2013年10月21日月曜日

回すほど得をするらしい

固体 NMR でも、とうとう蛋白質の立体構造がきっちりと解けるようになってきたようです。固体 NMR と聞くと、すぐにあの超 broad なピークを連想してしまい勝ちですが、もし、蛋白質の微結晶を固体 NMR で測ると「これは溶液 NMR のスペクトルか?」と見まがう程の sharp なピークが出てきます。この微結晶は、X-線結晶構造解析で使うような大きな結晶である必要はなく、ちょっと出来損なえの結晶のミニかけらを集めても良いようです。しかし、いずれにしても、結晶はそう簡単に生えてくるものでもないですし、仮に結晶をある朝見つけてしまったら、思わずそのまま SPring-8 へ走って行ってしまう衝動を抑えることは難しいでしょう。

微結晶以外ですと、例えば、サルモネラ菌や赤痢菌のニードルも、きれいな固体 NMR のスペクトルを出します。このニードルの中では、蛋白質のプロトマーが規則正しく、まるで結晶の中のように並んでいます。最近の Nature にも出ていますので、またの機会にご紹介いたします。

先日、某 Br 社のミーティングに参加したところ、超遠心で沈殿(堆積?)させた蛋白質も固体 NMR できれいなスペクトルを出すということを聞きました。「まさか?」と思ったのですが、そう言えば、まだフィレンツェの Bertini 先生がお元気だった数年前に「超遠心 NMR」という論文を出されたような記憶があります。その時は固体 NMR の MAS (magic angle spinning) を利用して蛋白質の水溶液からロータの内壁周りに蛋白質を沈殿させる... といった内容だったように思います。

もちろんそのようにしても良いのですが、その場合、蛋白質はロータの内側の壁にへばり付いてしまい、中心付近はただの水になってしまいます。そこで、超遠心は NMR の外で別に行い、遠心管の底にピーナッツバターよろしく溜まった蛋白質の沈殿をスプーンですくい取ってロータに詰めれば良いよという論文がありました。それですとロータに中空の隙間ができません。

Fragai, M., Luchinat, C., Parigi, G., and Ravera, E. (2013) Practical considerations over spectral quality in solid state NMRspectroscopy of soluble proteins. J. Biomol. NMR 57(2):155-166.

固体 NMR はちょっと専門外ですので、正しく論文を読み取れたかどうか?あるいは、この論文の主張する内容が本当に正しいのかどうかが分かりませんが、とりあえず要約してみることにします。

単に蛋白質溶液を凍らせただけでは、線幅は広がってしまうようです。それは、蛋白質表面と直接相互作用している水和水も凍ってしまい、凍ったままいろいろな(ヘテロな)構造を採ってしまうためだそうです。

それではということで凍結乾燥品(powder)も使われるのですが、凍結蛋白質よりもさらに線幅が広がってしまいます。それは、表面水和相(層?)が完全に無くなってしまうためでしょう。この水和水は、側鎖をその中でほんの少し泳がせて、いわば averaging の役割をしているのかもしれません。

大きい蛋白質(例えば 32kDa)を MAS の超遠心で回している時は、凍らせても、あるいは溶液のままでもそれ程スペクトルの質は変わらないようです。それは、回転拡散がもう充分に遅いためです。しかし、ユビキチンのような小さな蛋白質の場合は、MAS 状態での(つまり、沈殿の中での)蛋白質分子の回転拡散相関時間はせいぜい 1.8 μs 程であり、これは 20 kHz の MAS で回しているロータの一回転に要する時間である 50 μs よりかはかなり短い(速い)ということになります。ですので、もっと蛋白質の回転拡散を抑える何らかの工夫が必要です。さらに、蛋白質の密度の点ではナノ結晶の密度(734 mg/mL)と同じ程度なのだそうですが、パッキング(充填度)の程度が弱く、Cross Polarization の効率が悪いようです。しかし、MAS 状態(14 kHz)で凍らせると(269 K)、CP 効率は上がったそうです。冷やした方が、小さな蛋白質の固定度合いが高くなるのでしょう。

微結晶では蓋をしないと乾燥してきて脱水和が起こるのに対して、凍らせた沈殿(frozen sediment)では、この脱水和が起こりにくいようです。さらに、パッキングがきついため、氷との直接接触が防がれているようです。それで、普通の水溶液を凍らせた場合とは逆の効果になるのでしょう。

蛋白質に電荷があると、その同電荷どうしの反発により超遠心状態でもあまり濃縮できないそうです(15% 程度?)。その場合は、微結晶(例えば、56.5%)の方が密度が高くなります。微結晶は詰める時に結晶と結晶の間に隙間ができてしまいますが、沈殿はそうはならないので、結果的に密度が高くなるようです。

この論文の Fig. 10 がよく描かれています。これを是非一目見てみてください。

2013年10月19日土曜日

重たい卵スープの作り方

長らく図を付けていませんでしたので、図のアップロードの仕方をすっかり忘れてしまいました。

下図は 13C, 15N で標識したある蛋白質の 1H-13C HSQC のスペクトルです。左側は普通の軽水溶媒(1H2O)に溶かした試料の、右側が重水溶媒(D2O=2H2O)に溶かした試料のスペクトルです。


この右側のスペクトル、実は閾値(しきいち)を底辺にまで下げても水のピークは全く見えません(すごい!)。もちろん、この測定法では gradient-echo を使って 1H-13C スピンのペア以外からの信号を積極的に消してはいるのですが、左側のスペクトルのように、軽水 90% の試料では、いくら頑張ってもこのように水ピークが依然残ってしまいます(presaturation はしていません)。13C 軸の幅が異なるので、両者を正確に比べることはできないのですが、どちらがきれいかと問われれば、圧倒的に重水溶媒試料の方でしょう。

もちろん、1H 1D スペクトルで見る限りでは、軽水は 1~2% は残っていたかもしれません。しかし、この程度でしたら、この図のように gradient-echo を使えば、ほぼ完全に水ピークを消し去ることができます。水のピークが思ったように消えない理由は、もちろん 55 mol/L(水1分子に2個の 1H があることを考慮すると 110 M に相当する)という異常に高い 1H 濃度にあるわけですが、必ずしもそれだけではありません。

別の大きな理由は radiation damping です。翻訳しても「放射減衰」となってしまい、何のことやら?この説明はまた別のところに書くとして、要は水の磁化ベクトルはひたすら +z に一人でに戻りたがるという現象の事です。たったの数ミリ秒程度で戻ることもありますので(感度の高い検出器ほどその傾向が強い)、product-operator での予想とは違った向きに水の磁化ベクトルが行ってしまうのです。したがって、 NMR の機種に応じて、水を消すためのパルス系列を変えてやらないといけないという困った事態にもなり得ます。

この軽水の残量が数パーセントにまで減ると、この radiation damping がほとんど * 無くなります。それでパルスの設計通りに水の磁化ベクトルを操ることができるようになり、この右側のスペクトルのようにすっかりとピークを無くすことができるようになるわけです(1H 1D では、蛋白質の何千倍も大きなピークでしたが)。(* 軽水が数パーセントにまで減ったとしても radiation damping は少しは残るのではないかと思っていますが、その現象についてはまた今度に。)

さて、どのようにして軽水溶媒に溶かした蛋白質を重水溶媒に換えるか?についてですが、よく使われる方法は凍結乾燥です。数百 μL の軽水溶液を凍結乾燥し、その後に同じ量の重水を加えます。塩や緩衝液成分のかなりは残っている(凍結乾燥の間に真空ポンプの中に吸い込まれていない)ことを祈りつつ、純粋な重水だけを加えます。しかし、先日それをしたのですが、DTT は完全に真空ポンプに飛んで行ってしまっていたのか、重水を加えて少し経つと(分子間での非特異的ジスルフィド結合の形成による)沈殿の嵐に見舞われてしまいました。

そこで、もっと安全な策として、限外濾過を使う方法があります。例えば、セントリコン(すみません、これ最高の製品でしたが、まことに残念なことに、アミコンになってしまいました。なぜアミコンだと蛋白 NMR にとって機能不足なのかもまた今度に)のフィルター部分を一晩 1L の水に浸けます。この時、時間を惜しんで、数時間だけ浸けたり、プロトコールに載っているように 4~5 回濯いだ程度では駄目です。フィルターに付いているグリセロールのピークが蛋白質の側鎖のピークを蹴散らしてしまいます。科学のデータはとれればそれで良いというものではなく、美しくないといけません。今、気付きましたが、右側のスペクトルは折り返しのピークが正のままでした。パルスプログラムを書き直すのをうっかり忘れてしまっていました。なんて見難い、かつ、醜いスペクトルでしょう。

このアミコンを使って、重水溶媒をどんどん加えていきます。仮に一回の濃縮で 1/5 まで容量を減らせたとします。これを4回繰り返すと、軽水の残量は 0.2% 以下になります。つまり、99.8% の重水溶媒に置き換わることになるのです。蛋白質分子がフィルターに吸い付いてしまうという難点を除けば、かなり安全な方法でしょう。今回の右側のスペクトルは、そのようにして調製した試料を測定したものでした。

さて、重水溶媒に溶かすと、少しですが、化学シフトがずれてしまいます。もちろん、pH (pD) も。したがいまして、構造計算に使う NOE の解析が厄介になりかねません。おそらく、これが軽水溶媒のままで全てのスペクトルをとってしまいたい大きな理由でしょう。

しかし、次のようにしてはどうでしょうか?側鎖については、軽水溶媒試料の H(CCO)NH, C(CO)NH であらましを帰属し、次いで、重水溶媒試料の HCCH-TOCSY, HCCH-COSY で詳細に帰属します。そして、15N-edited NOESY では前者の帰属を重視し、逆に 13C-edited NOESY では後者の帰属結果を重視します。帰属のエクセルのカラムが二重になってしまいますが、この方法は有効でしょう。

まだまだ書きたい事が一杯あり、このまま止まらないような気もしますので、今晩はこの辺りにて。

(数日後)やっと 13C-edited NOESY が取り終わりました。左が軽水溶媒の、右が重水溶媒の試料で取ったスペクトルです。重水溶媒試料はアミコンにかけた分、濃度が落ちているはずですが、クロスピークはそれほど劣化していません。おそらく NOE は重水溶媒の方がよく出るのかもしれません。また、ついでに 13C 軸で折り返ったピークが負になるように設定した 1H-13C HSQC も取りました。これだと帰属も楽です。それに美しい。



2013年9月26日木曜日

蛋白質にも引っ掛かりが

蛋白質と摩擦 .... 何とも聞き慣れない用語の組み合わせが、下の論文に載っていました。

Sekhar, A., Vallurupalli, P., and Kay, L.E. (2012) Folding of the four-helix bundle FF domain from a compact on-pathway intermediate state is governed predominantly by water motion. Proc. Natl. Acad. Sci. U S A 109 (47), 19268-19273.

この論文のキーワードは friction です。これ「摩擦」と訳して良いのかな?もしかして「抵抗」だったら、どうも申し訳ないです。この「摩擦」の原因は大きく二つに分けられています。一つは、周りの溶媒である水のブラウン運動(溶媒摩擦)、もう一つは、蛋白質の原子自身の動き fluctuation(分子内摩擦)です。両者ともに蛋白質が解けた状態からちゃんと折り畳まれた状態に移る時に folding を邪魔します(ですので、摩擦 or 抵抗なのですね)。しかし、同時に unfold と fold の間を遮るエネルギーの障壁を越えるのにも働いてきます。「摩擦が折り畳みの駆動力にもなる?」何だかピンと来ないですね。

まず前者の溶媒摩擦についてですが、これはまさに粘性(η)と考えてよいようです。一方、分子内摩擦(σ)は、主鎖や側鎖の二面角が動く時の一種の抵抗(障壁?)などに起因するそうです。これら溶媒分子や蛋白質原子のランダムな運動がそれぞれ溶媒摩擦と分子内摩擦を生み出し、蛋白質の構造交換のスピードを落とすわけですが、同時にこのランダム運動が unfold と fold 状態の間の活性化エネルギーの壁を飛び越える原動力にもなるそうです。確かに各原子がその場にじっと止まったままでは、unfold は unfold のまま、fold は fold のままですね。原子がいろいろな方向にでたらめに動いている内に unfold と fold の間の壁を偶然に乗り越えてしまうということも起こるのでしょう。では、溶媒分子と蛋白質原子のどちらのランダム揺れの影響が強いのか?この論文に載っている結果では、溶媒摩擦が 1 cP(センチポアズ)程度であるのに対して、分子内摩擦は 0.3 cP ぐらいであり、分子内摩擦が予想に反して小さいとの事でした(ちなみにマヨネーズは 8,000 cP なので、原材料の生卵のリゾチームの主鎖・側鎖の原子は超ゆっくりと動いてているのでしょうか?)。

しかし、摩擦は抵抗ですので、大局的に見ると、溶媒摩擦である粘度(η)と分子内摩擦(σ)は、unfold と fold の間を行き来する交換の速度を遅くしてしまいます。この論文では unfold というより folding への中間状態の構造(intermediate)と完全に fold した構造(native)の間の交換速度を測っています。この交換速度定数を k(IN) と k(NI) と表すことにしましょう。それぞれ、I 状態から N 状態への交換速度定数、N 状態から I 状態への交換速度定数を示します。そして、この速度定数 k は、溶媒摩擦(粘度)と分子内摩擦の和(η+σ)に反比例します。また k の逆数は寿命時間ですので、寿命時間は(η+σ)に比例すると考えてもよいようです。

ここで、I 状態の数(p(I))は全体の数% 以下しかない場合が多いですので、I 状態の HSQC などは直接観ることができません。しかし、NMR の CPMG 法を使うと、k(IN) , k(NI), p(I), p(N) などを決めることができます。さらに、CPMG 実験では、I と N 状態の間の化学シフトの差(残念ながら、絶対値なのですが)が求まりますので、頑張れば I 状態の HSQC を「計算で予測する」こともできるわけです(すごいです!)。

著者らは、いろいろな粘度(0.9 ~ 2.2 cP)でこの CPMG 実験を行いました。粘度を上げるためにグリセロールや BSA を溶液に加えていますが、それらが I, N いずれの立体構造をも変えていないことを化学シフトが同じであることから証明しています。さらに粘度が変わっても p(I) は変わりませんでした。これらが結果を導くための前提条件となります。つまり、グリセロールなどの viscogen(粘性分子?何と訳しましょう?)は、単純に溶媒の粘度だけを変えるのです(ただし、I と N の間にある遷移状態 TS の構造に影響を与えるかどうかについては後ほど)。

では、溶媒摩擦が I から N への構造交換にどのように関わって来るのでしょうか?ここでの I 構造は完全に解けた構造ではなく、そこそこ fold しています。しかし、もちろん Native 構造とは少し異なります。そこで、この I から N へ移行するためには、一旦 I での分子内相互作用が壊れ、かなり伸びた遷移状態 TS 構造を経て、最終的に N 構造に移る必要があります。TS の伸びたポリペプチド鎖が溶媒の中を進まないといけませんので、粘度が高いとそのスピードがゆっくりとなってしまうわけです。さらに、I や N では、かなりの数の水素結合は(もちろん I と N とで、組み合わせペアが異なるのですが)分子内で組まれています。ところが、TS ではそれらの基が溶媒に露出するため、溶媒と水素結合を組みます。このような水素結合の組み換えが起こる時、溶媒の粘性が影響してきます。

なお、グリセロールや BSA などの viscogen は I, N, TS 構造のいずれとも相互作用していません(単純に溶媒の粘性だけを上げている)。もし、I, N にくっ付いてその構造を変えてしまうと、それら 1H-15N の化学シフト値も変わってしまうはずです。さらに p(I), p(N) も変わりますが、そのようになってしまったデータはこの論文ではちゃんと捨てられています。また、著者らの実験では TS 構造にもくっついていないとされています。

Viscogen が TS 構造を不安定化させ、活性化エネルギーを上げたと仮定しても、k(IN), k(NI) は同じように遅くなります。そして、その比である p(I), p(N) は変化しません(p(I)*k(IN) = p(N)*k(NI), この遷移構造を逆に安定化して活性化エネルギーを下げるのが一般的な触媒の働きです。触媒は両方向の反応速度を速めますが、基質と生成物の平衡状態でのモル比を変えるものではありません)。著者らはグリセロールと BSA という異なる種類の viscogen を使った時の結果を比べ、両者の分子内摩擦(σ)がほとんど同じだったことから、これら viscogen は TS 構造を不安定化させていないと判断しました。もし、不安定化せさているのであれば、グリセロールと BSA ではその程度が異なり、ひいては分子内摩擦の値(σ)も違ってくるためです(I → TS → N と移るので、TS に viscogen がくっ付いて不安定になると(活性化エネルギーが上がると)、I → TS が進みにくくなり、分子内摩擦が上がったように見える)。

水和水を含め、昔から水が蛋白質の構造形成に重要であることは知られていました。例えば、分子内や分子間の疎水的相互作用の内、エントロピー項として効いてくるのは溶媒分子によるものです。ちなみに、エンタルピー項は van-der-Waals 力です。しかし、細かい数値的にはなかなか一致した結果が出ていないような気がします。今回の研究結果についても FF-domain だけでなく、もっと多くの蛋白質で調べないとはっきりとした事は言えないでしょう。しかし、R2-dispersion 法(緩和分散法)がこのような物性をも調べる方法の一つになるとは驚きでした。ちょっと専門外の内容でしたので、正しく読めているかどうかの自信はありませんが、実際に論文を読まれる際の理解の一助になるとうれしいです。またまた図が皆無ですが、原著論文の figure を是非参考にしてください(特に Fig. 4B)。

2013年9月20日金曜日

にぬきはできるだけ避けたい その2

なんと前回の内容にコメントが2件も寄せられました(ご覧になられているのが "Blogger" 側の設定でしたら、コメントと書かれた箇所をクリックしないと、このコメントの内容が見られないようになっている場合がありますので、ご注意ください)。このコメント内容に全く賛成です(おかげさまで、今日書くべき内容が無くなってしまいました ..... )。どうもありがとうございました。

確かに DTT の酸化(劣化)は、温度が高いと速いように思います。そこで、NMR 試料に加える重水素化 DTT などは、1 M ストックを 10 uL ずつぐらいに分注して冷凍しておきます。目的の蛋白質試料が 300 uL あるとすると、そこに重水素化 DTT を 3 uL 入れると、DTT の濃度が 10 mM の濃度になりますね。

同じ方から、TCEP の方が酸化しにくいという情報も頂きました。なるほど、Wikipedia には DTT や β-メルカプトエタノールより良さそうと書かれています。今度使ってみましょう。重水素化 TCEP はあるのかな?

それにしても、100 アミノ酸程度の DNA の合成の費用が 25,000 円とは驚きです。2,000 年頃でしたか、.... 知り合いの人から 200 アミノ酸ぐらいの DNA の合成で百万円以上かかったと聞いたことがあります。確か human からサブクローニングした cDNA でしたので、発現が悪く悪戦苦闘していたようです。レアコドンの tRNA を供給するようなタイプの大腸菌を用いても、あまり効果が上がらなかったそうな。そこで、思い切って DNA の全合成をしました。その時に、もちろん大腸菌のコドン使用頻度(codon-usage)に最適化して合成しました。すると、今度は発現し過ぎて困るという事態に。。。培養の時に温度を下げたり、誘導物質の IPTG をちょっとにしたりして、なんとか発現し過ぎを抑えたそうです。あまり慌てて発現させると、folding が追い付かないのか、せっかく発現した蛋白質が封入体(inclusion-body)に行ってしまうのですね。

その時に Cys を Ser に替えて DNA を合成しておけば良かったのですが、すでに出ていた結晶構造を見る限り Cys は中に埋もれているので大丈夫だろうとの憶測で、Cys のまま DNA を合成しました。すると、調製した直後は NMR ピークがなんとか観えているのですが、1日経ち、2日経ち、... とどんどんピークが消えて行くのです。結局、主鎖の帰属用の3次元スペクトルをとると、全体の半分ぐらいしかピークが現れず、5年間かけても帰属が半分強までしか達成できませんでした。当時としては世界最高記録の 1H 感度の機械で測定したのですが。。。

結局、その試料は当分の間忘れ去られることになったのですが、ある時、蛋白質試料の安定化を研究している人からテスト用に使いたいという申し出があり、お渡しすることになりました。真っ先に行ったことは Cys から Ser への置換だそうです。すると、どうした事でしょう。それまで観えなかったピークがわさわさと、土筆(雨後の筍?)のように生えてきたではないですか!しかも、1年放っておいても同じ!結局8年目にしてほぼ 100% の帰属が達成されましたが、もっと早く Ser への置換体を作っておけば創薬 NMR 関連でちょっとした成果が出せたかもしれず、悔やまれます。

この結果は Cys が構造の中の方に埋まっていても油断はできないということを示しています。蛋白質は時々ガバッと開いては閉じるといった breathing-motion(呼吸運度?)を伴っていると言われています。その時に一瞬ですが Cys が露出してしまうのかもしれません。もし、運悪くすぐ隣に同じように開いた蛋白質分子がいると、それと disulfide-bond を作ってしまうのでしょう。こうして出来た二量体では、その disulfide-bond が中に埋もれてしまい、なかなか DTT などの還元剤が近付くことができません。そのため、disulfide-bond が還元されて切れるよりかは、新たに形成されていく方が優勢になってしまい、さらに下手をすると、どんどん凝集が進んで多量体へと変貌してしまうのかもしれません。

このような酸化還元反応は本来は可逆のはずですので、原理的には新鮮な DTT を大量に入れておけば大丈夫のはずです。ところが「にぬき」はどんなに頑張っても「生卵」に戻せないのと同じように、disulfide-bond そのものが中に埋もれて、そこに還元剤が辿り着けないような状況になってしまうと、事実上「不可逆」になってしまいます。

それにしても、コメント2のコメント「また、最初から蛋白質内のシステインを無くしておけば、のちのち DOTA やら CPP やらを導入しては楽しむ、のが簡単になります」→ このような実験を「楽しめる!」人となると、誰?思い付く人数が限られてきてしまう ... 。

DOTA:1,4,7,10-テトラアザシクロドデカン-N,N',N'',N'''-四酢酸
CPP:膜透過性ペプチド(cell-penetrating peptide)

N2 ガスを満たした袋に NMR 試料管を入れて冷蔵庫に入れておく。→ これ名案ですね!

2013年9月14日土曜日

にぬきはできるだけ避けたい その1

このブログの来場者数を眺めてみると、どうも NMR のスピン系について書いたページは訪問者が悲しいまでに少なく、試料に関する事を書いたページは多いようです。なるほど確かにこれだけ図も少なく、しかもテキストモードの数式では読むのもしんどいことでしょう。まだ前々回のグラジエントの続きを書かないと駄目なのですが、ここで少し NMR の試料調製について幾つか連載したいと思います。

ただし、蛋白質試料を基にした試料調製であり、多くが単なる筆者達?の経験に基づいて頑なに?信じている内容ですので、「本当は違うことが証明されている!」なんて事も多々含まれてしまっているかもしれません。

まず最初は、「蛋白質にシステイン(Cys)が含まれていたら?」についてです。蛋白質が折り畳まれる(folding)時には、疎水性相互作用、静電的相互作用、水素結合、水和などが主な駆動力になっているわけですが、これらはきっちりとした化学結合ではありません(水素結合については、J-coupling が存在しますので、半ば結合とも言えますが)。ところが、システインどうしのジスルフィド結合(disulfild-bond)については、完全な化学結合と言えます。Cys の側鎖を Ca-Cb-Sg-Hg で表しますと、二つのシステインの頭どうしが結合して Ca-Cb-Sg-Sg-Cb-Ca となるのです。これが分子内の二つの Cys どうしで掛かっている場合にはさほどの問題ではありません。むしろ、実際にそのように結合があり、folding の大きな助けになっているのでしょう。

ところが、このジスルフィド結合が、ある分子と別の分子の間(つまり、分子内ではなく分子間)で意図せずに掛かると厄介です。単量体どうしの間に赤い糸ができて二量体となってしまいます。もし、分子の中にたくさんの Cys があると、別の Cys がまた別の分子の Cys と結ばれてといった状況で、まるで数珠繋ぎにほとんど無限に連結されてしまいます。これはまさに「にぬき」の状態です(おいしいですね。海の塩を振り掛けたにぬきは大好物です)。

このいわば非特異的な希望しないジスルフィド結合の形成を防ぐには、試料の中に還元剤を入れておきます。例えばジチオスレイトール(DTT)などです(th の発音をタ行で書けば、ディティオトゥレイトール)。しかし、たとえ 10 mM 程度入れておいても、これどのぐらい保つのでしょう?この DTT は酸素と触れると自らが酸化されてしまい、もう還元力は無くなってしまいます。したがって、NMR 試料管にできるだけ空気を入れないようにしないといけません。しかし、キャップを閉めようが、パラフィルムを巻こうが大して効果はありません。その証拠に NMR 試料管の中にクロロホルムを入れ、自分で納得の行くまでキャップやパラフィルムで閉管し、ドラフトの中に置いておいてください。翌朝どれだけ蒸発して減っていることか?密閉は火で封管しない限り無理ということです(注意:クロロホルム溶液は火で封管しようとすると、有毒ガスのホスゲンが出ますので駄目ですよ)。

おそらくですが、10 mM の効き目は数日以内かもしれません。もし、試料溶液をシゲミ製造のすばらしいガラス管の底に注ぎ入れ、ピストンを差し込むのに数分間もたついた場合には、もはや DTT の効果は0と考えてもよいでしょう。また、DTT の臭い匂いが残っていても、これは還元力とは関係ありません(安心しないで)。それに DTT には 1H が一杯付いていますので、10 mM も入れると蛋白質試料 0.1 mM の 100 倍以上の強度のピークが出てしまいます。その状態で NOE をとってもアーティファクトにただただ悩まされるだけです(このような場合、普通は高価な重水素化 DTT を入れます)。

DTT (dithiothreitol) = HS-CH2-CH(OH)-CH(OH)-CH2-SH

このアーティファクトのピークについては、また別の機会に触れることにしましょう。

また、蛋白質を凍結乾燥すると、このような小さな分子は飛んで行ってしまっているかもしれません。ですので、それに水を加えて再生させる場合には、DTT を新たに加えてあげましょう。よくこの追加を忘れて(あるいは、第三者に凍結乾燥品を渡した際に「DTT 入りの水で溶かすのだよ!」という注意点を伝え忘れて)金粉より高価な白粉をエッペンドルフの底に見る羽目になってしまうのです。

このような Cys を一個でも含む蛋白質は、精製の初期段階から 1 mM DTT を精製用 buffer 全てに入れておくのが良いでしょう。しかし、最近は His-tag Ni キレートカラムがよく使われ、これに DTT 溶液を注ぐと、おいしいメロンソーダが、これもまた美味しそうなチョコレートパフェに一瞬で変身してしまいます。これは新人(新入生)に体験してもらうのが良いですので、あまり教えないでおきましょう(ただし、捨てる寸前のカラムを渡しておく)。

あれ?書きたい本命に行く前にすでに1頁を超えてしまいました。以上は前置きです。いずれにしても、例えば 2H, 15N, 13C で標識した、たった 300 uL で数十万円もかかったような試料では、たとえちゃんと DTT を入れていても何ヶ月も同じ再現性あるスペクトルを期待するのは難しいといえるでしょう。NMR のプローブ内の温度調整は窒素ガスでなされている場合が多いので、あとは窒素ガスで満たした冷蔵庫があると良いのかも。

2013年9月4日水曜日

広幅化した所に交換あり

一昨日の論文 Science に Rex を決めたと書かれていましたので、その論文を引いてみました。

Wang, C., Rance, M., Palmer, III, A.G. (2003) Mapping chemical exchange in proteins with MW > 50 kD. J. Am. Chem. Soc., 125 (30), 8968–8969.

詳細は論文を参照して頂くこととして、この測定法の要点だけを簡単に?書いてみることにしましょう。

交換速度 Rex は、線幅の増幅という形で観ることができます。R2 を見かけの(apparent な)横緩和速度、R2o を本当の横緩和速度とすると、R2 = R2o + Rex となります。半値幅(ピークの高さが半分の所での線幅)は、R2/π となりますので、Rex が載れば載る程、線幅が拡がってしまうわけです。蛋白質の HSQC スペクトルなどで、「この蛋白質には構造あるいは化学交換があるので、ピークがブロードになっていますね」などとよく表現します。

さて問題は、どのようにして R2 と R2o を見分けるかです。これが分かれば自動的に Rex が求まってきます。簡単な方法としては「異様に R2 が大きい箇所には Rex があると思え」という方法です。これは原始的ながら的を得ていまして、HSQC でピークがブロードになったり、もはや観えなくなっている箇所には、かなりの確率で構造(化学)交換があります。

さて、上記の論文では、この原始的な方法を基にしながら、もう少しこれを格好良く裁いています。一つは R2 の代わりに R2α を使っています。ここで R2α とは TROSY ピークの横緩和速度の事です。したがって、高分子でも観えるという戦法です。15N のピークは、1HN が上向きスピン(α としましょう)にあるか、下向きスピン(β としましょう)にあるかによって、横緩和速度が異なってきます。この二重分裂線 doublet の横緩和速度の差が交差相関横緩和速度(の2倍 = 2*ηxy)です。要は doublet それぞれの半値幅を測り(R2α /π と R2β /π)それら同士を引き算すればよいわけです(R2β - R2α = 2*ηxy ここでは /π を両辺から省きました)。

この交差相関(横)緩和速度 ηxy についてですが、これには Rex が含まれていません。Doublet それぞれに同じ Rex 値が載っていますので、それら同士を引き算して求めた ηxy には、もはや Rex が入って来ないのです。

さて、一連のアミノ酸残基の R2α を見比べる際に、これを自分の残基の ηxy で割って規格化すると、たいへん都合が良くなります。しばしば、R2/R1 から分子の回転拡散の相関時間 τm を求める方法が使われますが、これと良く似た考え方です。他にも、ηxy/ηz を使う方法もあります。割り算をすることによって、さまざまな項を打ち消させるのです。では、R2α/ηxy の計算では何が打ち消されるのでしょう?

R2α = (d^2+c^2) { 4J(0) + 3J(ωN) } /2 + d^2 { J(ωH-ωN) + 6J(ωH) + 6J(ωH+ωN) } /2 + Rex - η

η = dc { 4J(0) + 3J(ωN) } (3 cos^2(θ)-1) /2

ここで、d は双極子双極子相互作用に関する定数、c は化学シフト異方性に関する定数です。このような複雑な式どうしを割り算しても何も面白そうな項が出て来そうにないように思えますが、実は高分子では R2α はもっと簡単に下記のように近似されます。

R2α = (d^2+c^2) { 4J(0) + 3J(ωN) } /2 + Rex - η

それは、高分子になるほど分子はゆっくりと回転し、J(0) や J(ωN) などの低周波数成分が多くなり、J(ωH) 周辺の高周波数成分が少なくなります。低分子ですと、分子は高速回転しますので、J(ωH±ωN) 成分もまずまずの大きさを持ってしまいます。しかし、この方法は論文の題名にもある通り、50 kDa を超える蛋白質が相手です。すると、

R2α/ηxy = (d^2+c^2) / { dc (3 cos^2(θ)-1) } + Rex/ηxy - 1

となります。角度 θ は化学シフトテンソルの主軸と 1H-15N ベクトルとがなす角ですが、これは残基間であまり大差は無いと仮定すれば、R2α/ηxy は、Rex が混ざって来ない限り、単なる定数に近くなるのです。もし、上式のように Rex が混じっていると、Rex/ηxy の分だけ大きめの値をとります。このようにして、どの残基に Rex が含まれているかを判定しようとしたのが今回の論文です。

ただし、もう少し定量的に解析しています。R2α を求めるために 15N を横磁化にしてある期間だけ待っているのですが、この横磁化はその間に 1J-coupling により次のように変化して行きます。

2NyHz → -Nx → -2NyHz → Nx → 2NyHz

これで 2/J 時間だけ待ったことになります。すると、同位相である Nx の横緩和速度を計りたいのに、反位相である 2NyHz の緩和速度も半分だけ混じってきます。そこで、純粋な Nx の横緩和速度を測るために、どのようにして 2NyHz の緩和速度を見積もるかです。これには少し近似を使います。2NyHz の緩和速度は、Nxy の横緩和速度と Hz の縦緩和速度の足し算だと仮定するのです。本来は、両者が極端に違う大きさの場合にしかこれは成り立ちません。そして、Hz の縦緩和速度を測る代わりに、2NzHz の縦緩和速度を測ります。これも、Nz の縦緩和速度と Hz の縦緩和速度の足し算だと仮定できますが、高分子では Nz の縦緩和速度は非常に小さいので、これを無視します。このようにして、2NzHz の縦緩和速度を Hz の縦緩和速度とみなします。そこで、R2α* - R1(2NzHz)/2 を計算すると、同位相としての R2α 横緩和速度を求めることができます。まとめると

(R2α* - R1(2NzHz)/2) / ηxy + 1

R2α* は、同位相 Nx の横緩和速度と反位相 2NyHz の緩和速度の平均

を計算し、それが大きな残基は Rex/ηxy を含んでいるということです。いろいろと複雑な計算をしていますが、突き詰めていくと、やはり「異様に R2 が大きい箇所には Rex があると思え」に戻りそうです。

最後ですが、緩和速度どうしの引き算を計算するには、必ずしも半値幅どうしを引き算する必要はありません。ピーク強度どうしを割り算すれば良いのです。ピーク強度は例えば Io*exp(-Rt) と表されます。そこで、ピーク強度どうしを割り算すれば、exp の中は引き算になるのです。

長らく更新していなかったので、全部消されてしまいはしないかと心配でした。ここで更新しておけば、少しは安心です。

2013年9月2日月曜日

閉じて開いて

前回の投稿から 1.5ヶ月も経ってしまい、続きを書こうと思っても書いた本人ですら内容を忘れてしまっているという始末です。前回の内容を思い出すのに少し時間がかかりそうですので、今日は題材を替えて下記の論文を読んでみることにしました。

Whittier, S.K., Hengge, A.C., and Loria, J.P. (2013) Conformational motions regulate phosphoryl transfer in related protein tyrosine phosphatases. Science 341 (6148), 899-903.

このように蛋白 NMR 分野の論文が Nature や Science に出るのは嬉しい限りです。しかし、それにしてもこの5年間ほど R2-dispersion(緩和分散法)の論文が多いです。つまり、どちらかと言うと、蛋白質の物性的な側面を NMR で明らかにしたという基礎的研究の傾向が強いということでしょうか。しかし、今回の論文は同じ R2-dispersion でも少し?毛色が違います。今までは、例えば「酵素 A の open ←→ closed の動きが、基質が入り生産物が出ていくという代謝回転(turnover)と呼応しているよ(特に product の release が)」 という内容が多かったのです。ところが今回の論文は「Tyr-脱リン酸化酵素の open ←→ closed の動きが、リン酸基の切断反応と呼応しているよ」という結果を示しています。つまり、単なる「出入り」ではなく「化学反応」が、酵素の動きと呼応しているということです。

この論文では二つの phosphatase (PTP1B, YopH) が出てきます。二つとも立体構造や配列など色々な点で似ているのですが、どうも触媒反応速度が大きく異なり、YopH の方が 20 倍ほど速いらしいです。その理由がこの研究で分かりました。どうも反応に関与している活性ループ部分(10 残基)の動きが、YopH の方が速いらしいのです。このループは WPD-ループと呼ばれており、その中のアスパラギン酸が基質であるリン酸化チロシンにプロトンを与えます。すると、リン酸基がチロシンから外れて酵素の別の部分に付きます。チロシンを含んだペプチド部分は酵素から離れて行きます(以上が cleavage 反応)。そして、次にこのリン酸基が加水分解され、無機リン酸が酵素から離れることによって(これが hydrolysis 反応)一連の酵素反応が終わります。

したがって、この WPD-ループがゆっくりと close する PTP1B では、前半のプロトンを付加する反応も遅くなってしまい、結果として全体の酵素反応が遅くなるのです。この WPD-ループは、基質が無い状態では 10Å ほど離れた所にあり(open 状態)、数% の割合で活性部位にまで(closed 状態)揺れて来ます。いわゆる open ←→ closed の動きですが、open 状態が major (97.5%) です。この closed 状態に行く速度定数(k-close)が上記の切断反応の速度定数(k-cleavage)とほぼ同じでした。しかし、PTP1B では k-close = 22, k-cleavage = 25~80 /sec であるのに対して、YopH では k-close = 1,240, k-cleavage = 1,400 /sec と両者ともに速いのです。

次に、分解されないような模擬基質を入れて、複合体の状態で R2-dispersion を測ってみました。すると、k-close はあまり変わらなかったものの、k-open が極端に遅くなりました。これにより、今度は closed 状態が major となったのです。このように k-close がそれぞれの酵素で異なるものの k-cleavage と同じような値に維持されるというのは非常に興味深い結果です。まさに WPD-ループが閉じてきて、基質にプロトンを与えることにより切断反応が進むことを反映しています。

最後に、模擬生産物であるタングステンを入れてみました。すると、どちらの酵素も同じような速度定数でタングステンを放しました。したがって、一旦 cleavage と hydrolysis が終わると、生産物の放出は両者の酵素で同じように起こる(WPD-ループが同じような速度で open する)ということです。ここまで来ると、なかなか神秘的な感じもします。

なぜ、PTP1B の WPD-ループがゆっくりと閉まるのかについてはよく分かっていないようです。論文には中に Pro があるためではないかと書かれています。切断反応自身は、もっと速く(fs ぐらい?)起こっているので、まさにこの閉じる運動が律速になっています。きっと進化の過程でこのような差が意味をもって生じてきたのでしょう。

2013年7月18日木曜日

開いて結んで 2

「明日に続きを書く」などと書いておきながら5日も経ってしまいました。その間にもいろいろと面白い話が生まれましたので、急いでこの「開いて結んで」を終わらせることにしましょう。

変な題名だと思われるかもしれません。「開いて」は最初の S 核への gradient, Gs により磁化ベクトルが z 軸に沿ってとぐろを巻くように開くことを意味します。その結果、d 時点でのコヒーレンスは、Ix cos(ωs t1 - γs Gs) のようになりました。ここにもう一つのグラジエントをかけます。この Gi の強さは、Gs * γs/γi の大きさです。もし、S=15N でしたら 1/10 程度、S=13C でしたら 1/4 程度の大きさです。もちろん、グラジエントの強度を γs/γi 倍に変える代わりに、グラジエントの時間を変えても構いません。

Gradient の効果を cos, sin の式に簡単に入れ込む場合には、Ix cos(A) + Iy sin(A) の形になっている必要がありました(「直交演算子 or 昇降演算子」をご参照)。そこで、先ほどの Ix cos(ωs t1 - γs Gs) を無理矢理に次の形に変えたのでした(τs z を付けてあります)。

Ix cos(ωs t1 - γs Gs τs z) = 1/2 { Ix cos(ωs t1 - γs Gs τs z) + Iy sin(ωs t1 - γs Gs τs z) } + 1/2 { Ix cos(-ωs t1 + γs Gs τs z) + Iy sin(-ωs t1 + γs Gs τs z) }

この式の変形は、どのようにイメージすれば良いのでしょうか?例えば、Ix cos(A) + Iy sin(A) は、x 軸から y 軸にかけて磁化ベクトルの向きが角度 A だけずれていることを意味します。すると、前半の式では、A = (ωs t1 - γs Gs τs z) ですので、+ωs t1 だけずれた磁化ベクトルが、γs Gs τs のねじれ具合で z 軸周りに時計回りの方向にとぐろを巻いていることになります。一方、後半の式では、A = (-ωs t1 + γs Gs τs z) ですので、-ωs t1 だけ向きがずれた磁化ベクトルが、先ほどとは逆の方向に z 軸に沿ってとぐろを巻いていることになります。

次の e 時点で I 核に gradient, Gi をかけます。この Gi の極性にもよりますが、たまたま半時計回りにとぐろを巻くとします。すると、先ほどの前半の式の時計回りのとぐろは上手い具合に解けていきます。一方、後半の式のとぐろは反時計回りにさらにきつくなってしまい、もはや FID で観ることができなくなってしまいます。式で表すと

1/2 { Ix cos(ωs t1 - γs Gs τs z + γi Gi τi z) + Iy sin(ωs t1 - γs Gs τs z + γi Gi τi z) } + 1/2 { Ix cos(-ωs t1 + γs Gs τs z + γi Gi τi z) + Iy sin(-ωs t1 + γs Gs τs z + γi Gi τi z) }

となり、γs Gs τs z = γi Gi τi z という関係がありますので、最終的には前半の

1/2 { Ix cos(ωs t1) + Iy sin(ωs t1) }

だけが FID として観測されます。もちろん、このようなトリックを使わずに、地道に計算をしても構いません。

Ix cos(ωs t1 - Gs)
→ Ix cos(ωs t1 - Gs)cos(Gi) + Iy cos(ωs t1 - Gs)sin(Gi)
= 1/2 Ix { cos(ωs t1 - Gs + Gi) + cos(ωs t1 - Gs - Gi) } + 1/2 Iy { sin(ωs t1 - Gs + Gi) - cos(ωs t1 - Gs - Gi) }
= 1/2 { Ix cos(ωs t1) + Iy sin(ωs t1) }

ここでは、高校の時に習った加法定理を使いました。

cosA cosB = 1/2 { cos(A+B) + cos(A-B) }
cosA sinB = 1/2 { sin(A+B) - cos(A-B) }

また、cos(ωs t1 - Gs - Gi) などの項は、z 軸に沿ってとぐろを巻き過ぎ、FID で観ることができませんので、上式では消しました。

この式は一瞬良いように見えますが、cos と sin を同時に検出し保存してしまっているため、t1 と t2 の位相がごちゃ混ぜになってしまい、最終的には絶対値 qf モードで表示しないといけなくなってしまうのです(「実と虚がごちゃ混ぜに QF モード」をご参照)。

もし、グラジエントをかけなかったとすると、Ix cos(ωs t1) の状態で FID に突入していたことでしょう。これならば、cos と sin が別々に保存されるので何の問題もないように思えますが、フーリエ変換してみると間接測定軸に沿って鏡像状態となり、スペクトルとしては役に立たないでしょう。

2013年7月11日木曜日

開いて結んで 1

ちょっと気を許すとすぐに月日が経ってしまい、あれを書こう、これを書こうと考えていてもすぐに忘れてしまいます。前回の qf 法から、いったいどのように繋げようかと困ってしまいました。この暑さも問題なのですが ... 。

某 Br 社の標準パルスプログラムの中に hsqcetgp という名の系列がありますので、今日はこれを題材に使うことにしましょう。添付の図はこれとは少し異なりますが、本質は同じです。ちなみに et は echo/antiecho の、gp は gradient program の略(のはず)です。

図の中で時点 a から S 核の化学シフトの展開が始まります。したがって、a 時点でのコヒーレンスは 2SxIz です。Δt1 の最中に化学シフトが展開しますので

2SxIz → 2SxIz cos(ωs t1) + 2SyIz sin(ωs t1)

のようになります。図では、2Iz の共通項は変化しませんので、括弧から括り出してあります。また、Δt1 のど真ん中に 1H の 180° パルスがありますので、本当は全体に − が付くはずですが、この辺りの符号は適当に無視することにしましょう。


さて、実際には、S 核の化学シフトだけではなく、グラジエントもかかってきます(二つで一つと考えてください)。上の式は、ちょうどグラジエントがそのまま書き込めるような便利な形になっていますので、b 時点のコヒーレンスとしては、

2SxIz → 2SxIz cos(ωs t1 -γs Gs) + 2SyIz sin(ωs t1 -γs Gs)

のように cos と sin の両方に -γs Gs を加えてやると良いでしょう。図の方では、もう少し正確に -γs Gs τs z などと書いていますが、ここでは本質だけに絞ることにします。

さて、ここで Δt1 が終わり S と I の両方に 90° パルスが打たれます。その結果

→ -2SzIy cos(ωs t1 - γs Gs) - 2SyIy sin(ωs t1 - γs Gs)

のように変化しますが、後ろの 2SyIy のコヒーレンスは、もう FID 期間で検出して観ることができませんので、この時点で消しておきます。したがって、sin の項は消え、cos の項だけが残ります。

もし、TPPI-States 法や States 法を採っていると、今度は S 核の 90° パルスを x から打ちます。その結果、今度は cos の項が消え、sin の項だけが生き残ります。このようにして、cos と sin を別々に取って「別々に」保存します。

さて、c 時点で残った -2SzIy cos(ωs t1 - γs Gs) は、今度は d 時点に向かって、1J カップリングにより収束します。

-2SzIy cos(ωs t1 - γs Gs) → Ix cos(ωs t1 - γs Gs)

もし、d-e 間の gradient が無ければ、このまま FID に突入です。ところが、gradient-echo により思いも寄らない事態が起こります。まさに数学のトリックとしか思えないのですが、図の d 式を整理すると、Ix cos(ωs t1 - γs Gs) に最終的にならないでしょうか?この時に使った公式は、

cos(A) = cos(-A)
sin(A) = -sin(A)

です。したがって、

Ix cos(A) = 1/2 { Ix cos(A) + Iy sin(A) } + 1/2 { Ix cos(-A) + Iy sin(-A) }
A = ωs t1 - γs Gs

となるようにしました。

もしかして、1日に書き込める量に達してしまうかもしれませんので、続きは明日?に。

2013年6月28日金曜日

実と虚がごちゃ混ぜに QF モード

二次元 NMR スペクトルなどで、縦軸(間接測定軸)は普通 States-TPPI と呼ばれる方法で検出されます。これは cos(ωs t1) と sin(ωs t1) が別々に検出できるように、Δt1 の前か後の 90° パルスを x その次は y という位相で打つ方法です(実際には、これだけですと States 法と呼ばれますが、States-TPPI 法では、アーティファクトをスペクトルの端に押し退けるために、FID の位相も回します)。

ところが、某 Br 社の標準パルスプログラムの中には、例えば hmqcqf のように、後に qf という文字が付くパルスプログラムがたくさん有り、これらはフーリエ変換の後に絶対値モードにして仕上げるのです。そのため「QF モード = magnitude モード」という図式が出来上がってしまっているのですが、さて、この QF とは何でしょう?また、何故わざわざ絶対値にしないと駄目なのでしょう?

どうも直接測定軸(FID)と間接測定軸とで定義が少し違うようですので、これからの話は後者だけに絞ることにしましょう。普通、間接測定軸は上記のように cos(ωs t1) と sin(ωs t1) の成分を「別々に」検出して「別々に」保存します。この「別々に」が重要なのです。一般的なプロセスでは、cos(ωs t1) の成分の方を実部(real), sin(ωs t1) の成分の方を虚部(imaginary)としてくっ付けます。すると、

cos(ωs t1) + i sin(ωs t1) = exp(i ωs t1)

となりますので、これをフーリエ変換すると、ωs の位置にピークがにょきっと出るわけです。このようにフーリエ変換の際に結局はくっ付けてしまうのであれば、最初から「別々に」分ける必要などないのではないか、と思われるかもしれません。

ところが話はそう簡単ではないのです。これは間接測定軸の話でして、同時に直接測定軸 FID にも real の成分として cos(ωi t2) が、imaginary の成分として sin(ωi t2) があります。したがって、間接測定軸の real と imaginary を区別なく混ぜこぜにしてしまうと、i * i = -1 の法則にしたがって、両軸の imaginary どうしが合わさって real に変身してしまうのです。すると、たいへん、t1 と t2 の成分が混ざり合ってしまい、フーリエ変換後、一応の周波数は得られるものの、位相がめちゃめちゃになってしまうのです。この位相が混乱したスペクトルは見れたものではありません。正や負、吸収波形や分散波形が入り交じります。そこで、線幅が広くなるのはぐっと我慢しながらも絶対値モードにせざるを得なくなるわけです。

さて、qf-mode に話を戻しますと、このモードでは、間接測定軸の cos(ωs t1) と sin(ωs t1) の成分を同時に検出します(注)。ですので、直接測定軸ではちゃんと cos(ωi t2) と sin(ωi t2) の成分に分かれていても、すでに両軸の情報は混ざり合ってしまっているわけです。次回は、hmqcqf を例に、この混ざり合い具合を見てみることにしましょう。その次は、ここにグラジエントをかけてみましょう。前の前の記事で、

Ix cos(ωt-G) + Iy sin(ωt-G)

という式を組み立てました。この式から推測できるように、グラジエントをかけると、cos と sin が両方が揃った式が出来上がってしまうのです。ちょうど qf モードの出番となります。このためのパルスプログラムが hmqcgpqf です(gp は gradient-program の略)。

さらに、いつまでも絶対値モードで甘えていてはいけない、この cos と sin の成分を分ける工夫をしなければということで登場したのが PEP 法で、これならばグラジエントをかけて cos と sin を共存させても(ちゃんと後で分けられるのだから)良かろうという事になり生まれたのが、echo/anti-echo 法です。題材が脇道に逸れてしまわないようにしなければいけませんが、おいおい書いていくことにしましょう。

(追伸)上記のように qf モードでは、cos と sin 成分に分けません。したがって、一次元を連続して 30 本とりたいなどという場合に、この 30 を入力するのにも使われます。もちろん、この 30 を入れた次元はフーリエ変換しません。もし、ここを States-TPPI などとしてしまうと、例えば 15 本しか一次元を取ってくれなかったりするのかも。

(注)Δt1 の前か後の 90° パルスを x その次は y という位相で打つわけではないので、グラジエントが無ければ cos(ωs t1) 成分だけが検出されます。そして、フーリエ変換後のスペクトルでは、間接測定軸に沿って鏡像が見られます。この鏡像を防ぐために、t1, t2 にグラジエントエコーをかけます。これで鏡像は消えますので、ちょうど cos(ωs t1) と sin(ωs t1) の両方を検出したのと同じ効果が得られます。直接測定軸では、I- 成分だけが検出コイルによって検出されますので、この I- と間接測定軸の I+ が結び付けられるわけです。間接測定軸の I+ はグラジエントのペアによってエコーにはならず消えてしまいます。これが QF モードで間接測定軸での鏡像化を防ぐ仕組みですが、もう最近は TPPI-States, PEP のように優れた位相検波法がありますので、そちらを使った方がよいでしょう。

2013年6月18日火曜日

怖い酵母

幼き頃は「酵母」と聞けば給食のパンを思い出したものですが、最近は日本酒が真っ先に浮かんできます。もちろん、ビール、あるいは、高級ワインの方がという方もおられることでしょう。少し前、どうして灘の酒が美味しいのかという事が書かれた本を読んでみました。もちろん、大正から昭和時代にかけて「山田錦 やまだにしき」と呼ばれる日本酒に向いた品質の米が作り出された事も大きな要因なのですが、もう一つ「水」に秘密があるらしいです。とにかく水に鉄分などのミネラルが極力含まれていないことが重要なのだそうです。さらに酵母の種類も重要です。このような本を読むと、まさにお酒が芸術品そのものだということにも納得します。

Saccharomyces cerevisiae は清酒酵母でもありますので、この単語をそのまま英辞郎で引くとちゃんと(出芽酵母)と出てきました。しかし、NMR の解析用の蛋白質を発現させるのに時々(希に?)使われる Pichia pastoris の方を英辞郎で引くと「そのような物はこの世に存在しません」「もしかして牧師?」などと返ってきます。

気を取り直して yahoo で引くと、何と蛋白質科学会アーカイブの櫻井先生の記事が飛び込んできました。ちゃんと NMR の試料調製用に書かれており、この学会のアーカイブは本当にすばらしいコレクションです。では、この櫻井先生の文章をちょっと(変えて)拝借することにいたしましょう。

メタノール資化酵母、よく「ピキア」と呼ばれる。目的の蛋白質に酵母特有のシグナル配列が付くように遺伝子を設計すると、翻訳された蛋白質が培地中に分泌される。そのため、遠心した後に上清を集めるだけで、かなり精製が進んだことになる。さまざまなシャペロン蛋白質の働きにより、大腸菌発現系よりも高い成功率で蛋白質が折り畳まれる。したがって、多数のジスルフィド結合を持った蛋白質をちゃんと fold させた状態で得るのに適している。

なるほど、お金と手間は大腸菌発現系よりかはかかるらしいですが、大腸菌でどうしても駄目(unfold した状態で発現してしまう)というような場合は、このように酵母を発現系として考えてみるのも良いでしょう。

そのような中(実はもう数年前だったのですが)もう一つ別の種類の酵母 Kluyveromyces lactis を使った発現系が下記に紹介されていました。

Sugiki, T., Shimada, I., and Takahashi, H. (2008) J. Biomol. NMR 42, 159-162.

このラテン学名、本当は斜字体で書かないといけないのですが、何と読むのでしょう?ウェブには「クルイヴェロマイセス・ラクティス」と仮名が振られていましたが、同時に「キラー酵母」とも書かれていました。何とも怖そうな名前の酵母です。

この論文によりますと、[13C]-メタノールで育てる(同時に、目的蛋白質を誘導させる)ピキアとは異なり、このラクティスには葡萄糖が使えるのだそうです。そして、もともとは 20g/(L 培地)程度の大量の葡萄糖が必要と考えられていたそうですが、新しい培地を酵母の成長とともにどんどん追加していくような方法により、最終的には 5g/L 程度まで [13C]-glucose を減らせるのだそうです。そこまで節約できるならば、不安定な蛋白質を大腸菌で何度も(従って合計すると何十リットルもの培地を使って)調製する場合よりも安価になるかもしれません。

2013年6月13日木曜日

直交演算子 or 昇降演算子

NMR を習い始めるとまず最初に先輩から「Product operator(直積演算子)を覚えろ」と言われます。この公式集を手洗いに貼って毎日呪文のように唱えて覚えると良いのだそうです。その貼り紙(カード?)を付録で付けた有名なジャーナル(Angewandte Chemie, アンゲヴァンテ ヒェミー、応用化学)もありました。その中で最初に出てくる式が

Ix cos(ωt) + Iy sin(ωt)

です。これは磁化ベクトル I が x 軸から y 軸に向けて、化学シフト値 ω で回転している途中の様子を表します。ここに J-coupling が入ってくると、2IxSz などの(文字通り)直積演算子が出始め、途端にややこしくなってきます。そこで、今日は J-coupling には触れずに、ここに傾斜磁場勾配(gradient)をかけた場合の式を考えてみましょう。余計ややこしい?

しかし、ある法則を使うと、意外にも簡単にグラジエントを含んだ式が扱えてしまうのです。その法則とは、

Ix cos(A) + Iy sin(A) = {Ip exp(-iA) + Im exp(+iA)}/2

です。ここで、Ip は I+ を、Im は I- の事を表します。図の方では添え字をちゃんと記していますので、そちらをご覧ください。では、この公式を最初の化学シフトの展開の式に当て嵌めると、次のようになります。


Ix cos(ωt) + Iy sin(ωt) = {Ip exp(-iωt) + Im exp(+iωt)}/2

この右辺は「+1 量子のコヒーレンスは -ω で回転し、-1 量子のコヒーレンスは +ω で回転する」と読みます。では「+2 量子のコヒーレンスはまさか -2ω で回転するのか?」と尋ねられそうですが、もし、その二つの核種が同じで同じ化学シフト値を持っていたならば yes です。何故、+1 量子コヒーレンスと -1 量子コヒーレンスとで回転の向きが異なるのかという問いには、こちらも勉強不足であまり上手く答えられません。一応、電磁波を吸収する場合と、逆に放射する場合とに対応しているのかな?という程度に覚えています。ここであまり回転を意識し過ぎると、左辺の x, y, z 座標での磁化ベクトルの回転とごっちゃになってしまいます。難しいです ..... 。

では、ここに gradient をかけてみましょう。教科書で gradient の頁をみると、よく「I+ にはグラジエントが正で働き Ip exp(iG)、I- にはグラジエントが負で働く Im exp(-iG)」などと書かれています。そのため、せっかく途中まで Ixyz を使って進めていた product operator を、グラジエントのかかった箇所でわざわざ I+, I- に変換しないといけないような事態になってしまいます。そして、グラジエントをかけ終わった後には再び Ixyz に戻すといった事に。。。このような相互変換は大変面倒です。

実は、グラジエントの場合でも「+2 量子のコヒーレンスはまさか +2G でとぐろを巻くのか?」と問われれば、同種核であれば yes となるのです。この法則は化学シフトの場合と同じであり、化学シフトの回転とグラジエントのとぐろ巻きを、同じ Ixyz どうしで表せることを意味します。

途中の式は図の方に譲りますが、結果として、

Ix cos(ωt-G) + Iy sin(ωt-G)

となります。図の方には G だけでなく γ, τ, z などの文字が付いていますが、覚える時に邪魔になってしまいますので、今はシンプルな上の形で覚えておくことにしましょう。

もちろん、Ip, Im の式にいちいち戻らなくても、上の式を得ることはできます。それは、化学シフトの回転とグラジエントのとぐろ巻きは数式的には似ているためです。

Ix cos(ωt) + Iy sin(ωt)
→ { Ix cos(ωt) + Iy sin(ωt) } cos(G) + { Iy cos(ωt) - Ix sin(ωt) } sin(G)
= Ix { cos(ωt)cos(G) - sin(ωt)sin(G) } + Iy { sin(ωt)cos(G) + cos(ωt)sin(G) }
= Ix cos(ωt+G) + Iy sin(ωt+G)

書いてしまってから思いましたが、こちらの方が簡単そうですね。

最後にプラスやマイナスの符号が本によって逆になっており、どれが本当か分からないという印象を持たれるかもしれません。この +- は定義によって逆転しますので、全く気にしないでください。ご自身の解釈の中で統一されていれば、それで充分です。実際、実機で実験してみると、配線の仕方によって、さらに逆転することも多々ありますし。

2013年6月12日水曜日

水とアミド基水素の交換 2

前回の投稿からあっという間に月日が経ち、ずいぶんと暑い日が続くようになってしまいました。この Cleanex-PM 実験もだんだんと有名になり、今では某 Br 社の標準パルスプログラムの中にもちゃんと含まれるようになりました。ただし、2D 1H-15N HSQC を多数枚順番に測定していくような形式になっています。したがって、もし途中で誰かが NMR 室のドアを開け放しにして、その時だけ室温が上がってしまったような場合、例えば、その時に測定していた τm=10ms のデータポイントだけがぽつんと外れてしまうような事が起こり得ます。これを防ぐには、15N 化学シフト値を検出するための Δt1 を増やすより前に、先に τm を振ってしまいます。すると、測定の途中で起こった「アクシデント」は、スペクトル全体にノイズとして散らばり薄まってしまうわけです(フーリエ変換 FT の前に起こった瞬間的な出来事(sec)は、変換後には周波数全体(Hz=1/sec)に散らばる)。もちろん被害が無いわけではありません。途中で地震などが起これば、もちろんノイズが多くなります。しかし、測定データのある箇所だけが全く使えなくなるのではなく、測定データ全体に被害が分散されるのです。このような変数の回し方を interleaved manner(交互測定法?)と呼んでおり、T1, T2 などの磁気緩和の測定でもよく使われています。もしかすると、Δt1 と τm の組み合わせをランダムにセットしても良いですね。広い意味での non-uniform-sampling となります。ただし、FT ではなく MEM(最大エントロピー法)を使うので強度が保証されなくなります。

ところで、Ceanex-PM の式が
I/I0 = kex / (R1A+kex−R1B)×[exp(−R1B tm)−exp{−(R1A+kex) tm}] 

と論文に記載されています。これの最適化(曲線のフィッティング)ツールをエクセル(また!)で作ってみました。ここで、R1A(1HN の横緩和と縦緩和の混合)、R1B(水の緩和)、kex(交換速度定数)などをちょこちょこを触ってみると、何がこの曲線の形を決めているのかの感覚が掴めます。その結果、R1B はもともと小さいので(0.5 /sec 程度)、大して重要ではないことが分かります。重要なのは、R1A と kex の値です。ところが非常に残念な事なのですが、両者の値を共に大きくしても、曲線の形はそれほど変わりません。お互いに変化を打ち消し合ってしまうのです。例えば、(R1A, kex)=(45, 25) と (56, 30) の二つの曲線は、よ〜く見ないと区別が付かないぐらいです。ということは、余程正確に測定点を得ないと、kex の値はあまり信用できないということになってしまいます。


これを防ぐにはどうすれば良いのでしょうか?一つの案として、pH を1だけ変えて同じ実験をしてみるという方法があります。もし、蛋白質に変性などが起こっていなければ、おそらく R1A の値は同じはずです。そして、R1B も。一方、kex の値は pH が1下がるにつれて 1/10 に小さくなります。そこで、例えば、pH 4, 5, 6, 7, 8(極端ですが)でとった5つの曲線を同時に最適化できれば、R1A, kex ともに非常に正しい値に近付くことでしょう。実は、重水素交換実験においても、pH6 と pH7 のように二つの1だけ異なる pH で実験を行い、交換速度がちょうど 10 倍異なる(pH が1高い方が kex が 10 倍大きい)ことを確かめておく必要があります(その理由については、またいつか)。

さて、この曲線の理論式ですが、これも過去にご紹介した McConnell の式から導くことができます。小豆本ならぬ空色本(Protein NMR Spectroscopy, 2nd ed.)で確かめようとしたのですが、どうもこの章の紙面を何処かに落っことしてしまったようです。ほとんど読んでもいないのに、背中の製本箇所からバラバラになってしまい、ページがあちこちへ風で飛んで行ってしまいました。どうして、paper-back にしても米国製の本はよくこうなるのでしょう?

交換の中でも NOE 現象を表した式が Cleanex-PM を表す式にもっとも近いと思います。この行列の中で速度定数 k (水→アミド基) を0に、k (アミド基→水) を kex と置くと、上記の式が出来上がります。何故、このような仮定が成り立つかですが、交換現象が平衡状態にあるということは、左から右へ行く速度と、右から左へ行く速度が釣り合っているということです。

N (1HN) * k (アミド基→水) = N (H2O) * k (水→アミド基)

が成り立ちます。ここで、アミド基の数 N (1HN)(せいぜい数 mM)に対して、水分子の数 N (H2O)(55,000*2 mM)は圧倒的に多いです。つまり、N (1HN) << N (H2O) です。そのため、k (アミド基→水) >> k (水→アミド基) となります。また、左辺と右辺を足すと kex になりますので、k (アミド基→水) ~ kex, k (水→アミド基) ~ 0 と置いてしまった訳です。

2013年5月20日月曜日

水とアミド基水素の交換 1

蛋白質のアミド基 -N-1H の水素は、溶媒である水などの 1H と交換してしまいます。この交換では、H2O および -N-1H のそれぞれの化学結合が切れて、お互いの 1H が化学的に交換してしまうのです(スワップ)。その結果、蛋白質の 2D 1H-15N HSQC 測定や、それを基にした 3D HNCA 測定などでは、感度が落ちてしまいます(特に pre-saturation と呼ばれる CW パルスを水の磁化に照射した場合など)。しかし、この交換から逆にある種の情報を得ることも可能です。

交換現象は、水により多く露出した箇所ほど頻繁に起こります。そこで、交換頻度がどの程度であるのかをそれぞれの -15N-1H で調べることができれば、その箇所がどれほど溶媒に露出しているか、あるいは、蛋白質内部に埋もれて(さらに、水素結合を組んで水の攻撃から守られているか)などを推測することができるわけです。

この交換速度を調べるのによく用いられる方法が、水素/重水素交換(hydrogen-exchange, H/D-exchange, proton/deuteron exchange)実験です。一般的には、凍結乾燥した蛋白質(このアミド基には 1H が付いている)に重水をさっと加え、急いで NMR にセットして測定を始めます。しかし、数秒程度で交換してしまうようなアミド基では、いくら急いで実際の測定を始めようとしても、シム合わせやチューニング-マッチング合わせなどの操作の間に数分は経ってしまっていますので、いざ測定を始めた時には「時すでに遅し」になってしまうのです。

そのような場合に役立つ実験法が、Cleanex-PM です。なんだかティッシュペーパのような名前ですが、参考論文を二報挙げておきましょう。昔、Cleanex-AM という名前があったそうです。

Hwang, T.L., Mori, S., Shaka, A.J., and van Zijl, P.C.M. (1997) Application of phase-modulated clean chemical exchange spectroscopy (CLEANEX-PM) to detect intermolecular NOEs. J. Am. Chem. Soc. 119, 6203-6204.

これは一次元版です。下の論文が二次元 1H-15N HSQC 版です。

Hwang, T.L., van Zijl, P.C.M., and Mori, S. (1998) Accurate quantitation of water-amide proton exchange rates using the phase-modulated clean chemical exchange (CLEANEX-PM) approach with a fast-HSQC (FHSQC) detection scheme. J. Biomol. NMR 11, 221-226.

さて、この 2D 1H-15N HSQC 版のパルス系列を見ますと、これは何気なく TOCSY 1H-15N HSQC あるいは、ROESY 1H-15N HSQC のパルス系列に似ています。異なる点は、パルスが始まってすぐの 1H-180 度パルスが、ハードパルスではなくガウシアン 7.5ms (@500MHz) の水選択的パルスになっている点でしょうか?この選択的パルスの両側にグラジエントパルスがサンドイッチしていますので、結果として水は y 方向に残りますが、それ以外の(蛋白質などの)1H はグラジエントや化学シフトで xy 平面上でばらばらになって全磁化を足し合わせると事実上消えてしまうのです。ということは、これは生き残った水の 1H から、壊滅してしまったアミド基の 1H へと化学交換の形で磁化移動させるための仕組みということになります。そして、もしその磁化移動が実際に起これば、本来は消えてしまった -15N-1H の 1H 磁化が復活し、後半の 2D 1H-15N HSQC でピークが観れるというわけです。

では、化学交換によって水の 1H がアミド基 1HN に直接移動するわけですが、この時間(mixing-time)の間に良からぬことも起こってしまいます。例えば、水の 1H が Ser-OH, Tyr-OH, Glu-COOH などの 1H と交換してしまい、その後にそれら交換性の 1H と観たいアミド基 1HN との間で NOE 現象が起きるかもしれません。これを exchange-relayed-NOE と呼びます。あるいは、1Ha の化学シフト値は水の化学シフト値(〜4.7ppm)と似ているために、1Ha の磁化が水の磁化といっしょに生き残ってしまい、これと観たいアミド基 1HN との間で NOE 現象が起きるかもしれません。これを分子内 NOE と呼びます(これは、蛋白質を重水素化したり、あるいは、13C 標識してフィルター法を使えば除けるでしょう)。これら exchange-relayed-NOE と分子内 NOE があると、観たいはずの水からアミド基 1HN への交換現象が誤魔化されてしまいます。そこで、τm の間打たれる CLEANEX-PM パルスは、これらの現象をできるだけ排除し、exchange だけを残すように設計されています。

詳細は次回以降に譲ることにしまして、まずは、NOE と ROE を除く仕組みについて考えてみましょう。蛋白質などの高分子で NOESY を測定すると、対角ピークと交差ピークは同じ符号になります(下図左)。これを負の NOE と呼びます。フーリエ変換した後は普通はできるだけ正の対角ピークになるように位相を補正しますので、見かけとは逆の呼び名となってしまい、たいへん紛らわしいです。一方、ROESY を測定すると、対角ピークと交差ピークの符号は逆になります(下図右)。これを正の NOE と呼びます。もし、対角ピークが正になるように位相を補正すると、交差ピークは負になります。このように NOESY と ROESY では(対角ピークの符号を両者で合わせようとすると)交差ピークの符号がお互いに逆になりますので、これをうまく調整してお互いを打消し合うように組んだ mixing 方法が CLEANEX-PM です。


では、どのようにして NOESY と ROESY を同時に起こさせるかについてです。NOESY は磁化が z 方向にある時に双極子双極子相互作用(dipole/dipole interaction)によって起こります。一方、ROESY は磁化が x, y 方向にある時に dipole/dipole interaction によって起こります(ただし、スピンロックなどによって2つの磁化ベクトルが同じ向きに揃っていなければならない)。したがって、z と xy 方向に磁化が存在する時間をうまく調整できると、NOESY と ROESY の交差ピークがお互いにキャンセルできます。

CLEANEX-PM のパルス系列は、以下のようになります。{135x, -120x, 110x, -110x, 120x, -135x}N 単位の N 回繰り返し。最初に水の磁化が y にありますので、この水の磁化は上記の CLEANEX-PM パルス系列によって、yz 平面上を回ります。しかし、y 方向と z 方向のどちらに偏っているかという点でみると、z 方向の方が2倍多く滞在するように設計されています。これは、ROE 効果の方が NOE 効果よりも2倍強いためです(ただし、高分子の条件下)。このようにして、高分子内の NOE と ROE の dipole/dipole interaction は、うまく打消し合って消すことができました。

また、TOCSY 効果が消せているかどうかについてですが、完璧ではありませんが、かなり消せているようです。そもそもどのようにすると TOCSY になってしまうかと言いますと、二つの異なる化学シフト値をもつ磁化ベクトルがありまして、両者をできるだけ離さずにくるくると同時に回す(具体的には、その分離差が、両者の間の J-coupling 値より小さくする)と良いわけです。たとえば、90x-180y-90x などと打つと、化学シフト値が少しぐらい違っていても、二つの磁化ベクトルはかなり揃って +z から -z に移動します。これを連続的に打ったのが MLEV 形式ですが、もっと工夫された WALTZ や DIPSI なども知られています。CLEANEX-PM はそこまで化学シフト値の差を縮めるようには設計されていません(80% 程度に縮める)。したがって、TOCSY 効果は(化学シフト値が偶然にも水の 4.7ppm に近い場合を除いて)それほど無いわけです。

2013年5月9日木曜日

蛋白質どうしの切り貼りが簡単に -続き-

先日、小橋川先生の INSET(isotopically invisible solubility/stability enhancement tag)法をご紹介したところ、読者の方より次の方法もあるよとのご紹介がありました。どうもありがとうございました。

Durst, F.G., Ou, H.D., Loehr, F., Doetsch, V., and Straub, W.E. (2008) The better tag remains unseen. J.Am.Chem.Soc. 130, 14932-14933.

小橋川先生の INSET 法では、目的の蛋白質と別のよく溶けるモデル蛋白質をソルターゼと呼ばれる酵素で繋げていました。一方、上記の論文では、酵素とそのリガンドとの相互作用を利用しています。もちろん、この親和性が弱ければすぐに離れてしまいますが、ここで使われているようなカルモジュリン(hCaM)とあるペプチド(CBP)でしたら、なかなか外れません。

この繋げ方は共有結合を利用しているわけではありませんので、題名の「切り貼り」はちょっと該当しないですね。

まず、目的の蛋白質の後ろに CBP(26 残基)が繋がった状態の遺伝子を作ります。目的の蛋白質はもともと不安定な性質を持っているでしょうから、頭に GST などの溶けやすい蛋白質を融合させておき、後で好きな時に切り離せるようにしておくと良いでしょう。そして、この CBP-fusion 蛋白質を 15N/13C 標識体として大腸菌に発現させます。一方、hCAM は非標識体として rich 培地で別途発現させます。後で精製し易いように、hCAM の後ろに His-tag などを付けておくと良いでしょう。そして、両者を混ぜ合わせると、CBP 部分が hCAM にがっちりと(鍵と鍵穴のように)くっ付くことにより、二つの蛋白質を繋げることができるという仕組みです。一旦つながってしまえば、先ほどの GST を FactorXa などのプロテアーゼで切り話しても大丈夫かもしれません。

この方法で少し問題となるのは、この CBP が hCaM に捕らえられると、CBP がしっかりとした構造をとるようになり(鍵穴の構造に沿った鍵の構造を採ります)、1H-15N HSQC などで信号が観えてしまう事です。論文では 23 残基分の信号が余計に観えてしまったと書かれていますので、そこだけは文字通り目をつむって見ないことにしましょう。

また、CaM には4つの Ca++ を配位させてありますので、目的の蛋白質を Ca++ で滴定したいなどの場合にはこの方法を使うことができません。その場合は、別の親和性の高い組み合わせ(例えば、PDZ ドメインとリガンドペプチドの組み合わせが勧められています)を試すと良いでしょう。解離定数が < 1 μM の親和性が必要ですので、複合体の形でゲル濾過に1時間ほど流しても、まだしっかりとくっ付いて溶出してくるような系を使うと良いでしょう。

そう言われてみれば、この方法は蛋白質を磁場中で配向させて、残余双極子相互作用値(RDC)を観る場合にも使われていました。CaM の Ca++ の代わりにランタノイド金属などを配位させると、CaM は NMR の磁場中で配向します。そこで、目的の蛋白質に CBP を付けておくと、その CBP にくっ付いた CaM につられて目的の蛋白質も配向してしまうという仕組みです。もちろん、CBP と目的の蛋白質の間のリンカー部分が柔軟過ぎて、目的の蛋白質だけがふらふらと揺れてしまうと台無しになってしまうのですが。

2013年4月28日日曜日

蛋白質どうしの切り貼りが簡単に

溶け難い蛋白質をどのようにして無理矢理にでも溶かすか?一つの方法として、良く溶けることがすでに分かっている蛋白質と融合させてしまう、つまり、fusion-protein として発現させてしまうという方法があります。例えば、よく使われる GST-tag などは、もちろん affinity-カラムを使って効率良く精製するためが主な目的なのですが、GST そのものが良く溶ける蛋白質であるため、その後ろ(あるいは前)に繋がっている目的の蛋白質もつられて溶けてしまうという性質をもたぶんに活用してもいます。ですので、精製がある程度進んだ段階で、GST と目的の蛋白質をプロテアーゼで切り離すと、途端に目的の蛋白質が沈殿してしまったなどという事は頻繁に起こります。

では、もう切り離すのは止めて、その fusion のままで NMR を測定してみては?ということになります。ところが、大腸菌などで fusion-protein を発現させると、目的の蛋白質だけでなく、タグ側の GST も 15N (13C) で標識されてしまい、NMR スペクトルは両者のピークが混在するという悲惨な状況になってしまいます。

これを防ぐには、GST-カラムのレジンに GST 部分だけをくっ付けたままで NMR を測定するという方法があります。あれ?その論文は何処に行ったのだろう?ちょっと探してみたのですが、見つからなかったので、同じ著者の関連論文を挙げておきます。

Hayashi, K. and Kojima, C. (2010) Efficient protein production method for NMR using soluble protein tags with cold shock expression vector. J. Biomol. NMR 48, 147-155.

レジンにくっ付いた GST は超高分子量になってしまいますので、ピークがブロード化し過ぎて見えなくなってしまいます。一方、その後ろに繋がっている目的の蛋白質は、長いひもで繋がれた子犬のように、あちこちを泳ぎ回るので、ピークが見えるというしくみです。

しかし、もし、GST などのタグ蛋白質部分だけが非標識で、目的の蛋白質部分だけが 15N, 13C で標識されていたら、これほど嬉しい事はないわけですが、それが何と可能となりました。

Kobashigawa, Y., Kumeta, H., Ogura, K., and Inagaki, F. (2009) Attachment of an NMR-invisible solubility enhancement tag using a sortase-mediated protein ligation method. J. Biomol. NMR 43, 145-150.

タグはタグだけで非標識の培地で発現させます。一方、目的の蛋白質は 15N/13C の入った M9 最少培地で発現させます。そして、それらを後で融合させるのです。
蛋白質どうしの融合という方法には何通りかありますが、有名なのが「インテイン」を使った方法です。

Otomo, T. Ito, N., Kyogoku, Y., Yamazaki, T. (1999) NMR observation of selected segments in a larger protein:  central-segment isotope labeling through intein-mediated ligation. Biochemistry 38, 16040–16044.

1999 年の発表ですか。。。時の経つのは速いものですね。

邦文の総説を見つけました。

湊雄一, 上田卓見, 町山麻子, 嶋田一夫, 岩井秀夫.「区分標識法によるマルチドメイン蛋白質の NMR 解析」日本核磁気共鳴学会誌 Vol. 3, pp. 11-18.

ヘルシンキ大学の岩井先生の総説ですね。うれしい事に one-click で本一冊まるごとがダウンロードされてしまいました。。。

しかし、この方法では、蛋白質を一度 unfold させないといけないので、refolding が可能な(いわば頑丈な)蛋白質にしか適用できないという欠点があります。ところが、上の Kobashigawa, Y. et al. の方法は、sortase (ソルターゼ:グラム陽性菌でペプチドグリカンを作るのを触媒するトランスペプチダーゼだそうです)を使って、一種の切り貼りをしてしまおうというわけです。たいへん面白いですね。
著者らは、さらにいろいろな工夫を凝らして効率を上げています。例えば、ソルターゼは酵素ですので、逆反応も触媒してしまうわけです。つまり、「切り」と逆の「貼り」の両方を同時に進めてしまう。これでは、行ったり来たりで前進0です。そこで、tag と目的の蛋白質を融合させる際に出てくる(何と表現すれば良いのでしょう)切り代(しろ)?をせっせと取り除き、逆反応が進まなくなるように工夫しています。切り代は小さいですので、透析で除くのです(つまり、何もせずに放っておくだけで良い)。

その他の詳細は Kobashigawa, Y. et al. に載っておりますので、是非読んでみてください。また近々「生物物理学会誌」にも総説が載るとの噂です。

2013年4月25日木曜日

GPCR の NMR 解析 1

● これまでの GPCR の構造解析 

G 蛋白質共役受容体(GPCR)は、細胞膜に埋まった蛋白質で、細胞の外側に付いたホルモンや神経伝達物質などの情報を細胞内に伝える働きを担っています。このようにシグナル伝達の開始部分のスイッチとして働いているため、全創薬の 30-40% ほどのターゲットになっているらしいです。つい最近まで、ロドプシンを除いて GPCR の立体構造は解かれてはいなかったのですが、2007 年に β2アドレナリン受容体の結晶構造が決定されました。その後、2012/12 までに 13 個もの GPCR の構造が決められました。
● 試料条件 

そして、とうとう NMR でも構造決定が報告されました(Park, S. et al. (2012) Structure of the chemokine receptor CXCR1 in phospholipid bilayers. Nature 491, 779-784.)。GPCR は7本の α-へリックスが細胞膜に埋まったような形をとっています。そのため、もし、これを溶液 NMR で解析しようと思うと、界面活性剤(detergent)でミセルを作り、そこに GPCR を埋めることになります。この界面活性剤が GPCR に付いた姿は、ちょうど「おたまじゃくし」が尻尾の部分で GPCR の膜貫通部分を覆いながら立ち並んでいる(あるいは、GPCR の膜貫通部分にふわふわと産毛が生えている?)ようです。したがって、細胞膜に埋まっているような実際の膜環境とはかなり異なります。また、結晶構造解析の場合でも、抗体がくっついていたり、リゾチームが融合されていたりと、少し人工的な物が加えられています。それに対して、上記の論文では、GPCR はリポソームに埋め込まれたプロテオリポソームと呼ばれる環境で固体 NMR により解析されています。この溶液条件は、自然の生理的条件にかなり近いと言えるでしょう。 

● 固体 NMR の何を利用したのか? 

ここで採られた手法の詳細を理解するのは難しいのですが、次の二点が挙げられています。1)ガラス板に挟まれた脂質二重膜に対象とする蛋白質を埋め込んであげると、その蛋白質は脂質二重膜の法線周りに速く回転します(法線とは、脂質二重膜の地面に突き刺して真っすぐに立てた旗です)。この状況で双極子カップリング(dipolar coupling)を測定すると、例えば 1H-15N, 1H-13Cα ベクトルそれぞれの法線に対する角度を見積もることができます。ところが、15N/13C で均一標識した試料では、13C-13C 間の双極子カップリングがスペクトルを複雑にしてしまい、そのためにいろいろな 1H/15N/13C 三重共鳴測定が出来ないのです。これはもったいないです。実は、2)Magic-angle-spinning (MAS) と呼ばれる方法で、試料管そのものを機械的に高速に回転させると、この双極子カップリングを消すことができ、ピークをシャープにすることができることが昔から知られ、一般的によく使われてきました。そこで、著者らは両者を結び付けるというアイデアを思い付きました。 

まず、MAS で機械的に高速回転させてもよいようなリン脂質の環境として、リポソームを選びました。リポソームに埋め込まれた [15N/13C]-GPCR は、やはり法線周りに速く回転しますので、1H-15N, 1H-13Cα 双極子カップリングから、それぞれのベクトルの法線に対する傾き角を得ることができます。このプロテオリポソームは丸い形をしていますので、(ガラス板に挟まれた脂質二重膜などとは異なり)MAS で高速回転させても平気です。この MAS を使うと、本来はせっかくの 1H-15N, 1H-13Cα の双極子カップリングも消えてしまうのですが、著者らは、これら重要な双極子カップリングは消さないようなパルス系列を開発しました(dipolar recoupling)。これにより、MAS を使いながら、リン脂質膜の法線に対する結合ベクトルの向きを得ることに成功しました。 

上記のような解析方法ですので、今回の論文では、距離情報ではなく方向情報(法線に対する結合ベクトルの角度)が構造の計算に使われています。溶液 NMR でも、試料をアクリルアミドゲルの中に入れてかすかに配向させると、この dipolar coupling を観測でき、結合ベクトルの方向情報を得ることが出来ます(残余双極子相互作用用、RDC)。GPCR の α-へリックスは法線とかなり平行に配置されています。そのため、へリックス内の一連の 1H-15N ベクトルは、法線とある角度を維持して傾いています(1H-15N ベクトルは、α-へリックスの中心軸に対して完全に平行というわけではありません)。もし、へリックスの向きが変わると、その傾き角が dipolar coupling に反映され易く、従来よりも精度の高い構造を決めることができるでしょう。 

もちろん、dipolar coupling だけで構造を決めるのは大変危険なのですが、すでに似た構造が結晶で決定されているので、大きく間違えてしまうということはないと思います。また、最近、化学シフト値そのものをデータベースと照らし合わせて、それから主鎖の二面角を決める MD ソフト(CS-ROSETTA)が開発されてきています。この貢献も多大と言えるでしょう。

2013年4月19日金曜日

In-cell NMR の out-cell 測定

先々週は嵐の週末でした。土日の両方まで雨に降られれてはご免と、土曜日は必死に仕事を片付け、なんとか久しぶりの日曜日という休日を得たのでした。締め切りがすでに超えてしまった書類も無いわけでは無いのですが、そこは何とか。。。久しぶりに休みをとると、どうやって過ごしてよいのか分からなくなってしまい、しかたなく朝から下の論文を読み始めましたが、これがなかなか面白いのです。

Latham MP, Kay LE. (2013) Probing non-specific interactions of Ca(2+)-calmodulin in E. coli lysate. J. Biomol. NMR 55, 239-247.

Latham MP, Kay LE. (2012) Is buffer a good proxy for a crowded cell-like environment? A comparative NMR study of calmodulin side-chain dynamics in buffer and E. coli lysate. PLoS One 7, e48226.

もしかして、L. E. Kay さんまでもが In-Cell NMR を?と初めはびっくりしたのですが、どうもそうではなく、ちゃんと精製した CaM(カルモジュリン)蛋白質に大腸菌の中身(菌溶解物)を振り掛けて測定しているのです。結論を先に書いてしまいますと、菌溶解物の中には CaM と(非特異的に、瞬間的に)相互作用できる蛋白質やペプチド断片が多くあるらしく、それらが CaM と付いたり離れたりを繰り返すのです。したがって、この交換(Rex)による横緩和(R2=1/T2)の促進が 1H-CPMG 実験などで観測されたのでした。ちなみに、この CPMG 実験ではミリ秒程度の動きが Rex という形で観測されます。

面白いのは、この CaM に最初から相互作用の相手であるペプチド(smMLCK(p))をくっ付けておくと、そのような Rex は観測されないとの事です。この相手方ペプチドとの相互作用の解離定数は 1 nM 程度との事ですので、もう一度付いたら二度と離れないというぐらいにたいへん強いのです。一方、大腸菌溶解物の中の蛋白質(ペプチド)との非特異的相互作用では、強くて 200 μM 程度との事ですので、CaM の二次元スペクトルをかなり劣化させてしまうという程度の強さでしょうか。

ところで、上記の CaM とは、すでに Ca++ を配位させた Ca++CaM の事なのです。apo か holo かを区別せずにこの2報を読んでいくと、途中で頭が混乱してしまいました。

CaM に4つの Ca++ を配位させると CaM の構造が大きく変わり、疎水コア内部にあったメチル基が表面に飛び出してきます。そこで、各種のペプチドと相互作用ができるようになるわけです。ですので、Ca++ の付いていない apo 型で測った 1H-CPMG 実験では Rex の大きさは半分程度になってしまいます。そして、それらは Ca++ の脱着に因る Rex なのだそうです。

さて、この実験では、メチル基を観測しています。普通は 15N-1H を観る場合が多いのですが、すごく大きな蛋白質であったり、今回の lysate のようにドロドロとした環境では、たとえ 1H-15N TROSY を使っても観えない場合があります。そのような時は、Ile, Leu, Val, Met のメチル基だけを 13C-HDD に標識し、その他の箇所は 12C, 2H に標識する方法があります。大腸菌発現系において、そのような前駆体を入れるのです。

では、何故 13C-HDD であって、13C-1H3 を使わないのか?後者の方が methyl-TROSY が使えてもっと良いのでは?と思ってしまいます。論文によると、1)13C-HDD の方が 1H-CPMG が解析し易い(13C-1H の2スピン系としてモデルを組めますよね)2)2H の緩和も観られる(2H の緩和は四極子緩和のため非常に速く、Rex にほとんど邪魔されない)3)lysate の中にある大量の 13C-メチル基(もちろん、natural-abundance です)から区別できる。確かに 2H で磁化移動を edit すれば良いですね。なるほど。。。感心です。

2013年4月4日木曜日

9.4 テスラの MRI は?MHz

「化学や生化学の実験で使っている NMR と、病院で使われる MRI は基本的には同じです」とよく見学者に説明することにしています。「しかし、NMR のように上空から穴の中に飛び込むのは流石に怖いですよね。だから、MRI は寝転びながら磁石の中に入れるように横向きになっているのです ... 。」などと言うと、「なるほど!」と強い関心を持って頂ける。そのような訳で、時々 MRI の記事や論文も読むのですが、「人の頭の断層写真を撮るのに 9.4 T(テスラ)の磁石を使っている」などと書かれていても、9.4 T は 1H 周波数に換算すると何 MHz ???? 大きいのか小さいのかピンと来ないのです。

そこで、換算式をググってみると、

1 T = 42.58 MHz
1 T = 42.576 MHz
1 T = 42.577 MHz

などなど、これらの前後の値がいろいろ目立つことに気付きました。どの値がいったい本当なのでしょう?

そこで、理科年表(H15 年版)の定数をもとに計算してみることにしました。このブログではギリシャ文字が使いにくいので、下図を使って、きれいなフォントで示すことにします。




単純に 1H の磁気回転比を使うと、

1 T = 42.5764011 MHz

となりました。もちろん、有効数字が何処までかなどの細かい点は無視していますので、末桁の数値は信用しないでください。ちなみに、磁気回転比の値は、

Park, P.G. and Kim, Y.G. (2003) Magnetic flux density standard based on the proton gyromagnetic ratio. Journal of the Korean Society 42 (6) 751-754.

から採りました。一方、磁気回転比を 1H の磁気モーメントとプランク定数から出してくると、

1 T = 42.5774825 MHz

になってしまうのです。このように、どの定数を使うかによって、小数点3桁目に少し違いが出てきてしまうわけですね。

困ったな。。。と思ったのですが、結局、MHz と T の換算表を作り、小数点1桁までテスラ値を四捨五入してみると、どちらを使っても同じ値になってしまいました。何をそこまで苦労していたのだか。



それにしても、覚え難いですね。43 という数値を覚えていたら、およその計算が頭の中で出来るでしょうか?あるいは、

20 T = 850 MHz

と覚えておいて、ここから概算で暗算すれば良いでしょうか?あるいは、

7 T = 300 MHz

の方が良いでしょうか?(厳密には、7.05 T = 300 MHz であるので、900 MHz では 21.14 T と繰り上がってしまう。)うーん、この最後のが良いかもしれません。7 と 3 を足すと 10 ですし(何というこじつけ)。この装置が新潟大学や岩手医科大学で動いているそうです(もうすぐ阪大でも)。では、やはりこれを基準にすることにしましょう。

2013年3月27日水曜日

Fast-exchange でも油断はできない

NMR で観測対象となっている分子が交換状態にあるとします。この時の交換とは、立体構造 conformation が揺れている、化学結合が繋がったり切れたりしているなど、およそ化学シフトが変わるような現象なら何でも考えられます。その場合、一般的に kex (1/sec) = Δw (rad/s) / √2 の条件に近づく程、融合したピークが広幅化します。しかし、これよりもずっと速い交換状態の時、果たしてピークの広幅化は起こるのでしょうか?

まず、このような fast-exchange の系では、ピークが融合されて一本になります。例えば、A ⇔ B と二つの状態で化学シフトが両者の間を速く行き来している時、A にある状態の割合が Pa としますと、B にある状態の割合は Pb = 1-Pa となります。そして、融合したピークは、化学シフト δ = Paδa + Pbδb の位置に現れます。これを加重平均(weighted average)と呼ぶらしいです。

さて、それでは、線幅(横緩和)はどのようになるのでしょうか?横緩和についても R2 = PaR2a + PbR2b と加重平均になってくれると大変うれしいのですが(*)、そう簡単ではなく、これにさらに、PaPb(Δω)^2 / kex なる項がくっ付いて来るのです。この PaPb が何処で最大になるかというと、Pa = Pb = 0.5 の時です。つまり、A と B のモル比がちょうど同じになった時に、fast-exchange と言えども、線幅が最大になってしまうのです。

(*)厳密には、化学シフトの場合でも、理想的に速い交換の場合しか完全な加重平均にはなりません。

次に、例えば A という分子に何か相互作用する相手方分子 X を滴定して行くことを考えます。そして、複合体を B とします。この場合は、A + X ⇔ B のような交換状態となります。このように X という第三者が入ってくる場合は少し式が複雑となり、A 分子のうちの 1/3 が複合体である B 分子になった時、つまり Pb = 1/3 の時に、ピークがもっとも広幅化してしまうのです。したがって、滴定を始めると、少し進んだ辺りでピークがどんどんブロード化して観えなくなってしまうこともあるわけです。実は、Pa = Pb = 0.5 の条件では、この時に加えている相互作用の相手方分子 X のうち、複合体になっていない依然 free の分子の量が解離定数(Kd)の値に一致します。したがって、Pa = 1/2~2/3 の領域は、解離定数を調べるのに非常に重要な滴定領域だと言えます。このよりによって大変重要な所で、下手をすると、ピークが観えなくなってしまうなんて。。。。



まだ寒い状態だと言うのに、外の桜はもう7分咲き程度です。「7分咲き」とは、どのような状態を指すのでしょう?

「生命と物質 -生物物理学入門- 永山國昭著」

に依りますと、次のように説明されています。桜の一つの花をよく観ると、花びらが(完全に閉じている) ⇔ (完全に開いている) という2状態転移にあります。これは、あくまで一つの花についてです。7分咲きとは、桜の木の中で花びらがまだ閉じている花が3割(例えば、3,000 花)、そして残りの7割(例えば、7,000 花)の花びらが完全に開いている状態を云うのだそうです。決して、「花びらが法線から 90° × 0.7 程度の角度で開いている」という意味ではないのだそうです。

そうか!確かに蛋白質の unfold ⇔ fold もそうだと、目から鱗でした。

1999 年にこの本を買って以来、これを超える本は存在しないと聖書のように祭ってきたのですが、今日、桜の木の下でじっと観てみると、いろいろな角度で開いている花びらがあるではないですか!桜の花は、もしかして8状態転移ではないでしょうか?

2013年3月13日水曜日

Intermediate-exchange とは何処の事?2

またまた前回のブログでは、図を出さずに文章ばかりで埋めてしまいました。そこで、同じような内容を今回は図付きで。




この一次元のスペクトルは、A ←→ B という二つの状態の間で交換が起こっている様子を示しています。A, B は、具体的に立体構造が換わって化学シフトが変化している状態と考えてもよいですし、あるいは、化学結合が生成消滅したりしている状態と考えても構いません。要は、化学シフト値が変化することが重要です。この化学シフト値をそれぞれ 70, 30 Hz とします。普通は ω(rad/s) で表しますが、ここではあえて ν(Hz) で表すことにします。当然、これを ppm 値に変換すると、NMR の静磁場 B0 の大きさによってその ppm 値は変わります。

さて、左右ともに真ん中の図が kex (1/sec) = Dw (rad/s) / root(2) の条件の時のスペクトルです。たいへんブロードになっており、これぞ intermediate-exchange と言えるでしょう。さて、左上の図は、√2 を消した時の条件です。そのため、少しだけ fast-exchange に寄りますので、ピークがシャープになっていることが分かります。一方、左下の図は rad/s ではなく、Hz をそのまま使った時のスペクトルです。先ほどの図よりも 2*pi = 6 倍ほど slow-exchange の方に偏りますので、すでにピークが二つに分かれています。

右の上と下の図は、もっとも intermediate-exchange の条件から kex を 10% だけそれぞれ fast-, slow- に偏らせた時のスペクトルです。よく見ると、右下のスペクトルがもっともブロードです。しかし、これはダブレットが繋がったものですので(勝手に)除くことにしましょう。

これらのシミュレーションでは、A と B がそれぞれ 50:50 にある時の状態を想定しています。もし、fa (fb) が 50% から離れた状態では少し様子が変わって来るでしょう。いずれにしても、kex は /sec 単位であるが、比較の対象となる化学シフト値は rad/s 単位であること、その化学シフト値の差 (rad/s) を√2 で割った値と kex とを比べることが重要だと言えそうです。

なお、同じ試料を大きな NMR に持っていくと、全体的に slow-exchange の方向にずれることに注意しましょう(ppm 値では同じでも、rad/s, Hz で表した化学シフト値の差は増えるから)。ですので、もともとが少しだけ fast-exchange の場合に、超高磁場 NMR で測定すると、運悪く intermediate-exchange に被ってしまうこともあり得ます。「400MHz では確かに観えたピークが 800MHz では消えた!」などという一見?な現象もこれで説明がつきます。次回は、「Kd 値を求めるために滴定をすると、なぜ、滴定たけなわの肝心なところだけでピークが消えるの?」について触れたいと思います。

2013年3月11日月曜日

Intermediate-exchange とは何処の事?1

NMR 試料が構造交換や化学交換をしていると、NMR ピークがブロードになってしまうことは広く知られているところです。その条件をよく、intermediate-exchange の条件だと呼んでいます。それでは、さて、その条件はどのような時なのでしょうか?という問題が浮かび上がりました。 よく本を見ると、

kex > Dw (fast exchange)
kex = Dw (intermediate exchange)
kex < Dw (slow exchange)

と書かれています。ここで、kex の単位は(1/sec)であることに異存はないのですが、問題は Dw の単位です。私は(rad/s)が正解だと思っています。ところが、多くの人から「それは間違っている、正しくは(Hz)である」と指摘、撃墜され続けてしまい、おまけに、「kex と比べる場合の化学シフトの差の単位は Hz だから、気を付けるように」と書かれた教科書まで出現する始末です。

確かに、kex(1/s)と Dw(rad/s)を比べるのは変に見え、いかにも kex(1/s)と Dw/(2pi)(Hz)を比べるのが当然のようにも見えます。しかし、そんなはずはないと思い、シュミレーションしてみると、むしろ、ちょっと変な結果になってしまいました。 どうも、

kex (1/sec) = Dw (rad/s) / root(2)

あたりで、もっともブロードになってしまうのです。

また、別の本を見てみると、次の式が出ていました。

Kr = pai*(va-vb)/root(2) = pai*Dv/root(2) = 2.22Dv(Hz)

これにおいて、Kr の意味を kab だけだと解釈すると、上記の式と一致して来ます。 しかし、Kr が何故大文字で書かれているのか?とうとう、その正体が分からず断念しました。どうも、いろいろな本を見れば見る程、少しずつ違った式が表れ、ますます混乱して来ました。他にもいろいろと探していると、やっと

Sudmeier, J.L., Evelhoch, J.L., and Jonsson, N.B.H. (1980) Dependence of NMR lineshape analysis upon chemical rates and mechanisms: implications for enzyme histidine titrations. J. Magn. Reson. 40, 377-390.

に上式を支持する式が載っていました。やはり、kex (1/sec) = Dw (rad/s) / root(2) で良いのかもしれません。

ところで、上記での kex は kex = kab + kba なのです。だんだん心配になって来たことは、上記は全て pa = pb = 0.5 の場合ですが、実際には pa = 0.95, pb = 0.05 のような場合もあることです。すると、kab << kba となります。このように skewed された平衡状態においては、a 側のピークは kab に支配されて、どちらかというと slow-exchange に近くなり、他方、b 側のピークは kba に支配されて、どちらかというと fast-exchange に近くなるのではないかと思い始めました。

もしかして、試料の温度を上げたり、磁場強度を下げたりすると(つまり、fast-exchange の条件にさらに近付ける)、小さな b 側のピークは、どんどん a 側に近付いていくのに対して、 a 側のピークは強度のみが小さくなるだけで、それ程移動しないといった挙動が見られるのかもしれません。

せっかくシミュレーションプログラムを作ったのだから、試せば良いのですよね。ついでに 2D ZZ-exchange のシミュレーションプログラムも作ってみました。何を血迷ったかエクセルで作り始めてしまい、慣れない行と列の扱いで混乱。しかし、等高線プロットの色彩感覚が悪く、もう数日は練る必要がありそうです。それはそうと、転移交差飽和法の項を書きかけたままでした。早く戻らないと、どんどん脇道に逸れてしまいそうです。

2013年3月8日金曜日

ZZ-交換 2

前回のスライド図に数式を(書いたではなく)描いたのですが、分解能が悪く、I_AA などの添え字が見にくくなってしまいました。拡大すると何とか見えるのですが。

さて、この4つのピークをどのように解析していけばよいのでしょうか?まず、数式をじっと眺めると、面白いことに気付きます。ここで、p_A + p_B = 1 であることを使ってください。

まず、上2つのピークを足してみましょう。すると、

I_AA (tau) + I_BA (tau) = I_AA (0) exp(-tau/T1)

のようになります。つまり、k_ex が消えてしまいました。同じように、下二つのピークを足すと、次式のように、今度も k_ex が消えます。

I_BB (tau) + I_AB (tau) = I_BB (0) exp(-tau/T1)

もともと A の状態にあったスピンが tau の間に A のままいるか、あるいは、B に移るかするわけですから、両者を足すと交換の速さ kex には無関係になってしまいます。

4つのピークを全て足すと、{I_AA (0) + I_BB (0)} exp(-tau/T1) となりますので、この式を実際のピーク強度の合計値に当て嵌めることで、T1 をかなり正確に決めることができるでしょう。ただし、この場合、A 状態と B 状態とで T1 が同じであるという前提がありました。つまり、A と B とで分子量やその部分のダイナミクスがほぼ同じ程度でないといけません。極端に分子量が違う場合は、もっと複雑な式を使わないといけません。

上記の3つの式から、うまくすると、I_AA (0) と I_BB (0) も求まるかもしれません。これらの値は、理想的には p_A と p_B に比例するはずなのですが、実験条件などによっては、きっちりと比例しない場合も出て来ます。逆に p_A と p_B は普通の HSQC で見積もることができます。ただし、繰り返し delay を例えば7秒のように、充分に長くとってあげてください。この時間の間に縦緩和が完全に起こって、p_A と p_B に比例した磁化の強度になるのです。

このように、I_AA(0), I_BB(0), p_A, p_B, T1 をできるだけ正確に事前に決めておくと、後で楽になります。

次に交差ピークのみを足し算してみましょう。

I_AB (tau) + I_BA (tau) = {I_AA(0)*p_B + I_BB(0)*p_A} {1-exp(-k_ex*tau)} exp(-tau/T1)

ここに先ほどの値を具体的に代入すると、最適化すべき変数は k_ex だけとなり、楽です。もちろん、4つのピークそれぞれに別々のモデル式を同時に当て嵌め最適化させるという方法もあります。それでも似たような値が得られると思いますが、そのような fitting のプログラミングが大変そうですね。

2013年3月2日土曜日

ZZ-交換 1

状態 A と B の間の交換現象を NMR で観る面白い方法に ZZ-exchange 実験があります。一応、A と B の二つのピークがちゃんと別れて出るような slow-exchange の系で使うのですが、この ZZ-exchange 実験を行うと、下図のように4つのピークが現れます。



例えば、15N 化学シフトの展開期 t1 の間に A 状態だった 15N-スピンが、その後の混合期 tau の間に B 状態に移ったとします。すると、普通はそのまま B 状態での 1H の化学シフトとして FID (t2) が検出されます。このような場合、図では左上のピークが生じます。このピークをここでは I_BA (tau) と表すことにしましょう。

ここで、「A から B に移ったのだから、I_AB (tau) と書くべきだ」と叱られそうです。これごもっともなご意見なのですが、これには深〜い訳があります。あまり深入りはしたくはないのですが、この ZZ-exchange の様子も先日挙げました McConnell の(微分が入った行列の)式で表されます。この行列の添え字が BA だった場合(つまり、B 行 A 列)、それは A から B の方向に流れ込んで来る速度定数 k_AB を表すのです。なんてややこしいのでしょう。このような細かい事は飛ばしても構わないのですが、どうしても、ここが解決しないと痒くて仕方がないという方は、Protein NMR Spectroscopy (2nd eds.) p. 393 [5.159] 式をご覧ください。ほら、逆になっていますね(ちなみに、小豆本 1st eds. の次の版です。ちまたで水色本と呼ばれており、蛋白 NMR のバイブルです。オレンジ本を持っていると、これはめずらしい)。

さて、
Wang H, He Y, Kroenke CD, Kodukula S, Storch J, Palmer AG, and Stark RE. (2002) Titration and exchange studies of liver fatty acid-binding protein with 13C-labeled long-chain fatty acids. Biochemistry 41 (17), 5453-5461.

を参考にしますと、4つそれぞれのピーク強度は、図中の式のようになるそうです。ただし、本当はもっと複雑な式でして、その式は、

Farrow NA, Zhang O, Forman-Kay JD, and Kay LE. (1994) A heteronuclear correlation experiment for simultaneous determination of 15N longitudinal decay and chemical exchange rates of systems in slow equilibrium. J. Biomol. NMR. 4 (5), 727-734.

に載っております。しかし、この複雑な式ですと、目が回りそうですので、最初の式に戻りましょう。これでも充分にややこしいのですが、上図の式は、論文の式から少しだけ表現を変えてあります。このようにすると、その式の意味が簡単に?掴めるのです。

まず、項 (1) です。これは、混合時間が 0 の時のピーク強度になります。実際には、15N から 1H (FID) に磁化を戻す reverse-INEPT の間にも A と B の間でスピンの交換が起こりますので、混合時間 tau は、それら全体の時間をまとめて示すことが多いようです。すると、項 (1) は 15N の化学シフトの展開期が終わった直後(混合時間に入る直前)のピーク強度を表すものと考えても差し支えないでしょう。ですので、15N の化学シフトが A である場合は I_AA (0) に、逆に 15N の化学シフトが B である場合は I_BB (0) になります。

さて、混合時間 tau の間に、時定数 k_ex の指数関数で表される量にしたがって A スピンと B スピンが交換します(項 (5) )。例えば、 I_BA (tau) について考えると、これはスタートがすでに A スピンですので、スピンが B にある確率は 0 です。この 0 が項 (3) で表されます。そして tau が増えるにしたがって、時定数 k_ex の指数関数で交換が起こりますが、もし、tau が無限に長い場合は、最終的には p_B に落ち着くはずです。この落ち着く先が項 (2) と項 (4) で表されます。こうして、 I_BA (tau) のグラフを「スピンが最初 A にあった際に、時間 tau とともに B スピンに移っていく様子」として描くと、図の左上のようになります。一方、 I_BB (tau) については、右下のグラフのようになりますが、これは「スピンが最初 B にあった際に、時間 tau とともに B スピンに留まる様子」を表します。このように、スタートのスピンに留まる場合は、項 (3) が 1 に、逆に、スタートのスピンから別のスピンに交換が起こる場合は、項 (3) が 0 になります。前者が対角ピークで、後者が交差ピークに対応しますね。

もし、縦緩和が全く無ければ、対角ピークと交差ピークは、上図に描いたそれぞれのグラフのように強度が変化していきますが、実際には、ここに T1 緩和(項 (6) )がかかってきます。したがって、交差ピークはある所まで上っていくが、T1 緩和に押されて今度は下がっていきます。

2013年3月1日金曜日

転移交差飽和法 2

今日も前回からの続きの「転移交差飽和法」です。前回の文章ばかりで全く図が無いのは幾ら何でも酷すぎると思い、図を探してみました。



右図では donor と acceptor という表記が使われていますが、以下では donor は超高分子量の受容体(receptor)など、一方、acceptor は例えば分子量1万程度の ligand 蛋白質などを想定しています。

赤く塗られている部分が、電磁波の連続照射により 1H スピンが飽和状態になっている領域です。この飽和現象は 1H スピンどうしの間で伝播します。しかも、分子量が大きいほど速く伝わります。そのため、1H で満たされ、しかも分子量の大きい receptor は文字通り「あっ」という間(1秒以内?)に飽和が分子内全体に浸透していくわけです。むしろ、効率は高分子量ほど高いわけです。立体構造の決定に使う NOE も同じですね。

一方、リガンド蛋白質側は、例えば 2D 1H-15N (TROSY-) HSQC などで観ますので、いわゆるこの測定ができる範囲内の分子量でないといけません。また、2H で標識されている必要があります。もし、リガンド蛋白質が重水素で標識されていないとどうなるのか?まず、receptor だけを照射するつもりの電磁波が、リガンド側をも飽和してしまいます。これでは実験が台無し。しかし、1H が全く無いと receptor 側からの飽和を受け取ることができませんので、アミド基水素だけは 1H にしておきます(なお、飽和を作るための電磁波は、0~2 ppm 付近に照射し、水 4.7ppm やアミド基 1HN 6-10ppm には当たらないように注意します。その結果、リガンドのアミド基は 1H であっても、それらは電磁波から直接的な影響を受けないように工夫されています)。その方法は簡単です。水溶液に溶かせば、それだけで自然に水の 1H がアミド基水素と交換して入ってくれます。

ところが、アミド基の水素全てが 1H になっていると、それでも 1H の密度が高過ぎて、飽和があまりに速く伝播してしまうのだそうです。この辺りはオリジナルの論文

Takahashi H, Nakanishi T, Kami K, Arata Y, and Shimada I. (2000) A novel NMR method for determining the interfaces of large protein-protein complexes. Nat. Struct. Biol. 7 (3), 220-223.

に詳しく書かれています。ついでに同じ号の p. 188 に Wüthrich K. 先生の Protein recognition by NMR. という総説(紹介文)もありますので、そちらを読んでから高橋先生の本論文を読まれると分かり易いでしょう。

それで 10% H2O (90% D2O) という組成の溶媒に溶かします。すると、アミド基の水素も 10% の比率で 1H になります。このぐらいに 1H 密度をまばらにしておかないと、飽和を接触面だけに留めるのが難しくなるのですね(図における赤い領域が acceptor 側全体をも満たしてしまい失敗する)。

それで、やっと松本先生の生化学 80, 959. に戻ります。ここでシミュレーションの結果が載っておりまして、H2O の比率を 10〜30% ぐらいにすると良いそうです。もし、10% H2O に調製したとすると、アミド基の 1H も 10% 密度になります(残り 90% は 15N-2H です)。すると、2D 1H-15N (TROSY-) HSQC の感度も 1/10 になってしまうのです。「確か 1mM の蛋白質濃度にしたはずなのに、どうしてこんなに感度が悪いの?」ということになってしまいますので、濃度が 1/10 に減ってしまったかのように想定して積算回数を決めましょう。

このブログのエディターには 15N の 15 を上付きにするような機能が無いですね。何気無く格好悪いのですが、仕方がありません。しかし、このペースで書いていくと、このテーマだけで何日かかるのだろうか?早くも次のテーマが思い浮かんだので、テーマが日替わり飛び飛びになるかもしれません。

2013年2月26日火曜日

転移交差飽和法 1

今日から初めてブログなるものを始めてみようと思います。題材として、NMR に関することを考えています。当所は、教科書のようにきれいな目次に従って書いていこうかと思っていましたが、いざとなると筆が止まってしまい、うまく書けませんでした。しっかりと正しく書かねばと思えば思う程、それが障壁になってしまうのでしょう。もう少しラフな感じで書き進められるものとしては、このブログでしょうか?まずは、面白かった論文を紹介するような形で進めていきたいと思います。

その第一号は、下記の論文です。

Matsumoto M, Ueda T, Shimada I. (2010) Theoretical analyses of the transferred cross-saturation method. J. Magn. Reson. 205 (1), 114-124.

この論文に入る前に、まずは、転移交差飽和法(transferred cross-saturation, TCS) について簡単に。

観測したい対象側の蛋白質を 2H, 15N で標識し、相手側の蛋白質を非標識にしておく。この相手側は、非常に大きな膜蛋白質などでも構わない。そして、aliphatic からメチル基領域の 1H 核スピン(-1〜2 ppm 領域)を連続照射パルスにより飽和させる。この時、観測したい対象の蛋白質にある 1H は、そのほとんど全てがアミド基(6〜10 ppm 領域)1HN であるため、この連続照射パルスの影響を直接受ける 1H は、相手側蛋白質の 1H のみとなる。そして、パルスを当てた状態で数秒待つと、1H 核スピンが飽和(saturation)し、その飽和が観測対象の蛋白質にも転移(transfer)する。この転移は、2つの 1H の間で、双極子双極子相互作用を通して、ちょうど NOE とよく似た物理現象(1H 間の交差緩和 cross-relaxation)により起こる。そのため、その2つの 1H が、それぞれ異なる分子に属していても、お互いの間の距離が短かければ飽和の転移が起こる。飽和状態では、α-スピンとβ-スピンの数が等しくなっているので、飽和を転移された 1HN スピンから磁化移動がスタートした 2D 1H-15N HSQC では、ピーク強度が減少する。

これが TCS 法の説明となります。実際に図などを使って説明できると分かり易いのですが。この saturation が転移するという現象についてですが、これを実際に数式で表すと意外にも難しい。さらに、水溶液中では、観測対象分子と相手側分子が付いたり離れたりしているために、これも同時に考えないといけない。つまり、飽和状態が転移する現象と、分子の脱着(交換と呼びます)を同時に考えないといけないわけです。

これを数式で表すには、行列の混じった微分方程式を用います(化学交換が入っているので、McConnell の式と呼びます)。このような数式を見ると、思わず論文を閉じて引き出しに直したくなるのですが、そこはじっと我慢。この行列の混じった微分方程式は NMR のいたる所に出てきます。すごく難しそうに見えるのですが、よくよく眺めてその数式を組み立てる要領を得てしまうと、非常に理にかなっていて簡単なのです。要は「ある磁化の量が増えたり減ったりする「速度」は、その時のその量や、時には別の量にも比例するよ」というものです。「速度」の部分が dM/dt のように微分になっているので、ややこしく見えるのですね。その微分方程式をどのように解くか?これは、行列の複雑さに依ってきますので、場合によってはすこぶる難しく、あまり手で解くのは得策ではないかもしれません。Mathematica や Maple などを使っても、解かれた式は非常に複雑で本当に合っているのやらどうやら?しかし、この数式に具体的な数値を入れてしまえば、これは簡単なのです。手で計算していると何年もかかりますが、数値計算ソフトを使えば、1秒たらずで極めて正確な値を出してくれます。エクセルでもそれ程誤差のない答を出してきます。

さて、このような数式を解き、いろいろな場面でシミュレートした論文が上記です。実は、この和文版が下記に出ています。

松本昌彦 et al. (2008) NMR によるソフトな分子間相互作用解析法の開発と光合成明反応電子移動タンパク質間相互作用への応用. 生化学 80 (10), 959-971.

やれやれ良かったと思い、早速読み始めたものの、律速はやはり数式であり、数式の箇所は日本語でも英語でも(当然のように)同じなので、邦文だからといって理解が簡単になるわけではありませんでした。甘かったです。

この数式についてですが、いつもよく教科書に載っているものと何気無く違うのです。気を付けないといけない点は、ベクトル M の要素が「単位濃度当たりの値」であるという点です。したがって、行列の要素も全て濃度で割り算されているということに注意しないといけません。そこが分かると数式全体の意味が理解できるようになると思います。

ブログというのは、いったいどの程度の長さにすべきなのでしょう?このまま書いていくと、これの何倍にもなりそうですので、一旦この辺りで休憩としましょう。続きはまた後日に。