微結晶以外ですと、例えば、サルモネラ菌や赤痢菌のニードルも、きれいな固体 NMR のスペクトルを出します。このニードルの中では、蛋白質のプロトマーが規則正しく、まるで結晶の中のように並んでいます。最近の Nature にも出ていますので、またの機会にご紹介いたします。
先日、某 Br 社のミーティングに参加したところ、超遠心で沈殿(堆積?)させた蛋白質も固体 NMR できれいなスペクトルを出すということを聞きました。「まさか?」と思ったのですが、そう言えば、まだフィレンツェの Bertini 先生がお元気だった数年前に「超遠心 NMR」という論文を出されたような記憶があります。その時は固体 NMR の MAS (magic angle spinning) を利用して蛋白質の水溶液からロータの内壁周りに蛋白質を沈殿させる... といった内容だったように思います。
もちろんそのようにしても良いのですが、その場合、蛋白質はロータの内側の壁にへばり付いてしまい、中心付近はただの水になってしまいます。そこで、超遠心は NMR の外で別に行い、遠心管の底にピーナッツバターよろしく溜まった蛋白質の沈殿をスプーンですくい取ってロータに詰めれば良いよという論文がありました。それですとロータに中空の隙間ができません。
Fragai, M., Luchinat, C., Parigi, G., and Ravera, E. (2013) Practical considerations over spectral quality in solid state NMRspectroscopy of soluble proteins. J. Biomol. NMR 57(2):155-166.
固体 NMR はちょっと専門外ですので、正しく論文を読み取れたかどうか?あるいは、この論文の主張する内容が本当に正しいのかどうかが分かりませんが、とりあえず要約してみることにします。
単に蛋白質溶液を凍らせただけでは、線幅は広がってしまうようです。それは、蛋白質表面と直接相互作用している水和水も凍ってしまい、凍ったままいろいろな(ヘテロな)構造を採ってしまうためだそうです。
それではということで凍結乾燥品(powder)も使われるのですが、凍結蛋白質よりもさらに線幅が広がってしまいます。それは、表面水和相(層?)が完全に無くなってしまうためでしょう。この水和水は、側鎖をその中でほんの少し泳がせて、いわば averaging の役割をしているのかもしれません。
大きい蛋白質(例えば 32kDa)を MAS の超遠心で回している時は、凍らせても、あるいは溶液のままでもそれ程スペクトルの質は変わらないようです。それは、回転拡散がもう充分に遅いためです。しかし、ユビキチンのような小さな蛋白質の場合は、MAS 状態での(つまり、沈殿の中での)蛋白質分子の回転拡散相関時間はせいぜい 1.8 μs 程であり、これは 20 kHz の MAS で回しているロータの一回転に要する時間である 50 μs よりかはかなり短い(速い)ということになります。ですので、もっと蛋白質の回転拡散を抑える何らかの工夫が必要です。さらに、蛋白質の密度の点ではナノ結晶の密度(734 mg/mL)と同じ程度なのだそうですが、パッキング(充填度)の程度が弱く、Cross Polarization の効率が悪いようです。しかし、MAS 状態(14 kHz)で凍らせると(269 K)、CP 効率は上がったそうです。冷やした方が、小さな蛋白質の固定度合いが高くなるのでしょう。
微結晶では蓋をしないと乾燥してきて脱水和が起こるのに対して、凍らせた沈殿(frozen sediment)では、この脱水和が起こりにくいようです。さらに、パッキングがきついため、氷との直接接触が防がれているようです。それで、普通の水溶液を凍らせた場合とは逆の効果になるのでしょう。
蛋白質に電荷があると、その同電荷どうしの反発により超遠心状態でもあまり濃縮できないそうです(15% 程度?)。その場合は、微結晶(例えば、56.5%)の方が密度が高くなります。微結晶は詰める時に結晶と結晶の間に隙間ができてしまいますが、沈殿はそうはならないので、結果的に密度が高くなるようです。
この論文の Fig. 10 がよく描かれています。これを是非一目見てみてください。