling しているものですから、その(J-coupling で split した)3重線が速く入れ替わってしまいブロード化してしまうのです。解決法は、そのなまじっか速めの交換をもっと速くしてやることです。つまり、2H に 180° パルスを連続的に当てて(Waltz なでも OK)、2H のスピン状態をもっと高速に入れ替えてやります。すると、13C の三重線も高速に入れ替わるので、真ん中の共鳴位置にうまく平均化されシャープになります。ちょうど多重線の間の intermediate-exchange を fast-exchange にあえて変えてやるのに似ています。

もう 25 年も前にごく普通に毎日のように測定していたのに、何故いま頃?と思われるかもしれません。実は、この問題に気付いたのは、もうかれこれ8年ほど前です。磁石が 800, 950 MHz と大きくなってくると、1日に蒸発するヘリウムの量も多くなってきます。すると、その中にある超電導コイルの位置もほんの少し(ミクロン単位?)ずれてきてしまうそうです。液体ヘリウムや液体窒素が蒸発することによって、磁石そのものがほんの少し傾くのか、それとも浮力の大きさなどが変わってきて超電導コイルが傾くのかはよく知りません(小さめの磁石では超電導コイルが(水面ではなく)He 面より上に出てしまうことはよくあります。しかし、pumping-magnet では常に浸っているはずなのですが)。とにかく、そのような何かしらの理由により、z1 あたりのシム値が1日でかなりずれてしまいます。500, 600 MHz 級ですと、この問題はほとんど起きません。さらに、地球の自転によってもシム値が少しずれるのです。12 時間後にちょっとシムが落ちているなあと思っていても、24 時間経つと回復していたりもします。そこで、このような測定中のシムの悪化を防ぐために、3日間ぐらいの測定の最中ずっと自動シム autoshim をかけっ放しにしています。これがうまく働くと、シム値はほとんど下がらずに3日後に無事に測定が終わります。今どきクライオプローブで三次元に3日間も時間をかけていては笑われてしまいそうですが、実際 10 μM ぐらいで分子量が 100k を超え、さらに構造交換が起こっていたりすると、3日間かけても期待の半分ぐらいの数のピークしか観えず、HNCOCACB-TROSY at 293K なんてどんなに頑張っても(頑張るのは機械の方ですが)何も観えないのです(厳密にはこれは嘘。Asn, Gln の側鎖だけ 13Ca と13Cb が逆さになって観えます)。

その autoshim 機能なのですが、しばしば初日はちゃんと機能しているのに、2日目のある時点でシムを良くさせるどころか、逆にこれほど悪いシムは見たことがないだろうという程にまで逆に機能してしまうことがあるのです。「もう本当にどうしてしまったの?とうとう壊れたの?」と首をかしげ、直後にうなだれてしまいます。ロック画面には常に重水信号のピークトップが示されているのですが、それが画面の底辺をうにょうにょと這っている状態にしばしば遭遇します。もうそうなると測定は最初からやり直しです。ただし、これまでただ指をくわえて眺めていたわけではなく、いろいろと対策を試みてきました。たとえば、autoshim を何秒に一回作動させるかの interval をいろいろ(1-8 sec)と変えてみる、標準パルスプログラムの重水素デカップリングの on/off 切り替え時間 4usを 30us に延ばしてみる、lock-hold on/off の時間を変えてみる、あるいはその命令の場所を変えてみる、元旦であろうが年中無休で監視に行き、測定の最中に数時間かけて手でシムを少しずつ上げる etc. 結果はというと、少しだけ良くなったりしました。しかし、依然、測定が最後までちゃんと行くかどうかは画面の前で両掌を合わせて拝むしか無かったのです。ただし、8年もこのような事と戦っていると、そのうち先方の癖に気づき始めました。まったく同じ測定をやり直すと、およそ同じ個所まで進んだ時点で落ちるのです。これは何を意味しているのかといいますと、パルスプログラムの中の重水素デカップリングの長さと、autoshim の on/off とが、あるタイミングで変な干渉をし、それがある一定時間継続した時に autoshim は豹変して裏切りを始めるということです。確かに、もし autoshim がいつも 2H-decoupling の真最中に作動してしまうようなタイミングにぶつかれば、シムを良い方向に動かすことは不可能になってしまうでしょう。もし、autoshim の on/off がパルスプログラムの中の命令で制御できれば、この問題はすぐに解決です。しかし、両者は別々の系統で制御されているのでしょう。パルスプログラムでは、t1, t2 などが increment されていきますので、2H-decoupling の長さについてもある周期性をもっています。一方 autoshim の方もこれは一定の周期性をもっています。これがあるタイミングで変なぶつかり合いをした時に暴走が始まるようなのです。

そこで思ったのは、パルスプログラムの周期性をめちゃめちゃにしてしまえば?ということでした。これは実は nonuniform-sampling, NUS を使えば簡単にできてしまいます。今まで NUS をあまり使わなかったのですが、最近 NMRPipe-IST や Smile(両者は別物です)があまりにうまく働くので重宝しています。そして、2H-decoupling の測定に NUS を使うと、これが何とこけないのです。今のところ成功率 100%!(autoshim の interval 7 sec, z1 +-2)。おそらく変なタイミングで干渉が起こっても、それが規則的に継続するわけではないので、すぐに autoshim が良い方向に向けられるのでしょう。このような理由で NUS を使うというのも変な話なのですが。まあ、なんとも長い闘いでした。2H-decoupling で悩まれている方は是非お試しください。

2017年6月28日水曜日

T1 noise の消し方

二次元 NOESY などのスペクトルをとると、どんなに注意していても縦方向に筋が走り、スペクトルが汚くなってしまいます。これを t1 ノイズと呼びますが、それが起こる原因にはいろいろあります。下に紹介する論文は、これも一因だろうなと長らく思っていたことをずばりと証明してくれています。

Mo, H., Harwood, J.S., Yang, D., and Post, C.B. (2017) A simple method for NMR t1 noise suppression. J. Magn. Reson. 276, 43-250. doi: 10.1016/j.jmr.2016.12.014.

t1 ノイズはメチル基などもともと大きな対角 diagonal ピークに対して縦 w1 方向に(縦筋のように)出ます。ということは、何かしらの原因によって長い測定の間にメチル基などのピーク強度が変動し、それを t1 方向に沿ってフーリエ変換すると t1 noise になったことが分かります。そして、対角ピークを中心として上下に対称的にでる傾向があります。そのため、対角ピークに対して平行に(斜めに)筋が走っているように見えることもしばしばです。これは t1 increment が進む際に、強度がちょっと周期的に揺れたことを示しています。

積算回数を 64 にする代わりに 8 に減らして、同じスペクトルを 8 回とります。そして、それらを後で足し合わせます。合計時間は同じです。すると、面白いことに t1 ノイズが激減するそうです。なお、当然のように random-noise の大きさは両者で同じです。位相回しが許すのであれば、これは良い方法でしょう。この結果から t1 noise は完全にランダムに起こるとは言い切れなくなります。8個のスペクトルの間になんらかの相関があり、足し合わせた時にお互いにキャンセルし合うような効果があるのでしょう(もし完全にランダムであれば、ns=64 も ns=8 で 8 枚を足し合わせるのも同じ S/N 比になるはずです)。また、一つのスペクトルをとるのに必要な時間が短い方が t1 noise が小さくなります。w1 軸に沿って見た時に、対角ピークや交差ピークの分解能は同じであるが、t1 ノイズの分解能は(測定時間が短い分)劣化しているということです(w1 軸に沿って t1 noise にのみ broadening が起きている)。したがって、ns=8 の個々のスペクトルはすでに t1 noise が小さいのでしょう。

t1 noise の主な原因として測定中の温度が微かにずれることが挙げられています。ただし、分光器の温度表示を見る限りでは、これを見破ることは簡単ではありません。実際にサンプルの中の 0.02 度程度の温度の変化が、対角ピークに対して 1% もの大きさの t1 noise を引き起こすのです。この温度の変化によって、t1 noise も8個のスペクトルで異なった出方をします(足し合わせても累積しない)。また、一つのスペクトルを測定するのに要する時間が短いと、例えば昼夜の温度変化といった周期性が出にくくなり、それゆえに t1 noise も小さくなるのかと思われます。ns=64 の測定では 20 hr かかっていますので、温度変化にもそれなりの周期性が出てきてしまいますが、ns=8 の場合はたったの 2.5 hr ですので、そのような短い時間でみれば測定温度は一定で安定していると考えてよいのでしょう(途中で誰かがドアを開けて木枯らしを入れたりしなければですが)。

論文によると、ずっと軽水のピークを監視し続けても、その共鳴位置はあまり動かなかったが、DSS のピークはランダムに動いたそうです。これは監視している最中に温度が変化したためです。何故それでも軽水のピークが動かなかったかというと、重水にロックがかけられていたためでしょう。温度が変わると軽水の共鳴値は激変するのですが、重水もまったく同じ ppm 値で変わります。したがって、重水と軽水の共鳴値は平行して(同期して)変動するため、D2O ロックによって常に補正されているスペクトルでは軽水のピークはまるで止まっているかのように観えるのです。逆に動いていないはずの DSS のピークは動いてみえます。ガタガタ揺れる自動車に乗っていると、外の景色がたががた揺れているように見えますが、車内のハンドルは止まって見えるのと似ています。

この原因解明の論文はこれが初めてというわけでもなく、確か Wuethrich さんの論文にも載っていました。そこには昼と夜とで周期的に温度が上がったり下がったりすると、いわゆる 24hr 周期の変動(cos(w*t1) において w = 1/24 /hr)が載ると書かれています。これを t1 方向でフーリエ変換すると、w1 軸に沿って上下対称に(計算通りの位置に)ノイズが出ます(cos をフーリエ変換すると、同符号のピークが両脇に出ます)。実際にやってみると、きれいな筋が2本対角ピークに沿って斜めに走ります。Wuethrich さんが「ほら、俺の言った通りになったろう。NMR を入れるときには、部屋の設計からちゃんとしないといけないんだ!」と叱られたことが昨日のことのようです。しかし、空調を厳密に調整すると、冷暖房費が恐ろしく上がるんですよねえ。何しろ、冷房と暖房を同時に入れて温度を微調整するものですから。磁石の下に扇風機を置くと、かなり緩和されます。でも、くれぐれも吸いつかれないように。

短いスペクトルをたくさん取ると効率が良いことは確かですが、位相回しを完結できなくなることは残念です。三次元測定などの場合は、それでなくてもすでに必要な位相回しの数が実現できる ns をはるかに上回っている状態です。グラジエントを入れることによって、かなりの位相回しを省くことはできますが、それでも三次元スペクトルには、訳の分からないアーティファクトが出てきます。しかし、ns=128, 256 などを入れるのであれば、複数回おなじスペクトルを測って、足し算する方がよいでしょう。ロックを掛けなおしたり、チューニングを触らなければ、FID の位相もきっと同じですので、時間データで足し合わせることができるでしょう。運悪く位相がずれてしまった場合でも、それは0次だけだと思いますので、時間軸データの上で位相を0次補正してから足し合わせるとよいでしょう(sin データと cos データの分配比率を変えることを意味します)。なお、S/N 比の極端に異なる二つのスペクトルをそのまま足し合わせてはいけません。試してみると気づきますが(ということは、すでに苦い経験あり)、足し合わされたスペクトルは逆に劣化します。この場合は、ノイズの大きさが同じになるように規格化してから足すとよいかもしれません。

2017年5月19日金曜日

エリスロース?エリトロース?

蛋白質の芳香環のダイナミクスが解析できると、その蛋白質の大きめの運動、例えば breathing motion 等なかなか面白い現象につなげることができます。ところが、芳香環の中の 13C-13C 結合にある 1J-coupling が強く、これがしばしば 13C-spin の R2 緩和解析を邪魔してしまいます(横緩和測定のための CPMG 時間の間に cos[πJt] が2重にかかってきます)。そこで、13C を代わる代わる(つまり、1個飛ばしに alternating label)導入することができれば、この 1J-coupling の問題をかなり和らげることができるでしょう。横緩和速度の測定だけではなく、普通の NOESY-13C-HSQC などの測定でも、13C-13C 1J-coupling を無くすことができれば、ピークが多分裂しないのでシャープでかなりきれいになるはずです(二次元スペクトルを 13C constant time で測ったり、今だに natural-abundance 13C で測るのは、この 13C-13C 1J-coupling による split を避けるためです)。

これまでに発表されてきた中でもっとも良い方法は、もちろん SAIL を使うことです。まだ δ1 だけを標識して δ2 は標識しないといった左右非対称の芳香環を作るという究極にまでは至ってはいませんが、δ と ε のどちらかを選択的に標識できる点では最高級です。さらに、13C/1H と 12C/2H など水素核の標識の位置についてもきっちりと区別できます。

次の代替案は [1-13C]-glucose, [2-13C]-glucose を培地に入れることでしょうか?これは、13Ca, 13Cb, 13Co を別々に標識するのにも使われています。しかし、ブドウ糖は解糖系で炭素3つずつに分断されてしまいますので、1 or 2 位の 13C を含んだ方の3炭素骨格は標識された前駆体として有効に使われるものの、残り半分の3炭素骨格は非標識として使われてしまいます。したがって、標識率は 50% を超えることができません。

その他には、4-13C erythrose と重水素化ピルビン酸を使う方法もあるようです。まだ詳細は見ていないのですが、確かにエリトロースはシキミ酸合成経路に入っていくようです。シキミ酸は芳香環の前駆体でして、シキミ酸を使って芳香環だけを標識するという方法も伊藤先生から発表されていました(Rajesh, S. et al. (2003) J. Biomol. NMR 27, 81.)。

Weininger, U. (2017) Site-selective 13C labeling of proteins using erythrose. J. Biomol. NMR 67, 191-200 (doi: 10.1007/s10858-017-0096-7).

さて、この論文では、[13C]-エリトロース(1-2 g/L)と非標識のブドウ糖(2 g/L)を混ぜて芳香環を選択的標識する方法を紹介しています。4つの炭素がそれぞれ 13C で一つずつ標識されているエリトロースを使うのですが、その 13C 標識の位置によって価格がかなり異なるようです。Materials & Methods に単価まで書かれた論文は珍しいですね。もっとも高い [3-13C]-erythrose は 3,400 euro と書かれています。Google に「3400ユーロは何円?」と話し掛けると「42.4... 万円」となんの躊躇もなく冷たい声で返ってきました。これを培地 1L に 1~2g 入れ、他にもさまざまなバリエーションの [1-13C]-, [2-13C]-erythrose, [1-13C]-glucose, [2-13C]-glucose などで培養するとなると、なかなかの経費(云百万円?)になります。もっとも [3-13C]-erythrose を入れると Tyr と Phe の ε の位置に 13C が入るのですが、これは [1-13C]-erythrose(450 ユーロと、先ほどのと比べると安い)でも代用できます。[1-13C]-erythrose と [2-13C]-erythrose は([3-13C]-, [4-13C]-erythrose とは違って)スクランブルも無かったとのことです。[2-13C]-erythrose を使うと ζ の位置が 13C で標識されますので、これは貴重です。ζ の位置は北極星のようなもので、χ2 軸まわりで芳香環が回転しても 13Cζ-1Hζ 軸が動きません(回転軸そのものですので)。よって、ζ と ε 位置の 13C の緩和を比べると、χ1 軸か χ2 軸周りのどちらの回転が関連しているのかを区別できます。なお、このような標識試薬の前駆体は IPTG を入れる直前(1時間程前)に加えることが多いようですが、エリトロースの場合は最初から入れておいてもスクランブルはあまり無かったようです。

[1-13C]-glucose と [2-13C]-erythrose を同じ培地に同時に入れる方法も紹介されています。すると、だいたいの標識箇所は両者の合算となります。[2-13C]-erythrose からは Phe, Tyr の ζ が標識されますが、δ は駄目です。しかし、[1-13C]-glucose が入っているので、そこから δ は標識されます。中には Trp ε3 のように標識の効率が下がってしまう箇所も出てきます。ここは [1-13C]-glucose から erythrose-4-phosphate を経由して標識されるはずなのですが、そこに [2-13C]-erythrose が入り込んできてしまうので、ε3 の 13C が薄まってしまうのでしょう。

[1-13C]-glucose だけを使うと Tyr, Phe の二つの δ はどのように 13C-標識されるのでしょう?1つの芳香環の中の二つの δ は、別々の原料からやってきますので、13C/13C, 13C/12C, 12C/12C が 1:2:1 の比率になるのでしょうか?ところが [4-13C]-erythrose を使うと δ のどちらか一方だけが標識されるように見えます。しかし、実際には [4-13C]-erythrose はスクランブルが起こると書かれています。販売はされてはいないのですが、将来 [1, 4-13C]-erythrose ができてそれを使うとすると、Tyr, Phe の(離れた位置の)δ と ε が標識されて良さそうです。しかし、3, 4 の位置については少しスクランブルが起こるそうで、このような使い方をすると、13Cδ-13Cε が隣り合ってしまう危険性が出て来るそうです。 この辺りは残念ですね。

価格などを総合的に考慮すると、[1-13C]-erythrose を使って片側の ε だけを 13C 標識する、かつ [2-13C]-erythrose(1,250 ユーロと高いが)を使って ζ を標識するのが良いのかな?と思いました。両者を混ぜても 13Cε-13Cζ と隣り合うことは恐らくないのですが、標識率が薄まるでしょう。

また、ε の片側だけを標識するのが良いのか、それとも両方ともを標識するのが良いのか?どちらでしょう?論文には、どっちみち回転により平均化されるのだから同じことと書かれていますが、何かの講演 CPMG? で大きな違いがあると聞いたような気もしており、気になっています。

ところで、ウェブでいろいろと調べていると、「エリスロース」と「エリトロース」の2種類が出てきます。Thr も「スレオニン」と「トレオニン」の2種類があります。他に数え上げればきりがなく、例えば実験でよく使う thrombin 酵素なども。日本人には「ス」に聞こえますが、舌の位置は「タ行」に近いようです。Youtube を見ると、詳しい解説がたくさん見つかりました。

2017年5月4日木曜日

双子で代わり番こに

(まだ完成していないのですが、まったく別の目的で一時的に公開します。)

細菌の蛋白質では、単量体は 1/5 程しかなく、それに対して同じサブユニット二つから成る同種二量体はその2倍の4割近くを占めています。

下記の論文は、最初なちょっと意味が取りにくかったのですが、なにげなく分かってくると、すごい事が書かれているなあという感じです。読みながらメモっているうちに、随分と長くなってしまいました。

Kim, T.H., Mehrabi, P., Ren, Z., Sljoka, A., Ing, C., Bezginov, A., Ye, L., Pomes, R., Prosser, R.S., and Pai, E.F. (2017) The role of dimer asymmetry and protomer dynamics in enzyme catalysis. Science 355(6322). pii: eaag2355. doi: 10.1126/science.aag2355.

フルオロ酢酸の脱フッ素反応を触媒する脱ハロゲン酵素(FAcD)の apo 体の結晶構造によると、二つのサブユニットの構造はほんの少しだけ違ったそうです。その違いは二量体の相互作用面と活性部位にあり、一方は open 型で基質を受け入れられる構造をとり、もう一方は closed 型です。そして、実際に基質が open 型に付くことが、滴定実験での NMR の化学シフト値の摂動から分かります。そして、反応経路を模倣したいろいろな変異体の結晶構造が作られましたが、これらには基質が片方にしか付いていません。これらの結果から、この酵素は half-of-the-sites 反応、つまり、一つ目の求核置換反応が起こるまでは、二個目の基質はもう一方のサブユニットに結合できないような仕組みになっていることが分かりました。

紅色非硫黄細菌の FAcD の酵素反応は極めて遅く、1分間に2個程度しか(turn-over)反応を進めません(また不思議なことに、どんなにたくさん基質を入れても1個ずつしか生成物ができないのです。二量体ですので、同時に二つの生成物が偶然にでも出来てきても良さそうなものですが。そのため、なぜ二量体になっている必要があるのだろう?と不思議に思われていました)。Freeze-trapping x 線結晶構造解析法(FTX)を使えば、時分割のデータが取れます。酵素反応を開始させてから(結晶を基質の溶液に漬けてから3分以内での)いろいろな時点で結晶を凍結させて、その時点での反応状態に留めてしまうのです。ちょうど漫画本の各ページを作り、後でそれらのページをパラパラと連続してめくると、「反応」という名の動画ができ上がるのと似ています。すると、二つのサブユニットが非対称的に、しかしお互いに相関し合いながら動いていく(左側のサブユニットがある構造をとると、右側はそれに対応して異なる構造ではあるが特定の構造をとる)ことが分かりました。ただし、時系列に並べることは難しいと読めるような記述があります(リガンドが結晶構造に浸透していく過程は確率的であり、必ずしも時系列に並ぶとは限らないためでしょうか?この辺りはあまり詳しくなく、どうもすみません)。

興味深いことは、これの二次元 1H-15N HSQC を測るとスペクトルがどのように観えるかです。基質を滴定していくと確かに化学シフトが変化していくのですが、apo でも holo でもピークは一重に観える、つまり、二つのサブユニットは常に対称形をとっているように観えたそうです。これは NMR にとってはちょっと悲しい結果ですが、二つの違った構造(A, B)が速く交換していると、NMR ではその平均としての一つの構造だけが観えるのです(二つの化学シフト値が平均化されてしまい、ピークが二つに分かれない)。非常にゆっくりと交換している、あるいは A, B 構造それぞれに固まってしまっていると、2種類のピーク(結果として2種類の構造)が観えたのでしょう。一応、A-B 構造と B-A 構造の間の交換速度を 400 /sec と見積もっています。もう少し遅くないと、二つのピークに別れないですね。

A 構造と B 構造での化学シフト値の差が大きければ、同じ交換速度でも見かけ上 slow-exchange の現象に近づきます。そこで、化学シフトの範囲が 1H/15N よりも広い [19F]-Trp が導入されました。しかし、それでも2本のピークに分かれるまでには至らず、その代わり 19F-CPMG での dispersion がはっきりと現れました(15N-CPMG では、数残基の例外を除いて、あまり大きな dispersion が観られなかった)。つまり、ピークが分かれてくれる程の遅さではないが、二つの 19F 化学シフト値の間をピークが速めに行き来したので、融合したピークがブロード化したことを意味します(そのブロードさ Rex を 19F-CPMG 法で検出しました)。このグラフから基質が入った時の二つのサブユニットの構造の間の交換速度は 750(基質なし)から 4,300 /sec に跳ね上がることが分かりました。

時分割 X-線結晶構造解析で得られた構造変化から、もしこれを NMR で測れば得られるであろう化学シフトの変化を SPARTA+ というソフトで計算しています。この化学シフト摂動は、活性部位と二つのサブユニットが相互作用している部位の2領域に予測されました。そして実際に滴定実験をおこない化学シフトの変化を見てみると、SPARTA で予測された位置と一致していました(1H/15N の予測はそこまで高精度ではないと思うのですが、値そのものではなく、差を見ているので大丈夫なのでしょうか?)。このことから、片方のサブユニットに基質がつくと、その情報がサブユニット間の相互作用部位を通してもう一方のサブユニットの活性部位に伝わっていくのであろうと提案されています。同時に論文には書かれてはいないですが、この一致により、実際に観られた化学シフト値の変化は構造変化によるものであり、単に基質が結合したことによって起こる、スピン周りの電磁的環境の変化によるものではない(あるいは、あっても小さい)ことをも示しています。たとえ構造変化が起こっていなくとも、リガンドが付くだけで化学シフトは変わるものです。このピークの変化を構造の変化によるものと間違えてしまわないように注意しましょう。立体構造の上でリガンドから遠く離れた部位の化学シフトが動いている場合には、その部分の構造が変化した可能性が高いと言えるのですが。

結晶構造からさらに分かったことは、基質が一方のサブユニットに付くと、もう一方の空のサブユニットは運動性が上がり、そして空のサブユニットに付いた水和水が離れるということです。基質が前者のサブユニットに固定されることにより基質のエントロピーは下がるのですが、同時に空のサブユニットのエントロピーと溶媒のエントロピーが上がり、お互いが打ち消し合うような結果となります。

自然界では、あたかも水槽に落としたインクが何も手を加えなくても独りでに広がっていくように、物事はランダムになるような向きに自発的に進んでいきます。これは多数のインク分子を一か所に集める時の配置パターンは一つしかありませんが、それらをばらばらに水槽内に配置するパターンは数え切れない程あるためです。単純に「場合の数」の問題です。これを頭に入れた上で、リガンドの酵素への相互作用を考えてみましょう。自由に泳ぎ回っていたリガンドが二量体のどちらかのサブユニットに結合して固定されてしまうわけですから、これは水に広がっていたインクが再び集まって元の滴に戻ったようなものです。つまり、エントロピーが下がります。さらに酵素側の鍵穴もそれまでは少し動いていたものが、鍵であるリガンドと結合することによってしっかりと固定されてしまうかもしれません。このような自発的には起こらないはずの「止まる」といった事を起こすには、他の箇所で「動く」という事をしてエントロピーの減少を補填してやらないといけません。しかも、同じ程度ではダメで、何処かでより多く「動く」必要があります。この動かす対象物は、特に酵素やリガンドに限る必要はありません。アンドロメダ星雲も含めた全宇宙のどこかで何かが動けばよいのです。真っ先に思いつくのは、リガンドと酵素との間の水素結合や静電的相互作用によるものです。この相互作用が生じることにより熱が発生しますので、この熱がエッペンドルフの中の水分子に与えられ、水分子がより「動く」ようになります。また、リガンドが結合していない時には相互作用部位に静かに座っていた水分子を解き放してやる方法もあります。ここで、リガンド結合の「止まる」に打ち勝つぐらいに「動く」があちこちで起これば、局所的にエントロピーは下がるものの、別の箇所でエントロピーが上がります。そして、エントロピーの合計が上がるのであれば、この相互作用は自然に進みます。

しかし、これらだけではまだエントロピー競争に負けているかもしれません。そこで、この二量体の酵素はさらなる戦略を進化させました。あろうことか相互作用していない方のサブユニットをあえてフニャフニャにしたのです(イメージが大げさですみません)。これで空のサブユニットの動きが増しました。さらに念を入れてか、なんと空のサブユニットの周りにそれまでくっ付いていた水和水を解き放してやったのです。彼らは喜んで周りに飛び去っていきました。このように空のサブユニットを作っている原子だけでなく、その表面に座っていた水和水をも自由に動き回らせてあげることにより「全体としての自由度が増し」、最初のサブユニットにリガンドが固定されるという「自由度の減少」を補填したのです。このように全宇宙の自由度(いわばエントロピー)を合計した時にそれが増すのであれば、その反応(ここでは最初のサブユニットにリガンドが付くこと)が自然に起こります。どの範囲まで足せばよいのかというのが問題ですが、厳密には宇宙全体です。しかし、この酵素にリガンドが1個つくだけで、アンドロメダ星雲の動きまで考慮しないといけないのは酷です。そこで、ここではエッペンドルフ内だけを考えることにしましょう(ITC で微弱な熱でも検出できてしまう現在では、もっと広く「宇宙」としての範囲を取らないといけません。例えばリガンドと酵素の間に水素結合が形成されることによって放出された熱が、周りの温度に影響を与えなくなる程に広くです。それ程に広い媒体を「格子」と呼びます)。

一方、反応前の基質ではなく反応後の生成物を付けてやると、apo 状態での低い B-factor(つまり、あまり動かない状態)と水和水の状態に戻るのだそうです。つまり、空のサブユニットの自由度を下げて、結合している側のサブユニットの自由度を上げるのです。そのためには、生成物を解き放ってやる必要があります。なんだかちょっとストーリーが出来過ぎのような気もしますが、この空のサブユニットの運動性が変わることによって、構造だけでなく運動性まで非対称になるという現象は CAP 蛋白質にも観られましたので、もしかすると一般的なのでしょうか?必ずしもそうではないと思いますが。

以上より、基質が一方のサブユニットに付くと、そのサブユニットと空のサブユニットとの間で構造が 4,300 /sec の速さで入れ替わる、同時に空のサブユニットが非常にフレキシブルになることが分かりました(基質が二つのサブユニットの間をこの速度で飛ぶ移るわけではない)。この辺りも CAP 蛋白質と全く同じです。次に著者らはコンピュータで RTA アルゴリズムなるものを使って計算しています。リガンドが付くことによってそのサブユニットのリガンド結合部位の構造が変わります。この変化がどのようにして、もう一方の空のサブユニットに伝わるのか、つまり「アロステリーの伝達」を計算するのです。具体的にはリガンドが結合する前後での自由度を算出して比べています。すると、apo の状態では二つのサブユニットともに rigid であったのが、リガンドが一方に付くと、空のサブユニットとの境界領域がフレキシブルになったそうです。なんだかこれもストーリーが出来過ぎに見えますが。

アロステリック効果を説明するのに、少なくとも二つの代表的なモデルがあります。Induced-fit と conformational selection です。著者らは、今回の結晶構造に後者の特徴が観られると書いています。例えば apo 体のサブユニット A では、Tyr141 の芳香環が二つの位置に観られます。一方は major な方で Trp156 から遠く離れています。他方は minor な方で、Trp156 と π スタックしています。この minor の方が基質 FAc と相互作用している時にとる予定の構造です。一方、サブユニット B では、二つの major, minor 構造はほとんど縮重して、Tyr141 と Trp156 が離れています。しかし、たいへんややこしいことに、このサブユニット B での二つの major, minor 構造はほとんど似てはいるのですが少しだけ違っており(それぞれ Bj, Bi 構造と名付けることにします)、著者らは、サブユニット A で minor 構造をとる時には、サブユニット B でも minor, Bi 構造をとる(しかし、この二つの minor 構造は大きく違う)と結論づけています。これは [19F]-Trp156 のスペクトルに二つの小さなピークが観えていることからも分かり、これらは二つのサブユニットのそれぞれの minor 構造に対応しています。これらのピークが分離して観えていることから、基質がない状態では構造交換は数秒とゆっくりです??

さて、ミカエリス複合体になると、基質が付いたサブユニット A では上記の minor 構造(Tyr141 と Trp156 が π スタック)が優勢に転じます。一方、基質の付いていない側のサブユニット B では、Tyr141 は Trp156 から離れたままです(Bj ?)。ここでも、二つのサブユニットが非対称形をとっています。そして、apo 体のサブユニット A で観られた minor 構造は、まさしく基質が付いた時の構造でした。むしろ、conformational selection を通して、そのような minor 構造が基質によって選択されたのでしょう。

また、反応中間体を模倣した構造も解析しています。その場合、サブユニット A では、再び Tyr141 と Trp156 が離れてしまいます。この構造が Bj とそっくりとのこと(この辺りの英文と図が矛盾しているように思えるのだが、誤植ではないだろうか?)。そして(図の方が正しいとすると)この反応中間体においては、サブユニット B は(空の状態で)Bi 構造をとっているようです。ちょっと複雑で何が何だか分からないのです。

すこしまとめてみますと(1)apo → 基質が付いたミカエリス複合体 → 基質が共有結合した反応中間体 → 生産物が付いた状態という過程を順に経る時に、基質が付くサブユニット A でも、空のままのサブユニット B でも構造が刻々と変わっていく(2)そのいずれのステップでも二つのサブユニットは非対称的な形をとっている(3)サブユニット A の構造と B の構造は異なるがペアを組んでおり、お互いに独立に構造が交換している訳ではない(4)基質が全くない apo の状態でも、基質が結合できるような構造がすでに 0.5% ぐらいの割合で存在し、優勢な構造と遅い交換状態にある(5)触媒反応が進むにつれて、非対称性が顕著になり構造交換が高速になる(6)最後の生産物が付いた状態で非対称性も交換速度も小さくなるでしょうか?

どうしてこのような非対称性をとるのかは不思議です。このような芸は、単量体ではできず多量体になって初めて可能な現象ですので、なぜ生体中にこのように多量体が多く観られるのかという問題にも関連しているのでしょう。一つは、空のサブユニットがよりフレキシブルになる、また、周りの水和水を開放してやることによって、もう片方の(基質が結合した)サブユニットでのエントロピーの減少を補填するという仕組みがあるのでしょう。また、早く遷移状態にもっていくことができるという理由もあるでしょう。また、この論文にははっきりとは書かれてはいませんが、このような非対称性は多くの場合、基質の結合に関して負の協同性を生み出します(反応が進まないように工夫してやると、二個目の基質は見かけ上つきにくくなる)。もともと代謝経路の制御には負の協同性が必要で、それを生み出すためにわざわざ多量体が非対称性になるような構造が作り出されたのでしょうか?それとも、酵素が触媒反応の効率を求めて多量体を非対称性になるように進化させた結果として、負の協同性が不随してきたのか、考えるほどに深遠で興味深いところです。

ここで紹介された酵素では apo 体においてすでにミカエリス体を一瞬にとるという現象 conformational selection が起こっています。よく協同性の話が教科書に出てきた時、conformational selction = MWC model, induced-fit = KNF model という構図が描かれています。しかし、MWC model では常に対称形をとることが前提となっているため、今回のように非対称形をとるような half-of-the-sites 活性をもつ系は当然のことながら MWC model には当てはまらないことになり、しいては conformational selection も起こらないのか?と誤解されてしまい勝ちです。ここは注意が必要です。

ラチェット機構?

また、今回の手法には NMR が使われてはいますが、このような時分割 X 線結晶構造解析が見せつけたその威力には脱帽です。ペラペラ漫画の各ページは X-線が描き、それらのページを順番通りに並べ、ページがめくられていくスピードを NMR が割り出したといった感じでしょうか?時分割 time-resolved X-ray 云々をサーチすると、SACLA の自由電子レーザの話がたくさん出てきます。10 億倍もの輝度?1フェムト秒以下のパルス(千兆分の1秒で合ってる?)すさまじい技術ですね。

また余計な話になってしまいますが、Seydoux の preexistent asymmetry モデル(1973, 1974)というモデルがあります。このモデルではヘテロで相互作用が無く、親和性の異なる結合サイトが最初から想定されているので、今回のようなホモ多量体は当てはまらないのかもしれませんが、これを広く解釈すると、ホモ多量体でも異なる親和性をもつ結合部位が apo 状態ですでに複数あるということになります。そのような酵素が見つかった、そして教科書に載っては後で否定されて消えていってしまいましたが、なにげなく実際にたくさん存在するのではなかろうか?と思わせてしまうところがあります。これの検出はすこぶる難しく、サブユニット間で構造が速く交換してしまっていると、NMR では化学シフトが平均化されてしまい、非対称であることが検出の窓にかかってこないのです。つまり、各サブユニットからのピークが重複しているからといって必ずしも apo で対称形であると断言してはいけないことになります。正確には化学シフトの slow-exchange の時間スケールで見る限りにおいて対称形である(fast-exchange で非対称形がお互いに入れ替わっている可能性は否定できない)といった変な結論になります。

Probing dynamic asymmetry and
protomer exchange during catalysis から

2017年1月20日金曜日

ぬすでも悪くなさそう。

同じ NMR 測定時間をもらった時、積算回数を増やすべきか、それとも、サンプリングの点数を増やすべきかは迷うところです。もちろん間接測定軸についての話です。まだ2次元の場合は、このような迷いで済むのですが、話が4次元になってくると「積算回数を増やしたいけれど増やせない」さらに悪いことに「サンプリング数を増やしたいけれど増やせない」といった事態になります。例えば積算回数2をちょっと8にでも上げようものなら、測定時間3日間が一気に 12 日間に跳ね上がります。そこで、使いたい方法が non-uniform-sampling です。この NUS の説明は超長くなるので今回は止めておきます。もちろん、そのプロセスの話も読むだけで何日もかかりそうですので止めておきます。

今まで NUS については面倒でほとんど試さなかったのですが、Delaglio さんから勧められて一度つかってみることにしました。使った理由の一つとして「NUS ではなくて普通の uniform-sampiling で測定したデータでもプロセスできるよ」と言われたことも大きいです。

最初は半信半疑で 2D HSQC で試しに使ってみたのですが、これが悪くないのです。そこで、感度の悪い 3D HN(CA)CO に使ってみました。NUS ではなくて US です。したがって、いつも通り NMRPipe の Linear Prediction を 15N, 13C の両軸にかけました。ご覧の通り、二つのピークがマージしてしまっている箇所があります。蛋白質は 2H, 15N, 13C 標識されていますが、分子量は5万ぐらいで濃度は 50μM です。温度は 25度、塩が 100mM 入っていますので、それほど良い条件ではありません。


ところが、同じデータに対して NMRPipe の NUS zero-fill(IST 法)をかけてみると、その二つのピークが分離しました。


そこで、今度は本当に NUS で測定してみました。4D HCCONH です(測定法の名前に何個の C を入れるかは、あまりよく決まっていないのでは?)。まだ半信半疑でしたので、3D (H)C(CO)NH と 3D H(CCO)NH も、これらは US でとりました(何しろ良し悪しを判断するための基準となりますから)。Windows がもはや走らなくなった old-PC をもらってきて Cent-OS-6 と NMRPipe を入れスタート!すると、何やらよく分からないエラーの嵐が。。。これで何日も悩むことに。結局よく分からず Delaglio さんに尋ねました。すると「32-bit で計算しているためですよ」と言われ、たいへん恥ずかしい思いをしました。そうです、ファイルサイズが大きくなると 64-bit モードに変えないとダメなのです。やはり4次元の世界ですねえ。そこで、NMRPipe を 64-bit でインストールし直して計算しなおしました。しかし、帰宅する頃になっても終わらず、翌朝に来て見てみてもまだ計算しています。翌日の晩にも終わらずで、とうとう3日目のお昼を迎えました。終わった!恐る恐る(あまり期待しないで)スペクトルを見てみたところ、これが意外にもなかなかきれいなのです。


ここまで上手く行くようになると、NUS の欠点は、おそらくファイルサイズと計算時間だけとなるでしょう。Zero-fill をだいぶん減らして何とか 2.6 GB に抑えました。しかし、プロセスの最中に何度もデータを読み書きしているので、ハードディスクにはちょっと可哀想です。まあしかし、久しぶりにコンピュータをメール、オフィス、ウェブ以外に使うことができたので、計算機もさぞかし喜んでいることでしょう。

ここで 4D HCCONH を選んだ理由は、側鎖の帰属において 1H と 13C の間の相関を正しくとりたかったためです。3D (H)C(CO)NH と 3D H(CCO)NH の二つの組み合わせだけでは、例えば、1Hg と 13Cd の化学シフトを組み合わせてしまうような間違いが起こってしまうのです。

最後に NUS の名誉にかけて。3D-LP と 4D-NUS を見比べると、前者の方がピークがたくさんあり感度が高いように見えます。しかし、表示されている 2D plane にピークがたくさんある時には、喜ぶ前にあることを疑わないといけません。「もしかして、ひしゃげた葡萄の入った食パン一斤をスライスしてしまったのでは?」と。そうです、糖密度の高い貴腐干し葡萄が入った食パンをスライスした時には、その二次元スライスに含まれる葡萄の数はむしろ少なく見えるのです。

2017年1月9日月曜日

ミルヴァット法

1 MDa に近い大きさの蛋白質を NMR で解析しようとすると、もはや 1H-15N の TROSY では歯が立たなくなります。たとえ、それ以外の水素を全て重水素化していてもです。そこで最近はやり出した方法が 1H-13C メチル基です。もちろん、それ以外の水素は 2H 化されています。1H-13C TROSY の方が、その感度はいろいろな原因で 1H-15N TROSY を凌ぎますので、今後はメチル基が高分子での観測対象となっていくことは間違いないでしょう。

しかし、ここでの問題点はどのようにして帰属するかです。もはや 1H-15N TROSY が使えないような高分子量では、そもそも主鎖の連鎖帰属されていません。仮に主鎖が帰属できたような幸せな状況であっても、メチル基とアミド基の間の相関をとるのはもっと大変です。すでに提案されている 13C-13C TOCSY は超大きな蛋白質では 13C の速い横緩和のため難しいでしょう。13C の遅い縦緩和を考えると、まだ 13C-13C NOESY を使った方がましかもしれません。そこで使われる手段は、一個一個メチル基を含むアミノ酸を別のアミノ酸に変異させていく方法です。一個のアミノ酸を変異させると空間的な周りにも大きな影響を及ぼして多数のピークが同時に動いてしまう場合もありますが、まあ大体はうまく行くことでしょう。問題点は、大量の変異体を作っては測らないといけないことです。

もう一つの手段は、すでに X 線結晶構造解析で立体構造が分かっている場合に限られるのですが、メチル基どうしの NOE と立体構造を見比べながら帰属する方法です。NOE は 1H と 1H がだいたい 5A 以内にある時に観えます。もし、メチル基以外を重水素化すると、もうちょっと限界値が伸びて 7A ぐらいまで NOE が届きます。これまでは Ile, Leu, Val の3種類の残基のメチル基だけしか 1H/13C で標識されていないことが多く、その場合、メチル基からメチル基へ NOE で連鎖的に飛んでいくには、ちょっと密度が薄かったようです。(川を渡るのに、 Ile, Leu, Val だけでは飛び石の間隔がちょっと広くて、途中で渡れなくなるような感じ)。しかし、Met, Ile, Leu, Val, Ala, Thr の6種類の残基のメチル基を 1H/13C で同時に標識すれば、7A の範囲内に別のメチル基が全くいないという「ひとりぼっち」の状況にはなりにくいのでしょう(見渡せば次に飛び移れる石が必ずどこかに見つかり、いわゆる川ポチャ現象は防げる)。そして、帰属には4次元の 13C-HMQC-NOESY-HMQC を使います。

Proudfoot, A., Frank, A.O., Ruggiu, F., Mamo, M., and Lingel, A. (2016) Facilitating unambiguous NMR assignments and enabling higher probe density through selective labeling of all methyl containing amino acids. J. Biomol. NMR. 65 (1), 15-27. doi: 10.1007/s10858-016-0032-2.

20 年以上前までよく4次元を使っていたのですが、「当時は」測定は途中でしばしばフリーズするし、フーリエ変換に overnight かかるし、ハードディスクが満杯になるしで、悪戦苦闘状態でした。それでだんだんと3次元だけに頼るようになっていました。しかし、最近はやりの NUS が出てから再び4次元に光が当たってきたように思います。私の好きな方法は、普通の uniform-sampiling でとったスペクトルをあたかも NUS でとったかのように騙して NMRPipe の IST 法でプロセスする方法です。騙されているのは私の方かもしれませんが、見違えるほどきれいなスペクトルに変身するのです。これの良い点は、non-uniform-sampling でとったわけではないので、普通の linear-prediction(LP)法も使えて、両方のスペクトルを比べることができる点です。これですと、非線形的なプロセスで変なアーティファクトが出たとしても、元の LP 版に戻れば OK で、測定時間を無駄に捨ててしまったという事態にはなりません。Delaglio さんにはこれまで一杯お世話になりましたので、お礼を兼ねてまた詳細をご紹介したいと思います。4次元は「~あなたの知らない4次元の世界~」などと恐れる人も多いですが「二次元 × 二次元」or「N × 三次元」という概念さえ納得してしまいさえすれば、これほど解析しやすいスペクトルはありません。それに修論発表などで「4次元スペクトルを解析しました。」などと言う方が格好良くありませんか?

話を元に戻しましょう。著者らは、ホモ6量体、115 kDa の蛋白質においてメチル基だけを 13C/1H で標識しています(メチル基を含むアミノ酸は全体の 44% を占めたそうです)。これの帰属がこれまでの大きな問題だったのですが、彼らは Met, Ile, Leu, Val, Ala, Thr のメチル基を標識し、すでにある結晶構造をもとに帰属をつけました(Ile-Cγ2 は除く)。

発現用の大腸菌は 15NH4Cl (1 g/L), 非標識の Glucose (4 g/L) を入れた M9 培地で培養し、少しずつ D2O に適応させています。OD600nm が 0.7 になった時点で温度を 18 度にまで下げ、同時に選択的標識の前駆体やアミノ酸を入れています。そのまま 1hr 培養した後、IPTG で誘導をかけて 18 度のまま 18hr 培養し、蛋白質を発現させています。どのような前駆体を入れるかは Table にまとめられているのですが、これまで発表されている方法を集めたような感じになっており、特に目新しい点はないようです。しかし、個々の前駆体を別々に入れて、アミノ酸を1~2種類ずつ標識するか、あるいは、6種類分すべてを同時に入れるかで、scramble の結果が少し違ってくるかもしれません。

一般的に 2-keto-3-methyl-d3-3-d1-4-13C-butyrate(2-オキソイソ吉草酸)だけを培地に入れると、Leu と Val の両方のアミノ酸のメチル基が標識されてしまいますが、ここに BioExpress を入れると Val だけが標識されます。

しばしば Ala-13Cβ 前駆体が Ile-13Cγ2 に scramble するのですが、MILVAT 法では、700 mg/L まで Ala 前駆体を増やしても scramble が観られなかったそうです。また、Ala-Cβ 自身が 13C で標識される率についても、100 g/L と 700 g/L とで差がほとんど見られなかったそうです。流れる先のアミノ酸の前駆体をすでに入れているためでしょうか?ここの理由はよく理解できませんでした。

Thr-Cγ の標識のために d5-Gly を入れています。これの詳細については、またいつかご紹介することにします。

ところで [2H]-glucose を入れなくて良いのでしょうか?著者らも [2H]-glucose を入れた方が良いだろうとは書いていますが、質量分析の結果、たとえ 非標識の glucose であっても、アミノ酸1個につき平均1個の 1H しか混入しなかったことが分かったそうです。確かに 2D 1H-13C HMQC の全体像を見ると、1H の混入はあまり無さそうですが、個人的には気になるところです。

また、上で「2-keto-3-methyl-d3-3-d1-4-13C-butyrate」と書きましたが、この2-オキソイソ吉草酸では2個のメチル基のうち一方は 13C/1H3 に、もう一方は 12C/D3 になっています。なお、Pro-R, Pro-S のどちらかに決まっているわけではありません(つまり、立体特異的には区別されていない)。しかし、両方ともに 13C/1H3 があるわけではありませんので、2D スペクトルには両方のピークが観えるものの、1H どうしの双極子間相互作用による T2 緩和は免れます。しかし、この論文で書かれている試薬番号をサーチしてみると、どうも2つのメチル基が両方とも 13C/1H3 になっているようなのです。すると、1個の分子内でこの双子のメチル基の間で NOE が観測されるのと同時に、T2 緩和も速くなってしまいます(Geminal なメチル基の間に NOE が出るためには、ある分子を一個拾い上げた際に、その中のメチル基が二つとも 13C/1H3 になっている必要があります。しかし、ただ単に 2D 1H-13C HMQC の上に両方のピークを見たいだけであるならば、半分の分子では Pro-R 側に、残りの分子では Pro-S 側に 13C/1H3 が入っていればよく、両方とも同時に 13C/1H3 にする必要はありません。将来いつか、たった1個の蛋白質分子だけで NMR の構造解析が可能となる日が来ると思いますが?その時にはこの議論が重要性を帯びてきます)。

この MILVAT の試料と、M, I, L, V, A, T それぞれで標識した試料とを使って、6割のメチル基が帰属できたとのことです(もっと効率が高いと思っていたので、この時点で少しがっかり)。しかし、論文の NOESY の図を見ると、標識されたメチル基が多過ぎて却って複雑に見え「メチル歩き」が本当にできるのかな?と疑ってしまいます。しかし、著者らは観測できるメチル基のピークが多く冗長な(redundant)な方が、かえって信頼性が上がるとも書いています。MILVAT 試料以外に、M, I, L, V, A, T 別々の標識試料、合計7種類の試料が少なくとも必要になってきますので、そう簡単というわけではなさそうですが。前回の OD600nm=10 法と組み合わせると良いのでしょうか?

2017年1月2日月曜日

大腸菌培養の最少培地 M9 その2

NMR で蛋白質の立体構造やダイナミクスを解析する際には、その蛋白質が 15N, 13C などの安定同位体で(均一に、あるいは選択的に)標識されていることが今ではほぼ必須です。分子量が 20k を超える場合には、さらに 2H でも標識されていた方がよいでしょう。15N/13C の価格は 20 年前に比べて落ち着いてきてはいるものの、2H 化グルコース、重水の価格は今も高く、これがラベル化蛋白質を作る際の大きな壁になっています。

Cai, M., Huang, Y., Yang, R., Craigie, R., and Clore, G.M. (2016) A simple and robust protocol for high-yield expression of perdeuterated proteins in Escherichia coli grown in shaker flasks. J Biomol NMR 66(2), 85-91.

この論文では、培地の量を 1/10 に減らして、同じ量の蛋白質を得ることができることを示しています。これは嬉しいことです。なにしろ培地の溶媒である重水の量を 1/10 に減らすことができるわけですから。ただし、[2H, 13C]-glucose の量は 18 g/L、[15N]-NH4Cl が 5 g/L と濃度で見るとすこぶる多いです。しかし、1L の培地に今まで通り 2g/L の [2H, 13C]-glucose を入れるのと比べると、トータル量はあまり変わらない、否むしろ少ないぐらいですので驚きです。

このグルコース豊富な培地で菌体を OD600nm が 10 か、それ以上になるように育てます。個人的な経験では重水培地(1-2 g/L のグルコース入り)では OD600nm はせいぜい1ぐらいまでしか上がりません。グルコースの量を増やすほど大腸菌がよく育ち、また発現量も多いことから、この頭打ちはグルコース量の枯渇によるものなのでしょう。確かにこの論文通りに事が運ぶと、1/10 量の培地で同じ量の蛋白質がとれるはずです。

一般的に企業ではよくファーメンターを使います。すると(リン酸緩衝液いりの)LB 培地で OD600nm が 20~30 ぐらいまで上がると聞いたことがあります。これはファーメンターでは空気を金魚の水槽のようにぶくぶくと与え、さらに電極がいつも培地の pH を監視していて、もし pH が下がると上から水酸化ナトリウムが垂らされるようにできているためです。

しかし、フラスコを左右に振っている状況では、そう上手くはいきません。そこで、この論文ではバッフル付きのフラスコに培地をほんの少しだけ入れ(だいたいフラスコ容量の 1/10 ぐらい)、よく酸素を培地に溶け込ませて酸欠を防いでいます。確かにうちでは 3L のフラスコに 1L ぐらいの M9 培地を入れていました。これでは培地が深過ぎて十分な量の空気が培地に行き渡らないのでしょう。

さらに pH が下がらないように注意しています。確かに大腸菌が育つにつれて培地の pH が下がってきます。極端な例は乳酸菌で発酵させたヨーグルトで、ここには大腸菌は住めません。実は M9 培地には pH があまり下がらないようにリン酸緩衝液の成分が入っており、これは前回に記した通りです。しかし、この論文では「改良型 M9」と称して、このリン酸バッファの成分を少し工夫しているのです。そこで、うちの成分とちょっと比べてみました。

いつも我々が使っている M9 プロトコール
 Na2HPO4  7 g(Na:2.27 g, PO4:4.68 g)
 KH2PO4  3 g(K:0.86 g, PO4:2.10 g)
 NaCl  0.5 g(Na:0.20 g, Cl:0.30 g)

面倒だったのですが、元素ごとに量もそれぞれ計算してみました。
 Na:2.47 g
 K:0.86 g
 PO4:6.78 g
 SO4:M9 salt の中には含まれてはいないが MgSO4 から 0.19 g 補われる。
 Cl:0.30 g

この論文に記載されている改良型 M9 プロトコール
 Na2HPO4  9 g(Na:2.92 g, PO4:6.02 g)
 KH2PO4  5 g(K:1.43 g, PO4:3.49 g)
 K2HPO4  19 g(K:8.52 g, PO4:10.37 g)
 K2SO4  2.4 g(K:1.08 g, SO4:1.32 g)

これについても元素ごとに量を計算してみました。
 Na:2.92 g
 K:11.03 g
 PO4:19.88 g
 SO4:1.32 g
 Cl:M9 salt の中には含まれてはいないが、NH4Cl, MgCl2 などから補われる。

Na, Cl の量はそれほど変わらないとしても、我々の方法では K, P, S の量が圧倒的に少ないです。pH や浸透圧を調整できれば、これらの量は多い方が良いのでしょうか?塩分控えめ、にがり多し?我々のレシピで Na, K の濃度を合算すると 129 mM と、生理的食塩水の 140 mM に近くなります。さらに Cl 濃度なども足すと、おそらく生理的食塩水濃度 140 mM となるでしょう。一方、論文のレシピでは 410 mM となり、これはかなり高い塩濃度のようです。これで浸透圧は問題にならないのでしょうか?

集めた大腸菌をソニケーション(超音波)で潰す時に、よく 400mM の塩の入ったバッファを入れます。これはその後の(遠心後の)上清を DEAE カラムにパスさせる時に、蛋白質と核酸を離しておいて後者だけをレジンにくっ付けさせて除去するためです(蛋白質はパスさせる)。その時、400mM の塩を大腸菌に注いでも大腸菌が浸透圧で破裂している様子はなさそうですので、おそらく大丈夫なのでしょう。まあ大腸菌に尋ねてみれば、喉が渇いたと言っているはずですが。

なお、硫黄の成分が多いのは効いているかもしれません。昔 MgSO4 の代わりに MgCl2 を入れたために OD600nm が 0.6 までしか上がらず、それがもとで半年近くを棒に振ったことは前述の通りです。

第一リン酸 Na(K)H2PO4 と第二リン酸 Na(K)2HPO4 の比率を考えてみましょう。(第二リン酸)/(第一リン酸)を比べてみると、我々の方法では 2.23 倍(pH 7.1~7.2)なのに対して、論文では 4.70 倍(pH 7.4~7.5)と、第二リン酸の割合が多いです。これは M9 を作った時点で pH がすでに高めに調整されていることを意味します。このように 410mM の濃い緩衝液を作るということと、初期 pH を >7.4 と高めに調整することにより、大腸菌が溢れて pH が少し下がってきても、それが大腸菌にとって致命傷にまでは至らないのでしょう。

以上がこの論文レシピのコツだと思うのですが、著者らはまだ工夫を凝らしているようです。

どうも成長期が終わる頃に IPTG を入れる方が、結果として蛋白質が多く発現されるらしいのです。当然のように、LB/H2O では急成長しますが、それだけ早く頂点に達してしまいます。逆に M9/D2O の低温培養では成長はゆっくりで、長い時間をかけて登っていきます。普通の M9/D2O に [2H]-glucose を 2g/L 入れた場合には、OD=2.0 で早くも成長曲線が鈍り、OD=2.4 までしか登りません(これだけ登れば良いと思いますが)。一方、改良した M9 では pH がより調整されており、OD がもっと上がります。そして、誘導は OD=10 ぐらいでかけた方がよいとのことです。また、温度を 25℃ ぐらいに下げて誘導した方が、大腸菌が順調に育ち最終的な蛋白質の量が多かったそうです。よく IPTG による誘導は、大腸菌の対数増殖期のど真ん中(だいたい OD=0.5 ぐらい)でかけるべきだと教わっていましたので、これはこれで驚きです。しかし、これらの内容は発現させる蛋白質によって変わる可能性も高いですので、各自の蛋白質で少し試してみた方がよいでしょう。

さらに、適応 adaptation が必要とも書かれています。個人的にはこれはあまり寄与していないような気もするのですが。ただし、うちでも大腸菌を植え継いでいく時には、あまり急激に大腸菌密度が薄まり過ぎないように注意しています。LB から M9 へ、また H2O から D2O への適応については、昔はこまめにやっていましたが、だんだん BL21(DE3) が思っていた以上に強いことに気づき、今ではほとんど止めてしまいました。しかし、一応、著者らのプロトコールを記しておきます。

寒天プレート
 ↓ コロニー
LB 軽水 1.0 mL 37 度、3 hr
 ↓ そのうち 200 μL を
LB 重水 2.5 mL 37 度、5 hr
 ↓ 全部を(OD が 0.5~1.0 に達しているはず)
90% M9/10% LB 重水 25 mL 37 度、overnight
 ↓ 全部を(OD が 10 に達しているはず)
M9 重水 250 mL 37 度、8~10 hr
 ↓ 温度を 25 度に下げる(OD が 10 に達しているはず)
0.5 mM IPTG を加えて 25 度、20 hr
 ↓(OD が 20 に達しているはず)
集菌

この植え継ぎ法を見てみますと、軽水のコンタミ率は 200uL/250mL=0.1% 程度、LB 培地成分のコンタミ率は (2.5mL*2)/250mL=2% 程度あることが分かります。おそらく高分子量を TROSY を使って測定していくのが目的であれば、この程度のコンタミは問題とはならないでしょう。しかし、transfer-cross-saturation(TCS)や filter-NOE などを測りたい場合にはできるだけ 1H のコンタミは抑えたいところですので、この植え継ぎ法は改良した方がよいように思います。

最後に心配なことは、大腸菌はよく育ったけれども、それに反比例して大腸菌一匹あたりの発現量は落ちるという現象です。もし、グルコースの量が限られているのであれば、大腸菌は自分の兄弟を複製するのにエネルギーを使うか、あるいは遺伝子組み換えに騙されてたくさんの蛋白質を転写・翻訳してあげるのにエネルギーを使うかのどちらかを選ばざるを得なくなり、このようになることも頷けます。しかし、彼らの結果によると、そうはならなかったそうです。これも培地に 18g/L という十分な量のグルコースが入っているためでしょう。

まあ、いちど試してみることにしましょう。うまく行くのであれば、メチル基特異的標識などにも応用できそうですし。